12:30〜4:30
「はぁ〜!買った買った!」
「やっぱりあそこは面白いね。あそこでなら、いくらでも時間を潰せるよ」
「そうね〜」
店を出て、背伸びをしながら満足そうに言う美核に、僕は相槌を打つ。
時刻はもうお昼時。だいたい三時間も雑貨屋で過ごしていたようだ。
僕の両手には袋が二つ。
一つは、服屋で買った美核の新しい服。
もう一つは、さっきの雑貨屋で買ったいろいろな物。
美核のぬいぐるみだったり、飴だったり、カードセットだったり……
とにかく、いろいろ買ったなぁ……
まぁ、それはともかく。
「もうお昼だけど、どうする?店に戻ってなんか食べる?」
「ん〜、気分的には、まだ店には戻りたくないかな……?どこかに食べにいかない?」
「うん、いいよ。でも、そうなると、どこで食べるかだよねぇ……ふむ……」
「あ!あそこなんてどうかな!?」
美核が指差したのは、僕達が良くお世話になるお店だった。
たしかに、あそこのやつは美味しいな……
「うん、じゃああそこにしよっか」
「やった!……あ、今回は私がお金持つからね!流石にお昼くらいは払わせてよ!?」
「ん〜、わかったよ。お昼は美核に奢ってもらうよ」
「ん。素直でよろしい」
プクリと頬を膨らませるような仕草をしてからお昼のお金は自分持ちがいいと進言する美核に、僕は少し困り顔で承諾した。
まぁ、ずっと奢られっぱなしというのが嫌なのだろう。
その代わり、それ以外は今日は全て僕持ちにさせてもらうけど。
そんなことを考えながら、ふふん、と少し嬉しそうな顔をしながら店に向かう美核に、僕はついて行くのだった。
「いらっしゃい!」
「こんにちは、ロレンス、ミロ。お昼時なのに来ちゃってごめんね」
「ああ、美核に空理か。こんにちは。今日もパンを買いに来てくれたのか?」
「うん。と言っても、店で使うやつじゃなくて、私達のお昼用に、だけどね」
店の中には、耳の尖った女性と、眼鏡をかけた男性がいた。
男性の方がこの店の店主である、ロレンス・チャタル。
女性の方が店員でエルフのミロ・チャタルという名前である。
そして、この店は、ベーカリー“ファミリエ”。
僕達が良くお世話になる、チャタル夫妻が二人だけで経営している小さなパン屋さんだ。
僕達の店でサンドイッチなどで使うパンは、ここで仕入れているのだ。
「そっかぁ。そしたら、好きな物を選んで買っててね。君達はお得意さんだから、安く売っちゃうよ」
「ありがとう、ロレンス。そしたら僕は……チョコデニッシュと、クロワッサンを幾つかもらおうかな?」
「私もクロワッサン食べよっと……あとは……あ、マフィンがいいな♪」
「わかった。座って待っててくれ。何か飲み物を持ってこよう」
「ありがとう、ミロさん」
「まぁ、それより先にメインのパンを持ってこないとね。あ、そうだ。僕達もお昼一緒に食べてもいいかな?そろそろお昼休憩取りたかったからね」
「うん、いいよ」
そんな感じの会話をしながら、二分ほど経ち、僕達の昼食の用意が終わった。
「んじゃあ、いただきます」
『いただきます』
ロレンスの合図で、僕達は手を合わせ、昼食を食べ始めた。
「……うん。いつもとかわりなく美味しいね。ここのパンは」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
「まぁ、このお店はハズレなパンなんてないしね〜」
「当たり前だ。商品にする前に、何度も味見をして改良をしているのだからな。不味いモノを店には出せないだろう?」
「たしかに。うちでも、メニューに載せるモノはマスターに味をみてもらって、その上で改良したモノをお客さんに出してるからね」
「まぁ、そこらへんはどの店も同じだろうね。あ、そうだ。空理、美核、良かったら、新しいパンの味見をしてみないかい?大方完成はしてるんだけど、あと一歩、何かが足りなくてね……少し意見が欲しいんだ」
