聖夜歌姫
「つーわけで、クリスマスパーティーやるぞ野郎どもー!!」
『おぉぉぉぉぉぉぉ!!』
僕の所属するクラスの教室。
何故かテンションの高いミノタウロスの副委員長が叫び、皆が雄叫びをあげた。
今日は12月24日。
クリスマスイブだ。
たぶん、皆今年こそは彼氏彼女を作って素敵なクリスマスを……とか思ってるんだろう。
僕こと方丈 正孝(ほうじょう・まさたか)は、机に頬杖をかいてそんな白熱した皆を冷めた目で見ていた。
まぁ、だからと言って僕がリア充であるかと訊かれると、答えはNOだ。
彼女なんて全くないし、クリスマスの予定なんか白紙だ。
でも、僕は皆みたいに白熱しない。
正直、彼女が手に入るなんて思ってない。
ていうか、手に入らないだろう、普通?
と言うことで、僕はそう言った色恋事情は諦めました。
どうせ好きな人もいないしね。
「おいマサ!何ぼ〜っとしてんだよ!早く行こうぜ!?」
「うん?あ、ああ。そうだね」
友人に引っ張られ、僕はパーティーに連行されるのであった。
……ちなみに、このパーティーの立案者は委員長。
カラオケで予約取って、皆で騒げるようにしたらしい。
ちなみに種族はアヌビス。
いや、けっこう意外だよな、まさか真面目一筋の委員長がこんなことを立案するなんて。
「ん?あれ?イインチョ?どしたの?」
噂をすれば、というやつだろうか?
委員長がちょうど僕達を見ていた。
「あ、いや。少し気になったことがあってな」
「うん?どうしたの、委員長。気になること?」
「あ、いや。その……なんというか……方丈君が、あまり面白そうな顔をしなかったから、こういうのは嫌いなのか、と思ってしまって……」
「ああいや。大丈夫だよ。嫌いじゃない。皆でわいわいするのは、むしろ好きだよ?」
「ふぅ……そうなのか。それはよかった……」
「ありがとうね、心配してくれて」
「いや、皆に楽しんでもらいたいからな。当然のことだ」
そう言って、委員長は皆を追いかけて走って行ってしまった。
ほんと、あの人の責任感は凄いな……
遊ぶことに関しても、皆が楽しめるように考えているのか……
「……ここでさ、お前だから楽しんでもらいたいんだ、って、言われたら最高じゃね?」
「まぁ、実際には言われないだろうけどね」
「夢を持たないなぁ……」
「ははは……おっと、メールだ」
ポケットにあった携帯からメール着信を伝える音楽がなり、僕はすぐに携帯を開いて確認した。
メールの内容は……
差出人・レン
題名・クリスマスプレゼントは……
本文・今日はちょっと予定があるから、先にそっちの部屋に送っといたよ。
……というものだった。
「ん?誰だった?」
「いや、いつもの」
「ああ、幼馴染のレン君……だっけか?」
「まぁ、そんな感じ」
「仲がいいんだな」
「いやいや。今年は忙しいからって内容だよ。たしか、彼氏が出来たらしいから、彼と今日は過ごすんじゃないかな?まぁ、ともかく、仲はそこそこかな?」
「ふぅん、いいなぁ……ってやべ、皆とはぐれっちまうぜ!?急ごう!」
「そうだね」
皆が信号で足止めを食らっているうちに、僕達は追いつこうと走り出したのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「ああもう!寝ちゃおう寝ちゃおう寝ちゃおう!」
『寝ちゃおうぅ!!』
そして、カラオケ店内。
皆のアイドル的存在のセイレーン(ただし相手に高望みし過ぎでまだ彼氏なし)が、まるでライブのように歌い周りの連中がそれにあわせて叫ぶ。
……全く、元気だな……
「おーい、マサ、歌わないの?」
「どうしようかな?……よし、じゃあ何か歌おうか」
「おう!わかったぜ!!おーいゆかりーん!!マサが歌いたいっていうから“黄金魂”入れて!!」
『了解!!』
「勝手に決めるなよ……まぁ、それでいいけど」
ノリよくセイレーンも承諾したところで、僕は彼女からマイクを受け取って、歌い出した。
「……“蹴破れ、その扉……”」
××××××××××××××××××××××××××××××
「……はぁ、緊張した……」
「お疲れさんっ!!」
「……お前な、次から次へと曲入れんなよ……歌うとは言ったけど、流石に十曲はキツイんだぞ……?」
歌を歌い終え、休憩に入った僕に、友人、北野 京介は話しかけてくる。
こいつ、僕が歌っている間に次々と新しい曲を入れてきやがって……
もし村紗さんがデンモク奪ってなかったら、エンドレスに歌っていたかもしれない……
ああ。なんかムカついてきた。
あとで覚悟しとけよ……!!
「いや、すまんすまん。予想外に上手かったもんでな。いやまじで。なんでカラオケ誘っても来なかったんだってレベルで」
「いや、まぁ、なんとなく。人前で歌うのは恥ずかしいからね」
「……いや、恥ずかしくねーよ、誇れよそれ」
「別に。誇ってなんかなるわけじゃないし。いいよ」
「うわ、マジで夢持たないのな……」
少し呆れ顔で京介が見ている中、僕はまぁね、と返しながら、歌ってる人の様子を見る。
……うん、そろそろいけそうだな。
「……よし。村紗さーん、京介が“ハレハレ古泉”歌いたいってー!!」
「なん……だと……!?」
『りょうかーい!!皆ー!!次は、京介君が歌うよー!!』
『おー!!』
「え?マジで?歌わなきゃいけんの?」
「ほら、行ってこい」
「お前な……!!」
「ま、諦めな」
おーし、行け京介!!お前ならやれる!!死んでこい!!などと周りから言われながら、京介は連行されていく。
……ざまぁみろ。
さてと、あとは二十曲くらいいれるだけだな。
“アクエリオン”と、“オブザデッド”と、あとは何がいいかな……?
