第四楽句〜朝とサバトと、おつかいと少女と〜
____母さん、僕の演奏どうだった!?____
__うん、今日も素敵な音だったわよ______
____やった!____
舞台裏で演奏を聴いていてくれた母に、幼い僕は抱きついた。
柔らかな日差しのような暖かさが僕の体を包み込む。
__お疲れ様。お祝いに、なにかハー君の好きなものを買ってあげよう!______
____いらないよ。でも、頭を撫でてほしいな!____
__よしよし……本当に、ハー君はこれが好きなんだね______
____うん!大好きだよ!えへへへ……____
……幼かった僕は、ただ、母のために……母に喜んでもらい、褒めてもらうために、ピアノを弾いていた。
演奏が終わったあとに、母によかったと言ってもらい、頭を撫でてもらって……
流石に年頃になってからは頭を撫でてもらうことはないけど、でも、母に褒めてもらう。それだけで、僕は幸せだった。
そして僕は、ずっと幸せに日々を過ごしていた。
……少なくとも、母が亡くなる、二年前までは……
今が幸せじゃないとは思っていない。
ただ、幼い頃から共に生きていたと言ってもいい……僕の人生であるとも言える……母から教わった、母から貰った……ピアノに触れられないのが、何よりも……辛い。
××××××××××××××××××××××××××××××
夢から覚めて、徐々に覚醒しつつある僕は、母と同じような、柔らかな暖かさを、腕の中に感じた。
あまりにも心地が良いので、ギュッともっと暖かさを感じるために腕の中にあるなにかを抱きしめる。
「……んぁ……」
すると、小さな声が僕の喉元あたりから聞こえてきた。
その声を聞いて、僕は目を覚ます。
気になって、起きてすぐ、真っ先に僕の腕の中にあるなにかを確認すると、そこには……
「んにゅ……えへへ、甘いもの、いっぱぁい……♪」
と、呟きながら、幸せそうな顔で眠っている、可愛らしい寝巻き姿のアミリちゃんがいた。
どうしてこうなったのか、僕は昨日のことを一通り思い出してみる。
たしか昨日は、ここに着いて、アミリちゃんと出会って、“ハーモニア”に案内して貰って……
泊まることになって、荷物を置いて、夕食をいただいて……
そのあとにたくさんの人達に握手やらサインやらせがまれて心身共に疲れながらも入浴して……
ああ、そうだ思い出した。
寝ようと思って部屋に行ったらアミリちゃんに会って、いろいろ話したいとお願いされたからしばらく僕の部屋で旅の話なんかをしてたんだ。
……たぶん、そのまま一緒に寝ちゃったんだろうな……
眠ってしまう寸前の記憶がないから予想するしかないけど、だいたいそんな感じだろう。
でも、なんでこんな態勢で寝てたんだろ……
などと疑問に思っていると、ピクリと腕の中でアミリちゃんの体が動くの感じて、僕は彼女が起き始めたことに気がついた。
「……んにゅあ……ふゆ……?」
「あ、起きたかい?おはよう、アミリちゃん」
「ふぁう……おはようです、ハーおにぃちゃん」
腕を離し、起き上がってから僕が挨拶をすると、アミリちゃんは目をグシグシと擦りながら挨拶を返した。
まだ眠いのか、顔はぼんやりとしていて、目の焦点はあっていない。
……そういえば、着替えなんかはどうしようか……
アミリちゃんの前で着替えるというのもちょっとあれだし、他に着替えられる場所でも……
とそこまで考えたところで、部屋の扉がノックされ、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ハーラデス殿、起きておるかの?」
「あ、はい。今開けます」
声に答えて扉を開けると、やはり、メリカさんがいた。
「どうかしましたか?」
「うむ、アミリの姿が見当たらんのじゃが、お主の部屋にいるのではないかと思っての」
「あ、はい居ますよ。なんか遅くまで話してたら一緒に寝ちゃったみたいで……もう起きてますけど、まだちょっと眠そうですね」
「そうか……すまんの、迷惑をかけてしまって」
「いえ、いいですよ」
ほらアミリ!自室に戻るのじゃ!、と言いながら、メリカさんはアミリちゃんを引っ張って部屋を出て行く。
部屋を出て行くついでに、では、失礼したの。と言うのも忘れなかった。
