第五楽句〜楽しい時間は早く過ぎ去り、そして彼女が現れる〜
ハーモニアに戻り、メリカさんに魔晶石を渡したあと、僕とアミリちゃんは歌劇ホールの三階……僕達以外には誰もいない特別席に移動し、メリカさん達の歌劇が始まるのを待っていた。
「……で、やっぱりアミリちゃんは僕の膝の上に乗るのね……」
そして昨日と同じように、アミリちゃんは僕の膝の上に座ってきた。
いや、アミリちゃん、ちゃんと君の席は僕の隣にあるでしょう?
「うん!アミィの席はハーおにぃちゃんのお膝で決定なのです!ロリコンなハーおにぃちゃん大満足なのです!」
「まだそれ引きずってたの!?あと僕はロリコンじゃないよ!」
あと、まだ劇が始まったら大人しくしててね……
ツッコミをして乱れた息を整えてから、僕はアミリちゃんにそう注意する。
アミリちゃんもちゃんとそこはわきまえているのか、わかってるです!と答えてくれる。
「ハーおにぃちゃんがえっちなことをしてきても、アミィは大人しく受け入れるのです!」
「そういう意味じゃないよ!?あと、そういうことは誰に教えられたの!?女の子がそんなこと言っちゃダメだよ!」
「ハーおにぃちゃん、ここはサバトなんですよ?」
「それでもダメだよ。ちゃんと自分の体は大事にしないとね」
大人しくさせるために、僕はアミリちゃんの頭を撫でる。
撫でられると、アミリちゃんはえへへ〜、と猫のような感じに喜んだけど、なぜかはっとなってぷくりと頬を膨らませてしまった。
「は、ハーおにぃちゃんはアミィを子供扱いし過ぎです!」
「アミリちゃんは見た目も中身も子供だよ?」
「盲点でしたっ!!」
子供扱いもなにも、アミリちゃんは子供でしょ……
と、心の中でツッコミつつ指摘すると、アミリちゃんはガビンッ!といった感じで両手で頬を抑えた。
……と、まぁとりあえず騒げるのはここまでだね。
「アミリちゃん、そろそろ大人しくしようね。劇が始まるよ」
「はぁい!」
劇場の明かりが暗くなり始め、もうすぐ歌劇が始まることを観客の人達に伝えたのだ。
アミリちゃんは自分の席に戻る……ことはなく、そのまま僕の膝の上で大人しくなった。
いや、席には戻らないんだ……
いやまぁ、別に構わないんだけどさ……
いろいろと困ることはあるが、実害はないし、何よりアミリちゃんがとても嬉しそうな顔をしているため、僕はアミリちゃんを席に戻すことを諦め、劇を鑑賞することにした。
劇でやっているのは、音大という教育施設で学んでいるピアノについて学びながらも指揮者を目指している男と、同じくピアノを学ぶ女の笑いあり感動ありな話なのだが……
なの、だが……
「あれ?これのだめじゃね?」
「……?ハーおにぃちゃん、“のだめ”ってなんですか?」
「え?あ、いや……なんだろ?僕もわかんないや」
「じゃあなんでそんなことを言ったんですか?」
「なんでだろ?なんか劇を見てたら言わなきゃいけないような気がして……」
「変なおにぃちゃんですね」
あはは……まったくそうだね……とアミリちゃんに同意し、僕はまた大人しく劇を見る。
「ねぇ、ハーおにぃちゃん、やっぱり、ハーおにぃちゃんはピアノを弾かないのですか?」
主人公である男の人の練習が厳しく、もうやってられないと仲間が次々と練習部屋を出て行くシーンを見ていると、不意にアミリちゃんが口を開き、聞いてきた。
……やっぱり、ピアノを弾かないのか。
昨日から、アミリちゃんが何度も訊いてくることだ。
アミリちゃんには悪いけど、多分なにがあっても僕の答えは変わらない。
NOだ。
「……ごめんね」
「……そう、ですか……」
「……アミリちゃんは、なんで、そんなに僕のピアノを聴きたがるんだい?」
何度も訊いてきているので、ついに気になって僕はアミリちゃんに問う。
と、アミリちゃんは、うつむいて、しばらく、ううん……と悩んだあと、ポツリポツリと話し始めた。
「えと、ね……アミィは、ハーおにぃちゃんのピアノを聴きたいんだけど、ハーおにぃちゃんがピアノを弾いてる姿も見てみたいのです。……前聴いた時は、ハーおにぃちゃんの姿を、見れなかったから……」
「え……?」