「や!お疲れさんっ!!さっきは凄かったね?十曲連続歌い切って、さらに全部80点代!!驚いたよ」
入れる曲について悩んでいると、僕の隣に、さっきまで歌っていたセイレーンが座ってきた。
彼女の名前は村紗 縁(むらさ・ゆかり)。クラスのアイドル的存在だ。
……と言っても、彼女と同じくらい可愛い女子は沢山いる。
委員長に副委員長、あと、僕の幼馴染のレンとか。
なので、彼女が可愛いから、アイドル的存在である、というわけではない。
彼女の活発な性格と、実力なんかで、みんなのことを引き込んでいるのだ。
まぁ、僕からしたらただのクラスメート、というか高嶺の花だけど。
「いやいや、村紗さんほどじゃないよ。村紗さんもさっきまでずっと歌ってたし、点数も90点代だったしね」
「そりゃ、私は歌姫と名高い種族セイレーンだからね。歌が上手いのは必然だよ」
「そっか」
「ところで、何やってるの?」
「うん?さっき京介に十曲連続で歌わされたからその仕返し。二十曲くらい入れようかなぁって」
「うわ、京介君ご愁傷様だね……」
「自業自得だよ。まったく、歌うとは言ったけど、あんなに沢山は歌う気なかったのに……」
「クスクス……でも、私は君の歌声結構好きだったよ?」
「クラスのアイドル的存在にそう言われるとは。光栄だね」
「アイドル……か……」
「あ、嫌だった、そう呼ばれるの?」
「ううん、嬉しいよ。でもね……」
タハハハハ……と少し困ったような笑みを浮かべながら、村紗さんは答える。
「それより、曲、入れなくてもいいの?もうすぐ二曲目はいっちゃうよ?」
「あ、やべ……うーん、そうだなぁ……村紗さんはあいつに歌わせるならどういうのがいいと思う?」
「うん?そうだね……これとか?」
……その後、村紗さんに流石に二十曲は可哀想だからと、京介の歌う曲を十五曲に減らしたが、歌い終わると、あいつは深い安堵のため息をついた。
ふん。ざまぁないね。
……ちなみに曲を入れてる途中に、他の人に変わってもらえばいいじゃん、と今更ながら連続歌唱の脱出法を思いついたが、僕は黙ったまま京介を歌わせ続けたのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「うう、寒い……」
カラオケが終了し、皆が二次会に居酒屋に移動する中、僕は一人帰路についていた。
理由は簡単。どうせ二次会に行ったって合コンみたいになるだけだからだ。
恋愛とかそういうのは完全に諦めてる僕からしたら、合コンなんてものには付き合う気になれない。
「……寒いなぁ…………」
「「はぁ……」」
と、ため息をつくと、近くで同じようなため息ついた音が聞こえた。
誰だろう、と周りを見回すと、僕の後ろの方に、村紗さんがいた。
ちょうど、顔を下に傾けて、ため息をついたような感じだ。
つまりは、彼女がため息をついたのだろう。
「……あれ?村紗さん?二次会には行かなかったの?」
「ん?方丈君か。君こそ、行かないの、二次会に」
とっとっとっ……と、村紗さんは小走り気味に僕の隣に来た。
「うん。まぁ、いったところで、どうせ合コンみたいになるだろうからね……」
「あ、私と同じ理由だ……」
「え?村紗さんも?僕はてっきり、村紗さんは合コンとか結構行くと思ったんだけどな……アイドルだし」
「……アイドル……か……」
「うーん、やっぱり村紗さんはそう呼ばれるの嫌いなの?たしか、カラオケの時もそうだったよね?」
「まぁ、嫌いじゃないんだけどなぁ……」
むむむ……と難しそうな顔をして、考えながら、少しずつ、村紗さんは説明してくれた。
「いや、アイドルとかそうやって言ってもらえるのは嬉しいんだけどね……ただ、ね……なんというか……うん。なんだろうね……アイドルみたいに扱われてるからかな……?なんとなく、だけど、距離おかれてるような気がするんだ」
「……というと?」
「うーん……と、一緒にいるのに、まるで違う場所にいる……薄い壁みたいなものが挟まってる、って感じ……かな?わかる?」
「なんとなくだけど。でも、それは仕方がないと思うよ。うちのクラス、男女共にほとんどの人がFC会員だし」
ゆかりんFC。
学校で唯一のセイレーンであり、また学内ミスコンで一位をとった、学校で人気のある彼女、村紗 縁のファンクラブである。
うちのクラスでは大半……いや、9割型が男女問わずそのFC会員である。
無論、京介もだ。
会員じゃないのは、僕に委員長に……あと副委員長の三人だったはずだ。
まぁ、それほど人気のある人物だということだ。彼女は。
しかし、彼女は少し苦い顔をする。
「うーん、嬉しいけど、やっぱそういうのは複雑だなぁ……私は普通の高校生なんだよ?でも、皆は特別な人みたいにさ……」
「普通のアイドルもそんなもんだと思うよ」
「…………そういえば、君はFC会員じゃないんだね?」
「まぁ、こんな会話を人ごとみたいに言ってるしね」
「そっか、違うのか……じゃあ、大丈夫かな……?……じゃあさ、ちょっと携帯貸して」
「うん?いいけど……?」
何がなんだか分からないまま、村紗さんに僕の携帯を渡す。
と、村紗さんは受け取るとすぐにそれを開いて、僕の携帯に何かを打ち込み始めた。
「……何やってるの?」
「うん?私のケー番とメルアド入れてるの。君は他の人と違って普通に友人として接してくれそうだしね。……あ、他の人に教えちゃ駄目だよ?私は君に期待してるんだから」
「期待ってなんのだよ……」
「まぁ、いろいろ?男友達になれそう、とか、そんな感じ?はい。終わったよ」
「ま、女の子の連絡先手に入ったし、健全な一青年としては喜ぶところ……なのかな?」
「プッ……その言い方、なんか自分は青年じゃないって言ってるみたいだよ?」
「ははは……」
クスクスと笑う村紗さんに、僕は苦笑で返す。
「……っと、私の家こっちだから。じゃあね」
「うん。また学校で」
そう言って、僕たちは別れた。
……のだけれども……
「……ん?」
しばらく歩いてから、携帯が鳴る。
この音は……メールか……
そう思い、携帯を開き、メールを見てみると……
差出人・ゆかりん☆
題名・というわけで、
本文・よろしくね。方丈君♪
あ、私メール好きだから、ちょくちょくメールするね。
いやあんたさっき別れたとこでしょうが……
というか、名前が……
……いろいろ突っ込みたいところだけど、まぁ、面白い人だなぁ、と僕は思うのだった。
ちなみに、そのあとしばらくは僕も暇だったので、メールをしたのは、言わずとも知れる……のかな……?
あ、そうそう。レンの言っていたクリスマスプレゼントは手袋とマフラーだった。
ちょうど古くなって使えなくなってたし、嬉しい限りだったね。
××××××××××××××××××××××××××××××
翌日放課後。またメールが来た。
差出人は……まぁ、言わずとも知れる。
うーん、同じ教室にいるのに、なんで直接話しかけないのかな?
いや、嫌じゃないけど。
今度はなんだろうな?
差出人・村紗さん
題名・今ちょっと……
本文・空いてるかな?ちょっと一緒に行きたいところあるんだけど……
うん。やっぱりか。
まぁ、今日は特に予定はないし、大丈夫かな?