……二人が居なくなったので、とりあえず僕は扉を閉めて、着替え始めたのであった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「まったく、お主というやつは、ハーラデス殿に迷惑をかけぬよう、風呂の時にもいったであろうが!」
「うう、ごめんなさぁい……でもアミィ、ハーおにぃちゃんと話したかったんだもん……」
「それなら昨日の夜ではなく今日でよかったじゃろう!」
「はぁい……でも、ハーおにぃちゃんの腕の中、あったかかったなぁ……」
「……ほぅ、目覚ましの鎌叩きがもう一発必要なようじゃの……?」
「いらないよメリカおねぇちゃん!?もうアミィは起きてるよ!」
「……まったくこやつは…………にしても珍しいの。お主が人に……特に男に懐くなんて」
「ん〜、おにぃちゃん、優しかったし、それに、なんか普通の人とは違う感じがしたの。ハーおにぃちゃんがハーおにぃちゃんだってわかった時、アミィ、とっても嬉しかった!」
「……そうじゃの。あやつは、お主の恩人なんじゃからの……よかったのぅアミリ。ハーラデス殿に会えて」
「うん!」
××××××××××××××××××××××××××××××
「あ、メリカさんにアミリちゃん」
「あ!ハーおにぃちゃんだ!」
「ハーラデス殿、おはよう」
「そういえば、まだ挨拶をしてませんでしたね。おはようございます」
「ハーおにぃちゃん、おはよう!」
「アミリちゃんとはやったよ?」
「まさかの記憶喪失です!?」
「ただ寝ぼけてただけだね」
「ふざけとらんでハーラデス殿も朝食をいかがかの?」
「ふざけてはいないんですが……そうですね、いただきます」
着替え終わった僕は、ダイニングルームに向かい、アミリちゃん達と合流した。
メリカさんに促されて席に座ると、給仕担当の魔女さんが、どうぞ〜♪、と朝食を持ってきてくれたので、僕はその子にお礼を言う。
ついでにメリカさん達のテーブルを見てみると、メリカさん達もさっき着いたばかりなのか、はたまた僕のことを待ってくれていたのか、朝食には手をつけていなかった。
「さて、それではいただこうかの」
「いただきま〜す!」
「いただきます」
朝食を食べ始めながら、僕はとりあえず今日のことについて話してみることにした。
「メリカさん、今日の劇の公演って何時からなんですか?」
「む?ああ、言ってなかったの。わしらの劇は二回。午前の部が10:00〜11:00、午後の部が1:00〜2:00までの1時間ずつじゃの」
「となると……今からはまだ2時間くらい余裕があるんですね」
「お主らはの。わしらは最終チェックがあるからこれからすぐに準備に向かわねばならんのじゃ……っと、そうじゃった。お主ら二人にお使いを頼みたいんじゃが、良いかの?」
「ええ、いいですよ」
「ハーおにぃちゃんがいくならアミリもいくっ!」
「すまんの。手が空いてるのはお主らだけなんじゃ。で、買ってきて欲しいものなんじゃが……記録魔術用の魔晶石を買ってきて欲しいのじゃ。店は……アミリ、場所はわかるな?」
「うん!大丈夫だよ!」
「記録魔術用の魔晶石ですね。わかりました。大きさはどの位がいいですかね?あと、いくつ必要ですか?」
「ああ、数は……うむ、二つほど頼む。大きさはトートサバト用だと伝えれば大丈夫じゃ」
「わかりました」
「じゃあハーおにぃちゃん、早くいこっ!」
出かけるのが嬉しいのか、アミリちゃんは目をキラキラ輝かせながら僕の腕を掴んで引っ張ってくる。
……うん、早く行こうとするのはいいことだけど……
「朝ごはんはちゃんと食べてから行こうね?」
××××××××××××××××××××××××××××××
タイル造りの道を歩きながら、僕はちょこちょこと前を走っているアミリちゃんのことを注意して見守っていた。
本人は道案内をしているだけなのだが、小走りに移動しているため、転びそうで怖いのだ。
また昨日のように転ばれたら、目も当てられない。
「ハーおにぃちゃん、早くぅ!」
「はいはい。わかったから、アミリちゃんはもうちょっとゆっくり歩こうね?」
「これでもゆっくり歩いているです!」
「また昨日みたいに転んじゃうよ?」
「っ!!」
プンプンするアミリちゃんにそういうと、ピタッ!と足を止めて、スススス……と僕の隣に戻って来た。
「やっぱり、転ぶのは怖いんだ……」
