聖夜乙女戦
さて、じゃあそろそろ時間だから終わりにしようか。
じゃあ、挨拶お願いね。
「きりー、れー。ありがとうございましたー」
はい、お疲れ様。
「……先生、それ、なんですか?」
ん?これかい?さっき使ってたじゃないか。実験用の水晶だよ。
「でも、使ってたのは4つですよね?先生、5つ持ってるじゃないですか」
あぁ、これかい。
これは……まぁ、僕の趣味みたいなものだよ。
気にしなくていいよ。
「そう……ですか」
うん。じゃあ、お疲れ様。
早く移動した方がいいよ。次、移動だろう?
「あ、そうでした!?」
頑張ってね。
「はい。失礼します!!」
廊下は全力疾走しちゃいけないよ〜
……さて、じゃあ僕は“お楽しみ”でも始めますか。
××××××××××××××××××××××××××××××
……夢の中に、ある映像が流れ出した。
それは、五つの映像。今日からの未来を見ているかのような映像だった。
その五つ全ての映像に、彼の姿があった。
全ての映像で、彼は笑っていた。
そして、その中の一つに、私と彼の幸せな映像もあった。
それを見た時、とても嬉しかった。
しかし、他の映像は、彼が他の女性と仲良くなり、幸せになっている映像だった。
それを見ていると、私の心の中の暗い感情……たぶん、嫉妬心が、湧き上がった。
夢から覚めた今でも、私はしっかりと映像を覚えている。
……結局私には、あの映像がなんだったのかはわからない。
……もしかしたら、ありえるかもしれない、ifの世界の映像だったのかもしれない。
……でも、そんなことはどうでもいい。
私は彼と一緒にいたい。それが、唯一の答えだからだ。
だからこそ、私は今日、行動を起こす。
絶対、彼を他の女性に取られたくなんかない。
××××××××××××××××××××××××××××××
「よぉし、じゃあ野郎ども、クリスマスパーティーやるぞぉ!!」
『おぉぉおおおぉぉおおぉおおぉぉ!!』
僕の所属するクラスの教室。
何故かテンションの高いミノタウロスの副委員長が叫び、皆が雄叫びをあげた。
今日は12月24日。
クリスマスイブだ。
たぶん、皆今年こそは彼氏彼女を作って素敵なクリスマスを……とか思ってるんだろう。
僕こと方丈 正孝(ほうじょう・まさたか)は、机に頬杖をかいてそんな白熱した皆を冷めた目で見ていた。
まぁ、だからと言って僕がリア充であるかと訊かれると、答えはNOだ。
彼女なんて全くないし、クリスマスの予定なんか白紙だ。
でも、僕は皆みたいに白熱しない。
正直、彼女が手に入るなんて思ってない。
ていうか、手に入らないだろう、普通?
と言うことで、僕はそう言った色恋事情は諦めました。
……そうは言っても、普通に気になる人は何人かいるんだけどね。
まぁ、彼女達の誰かと、っていうのは、無理でしょ。
「おいマサ!何ぼ〜っとしてんだよ!早く行こうぜ!?」
「うん?あ、ああ。そうだね」
「おーい、マサに京介!早くしないと行っちまうぞぉ!!」
「はいはい。今行くよ!」
友人、京介に引っ張られたり、副委員長、江村さんに急かされながら、僕もパーティーに向かうのだった。
……ちなみに、このパーティーの立案者は委員長、アヌビスの長門さんだ。
カラオケで予約取って、皆で騒げるようにしたらしい。
いや、けっこう意外だよな、まさか真面目一筋の委員長がこんなことを立案するなんて。
何か狙いでもあるんだろうか?
「ん?あれ?イインチョ?どしたの?」
噂をすれば、というやつだろうか?
委員長がちょうど僕達を見ていた。
「あ、いや。少し気になったことがあってな」
「うん?どうしたの、委員長。気になること?」
「あ、いや。その……なんというか……方丈君が、あまり面白そうな顔をしなかったから、こういうのは嫌いなのか、と思ってしまって……」
「ああいや。大丈夫だよ。嫌いじゃない。皆でわいわいするのは、むしろ好きだよ?」
「ふぅ……そうなのか。それはよかった……」
「ありがとうね、心配してくれて」
「いや、皆に楽しんでもらいたいからな。当然のことだ。それに……」
「……え?」
特に君には楽しんで欲しいしな……
と、委員長は一瞬だけ僕の耳元に近づいて、そんなことを言ってきた。
瞬間、僕の思考回路が混乱する。
言葉はわかるが、意味が理解出来ない。
え?なに?どういう……?
「おっと、みんな結構先に行ってしまったな。君達も急いだ方がいいぞ?」
「おう。了解!」
真意を訊く前に、委員長はみんなを追いかけるために走って行ってしまった。
なんだろう、顔が少し熱い……
「ん?マサ、どうかしたか?」
「い、いや。な、なんでもないよ!?」
「ふーん。そか……にしてもさ、あの時、お前だからこそ楽しんでもらいたいんだ。って言われたら、グッと来ないか?」
「うぇっ!?う、うん。そうだね!?」
京介に言われて、僕は大いに動揺した。
先ほど、それに近いことを委員長に言われたからだ。
しかし、そんな僕の反応には気付かず、京介は続ける。
「だろ?はぁ、委員長に言われたらどんなに幸せか……」
「あ…ははは……っと、メールだ」
ポケットにあった携帯からメール着信を伝える音楽がなり、僕は内心焦りながら、すぐに携帯を開いて確認した。
メールの内容は……
差出人・レン
題名・今、学校にいるよね?
本文・ちょっとそっち向かうから違うところにいたら連絡頂戴。
「……ゑ?」
「ん?どうしたマサ?誰からだ?」
「……いや、幼馴染からなんだけど……なんかこっち来るみたいで……」
「おーい、 マサ〜!!」
「……早いな、来るの……」
メールが届いてからそう立たないうちに、幼馴染のミミック、恋歌が校門の前に着いて、こちらに向かって手を振ってきた。
……いや、いくらなんでも早すぎじゃないか?
「……おい、マサ。あの可愛い女の子は誰だ?お前の知り合いみたいだが……?」
「あ、そういえば紹介してなかったね。彼女がレンだよ。僕の幼馴染の」
「……う、裏切り者〜!!うわ〜!!」
「え?京介!?」
そういえば、京介にはレンの紹介してなかったな、と思い、紹介をしたところ、なんか泣きながら走って先に行ってしまった。
……いったい、どうしたというのだろうか?
まぁ、今はそれよりも……
「……ねぇ、マサ。さっき走って行った人誰?なんか泣いてたけど……?」
「友達だよ。なんで泣いてたかは……うん。わからない。それより、なんでこっちに?」
京介と入れ違いに僕のもとに寄ってきたレンと、歩きながら僕は話す。
とりあえず、みんなを見失わないようにしないと……
僕の問いに、レンは後ろを向いたまま歩いて答える。
……転んでも知らないぞ?
「ん?ああいやさ、今日ってクリスマスじゃん?で、久しぶりにマサの家でクリスマスパーティーやろうかなって思って迎えに来たんだけど……どうかな?」
「え?あ、いや……僕は……えと……」
「方丈君はこの後クラスのクリスマスパーティーに行く予定だ。だから、彼の家で、というのは、すまないが無理だな」
「……っ!?あなた……!?」
どう答えようかと迷っていると、誰かが半ば強引に僕のことをクリスマスパーティーに連れて行こうとしている様な口調で答えた。
……僕のいる場所からは、レンが視界を遮っていてちょうど声の主が見えない。
誰だろう、とレンと二人してその声のした方向を見ると、そこには、委員長の姿があった。
「あれ、委員長?先行ったんじゃないの?」
「いや、そうだったんだが……さきほど北野君が泣きながら走って来たので、何かあったのだろかと心配になって様子を見に来たんだ」
あ、そうだったんだ……
なんというか、ほんと、委員長は責任感が強いな……
などと考えていると、そういえば、二人にお互いのことを紹介してなかったことを思い出す。
「そっか。ありがとね。……あ、レン、紹介してなかったね。この人は木島 長門さん。僕のクラスの委員長だよ。で、委員長、この子は逆井 恋歌。僕の幼馴染だよ」
「そうか、君が逆井君か……長門だ。よろしく」
「うん。よろしく、長門さん。私のことはレンって呼んでいいよ」
……あれ?気のせいかな?握手しているだけなのに、なんか二人が怖いんだけど……?
そうだな……何かに例えるなら、交渉でどちらもガンとして相手の要求を飲まず、どのやったら飲ませることが出来るか考えてる人達が、ニコニコ笑いながら話してる……って感じかな?
いや、あんまし僕にはわからないけど。
「あー、方丈君?」
「は、はいっ!?なんでございましょうか!?」
失礼なことを考えていたのがばれたのか!?と、動揺してしまって、返事が裏声かつ変な喋り方になってしまったが、委員長は気にせずに話す。
「すまないが、彼女にちょっと話があるから、先に行ってもらえないだろうか?」
「え……?あ、うん。わかったよ……?」
何を二人で話すんだろう?と疑問に思ったけど、なんか従わなきゃいけない気がしたので、僕はその場を後にして、京介達と合流するのだった。
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「……で、話ってなにかな、長門さん?」
マサがこちらの声が聞こえない位置まで離れたところで、私は歩きながら長門さんに訊く。
まぁ、どういう用事で引き止めたかはともかく、なんで初対面の私に話があるのかはわかるけど。
「……レン君は、“あの”、逆井 恋歌君なんだよな?」
「……まぁ、“同じ夢見たんなら”、その恋歌ね、私は」
「……やっぱりか」
あー、やっぱり。そういうことか。
今日見た、あの特異な夢。
今でも思い出せるくらい、はっきりと覚えている。
まるで夢じゃないみたいな、あの映像。
……その中に、この長門さんも入っていた。
「……で、やっぱり長門さんも、あの手袋とマフラーの長門さん?」
「……あまり、そのことは言わないでくれ。は、恥ずかしい……」
顔を赤らめながら、長門さんは俯く。
むぅ、羨ましい……五つの映像の中で、彼女だけ、娘の姿を確認出来たんだよなぁ……
……他の、私を含めた四人は見れてないのに……
まぁ、それはともかく、と、私は少し真剣な顔をして、今考慮すべき問題を口にする。
「……長門さんも、ということは、たぶん、他の三人も……」
「ああ、おそらく見てるだろうな」
私が言うと、長門さんは顔を赤くしたまま同意する。
「……さらに言うと、私達を除いた残りの三人の内二人……真希と村紗君、彼女達はおそらく手を組むだろうな。……いや、もう手を組んでいるかもしれん」
「どういうこと?」
「まぁ、なんというか、立場の違いだな」
「……ごめんなさい。意味がわからないわ」
立場って、なんだろう……
それに、ライバル同士なんだから、普通は協力なんてしないはず……だよね?
「ふぅむ……なんというか、これは予想なのだが、私と君、または、真希と村紗君にはちょっとした共通点があるんだ。それで、あの二人は焦って協力する、と、私は考えている」
「共通点って?」
うん?私と長門さんの共通点……?
学校は違うし、種族も違う。
マサが好きなのは……まぁ、五人全員の共通点か……
なんなんだろう……と悩んでいるが、結局わからないため答えを訊く事にした。
「ようは、あれだ。付き合う男が方丈君以外にいるかどうかというものさ」
「え……?」
あー、たしかに長門さんはマサと付き合わなかったら京介って人と付き合ってたなぁ……
でも、私は……
「私の場合は、北野君が。君の場合は、君の物語以外では、付き合ってる人がいただろう?……しかし、真希と村紗君にはそれがいない。これが差だな」
「あー、たしかに。でも、協力していない可能性もあるんだよね?」
「まぁ、な。だが……手を組んでる可能性の方が高いな」
「なんで?」
「……私が同じ立場なら、絶対に同じ事をして他のライバルを蹴落とそうとするからな」
……なるほど。
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「……とかなんとかいいながら、委員長と方丈君の幼馴染……たしか、レンちゃんだっけ?は、私達みたいに手を組むんでしょうね」
「で、その読みは当たってるっと。……にしても、驚いたな……まさか、村紗とこんな話をする事になるなんて」
先行しているクラスのみんなから少し離れて、私と副委員長は方丈君をオトすための作戦会議をしている。
正直、ライバル同士が手を組むのはどうかと思うけど、ここは仕方がない。
なんとかして他の三人の邪魔をしながら……ついでに副委員長の邪魔もしながら……方丈君をオトさないといけないからなぁ……
「まぁ、私も同感よ。……にしても、憎らしいわね。あの二人、方丈君をオトさなくても彼氏手に入るのは……」
「だが、それでもあいつらはマサと付き合いたいと思ってるぜ。きっと」
「そりゃそうでしょうね。私だって、あの映像だけで、もう好きになっちゃったんだから」
実際、あの夢はまるで本当に自分がそこにいたみたいで、とても心地がよかった。
特に、私が彼と過ごしていたあの映像は……
「……おーい、どうした村紗?」
「う、ううん。なんでもないわ。気にしないで。……それよりも、問題はあの子ね……」
「ん?あのレンって子か?たしかに幼馴染ってアドバンテージは強力だな……」
「違うわよ。たしかに幼馴染のレンちゃんも危険だけど、一番の問題は……」
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「……雪野、彼女だろうな」
「……でしょうね……」
誰が一番危険か、私と委員長が真っ先に考えたのが、雪野という雪女だ。
彼女には私達のような知り合いというアドバンテージはないが、代わりの、かなり強力なアドバンテージを持っている。
「……方丈君は、優しいからな……」
「……たぶん、隣に座って話すだけで……」
「「……はぁ……」」
雪野さんが悲しそうな笑顔を浮かべ、マサが彼女にばかり構う姿が容易に想像できてしまう。
……なんというか、マサはお人好しだからなぁ……
今日くらいは一緒にいてあげたい、なんて考えるんだろうね……
「……出来れば、雪野君には争奪戦には加わって欲しくないな……」
「……そうね……まぁ、確率は低いけど……」
たぶんだけど、雪野さんは確実に付き合っている男性にフられるのだろう。
……少なくとも、この世界では。
でなければ、あの映像の中に彼女のものはなかったはずなのだから。
……でも、やっぱり参加して欲しくないな……
「……まぁ、それよりも、今は真希と村紗君をどうするかだ。……このあとはカラオケなんだが、一番有利なのは君と村紗君だな」
「でしょうね。私は幼馴染って理由で、マサと一緒に歌えて、村紗さん……だっけ?……は、たぶん、高確率でマイクを持ってるでしょうからね……」
「……ああ。彼女はうちのクラスの……いや、学校のアイドルだからな。皆、彼女に歌って欲しいとマイクを渡すだろう」
「こういう時、アイドルって立場は強いわよね……チャンスをたくさん作れるし……」
「しかし、それは君も同じだ。君なら、違和感なく彼を誘えるだろう?」
「まぁ、たぶんね……でも、しばらくあってなかったからな……緊張しそう……」
「……あ、あの……」
「まぁ、さほど緊張しなくてもいいと思うぞ?彼はきっと今までと同じ様に接するだろうからな」
「……え、えと、あの……」
「そうね……いつもと同じように接するでしょうね……絶対に……ついてきてる理由も考えないで……」
「………………」
「「はぁ……」」
「あ、あのっ!?」
「「ん?」」
マサの恋愛感情の疎さにため息をついていると、結構近くから大声で声をかけられた。
誰だろう?と二人して声のした方向を見てみると、そこには……
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「……ほい。ジンジャーでよかったよな?」
「うん。ありがとう」
カラオケ店内。
ドリンクバーのジンジャーエールを京介から受け取り、早速それを飲みながら、僕は今歌っている二人の様子を見る。
歌っているのは、村紗さんとレンだ。
結局あの後、レンも一緒にパーティーに参加することになった。
まぁ、なんとなく予想は付いてたけどね……
……にしても、今日はなんだか知り合いの様子がおかしいんだよな……
レンが僕になにかを言おうとしたところで、村紗さんがなぜが見知らぬレンに一緒に歌おうと誘い、デンモクを持ちながら僕の方に向かってきた副委員長を、委員長が突然用があると言って反対方向に連れて行ったり……
そして一番変だったのが、その四人とも、新しく加わった“彼女”の様子を異様に気にしていることだ。
雪女の、中月 雪野さん。
いつの間にか委員長たちと一緒にやってきて、そのままレンと同じようにその場に溶け込んでいる人だ。
今はニコニコしながら楽しそうに二人の歌を聞いている。
一体彼女のなにを、レン達は気にしてるんだろう……?
心配……というわけでもないし……どっちかっていうと、警戒……と言ったほうが適切なくらい、彼女達はしきりに雪野さんの様子を見ている。
「で、マサ。お前は歌わないのかよ?」
「ん?さて、どうしようかな……」
京介の問いに、僕は少し悩んでしまう。
僕はあまりカラオケには行かないため、折角だから歌いたいな、とは思う。
でも、人前で歌うのは少し恥ずかしい。
はてさてどうしたものかと悩んでいると……
『お〜い、方丈く〜ん!一緒に歌わないか〜?』
「「「「……え?」」」」
いきなり村紗さんが僕のことを誘ってきて、僕……以外にも、レンや委員長、副委員長が驚いた。
村紗さんと一緒に、か……なんだか緊張しちゃいそうだな……?