「うん、いいよ!」
「商品化寸前のモノを試食か……いいね。まぁ、あまり参考にはならないだろうけど、味見、させてもらおうかな」
「よし。じゃあ、いま持ってこようかな」
そう言って、ロレンスは奥から新作予定のパンを持ってきた。
新作であるソレを見た僕は、へぇ、と小さく感嘆の声をあげた。
なるほど、これだったら、完成させたらかなりの人気商品になるだろうな……
そう思いながら、マジマジとソレを見る。
ロレンスが持って来たソレは、間違えなく……
「焼きそばパン、だね?」
「ん?空理、君はこれを見たことがあるのかい?」
「うん。僕の故郷でかなりの人気を誇ったパンに似てるんだ」
「ほう、空理の故郷には、すでにこのパンがあったのか……」
「そういえば、空理ってどこ出身なの?ここではないみたいだし……ずっと気になってたのよね」
「うん?……んーと、まぁ、みんなが知らないような、遠いとこだよ」
別に僕の故郷が異世界だって知られても構わないけど、いろいろと面倒なので誤魔化して早速焼きそばパンを頬張る。
ふむふむ、食感なんかはちゃんとあっちの焼きそばパンと同じ感じだな……
強いて足りないモノを言うなら……
「……うーん、やっぱり、ソースがちょっと違うかな?」
「ソースが、かい?」
「うん。なんていうかな……塩気が足りない?そんな感じ……かな?」
「そうなの?……どれどれ……?ん〜、たしかに、なにも言われないで食べたらわかんないけど、言われてみると、そうかもしれないわね」
僕がいうと、美核も一口食べて、同意する。
「そうか……私も一応…………ふむ、たしかに、言われてみると、若干塩気が足りないというのは、たしかだな」
「ふむ、みんながみんな塩気が足りないと……とりあえず確認に僕も……むぐ……ゴクン……たしかに、言われないと気づかないくらい些細だけど、塩気が足りないな……いや、足りないというより、この風味の塩気は合わない、と言った感じか?」
「あー、そう表現した方が正しいかもしれないね」
「……そしたら、ソースを改良する必要があるな……星村、もしよければソース作りを手伝ってくれないか?元となるレシピや味を覚えてるお前が手伝ってくれるなら、かなり助かるんだが……」
「うーん、いいにはいいんだけど、今日はなぁ……美核、どうかな?」
僕が訊くと、美核はニッコリと笑い、グッと拳を目の前につきだして親指を立てた。
「オッケー!特にこの後の予定とか決まってないしね。あと、私も手伝うわよ?ファミリエの最新作のパン、一番に味わいたいしね!」
「ありがとう、空理、美核。助かるよ」
「いつもお世話になってるし、これくらいは全然問題ないよ。……そしたら、早速材料を確認してみよっか……といっても、レシピはうろ覚えなんだけどね……」
「その前に、まずはこのパンを食べ終えないとね。残したら勿体無いもの」
「勿論、そのつもりだよ」
そんなこんなで、僕達は昼食を食べ終えたあと、焼きそばに合うソース作りを始めるのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「ねぇねぇ、空理空理!」
「ん、なに?」
「そいやっ!」
「のわっ!?」
ソースの足りない材料を買いに出かけてる途中、美核が突然僕の腕に飛びついて来て、僕は驚いた。
「ちょっ!?いきなりなにやってんの!?」
「いやぁ、なんとなく嬉しくてつい……」
嬉しくてついって、なにが嬉しいんだか……
そう、言おうとしたが、言えなかった。
なぜなら、僕も嬉しいからだ。
なので、そのかわりに、なんでさ?と、答えがわかり切っているのに、僕は美核に訊く。
「だってさ、お店以外で、空理と一緒に時間を過ごすなんて、今までなかったからさ……」