「アミィはね、魔女になるまで、目が見えなかったんだ。たしか、せんてんせいのもうもくしょう、だっけかな……?それでね、魔女になればそれが治るかもってメリカおねぇちゃんたちが強く勧めてきたんだ。ええと、たしか……魔女って魔力が高いから、体が変化した時に治る可能性が高い、だっけかな……?」
……たしかに、魔女に変化すれば、体が組み変わるから、その過程で目が治る可能性が高い。
アミリちゃんの話を静かに聞きながら、僕はそう考える。
重い話だが、これでアミリちゃんが14歳という年齢で魔女になった理由がわかった。
しかし、それと僕のピアノが聴きたい理由と、どんな関係が……
そう思ったところで、アミリちゃんは話の続きを話した。
「でも、アミィ、目を治す気、なかったんだ。生まれてからずっとこうだったし、見たいもの、何もなかったし……それに、見えることが、怖かったんだ……」
「見えることが、怖かった……?」
「うん。アミィね、もしかしたら目が見えるようになって、それで目を開いたら、みんないなくなっちゃうんじゃないかって、それがとっても怖くて、それで、治したく、なかったんだ……そしたらね、メリカおねぇちゃん達、アミィになにか見たいと思わせるように、いろんなとこに連れて行ってくれたんだ。綺麗な森の泉だったり、山の頂上だったり、人がたっっくさんいる街の中だったり……」
「……アミリちゃんは、サバトのみんなにいっぱい愛されていたんだね……」
「はいです。でね、それで出会ったのが、ハーおにぃちゃんなのです」
「そう、なの?」
「うん。二年前くらいにね、昔からおねぇちゃん達、おにぃちゃんのファンだったから、おにぃちゃんの演奏会に、アミィ達はいったんだ。それでアミィもおにぃちゃんの演奏が好きになったの。聴いてるとね、嬉しくなって、楽しくなって、誰かから褒められてる時みたいに、幸せな感じがしたんだ。だからね、アミィ、その人の演奏してる姿、見てみたかったんだ。いったい、どんなに嬉しそうに、ピアノを弾いてたんだろうって。だから、ハーおにぃちゃんに会えて、アミィはとても嬉しいです!魔女になってすぐに、演奏をやめてるって聞いて、もう会えないと思った人に、アミィに目が見えるようになりたいって思わせてくれた人に会えたんだから!」
「……そっか、ありがとね。……ごめんね……」
アミリちゃんの言葉を聞いて、僕は嬉しくなった。
僕の演奏が、この子を幸せにしてくれていた。
そのことが嬉しくて、でも、彼女にピアノを聴かせてあげることが出来ないのが申し訳なくて、気がついたら僕はアミリちゃんの頭を撫でていた。
彼女は、子供ながらに大人びた表情を垣間見せながら、エヘヘ……と少し嬉しそうに笑う。
……もしも、もしも、僕がまたピアノを弾けるようになったら、まず一番に、アミリちゃんのために演奏をしたいな……
そう思いながら、僕はアミリちゃんを撫でる手を止めず、劇をまた見始める。
……それから劇が終わるまで、僕達は一言も言葉を交わさないのであった……
××××××××××××××××××××××××××××××
「皆のもの、ご苦労じゃった!これで今季の公演は終了じゃあぁぁぁぁ!」
『お疲れ様でしたあぁぁぁぁ!』
午前、午後の部が終了し、片付けが終わったあと、ホールの団体控え室の一室で、メリカさんの宣言にサバトのメンバー全員が歓喜の声をあげていた。
そういえば、あれが最後の公演だったのか……いや、今日がもう8月末だと考えると当たり前か。
そう思いながら、僕は控え室の隅の方でアミリちゃんと話を聞いていた。
「そして明日は待ちに待った黒ミサを開くぞ!」
『いやったぁぁぁぁ!』
『うおぉぉおぉ!!』
「……うん、やっぱりここはサバトだね」
「そうなのですよ〜。まぁ、アミィは一員なのに参加しないけどね〜」
「アミリちゃんはそれでいいんだよ。あと6年くらい待とうね」
「では、皆のもの、明日に備えて今日はゆっくりと休むといい。それでは、解散っ!」
『お疲れ様でしたっ!』
全員が解散し、控え室を出ていく中、メリカさんが僕達のところにやってきた。
「お疲れ様でした、メリカさん。劇、面白かったですよ」