「だい……じょう……ぶだ……よっと……」
「ん?マサ、何やってんだ?」
返信しようとメールを打ってると、何をしているのか気になったのか、京介が僕の隣に荷物を持ってやってきた。
「いや、普通にメールだけど?」
「相手は……ああ、レン君……だっけ?あの子?」
「いや、村紗さんだけど?」
「なにぃ!?」
なんでもないように僕が言うと、いきなり京介が叫んだ。
……うるさい。耳が痛い。近くで叫ぶな……
「……っー……んな突然叫ぶなよ……耳が痛いだろ……それに、皆も驚いてこっちに注目してるし……」
「ん……?ああ、わりぃ、皆」
僕が言うと、京介は皆がこっちに注目したのに気がついたようで、頭をかきながら気まずそうに謝る。
それから、皆の注意がこちらに向かなくなった事を確認してから、今度は小声で、京介は確認してきた。
「いや、まじでゆかりんの連絡先知ってんのか!?すげぇな!!FC会員が全力で聞き込んでも手に入らなかった情報だぞ!?な、教えてくれよ!」
「駄目だよ。村紗さんに他の人には教えるなって言われてるんだから」
「むぅ……そうか。なら、仕方がないな」
理由があるため、京介は潔く諦めてくれた。
僕は京介のこういうところに好感が持てる。
しつこいと、男だろうが女だろうが嫌われるだろうしね。
……にしても、FC会員は知らないんだ……村紗さんの連絡先。
まぁ、仕方がないか。FC会員が知っちゃったら、沢山の人に知れ渡って、大変な事になりそうだもんな……
「っと、そうだった。俺、今から長門とデートだった!!」
「ああ、そういえば昨日告って付き合う事になったんだっけ?」
「そう!!ついに俺にも春が来たぜぇ!!」
「はいはいおめでとう。よかったね。告白が成功して」
「おう!!じゃあ、また明日な!!」
「うん。じゃあね」
ああ、そうだった。京介、委員長と付き合う事になったんだっけね。
そんなことをどうでもいいように思い出しながら、僕は適当にあいづちを打ちながら、村紗さんに返信する。
そういえば、もう村紗さんは教室にいないな……
どこにいるんだろうか……?
と、そんなことを考えながら僕は適当に荷物をまとめる。
だいたい荷物をまとめ終わった時に、また村紗さんからのメールが来た。
本文・そしたら、屋上で待ってるから、そっちに来てもらっていい?
ふむふむ。屋上に行ったのか。
……寒くないのかな?
そんなことを考えながら、僕は了解と返信して、屋上に向かうのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
……屋上に着いたが、誰もいない……
……おかしいな……確かに屋上にこいって言われたんだけどな……
というか、普通放課後に屋上ってカップがイチャイチャするのにいい場所なんじゃ……
……いや、最近は魔物娘の生徒も増えてきてるから、家でイチャイチャしてるのか……
ともかく、村紗さんはどこだろう……
と、辺りを見回していると……
「お、来たね!?」
どこからか、村紗さんの声が聞こえてきた。
うーん、この方向は……上?
声のした方向を見てみると、貯水タンクの近くに、村紗さんが座っていた。
いや、村紗さん、あんたね……
「……そんな高いところに女の子が座ってると、色々危険だと思うんだけどな……」
「うん。知ってるよ?」
「知っててやってるんかい!?」
思わず突っ込んでしまった。
「別にいーじゃん。見せて減るもんじゃないし、私高いとこ好きだし」
「……まぁ、村紗さんがいいならいいんだけど……」
はぁ、まったく、馬鹿と煙は高いところが好きだって言うけど、村紗さんは煙かなんかなのかな?
「いや、煙は物理的には無理だし、馬鹿なんじゃない?」
「読心術!?」
地の文まで読み取れるのか!?この人は!?
「いや、なんか馬鹿と煙は〜とか考えてそうだったから……まさか、本当に考えてるとは……」
「……ところで、なんで屋上に?別に教室で話してもよかったと思うんだけど……?」
「いやぁ、なんかそうしたら君が悲惨な目に会う気がしたからね。人目につかなそうなここにしたんだ」
「ははは……確かに。気を遣ってくれてありがとう」
僕がお礼を言うと、いやいや、と村紗さんは返しながら、タンクの場所から僕のところに飛び降りてきた。
危ないな……怪我でもしたらどうするんだよ……
「っとと。……ん?いや、大丈夫。私、結構体頑丈だから」
「また読まれた!?」
「……いや、君、結構思ってること顔に出てるから、分かりやすいんだよ……」
「あ、なるほど」
いや、にしても、こういう姿を見ると、なんというか、村紗さんって、普通の活発な女の子みたいだなぁ、って思うな……
「ん?どうかしたの?」
「いや、なんか村紗さんが普通の女の子みたいだなぁって思って」
「む、酷いなぁ。私はアイドルとかなんとか言われてるけど、それ以前に女子高生なんだよ?」
「まぁ、そうだね……ところで、なんの用かな?」
「ああ、そうだった。あのさ、ちょっと付き合って欲しいんだ」
「何を?」
「カラオケ」
……はい?