「ちなぅのちなぅの!アミィはハーおにぃちゃんが転ばないように隣で見張ってるの!」
「あ、転ぶのは僕なんだ……」
焦ったように言うアミリちゃんの言い訳に、僕はえっ?と思って少し動揺しながら、しかし一応誤魔化しだと理解して苦笑をした。
そんなこんなで、僕とアミリちゃんは目的の店に到着した……ようである。
看板を見たアミリちゃんが、急に走り出して、ピョンピョンと店前で跳ね、僕を呼んだので、そこが目的地だと分かったのだ。
「ハーおにぃちゃん、ここで魔晶石が買えるのです!」
「うん、わかった。じゃあ、入ろうか?」
「はいです!」
僕が店の前に到着するとすぐに、アミリちゃんは店の扉を開けて中に入っていくので、僕もついていって店の中に入る。
「いらっしゃいませ〜。あれ?アミリちゃんじゃない!おはよう!」
「おはようミーおねぇちゃん!」
店の中にいたのは、ドワーフだった。
彼女は、アミリちゃんを見つけると、トテテテとアミリちゃんに近付いて、ギュッと抱きしめる。
のだが、いくらアミリちゃんでもドワーフよりは身長があるため、ドワーフの店員さんがアミリちゃんに抱きしめられてるように見えた。
というか……
「あまりこの街を見てまわったわけじゃないけど、この街って、小さい女の子がおおいよね?」
メリカさんのトートサバトの人達はは言うまでもないけど、ここにくるまで歩いている間に見た魔物達も、サハギン、セイレーン、マンドラゴラ、妖精種など、体の小さな種族が多く、目立ち、さらにこの店のドワーフだ。疑問に思わないほうがおかしい。
「そうだね〜。ろりこんなハーおにぃちゃんは大喜びだね!」
「ロリコンじゃないよ!?」
……アミリちゃんの返しに僕は勢いよくツッコミをいれていた。
それを見たドワーフさんが、クスクスと笑い出し、そして挨拶をしてくれた。
「アミリちゃん、今日は面白い人を連れてきてるわね?」
「うん!ハーおにぃちゃんは優しくて面白い人なのです」
「そうなの……はじめまして、ここ、“ミルフィー魔石店”の店主、ミルフィーよ」
「ハーラデスです。よろしくお願いします」
挨拶をしながら、僕は店の中を見回す。
魔石店の名にたがわず、店の中には様々な色をした魔石、魔晶石などが陳列されていた。
「……さて、そしたら、アミリちゃん、今日はどんな用でここに?もしかして、デートだったりする?」
「えっ?ええっ!?」
「うーん、ミーおねぇちゃん惜しいです!アミィとハーおにぃちゃんはおつかいに来たのです!」
「そうなの」
突然ミルフィーさんがデートとか言ったため、僕は動揺してワタワタしてしまったが、アミリちゃんが普通に返し、納得してくれたため、ホッとする。
というか多分、さっきのは冗談なんだろうな……と、比較的流されやすい僕は今更ながらにそんなことに気がついた。
「で、いったい今日は何を買いに来たのかしら?」
「ええと、記録魔術用の魔晶石を二つ、頼まれてるんですが……」
「ああ、あれね。サイズはどのくらいかしら?」
「トートサバト用だと言えば伝わると言われましたが、わかりますか?」
「ええ、わかるわ。じゃあ、ちょっと待っててね」
そういうと、ミルフィーさんはやっとアミリちゃんに抱きつくのをやめ、店の中を周り、魔晶石を探す。
そしてすぐに、うん、これね、と黄色く、小さな長方形をした魔晶石を二つ持ってカウンターへ行き、袋に入れてから僕たちの元に戻ってきた。
「はいじゃあこれ。黄色記録魔晶石二個。計2520円よ」
「2520……円?」
ミルフィーさんから魔晶石の入った袋を受け取りながら、聞き慣れない金銭の単位に、僕は首を傾げた。
ゴールドやコル、ギルといった単位は旅した中で何度か扱ったのだが、しかし、円といった独特の響きの単位は初めてだ。
説明を求めようとしてアミリちゃんの方を向くと、彼女は、あ、そういえばそうでした!と、言ってから、僕のところに来た。
「ハーおにぃちゃんはまだここに来たばかりで、円の数え方がわからないんでした!」
「うん、だから、ちょっと教えてくれないかな?」
「いいです!アミィが払います!そしてあとでハーおにぃちゃんに教えるのです!」
「ははは……そっか、じゃあ、お願いしようかな?」
僕がアミリちゃんにメリカさんから預かった財布を渡すと、アミリちゃんはゴソゴソと中を見てお金を取り出し、そして……