でも、歌いたいとは思うし……折角誘ってくれたんだし……
「……うん、いいよ!!」
「「「!?」」」
僕の言葉に、三人はまた驚いていた。
……うーん?僕の行動かなにかでトトカルチョでもやってるのかな……?
『え、本当!?やった!じゃあ、早速歌おう!!曲はなにがいい?』
「うーん……そうだなぁ……」
「ま、マサ!それが終わったら今度は私と歌おう!?」
「え?あ、うん……」
「そしたら、次は私と歌ってもらおうかな?」
「あ……いいけど……」
「面白そうだな!!じゃあ次はオレと歌おうぜ!?」
「う、うん……?」
何がいいかな、なんて考えていると、レンがマイクを渡しながら、次に一緒に歌おうと誘ってきて、そこからなにかつっかえが外れた様に、委員長、副委員長が連続で誘ってきた。
まぁ、歌いたいとは思ってたから嬉しいには嬉しいんだけど……
なんか、皆焦ってる様な……?
『お〜い、方丈君!歌う曲は決まった〜?』
「え?あ、うん。じゃあ、“WINDING ROAD”で!」
「次は“ワンウェイ両想い”ね〜」
「では、次は“君の知らない物語”を頼む」
「お、じゃあオレは“一輪の花”を歌うぜ!」
僕が曲を入れると、皆初めから歌う曲を決めていた様に次々と曲をいれていく。
うーん……歌えるかな……
『それじゃあ皆!次は私と方丈君で“WINDING ROAD”、歌います!!』
『うおぉぉぉぉぉおおぉぉぉおぉ!』
まぁ、歌える歌えないじゃなくて、一生懸命頑張る、だね。
『『…………曲がりくねった……』』
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『一途に想えばこそ、神様をノロいたい。君のアツい視線、そりゃ嬉しいけど……』
『決めたの出会えたこと、神様に感謝してる。女の子じゃダメですか?貴女についてく……』
村紗君とのデュエットを歌い終え、方丈君は現在、レン君と一緒に歌っている。
……ふむ、映像で見聞きしていたが、やはり彼は歌がうまいな……
……いや、それよりも、驚いた。
まさか村紗君があんな方法で方丈君を誘うとは……
しかも、さっきまでと違い、完全に魔力を開放して歌ってたからな……
気合の入れようが違う。
……まぁ、仕方がないか。彼女は……
「はぁ……まったく、ヒヤヒヤしたぜ……魅了の魔力完全開放とか……村紗、あいつかなり本気だったからな……」
「しかし、それを受けても顔色一つ変えない彼は、一体なんなんだろうな……?」
「ん〜、あれじゃねーか?中月と村紗の時の……諦めてるってやつ」
「……それは私達の時も同じだ。…………村紗君が焦るのも、仕方がないだろうな……なんせ、二次会は飲み屋なのだから……」
「……ああ、なるほど。そういうことか」
そう。彼女はここできめないと望みが薄くなってしまうのだ。
このあと、私達は方丈君を二次会の飲み会に連れて行く。
飲み会でアイドル的存在がチヤホヤされるのは必然。
なので、彼女がクラスの皆に囲まれて身動きが取れなくなってしまうのは、容易に予想がつく。
だからこそ、彼女は焦り、ああやって自分と彼との時間を作ったのだろう。
「ま、可哀想だけど、こりゃ勝負じゃないからなぁ……」
「……ああ。それは彼の争奪戦……戦だからな」
……さて、そろそろ私の番だな。
立ち上がりながら、私は二人の様子を見る。
ちょうど歌い終わったところのようだ。
「じゃあ、お先に」
「おう。楽しんでこいよ!」
「……無論だ」
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「……はぁ、疲れた……」
四人全員と一緒に歌い終わり、僕は自分の席に座りながらため息をつく。
現在は、四人が二つのマイクを使って一緒に歌ってるところだ。
「……お疲れ様です。方丈さん」
「あ、うん。ありがとう……っと、君は……」
僕の隣に座りながら労いの言葉をかけてくれたのは、レンと一緒にパーティーに参加した……
「中月さんだったよね?」
「はい。よろしくお願いします。……あ、雪野と呼んでください」
「うん。わかったよ。こちらこそ、よろしくね」
「……そういえば、とてもお上手でしたね、歌うのが。よく歌いにくるので?」
「いや、あまり来ないよ。でも、歌は好きかな?」
「そうなんですか。……今度は私と一緒に歌ってたもらいたいですね……?」
「あははは……今はあの四人が歌ってるから、そのあとでいいなら」
雪野さんの頼みに、僕は苦笑いをしながらも承諾する。
しかし、彼女は、大丈夫ですよ、一緒に歌ってもらわなくても。と、言いながら、イタズラっぽく笑った。
「ごめんなさい、冗談ですよ。疲れてしまいましたでしょう?だから、ゆっくり休んでてください」
「……ありがとうね」
「いえいえ……それにしても、方丈さんは人気ですね。四人もの人に誘われるなんて……」
「うーん、そうかな……?そもそもなんで誘ってきたのかがわからないんだよな……何か賭けでもしてるのかな?」
「……そうでした。あなたはそういう方でした……」
「うん?何か言った?」
「いえ、なにも」
「そっか。……あ、そういえば……ん?」
そういえば、親にクリパするから帰り遅くなるって伝えてなかったな。
そう思ってメールを送ろうとポケットを探る。
そして、携帯を見つけたと同時に、それ以外の、乾いた感触が手に伝わってきた。
なんだろう、と気になって取り出してみると、それは紙切れであった。
あれ……こんなの持ってきてないよな……?
誰かの……というわけではないだろうけど、なにか大切なメモとかだったら大変なので、一応書いてある内容を確認してみる。
「えーと……え……?」
「?どうかしましたか?」
「あ、いや、なんでもないよ……ところで、君は歌わないの?さっきから全然歌ってないよね?」
「え……?あ、ええ。そうですね……そろそろ歌いましょうか。方丈さんはどんな曲が好きですか?」
「うん?うーん、いろいろあるな……って、君が歌うんだから、僕の好きな曲を訊いても意味ないでしょ?」
「あ……クスクス、そうでしたね。でも、どんな歌を歌えばいいのか迷ってしまいますね……」
「自分の好きな歌を歌えばいいんじゃないかない?」
「そうですね。ありがとうございます」
お礼を言いながら、雪野さんは席を立ち、歌う曲を入れに向かった。
彼女はどんな歌を歌うんだろうな……
楽しみだ。
……さて、と……
「あとはこれをどうするか、か……」
つぶやきながら、僕は手に持った紙を見る。
なんだかよくわからないし、付き合う必要もないけど……でも……
『それじゃあ次はゲスト、中月 雪野さんが歌う、“素敵だね”行きます!!』
「お、始まったんだ」
とりあえず、この問題はなるようにしかならないかな……
そう片付けて、僕は雪野さんの歌を楽しむことにした。
『風が寄せた言葉に 泳いだ心
雲が運ぶ明日に 弾んだ声
月が満ちる鏡に 震えた心
星が流れ零れた 柔らかい涙』
……彼女の歌声を聞いて、僕は、綺麗だな、と思ったのは、言うまでもない……
でも、その歌声は、どことなく寂しそうで、悲しそうだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「二次会だぁ!酒だ酒ぇぇぇ!!」
『おぉぉぉぉぉぉおぉおぉ!!』
やはりやたらとハイテンションな副委員長の号令に、皆は答えながら次の目的地に向かう。
そういう僕も、委員長と副委員長のコンビに熱心に説得され、二次会に行くことになっている。
しかし今、僕は少し離れた後ろの方で立ち止まり、誰かを待つ。
待っているのが誰だかはわからない。
でも、その誰かは僕に会いにくる。
あの紙……まだ、僕のポケットに入れられたままのメモには、こう書いてあった。
『方丈 正孝君へ。
少し話したいことがあるので、二次会に皆が移動
し始めたら、後ろの方で待っていてください』
差出人不明。でも、宛先は僕だ。
なので、僕はとりあえず待つことにしておく。
そして、そんなに待つこともなく、メモの差出人が現れた。
「……よかった。ちゃんと待っていてくれたんだ」
「……村紗さん?」
主は、クラスのアイドル的存在、村紗 縁さんだった。
「えーと、なんのようかな……?」
「うーん、とりあえず、話しながらでいい?皆に置いてかれると困るし」
「あ、うん。そうだね」
村紗さんの提案に賛成し、僕達は皆について行きながら話す。
「で、話って?」
「あー、うん。なんていうか、相談……かな?」
「相談?」
「そそ。君はクラスの中では珍しくFCじゃないからね〜。中立の立場に訊いてみようと思ってね」
「なにを?」
「えーと、ね……こういうの、なんか調子に乗ってるみたいな感じで恥ずかしいんだけどさ……えと……その……私みたいなのが、アイドル的なものやってて……いいと思う?」
「ふぅむ……」
うーん……答えに困るなぁ……
たしかに、聞いた人によっては、調子に乗ってる印象を与える質問だけど、村紗さんに限ってはそんな感じは一切しない。
本当に、悩んでるといった感じだ。
どうしようかな……
うーん……
「いいんじゃ……ないかな?少なくとも、僕は村紗さんはアイドルでいいと思うよ。村紗さんには、なんというか……なにか、人を惹きつけるモノがあるんだよ……あ、先に言っておくけど、魔力とか、そういうんじゃないよ?だから、いいんじゃないかな?」
「…………そっか」
僕の答えに、村紗さんは嬉しそうに微笑んだ。
うん。僕の答えが満足できるようなモノでよかった。
「うん、ありがとう。スッキリしたよ。君に相談してよかった」
「そっか。それはよかった。……さて、じゃあそろそろみんなのところに合流しよう。はぐれたら困るからね」
「あ、待って!」
「……?」
ちょっと距離も離れてきたし、急がないと、とみんなのもとに行こうとすると、突然村紗さんが僕のことを引き止めた。
どうしたんだろう?と疑問に思いながら村紗さんの方を見ると、彼女は何故か少しうつむきながら顔を赤くしていた。
「どうかしたの、村紗さん?」
「え、えとね……実はまだ、用事……あるんだ」
「そうなの?えっと……なにかな?僕にできることだったらいいんだけど……?」
「だ、大丈夫よ。私の告白を聞くだけだから」
「告白って一体どうい」
「私はあなたのことが好きです!!」
一体どういうものの?
そう訊く前に、村紗さんは早口で僕に爆弾発言をしてきた。
……え?告白って、そっちの?
え?ちょい待って?え?え?
「……え?」
「あ……ご、ごめん。突然こんなこと言っちゃって……驚かせちゃったよね……」
「え……あ、ま、まぁ、驚いたけど……」
村紗さんの申し訳なさそうな顔を見て、やっと僕は事実を認識し、冷静になる。
あの村紗さんが、僕に告白してきた。
その、まったく現実味のない事実を僕はなかなか受け止めることができていなかったのだ。
そして、冷静になってやっと、彼女の告白にたいしてなにも言っていないことに気がつく。
「あ、そうだ……返答……」
「へ、返事はまだしないで!……まだ、続きがいるから……」
「へ?続き?」
「あ、な、なんでもない!じゃあ、私は先にみんなと合流してるね!?お先にっ!!」
「あっ…………と……」
僕が答える前に、村紗さんは全力で走ってみんなのもとに向かって行った。
……意外だな……
まさか、村紗さんから告白してくるなんて……
「いやぁ……なんというか……意外に村紗さんって、乙女だったんだね……」
「え……?」
半ば放心に近い状態になりながら突っ立っていると、僕の後ろからよく知った、しかし最近はあまり聞くことがなかった声が聞こえた。
「……どうしたの、レン?」
「うーん……私もマサに用があってついてってたんだけど、村紗さんに先越されちゃってね……」
「……?どういうこと?」
「鈍いね……私も村紗さんと同じく、マサのことが好きだって、そういうことだよ」
「………………」
「あれ?おーい?マサ?」
村紗さんに続いてレンまでも爆弾発言。
……もしかして、これは夢なんじゃないだろうか?
そう思って、僕は自分の頬をつねってみる。
「……痛い……」
「当たり前じゃないの。いきなり放心したかと思えば、自分の頬をつねり始めるし……大丈夫?」
「いや、この状態にさせた元凶は、主にレンと村紗さんなんだけど……」
「……まぁ、たしかに、突然告白……それも、二人からされたら、現実かどうか疑っちゃうよね……」
沈黙しながらも、僕は前へ歩を進める。
だんだんと、落ち着いてきた。
いや、そもそも二人もの女性に告白されて正常でいられるのは、そういう場面になれたろくでなしか、そうなるように仕組んだ悪魔くらいだろうから、僕は一応正常なんだろう。
……自分でなにを考えているのかが分からない……やっぱりまだ完全に落ち着いてるわけじゃないな……
「本当はさ、もっとはやくに告白しようって思ってたんだけどね……なかなか会えなくて……寂しかったんだよ?」
「はは……気づけなくて、ごめんね」
「いいよ。べつに。マサのせいじゃないから。……で、マサ、答えは聞かせてくれるの?」
レンの問いに、僕は黙ってしまう。
もちろん、告白されること自体は嬉しい。
でも、今は……
「ごめん。答えられないや……村紗さんのこともあるし、二人の気持ちに、僕がちゃんと答えられるかどうかも……不安だからさ……」
「……そっか……残念。でも、仕方がないよね……」
「ごめんね。こんな男で……」
「……こんな、じゃなくて、そんな。そんな君だから、私は好きになったんだと思うよ?」
「ははは……ありがとう……」
「……にしても、村紗さんに先越されちゃったのは癪だなぁ……まぁ、あの子だけマサと付き合ってる映像がなかったから、仕方がないと許せるけど……うん。よし!マサ、ちょっと立ち止まって!」
「え?あ、うん。一体なにを……?」
するつもり?
……そう訊こうと、レンのいる隣を振り向こうとして……
突然、レンの顔が至近距離に迫ってきたかと思うと、唇にほんのりと暖かく、柔らかな感触が伝わってきた。
その感触は、すぐに消えたが、その余韻が僕の思考を混乱させる。
「にゃふ……?」
「あはっ!やっぱり、こっち向いてくれたね」
驚いてまともなことが言えなくなった僕を見ながら、レンは心の底から嬉しそうに笑っていた。
「ふふふ……マサの初めて、もらっちゃった♪……さて、じゃあ私もみんなのところにいくね?マサも早くした方がいいよ?」
「…………あ……うん……」
「もう、その調子じゃこの後も大変だよ?ま、ともかく、まだ私で全部じゃないから、頑張ってね」
「へ……?」
ふふふ……と、意味ありげに自分の唇に指を当てながらレンが言った台詞に、僕はキョトンとする。
どういうことか問いただしたかったが、それを訊く前に、レンは先に行ってしまった。
バカみたいに突っ立ったまま、僕は自分の唇に触れてみる。
柔らかで暖かな感触を、しばらく忘れられそうになかった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「やっほ、意外に乙女な村紗さん!」
「……言わないで……ちょっと失敗したって思ってるんだから……」
「あ、ははは……」
私がおちょくりながら声をかけると、村紗さんは、ず〜ん、という効果音が似合うくらい落ち込んでしまった。
うーん、ちょっと失敗したかな?
「……やっぱり、あなたも告白、したんだね?」
「まぁね。先越されちゃったのは悔しいけど、これで私とあなたは五分ってとこかな?」
「たぶん……ね」
「……にしても、マサは幸せ者だねぇ。五人もの女の子に好意を寄せられてるなんて。普通はあり得ないわよ?」
「そうね……でも、彼には好意を寄せられる優しさがあるから……」
「だね。にしても、なんであそこで答えを訊かなかったの?あそこで訊いてれば、簡単に決着ついていたのに……?」
「それは……彼に、ちゃんと私を選んでもらいたいから……かな?私も女だから……彼の一番になりたい……だから、他の人と比べて、その上で、私を選んで欲しい。あなたは……どう?」
「……そうね。たしかに、マサの一番になりたいかな、私も。じゃあ、私を選んでもらえるように、次も頑張ってマサの気を引くとしますか!」
「私も、難しいけど、彼の気を引けるように頑張らなきゃね」
そう言って、私達は二人して笑い合う。
……ライバルだけど、村紗さんとは仲良くやれそうだな……
……もちろん、長門さんや、江村さん、中月さんとも、仲良くなれるだろう。
マサを取り合うっていうちょっと嫌な理由だけど、それでも、出会えてよかったな。
そう思って、私はさらに笑みを深めたのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「カンパーイ!」
『かんぱーい!!』
村紗さんの掛け声とともに、僕を含めたその場にいる全員が乾杯をした。
二次会の飲み会。
あまり気乗りしなかったけど、委員長と副委員長にとても強く説得され、行くことにしたのだ。
……いや、普通高校生ってお酒のんじゃダメでしょう……?