「いやいや、カラオケは昨日行ったばかりだったと思うんだけど?」
「うん。まぁそうだけど、また行きたいんだ。……ちょっと調べたいこともあるしね……」
「え?」
「ともかく、行こう?」
「え、あ、ちょっと?」
結局僕は、村紗さんに引っ張られるような感じで、カラオケ屋に向かうのだった……
まぁ、別に嫌じゃないし、普通に着いて行くつもりだったんだけどね。
××××××××××××××××××××××××××××××
「うーん……やっぱり……効いてないのかな?」
「ん?どうしたの?」
カラオケ屋内。もうだいたい10曲くらい歌い終わった時、不意に村紗さんがつぶやいた。
今は曲を入れてないので、ゆっくり話すことができる。
なので、僕はマイクとデンモクをテーブルに置いて、訊いてみることにした。
「いや、方丈君、さっきから私と一緒に歌ってるけど、なんともないの?」
「うん?……うん。なんともないよ。強いて言うなら喉が乾いてきたかな?」
「うーん……」
「それがどうかしたの?」
村紗さんは腕を組んで考え込んでしまったが、とりあえずなんでそんなことを突然訊いたのか気になった僕は、その理由を尋ねることにした。
「いやさ、さっきからずっと私の歌を聞いてるじゃん?なんともないの?」
「いやだからそれはどういう意味なの?」
「魔物図鑑、セイレーンの項参照。セイレーンの歌声には……」
「ああ、なるほど。そういうことか」
村紗さんが全部言い終わる前に僕は理解し納得する。
セイレーンの歌声には、意識無意識に関わらず魅了の魔力が宿る。
たとえ村紗さんにその気がなくとも、カラオケなんかで歌ってしまえば、それを聞いたものはみな村紗さんを意識するだろう。
しかし、僕にその様子が見られないため、気になって確認した。
まぁ、そんな感じだろう。
「いや、村紗さんの魔力が効いてないわけじゃないよ。一応今、僕は村紗さんのことを意識してるし」
「うーん、残念だな……やっぱり、魔力を完全に遮断するのは嫌なのか……」
「あ、もしかして魔力を消そうとしながら……?」
「うん。なんとか出来ないかと思ってやってみたんだけど、失敗みたいだなぁ……あぁあ、折角男友達が出来て試せたのに、結果は駄目だったか……」
「でも、なんでそんなことを?」
「うん?まぁ、あれだよ。もしかしたら私がアイドルとかなんとか言われてるのは、もしかしたらこの歌声のせいかもしれないと思ってね。それは狡いかもなぁ、なんて思って、それをなくそうと頑張ったわけですよ」
たははは……と笑いながら、村紗さんは説明する。
「……別に、村紗さんが歌ってなくても、皆は村紗さんのことをアイドルだって思うと思うよ?」
「そう……かな?」
不安そうに、村紗さんは訊いてくる。
……彼女には、人を惹きつける、カリスマのようなものがある。
少なくとも、僕はそう思ってる。
だから……
「うん。きっと。だから別にいいんじゃないかな?治さなくても。皆のアイドルのままでいても」
「……ありがとう」
クスリと小さく笑いながら、村紗さんは僕にお礼を言う。
……うーん、別にお礼を言われるようなこと、してないんだけどな……
ま、いっか。
「ああ、そういえばさ、なんで魅了の魔力が効いてるのに、君はなんともないように見えるの?」
「うん?まぁ、魔力のおかげで村紗さんのことが気にはなってるけど、僕、色恋事情とか諦めちゃってるからね」
「なんで?彼女とか、欲しくないの?」
村紗さんの問いに、僕は頬をポリポリとかきながら、流石に彼女にばかり話を聞いたりは出来ないよな、と、説明を始めた。
「別に、欲しくないわけじゃないよ。ただ、僕なんかに彼女とか、そういう付き合ってくれる人が、出来るわけないから」
「そうかな?」
「だって僕だよ?こんな見た目だし、性格も酷いし……」
「うーん……見た目は別に普通……いや、ちょっとかっこいい方だと思うよ?性格は……まぁ、昨日メールのやりとりしたくらいだけど、悪いとは思わないし……私は結構君のこと好きだよ?」
と、すぐに村紗さんは僕の考えに反論したけど、僕もそれにすぐ反論を返す。
「……でも、それは友人として、でしょう?」
「うーん、よくは分からないけど、そう……かもね……?」
僕の反論に、むむむ……と、少し考えてから、村紗さんは曖昧だが、僕の考えに納得したようだ。
「まぁ、そんなわけで、僕には友人が出来ても、恋人とかは出来ないんだよ。まぁ、村紗さんの言葉は、結構嬉しかったけどね。ありがとね、村紗さん」
「いやいや。こっちこそ。自分なんかが学内のアイドルだなんて呼ばれてもいいのか、自信なかったけど、君のおかげで自信が持てたから。ありがとね……さ!!まだ時間はあるし、ドンドン歌おう!?」
「……そうだね」
村紗さんはそう言いながら、自分の歌う歌を入れ始めたので、僕は、次は何を歌おうかなぁ、と、彼女の歌を聴きながら考え始めたのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
……あれから数年が経つ。
僕達は高校、大学を卒業し、それぞれの仕事についていた。
京介は委員長と結婚し、市役所に務めるようになった。
まぁ、委員長アヌビスだったし、いろいろと都合がいいんだろう、公務員は。
委員長はそのまま専業主婦。稼ぎは京介に任せているらしい。
……そういえば、そろそろ子供が生まれるんだっけか?
うーん、出産祝いは何にしようか……
副委員長は、まだ大学にいる。
まぁ、あの人、人を引っ張るのは得意だったけど、勉強は結構駄目だったからなぁ……
授業中寝てたりしてたし……
幼馴染……レンは、中学校の教師になった。
まぁあいつ人にものを教えるのうまかったし、順当といえば順当かな?
彼女……村紗さんは、ついにアイドルになってしまった。
国民的……とまではいかないけど、それでも凄い人気がある。
そして、僕、方丈 正孝はと言うと……
「おーい、マサ〜ちょっと来て〜」
「はいはい。なんのようですか、ゆかりん」
控え室にいる彼女に呼ばれたため、部屋の外で待っていた僕はすぐに部屋の中に入って彼女の要件を聞く。
もうすぐコンサートが始まるのだ。あまり時間はかけられない。
「……いや、マネージャーじゃなくて、マサって呼んだんだけど?」
「ん?ああ、了解。で、何の用だい?」
彼女が僕のことをマネージャーと呼んだ時は仕事として、マサと呼んだ時は個人として離すと、僕達は決めている。
つまり、今回は仕事と関係なく話がしたい、ということだ。
「……ちゃんと、私の歌、聴くわよね?」
「もちろん。僕は君のマネージャーだからね。……まぁ、マネージャーじゃ無くても、友人として、君の歌は聴きにいくよ」
「……そのスタンスは、やっぱり変わらないのね」
「まぁ、それが僕だから」
「……まったく、人の気も知らないで……」
「うん?なんか言った?」
「なんでもない!!……あと、これ」
「ん?これは……君のサインだね?そう言えば毎回もらって気がするけど、なんで?」
「……私はサイン会をするときは必ず最初に君にサインを渡すことにしてるのよ。一番最初に、君に、ね」
最後の一文を強調して言いながら、彼女は僕に押し付けるようにサインを渡した。
「ははは……ま、人気アイドルの最初のサインを毎回もらえてるんだ。ここは喜ぶべきだよね。……でも、なんで最初は必ず僕にしてるの?」
「当たり前じゃない。君は私の一番の理解者だからね。……それに、私の好きな人でもあるし……ね」
「……?最後なんか聞こえな……っと、もう時間みたいだね。準備は?」
「バッチリだから君と話せたんだよ」
「ん。了解。サイン会とか終わったら、またどこかで食べにでも行こっか」
「もっちろん!!」
時間になったので、僕は彼女と一緒に、食事の約束をしながら控え室を後にする。
彼女は舞台に向かい、僕はその近くの、彼女の歌がよく聴こえる位置で彼女の歌を聴く。
……さぁ、待たせたね、FCの皆。
村紗 縁……ゆかりんのコンサートの始まりだ!!