「お疲れメリカおねぇちゃん!」
「うむ、ありがとう。アミリのことを任せてしまってすまんの、ハーラデス殿。アミリはなにか迷惑をかけたじゃろうか?」
「いえいえ。一緒におとなしく劇を見ていましたよ」
「そうか。それはよかった。……さて、ハーラデス殿、明日は黒ミサなのじゃが……一緒にどうかの?気になった者でも誘って……」
「遠慮しておきます。明日は……まぁ、黒ミサの時間は散歩にでも行きますかね?」
「あ、そしたらアミリもお散歩する〜!」
「むぅ、残念じゃのぉ、なんだったら、わしが相手でもよかったんじゃが……」
「あははははは……そ、そろそろ僕も部屋に戻りますね……」
「あ、ハーおにぃちゃん、ハーおにぃちゃんのお部屋でトランプやろ〜?」
「え?まぁ、いいよ」
「ふむ、わしも混ぜてもらってよいかの?」
「はい。いいですよ」
そんなこんなで部屋に戻ろうとすると、アミリちゃん達とトランプで遊ぶことになったので、僕達はお夕飯ができるまで部屋で遊ぶのだった……
「ちなみに最下位になったメリカおねぇちゃんはしばらく語尾をニャンッ♪にするのです!」
「最下位になったわしが……って、わしだけなのか!?」
「最下位になったハーおにぃちゃんはお夕飯にアミィの好物を寄越すのです!」
「あ、うん、別にいいけど……」
「そしたら、アミリが最下位になったらコチョコチョの刑なのじゃ!」
「むぅ、負けられないよ〜!」
結果・アミリちゃんの笑い声が歌劇場内に響き渡りました。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……ふぅ、いいお湯だった……」
「あ、ハーおにぃちゃん!ハーおにぃちゃんもお風呂でしたか!」
夕飯を食べ終え、夜になったのでお風呂に入った僕は、大浴場から出てすぐに、偶然アミリちゃんとあった。
「アミリちゃんもお風呂に入ってたの?」
「うん!あ、ハーおにぃちゃん、今日もお話ししよ!」
「うん。いいよ」
「そしたらお部屋に行くのです!」
嬉しそうなアミリちゃんに引っ張られながら、僕は部屋に向かう。
「さて、そしたら今日はどんな話がいいのかな?」
「うーん、そうだ!どんな曲を弾いてたのか教えてくださいです!こう見えてもアミィ、ピアノを習ってるから曲はよく知ってるのです!」
「へぇ、そうなんだ……そしたら、今度、アミリちゃんのピアノを聴いてみたいかな?」
「ハイなのです!ついでにアミィにピアノを教えて欲しいのです!」
「そうだなぁ……まぁ、教えられる範囲でならね」
「やったぁ!」
喜ぶアミリちゃんを見て、可愛いな、と思いながら僕は部屋についたので部屋の扉を開く。
と……
「……お久しぶりね、ハー君」
明かりのついていない部屋の中に、先客がいた。
……月明かりが、先客の容貌を淡く照らす。
漆黒の外套を纏い、綺麗な銀の長髪をたなびかせ、翡翠色の瞳を僕に向け、口元は薄く笑みを浮かべている……
そんな彼女のことを、僕は知っていた。
「久しぶりだね、エル。……もう、ここに来たんだ?思ったより、早かったなぁ……」
「そう?なら、もう少し遅くあなたを見つけてもよかったわね……ごめんなさい」
「別に構わないよ。君に会うこと自体は、僕も嬉しいから」
「ハー、おにぃ、ちゃん……?」
「アミリちゃん、危ないから、下がってて」
声をかけられたのでアミリちゃんを見てみると、不安そうな顔をしていたので、僕は努めて笑顔になり、巻き込まないようにアミリちゃん後ろに下げさせておく。
そして、僕は彼女と向き合う。
「……君がここにいるってことは、やっぱり目的は……」
「……うん、ごめんね。その通り」
彼女の名前は、メシュエル・ラメステラ。
「ノザーワ・ハーラデス。あなたを、“浄化”します」
『黄泉の神殿』と呼ばれている、教団の戦聖女である。
……彼女は宣告して手から大鎌を出し、僕に向かって振り下ろしてきた……
「……で、やっぱりアミリちゃんは僕の膝の上に乗るのね……」
そして昨日と同じように、アミリちゃんは僕の膝の上に座ってきた。
いや、アミリちゃん、ちゃんと君の席は僕の隣にあるでしょう?