……とりあえず、そこは突っ込まないことにした。
ちなみに、村紗さんとレンは仲良くゆかりんFCどもに囲まれている。
まぁ、村紗さんは仕方がないと思うけど、レンは完全に巻き込まれてるから、少しかわいそうだな……
「おいマサ!なんか頼めよ!」
「うーん……じゃあ、焼き鳥、タレで」
「なんだよ!酒も頼めよ!!」
早速ビールを飲みながら、副委員長が僕に絡んでくる。
お酒は二十歳から!ということで、僕はお酒を飲む気はない。
せいぜい、焼き鳥やポテトをつまむくらいにしたい。
「まだ僕たちは高校生だろう?だから僕は飲まない」
「そんな常識は投げ捨てるものだ!」
「……いや、捨てちゃダメでしょ……」
「えー?一緒に飲もうぜ〜?」
「ジュースならいいよ。お酒はダメ」
「お堅いねぇ……」
ガンとしてお酒を飲もうとしない僕を見て、副委員長は少しふてくされながらも、つまみや飲み物を頼む。
「マサは頭が堅いなぁ……こういう時くらい、飲んじまえばいいのに……」
「ダメだよ。……僕はお酒弱いからね。すぐに酔いつぶれちゃって帰るのが大変になっちゃうんだ」
「そんなの、潰れてない誰かに送ってもらやーいいじゃんか」
「ダメだよ。そんな迷惑かけることはできない」
「……むしろ、酔いつぶれてくれた方が嬉しいんだけどなぁ」
「え?なに?」
「いや。なんでもない!」
何か聞こえた気がしたんだけど、どうやら副委員長じゃなかったようだ。
と、意外にも早く頼んだものが届いてきた。
僕のジュースに、副委員長のビール(瓶)、おつまみに……え?日本酒?
「ああ、それは私の頼んだものだ」
「え?委員長?」
副委員長が他の人におつまみなんかを渡しにいっているなか、日本酒が気になって眺めていると、不意に委員長が後ろからやってきて、日本酒の瓶を掴んだ。
にしても、意外だな……
「まさか、委員長がお酒を飲むなんて……」
「……私だって生き物だ。息抜きの一つや二つくらいつくものさ」
「まぁたしかに、それはそうか」
適当に納得しながら、僕はジュースをついで飲む。
委員長も、お酒を飲みはじめた。
「……ふむ、君は酒は飲まないのか?」
「まぁね。弱いし」
「ふむ……ああ、そうだ。長い付き合いだし、一緒に飲まないか?」
「……うーん……ジュースでいいなら」
「ははは……まぁ、仕方がないな」
乾杯。と、二人でグラスをカチンッと合わせてから、僕はジュースを、委員長は日本酒をあおった。
「委員長は、強いの?お酒」
「いや、それほど強くはないな。普通だ。……真希は酒に強いがな」
「へぇ、そうなんだ?」
「お?なんか呼んだか?」
噂をすれば……とでも言えばいいのだろうか?話をしたちょうどその時に、副委員長が僕の隣に座ってきた。
……あれ?女子二人に挟まれて、両手に花状態?
……と思ったが、とりあえずその考えはすぐに捨て去る事にした。
……村紗さんとレンに、悪いからね……
「いや。真希は酒に強いんだ、と言っただけだ」
「まぁな。中学の時から赤鬼のダチと飲んでたからな!」
「おい、未成年……」
「ほんと、マサは堅いなぁ。赤鬼の相手なんだし、そこはいいだろ〜?」
「……というか、赤鬼の友人なんていたのか?初耳なんだが……」
「おう。いるぜ。……そういやしばらく会ってないな……休みになったら久しぶりに会いにいくか!」
「……たぶん、遊びに行く、が酒を飲みに行く、と聞こえたのは、僕だけじゃないはずだ」
「ま、半分当たりだな。それより、マサも酒飲めよ!お前ならいけるって!」
「しつこいなぁ……飲まないったら飲まないよ」
「むむむ……!ならば、実力行使で……!」
「やめとけ真希。方丈君が困っているだろう」
「なに言ってんだよ。お前だってマサには飲んで欲しいだろ?」
「む、むぅ……まぁ、な……ついでに酔い潰れてくれればさらにいいが……」
「え?」
「い、いや。なんでもない」
今、なんか不穏なセリフが聞こえたような綺がしたが、どうやら気のせいだったようだ。
「と、いうわけで、マサ、確……」
「あ、副委員長!ちょっとこっちきて〜」
「……お、おう……」
勢いよく酒を飲ませようとしたところで、誰かが副委員長を呼んだ。
え?と勢いを削がれた副委員長は、僕とそっちを比べるように交互に何度も見る。
しかし、早く!と急かされたからか、諦めたように、じゃあ、ちょっと行ってくるわ、と言いながら、副委員長はその声のした方に向かって行った。
「たすかった……のかな?」
「おそらくだが、な。……にしてもタイミングがよすぎる……村紗君達か……?」
ホッとしながら、僕はジュースを飲み干し、瓶の中身がなくなったことに気がつく。
「あれ?もうなくなっちゃったか……」
「ああ、私ももう一本開けてしまったな。……このまま続けて飲むのは危ないな……そうだ。方丈君、少し、私と外で涼みにいかないか?少し暑くなってきただろう?」
「あー、たしかに。少し暑くなってきたから、一緒に行くよ」
「そうか。ありがとう」
ここの暖房がそろそろ暑く感じてきたため、僕は委員長について行って少しだけ涼みに外に出て行く。
スッとした鋭いような冷たい空気が、暑くなった僕の身体を冷やしていく。
「……ふぅ。これだけ冷たければ酔いも簡単に冷めるだろうな」
「あれ?委員長、酔ってたの?」
「いや、例え話だ」
「あー、たしかに。でも、当たりすぎたら風邪引いちゃいそうになる寒さだね」
「ああ、そうだな」
そこで一旦会話が途切れ、僕はふと空を見上げる。
と、そこには小さな白い点が降ってきていた。
「あ……」
「……雪、か……」
フワフワと、雪が降ってくる。
うーん、粒の大きさからすると、結構積もるタイプだなぁ。
面倒だな……明日かなり寒くなるだろうな……
などと、夢もへったくれもない現実的な考えをしている僕とは対照的に、委員長は少し嬉しそうに雪を眺めていた。
「ふふふ……雪か……嬉しいものだな」
「ん?なにか思い入れでもあるの?」
「いや。思い入れというよりは……願いかな」
「願い……?」
「ああ。好きな人と一緒に、こうやって綺麗な景色を……白い雪を、見てみたかったんだ………………そして、今、その願いがかなった。これで嬉しくないわけがないだろう?」
「え……?」
委員長の言葉に、僕は少し驚く。
もしかして……
そう思うと、委員長は僕の方を向き、しっかりと目を見て、はっきりと、宣言した。
「私は、君のことが好きだ」
委員長が告白したあと、僕たちの周りの音が急激に小さくなった気がした。
みんなの騒ぎ声が……遠い。
……委員長の告白は、村紗さんのように焦ったようなものではなく、レンのように自然な、しかし恥ずかしそうなものでもなく、静かな、しかし、はっきりとしたものだった。
……はぁ、なるべく考えないようにしてたんだけどなぁ……
にしても、なんで……
「……なんで、委員長も、村紗さんも、レンも、僕のことなんかを好きになったのかな……?」
「ああ、やはり村紗君達も告白したのか」
「あ、わかってたんだ……?」
「ああ。ここにくる前に、村紗君達を見なかったからな。……にしても、方丈君、君にデリカシーはないのか?普通なら、自分に好意を寄せている者に、他の女性の話なんてしないものだぞ?」
「あ、ごめん……」
「……まぁいいさ。君はそういうやつだからな。……なぜ、私達は君に恋したのか、か……そんなの、君だからに決まってるじゃないか」
「僕……だから?」
委員長の言葉を繰り返し言って、僕は疑問に思う。
……わからない。
「僕は……そんな好意を寄せられるようなやつじゃないよ。なにをするわけでもないし、なにもしてあげられない。誰かを幸せになんてできない。そんな男なんだよ?」
「そんな悲しいことを言うな。長い時間を共に過ごしてくれた。気兼ねなく話してくれた。たったそれだけの理由で私達は幸せだったんだから。それに、君を好きになるのに、理由なんて必要ないさ」
「…………恋愛に理由はない、か……」
「ま、そんなところだ」
そこでまた、会話が途切れる。
しんしんと、雪は降り続け、世界を白く彩っていく。
そして、しばらくして、僕は口を開く。
「……ねぇ、委員長……答えは……まだ保留してもいい?」
「……ああ。あの二人への答えを決めてからで構わないよ。……と、そうだ。これを渡すのを忘れていたよ」
「……これは?」
委員長……長門さんには悪いけど、まだ答えは出せない。
そう結論づけて、答えを待ってもらうことにすると、彼女は思い出したように、外に出る時に持ってきていたバックの中から、紙袋を取り出した。
「なんだ?今日がどういう日かもう忘れてしまったのか?……君への、クリスマスプレゼントだよ」
「……あ、そういえば……。……ありがとう。開けても?」
訊くと、開けてもいいと許可をもらえたため、すぐに袋を開いて中身を取り出す。
中に入っていたのは、手袋と、マフラーだった。
「手袋にマフラーか……ありがとう。大切にするよ」
「ふふっ。そう言ってもらえると嬉しいな。……さて、そろそろ中に戻ろう。風邪を引いてしまう」
「あ、うん。そうだね」
「……ああ、そうだ。この後、出来たら真希のところに行ってやって欲しい。あいつは……たぶん、少し離れた場所で飲んだくれているだろう」
「え?あ、うん。わかった」
そんな会話を交わした後、僕と委員長はまた中に戻る。
そして僕はすぐに長門さんの頼み通りに副委員長のもとに向かおうと彼女を探す。
……長門さんの言っていた通り、副委員長はみんなとは少し離れたところでひとり酒を煽っていた。
「……副委員長、なにしてんの?」
「あ?なにって、酒飲んでるんだよ〜!」
……なぜだかはわからないが、相当荒れてる。
最初みた時はちゃんとコップについで飲んでいたのに、今は瓶を片手にラッパ飲みをしていた。
それに、妙に赤みのさした顔をしている。
「……副委員長、酔ってるよね?」
「ああ?酔ってねぇよ……」
「完全に酔いで顔を赤くしてる人がそれを言っても説得力ないから……」
「あんだと〜!?そもそも、こうなってんのはお前のせいじゃないか〜!!」
「え……?」
う〜!と、酒瓶をテーブルに置き、ジト目で僕のことを見ながら言った副委員長の台詞に、僕は疑問符を浮かべた。
僕の……せい……?
「お前が他の奴らにホイホイついてくから、オレの番がこねーんだもん……」
「ホイホイって、一体誰にさ?」
「村紗に逆井……それに、長門にも。結局、オレは最後の方で……もう飲むしかないだろうがよ……」
「え……?どういう……?」
「オレだってよ……好きなやつくらい、いるに決まってんだろ…………お前が他の奴らと一緒にいるのが、嫌に決まってるだろうがよ……」
まるで、愚痴を吐くかのように、副委員長は、酔い以外の理由で顔を赤くしながら、告白する。
「オレだって、お前のことが好きなんだからよぉ……」
「…………」
副委員長の台詞に、僕は少しの間なにも言えなくなった。
本当に、なんでみんな僕みたいな奴を好きになるんだろな……
そう疑問に感じながらも、僕は心の底ではとても嬉しかった。
「……そっか。ありがとう……」
「……うるせー。たらしめ……」
「ははは……たらしじゃないよ。まだ、付き合うかどうかは決めてないんだから……」
「付き合う付き合わないは関係ねぇんだよ……このたらしめ……」
「あはははははは……」
副委員長……真希さんの言葉に、僕は苦笑いをする。
と、真希さんは、ジト目をやめ、下を向いてつぶやきだす。
「……ああ、なんとなくだけど、わかった気がする」
「ん?なにがさ」
「村紗達が答えを聞くのを遅らせた理由。あいつら、たぶんお前にちゃんと選んで欲しいんだろうな……」
「なんでさ?」
「当たり前だろ。みんなお前に愛されたいんだよ」
「…………」
その言葉を聞いて、僕は黙ってしまう。
……僕は、そんな価値を持っていない。
人に愛されたいと思わせるような人間じゃあ……
「……お前、自分のこと下に見過ぎなんだよ」
僕の考えていることがわかってるかのように、真希さんはそう言った。
そしてそのまま、彼女は言葉を続ける。
「お前にはさ、人を惹きつけるものがあるんだよ。少なくとも、オレに長門、村紗に逆井……あと、あいつは、お前に惹かれてる。だから、お前は……自分に…………」
全てを伝えようとして、しかし、彼女の瞼はだんだんと下に下がって行き……そして、全てを言い終える前に、真希さんは眠ってしまった。
……やっぱり、飲み過ぎだよ、真希さん。
そう思いながら、僕は彼女に届かない礼を言った。
「……ありがとう」
……人を惹きつけるものがある、か……
本当に、そんなもの、僕なんかにあるとは思えない。
でも、彼女は……彼女達は言ってくれた。
僕のことが、好きだと。
なら、それに僕は精一杯答えないとな……
「あらあら、江村さん、寝てしまったのですね」
「あ……雪野さん……」
寝ている江村さんを見て、雪野さんはまるで母親のような、暖かな笑みを浮かべながら、僕の隣に座った。
「本当に、あなたはモテますね……もう、四人の人に告白されたのでしょう?」
「あ、ははは……見てたんだ……?」
「いいえ。でも、わかってしまいます。彼女達の顔を見れば……」
「そっか……ちなみに、どう、変わってたの、彼女達の顔は?」
「ふふふ……それは決まってます。爽やかな、そして少し嬉しそうな、そんな顔をしてました」
「……それはよかった。皆、後悔してるのかなって、ちょっと不安になってたんだ」
「……後悔なんてあるわけがないでしょう?あなたみたいないい方に告白したんですから」
「あはは……そう言われると、とても嬉しいよ」
「…………さて、と……残ったのは、私だけですね……」
「……まさか、君まで、告白するとか?……いやまさか。君と僕は初対面だもんね」
雪野さんの発言に、僕はドキッとしながら、期待半分、恐れ半分で訊いてみる。
しかし、彼女の答えは、YesでもNOでもなく、全く予想のできなかったものであった。
「……もう、知らないふりはいいんじゃないですか……?」
「え……?」
知らないふり?
なんのことか全然わからないよ……
そう、言おうとして、彼女は、言わせてくれなかった。
「知らない、とは言わせませんよ?前日に見た、あの夢。まさか、私たちだけが見ていた……なんてことは、ないのでしょう?」
「………………」
雪野さんの言葉に、僕は沈黙する。
「……なにも言わない、ということは、やっぱり知ってるんですね……」
「……知ってるからこそ、かなり辛いんだけどね……」
嘆息しながら、僕は言う。
そう。僕も、僕と雪野さん達の夢を……見た。
だからこそ、告白されても、異常に取り乱すことはなかった。
だからこそ、こんなにも、辛い思いをしなければならなかった。
「……なんで、今回はよりにもよって皆が告白して来たのかな……?」
「それは、みんなあなたのことが好きだからですよ」
「……はぁ、だからこそ、辛いんだよな……」
全員の夢を見てしまったから、僕は、全員を……レン、長門、真希、縁、雪野さんを、幸せにしたいと思ってしまった。好きになってしまった。
それが、とても辛い。
みんな好きだから、一人を選ぶのがとても辛い。
「……いったい、どうすれば、皆幸せにできるんだろう……」
「……さぁ。私にもわかりません」
僕のつぶやきに、雪野さんはそうそっけなく答える。
それを聞いて、僕はまた嘆息し、そして、会話が止まった。
……そういえば、さっきからまったく注文をしてなかったな……
そう思い、新しくジュースと食べ物を適当に頼んでいると、雪野さんが、ああ、そういえばと、また僕に話しかけて来た。
「方丈さん、私まだ、あなたに告白してなかったですね」
「……もう、気持ちはわかってるけどね」
「それでも、告白したのとしないとでは大きく違いますからね。……いいですか?いきますよ?」
そう言って、雪野さんは一度大きく深呼吸してから、しっかりと僕を見つめて……そして、告白する。
「私、中月 雪野は、あなた、方丈 正孝さんが好きです」
少し機械的な告白だったが、緊張しているのが目に見えてわかっていた為、その機械的なところが少し可愛らしく思えた。
「……なんというか、やっぱり告白は緊張してしまいますね……」
「あはは……そうなんだ?」
「……私の夢では、あなたから告白してきたので、いくらかこの気持ちがわかると思いますが?」
「うーん……確かに。っと。注文したやつがきたね。一緒に飲もう?」
「そうですね。……っと、私もそれを貰っていいですか?」
「うん。いいよ」
話も一段落し、注文したものも届いたため、僕と雪野さんは再び飲み食いをし始める。
「……ん?雪野君。君も終えたのか?」
「ええ。これで、全員が告白したことになるわね」
「……あのさ、二人とも、人への告白をまるで作業みたいに言わないで欲しいかな……?」
途中で、委員長がまた新しい日本酒の瓶を持ちながら僕達の席に合流し、一緒に飲み始める。
……というか、なんなのあの会話は?