『おぉぉぉぉぉぉぉ!!』
僕の所属するクラスの教室。
何故かテンションの高いミノタウロスの副委員長が叫び、皆が雄叫びをあげた。
今日は12月24日。
クリスマスイブだ。
たぶん、皆今年こそは彼氏彼女を作って素敵なクリスマスを……とか思ってるんだろう。
僕こと方丈 正孝(ほうじょう・まさたか)は、机に頬杖をかいてそんな白熱した皆を冷めた目で見ていた。
まぁ、だからと言って僕がリア充であるかと訊かれると、答えはNOだ。
彼女なんて全くないし、クリスマスの予定なんか白紙だ。
でも、僕は皆みたいに白熱しない。
正直、彼女が手に入るなんて思ってない。
ていうか、手に入らないだろう、普通?
と言うことで、僕はそう言った色恋事情は諦めました。
どうせ好きな人もいないしね。
「おいマサ!何ぼ〜っとしてんだよ!早く行こうぜ!?」
「うん?あ、ああ。そうだね」
友人に引っ張られ、僕はパーティーに連行されるのであった。
……ちなみに、このパーティーの立案者は委員長。
カラオケで予約取って、皆で騒げるようにしたらしい。
ちなみに種族はアヌビス。
いや、けっこう意外だよな、まさか真面目一筋の委員長がこんなことを立案するなんて。
「ん?あれ?イインチョ?どしたの?」
噂をすれば、というやつだろうか?
委員長がちょうど僕達を見ていた。
「あ、いや。少し気になったことがあってな」
「うん?どうしたの、委員長。気になること?」
「あ、いや。その……なんというか……方丈君が、あまり面白そうな顔をしなかったから、こういうのは嫌いなのか、と思ってしまって……」
「ああいや。大丈夫だよ。嫌いじゃない。皆でわいわいするのは、むしろ好きだよ?」
「ふぅ……そうなのか。それはよかった……」
「ありがとうね、心配してくれて」
「いや、皆に楽しんでもらいたいからな。当然のことだ」
そう言って、委員長は皆を追いかけて走って行ってしまった。
ほんと、あの人の責任感は凄いな……
遊ぶことに関しても、皆が楽しめるように考えているのか……
「……ここでさ、お前だから楽しんでもらいたいんだ、って、言われたら最高じゃね?」
「まぁ、実際には言われないだろうけどね」
「夢を持たないなぁ……」
「ははは……おっと、メールだ」
ポケットにあった携帯からメール着信を伝える音楽がなり、僕はすぐに携帯を開いて確認した。
メールの内容は……
差出人・レン
題名・クリスマスプレゼントは……
本文・今日はちょっと予定があるから、先にそっちの部屋に送っといたよ。
……というものだった。
「ん?誰だった?」
「いや、いつもの」
「ああ、幼馴染のレン君……だっけか?」
「まぁ、そんな感じ」
「仲がいいんだな」
「いやいや。今年は忙しいからって内容だよ。たしか、彼氏が出来たらしいから、彼と今日は過ごすんじゃないかな?まぁ、ともかく、仲はそこそこかな?」
「ふぅん、いいなぁ……ってやべ、皆とはぐれっちまうぜ!?急ごう!」
「そうだね」
皆が信号で足止めを食らっているうちに、僕達は追いつこうと走り出したのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「ああもう!寝ちゃおう寝ちゃおう寝ちゃおう!」
『寝ちゃおうぅ!!』
そして、カラオケ店内。
皆のアイドル的存在のセイレーン(ただし相手に高望みし過ぎでまだ彼氏なし)が、まるでライブのように歌い周りの連中がそれにあわせて叫ぶ。
……全く、元気だな……
「おーい、マサ、歌わないの?」
「どうしようかな?……よし、じゃあ何か歌おうか」
「おう!わかったぜ!!おーいゆかりーん!!マサが歌いたいっていうから“黄金魂”入れて!!」
『了解!!』
「勝手に決めるなよ……まぁ、それでいいけど」
ノリよくセイレーンも承諾したところで、僕は彼女からマイクを受け取って、歌い出した。
「……“蹴破れ、その扉……”」
××××××××××××××××××××××××××××××
「……はぁ、緊張した……」
「お疲れさんっ!!」
「……お前な、次から次へと曲入れんなよ……歌うとは言ったけど、流石に十曲はキツイんだぞ……?」
歌を歌い終え、休憩に入った僕に、友人、北野 京介は話しかけてくる。
こいつ、僕が歌っている間に次々と新しい曲を入れてきやがって……
もし村紗さんがデンモク奪ってなかったら、エンドレスに歌っていたかもしれない……
ああ。なんかムカついてきた。
あとで覚悟しとけよ……!!
「いや、すまんすまん。予想外に上手かったもんでな。いやまじで。なんでカラオケ誘っても来なかったんだってレベルで」
「いや、まぁ、なんとなく。人前で歌うのは恥ずかしいからね」
「……いや、恥ずかしくねーよ、誇れよそれ」
「別に。誇ってなんかなるわけじゃないし。いいよ」
「うわ、マジで夢持たないのな……」
少し呆れ顔で京介が見ている中、僕はまぁね、と返しながら、歌ってる人の様子を見る。
……うん、そろそろいけそうだな。
「……よし。村紗さーん、京介が“ハレハレ古泉”歌いたいってー!!」
「なん……だと……!?」
『りょうかーい!!皆ー!!次は、京介君が歌うよー!!』
『おー!!』
「え?マジで?歌わなきゃいけんの?」
「ほら、行ってこい」
「お前な……!!」
「ま、諦めな」
おーし、行け京介!!お前ならやれる!!死んでこい!!などと周りから言われながら、京介は連行されていく。
……ざまぁみろ。
さてと、あとは二十曲くらいいれるだけだな。
“アクエリオン”と、“オブザデッド”と、あとは何がいいかな……?