「しまったです!お財布の中にお札しかありません!」
……と、叫んだ。
いや、お札ってなにさ、と言うか言うまいか迷っているうちに、アミリちゃんはムゥ、と唸りながら紙を三枚、ミルフィーさんに渡す。
「お札しかなかったら大変じゃないからおにぃちゃんに褒められないですよぅ……」
「どうかしたの、アミリちゃん?」
「ううん!なんでもないよ!」
「……へぇ、珍しいわね、アミリちゃんがそんなに懐くなんて……たしか、ハーラデスさん、だったわね、なにかアミリちゃんにした?」
「いえ、とくには。ただちょっと犬に追いかけられたのを助けただけですよ」
「へぇ、そう……まぁ、アミリちゃんは本当に犬が苦手だから、理由になると言えば……なるかしらね?」
「ハーおにぃちゃん、早く戻ろう!メリカおねぇちゃんに渡さないと!」
「そうだね。じゃあ、失礼しますね」
「はいはい。ありがとうございました〜!」
話していると、アミリちゃんが僕の手から袋をひったくって帰ろうと催促するので、僕は仕方なくミルフィーさんに挨拶をしてから、アミリちゃんについていって“ハーモニア”に戻るのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……そろそろ到着です。準備をお願いします」
船の甲板から空を見上げていると、カソックを来た男性が私に報告に来た。
空から目を下ろし、私は彼に頷く。
「了解したわ。……そしたら、荷物をまとめないと……」
「私も手伝います」
「そう?ありがとう」
男性……目的地までの支援者であり、私が船に乗った港町の教会の司祭にお礼を言ってから、私は彼と一緒に船内の部屋に戻る。
部屋の中は特にものが散らかっている様子はないため、片付けにさほど時間はかからなかった。
「にしても……本当にこれは必要なものなのですか?」
片付けが終わると、司祭が訝しげにあるモノを持ち上げる。
だいたい腕ほどの大きさの、白く丸っこい形をしており、顔の形のような……というか、顔が描かれている。
ちょうど……
(・∇・)
このような感じだ。
……ようは、ぬいぐるみである。
「ええ、必要よ。私、これが無いと眠れないの」
「そうですか」
司祭からぬいぐるみを受け取った私は、荷物の片付けが終わってるのもあり、ベットに座ってそれを抱きしめ、柔らかい感触を楽しむ。
モフモフ……ふかふか……
「……ふぁふ……」
「……まったく、その姿を見ると、あまり実感が湧きませんね」
「……それは、いったいなんの実感かしら?」
ぬいぐるみの感触を堪能している私の姿を見て、司祭が困ったようにそう言ってくるので、私は首を傾げながら彼に訊く。
と、彼は、そんなこと、決まってるじゃありませんかと苦笑しながら答えた。
「あなたが、“黄泉の神殿”だということですよ。まさか“浄化”任務を失敗したことのないあの黄泉の神殿と呼ばれた方が、こんなにお美しく、可愛らしい方だとは、思いもしませんでしたよ」
「そう、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
「いえいえ、お世辞なんてとんでもない」
『黄泉の神殿』
教団枢機機関所属の、戦闘用に育成された聖女……もどきである私は、任務の成功率や扱う術の性質、その強さから、そんな二つ名で呼ばれていた。
……軽く笑みを浮かべてお礼を言ってから、私は、念のための確認をする。
「……で、確認しておくけど、彼は確かに今向かってる街……アリュートに向かったのね?」
「ええ、間違いありません。街の船員に確認をとりましたので……確実に、“浄化”対象はアリュートに向かいました」
「……そう……」
……教団の所属である私は、ある任務につけられていた。
ある人間の浄化……という名の、殺害任務だ。
その対象は、大量殺人犯である異能者。
ある事件から、二年間も教団から逃げ続けており、その危険性ゆえに、手配を解かれず、ついに私が動くまでになった。
私は、荷物を漁り、一枚の写真付きの指令書を出して見る。
任務・浄化
種族・人間
性別・男
年齢・24
名前…………
……名前の部分を見て、私はギリ……と奥歯を噛みしめる。
そして、対象の名前を、小さな声で、呟いた。
「……対象……ノザーワ・ハーラデス……」
