連載小説
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最終章「戻る過去、枯れる川」
メーリンさんの案内で一つの小屋に入った僕とフィスは、まず荷物を片付けた。
アーシェさんはお母さんのところに泊まるらしい。
さて、じゃあ何しようか?
……普段なら、フィスにそう訊くのだが、今回は少し用事があるので訊かない。
代わりに、少し出かけると言っておく。

「フィス、この後なんだけど、ちょっと用事が出来たから待っててね」
「?用事って何の?」
「ちょっと話しがあるらしいんだ。じゃあ、行ってくるね」
「え?話しって誰が……?」

フィスが何か言っていたのだが、すでに小屋を出てしまったので聞こえなかった。
さてと、アーシェさんの話しとやらを聞いてくるか……


××××××××××××××××××××××××××××××


メーリンさんが案内した道を戻り、アーシェさんのいる小屋へ向かう。
……意外にも、ここ、ミラーサバトは森の入り口付近にあった。
入り口、といっても、僕達が森に入って行ったところからちょうど正反対の場所である。
…………森はそれほど大きくないし、ぐるっと回って行けば簡単に見つけられたな、と後悔していたのはここだけの話。
まぁとにかく、僕はアーシェさんの小屋についた。

「む?ルシアか。早かったの」
「早いも何も、それほど離れてませんからね」
「うむ。そうじゃな。…………来たということは、話せるのじゃな?」
「ええ。まぁ一応は」
「では、場所を移そう。あまりこの話は人に……特にフィスには聞かれたくないのでの」
「…………?」
「ほら、ルシア、ゆくぞ?」
「え……あ、はい……」

……特にフィスに聞かれたくない?
……どういうことだ…………?
と、考えてはみたが、結局アーシェさんの言葉の真意がわからないまま、僕は歩き出すのだった。

「……そういえば、お主と初めて出会ったのも、こんな感じの森じゃったのぉ……」
「へぇ……そうなんですか?」

森の中を歩きながら、アーシェさんは感慨深そうに言う。
僕とアーシェさんが初めて出会った時か……少し興味があるな……

「ああ。たしか、今日みたいに結構冷える、暗い夜じゃったのぉ……ルシアは焚き火をしていての?いつものように襲ってやろうと思って近づいたんじゃ」
「襲ってやろうって……」
「いやいや、実際にいいとこまでいったんじゃぞ?…………こんな風にな!!」
「うわっ!?」

突然、アーシェさんが僕を押し倒してきた。
フィスのように甘えるようではなく、まるで何かを奪うような押し倒し方だった。

「ちょっとアーシェさん!?何を……!?」
「…………なぁルシア、二つほど、頼みたい事があるんじゃ」
「…………なんですか?」

押し倒した時のようなふざけた雰囲気とは違って、酷く真面目な声色で、アーシェさんは言ってくる。
流石に押し倒されたままはヤダな、と思い、アーシェさんをどかそうとしたのだが、ギュッと腕を抑えられていて動くことが出来なかった。
仕方がなしに、僕は促す。

「……ルシア、わしの…………わしの、兄様となってくれないか?」
「…………………………」

兄様になって欲しい……
それはつまり、アーシェさんからの告白だ……
……嬉しくないはずがない……が……

「駄目……ですよ。だって僕には……フィスがいるんですから……」
「……ああ。分かっておる。前もそうやって逃げられたからの……」

僕の答えに、アーシェさんはフッと自嘲気味に微笑みながら語り始めた。

「楽しかったのぉ……襲うたびに“レテ”で撃退したり、街中で抱きつかれて慌てたり、アイスとか言うものを奢ってくれたり……」
「……アーシェ……さん?」

アーシェさんの様子が、おかしかった。
何故か、悲しそうに、さみしそうに、小刻みに震えていたのが分かった。
そして、そのまま、アーシェさんは二つ目のオネガイを言った。

「……なぁ、ルシア、わしの記憶を……お主と過ごしていた日々の記憶を……消してはくれぬか?」
「……なん…………で……?」

アーシェさんのネガイに、僕は目を見開く。
僕の事を、忘れさせて欲しい。
アーシェさんは、そう言ったのだ。

「何故……じゃと?そんなの決まっておる……楽しかったからじゃよ……」

……言いながら、アーシェさんは僕を抱きしめる。
手を離して、腕を僕の首に回す。
頬と頬が触れた。

「……楽しくて楽しくて……もうどうしようもないほどに、お主の事が好きになってしまったからじゃよ…………!!」
「……アーシェさん……」

首に回した腕が、触れている頬が、そして声が、震えているのが分かる。
つぅ……と、少し冷たいものがアーシェさんの頬から僕の頬に伝わる。
……それは、涙だ。
そう、思った瞬間だった。

「……っ!?」
「…………ルシア?」

何かの映像が僕の頭の中で再生される。

『わしはアーシェ。アーシェ・ミラーじゃ』

最初に流れたのは、アーシェさんが森の中で自己紹介をしているところ。

『ああ、バレたかのぉ……?』

今度は眠そうな顔でそんな事を言うアーシェさん。
……たしか、あの時は起こそうとした時に……
って、あれ?
もしかしてこの映像って……

『お主、また忘れたのか!?』

レテのせいで忘れてしまったことを、律儀に教えてくれてたっけね……
……次々と、あの頃の、“消えていた記憶”が戻ってきていく。
それを見て、僕は思う。
ほとんど、アーシェとの記憶じゃないか……
笑ってるアーシェの顔。
拗ねてるアーシェの顔。
したり顔、怒り顔、泣き顔……
…………そして、あの時の、悲しそうな顔……
全部、思い出した……
忘れてたモノ、全部……

「大丈夫か、ルシア?」
「……うん。大丈夫。ごめんね、アーシェ」
「……お主、わしの呼び名が……!?」
「うん。思い出したよ。全部」

そう。全部。出来事も、そして、その時になんて思ったのかも…………

「ごめんアーシェ。君のオネガイは聞けない。出来るわけないよ……」
「……それは、わしとお主が友だから、じゃからか?」
「…………確かにそれもある。それもあるけど、さ」

あの時の感情を、なんていうんだろうか?