「や!お疲れさんっ!!さっきは凄かったね?十曲連続歌い切って、さらに全部80点代!!驚いたよ」
入れる曲について悩んでいると、僕の隣に、さっきまで歌っていたセイレーンが座ってきた。
彼女の名前は村紗 縁(むらさ・ゆかり)。クラスのアイドル的存在だ。
……と言っても、彼女と同じくらい可愛い女子は沢山いる。
委員長に副委員長、あと、僕の幼馴染のレンとか。
なので、彼女が可愛いから、アイドル的存在である、というわけではない。
彼女の活発な性格と、実力なんかで、みんなのことを引き込んでいるのだ。
まぁ、僕からしたらただのクラスメート、というか高嶺の花だけど。
「いやいや、村紗さんほどじゃないよ。村紗さんもさっきまでずっと歌ってたし、点数も90点代だったしね」
「そりゃ、私は歌姫と名高い種族セイレーンだからね。歌が上手いのは必然だよ」
「そっか」
「ところで、何やってるの?」
「うん?さっき京介に十曲連続で歌わされたからその仕返し。二十曲くらい入れようかなぁって」
「うわ、京介君ご愁傷様だね……」
「自業自得だよ。まったく、歌うとは言ったけど、あんなに沢山は歌う気なかったのに……」
「クスクス……でも、私は君の歌声結構好きだったよ?」
「クラスのアイドル的存在にそう言われるとは。光栄だね」
「アイドル……か……」
「あ、嫌だった、そう呼ばれるの?」
「ううん、嬉しいよ。でもね……」
タハハハハ……と少し困ったような笑みを浮かべながら、村紗さんは答える。
「それより、曲、入れなくてもいいの?もうすぐ二曲目はいっちゃうよ?」
「あ、やべ……うーん、そうだなぁ……村紗さんはあいつに歌わせるならどういうのがいいと思う?」
「うん?そうだね……これとか?」
……その後、村紗さんに流石に二十曲は可哀想だからと、京介の歌う曲を十五曲に減らしたが、歌い終わると、あいつは深い安堵のため息をついた。
ふん。ざまぁないね。
……ちなみに曲を入れてる途中に、他の人に変わってもらえばいいじゃん、と今更ながら連続歌唱の脱出法を思いついたが、僕は黙ったまま京介を歌わせ続けたのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「うう、寒い……」
カラオケが終了し、皆が二次会に居酒屋に移動する中、僕は一人帰路についていた。
理由は簡単。どうせ二次会に行ったって合コンみたいになるだけだからだ。
恋愛とかそういうのは完全に諦めてる僕からしたら、合コンなんてものには付き合う気になれない。
「……寒いなぁ…………」
「「はぁ……」」
と、ため息をつくと、近くで同じようなため息ついた音が聞こえた。
誰だろう、と周りを見回すと、僕の後ろの方に、村紗さんがいた。
ちょうど、顔を下に傾けて、ため息をついたような感じだ。
つまりは、彼女がため息をついたのだろう。
「……あれ?村紗さん?二次会には行かなかったの?」
「ん?方丈君か。君こそ、行かないの、二次会に」
とっとっとっ……と、村紗さんは小走り気味に僕の隣に来た。
「うん。まぁ、いったところで、どうせ合コンみたいになるだろうからね……」
「あ、私と同じ理由だ……」
「え?村紗さんも?僕はてっきり、村紗さんは合コンとか結構行くと思ったんだけどな……アイドルだし」
「……アイドル……か……」
「うーん、やっぱり村紗さんはそう呼ばれるの嫌いなの?たしか、カラオケの時もそうだったよね?」
「まぁ、嫌いじゃないんだけどなぁ……」
むむむ……と難しそうな顔をして、考えながら、少しずつ、村紗さんは説明してくれた。
「いや、アイドルとかそうやって言ってもらえるのは嬉しいんだけどね……ただ、ね……なんというか……うん。なんだろうね……アイドルみたいに扱われてるからかな……?なんとなく、だけど、距離おかれてるような気がするんだ」
「……というと?」
「うーん……と、一緒にいるのに、まるで違う場所にいる……薄い壁みたいなものが挟まってる、って感じ……かな?わかる?」
「なんとなくだけど。でも、それは仕方がないと思うよ。うちのクラス、男女共にほとんどの人がFC会員だし」
ゆかりんFC。
学校で唯一のセイレーンであり、また学内ミスコンで一位をとった、学校で人気のある彼女、村紗 縁のファンクラブである。
うちのクラスでは大半……いや、9割型が男女問わずそのFC会員である。
無論、京介もだ。
会員じゃないのは、僕に委員長に……あと副委員長の三人だったはずだ。
まぁ、それほど人気のある人物だということだ。彼女は。
しかし、彼女は少し苦い顔をする。
「うーん、嬉しいけど、やっぱそういうのは複雑だなぁ……私は普通の高校生なんだよ?でも、皆は特別な人みたいにさ……」
「普通のアイドルもそんなもんだと思うよ」
「…………そういえば、君はFC会員じゃないんだね?」
「まぁ、こんな会話を人ごとみたいに言ってるしね」
「そっか、違うのか……じゃあ、大丈夫かな……?……じゃあさ、ちょっと携帯貸して」
「うん?いいけど……?」
何がなんだか分からないまま、村紗さんに僕の携帯を渡す。
と、村紗さんは受け取るとすぐにそれを開いて、僕の携帯に何かを打ち込み始めた。
「……何やってるの?」
「うん?私のケー番とメルアド入れてるの。君は他の人と違って普通に友人として接してくれそうだしね。……あ、他の人に教えちゃ駄目だよ?私は君に期待してるんだから」
「期待ってなんのだよ……」
「まぁ、いろいろ?男友達になれそう、とか、そんな感じ?はい。終わったよ」
「ま、女の子の連絡先手に入ったし、健全な一青年としては喜ぶところ……なのかな?」
「プッ……その言い方、なんか自分は青年じゃないって言ってるみたいだよ?」
「ははは……」
クスクスと笑う村紗さんに、僕は苦笑で返す。
「……っと、私の家こっちだから。じゃあね」
「うん。また学校で」
そう言って、僕たちは別れた。
……のだけれども……
「……ん?」
しばらく歩いてから、携帯が鳴る。
この音は……メールか……
そう思い、携帯を開き、メールを見てみると……
差出人・ゆかりん☆
題名・というわけで、
本文・よろしくね。方丈君♪
あ、私メール好きだから、ちょくちょくメールするね。
いやあんたさっき別れたとこでしょうが……
というか、名前が……
……いろいろ突っ込みたいところだけど、まぁ、面白い人だなぁ、と僕は思うのだった。
ちなみに、そのあとしばらくは僕も暇だったので、メールをしたのは、言わずとも知れる……のかな……?
あ、そうそう。レンの言っていたクリスマスプレゼントは手袋とマフラーだった。
ちょうど古くなって使えなくなってたし、嬉しい限りだったね。
××××××××××××××××××××××××××××××
翌日放課後。またメールが来た。
差出人は……まぁ、言わずとも知れる。
うーん、同じ教室にいるのに、なんで直接話しかけないのかな?
いや、嫌じゃないけど。
今度はなんだろうな?
差出人・村紗さん
題名・今ちょっと……
本文・空いてるかな?ちょっと一緒に行きたいところあるんだけど……
うん。やっぱりか。
まぁ、今日は特に予定はないし、大丈夫かな?