__うん、今日も素敵な音だったわよ______
____やった!____
舞台裏で演奏を聴いていてくれた母に、幼い僕は抱きついた。
柔らかな日差しのような暖かさが僕の体を包み込む。
__お疲れ様。お祝いに、なにかハー君の好きなものを買ってあげよう!______
____いらないよ。でも、頭を撫でてほしいな!____
__よしよし……本当に、ハー君はこれが好きなんだね______
____うん!大好きだよ!えへへへ……____
……幼かった僕は、ただ、母のために……母に喜んでもらい、褒めてもらうために、ピアノを弾いていた。
演奏が終わったあとに、母によかったと言ってもらい、頭を撫でてもらって……
流石に年頃になってからは頭を撫でてもらうことはないけど、でも、母に褒めてもらう。それだけで、僕は幸せだった。
そして僕は、ずっと幸せに日々を過ごしていた。
……少なくとも、母が亡くなる、二年前までは……
今が幸せじゃないとは思っていない。
ただ、幼い頃から共に生きていたと言ってもいい……僕の人生であるとも言える……母から教わった、母から貰った……ピアノに触れられないのが、何よりも……辛い。
××××××××××××××××××××××××××××××
夢から覚めて、徐々に覚醒しつつある僕は、母と同じような、柔らかな暖かさを、腕の中に感じた。
あまりにも心地が良いので、ギュッともっと暖かさを感じるために腕の中にあるなにかを抱きしめる。
「……んぁ……」
すると、小さな声が僕の喉元あたりから聞こえてきた。
その声を聞いて、僕は目を覚ます。
気になって、起きてすぐ、真っ先に僕の腕の中にあるなにかを確認すると、そこには……
「んにゅ……えへへ、甘いもの、いっぱぁい……♪」
と、呟きながら、幸せそうな顔で眠っている、可愛らしい寝巻き姿のアミリちゃんがいた。
どうしてこうなったのか、僕は昨日のことを一通り思い出してみる。
たしか昨日は、ここに着いて、アミリちゃんと出会って、“ハーモニア”に案内して貰って……
泊まることになって、荷物を置いて、夕食をいただいて……
そのあとにたくさんの人達に握手やらサインやらせがまれて心身共に疲れながらも入浴して……
ああ、そうだ思い出した。
寝ようと思って部屋に行ったらアミリちゃんに会って、いろいろ話したいとお願いされたからしばらく僕の部屋で旅の話なんかをしてたんだ。
……たぶん、そのまま一緒に寝ちゃったんだろうな……
眠ってしまう寸前の記憶がないから予想するしかないけど、だいたいそんな感じだろう。
でも、なんでこんな態勢で寝てたんだろ……
などと疑問に思っていると、ピクリと腕の中でアミリちゃんの体が動くの感じて、僕は彼女が起き始めたことに気がついた。
「……んにゅあ……ふゆ……?」
「あ、起きたかい?おはよう、アミリちゃん」
「ふぁう……おはようです、ハーおにぃちゃん」
腕を離し、起き上がってから僕が挨拶をすると、アミリちゃんは目をグシグシと擦りながら挨拶を返した。
まだ眠いのか、顔はぼんやりとしていて、目の焦点はあっていない。
……そういえば、着替えなんかはどうしようか……
アミリちゃんの前で着替えるというのもちょっとあれだし、他に着替えられる場所でも……
とそこまで考えたところで、部屋の扉がノックされ、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ハーラデス殿、起きておるかの?」
「あ、はい。今開けます」
声に答えて扉を開けると、やはり、メリカさんがいた。
「どうかしましたか?」
「うむ、アミリの姿が見当たらんのじゃが、お主の部屋にいるのではないかと思っての」
「あ、はい居ますよ。なんか遅くまで話してたら一緒に寝ちゃったみたいで……もう起きてますけど、まだちょっと眠そうですね」
「そうか……すまんの、迷惑をかけてしまって」
「いえ、いいですよ」
ほらアミリ!自室に戻るのじゃ!、と言いながら、メリカさんはアミリちゃんを引っ張って部屋を出て行く。
部屋を出て行くついでに、では、失礼したの。と言うのも忘れなかった。
……二人が居なくなったので、とりあえず僕は扉を閉めて、着替え始めたのであった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「まったく、お主というやつは、ハーラデス殿に迷惑をかけぬよう、風呂の時にもいったであろうが!」