「うん!アミィの席はハーおにぃちゃんのお膝で決定なのです!ロリコンなハーおにぃちゃん大満足なのです!」
「まだそれ引きずってたの!?あと僕はロリコンじゃないよ!」
あと、まだ劇が始まったら大人しくしててね……
ツッコミをして乱れた息を整えてから、僕はアミリちゃんにそう注意する。
アミリちゃんもちゃんとそこはわきまえているのか、わかってるです!と答えてくれる。
「ハーおにぃちゃんがえっちなことをしてきても、アミィは大人しく受け入れるのです!」
「そういう意味じゃないよ!?あと、そういうことは誰に教えられたの!?女の子がそんなこと言っちゃダメだよ!」
「ハーおにぃちゃん、ここはサバトなんですよ?」
「それでもダメだよ。ちゃんと自分の体は大事にしないとね」
大人しくさせるために、僕はアミリちゃんの頭を撫でる。
撫でられると、アミリちゃんはえへへ〜、と猫のような感じに喜んだけど、なぜかはっとなってぷくりと頬を膨らませてしまった。
「は、ハーおにぃちゃんはアミィを子供扱いし過ぎです!」
「アミリちゃんは見た目も中身も子供だよ?」
「盲点でしたっ!!」
子供扱いもなにも、アミリちゃんは子供でしょ……
と、心の中でツッコミつつ指摘すると、アミリちゃんはガビンッ!といった感じで両手で頬を抑えた。
……と、まぁとりあえず騒げるのはここまでだね。
「アミリちゃん、そろそろ大人しくしようね。劇が始まるよ」
「はぁい!」
劇場の明かりが暗くなり始め、もうすぐ歌劇が始まることを観客の人達に伝えたのだ。
アミリちゃんは自分の席に戻る……ことはなく、そのまま僕の膝の上で大人しくなった。
いや、席には戻らないんだ……
いやまぁ、別に構わないんだけどさ……
いろいろと困ることはあるが、実害はないし、何よりアミリちゃんがとても嬉しそうな顔をしているため、僕はアミリちゃんを席に戻すことを諦め、劇を鑑賞することにした。
劇でやっているのは、音大という教育施設で学んでいるピアノについて学びながらも指揮者を目指している男と、同じくピアノを学ぶ女の笑いあり感動ありな話なのだが……
なの、だが……
「あれ?これのだめじゃね?」
「……?ハーおにぃちゃん、“のだめ”ってなんですか?」
「え?あ、いや……なんだろ?僕もわかんないや」
「じゃあなんでそんなことを言ったんですか?」
「なんでだろ?なんか劇を見てたら言わなきゃいけないような気がして……」
「変なおにぃちゃんですね」
あはは……まったくそうだね……とアミリちゃんに同意し、僕はまた大人しく劇を見る。
「ねぇ、ハーおにぃちゃん、やっぱり、ハーおにぃちゃんはピアノを弾かないのですか?」
主人公である男の人の練習が厳しく、もうやってられないと仲間が次々と練習部屋を出て行くシーンを見ていると、不意にアミリちゃんが口を開き、聞いてきた。
……やっぱり、ピアノを弾かないのか。
昨日から、アミリちゃんが何度も訊いてくることだ。
アミリちゃんには悪いけど、多分なにがあっても僕の答えは変わらない。
NOだ。
「……ごめんね」
「……そう、ですか……」
「……アミリちゃんは、なんで、そんなに僕のピアノを聴きたがるんだい?」
何度も訊いてきているので、ついに気になって僕はアミリちゃんに問う。
と、アミリちゃんは、うつむいて、しばらく、ううん……と悩んだあと、ポツリポツリと話し始めた。
「えと、ね……アミィは、ハーおにぃちゃんのピアノを聴きたいんだけど、ハーおにぃちゃんがピアノを弾いてる姿も見てみたいのです。……前聴いた時は、ハーおにぃちゃんの姿を、見れなかったから……」
「え……?」
「アミィはね、魔女になるまで、目が見えなかったんだ。たしか、せんてんせいのもうもくしょう、だっけかな……?それでね、魔女になればそれが治るかもってメリカおねぇちゃんたちが強く勧めてきたんだ。ええと、たしか……魔女って魔力が高いから、体が変化した時に治る可能性が高い、だっけかな……?」