「だい……じょう……ぶだ……よっと……」
「ん?マサ、何やってんだ?」
返信しようとメールを打ってると、何をしているのか気になったのか、京介が僕の隣に荷物を持ってやってきた。
「いや、普通にメールだけど?」
「相手は……ああ、レン君……だっけ?あの子?」
「いや、村紗さんだけど?」
「なにぃ!?」
なんでもないように僕が言うと、いきなり京介が叫んだ。
……うるさい。耳が痛い。近くで叫ぶな……
「……っー……んな突然叫ぶなよ……耳が痛いだろ……それに、皆も驚いてこっちに注目してるし……」
「ん……?ああ、わりぃ、皆」
僕が言うと、京介は皆がこっちに注目したのに気がついたようで、頭をかきながら気まずそうに謝る。
それから、皆の注意がこちらに向かなくなった事を確認してから、今度は小声で、京介は確認してきた。
「いや、まじでゆかりんの連絡先知ってんのか!?すげぇな!!FC会員が全力で聞き込んでも手に入らなかった情報だぞ!?な、教えてくれよ!」
「駄目だよ。村紗さんに他の人には教えるなって言われてるんだから」
「むぅ……そうか。なら、仕方がないな」
理由があるため、京介は潔く諦めてくれた。
僕は京介のこういうところに好感が持てる。
しつこいと、男だろうが女だろうが嫌われるだろうしね。
……にしても、FC会員は知らないんだ……村紗さんの連絡先。
まぁ、仕方がないか。FC会員が知っちゃったら、沢山の人に知れ渡って、大変な事になりそうだもんな……
「っと、そうだった。俺、今から長門とデートだった!!」
「ああ、そういえば昨日告って付き合う事になったんだっけ?」
「そう!!ついに俺にも春が来たぜぇ!!」
「はいはいおめでとう。よかったね。告白が成功して」
「おう!!じゃあ、また明日な!!」
「うん。じゃあね」
ああ、そうだった。京介、委員長と付き合う事になったんだっけね。
そんなことをどうでもいいように思い出しながら、僕は適当にあいづちを打ちながら、村紗さんに返信する。
そういえば、もう村紗さんは教室にいないな……
どこにいるんだろうか……?
と、そんなことを考えながら僕は適当に荷物をまとめる。
だいたい荷物をまとめ終わった時に、また村紗さんからのメールが来た。
本文・そしたら、屋上で待ってるから、そっちに来てもらっていい?
ふむふむ。屋上に行ったのか。
……寒くないのかな?
そんなことを考えながら、僕は了解と返信して、屋上に向かうのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
……屋上に着いたが、誰もいない……
……おかしいな……確かに屋上にこいって言われたんだけどな……
というか、普通放課後に屋上ってカップがイチャイチャするのにいい場所なんじゃ……
……いや、最近は魔物娘の生徒も増えてきてるから、家でイチャイチャしてるのか……
ともかく、村紗さんはどこだろう……
と、辺りを見回していると……
「お、来たね!?」
どこからか、村紗さんの声が聞こえてきた。
うーん、この方向は……上?
声のした方向を見てみると、貯水タンクの近くに、村紗さんが座っていた。
いや、村紗さん、あんたね……
「……そんな高いところに女の子が座ってると、色々危険だと思うんだけどな……」
「うん。知ってるよ?」
「知っててやってるんかい!?」
思わず突っ込んでしまった。
「別にいーじゃん。見せて減るもんじゃないし、私高いとこ好きだし」
「……まぁ、村紗さんがいいならいいんだけど……」
はぁ、まったく、馬鹿と煙は高いところが好きだって言うけど、村紗さんは煙かなんかなのかな?
「いや、煙は物理的には無理だし、馬鹿なんじゃない?」
「読心術!?」
地の文まで読み取れるのか!?この人は!?
「いや、なんか馬鹿と煙は〜とか考えてそうだったから……まさか、本当に考えてるとは……」
「……ところで、なんで屋上に?別に教室で話してもよかったと思うんだけど……?」
「いやぁ、なんかそうしたら君が悲惨な目に会う気がしたからね。人目につかなそうなここにしたんだ」
「ははは……確かに。気を遣ってくれてありがとう」
僕がお礼を言うと、いやいや、と村紗さんは返しながら、タンクの場所から僕のところに飛び降りてきた。
危ないな……怪我でもしたらどうするんだよ……
「っとと。……ん?いや、大丈夫。私、結構体頑丈だから」
「また読まれた!?」
「……いや、君、結構思ってること顔に出てるから、分かりやすいんだよ……」
「あ、なるほど」
いや、にしても、こういう姿を見ると、なんというか、村紗さんって、普通の活発な女の子みたいだなぁ、って思うな……
「ん?どうかしたの?」
「いや、なんか村紗さんが普通の女の子みたいだなぁって思って」
「む、酷いなぁ。私はアイドルとかなんとか言われてるけど、それ以前に女子高生なんだよ?」
「まぁ、そうだね……ところで、なんの用かな?」
「ああ、そうだった。あのさ、ちょっと付き合って欲しいんだ」
「何を?」
「カラオケ」
……はい?