「そういえば、そうだね。美核と二人だけで出かけるなんて、いままでなかったよね。……というか、いつになったら離してくれるのかな?」
現在、チャタル夫妻は店の営業もあるので手が離せず、僕達は二人っきりで買い物をしている。
そして、話してる最中もずっと腕に抱きついているという好意バリバリの行動に、僕は気づきながらも朴念仁を演じ、気づかないふりをして離れようとする。
が、美核は少し力を入れて離れることを拒否した。
「しばらくは、こうしてたいな?」
「……わかったよ。まったく、誤解されても知らないよ?」
「誤解って、どんな誤解かな〜?」
「なにって、そりゃあ、ねぇ?」
意地悪く追求してくる美核に、僕は苦笑をする。
そして、二人してクスクスと小さく笑いあうのだった。
「……あのさ、空理」
「ん、なに?」
しばらく笑ったあと、美核がポツリと訊いてきた。
「私達を見てさ、みんな、どんな関係だと思うかな?」
「うーん、どうだろうね?仲のいい兄妹とか?」
「私は魔物なんだから、それはないよ〜」
「そうかな?まぁ、あとは……獲物を狙う魔物と逃げられない男、とかかな?」
「もう!私はそこまで強引じゃないわよ!」
「あははは……そうだねぇ」
僕の答えに、プクゥッと頬を膨らませながら怒る美核を見て、僕は微笑む。
美核が強引だったら、今頃普通につきあってるんだろうけどね……
そんな考えがよぎり、微笑みに自嘲の色が含まれた。
「……いつか、こんな風に簡単に腕組めるような関係に、なれればいいな……」
「ん?なにか言った?」
「う、ううん!?なにも言ってないよ!?」
「ん〜、そっか、気のせいか」
美核が小声で呟いた台詞は、聞こえなかったフリをして、しかし心の奥にしっかりと焼き付けた。
そして……
「……大丈夫、いつかきっと、そうなれるよ。……きっと、いつか……」
「え?なにか言った?」
聞こえないように呟くと、ピクリと美核の耳が反応して、キョトンとこちらを見てきた。
流石に内容までは聞き取れなかったようだけど、恐るべし、魔物の聴覚……
「ううん。なぁんも言ってないよ」
「嘘だぁ。絶対に何かいってたよ!」
「あはは、どうだろうね?」
あはは、と笑いながら僕は誤魔化す。
むぅ、教えてよ〜なんてねだる美核だったが、ふと、何かを思い出したような顔になった。
「ん?どうしたの?」
「あ、いや、忘れてたんだけどさ、パンが出来たらでいいんだけど、リースの店に寄ってっていいかな?」
「リースさんのお店……というと、“恐怖劇薬剤店”?」
「うん、そう。……ていうか、なんでそんなおっかない店名なのかな、あの店は……」
「ああ、あれはリースさんの名前から来てるんだよ。リースさんのファミリーネーム、グランギニョルは、とある恐怖劇をやってる劇場の名前と一緒でね。それを面白がってライカが名付けたんだよ。ちなみに、恐怖劇薬剤店ってのは、愛称……いや、表現的には蔑称なのかな……?で、正式名称は“Drogerie Grand-guignol”なんだ。……まぁ、訳すると恐怖劇薬剤店だから、そんなに変わらないんだけどね。……というか、なんでいきなりリースさんの店に?」
「あーいや、別に突然ってわけじゃないんだ。ちょっと前に薬の注文しててね、それを取りに行こうと思って……」
「ふぅん、そっか。うん、別に問題はないよ。今日は一日中空いてるし、ちょうど、買いたいものもあるしね。じゃあ、パンが出来上がったら、リースさんのとこにいこっか」
「うん!ありがとう!」
そんなわけで、リースさんのところに行くことが決まった。
「…………それはいいけど、そろそろ離さない?」
「もうちょっと♪」
……さりげなく腕から離れてくれるよう話を振ってみるが却下される。
……結局、ファミリエに戻るまで美核は腕に抱きついたままで、僕はいろいろな人に茶化されるのであった。
「やっぱりあそこは面白いね。あそこでなら、いくらでも時間を潰せるよ」