……たしかに、魔女に変化すれば、体が組み変わるから、その過程で目が治る可能性が高い。
アミリちゃんの話を静かに聞きながら、僕はそう考える。
重い話だが、これでアミリちゃんが14歳という年齢で魔女になった理由がわかった。
しかし、それと僕のピアノが聴きたい理由と、どんな関係が……
そう思ったところで、アミリちゃんは話の続きを話した。
「でも、アミィ、目を治す気、なかったんだ。生まれてからずっとこうだったし、見たいもの、何もなかったし……それに、見えることが、怖かったんだ……」
「見えることが、怖かった……?」
「うん。アミィね、もしかしたら目が見えるようになって、それで目を開いたら、みんないなくなっちゃうんじゃないかって、それがとっても怖くて、それで、治したく、なかったんだ……そしたらね、メリカおねぇちゃん達、アミィになにか見たいと思わせるように、いろんなとこに連れて行ってくれたんだ。綺麗な森の泉だったり、山の頂上だったり、人がたっっくさんいる街の中だったり……」
「……アミリちゃんは、サバトのみんなにいっぱい愛されていたんだね……」
「はいです。でね、それで出会ったのが、ハーおにぃちゃんなのです」
「そう、なの?」
「うん。二年前くらいにね、昔からおねぇちゃん達、おにぃちゃんのファンだったから、おにぃちゃんの演奏会に、アミィ達はいったんだ。それでアミィもおにぃちゃんの演奏が好きになったの。聴いてるとね、嬉しくなって、楽しくなって、誰かから褒められてる時みたいに、幸せな感じがしたんだ。だからね、アミィ、その人の演奏してる姿、見てみたかったんだ。いったい、どんなに嬉しそうに、ピアノを弾いてたんだろうって。だから、ハーおにぃちゃんに会えて、アミィはとても嬉しいです!魔女になってすぐに、演奏をやめてるって聞いて、もう会えないと思った人に、アミィに目が見えるようになりたいって思わせてくれた人に会えたんだから!」
「……そっか、ありがとね。……ごめんね……」
アミリちゃんの言葉を聞いて、僕は嬉しくなった。
僕の演奏が、この子を幸せにしてくれていた。
そのことが嬉しくて、でも、彼女にピアノを聴かせてあげることが出来ないのが申し訳なくて、気がついたら僕はアミリちゃんの頭を撫でていた。
彼女は、子供ながらに大人びた表情を垣間見せながら、エヘヘ……と少し嬉しそうに笑う。
……もしも、もしも、僕がまたピアノを弾けるようになったら、まず一番に、アミリちゃんのために演奏をしたいな……
そう思いながら、僕はアミリちゃんを撫でる手を止めず、劇をまた見始める。
……それから劇が終わるまで、僕達は一言も言葉を交わさないのであった……
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「皆のもの、ご苦労じゃった!これで今季の公演は終了じゃあぁぁぁぁ!」
『お疲れ様でしたあぁぁぁぁ!』
午前、午後の部が終了し、片付けが終わったあと、ホールの団体控え室の一室で、メリカさんの宣言にサバトのメンバー全員が歓喜の声をあげていた。
そういえば、あれが最後の公演だったのか……いや、今日がもう8月末だと考えると当たり前か。
そう思いながら、僕は控え室の隅の方でアミリちゃんと話を聞いていた。
「そして明日は待ちに待った黒ミサを開くぞ!」
『いやったぁぁぁぁ!』
『うおぉぉおぉ!!』
「……うん、やっぱりここはサバトだね」
「そうなのですよ〜。まぁ、アミィは一員なのに参加しないけどね〜」
「アミリちゃんはそれでいいんだよ。あと6年くらい待とうね」
「では、皆のもの、明日に備えて今日はゆっくりと休むといい。それでは、解散っ!」
『お疲れ様でしたっ!』
全員が解散し、控え室を出ていく中、メリカさんが僕達のところにやってきた。
「お疲れ様でした、メリカさん。劇、面白かったですよ」
「お疲れメリカおねぇちゃん!」
「うむ、ありがとう。アミリのことを任せてしまってすまんの、ハーラデス殿。アミリはなにか迷惑をかけたじゃろうか?」