「うう、ごめんなさぁい……でもアミィ、ハーおにぃちゃんと話したかったんだもん……」
「それなら昨日の夜ではなく今日でよかったじゃろう!」
「はぁい……でも、ハーおにぃちゃんの腕の中、あったかかったなぁ……」
「……ほぅ、目覚ましの鎌叩きがもう一発必要なようじゃの……?」
「いらないよメリカおねぇちゃん!?もうアミィは起きてるよ!」
「……まったくこやつは…………にしても珍しいの。お主が人に……特に男に懐くなんて」
「ん〜、おにぃちゃん、優しかったし、それに、なんか普通の人とは違う感じがしたの。ハーおにぃちゃんがハーおにぃちゃんだってわかった時、アミィ、とっても嬉しかった!」
「……そうじゃの。あやつは、お主の恩人なんじゃからの……よかったのぅアミリ。ハーラデス殿に会えて」
「うん!」
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「あ、メリカさんにアミリちゃん」
「あ!ハーおにぃちゃんだ!」
「ハーラデス殿、おはよう」
「そういえば、まだ挨拶をしてませんでしたね。おはようございます」
「ハーおにぃちゃん、おはよう!」
「アミリちゃんとはやったよ?」
「まさかの記憶喪失です!?」
「ただ寝ぼけてただけだね」
「ふざけとらんでハーラデス殿も朝食をいかがかの?」
「ふざけてはいないんですが……そうですね、いただきます」
着替え終わった僕は、ダイニングルームに向かい、アミリちゃん達と合流した。
メリカさんに促されて席に座ると、給仕担当の魔女さんが、どうぞ〜♪、と朝食を持ってきてくれたので、僕はその子にお礼を言う。
ついでにメリカさん達のテーブルを見てみると、メリカさん達もさっき着いたばかりなのか、はたまた僕のことを待ってくれていたのか、朝食には手をつけていなかった。
「さて、それではいただこうかの」
「いただきま〜す!」
「いただきます」
朝食を食べ始めながら、僕はとりあえず今日のことについて話してみることにした。
「メリカさん、今日の劇の公演って何時からなんですか?」
「む?ああ、言ってなかったの。わしらの劇は二回。午前の部が10:00〜11:00、午後の部が1:00〜2:00までの1時間ずつじゃの」
「となると……今からはまだ2時間くらい余裕があるんですね」
「お主らはの。わしらは最終チェックがあるからこれからすぐに準備に向かわねばならんのじゃ……っと、そうじゃった。お主ら二人にお使いを頼みたいんじゃが、良いかの?」
「ええ、いいですよ」
「ハーおにぃちゃんがいくならアミリもいくっ!」
「すまんの。手が空いてるのはお主らだけなんじゃ。で、買ってきて欲しいものなんじゃが……記録魔術用の魔晶石を買ってきて欲しいのじゃ。店は……アミリ、場所はわかるな?」
「うん!大丈夫だよ!」
「記録魔術用の魔晶石ですね。わかりました。大きさはどの位がいいですかね?あと、いくつ必要ですか?」
「ああ、数は……うむ、二つほど頼む。大きさはトートサバト用だと伝えれば大丈夫じゃ」
「わかりました」
「じゃあハーおにぃちゃん、早くいこっ!」
出かけるのが嬉しいのか、アミリちゃんは目をキラキラ輝かせながら僕の腕を掴んで引っ張ってくる。
……うん、早く行こうとするのはいいことだけど……
「朝ごはんはちゃんと食べてから行こうね?」
××××××××××××××××××××××××××××××
タイル造りの道を歩きながら、僕はちょこちょこと前を走っているアミリちゃんのことを注意して見守っていた。
本人は道案内をしているだけなのだが、小走りに移動しているため、転びそうで怖いのだ。
また昨日のように転ばれたら、目も当てられない。
「ハーおにぃちゃん、早くぅ!」
「はいはい。わかったから、アミリちゃんはもうちょっとゆっくり歩こうね?」
「これでもゆっくり歩いているです!」
「また昨日みたいに転んじゃうよ?」
「っ!!」
プンプンするアミリちゃんにそういうと、ピタッ!と足を止めて、スススス……と僕の隣に戻って来た。
「やっぱり、転ぶのは怖いんだ……」
「ちなぅのちなぅの!アミィはハーおにぃちゃんが転ばないように隣で見張ってるの!」
「あ、転ぶのは僕なんだ……」