告白って、そんな軽く話せるようなものじゃないよね……?
「……にしても、真希は潰れてしまったのか……」
「ええ。告白が終わって少ししてからね……まぁ、仕方がないわよ。彼が来る前にもう五本も瓶を空けてたもの」
「……どうやら、先を越されたのが相当なストレスだったようだな……」
「「……プハァッ!!」」
「ん?レンに村紗さん。どうしたの?息が少し荒いよ?」
委員長が合流してすぐに、告白した残りの二人も合流した。
……って、僕もなんだか雪野さん達に感化されたかな……?
「いやぁ、私はいつものごとくFCに囲まれちゃって……」
「私は村紗さんに巻き込まれてなかなか脱出出来なかったの」
「ああ、あの塊の中を脱出してきたのか。よく出来たな?」
「いやぁ、レンちゃんがいなかったら出来なかったよ〜」
「だからこそ、私のことも巻き込んだんでしょ?」
「まぁね〜」
「あはは……いつのまにか、二人ともかなり仲良くなってるね」
「まぁ、同じ人が好きだからね」
「いや、それって少し仲が悪くなるんじゃ……?」
「それが意外とそうじゃなかったのよね……村紗さん、面白い人だし。なんていうの?親近感?」
「そんなもんなのかな……?」
「……う、うん?……ああ、皆、集まってきたのか……」
五人で雑談をしていると、真希が起き出した。
これで、全員がちゃんと集合したわけか。
……ん?なんか嫌〜な予感が……?
そう思った瞬間、突然長門が咳払いをして、みんなの注意を引いてから、口を開いた。
「……さて、ここに六人……全員が集まったところで、決着、つけるとしようか」
「「「「「………………」」」」」
長門の言葉に、全員が黙り、カチン……と、空気が凍ったかのような錯覚に陥った。
さらに、畳み掛けるように長門は僕に向かって訊いてくる。
「と、いうことでだ。方丈君。君はこの中で誰が一番好きなんだい?」
……どうしてこう、嫌な予感っていうのは的中率が高いのかな……
ていうか、長門さん?あなた、返事は村紗さんとレンへの答えが決まってからでいいとか言ってませんでしたか?
「え、えーと、それはまた明日に……」
『しない(しません)!』
「……デスヨネー」
明日に答えを出すという案は、全員が同時に却下したため無理。
でも、まだ答えが決まってないんですが……
あ、そうだ!
「マサ、言っとくけど、みんな好き、はないからね?」
「………………はい。わかってます」
「……まぁなんというか、方丈君の選びそうな答えね」
「………………」
言おうとした言葉は、即座にレンによって潰された。
それを見ながら、村紗さんが呆れたようにため息をつく。
いや、なんというか……面目ない。
「そうだな〜、別に誰と付き合うか答える必要はねぇと思うぞ?」
「そうですね。今現在、誰のことが一番好きなのか。それを答えてもらえればいいのでしょう?長門さん?」
「む?まぁ、そうだな」
「よーするに、現時点での一位発表!みたいな?」
「そんな簡単なものじゃないと思うけどね」
みんなの言葉に、僕は段々追い詰められる。
いや、だからまだ選べるような段階じゃないんですよ。
それでも答えないといけないんですか?
……答えないといけないんだよね……
表面上は困ったような苦笑を貼り付け、内心では深いため息をつきながら、僕はどうすればこの状況から逃げられるかを考える。
言い逃れは出来ない。
多分物理的に逃げることも不可能。
トイレに……すら、行かせてくれなさそうだな……
いや本当にどうしよう……
5人の女性から期待を込められた殺人光線(視線ともいう)に晒されながら、僕は段々パニクってくる。
そんな中、あるものが目に入った。
これなら……でも、危険だな……
「さぁ、方丈君、答えてもらおうか?」
長門が催促してくる。
……もう、なりふりかまえない……かな?
こうなったら自棄だ!
急性アル中でもなんでもなってしまえ!
「とりゃぁ!!」
『え?』
掛け声と共に、僕は近くにあった長門の酒瓶をひったくり、一気飲みを敢行する。
苦い液体を嚥下するたびに、段々と頭がぼぉっとしてくる。
あ、これ不味い……
意識が……
××××××××××××××××××××××××××××××
「なぁ、長門。これ、どうする?」
倒れた方丈君を見ながら、真希が困ったように私に問いかけてくる。
いや、私も正直困ってるんだが……
というか、酒を一気飲みは不味いだろう……
「……まずは呼吸を確認しないとな……」
急性アルコール中毒の危険もあるため、私は急いで方丈君の意識と呼吸を確認する。
一応、呼吸はあった。
どうやら、普通に酔いつぶれたようだ。
「一応、普通に酔いつぶれてるだけだから大丈夫だろうが……問題はここからか……」
「……そうね」
ただいま現在、私達は方丈君を囲むようにして座っている。
……誰かが物理的に連れ去ったりしないようにするためだ。
さて、誰から口を開くだろうか……
私の予想では……おそらく……
「じゃあ、私がマサを連れて変えるわね。一応、幼馴染だし」
「はいストップ。行かせないわよ?レンちゃん?」
……大方予想通り、逆井君が方丈君を連れて行こうとして、ガシッと村紗君に手を掴まれて阻止された。
「いや、だって、私、帰りマサの家途中だし……」
「そういう意味じゃねーだろ。……どうせマサは寝てるんだ。誤魔化さなくてもいいんじゃねーか?」
「……まぁ、そうだな。先に行っておくが、私も彼を譲る気はないぞ?」
真希の言葉に答えたのは、私だった。
……ここでは、正直に言ってしまわないと一気に彼を持って行かれてしまう気がしたからだ。
「うん。私も方丈君を渡す気はないよ」
「はぁ……まったく、方丈さんも困ったものですね。あんな方法を使ったら、私達がこうなること、わかったでしょうに……」
「……まぁ、追い詰めてしまったのは私の落ち度だ。彼を責めないでやってくれ」
「とかなんとか言っても、マサから手を引く気はないんでしょう、長門さん?」
「当たり前だ。それとこれとは話が別だからな」
「……さて、と……じゃあ、どうやって決着つけっかなぁ……?」
真希がそういうと、全員が余計なお喋りをやめて、それぞれを牽制しあう。
ピンっと張り詰めた緊張が、その場を支配する。
私も、レン君も、真希も、村紗君も、中月君も、全員、方丈君から同じくらいの距離をとって動かない……否、動けない。
延々と、この沈黙が続くかと思った。
しかし、その沈黙は、意外な形で破られた。
『あー、その必要はないよ』
突如、誰かが私達に向かってそう言ってきたからだ。
私達全員はその言葉に驚くとともに、声の主を探そうと辺りを見回し始めた。
『僕のことを探そうとしてもたぶん無駄だよ。君達は絶対に見つけられないから』
「……何者だ?私達になにをしようとしている?」
動揺しながらも、私は声の主に訊く。
周囲の様子を見てみるが、誰もこの声に驚いた様子はない。
どうやら、私達にだけ聞こえるようだ。
『うーん、自己紹介はあとでで良いとして……何をしようとしてるか、だっけ?まぁ、ちょっと君達を“招待”しようと思ってね』
「招待?一体どこに……」
『まぁ、話すより呼んじゃった方が早いね』
「なっ!?」
「えっ?何この光……?」
「魔法……なの?」
「おいおい……何が起こるっていうんだ?」
「……一体何が起こるんでしょうか……?」
声がそういうと、突然、方丈君を中心とした円が、ちょうど私達だけを囲むようにして現れ、そして光りだした。
私達はそれぞれの反応をし、しかし、何も出来ないまま光に飲まれ、そして……
××××××××××××××××××××××××××××××
……ーし。もしもーし。
……引き戻ってきた僕の意識は、誰か聞いたことのない、男の声を聞き取った。
「…………あれ……?僕は……確か……」
「ああ、やっと起きたようだね。おはよう、方丈 正孝君?」
むくりと起き上がって、僕は周りを見回し、今の状況を理解しようとする。
僕の隣には、先程聞いた声の主である男の人がニコニコ笑いながら挨拶をしている。
今僕がいるのは、あの居酒屋じゃない。
内装なんかをみると、どこかのお屋敷みたいな場所の、応接室のような印象を受ける。
そして少し広めなその部屋には、縁とレン、長門に、真希と雪野さんがいて、皆、僕の様子をみていた。
あと、扉の辺りに特にこれと言った特徴のない黒髪の男の人が不機嫌そうに全員の様子を見ていた。
なんといえばいいのか、状況もなにもほとんど理解出来ないため、僕はとりあえず、目の前の彼の挨拶を返すことにした。
「えと……おはよう、ございます?」
「うん。おはよう。意外に早かったね。もうちょっと遅くなるかと思ったんだけど……」
「は、はぁ……?そう、ですか」
本当に、いまいち状況が掴めない。
たぶん、五人の内の誰かの家……ではないだろうし……そもそも、この人は全く知らないし。
それに、なんでこんなところに皆が……?
「さて、じゃあ方丈君も起きたことだし、皆にも説明しよっか」
「え?どゆこと?」
「まぁ、そのことに関しても説明するから。聞いててよ」
やっぱち状況が掴めない僕に向かってそういいながら、その男性は説明を始める。
「まずは、ここはどこで、なんで君が知らない内にこんなところに運ばれてきたか、だね。なんていえばいいのかな?簡単に言っちゃうと、ここは君たちのいた世界とは全く別の世界。つまりは異世界で、僕が君たちをここに召喚したから、君達はここにいる、ってところかな?」
「…………はぁ……?……え?」
ニコニコ笑ってる人が説明をしているけど、なんだかよく分からないので、僕は適当にあいづちをうつしかない。
まぁ、要するに、この人が僕達を異世界に召喚したってことかな?
…………え?ちょっと待って?
転移の魔法なんてあるの?
ていうか、異世界なんてあったの!?
「異世界か……神隠しの噂とセットでよく聞いてたけど、実際にあるとは思わなかったよ……」
「にしても、召喚か……オレらの世界にはそんな魔法ないからな。どうやったのか気になるぜ」
「いやぁ、残念ながらこの世界にも実際にはないものだから、説明は出来ないんだよねぇ……召喚したのは、結構無理矢理な方法を使ったしね」
「……それはともかく、私達を召喚した、ということは、なにか目的があるんだろう?……ええと……」
「ああ、自己紹介がまだだったね。僕の名前はライカ・鶴城・テベルナイト。この街、“ライン”の領主だよ」
「領主……というと、この街の支配者、ということですか?」
「まぁね。といっても、実際の領主の仕事は、僕の妻がやってるんだけどね。……で、ええとなんだったっけ?ああ、そうだ。なんで君たちを召喚したか、だったね」
よく分からない説明が続き、少し混乱していく僕をよそに、他の人たちは勝手に話を進めていく。
「ええとね、突然だけど、僕の趣味は、面白い人たちを眺めてることなんだよ?」
「なんとまぁ悪趣味な……」
「それに、それと私達を召喚したことになんの関係がある?」
「うん?そりゃあ、こんな水晶玉で見るより、実際に君達のことを見てみたいからに決まってるじゃないか」
いや、決まってるじゃないかって……
というか、その水晶玉はなんなんですか?
そんな僕の疑問を言葉に発する前に、鶴城さんは話を続ける。
「と、いうことで、君達、ここに住んでみないかい?勿論、拒否権はある。でも一応、ここに住んでプラスのことも、あるかな?」
「プラス、というと?」
「えーと、ちょっと五人はこっちに来て」
鶴城さんの言葉に、女性陣全員が鶴城さんの周囲に集まり、鶴城さんはごにょごにょとその集まった五人になにかを言う。
…………だいたい、2、3分くらいで、内緒話は終わった。
そして……
『よし、その話、乗った!』
全員が、鶴城さんにオトされた。
って、いやいやいや。
「皆ちょっと待ってよ!ここ、異世界なんだよ!?ここに住むとして、住居やお金はどうするの!?」
「ああ、お金ならしばらくは僕が援助できるよ。職場の紹介や、望むのであれば、学校もあるから、そこに通ってもらっても構わない。同様の理由で、住居も用意できる。……まぁ、お金の方はずっとってわけじゃないけど」
「でも、そしたら僕達の家族はどうするんですか!?突然いなくなって、心配させちゃうでしょう!?」
「そうだねぇ、流石にそこは不味いか。あくまで君たちの意思を尊重したいからね。まぁ、別れを言う時間くらいはあげるさ。あとは君たち次第」
反論はことごとく鶴城さんに潰される。
しかし、僕はまだ納得いかない。
「僕は……帰ります。両親や、友人を心配させたくないですから」
「ふぅん……仕方がない。じゃあ、ちょっと口説いてみるかな…………。ねぇ、方丈君。もし、この世界でなら、ここにいる五人の少女達全員を幸せにすることが出来るとしたら、どうする?」
「…………何が言いたいんですか?」
鶴城さんの突然の言葉に、僕は訝しげな顔をする。
「いやねぇ、僕達がさっき話したのは、ここに住むことの利点だったよね?」
「ええ。そうでしたね」
「で、その利点って言うのは、ある意味では皆が幸せになれるものなんだ。……まぁ、正確に言うと、ここにいる六人、だけど」
「……どういうことですか?」
「まぁそれはあとで話すとして、その話をして、彼女達は、自分達全員が幸せになる、と判断したから、ここに住むことを承諾したんだよ」
「うーん、幸せになる、と言うより、無駄に争って第三者に取られる可能性がなくなるから、って言った方が正しいわね」
鶴城さんの説明を、レンが訂正する。
……彼女達を皆幸せに出来る。
そう、彼女達は判断した。
僕だって、彼女達を幸せにしたい。
でも、まだ決心はつかない。
だから……
「ねぇ、皆は、ここに住むつもりなの?」
「まぁ、君が住むのなら、な」
長門が答える。
「僕が帰るとしたら、皆はどうするの?」
「そうねぇ……たぶん、方丈君についてくけど、でも、こっちにも、住んでみたいかなぁ?」
縁が答える。
「皆はここに、住んでみたい?」
「うん!ここなら、あっちよりもマサと一緒にいれるだろうしね。……まぁもちろん、マサが一緒にいてくれるならって前提でだけど」
レンが答える。
「ここに住んだとして、後悔しない?」
「しないだろうな、マサがいれば」
真希が答える。
「家族と完全に離れ離れになると思うけど、心配じゃない?」
「心配じゃないわけじゃないですけど、それでも、いつかは離れて暮らすことになりますからね。その時期が早くなっただけです。問題はありません」
雪野さんが答える。
「……じゃあ最後に訊いてみるけど……僕が皆と一緒にこの世界に住んだら、皆は幸せになれる?」
……この質問の答えで、僕はここに住むかどうか決める。
結局は、これが一番の問題なんだ。
皆を幸せに出来るか。
これを皆の口から聞かないと、僕は決断することが出来ない。
皆は、その問いに、一度五人でアイコンタクトを取ると、息を合わせてはっきりと答えた。
『もちろん!』
「……そっか。なら……」
彼女達の一言で、僕は決めた。
「わかりました。彼女達を幸せに出来るなら、僕もここに住みます」
「そっか。それはよかった」
僕の答えに、鶴城さんはニコニコ顏をさらにニコニコさせながら嬉しそうに言う。
「あ、でも、出来れば両親には、別れの挨拶をさせてください。みんなは……どうかな?」
「そうだな。私も行こう」
「うん。私も。両親に話さないとね」
「オレもだな」
「私も行くよ。心配させちゃいけないしね。FCは……まぁ、仕方がないね。マサの方が重要だし」
「私も、行きます」
「うん。いいよ。準備は……いいかい?星村?」
「……わかったよ……でも、ちゃんとお金は追加させてもらうからな」
「はいはい」
鶴城さんが頼むと、扉の方にいた不機嫌そうな人が、なにやら本を開き、メモのような紙になにかを書いていた。
「いやぁ、お金でうごいてくれる人は助かるよ。あいつはお金じゃ動いてくれないからなぁ……」
「まぁ、神奈さんは頼めば動いてくれるけど、そのあとが大変だからね。ライカは……っと。出来たよ」
鶴城さん達がなにか変な話をしている間に、準備が出来たようだ。
「さて、じゃあ、またあとで召喚するから。……そうだね、十分時間をとって、一時間くらいがいいかな?」
「それでお願いします」
「それじゃ、行くよ?」
不機嫌そうな人が未だに不機嫌そうに何かをすると、紫色の、魔方陣の様なものが現れた。
僕達は、鶴城さんに促され、その上に立つ。
……そういえば、両親にはなんて伝えればいいのかな?
心配だな……
でも……
それでも、彼女達を幸せに出来るなら、問題はないか。
と、そんなことを考えているうちに、魔方陣が発光し、起動し始める。
「あ、みんな自分の自宅の前に送るから、移動の心配はしないでね。それじゃあ、また一時間後にまた会おうね」
最後に鶴城さんのそんな言葉を聞きながら、僕達は、一度自分達の世界に帰るのだった。
さぁ、またここに帰ってきたら、新しい生活の始まりだ……!