「いやいや、カラオケは昨日行ったばかりだったと思うんだけど?」
「うん。まぁそうだけど、また行きたいんだ。……ちょっと調べたいこともあるしね……」
「え?」
「ともかく、行こう?」
「え、あ、ちょっと?」
結局僕は、村紗さんに引っ張られるような感じで、カラオケ屋に向かうのだった……
まぁ、別に嫌じゃないし、普通に着いて行くつもりだったんだけどね。
××××××××××××××××××××××××××××××
「うーん……やっぱり……効いてないのかな?」
「ん?どうしたの?」
カラオケ屋内。もうだいたい10曲くらい歌い終わった時、不意に村紗さんがつぶやいた。
今は曲を入れてないので、ゆっくり話すことができる。
なので、僕はマイクとデンモクをテーブルに置いて、訊いてみることにした。
「いや、方丈君、さっきから私と一緒に歌ってるけど、なんともないの?」
「うん?……うん。なんともないよ。強いて言うなら喉が乾いてきたかな?」
「うーん……」
「それがどうかしたの?」
村紗さんは腕を組んで考え込んでしまったが、とりあえずなんでそんなことを突然訊いたのか気になった僕は、その理由を尋ねることにした。
「いやさ、さっきからずっと私の歌を聞いてるじゃん?なんともないの?」
「いやだからそれはどういう意味なの?」
「魔物図鑑、セイレーンの項参照。セイレーンの歌声には……」
「ああ、なるほど。そういうことか」
村紗さんが全部言い終わる前に僕は理解し納得する。
セイレーンの歌声には、意識無意識に関わらず魅了の魔力が宿る。
たとえ村紗さんにその気がなくとも、カラオケなんかで歌ってしまえば、それを聞いたものはみな村紗さんを意識するだろう。
しかし、僕にその様子が見られないため、気になって確認した。
まぁ、そんな感じだろう。
「いや、村紗さんの魔力が効いてないわけじゃないよ。一応今、僕は村紗さんのことを意識してるし」
「うーん、残念だな……やっぱり、魔力を完全に遮断するのは嫌なのか……」
「あ、もしかして魔力を消そうとしながら……?」
「うん。なんとか出来ないかと思ってやってみたんだけど、失敗みたいだなぁ……あぁあ、折角男友達が出来て試せたのに、結果は駄目だったか……」
「でも、なんでそんなことを?」
「うん?まぁ、あれだよ。もしかしたら私がアイドルとかなんとか言われてるのは、もしかしたらこの歌声のせいかもしれないと思ってね。それは狡いかもなぁ、なんて思って、それをなくそうと頑張ったわけですよ」
たははは……と笑いながら、村紗さんは説明する。
「……別に、村紗さんが歌ってなくても、皆は村紗さんのことをアイドルだって思うと思うよ?」
「そう……かな?」
不安そうに、村紗さんは訊いてくる。
……彼女には、人を惹きつける、カリスマのようなものがある。
少なくとも、僕はそう思ってる。
だから……
「うん。きっと。だから別にいいんじゃないかな?治さなくても。皆のアイドルのままでいても」
「……ありがとう」
クスリと小さく笑いながら、村紗さんは僕にお礼を言う。
……うーん、別にお礼を言われるようなこと、してないんだけどな……
ま、いっか。
「ああ、そういえばさ、なんで魅了の魔力が効いてるのに、君はなんともないように見えるの?」
「うん?まぁ、魔力のおかげで村紗さんのことが気にはなってるけど、僕、色恋事情とか諦めちゃってるからね」
「なんで?彼女とか、欲しくないの?」
村紗さんの問いに、僕は頬をポリポリとかきながら、流石に彼女にばかり話を聞いたりは出来ないよな、と、説明を始めた。
「別に、欲しくないわけじゃないよ。ただ、僕なんかに彼女とか、そういう付き合ってくれる人が、出来るわけないから」
「そうかな?」
「だって僕だよ?こんな見た目だし、性格も酷いし……」
「うーん……見た目は別に普通……いや、ちょっとかっこいい方だと思うよ?性格は……まぁ、昨日メールのやりとりしたくらいだけど、悪いとは思わないし……私は結構君のこと好きだよ?」
と、すぐに村紗さんは僕の考えに反論したけど、僕もそれにすぐ反論を返す。
「……でも、それは友人として、でしょう?」
「うーん、よくは分からないけど、そう……かもね……?」
僕の反論に、むむむ……と、少し考えてから、村紗さんは曖昧だが、僕の考えに納得したようだ。
「まぁ、そんなわけで、僕には友人が出来ても、恋人とかは出来ないんだよ。まぁ、村紗さんの言葉は、結構嬉しかったけどね。ありがとね、村紗さん」
「いやいや。こっちこそ。自分なんかが学内のアイドルだなんて呼ばれてもいいのか、自信なかったけど、君のおかげで自信が持てたから。ありがとね……さ!!まだ時間はあるし、ドンドン歌おう!?」
「……そうだね」
村紗さんはそう言いながら、自分の歌う歌を入れ始めたので、僕は、次は何を歌おうかなぁ、と、彼女の歌を聴きながら考え始めたのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
……あれから数年が経つ。
僕達は高校、大学を卒業し、それぞれの仕事についていた。
京介は委員長と結婚し、市役所に務めるようになった。
まぁ、委員長アヌビスだったし、いろいろと都合がいいんだろう、公務員は。
委員長はそのまま専業主婦。稼ぎは京介に任せているらしい。
……そういえば、そろそろ子供が生まれるんだっけか?
うーん、出産祝いは何にしようか……
副委員長は、まだ大学にいる。
まぁ、あの人、人を引っ張るのは得意だったけど、勉強は結構駄目だったからなぁ……
授業中寝てたりしてたし……
幼馴染……レンは、中学校の教師になった。
まぁあいつ人にものを教えるのうまかったし、順当といえば順当かな?
彼女……村紗さんは、ついにアイドルになってしまった。
国民的……とまではいかないけど、それでも凄い人気がある。
そして、僕、方丈 正孝はと言うと……
「おーい、マサ〜ちょっと来て〜」
「はいはい。なんのようですか、ゆかりん」
控え室にいる彼女に呼ばれたため、部屋の外で待っていた僕はすぐに部屋の中に入って彼女の要件を聞く。
もうすぐコンサートが始まるのだ。あまり時間はかけられない。
「……いや、マネージャーじゃなくて、マサって呼んだんだけど?」
「ん?ああ、了解。で、何の用だい?」
彼女が僕のことをマネージャーと呼んだ時は仕事として、マサと呼んだ時は個人として離すと、僕達は決めている。
つまり、今回は仕事と関係なく話がしたい、ということだ。
「……ちゃんと、私の歌、聴くわよね?」
「もちろん。僕は君のマネージャーだからね。……まぁ、マネージャーじゃ無くても、友人として、君の歌は聴きにいくよ」
「……そのスタンスは、やっぱり変わらないのね」
「まぁ、それが僕だから」
「……まったく、人の気も知らないで……」
「うん?なんか言った?」
「なんでもない!!……あと、これ」
「ん?これは……君のサインだね?そう言えば毎回もらって気がするけど、なんで?」
「……私はサイン会をするときは必ず最初に君にサインを渡すことにしてるのよ。一番最初に、君に、ね」
最後の一文を強調して言いながら、彼女は僕に押し付けるようにサインを渡した。
「ははは……ま、人気アイドルの最初のサインを毎回もらえてるんだ。ここは喜ぶべきだよね。……でも、なんで最初は必ず僕にしてるの?」
「当たり前じゃない。君は私の一番の理解者だからね。……それに、私の好きな人でもあるし……ね」
「……?最後なんか聞こえな……っと、もう時間みたいだね。準備は?」
「バッチリだから君と話せたんだよ」
「ん。了解。サイン会とか終わったら、またどこかで食べにでも行こっか」
「もっちろん!!」
時間になったので、僕は彼女と一緒に、食事の約束をしながら控え室を後にする。
彼女は舞台に向かい、僕はその近くの、彼女の歌がよく聴こえる位置で彼女の歌を聴く。
……さぁ、待たせたね、FCの皆。
村紗 縁……ゆかりんのコンサートの始まりだ!!
11/01/11 14:36更新 / 星村 空理
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