「いえいえ。一緒におとなしく劇を見ていましたよ」
「そうか。それはよかった。……さて、ハーラデス殿、明日は黒ミサなのじゃが……一緒にどうかの?気になった者でも誘って……」
「遠慮しておきます。明日は……まぁ、黒ミサの時間は散歩にでも行きますかね?」
「あ、そしたらアミリもお散歩する〜!」
「むぅ、残念じゃのぉ、なんだったら、わしが相手でもよかったんじゃが……」
「あははははは……そ、そろそろ僕も部屋に戻りますね……」
「あ、ハーおにぃちゃん、ハーおにぃちゃんのお部屋でトランプやろ〜?」
「え?まぁ、いいよ」
「ふむ、わしも混ぜてもらってよいかの?」
「はい。いいですよ」
そんなこんなで部屋に戻ろうとすると、アミリちゃん達とトランプで遊ぶことになったので、僕達はお夕飯ができるまで部屋で遊ぶのだった……
「ちなみに最下位になったメリカおねぇちゃんはしばらく語尾をニャンッ♪にするのです!」
「最下位になったわしが……って、わしだけなのか!?」
「最下位になったハーおにぃちゃんはお夕飯にアミィの好物を寄越すのです!」
「あ、うん、別にいいけど……」
「そしたら、アミリが最下位になったらコチョコチョの刑なのじゃ!」
「むぅ、負けられないよ〜!」
結果・アミリちゃんの笑い声が歌劇場内に響き渡りました。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……ふぅ、いいお湯だった……」
「あ、ハーおにぃちゃん!ハーおにぃちゃんもお風呂でしたか!」
夕飯を食べ終え、夜になったのでお風呂に入った僕は、大浴場から出てすぐに、偶然アミリちゃんとあった。
「アミリちゃんもお風呂に入ってたの?」
「うん!あ、ハーおにぃちゃん、今日もお話ししよ!」
「うん。いいよ」
「そしたらお部屋に行くのです!」
嬉しそうなアミリちゃんに引っ張られながら、僕は部屋に向かう。
「さて、そしたら今日はどんな話がいいのかな?」
「うーん、そうだ!どんな曲を弾いてたのか教えてくださいです!こう見えてもアミィ、ピアノを習ってるから曲はよく知ってるのです!」
「へぇ、そうなんだ……そしたら、今度、アミリちゃんのピアノを聴いてみたいかな?」
「ハイなのです!ついでにアミィにピアノを教えて欲しいのです!」
「そうだなぁ……まぁ、教えられる範囲でならね」
「やったぁ!」
喜ぶアミリちゃんを見て、可愛いな、と思いながら僕は部屋についたので部屋の扉を開く。
と……
「……お久しぶりね、ハー君」
明かりのついていない部屋の中に、先客がいた。
……月明かりが、先客の容貌を淡く照らす。
漆黒の外套を纏い、綺麗な銀の長髪をたなびかせ、翡翠色の瞳を僕に向け、口元は薄く笑みを浮かべている……
そんな彼女のことを、僕は知っていた。
「久しぶりだね、エル。……もう、ここに来たんだ?思ったより、早かったなぁ……」
「そう?なら、もう少し遅くあなたを見つけてもよかったわね……ごめんなさい」
「別に構わないよ。君に会うこと自体は、僕も嬉しいから」
「ハー、おにぃ、ちゃん……?」
「アミリちゃん、危ないから、下がってて」
声をかけられたのでアミリちゃんを見てみると、不安そうな顔をしていたので、僕は努めて笑顔になり、巻き込まないようにアミリちゃん後ろに下げさせておく。
そして、僕は彼女と向き合う。
「……君がここにいるってことは、やっぱり目的は……」
「……うん、ごめんね。その通り」
彼女の名前は、メシュエル・ラメステラ。
「ノザーワ・ハーラデス。あなたを、“浄化”します」
『黄泉の神殿』と呼ばれている、教団の戦聖女である。
……彼女は宣告して手から大鎌を出し、僕に向かって振り下ろしてきた……
11/07/13 19:24更新 / 星村 空理
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