じゃあ、挨拶お願いね。
「きりー、れー。ありがとうございましたー」
はい、お疲れ様。
「……先生、それ、なんですか?」
ん?これかい?さっき使ってたじゃないか。実験用の水晶だよ。
「でも、使ってたのは4つですよね?先生、5つ持ってるじゃないですか」
あぁ、これかい。
これは……まぁ、僕の趣味みたいなものだよ。
気にしなくていいよ。
「そう……ですか」
うん。じゃあ、お疲れ様。
早く移動した方がいいよ。次、移動だろう?
「あ、そうでした!?」
頑張ってね。
「はい。失礼します!!」
廊下は全力疾走しちゃいけないよ〜
……さて、じゃあ僕は“お楽しみ”でも始めますか。
××××××××××××××××××××××××××××××
……夢の中に、ある映像が流れ出した。
それは、五つの映像。今日からの未来を見ているかのような映像だった。
その五つ全ての映像に、彼の姿があった。
全ての映像で、彼は笑っていた。
そして、その中の一つに、私と彼の幸せな映像もあった。
それを見た時、とても嬉しかった。
しかし、他の映像は、彼が他の女性と仲良くなり、幸せになっている映像だった。
それを見ていると、私の心の中の暗い感情……たぶん、嫉妬心が、湧き上がった。
夢から覚めた今でも、私はしっかりと映像を覚えている。
……結局私には、あの映像がなんだったのかはわからない。
……もしかしたら、ありえるかもしれない、ifの世界の映像だったのかもしれない。
……でも、そんなことはどうでもいい。
私は彼と一緒にいたい。それが、唯一の答えだからだ。
だからこそ、私は今日、行動を起こす。
絶対、彼を他の女性に取られたくなんかない。
××××××××××××××××××××××××××××××
「よぉし、じゃあ野郎ども、クリスマスパーティーやるぞぉ!!」
『おぉぉおおおぉぉおおぉおおぉぉ!!』
僕の所属するクラスの教室。
何故かテンションの高いミノタウロスの副委員長が叫び、皆が雄叫びをあげた。
今日は12月24日。
クリスマスイブだ。
たぶん、皆今年こそは彼氏彼女を作って素敵なクリスマスを……とか思ってるんだろう。
僕こと方丈 正孝(ほうじょう・まさたか)は、机に頬杖をかいてそんな白熱した皆を冷めた目で見ていた。
まぁ、だからと言って僕がリア充であるかと訊かれると、答えはNOだ。
彼女なんて全くないし、クリスマスの予定なんか白紙だ。
でも、僕は皆みたいに白熱しない。
正直、彼女が手に入るなんて思ってない。
ていうか、手に入らないだろう、普通?
と言うことで、僕はそう言った色恋事情は諦めました。
……そうは言っても、普通に気になる人は何人かいるんだけどね。
まぁ、彼女達の誰かと、っていうのは、無理でしょ。
「おいマサ!何ぼ〜っとしてんだよ!早く行こうぜ!?」
「うん?あ、ああ。そうだね」
「おーい、マサに京介!早くしないと行っちまうぞぉ!!」
「はいはい。今行くよ!」
友人、京介に引っ張られたり、副委員長、江村さんに急かされながら、僕もパーティーに向かうのだった。
……ちなみに、このパーティーの立案者は委員長、アヌビスの長門さんだ。
カラオケで予約取って、皆で騒げるようにしたらしい。
いや、けっこう意外だよな、まさか真面目一筋の委員長がこんなことを立案するなんて。
何か狙いでもあるんだろうか?
「ん?あれ?イインチョ?どしたの?」
噂をすれば、というやつだろうか?
委員長がちょうど僕達を見ていた。
「あ、いや。少し気になったことがあってな」
「うん?どうしたの、委員長。気になること?」
「あ、いや。その……なんというか……方丈君が、あまり面白そうな顔をしなかったから、こういうのは嫌いなのか、と思ってしまって……」
「ああいや。大丈夫だよ。嫌いじゃない。皆でわいわいするのは、むしろ好きだよ?」
「ふぅ……そうなのか。それはよかった……」
「ありがとうね、心配してくれて」
「いや、皆に楽しんでもらいたいからな。当然のことだ。それに……」
「……え?」
特に君には楽しんで欲しいしな……
と、委員長は一瞬だけ僕の耳元に近づいて、そんなことを言ってきた。
瞬間、僕の思考回路が混乱する。
言葉はわかるが、意味が理解出来ない。
え?なに?どういう……?
「おっと、みんな結構先に行ってしまったな。君達も急いだ方がいいぞ?」
「おう。了解!」
真意を訊く前に、委員長はみんなを追いかけるために走って行ってしまった。
なんだろう、顔が少し熱い……
「ん?マサ、どうかしたか?」
「い、いや。な、なんでもないよ!?」
「ふーん。そか……にしてもさ、あの時、お前だからこそ楽しんでもらいたいんだ。って言われたら、グッと来ないか?」
「うぇっ!?う、うん。そうだね!?」
京介に言われて、僕は大いに動揺した。
先ほど、それに近いことを委員長に言われたからだ。
しかし、そんな僕の反応には気付かず、京介は続ける。
「だろ?はぁ、委員長に言われたらどんなに幸せか……」
「あ…ははは……っと、メールだ」
ポケットにあった携帯からメール着信を伝える音楽がなり、僕は内心焦りながら、すぐに携帯を開いて確認した。
メールの内容は……
差出人・レン
題名・今、学校にいるよね?
本文・ちょっとそっち向かうから違うところにいたら連絡頂戴。
「……ゑ?」
「ん?どうしたマサ?誰からだ?」
「……いや、幼馴染からなんだけど……なんかこっち来るみたいで……」
「おーい、 マサ〜!!」
「……早いな、来るの……」
メールが届いてからそう立たないうちに、幼馴染のミミック、恋歌が校門の前に着いて、こちらに向かって手を振ってきた。
……いや、いくらなんでも早すぎじゃないか?
「……おい、マサ。あの可愛い女の子は誰だ?お前の知り合いみたいだが……?」
「あ、そういえば紹介してなかったね。彼女がレンだよ。僕の幼馴染の」
「……う、裏切り者〜!!うわ〜!!」
「え?京介!?」
そういえば、京介にはレンの紹介してなかったな、と思い、紹介をしたところ、なんか泣きながら走って先に行ってしまった。
……いったい、どうしたというのだろうか?
まぁ、今はそれよりも……
「……ねぇ、マサ。さっき走って行った人誰?なんか泣いてたけど……?」
「友達だよ。なんで泣いてたかは……うん。わからない。それより、なんでこっちに?」
京介と入れ違いに僕のもとに寄ってきたレンと、歩きながら僕は話す。
とりあえず、みんなを見失わないようにしないと……
僕の問いに、レンは後ろを向いたまま歩いて答える。
……転んでも知らないぞ?
「ん?ああいやさ、今日ってクリスマスじゃん?で、久しぶりにマサの家でクリスマスパーティーやろうかなって思って迎えに来たんだけど……どうかな?」
「え?あ、いや……僕は……えと……」
「方丈君はこの後クラスのクリスマスパーティーに行く予定だ。だから、彼の家で、というのは、すまないが無理だな」
「……っ!?あなた……!?」
どう答えようかと迷っていると、誰かが半ば強引に僕のことをクリスマスパーティーに連れて行こうとしている様な口調で答えた。
……僕のいる場所からは、レンが視界を遮っていてちょうど声の主が見えない。
誰だろう、とレンと二人してその声のした方向を見ると、そこには、委員長の姿があった。
「あれ、委員長?先行ったんじゃないの?」
「いや、そうだったんだが……さきほど北野君が泣きながら走って来たので、何かあったのだろかと心配になって様子を見に来たんだ」
あ、そうだったんだ……
なんというか、ほんと、委員長は責任感が強いな……
などと考えていると、そういえば、二人にお互いのことを紹介してなかったことを思い出す。
「そっか。ありがとね。……あ、レン、紹介してなかったね。この人は木島 長門さん。僕のクラスの委員長だよ。で、委員長、この子は逆井 恋歌。僕の幼馴染だよ」
「そうか、君が逆井君か……長門だ。よろしく」
「うん。よろしく、長門さん。私のことはレンって呼んでいいよ」
……あれ?気のせいかな?握手しているだけなのに、なんか二人が怖いんだけど……?
そうだな……何かに例えるなら、交渉でどちらもガンとして相手の要求を飲まず、どのやったら飲ませることが出来るか考えてる人達が、ニコニコ笑いながら話してる……って感じかな?
いや、あんまし僕にはわからないけど。
「あー、方丈君?」
「は、はいっ!?なんでございましょうか!?」
失礼なことを考えていたのがばれたのか!?と、動揺してしまって、返事が裏声かつ変な喋り方になってしまったが、委員長は気にせずに話す。
「すまないが、彼女にちょっと話があるから、先に行ってもらえないだろうか?」
「え……?あ、うん。わかったよ……?」
何を二人で話すんだろう?と疑問に思ったけど、なんか従わなきゃいけない気がしたので、僕はその場を後にして、京介達と合流するのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……で、話ってなにかな、長門さん?」
マサがこちらの声が聞こえない位置まで離れたところで、私は歩きながら長門さんに訊く。
まぁ、どういう用事で引き止めたかはともかく、なんで初対面の私に話があるのかはわかるけど。
「……レン君は、“あの”、逆井 恋歌君なんだよな?」
「……まぁ、“同じ夢見たんなら”、その恋歌ね、私は」
「……やっぱりか」
あー、やっぱり。そういうことか。
今日見た、あの特異な夢。
今でも思い出せるくらい、はっきりと覚えている。
まるで夢じゃないみたいな、あの映像。
……その中に、この長門さんも入っていた。
「……で、やっぱり長門さんも、あの手袋とマフラーの長門さん?」
「……あまり、そのことは言わないでくれ。は、恥ずかしい……」
顔を赤らめながら、長門さんは俯く。
むぅ、羨ましい……五つの映像の中で、彼女だけ、娘の姿を確認出来たんだよなぁ……
……他の、私を含めた四人は見れてないのに……
まぁ、それはともかく、と、私は少し真剣な顔をして、今考慮すべき問題を口にする。
「……長門さんも、ということは、たぶん、他の三人も……」
「ああ、おそらく見てるだろうな」
私が言うと、長門さんは顔を赤くしたまま同意する。
「……さらに言うと、私達を除いた残りの三人の内二人……真希と村紗君、彼女達はおそらく手を組むだろうな。……いや、もう手を組んでいるかもしれん」
「どういうこと?」
「まぁ、なんというか、立場の違いだな」
「……ごめんなさい。意味がわからないわ」
立場って、なんだろう……
それに、ライバル同士なんだから、普通は協力なんてしないはず……だよね?
「ふぅむ……なんというか、これは予想なのだが、私と君、または、真希と村紗君にはちょっとした共通点があるんだ。それで、あの二人は焦って協力する、と、私は考えている」
「共通点って?」
うん?私と長門さんの共通点……?
学校は違うし、種族も違う。
マサが好きなのは……まぁ、五人全員の共通点か……
なんなんだろう……と悩んでいるが、結局わからないため答えを訊く事にした。
「ようは、あれだ。付き合う男が方丈君以外にいるかどうかというものさ」
「え……?」
あー、たしかに長門さんはマサと付き合わなかったら京介って人と付き合ってたなぁ……
でも、私は……
「私の場合は、北野君が。君の場合は、君の物語以外では、付き合ってる人がいただろう?……しかし、真希と村紗君にはそれがいない。これが差だな」
「あー、たしかに。でも、協力していない可能性もあるんだよね?」
「まぁ、な。だが……手を組んでる可能性の方が高いな」
「なんで?」
「……私が同じ立場なら、絶対に同じ事をして他のライバルを蹴落とそうとするからな」
……なるほど。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……とかなんとかいいながら、委員長と方丈君の幼馴染……たしか、レンちゃんだっけ?は、私達みたいに手を組むんでしょうね」
「で、その読みは当たってるっと。……にしても、驚いたな……まさか、村紗とこんな話をする事になるなんて」
先行しているクラスのみんなから少し離れて、私と副委員長は方丈君をオトすための作戦会議をしている。
正直、ライバル同士が手を組むのはどうかと思うけど、ここは仕方がない。
なんとかして他の三人の邪魔をしながら……ついでに副委員長の邪魔もしながら……方丈君をオトさないといけないからなぁ……
「まぁ、私も同感よ。……にしても、憎らしいわね。あの二人、方丈君をオトさなくても彼氏手に入るのは……」
「だが、それでもあいつらはマサと付き合いたいと思ってるぜ。きっと」
「そりゃそうでしょうね。私だって、あの映像だけで、もう好きになっちゃったんだから」
実際、あの夢はまるで本当に自分がそこにいたみたいで、とても心地がよかった。
特に、私が彼と過ごしていたあの映像は……
「……おーい、どうした村紗?」
「う、ううん。なんでもないわ。気にしないで。……それよりも、問題はあの子ね……」
「ん?あのレンって子か?たしかに幼馴染ってアドバンテージは強力だな……」
「違うわよ。たしかに幼馴染のレンちゃんも危険だけど、一番の問題は……」
××××××××××××××××××××××××××××××
「……雪野、彼女だろうな」
「……でしょうね……」
誰が一番危険か、私と委員長が真っ先に考えたのが、雪野という雪女だ。
彼女には私達のような知り合いというアドバンテージはないが、代わりの、かなり強力なアドバンテージを持っている。
「……方丈君は、優しいからな……」
「……たぶん、隣に座って話すだけで……」
「「……はぁ……」」
雪野さんが悲しそうな笑顔を浮かべ、マサが彼女にばかり構う姿が容易に想像できてしまう。
……なんというか、マサはお人好しだからなぁ……
今日くらいは一緒にいてあげたい、なんて考えるんだろうね……
「……出来れば、雪野君には争奪戦には加わって欲しくないな……」
「……そうね……まぁ、確率は低いけど……」
たぶんだけど、雪野さんは確実に付き合っている男性にフられるのだろう。
……少なくとも、この世界では。
でなければ、あの映像の中に彼女のものはなかったはずなのだから。
……でも、やっぱり参加して欲しくないな……
「……まぁ、それよりも、今は真希と村紗君をどうするかだ。……このあとはカラオケなんだが、一番有利なのは君と村紗君だな」
「でしょうね。私は幼馴染って理由で、マサと一緒に歌えて、村紗さん……だっけ?……は、たぶん、高確率でマイクを持ってるでしょうからね……」
「……ああ。彼女はうちのクラスの……いや、学校のアイドルだからな。皆、彼女に歌って欲しいとマイクを渡すだろう」
「こういう時、アイドルって立場は強いわよね……チャンスをたくさん作れるし……」
「しかし、それは君も同じだ。君なら、違和感なく彼を誘えるだろう?」
「まぁ、たぶんね……でも、しばらくあってなかったからな……緊張しそう……」
「……あ、あの……」
「まぁ、さほど緊張しなくてもいいと思うぞ?彼はきっと今までと同じ様に接するだろうからな」
「……え、えと、あの……」
「そうね……いつもと同じように接するでしょうね……絶対に……ついてきてる理由も考えないで……」
「………………」
「「はぁ……」」
「あ、あのっ!?」
「「ん?」」
マサの恋愛感情の疎さにため息をついていると、結構近くから大声で声をかけられた。
誰だろう?と二人して声のした方向を見てみると、そこには……
××××××××××××××××××××××××××××××
「……ほい。ジンジャーでよかったよな?」
「うん。ありがとう」
カラオケ店内。
ドリンクバーのジンジャーエールを京介から受け取り、早速それを飲みながら、僕は今歌っている二人の様子を見る。
歌っているのは、村紗さんとレンだ。
結局あの後、レンも一緒にパーティーに参加することになった。
まぁ、なんとなく予想は付いてたけどね……
……にしても、今日はなんだか知り合いの様子がおかしいんだよな……
レンが僕になにかを言おうとしたところで、村紗さんがなぜが見知らぬレンに一緒に歌おうと誘い、デンモクを持ちながら僕の方に向かってきた副委員長を、委員長が突然用があると言って反対方向に連れて行ったり……
そして一番変だったのが、その四人とも、新しく加わった“彼女”の様子を異様に気にしていることだ。
雪女の、中月 雪野さん。
いつの間にか委員長たちと一緒にやってきて、そのままレンと同じようにその場に溶け込んでいる人だ。
今はニコニコしながら楽しそうに二人の歌を聞いている。
一体彼女のなにを、レン達は気にしてるんだろう……?
心配……というわけでもないし……どっちかっていうと、警戒……と言ったほうが適切なくらい、彼女達はしきりに雪野さんの様子を見ている。
「で、マサ。お前は歌わないのかよ?」
「ん?さて、どうしようかな……」
京介の問いに、僕は少し悩んでしまう。
僕はあまりカラオケには行かないため、折角だから歌いたいな、とは思う。
でも、人前で歌うのは少し恥ずかしい。
はてさてどうしたものかと悩んでいると……
『お〜い、方丈く〜ん!一緒に歌わないか〜?』
「「「「……え?」」」」
いきなり村紗さんが僕のことを誘ってきて、僕……以外にも、レンや委員長、副委員長が驚いた。
村紗さんと一緒に、か……なんだか緊張しちゃいそうだな……?