「そうね〜」
店を出て、背伸びをしながら満足そうに言う美核に、僕は相槌を打つ。
時刻はもうお昼時。だいたい三時間も雑貨屋で過ごしていたようだ。
僕の両手には袋が二つ。
一つは、服屋で買った美核の新しい服。
もう一つは、さっきの雑貨屋で買ったいろいろな物。
美核のぬいぐるみだったり、飴だったり、カードセットだったり……
とにかく、いろいろ買ったなぁ……
まぁ、それはともかく。
「もうお昼だけど、どうする?店に戻ってなんか食べる?」
「ん〜、気分的には、まだ店には戻りたくないかな……?どこかに食べにいかない?」
「うん、いいよ。でも、そうなると、どこで食べるかだよねぇ……ふむ……」
「あ!あそこなんてどうかな!?」
美核が指差したのは、僕達が良くお世話になるお店だった。
たしかに、あそこのやつは美味しいな……
「うん、じゃああそこにしよっか」
「やった!……あ、今回は私がお金持つからね!流石にお昼くらいは払わせてよ!?」
「ん〜、わかったよ。お昼は美核に奢ってもらうよ」
「ん。素直でよろしい」
プクリと頬を膨らませるような仕草をしてからお昼のお金は自分持ちがいいと進言する美核に、僕は少し困り顔で承諾した。
まぁ、ずっと奢られっぱなしというのが嫌なのだろう。
その代わり、それ以外は今日は全て僕持ちにさせてもらうけど。
そんなことを考えながら、ふふん、と少し嬉しそうな顔をしながら店に向かう美核に、僕はついて行くのだった。
「いらっしゃい!」
「こんにちは、ロレンス、ミロ。お昼時なのに来ちゃってごめんね」
「ああ、美核に空理か。こんにちは。今日もパンを買いに来てくれたのか?」
「うん。と言っても、店で使うやつじゃなくて、私達のお昼用に、だけどね」
店の中には、耳の尖った女性と、眼鏡をかけた男性がいた。
男性の方がこの店の店主である、ロレンス・チャタル。
女性の方が店員でエルフのミロ・チャタルという名前である。
そして、この店は、ベーカリー“ファミリエ”。
僕達が良くお世話になる、チャタル夫妻が二人だけで経営している小さなパン屋さんだ。
僕達の店でサンドイッチなどで使うパンは、ここで仕入れているのだ。
「そっかぁ。そしたら、好きな物を選んで買っててね。君達はお得意さんだから、安く売っちゃうよ」
「ありがとう、ロレンス。そしたら僕は……チョコデニッシュと、クロワッサンを幾つかもらおうかな?」
「私もクロワッサン食べよっと……あとは……あ、マフィンがいいな♪」
「わかった。座って待っててくれ。何か飲み物を持ってこよう」
「ありがとう、ミロさん」
「まぁ、それより先にメインのパンを持ってこないとね。あ、そうだ。僕達もお昼一緒に食べてもいいかな?そろそろお昼休憩取りたかったからね」
「うん、いいよ」
そんな感じの会話をしながら、二分ほど経ち、僕達の昼食の用意が終わった。
「んじゃあ、いただきます」
『いただきます』
ロレンスの合図で、僕達は手を合わせ、昼食を食べ始めた。
「……うん。いつもとかわりなく美味しいね。ここのパンは」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
「まぁ、このお店はハズレなパンなんてないしね〜」
「当たり前だ。商品にする前に、何度も味見をして改良をしているのだからな。不味いモノを店には出せないだろう?」
「たしかに。うちでも、メニューに載せるモノはマスターに味をみてもらって、その上で改良したモノをお客さんに出してるからね」
「まぁ、そこらへんはどの店も同じだろうね。あ、そうだ。空理、美核、良かったら、新しいパンの味見をしてみないかい?大方完成はしてるんだけど、あと一歩、何かが足りなくてね……少し意見が欲しいんだ」
「うん、いいよ!」