焦ったように言うアミリちゃんの言い訳に、僕はえっ?と思って少し動揺しながら、しかし一応誤魔化しだと理解して苦笑をした。
そんなこんなで、僕とアミリちゃんは目的の店に到着した……ようである。
看板を見たアミリちゃんが、急に走り出して、ピョンピョンと店前で跳ね、僕を呼んだので、そこが目的地だと分かったのだ。
「ハーおにぃちゃん、ここで魔晶石が買えるのです!」
「うん、わかった。じゃあ、入ろうか?」
「はいです!」
僕が店の前に到着するとすぐに、アミリちゃんは店の扉を開けて中に入っていくので、僕もついていって店の中に入る。
「いらっしゃいませ〜。あれ?アミリちゃんじゃない!おはよう!」
「おはようミーおねぇちゃん!」
店の中にいたのは、ドワーフだった。
彼女は、アミリちゃんを見つけると、トテテテとアミリちゃんに近付いて、ギュッと抱きしめる。
のだが、いくらアミリちゃんでもドワーフよりは身長があるため、ドワーフの店員さんがアミリちゃんに抱きしめられてるように見えた。
というか……
「あまりこの街を見てまわったわけじゃないけど、この街って、小さい女の子がおおいよね?」
メリカさんのトートサバトの人達はは言うまでもないけど、ここにくるまで歩いている間に見た魔物達も、サハギン、セイレーン、マンドラゴラ、妖精種など、体の小さな種族が多く、目立ち、さらにこの店のドワーフだ。疑問に思わないほうがおかしい。
「そうだね〜。ろりこんなハーおにぃちゃんは大喜びだね!」
「ロリコンじゃないよ!?」
……アミリちゃんの返しに僕は勢いよくツッコミをいれていた。
それを見たドワーフさんが、クスクスと笑い出し、そして挨拶をしてくれた。
「アミリちゃん、今日は面白い人を連れてきてるわね?」
「うん!ハーおにぃちゃんは優しくて面白い人なのです」
「そうなの……はじめまして、ここ、“ミルフィー魔石店”の店主、ミルフィーよ」
「ハーラデスです。よろしくお願いします」
挨拶をしながら、僕は店の中を見回す。
魔石店の名にたがわず、店の中には様々な色をした魔石、魔晶石などが陳列されていた。
「……さて、そしたら、アミリちゃん、今日はどんな用でここに?もしかして、デートだったりする?」
「えっ?ええっ!?」
「うーん、ミーおねぇちゃん惜しいです!アミィとハーおにぃちゃんはおつかいに来たのです!」
「そうなの」
突然ミルフィーさんがデートとか言ったため、僕は動揺してワタワタしてしまったが、アミリちゃんが普通に返し、納得してくれたため、ホッとする。
というか多分、さっきのは冗談なんだろうな……と、比較的流されやすい僕は今更ながらにそんなことに気がついた。
「で、いったい今日は何を買いに来たのかしら?」
「ええと、記録魔術用の魔晶石を二つ、頼まれてるんですが……」
「ああ、あれね。サイズはどのくらいかしら?」
「トートサバト用だと言えば伝わると言われましたが、わかりますか?」
「ええ、わかるわ。じゃあ、ちょっと待っててね」
そういうと、ミルフィーさんはやっとアミリちゃんに抱きつくのをやめ、店の中を周り、魔晶石を探す。
そしてすぐに、うん、これね、と黄色く、小さな長方形をした魔晶石を二つ持ってカウンターへ行き、袋に入れてから僕たちの元に戻ってきた。
「はいじゃあこれ。黄色記録魔晶石二個。計2520円よ」
「2520……円?」
ミルフィーさんから魔晶石の入った袋を受け取りながら、聞き慣れない金銭の単位に、僕は首を傾げた。
ゴールドやコル、ギルといった単位は旅した中で何度か扱ったのだが、しかし、円といった独特の響きの単位は初めてだ。
説明を求めようとしてアミリちゃんの方を向くと、彼女は、あ、そういえばそうでした!と、言ってから、僕のところに来た。
「ハーおにぃちゃんはまだここに来たばかりで、円の数え方がわからないんでした!」
「うん、だから、ちょっと教えてくれないかな?」
「いいです!アミィが払います!そしてあとでハーおにぃちゃんに教えるのです!」
「ははは……そっか、じゃあ、お願いしようかな?」
僕がアミリちゃんにメリカさんから預かった財布を渡すと、アミリちゃんはゴソゴソと中を見てお金を取り出し、そして……
「しまったです!お財布の中にお札しかありません!」
……と、叫んだ。