でも、歌いたいとは思うし……折角誘ってくれたんだし……
「……うん、いいよ!!」
「「「!?」」」
僕の言葉に、三人はまた驚いていた。
……うーん?僕の行動かなにかでトトカルチョでもやってるのかな……?
『え、本当!?やった!じゃあ、早速歌おう!!曲はなにがいい?』
「うーん……そうだなぁ……」
「ま、マサ!それが終わったら今度は私と歌おう!?」
「え?あ、うん……」
「そしたら、次は私と歌ってもらおうかな?」
「あ……いいけど……」
「面白そうだな!!じゃあ次はオレと歌おうぜ!?」
「う、うん……?」
何がいいかな、なんて考えていると、レンがマイクを渡しながら、次に一緒に歌おうと誘ってきて、そこからなにかつっかえが外れた様に、委員長、副委員長が連続で誘ってきた。
まぁ、歌いたいとは思ってたから嬉しいには嬉しいんだけど……
なんか、皆焦ってる様な……?
『お〜い、方丈君!歌う曲は決まった〜?』
「え?あ、うん。じゃあ、“WINDING ROAD”で!」
「次は“ワンウェイ両想い”ね〜」
「では、次は“君の知らない物語”を頼む」
「お、じゃあオレは“一輪の花”を歌うぜ!」
僕が曲を入れると、皆初めから歌う曲を決めていた様に次々と曲をいれていく。
うーん……歌えるかな……
『それじゃあ皆!次は私と方丈君で“WINDING ROAD”、歌います!!』
『うおぉぉぉぉぉおおぉぉぉおぉ!』
まぁ、歌える歌えないじゃなくて、一生懸命頑張る、だね。
『『…………曲がりくねった……』』
××××××××××××××××××××××××××××××
『一途に想えばこそ、神様をノロいたい。君のアツい視線、そりゃ嬉しいけど……』
『決めたの出会えたこと、神様に感謝してる。女の子じゃダメですか?貴女についてく……』
村紗君とのデュエットを歌い終え、方丈君は現在、レン君と一緒に歌っている。
……ふむ、映像で見聞きしていたが、やはり彼は歌がうまいな……
……いや、それよりも、驚いた。
まさか村紗君があんな方法で方丈君を誘うとは……
しかも、さっきまでと違い、完全に魔力を開放して歌ってたからな……
気合の入れようが違う。
……まぁ、仕方がないか。彼女は……
「はぁ……まったく、ヒヤヒヤしたぜ……魅了の魔力完全開放とか……村紗、あいつかなり本気だったからな……」
「しかし、それを受けても顔色一つ変えない彼は、一体なんなんだろうな……?」
「ん〜、あれじゃねーか?中月と村紗の時の……諦めてるってやつ」
「……それは私達の時も同じだ。…………村紗君が焦るのも、仕方がないだろうな……なんせ、二次会は飲み屋なのだから……」
「……ああ、なるほど。そういうことか」
そう。彼女はここできめないと望みが薄くなってしまうのだ。
このあと、私達は方丈君を二次会の飲み会に連れて行く。
飲み会でアイドル的存在がチヤホヤされるのは必然。
なので、彼女がクラスの皆に囲まれて身動きが取れなくなってしまうのは、容易に予想がつく。
だからこそ、彼女は焦り、ああやって自分と彼との時間を作ったのだろう。
「ま、可哀想だけど、こりゃ勝負じゃないからなぁ……」
「……ああ。それは彼の争奪戦……戦だからな」
……さて、そろそろ私の番だな。
立ち上がりながら、私は二人の様子を見る。
ちょうど歌い終わったところのようだ。
「じゃあ、お先に」
「おう。楽しんでこいよ!」
「……無論だ」
××××××××××××××××××××××××××××××
「……はぁ、疲れた……」
四人全員と一緒に歌い終わり、僕は自分の席に座りながらため息をつく。
現在は、四人が二つのマイクを使って一緒に歌ってるところだ。
「……お疲れ様です。方丈さん」
「あ、うん。ありがとう……っと、君は……」
僕の隣に座りながら労いの言葉をかけてくれたのは、レンと一緒にパーティーに参加した……
「中月さんだったよね?」
「はい。よろしくお願いします。……あ、雪野と呼んでください」
「うん。わかったよ。こちらこそ、よろしくね」
「……そういえば、とてもお上手でしたね、歌うのが。よく歌いにくるので?」
「いや、あまり来ないよ。でも、歌は好きかな?」
「そうなんですか。……今度は私と一緒に歌ってたもらいたいですね……?」
「あははは……今はあの四人が歌ってるから、そのあとでいいなら」
雪野さんの頼みに、僕は苦笑いをしながらも承諾する。
しかし、彼女は、大丈夫ですよ、一緒に歌ってもらわなくても。と、言いながら、イタズラっぽく笑った。
「ごめんなさい、冗談ですよ。疲れてしまいましたでしょう?だから、ゆっくり休んでてください」
「……ありがとうね」
「いえいえ……それにしても、方丈さんは人気ですね。四人もの人に誘われるなんて……」
「うーん、そうかな……?そもそもなんで誘ってきたのかがわからないんだよな……何か賭けでもしてるのかな?」
「……そうでした。あなたはそういう方でした……」
「うん?何か言った?」
「いえ、なにも」
「そっか。……あ、そういえば……ん?」
そういえば、親にクリパするから帰り遅くなるって伝えてなかったな。
そう思ってメールを送ろうとポケットを探る。
そして、携帯を見つけたと同時に、それ以外の、乾いた感触が手に伝わってきた。
なんだろう、と気になって取り出してみると、それは紙切れであった。
あれ……こんなの持ってきてないよな……?
誰かの……というわけではないだろうけど、なにか大切なメモとかだったら大変なので、一応書いてある内容を確認してみる。
「えーと……え……?」
「?どうかしましたか?」
「あ、いや、なんでもないよ……ところで、君は歌わないの?さっきから全然歌ってないよね?」
「え……?あ、ええ。そうですね……そろそろ歌いましょうか。方丈さんはどんな曲が好きですか?」
「うん?うーん、いろいろあるな……って、君が歌うんだから、僕の好きな曲を訊いても意味ないでしょ?」
「あ……クスクス、そうでしたね。でも、どんな歌を歌えばいいのか迷ってしまいますね……」
「自分の好きな歌を歌えばいいんじゃないかない?」
「そうですね。ありがとうございます」
お礼を言いながら、雪野さんは席を立ち、歌う曲を入れに向かった。
彼女はどんな歌を歌うんだろうな……
楽しみだ。
……さて、と……
「あとはこれをどうするか、か……」
つぶやきながら、僕は手に持った紙を見る。
なんだかよくわからないし、付き合う必要もないけど……でも……
『それじゃあ次はゲスト、中月 雪野さんが歌う、“素敵だね”行きます!!』
「お、始まったんだ」
とりあえず、この問題はなるようにしかならないかな……
そう片付けて、僕は雪野さんの歌を楽しむことにした。
『風が寄せた言葉に 泳いだ心
雲が運ぶ明日に 弾んだ声
月が満ちる鏡に 震えた心
星が流れ零れた 柔らかい涙』
……彼女の歌声を聞いて、僕は、綺麗だな、と思ったのは、言うまでもない……
でも、その歌声は、どことなく寂しそうで、悲しそうだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「二次会だぁ!酒だ酒ぇぇぇ!!」
『おぉぉぉぉぉぉおぉおぉ!!』
やはりやたらとハイテンションな副委員長の号令に、皆は答えながら次の目的地に向かう。
そういう僕も、委員長と副委員長のコンビに熱心に説得され、二次会に行くことになっている。
しかし今、僕は少し離れた後ろの方で立ち止まり、誰かを待つ。
待っているのが誰だかはわからない。
でも、その誰かは僕に会いにくる。
あの紙……まだ、僕のポケットに入れられたままのメモには、こう書いてあった。
『方丈 正孝君へ。
少し話したいことがあるので、二次会に皆が移動
し始めたら、後ろの方で待っていてください』
差出人不明。でも、宛先は僕だ。
なので、僕はとりあえず待つことにしておく。
そして、そんなに待つこともなく、メモの差出人が現れた。
「……よかった。ちゃんと待っていてくれたんだ」
「……村紗さん?」
主は、クラスのアイドル的存在、村紗 縁さんだった。
「えーと、なんのようかな……?」
「うーん、とりあえず、話しながらでいい?皆に置いてかれると困るし」
「あ、うん。そうだね」
村紗さんの提案に賛成し、僕達は皆について行きながら話す。
「で、話って?」
「あー、うん。なんていうか、相談……かな?」
「相談?」
「そそ。君はクラスの中では珍しくFCじゃないからね〜。中立の立場に訊いてみようと思ってね」
「なにを?」
「えーと、ね……こういうの、なんか調子に乗ってるみたいな感じで恥ずかしいんだけどさ……えと……その……私みたいなのが、アイドル的なものやってて……いいと思う?」
「ふぅむ……」
うーん……答えに困るなぁ……
たしかに、聞いた人によっては、調子に乗ってる印象を与える質問だけど、村紗さんに限ってはそんな感じは一切しない。
本当に、悩んでるといった感じだ。
どうしようかな……
うーん……
「いいんじゃ……ないかな?少なくとも、僕は村紗さんはアイドルでいいと思うよ。村紗さんには、なんというか……なにか、人を惹きつけるモノがあるんだよ……あ、先に言っておくけど、魔力とか、そういうんじゃないよ?だから、いいんじゃないかな?」
「…………そっか」
僕の答えに、村紗さんは嬉しそうに微笑んだ。
うん。僕の答えが満足できるようなモノでよかった。
「うん、ありがとう。スッキリしたよ。君に相談してよかった」
「そっか。それはよかった。……さて、じゃあそろそろみんなのところに合流しよう。はぐれたら困るからね」
「あ、待って!」
「……?」
ちょっと距離も離れてきたし、急がないと、とみんなのもとに行こうとすると、突然村紗さんが僕のことを引き止めた。
どうしたんだろう?と疑問に思いながら村紗さんの方を見ると、彼女は何故か少しうつむきながら顔を赤くしていた。
「どうかしたの、村紗さん?」
「え、えとね……実はまだ、用事……あるんだ」
「そうなの?えっと……なにかな?僕にできることだったらいいんだけど……?」
「だ、大丈夫よ。私の告白を聞くだけだから」
「告白って一体どうい」
「私はあなたのことが好きです!!」
一体どういうものの?
そう訊く前に、村紗さんは早口で僕に爆弾発言をしてきた。
……え?告白って、そっちの?
え?ちょい待って?え?え?
「……え?」
「あ……ご、ごめん。突然こんなこと言っちゃって……驚かせちゃったよね……」
「え……あ、ま、まぁ、驚いたけど……」
村紗さんの申し訳なさそうな顔を見て、やっと僕は事実を認識し、冷静になる。
あの村紗さんが、僕に告白してきた。
その、まったく現実味のない事実を僕はなかなか受け止めることができていなかったのだ。
そして、冷静になってやっと、彼女の告白にたいしてなにも言っていないことに気がつく。
「あ、そうだ……返答……」
「へ、返事はまだしないで!……まだ、続きがいるから……」
「へ?続き?」
「あ、な、なんでもない!じゃあ、私は先にみんなと合流してるね!?お先にっ!!」
「あっ…………と……」
僕が答える前に、村紗さんは全力で走ってみんなのもとに向かって行った。
……意外だな……
まさか、村紗さんから告白してくるなんて……
「いやぁ……なんというか……意外に村紗さんって、乙女だったんだね……」
「え……?」
半ば放心に近い状態になりながら突っ立っていると、僕の後ろからよく知った、しかし最近はあまり聞くことがなかった声が聞こえた。
「……どうしたの、レン?」
「うーん……私もマサに用があってついてってたんだけど、村紗さんに先越されちゃってね……」
「……?どういうこと?」
「鈍いね……私も村紗さんと同じく、マサのことが好きだって、そういうことだよ」
「………………」
「あれ?おーい?マサ?」
村紗さんに続いてレンまでも爆弾発言。
……もしかして、これは夢なんじゃないだろうか?
そう思って、僕は自分の頬をつねってみる。
「……痛い……」
「当たり前じゃないの。いきなり放心したかと思えば、自分の頬をつねり始めるし……大丈夫?」
「いや、この状態にさせた元凶は、主にレンと村紗さんなんだけど……」
「……まぁ、たしかに、突然告白……それも、二人からされたら、現実かどうか疑っちゃうよね……」
沈黙しながらも、僕は前へ歩を進める。
だんだんと、落ち着いてきた。
いや、そもそも二人もの女性に告白されて正常でいられるのは、そういう場面になれたろくでなしか、そうなるように仕組んだ悪魔くらいだろうから、僕は一応正常なんだろう。
……自分でなにを考えているのかが分からない……やっぱりまだ完全に落ち着いてるわけじゃないな……
「本当はさ、もっとはやくに告白しようって思ってたんだけどね……なかなか会えなくて……寂しかったんだよ?」
「はは……気づけなくて、ごめんね」
「いいよ。べつに。マサのせいじゃないから。……で、マサ、答えは聞かせてくれるの?」
レンの問いに、僕は黙ってしまう。
もちろん、告白されること自体は嬉しい。
でも、今は……
「ごめん。答えられないや……村紗さんのこともあるし、二人の気持ちに、僕がちゃんと答えられるかどうかも……不安だからさ……」
「……そっか……残念。でも、仕方がないよね……」
「ごめんね。こんな男で……」
「……こんな、じゃなくて、そんな。そんな君だから、私は好きになったんだと思うよ?」
「ははは……ありがとう……」
「……にしても、村紗さんに先越されちゃったのは癪だなぁ……まぁ、あの子だけマサと付き合ってる映像がなかったから、仕方がないと許せるけど……うん。よし!マサ、ちょっと立ち止まって!」
「え?あ、うん。一体なにを……?」
するつもり?
……そう訊こうと、レンのいる隣を振り向こうとして……
突然、レンの顔が至近距離に迫ってきたかと思うと、唇にほんのりと暖かく、柔らかな感触が伝わってきた。
その感触は、すぐに消えたが、その余韻が僕の思考を混乱させる。
「にゃふ……?」
「あはっ!やっぱり、こっち向いてくれたね」
驚いてまともなことが言えなくなった僕を見ながら、レンは心の底から嬉しそうに笑っていた。
「ふふふ……マサの初めて、もらっちゃった♪……さて、じゃあ私もみんなのところにいくね?マサも早くした方がいいよ?」
「…………あ……うん……」
「もう、その調子じゃこの後も大変だよ?ま、ともかく、まだ私で全部じゃないから、頑張ってね」
「へ……?」
ふふふ……と、意味ありげに自分の唇に指を当てながらレンが言った台詞に、僕はキョトンとする。
どういうことか問いただしたかったが、それを訊く前に、レンは先に行ってしまった。
バカみたいに突っ立ったまま、僕は自分の唇に触れてみる。
柔らかで暖かな感触を、しばらく忘れられそうになかった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「やっほ、意外に乙女な村紗さん!」
「……言わないで……ちょっと失敗したって思ってるんだから……」
「あ、ははは……」
私がおちょくりながら声をかけると、村紗さんは、ず〜ん、という効果音が似合うくらい落ち込んでしまった。
うーん、ちょっと失敗したかな?
「……やっぱり、あなたも告白、したんだね?」
「まぁね。先越されちゃったのは悔しいけど、これで私とあなたは五分ってとこかな?」
「たぶん……ね」
「……にしても、マサは幸せ者だねぇ。五人もの女の子に好意を寄せられてるなんて。普通はあり得ないわよ?」
「そうね……でも、彼には好意を寄せられる優しさがあるから……」
「だね。にしても、なんであそこで答えを訊かなかったの?あそこで訊いてれば、簡単に決着ついていたのに……?」
「それは……彼に、ちゃんと私を選んでもらいたいから……かな?私も女だから……彼の一番になりたい……だから、他の人と比べて、その上で、私を選んで欲しい。あなたは……どう?」
「……そうね。たしかに、マサの一番になりたいかな、私も。じゃあ、私を選んでもらえるように、次も頑張ってマサの気を引くとしますか!」
「私も、難しいけど、彼の気を引けるように頑張らなきゃね」
そう言って、私達は二人して笑い合う。
……ライバルだけど、村紗さんとは仲良くやれそうだな……
……もちろん、長門さんや、江村さん、中月さんとも、仲良くなれるだろう。
マサを取り合うっていうちょっと嫌な理由だけど、それでも、出会えてよかったな。
そう思って、私はさらに笑みを深めたのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「カンパーイ!」
『かんぱーい!!』
村紗さんの掛け声とともに、僕を含めたその場にいる全員が乾杯をした。
二次会の飲み会。
あまり気乗りしなかったけど、委員長と副委員長にとても強く説得され、行くことにしたのだ。
……いや、普通高校生ってお酒のんじゃダメでしょう……?