「商品化寸前のモノを試食か……いいね。まぁ、あまり参考にはならないだろうけど、味見、させてもらおうかな」
「よし。じゃあ、いま持ってこようかな」
そう言って、ロレンスは奥から新作予定のパンを持ってきた。
新作であるソレを見た僕は、へぇ、と小さく感嘆の声をあげた。
なるほど、これだったら、完成させたらかなりの人気商品になるだろうな……
そう思いながら、マジマジとソレを見る。
ロレンスが持って来たソレは、間違えなく……
「焼きそばパン、だね?」
「ん?空理、君はこれを見たことがあるのかい?」
「うん。僕の故郷でかなりの人気を誇ったパンに似てるんだ」
「ほう、空理の故郷には、すでにこのパンがあったのか……」
「そういえば、空理ってどこ出身なの?ここではないみたいだし……ずっと気になってたのよね」
「うん?……んーと、まぁ、みんなが知らないような、遠いとこだよ」
別に僕の故郷が異世界だって知られても構わないけど、いろいろと面倒なので誤魔化して早速焼きそばパンを頬張る。
ふむふむ、食感なんかはちゃんとあっちの焼きそばパンと同じ感じだな……
強いて足りないモノを言うなら……
「……うーん、やっぱり、ソースがちょっと違うかな?」
「ソースが、かい?」
「うん。なんていうかな……塩気が足りない?そんな感じ……かな?」
「そうなの?……どれどれ……?ん〜、たしかに、なにも言われないで食べたらわかんないけど、言われてみると、そうかもしれないわね」
僕がいうと、美核も一口食べて、同意する。
「そうか……私も一応…………ふむ、たしかに、言われてみると、若干塩気が足りないというのは、たしかだな」
「ふむ、みんながみんな塩気が足りないと……とりあえず確認に僕も……むぐ……ゴクン……たしかに、言われないと気づかないくらい些細だけど、塩気が足りないな……いや、足りないというより、この風味の塩気は合わない、と言った感じか?」
「あー、そう表現した方が正しいかもしれないね」
「……そしたら、ソースを改良する必要があるな……星村、もしよければソース作りを手伝ってくれないか?元となるレシピや味を覚えてるお前が手伝ってくれるなら、かなり助かるんだが……」
「うーん、いいにはいいんだけど、今日はなぁ……美核、どうかな?」
僕が訊くと、美核はニッコリと笑い、グッと拳を目の前につきだして親指を立てた。
「オッケー!特にこの後の予定とか決まってないしね。あと、私も手伝うわよ?ファミリエの最新作のパン、一番に味わいたいしね!」
「ありがとう、空理、美核。助かるよ」
「いつもお世話になってるし、これくらいは全然問題ないよ。……そしたら、早速材料を確認してみよっか……といっても、レシピはうろ覚えなんだけどね……」
「その前に、まずはこのパンを食べ終えないとね。残したら勿体無いもの」
「勿論、そのつもりだよ」
そんなこんなで、僕達は昼食を食べ終えたあと、焼きそばに合うソース作りを始めるのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「ねぇねぇ、空理空理!」
「ん、なに?」
「そいやっ!」
「のわっ!?」
ソースの足りない材料を買いに出かけてる途中、美核が突然僕の腕に飛びついて来て、僕は驚いた。
「ちょっ!?いきなりなにやってんの!?」
「いやぁ、なんとなく嬉しくてつい……」
嬉しくてついって、なにが嬉しいんだか……
そう、言おうとしたが、言えなかった。
なぜなら、僕も嬉しいからだ。
なので、そのかわりに、なんでさ?と、答えがわかり切っているのに、僕は美核に訊く。
「だってさ、お店以外で、空理と一緒に時間を過ごすなんて、今までなかったからさ……」
「そういえば、そうだね。美核と二人だけで出かけるなんて、いままでなかったよね。……というか、いつになったら離してくれるのかな?」