いや、お札ってなにさ、と言うか言うまいか迷っているうちに、アミリちゃんはムゥ、と唸りながら紙を三枚、ミルフィーさんに渡す。
「お札しかなかったら大変じゃないからおにぃちゃんに褒められないですよぅ……」
「どうかしたの、アミリちゃん?」
「ううん!なんでもないよ!」
「……へぇ、珍しいわね、アミリちゃんがそんなに懐くなんて……たしか、ハーラデスさん、だったわね、なにかアミリちゃんにした?」
「いえ、とくには。ただちょっと犬に追いかけられたのを助けただけですよ」
「へぇ、そう……まぁ、アミリちゃんは本当に犬が苦手だから、理由になると言えば……なるかしらね?」
「ハーおにぃちゃん、早く戻ろう!メリカおねぇちゃんに渡さないと!」
「そうだね。じゃあ、失礼しますね」
「はいはい。ありがとうございました〜!」
話していると、アミリちゃんが僕の手から袋をひったくって帰ろうと催促するので、僕は仕方なくミルフィーさんに挨拶をしてから、アミリちゃんについていって“ハーモニア”に戻るのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……そろそろ到着です。準備をお願いします」
船の甲板から空を見上げていると、カソックを来た男性が私に報告に来た。
空から目を下ろし、私は彼に頷く。
「了解したわ。……そしたら、荷物をまとめないと……」
「私も手伝います」
「そう?ありがとう」
男性……目的地までの支援者であり、私が船に乗った港町の教会の司祭にお礼を言ってから、私は彼と一緒に船内の部屋に戻る。
部屋の中は特にものが散らかっている様子はないため、片付けにさほど時間はかからなかった。
「にしても……本当にこれは必要なものなのですか?」
片付けが終わると、司祭が訝しげにあるモノを持ち上げる。
だいたい腕ほどの大きさの、白く丸っこい形をしており、顔の形のような……というか、顔が描かれている。
ちょうど……
(・∇・)
このような感じだ。
……ようは、ぬいぐるみである。
「ええ、必要よ。私、これが無いと眠れないの」
「そうですか」
司祭からぬいぐるみを受け取った私は、荷物の片付けが終わってるのもあり、ベットに座ってそれを抱きしめ、柔らかい感触を楽しむ。
モフモフ……ふかふか……
「……ふぁふ……」
「……まったく、その姿を見ると、あまり実感が湧きませんね」
「……それは、いったいなんの実感かしら?」
ぬいぐるみの感触を堪能している私の姿を見て、司祭が困ったようにそう言ってくるので、私は首を傾げながら彼に訊く。
と、彼は、そんなこと、決まってるじゃありませんかと苦笑しながら答えた。
「あなたが、“黄泉の神殿”だということですよ。まさか“浄化”任務を失敗したことのないあの黄泉の神殿と呼ばれた方が、こんなにお美しく、可愛らしい方だとは、思いもしませんでしたよ」
「そう、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
「いえいえ、お世辞なんてとんでもない」
『黄泉の神殿』
教団枢機機関所属の、戦闘用に育成された聖女……もどきである私は、任務の成功率や扱う術の性質、その強さから、そんな二つ名で呼ばれていた。
……軽く笑みを浮かべてお礼を言ってから、私は、念のための確認をする。
「……で、確認しておくけど、彼は確かに今向かってる街……アリュートに向かったのね?」
「ええ、間違いありません。街の船員に確認をとりましたので……確実に、“浄化”対象はアリュートに向かいました」
「……そう……」
……教団の所属である私は、ある任務につけられていた。
ある人間の浄化……という名の、殺害任務だ。
その対象は、大量殺人犯である異能者。
ある事件から、二年間も教団から逃げ続けており、その危険性ゆえに、手配を解かれず、ついに私が動くまでになった。
私は、荷物を漁り、一枚の写真付きの指令書を出して見る。
任務・浄化
種族・人間
性別・男
年齢・24
名前…………
……名前の部分を見て、私はギリ……と奥歯を噛みしめる。
そして、対象の名前を、小さな声で、呟いた。
「……対象……ノザーワ・ハーラデス……」
11/07/08 22:29更新 / 星村 空理
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