……とりあえず、そこは突っ込まないことにした。
ちなみに、村紗さんとレンは仲良くゆかりんFCどもに囲まれている。
まぁ、村紗さんは仕方がないと思うけど、レンは完全に巻き込まれてるから、少しかわいそうだな……
「おいマサ!なんか頼めよ!」
「うーん……じゃあ、焼き鳥、タレで」
「なんだよ!酒も頼めよ!!」
早速ビールを飲みながら、副委員長が僕に絡んでくる。
お酒は二十歳から!ということで、僕はお酒を飲む気はない。
せいぜい、焼き鳥やポテトをつまむくらいにしたい。
「まだ僕たちは高校生だろう?だから僕は飲まない」
「そんな常識は投げ捨てるものだ!」
「……いや、捨てちゃダメでしょ……」
「えー?一緒に飲もうぜ〜?」
「ジュースならいいよ。お酒はダメ」
「お堅いねぇ……」
ガンとしてお酒を飲もうとしない僕を見て、副委員長は少しふてくされながらも、つまみや飲み物を頼む。
「マサは頭が堅いなぁ……こういう時くらい、飲んじまえばいいのに……」
「ダメだよ。……僕はお酒弱いからね。すぐに酔いつぶれちゃって帰るのが大変になっちゃうんだ」
「そんなの、潰れてない誰かに送ってもらやーいいじゃんか」
「ダメだよ。そんな迷惑かけることはできない」
「……むしろ、酔いつぶれてくれた方が嬉しいんだけどなぁ」
「え?なに?」
「いや。なんでもない!」
何か聞こえた気がしたんだけど、どうやら副委員長じゃなかったようだ。
と、意外にも早く頼んだものが届いてきた。
僕のジュースに、副委員長のビール(瓶)、おつまみに……え?日本酒?
「ああ、それは私の頼んだものだ」
「え?委員長?」
副委員長が他の人におつまみなんかを渡しにいっているなか、日本酒が気になって眺めていると、不意に委員長が後ろからやってきて、日本酒の瓶を掴んだ。
にしても、意外だな……
「まさか、委員長がお酒を飲むなんて……」
「……私だって生き物だ。息抜きの一つや二つくらいつくものさ」
「まぁたしかに、それはそうか」
適当に納得しながら、僕はジュースをついで飲む。
委員長も、お酒を飲みはじめた。
「……ふむ、君は酒は飲まないのか?」
「まぁね。弱いし」
「ふむ……ああ、そうだ。長い付き合いだし、一緒に飲まないか?」
「……うーん……ジュースでいいなら」
「ははは……まぁ、仕方がないな」
乾杯。と、二人でグラスをカチンッと合わせてから、僕はジュースを、委員長は日本酒をあおった。
「委員長は、強いの?お酒」
「いや、それほど強くはないな。普通だ。……真希は酒に強いがな」
「へぇ、そうなんだ?」
「お?なんか呼んだか?」
噂をすれば……とでも言えばいいのだろうか?話をしたちょうどその時に、副委員長が僕の隣に座ってきた。
……あれ?女子二人に挟まれて、両手に花状態?
……と思ったが、とりあえずその考えはすぐに捨て去る事にした。
……村紗さんとレンに、悪いからね……
「いや。真希は酒に強いんだ、と言っただけだ」
「まぁな。中学の時から赤鬼のダチと飲んでたからな!」
「おい、未成年……」
「ほんと、マサは堅いなぁ。赤鬼の相手なんだし、そこはいいだろ〜?」
「……というか、赤鬼の友人なんていたのか?初耳なんだが……」
「おう。いるぜ。……そういやしばらく会ってないな……休みになったら久しぶりに会いにいくか!」
「……たぶん、遊びに行く、が酒を飲みに行く、と聞こえたのは、僕だけじゃないはずだ」
「ま、半分当たりだな。それより、マサも酒飲めよ!お前ならいけるって!」
「しつこいなぁ……飲まないったら飲まないよ」
「むむむ……!ならば、実力行使で……!」
「やめとけ真希。方丈君が困っているだろう」
「なに言ってんだよ。お前だってマサには飲んで欲しいだろ?」
「む、むぅ……まぁ、な……ついでに酔い潰れてくれればさらにいいが……」
「え?」
「い、いや。なんでもない」
今、なんか不穏なセリフが聞こえたような綺がしたが、どうやら気のせいだったようだ。
「と、いうわけで、マサ、確……」
「あ、副委員長!ちょっとこっちきて〜」
「……お、おう……」
勢いよく酒を飲ませようとしたところで、誰かが副委員長を呼んだ。
え?と勢いを削がれた副委員長は、僕とそっちを比べるように交互に何度も見る。
しかし、早く!と急かされたからか、諦めたように、じゃあ、ちょっと行ってくるわ、と言いながら、副委員長はその声のした方に向かって行った。
「たすかった……のかな?」
「おそらくだが、な。……にしてもタイミングがよすぎる……村紗君達か……?」
ホッとしながら、僕はジュースを飲み干し、瓶の中身がなくなったことに気がつく。
「あれ?もうなくなっちゃったか……」
「ああ、私ももう一本開けてしまったな。……このまま続けて飲むのは危ないな……そうだ。方丈君、少し、私と外で涼みにいかないか?少し暑くなってきただろう?」
「あー、たしかに。少し暑くなってきたから、一緒に行くよ」
「そうか。ありがとう」
ここの暖房がそろそろ暑く感じてきたため、僕は委員長について行って少しだけ涼みに外に出て行く。
スッとした鋭いような冷たい空気が、暑くなった僕の身体を冷やしていく。
「……ふぅ。これだけ冷たければ酔いも簡単に冷めるだろうな」
「あれ?委員長、酔ってたの?」
「いや、例え話だ」
「あー、たしかに。でも、当たりすぎたら風邪引いちゃいそうになる寒さだね」
「ああ、そうだな」
そこで一旦会話が途切れ、僕はふと空を見上げる。
と、そこには小さな白い点が降ってきていた。
「あ……」
「……雪、か……」
フワフワと、雪が降ってくる。
うーん、粒の大きさからすると、結構積もるタイプだなぁ。
面倒だな……明日かなり寒くなるだろうな……
などと、夢もへったくれもない現実的な考えをしている僕とは対照的に、委員長は少し嬉しそうに雪を眺めていた。
「ふふふ……雪か……嬉しいものだな」
「ん?なにか思い入れでもあるの?」
「いや。思い入れというよりは……願いかな」
「願い……?」
「ああ。好きな人と一緒に、こうやって綺麗な景色を……白い雪を、見てみたかったんだ………………そして、今、その願いがかなった。これで嬉しくないわけがないだろう?」
「え……?」
委員長の言葉に、僕は少し驚く。
もしかして……
そう思うと、委員長は僕の方を向き、しっかりと目を見て、はっきりと、宣言した。
「私は、君のことが好きだ」
委員長が告白したあと、僕たちの周りの音が急激に小さくなった気がした。
みんなの騒ぎ声が……遠い。
……委員長の告白は、村紗さんのように焦ったようなものではなく、レンのように自然な、しかし恥ずかしそうなものでもなく、静かな、しかし、はっきりとしたものだった。
……はぁ、なるべく考えないようにしてたんだけどなぁ……
にしても、なんで……
「……なんで、委員長も、村紗さんも、レンも、僕のことなんかを好きになったのかな……?」
「ああ、やはり村紗君達も告白したのか」
「あ、わかってたんだ……?」
「ああ。ここにくる前に、村紗君達を見なかったからな。……にしても、方丈君、君にデリカシーはないのか?普通なら、自分に好意を寄せている者に、他の女性の話なんてしないものだぞ?」
「あ、ごめん……」
「……まぁいいさ。君はそういうやつだからな。……なぜ、私達は君に恋したのか、か……そんなの、君だからに決まってるじゃないか」
「僕……だから?」
委員長の言葉を繰り返し言って、僕は疑問に思う。
……わからない。
「僕は……そんな好意を寄せられるようなやつじゃないよ。なにをするわけでもないし、なにもしてあげられない。誰かを幸せになんてできない。そんな男なんだよ?」
「そんな悲しいことを言うな。長い時間を共に過ごしてくれた。気兼ねなく話してくれた。たったそれだけの理由で私達は幸せだったんだから。それに、君を好きになるのに、理由なんて必要ないさ」
「…………恋愛に理由はない、か……」
「ま、そんなところだ」
そこでまた、会話が途切れる。
しんしんと、雪は降り続け、世界を白く彩っていく。
そして、しばらくして、僕は口を開く。
「……ねぇ、委員長……答えは……まだ保留してもいい?」
「……ああ。あの二人への答えを決めてからで構わないよ。……と、そうだ。これを渡すのを忘れていたよ」
「……これは?」
委員長……長門さんには悪いけど、まだ答えは出せない。
そう結論づけて、答えを待ってもらうことにすると、彼女は思い出したように、外に出る時に持ってきていたバックの中から、紙袋を取り出した。
「なんだ?今日がどういう日かもう忘れてしまったのか?……君への、クリスマスプレゼントだよ」
「……あ、そういえば……。……ありがとう。開けても?」
訊くと、開けてもいいと許可をもらえたため、すぐに袋を開いて中身を取り出す。
中に入っていたのは、手袋と、マフラーだった。
「手袋にマフラーか……ありがとう。大切にするよ」
「ふふっ。そう言ってもらえると嬉しいな。……さて、そろそろ中に戻ろう。風邪を引いてしまう」
「あ、うん。そうだね」
「……ああ、そうだ。この後、出来たら真希のところに行ってやって欲しい。あいつは……たぶん、少し離れた場所で飲んだくれているだろう」
「え?あ、うん。わかった」
そんな会話を交わした後、僕と委員長はまた中に戻る。
そして僕はすぐに長門さんの頼み通りに副委員長のもとに向かおうと彼女を探す。
……長門さんの言っていた通り、副委員長はみんなとは少し離れたところでひとり酒を煽っていた。
「……副委員長、なにしてんの?」
「あ?なにって、酒飲んでるんだよ〜!」
……なぜだかはわからないが、相当荒れてる。
最初みた時はちゃんとコップについで飲んでいたのに、今は瓶を片手にラッパ飲みをしていた。
それに、妙に赤みのさした顔をしている。
「……副委員長、酔ってるよね?」
「ああ?酔ってねぇよ……」
「完全に酔いで顔を赤くしてる人がそれを言っても説得力ないから……」
「あんだと〜!?そもそも、こうなってんのはお前のせいじゃないか〜!!」
「え……?」
う〜!と、酒瓶をテーブルに置き、ジト目で僕のことを見ながら言った副委員長の台詞に、僕は疑問符を浮かべた。
僕の……せい……?
「お前が他の奴らにホイホイついてくから、オレの番がこねーんだもん……」
「ホイホイって、一体誰にさ?」
「村紗に逆井……それに、長門にも。結局、オレは最後の方で……もう飲むしかないだろうがよ……」
「え……?どういう……?」
「オレだってよ……好きなやつくらい、いるに決まってんだろ…………お前が他の奴らと一緒にいるのが、嫌に決まってるだろうがよ……」
まるで、愚痴を吐くかのように、副委員長は、酔い以外の理由で顔を赤くしながら、告白する。
「オレだって、お前のことが好きなんだからよぉ……」
「…………」
副委員長の台詞に、僕は少しの間なにも言えなくなった。
本当に、なんでみんな僕みたいな奴を好きになるんだろな……
そう疑問に感じながらも、僕は心の底ではとても嬉しかった。
「……そっか。ありがとう……」
「……うるせー。たらしめ……」
「ははは……たらしじゃないよ。まだ、付き合うかどうかは決めてないんだから……」
「付き合う付き合わないは関係ねぇんだよ……このたらしめ……」
「あはははははは……」
副委員長……真希さんの言葉に、僕は苦笑いをする。
と、真希さんは、ジト目をやめ、下を向いてつぶやきだす。
「……ああ、なんとなくだけど、わかった気がする」
「ん?なにがさ」
「村紗達が答えを聞くのを遅らせた理由。あいつら、たぶんお前にちゃんと選んで欲しいんだろうな……」
「なんでさ?」
「当たり前だろ。みんなお前に愛されたいんだよ」
「…………」
その言葉を聞いて、僕は黙ってしまう。
……僕は、そんな価値を持っていない。
人に愛されたいと思わせるような人間じゃあ……
「……お前、自分のこと下に見過ぎなんだよ」
僕の考えていることがわかってるかのように、真希さんはそう言った。
そしてそのまま、彼女は言葉を続ける。
「お前にはさ、人を惹きつけるものがあるんだよ。少なくとも、オレに長門、村紗に逆井……あと、あいつは、お前に惹かれてる。だから、お前は……自分に…………」
全てを伝えようとして、しかし、彼女の瞼はだんだんと下に下がって行き……そして、全てを言い終える前に、真希さんは眠ってしまった。
……やっぱり、飲み過ぎだよ、真希さん。
そう思いながら、僕は彼女に届かない礼を言った。
「……ありがとう」
……人を惹きつけるものがある、か……
本当に、そんなもの、僕なんかにあるとは思えない。
でも、彼女は……彼女達は言ってくれた。
僕のことが、好きだと。
なら、それに僕は精一杯答えないとな……
「あらあら、江村さん、寝てしまったのですね」
「あ……雪野さん……」
寝ている江村さんを見て、雪野さんはまるで母親のような、暖かな笑みを浮かべながら、僕の隣に座った。
「本当に、あなたはモテますね……もう、四人の人に告白されたのでしょう?」
「あ、ははは……見てたんだ……?」
「いいえ。でも、わかってしまいます。彼女達の顔を見れば……」
「そっか……ちなみに、どう、変わってたの、彼女達の顔は?」
「ふふふ……それは決まってます。爽やかな、そして少し嬉しそうな、そんな顔をしてました」
「……それはよかった。皆、後悔してるのかなって、ちょっと不安になってたんだ」
「……後悔なんてあるわけがないでしょう?あなたみたいないい方に告白したんですから」
「あはは……そう言われると、とても嬉しいよ」
「…………さて、と……残ったのは、私だけですね……」
「……まさか、君まで、告白するとか?……いやまさか。君と僕は初対面だもんね」
雪野さんの発言に、僕はドキッとしながら、期待半分、恐れ半分で訊いてみる。
しかし、彼女の答えは、YesでもNOでもなく、全く予想のできなかったものであった。
「……もう、知らないふりはいいんじゃないですか……?」
「え……?」
知らないふり?
なんのことか全然わからないよ……
そう、言おうとして、彼女は、言わせてくれなかった。
「知らない、とは言わせませんよ?前日に見た、あの夢。まさか、私たちだけが見ていた……なんてことは、ないのでしょう?」
「………………」
雪野さんの言葉に、僕は沈黙する。
「……なにも言わない、ということは、やっぱり知ってるんですね……」
「……知ってるからこそ、かなり辛いんだけどね……」
嘆息しながら、僕は言う。
そう。僕も、僕と雪野さん達の夢を……見た。
だからこそ、告白されても、異常に取り乱すことはなかった。
だからこそ、こんなにも、辛い思いをしなければならなかった。
「……なんで、今回はよりにもよって皆が告白して来たのかな……?」
「それは、みんなあなたのことが好きだからですよ」
「……はぁ、だからこそ、辛いんだよな……」
全員の夢を見てしまったから、僕は、全員を……レン、長門、真希、縁、雪野さんを、幸せにしたいと思ってしまった。好きになってしまった。
それが、とても辛い。
みんな好きだから、一人を選ぶのがとても辛い。
「……いったい、どうすれば、皆幸せにできるんだろう……」
「……さぁ。私にもわかりません」
僕のつぶやきに、雪野さんはそうそっけなく答える。
それを聞いて、僕はまた嘆息し、そして、会話が止まった。
……そういえば、さっきからまったく注文をしてなかったな……
そう思い、新しくジュースと食べ物を適当に頼んでいると、雪野さんが、ああ、そういえばと、また僕に話しかけて来た。
「方丈さん、私まだ、あなたに告白してなかったですね」
「……もう、気持ちはわかってるけどね」
「それでも、告白したのとしないとでは大きく違いますからね。……いいですか?いきますよ?」
そう言って、雪野さんは一度大きく深呼吸してから、しっかりと僕を見つめて……そして、告白する。
「私、中月 雪野は、あなた、方丈 正孝さんが好きです」
少し機械的な告白だったが、緊張しているのが目に見えてわかっていた為、その機械的なところが少し可愛らしく思えた。
「……なんというか、やっぱり告白は緊張してしまいますね……」
「あはは……そうなんだ?」
「……私の夢では、あなたから告白してきたので、いくらかこの気持ちがわかると思いますが?」
「うーん……確かに。っと。注文したやつがきたね。一緒に飲もう?」
「そうですね。……っと、私もそれを貰っていいですか?」
「うん。いいよ」
話も一段落し、注文したものも届いたため、僕と雪野さんは再び飲み食いをし始める。
「……ん?雪野君。君も終えたのか?」
「ええ。これで、全員が告白したことになるわね」
「……あのさ、二人とも、人への告白をまるで作業みたいに言わないで欲しいかな……?」
途中で、委員長がまた新しい日本酒の瓶を持ちながら僕達の席に合流し、一緒に飲み始める。
……というか、なんなのあの会話は?