現在、チャタル夫妻は店の営業もあるので手が離せず、僕達は二人っきりで買い物をしている。
そして、話してる最中もずっと腕に抱きついているという好意バリバリの行動に、僕は気づきながらも朴念仁を演じ、気づかないふりをして離れようとする。
が、美核は少し力を入れて離れることを拒否した。
「しばらくは、こうしてたいな?」
「……わかったよ。まったく、誤解されても知らないよ?」
「誤解って、どんな誤解かな〜?」
「なにって、そりゃあ、ねぇ?」
意地悪く追求してくる美核に、僕は苦笑をする。
そして、二人してクスクスと小さく笑いあうのだった。
「……あのさ、空理」
「ん、なに?」
しばらく笑ったあと、美核がポツリと訊いてきた。
「私達を見てさ、みんな、どんな関係だと思うかな?」
「うーん、どうだろうね?仲のいい兄妹とか?」
「私は魔物なんだから、それはないよ〜」
「そうかな?まぁ、あとは……獲物を狙う魔物と逃げられない男、とかかな?」
「もう!私はそこまで強引じゃないわよ!」
「あははは……そうだねぇ」
僕の答えに、プクゥッと頬を膨らませながら怒る美核を見て、僕は微笑む。
美核が強引だったら、今頃普通につきあってるんだろうけどね……
そんな考えがよぎり、微笑みに自嘲の色が含まれた。
「……いつか、こんな風に簡単に腕組めるような関係に、なれればいいな……」
「ん?なにか言った?」
「う、ううん!?なにも言ってないよ!?」
「ん〜、そっか、気のせいか」
美核が小声で呟いた台詞は、聞こえなかったフリをして、しかし心の奥にしっかりと焼き付けた。
そして……
「……大丈夫、いつかきっと、そうなれるよ。……きっと、いつか……」
「え?なにか言った?」
聞こえないように呟くと、ピクリと美核の耳が反応して、キョトンとこちらを見てきた。
流石に内容までは聞き取れなかったようだけど、恐るべし、魔物の聴覚……
「ううん。なぁんも言ってないよ」
「嘘だぁ。絶対に何かいってたよ!」
「あはは、どうだろうね?」
あはは、と笑いながら僕は誤魔化す。
むぅ、教えてよ〜なんてねだる美核だったが、ふと、何かを思い出したような顔になった。
「ん?どうしたの?」
「あ、いや、忘れてたんだけどさ、パンが出来たらでいいんだけど、リースの店に寄ってっていいかな?」
「リースさんのお店……というと、“恐怖劇薬剤店”?」
「うん、そう。……ていうか、なんでそんなおっかない店名なのかな、あの店は……」
「ああ、あれはリースさんの名前から来てるんだよ。リースさんのファミリーネーム、グランギニョルは、とある恐怖劇をやってる劇場の名前と一緒でね。それを面白がってライカが名付けたんだよ。ちなみに、恐怖劇薬剤店ってのは、愛称……いや、表現的には蔑称なのかな……?で、正式名称は“Drogerie Grand-guignol”なんだ。……まぁ、訳すると恐怖劇薬剤店だから、そんなに変わらないんだけどね。……というか、なんでいきなりリースさんの店に?」
「あーいや、別に突然ってわけじゃないんだ。ちょっと前に薬の注文しててね、それを取りに行こうと思って……」
「ふぅん、そっか。うん、別に問題はないよ。今日は一日中空いてるし、ちょうど、買いたいものもあるしね。じゃあ、パンが出来上がったら、リースさんのとこにいこっか」
「うん!ありがとう!」
そんなわけで、リースさんのところに行くことが決まった。
「…………それはいいけど、そろそろ離さない?」
「もうちょっと♪」
……さりげなく腕から離れてくれるよう話を振ってみるが却下される。
……結局、ファミリエに戻るまで美核は腕に抱きついたままで、僕はいろいろな人に茶化されるのであった。
11/05/13 23:00更新 / 星村 空理
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