告白って、そんな軽く話せるようなものじゃないよね……?
「……にしても、真希は潰れてしまったのか……」
「ええ。告白が終わって少ししてからね……まぁ、仕方がないわよ。彼が来る前にもう五本も瓶を空けてたもの」
「……どうやら、先を越されたのが相当なストレスだったようだな……」
「「……プハァッ!!」」
「ん?レンに村紗さん。どうしたの?息が少し荒いよ?」
委員長が合流してすぐに、告白した残りの二人も合流した。
……って、僕もなんだか雪野さん達に感化されたかな……?
「いやぁ、私はいつものごとくFCに囲まれちゃって……」
「私は村紗さんに巻き込まれてなかなか脱出出来なかったの」
「ああ、あの塊の中を脱出してきたのか。よく出来たな?」
「いやぁ、レンちゃんがいなかったら出来なかったよ〜」
「だからこそ、私のことも巻き込んだんでしょ?」
「まぁね〜」
「あはは……いつのまにか、二人ともかなり仲良くなってるね」
「まぁ、同じ人が好きだからね」
「いや、それって少し仲が悪くなるんじゃ……?」
「それが意外とそうじゃなかったのよね……村紗さん、面白い人だし。なんていうの?親近感?」
「そんなもんなのかな……?」
「……う、うん?……ああ、皆、集まってきたのか……」
五人で雑談をしていると、真希が起き出した。
これで、全員がちゃんと集合したわけか。
……ん?なんか嫌〜な予感が……?
そう思った瞬間、突然長門が咳払いをして、みんなの注意を引いてから、口を開いた。
「……さて、ここに六人……全員が集まったところで、決着、つけるとしようか」
「「「「「………………」」」」」
長門の言葉に、全員が黙り、カチン……と、空気が凍ったかのような錯覚に陥った。
さらに、畳み掛けるように長門は僕に向かって訊いてくる。
「と、いうことでだ。方丈君。君はこの中で誰が一番好きなんだい?」
……どうしてこう、嫌な予感っていうのは的中率が高いのかな……
ていうか、長門さん?あなた、返事は村紗さんとレンへの答えが決まってからでいいとか言ってませんでしたか?
「え、えーと、それはまた明日に……」
『しない(しません)!』
「……デスヨネー」
明日に答えを出すという案は、全員が同時に却下したため無理。
でも、まだ答えが決まってないんですが……
あ、そうだ!
「マサ、言っとくけど、みんな好き、はないからね?」
「………………はい。わかってます」
「……まぁなんというか、方丈君の選びそうな答えね」
「………………」
言おうとした言葉は、即座にレンによって潰された。
それを見ながら、村紗さんが呆れたようにため息をつく。
いや、なんというか……面目ない。
「そうだな〜、別に誰と付き合うか答える必要はねぇと思うぞ?」
「そうですね。今現在、誰のことが一番好きなのか。それを答えてもらえればいいのでしょう?長門さん?」
「む?まぁ、そうだな」
「よーするに、現時点での一位発表!みたいな?」
「そんな簡単なものじゃないと思うけどね」
みんなの言葉に、僕は段々追い詰められる。
いや、だからまだ選べるような段階じゃないんですよ。
それでも答えないといけないんですか?
……答えないといけないんだよね……
表面上は困ったような苦笑を貼り付け、内心では深いため息をつきながら、僕はどうすればこの状況から逃げられるかを考える。
言い逃れは出来ない。
多分物理的に逃げることも不可能。
トイレに……すら、行かせてくれなさそうだな……
いや本当にどうしよう……
5人の女性から期待を込められた殺人光線(視線ともいう)に晒されながら、僕は段々パニクってくる。
そんな中、あるものが目に入った。
これなら……でも、危険だな……
「さぁ、方丈君、答えてもらおうか?」
長門が催促してくる。
……もう、なりふりかまえない……かな?
こうなったら自棄だ!
急性アル中でもなんでもなってしまえ!
「とりゃぁ!!」
『え?』
掛け声と共に、僕は近くにあった長門の酒瓶をひったくり、一気飲みを敢行する。
苦い液体を嚥下するたびに、段々と頭がぼぉっとしてくる。
あ、これ不味い……
意識が……
××××××××××××××××××××××××××××××
「なぁ、長門。これ、どうする?」
倒れた方丈君を見ながら、真希が困ったように私に問いかけてくる。
いや、私も正直困ってるんだが……
というか、酒を一気飲みは不味いだろう……
「……まずは呼吸を確認しないとな……」
急性アルコール中毒の危険もあるため、私は急いで方丈君の意識と呼吸を確認する。
一応、呼吸はあった。
どうやら、普通に酔いつぶれたようだ。
「一応、普通に酔いつぶれてるだけだから大丈夫だろうが……問題はここからか……」
「……そうね」
ただいま現在、私達は方丈君を囲むようにして座っている。
……誰かが物理的に連れ去ったりしないようにするためだ。
さて、誰から口を開くだろうか……
私の予想では……おそらく……
「じゃあ、私がマサを連れて変えるわね。一応、幼馴染だし」
「はいストップ。行かせないわよ?レンちゃん?」
……大方予想通り、逆井君が方丈君を連れて行こうとして、ガシッと村紗君に手を掴まれて阻止された。
「いや、だって、私、帰りマサの家途中だし……」
「そういう意味じゃねーだろ。……どうせマサは寝てるんだ。誤魔化さなくてもいいんじゃねーか?」
「……まぁ、そうだな。先に行っておくが、私も彼を譲る気はないぞ?」
真希の言葉に答えたのは、私だった。
……ここでは、正直に言ってしまわないと一気に彼を持って行かれてしまう気がしたからだ。
「うん。私も方丈君を渡す気はないよ」
「はぁ……まったく、方丈さんも困ったものですね。あんな方法を使ったら、私達がこうなること、わかったでしょうに……」
「……まぁ、追い詰めてしまったのは私の落ち度だ。彼を責めないでやってくれ」
「とかなんとか言っても、マサから手を引く気はないんでしょう、長門さん?」
「当たり前だ。それとこれとは話が別だからな」
「……さて、と……じゃあ、どうやって決着つけっかなぁ……?」
真希がそういうと、全員が余計なお喋りをやめて、それぞれを牽制しあう。
ピンっと張り詰めた緊張が、その場を支配する。
私も、レン君も、真希も、村紗君も、中月君も、全員、方丈君から同じくらいの距離をとって動かない……否、動けない。
延々と、この沈黙が続くかと思った。
しかし、その沈黙は、意外な形で破られた。
『あー、その必要はないよ』
突如、誰かが私達に向かってそう言ってきたからだ。
私達全員はその言葉に驚くとともに、声の主を探そうと辺りを見回し始めた。
『僕のことを探そうとしてもたぶん無駄だよ。君達は絶対に見つけられないから』
「……何者だ?私達になにをしようとしている?」
動揺しながらも、私は声の主に訊く。
周囲の様子を見てみるが、誰もこの声に驚いた様子はない。
どうやら、私達にだけ聞こえるようだ。
『うーん、自己紹介はあとでで良いとして……何をしようとしてるか、だっけ?まぁ、ちょっと君達を“招待”しようと思ってね』
「招待?一体どこに……」
『まぁ、話すより呼んじゃった方が早いね』
「なっ!?」
「えっ?何この光……?」
「魔法……なの?」
「おいおい……何が起こるっていうんだ?」
「……一体何が起こるんでしょうか……?」
声がそういうと、突然、方丈君を中心とした円が、ちょうど私達だけを囲むようにして現れ、そして光りだした。
私達はそれぞれの反応をし、しかし、何も出来ないまま光に飲まれ、そして……
××××××××××××××××××××××××××××××
……ーし。もしもーし。
……引き戻ってきた僕の意識は、誰か聞いたことのない、男の声を聞き取った。
「…………あれ……?僕は……確か……」
「ああ、やっと起きたようだね。おはよう、方丈 正孝君?」
むくりと起き上がって、僕は周りを見回し、今の状況を理解しようとする。
僕の隣には、先程聞いた声の主である男の人がニコニコ笑いながら挨拶をしている。
今僕がいるのは、あの居酒屋じゃない。
内装なんかをみると、どこかのお屋敷みたいな場所の、応接室のような印象を受ける。
そして少し広めなその部屋には、縁とレン、長門に、真希と雪野さんがいて、皆、僕の様子をみていた。
あと、扉の辺りに特にこれと言った特徴のない黒髪の男の人が不機嫌そうに全員の様子を見ていた。
なんといえばいいのか、状況もなにもほとんど理解出来ないため、僕はとりあえず、目の前の彼の挨拶を返すことにした。
「えと……おはよう、ございます?」
「うん。おはよう。意外に早かったね。もうちょっと遅くなるかと思ったんだけど……」
「は、はぁ……?そう、ですか」
本当に、いまいち状況が掴めない。
たぶん、五人の内の誰かの家……ではないだろうし……そもそも、この人は全く知らないし。
それに、なんでこんなところに皆が……?
「さて、じゃあ方丈君も起きたことだし、皆にも説明しよっか」
「え?どゆこと?」
「まぁ、そのことに関しても説明するから。聞いててよ」
やっぱち状況が掴めない僕に向かってそういいながら、その男性は説明を始める。
「まずは、ここはどこで、なんで君が知らない内にこんなところに運ばれてきたか、だね。なんていえばいいのかな?簡単に言っちゃうと、ここは君たちのいた世界とは全く別の世界。つまりは異世界で、僕が君たちをここに召喚したから、君達はここにいる、ってところかな?」
「…………はぁ……?……え?」
ニコニコ笑ってる人が説明をしているけど、なんだかよく分からないので、僕は適当にあいづちをうつしかない。
まぁ、要するに、この人が僕達を異世界に召喚したってことかな?
…………え?ちょっと待って?
転移の魔法なんてあるの?
ていうか、異世界なんてあったの!?
「異世界か……神隠しの噂とセットでよく聞いてたけど、実際にあるとは思わなかったよ……」
「にしても、召喚か……オレらの世界にはそんな魔法ないからな。どうやったのか気になるぜ」
「いやぁ、残念ながらこの世界にも実際にはないものだから、説明は出来ないんだよねぇ……召喚したのは、結構無理矢理な方法を使ったしね」
「……それはともかく、私達を召喚した、ということは、なにか目的があるんだろう?……ええと……」
「ああ、自己紹介がまだだったね。僕の名前はライカ・鶴城・テベルナイト。この街、“ライン”の領主だよ」
「領主……というと、この街の支配者、ということですか?」
「まぁね。といっても、実際の領主の仕事は、僕の妻がやってるんだけどね。……で、ええとなんだったっけ?ああ、そうだ。なんで君たちを召喚したか、だったね」
よく分からない説明が続き、少し混乱していく僕をよそに、他の人たちは勝手に話を進めていく。
「ええとね、突然だけど、僕の趣味は、面白い人たちを眺めてることなんだよ?」
「なんとまぁ悪趣味な……」
「それに、それと私達を召喚したことになんの関係がある?」
「うん?そりゃあ、こんな水晶玉で見るより、実際に君達のことを見てみたいからに決まってるじゃないか」
いや、決まってるじゃないかって……
というか、その水晶玉はなんなんですか?
そんな僕の疑問を言葉に発する前に、鶴城さんは話を続ける。
「と、いうことで、君達、ここに住んでみないかい?勿論、拒否権はある。でも一応、ここに住んでプラスのことも、あるかな?」
「プラス、というと?」
「えーと、ちょっと五人はこっちに来て」
鶴城さんの言葉に、女性陣全員が鶴城さんの周囲に集まり、鶴城さんはごにょごにょとその集まった五人になにかを言う。
…………だいたい、2、3分くらいで、内緒話は終わった。
そして……
『よし、その話、乗った!』
全員が、鶴城さんにオトされた。
って、いやいやいや。
「皆ちょっと待ってよ!ここ、異世界なんだよ!?ここに住むとして、住居やお金はどうするの!?」
「ああ、お金ならしばらくは僕が援助できるよ。職場の紹介や、望むのであれば、学校もあるから、そこに通ってもらっても構わない。同様の理由で、住居も用意できる。……まぁ、お金の方はずっとってわけじゃないけど」
「でも、そしたら僕達の家族はどうするんですか!?突然いなくなって、心配させちゃうでしょう!?」
「そうだねぇ、流石にそこは不味いか。あくまで君たちの意思を尊重したいからね。まぁ、別れを言う時間くらいはあげるさ。あとは君たち次第」
反論はことごとく鶴城さんに潰される。
しかし、僕はまだ納得いかない。
「僕は……帰ります。両親や、友人を心配させたくないですから」
「ふぅん……仕方がない。じゃあ、ちょっと口説いてみるかな…………。ねぇ、方丈君。もし、この世界でなら、ここにいる五人の少女達全員を幸せにすることが出来るとしたら、どうする?」
「…………何が言いたいんですか?」
鶴城さんの突然の言葉に、僕は訝しげな顔をする。
「いやねぇ、僕達がさっき話したのは、ここに住むことの利点だったよね?」
「ええ。そうでしたね」
「で、その利点って言うのは、ある意味では皆が幸せになれるものなんだ。……まぁ、正確に言うと、ここにいる六人、だけど」
「……どういうことですか?」
「まぁそれはあとで話すとして、その話をして、彼女達は、自分達全員が幸せになる、と判断したから、ここに住むことを承諾したんだよ」
「うーん、幸せになる、と言うより、無駄に争って第三者に取られる可能性がなくなるから、って言った方が正しいわね」
鶴城さんの説明を、レンが訂正する。
……彼女達を皆幸せに出来る。
そう、彼女達は判断した。
僕だって、彼女達を幸せにしたい。
でも、まだ決心はつかない。
だから……
「ねぇ、皆は、ここに住むつもりなの?」
「まぁ、君が住むのなら、な」
長門が答える。
「僕が帰るとしたら、皆はどうするの?」
「そうねぇ……たぶん、方丈君についてくけど、でも、こっちにも、住んでみたいかなぁ?」
縁が答える。
「皆はここに、住んでみたい?」
「うん!ここなら、あっちよりもマサと一緒にいれるだろうしね。……まぁもちろん、マサが一緒にいてくれるならって前提でだけど」
レンが答える。
「ここに住んだとして、後悔しない?」
「しないだろうな、マサがいれば」
真希が答える。
「家族と完全に離れ離れになると思うけど、心配じゃない?」
「心配じゃないわけじゃないですけど、それでも、いつかは離れて暮らすことになりますからね。その時期が早くなっただけです。問題はありません」
雪野さんが答える。
「……じゃあ最後に訊いてみるけど……僕が皆と一緒にこの世界に住んだら、皆は幸せになれる?」
……この質問の答えで、僕はここに住むかどうか決める。
結局は、これが一番の問題なんだ。
皆を幸せに出来るか。
これを皆の口から聞かないと、僕は決断することが出来ない。
皆は、その問いに、一度五人でアイコンタクトを取ると、息を合わせてはっきりと答えた。
『もちろん!』
「……そっか。なら……」
彼女達の一言で、僕は決めた。
「わかりました。彼女達を幸せに出来るなら、僕もここに住みます」
「そっか。それはよかった」
僕の答えに、鶴城さんはニコニコ顏をさらにニコニコさせながら嬉しそうに言う。
「あ、でも、出来れば両親には、別れの挨拶をさせてください。みんなは……どうかな?」
「そうだな。私も行こう」
「うん。私も。両親に話さないとね」
「オレもだな」
「私も行くよ。心配させちゃいけないしね。FCは……まぁ、仕方がないね。マサの方が重要だし」
「私も、行きます」
「うん。いいよ。準備は……いいかい?星村?」
「……わかったよ……でも、ちゃんとお金は追加させてもらうからな」
「はいはい」
鶴城さんが頼むと、扉の方にいた不機嫌そうな人が、なにやら本を開き、メモのような紙になにかを書いていた。
「いやぁ、お金でうごいてくれる人は助かるよ。あいつはお金じゃ動いてくれないからなぁ……」
「まぁ、神奈さんは頼めば動いてくれるけど、そのあとが大変だからね。ライカは……っと。出来たよ」
鶴城さん達がなにか変な話をしている間に、準備が出来たようだ。
「さて、じゃあ、またあとで召喚するから。……そうだね、十分時間をとって、一時間くらいがいいかな?」
「それでお願いします」
「それじゃ、行くよ?」
不機嫌そうな人が未だに不機嫌そうに何かをすると、紫色の、魔方陣の様なものが現れた。
僕達は、鶴城さんに促され、その上に立つ。
……そういえば、両親にはなんて伝えればいいのかな?
心配だな……
でも……
それでも、彼女達を幸せに出来るなら、問題はないか。
と、そんなことを考えているうちに、魔方陣が発光し、起動し始める。
「あ、みんな自分の自宅の前に送るから、移動の心配はしないでね。それじゃあ、また一時間後にまた会おうね」
最後に鶴城さんのそんな言葉を聞きながら、僕達は、一度自分達の世界に帰るのだった。
さぁ、またここに帰ってきたら、新しい生活の始まりだ……!
11/09/28 12:28更新 / 星村 空理
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