「初めて、だったんだ……」
「…………?」

忘れる直前に、アーシェの姿を見ながら、初めて、僕は思ったんだ。

「フィスと同じくらい、一緒に過ごした日々を忘れたくないって思ったの、アーシェが初めてだったんだ……」
「…………!?ルシア……!!」

ギュッと、僕を抱きしめる力が強くなった。
……ごめんね、フィス……僕は……

「僕は、アーシェのことが、フィスと同じくらい好きなんだ。だから、消せない。忘れて欲しくないんだ。僕の事を……」
「ルシア…………」

フッと、僕を抱きしめていた力がなくなる。
そして、僕の顔の前に、アーシェの顔が出てきた。
至近距離に顔があるため、アーシェの表情が分かる。
目は潤み、吐息は少しだけ乱れている。
そして、段々とその顔が近づいて……

「やっぱり駄目ぇぇぇぇ!!」

ドンッという音と共に横に飛んでしまった。
何故なら……

「え?フィス!?」
「なんじゃと!?」

フィスが、アーシェのことを突き飛ばしたからだ。
アーシェは立ち上がり、驚きながらフィスを指差した。

「な、何故お主がここにおる!?」
「そんなの、ルー君の後をつけたに決まってるじゃない!!」
「……え?じゃあなんで今まで出てこなかったの?いくらでも邪魔出来ると思ったんだけど……」
「……そりゃ、で最初は邪魔しようと思ったけど……私は……」
「え?」
「なんでもない!!そ、それよりも!!」

小声で何か言ったのを聞き逃してしまって、もう一度聞こうとしたのだが、フィスはそれを遮って、ビッ、と指を立ち上がった僕に向けた。

「ルー君!!本当にアーシェのことが好きなの?」

……そう、強気に訊いてくるが、実際はただ怯えているだけ。本当は、怖いのだろう。
フィスを見て、僕はそう感じた。
何故なら、そう訊いてきたフィスの指が、震えていたからだ。
好きだけど、止められない。
自分に負い目があるから。
そんな感じのことを、思ってたんだろう。
僕は、そんな彼女に、きちんと答えた。

「……うん。ごめんフィス。僕は、アーシェのことも好きなんだ」
「…………そっか」
「……でも、フィスのことも好きなんだ……」
「……うん。大丈夫。わかってるつもりだよ」

優柔不断だと、煮えきらないと自分でも思ってる。
最低だとも思ってる。
でも、僕は二人とも同じくらい好きだ。
その事実は変わらない。
……答えを聞いたフィスは、寂しそうな、少し呆れたような笑みを浮かべた。

「ねぇルー君、私のこと、好き?」
「もちろん。大好きだよ」
「じゃあ、アーシェは?」
「……フィスと同じくらい好きだよ」
「…………うん。分かった。ちょっと覚悟、決まったよ」

これが僕の偽らない答え。
これでフィスに、そしてアーシェに嫌われても、仕方がない。
そう、覚悟した。
しかし、フィスは何故か僕ではなくアーシェの方を見た。

「ねぇアーシェ、アーシェはルー君のこと好きなんだよね?」
「ああ。そうじゃな」
「……その気持ち、絶対変わらないって言える?」
「…………ああ。絶対、一生変わらんと誓えるの」
「うん。ありがとう」

そう言って、フィスは微笑んだ。
正直、今の僕には彼女が何を考えているのかが分からない。

「私の覚悟が決まったよ。二人とも」

吹っ切れたような顔でフィスは言う。

「ねぇ、アーシェ」
「なんじゃ?」
「私がいない間、ルー君と一緒にいてくれてありがとう」
「う、うむ……?」
「でも、ルー君は渡さないからね!!」
「む、む?」
「ルー君」
「何かな?」
「私もアーシェも好きなんだよね?」
「う、うん…………?」
「じゃあ、これからは二人で取り合うからそのつもりでお願いね?」
「う、うん……」
「「…………ん?」」

一気にまくし立てられてしまって流れ的に僕達は了承したが、すぐにフィスの言葉に首を傾げた。

「今、お主、二人で取り合うから、と言ったの?」
「うん。ルー君のことを、私とアーシェで」
「え?ちょっと待って?どういうこと?」
「だから、二人でルー君のことを取り合うんだってば!!何回も同じこと言わせないでよ」
「「…………はい!?」」

フィスの出した答えは、想像とは正反対であった。

「……いいのか、フィス?わしがルシアのことを取っても」
「うん。その代わり私もルー君のこと取り返すから」
「いや、僕の意見は……?」
「「二股かけそうな男にあると思う(思ったか)?」」

……見事にハモっていた。

「……アーシェには、本当に感謝してるんだよ?」

不意に、フィスが小さい声で話し始める。

「私がいない間、ルー君と一緒にいてくれて、楽しい時間を一緒に過ごしてくれたんだから」
「「…………………………」」

優しい笑みを浮かべながら、フィスが話すのを、僕達は静かに聞いていた。

「正直言っちゃうとね、ヤダよ、ルー君が他の子を好きになるの。ルー君が他の子に取られちゃうの。でもね、アーシェなら、いいかなって、思うんだ。一緒に過ごしててね、私も、アーシェのこと好きになったから……だから…………」
「…………フィス…………」

そっと、僕はフィスを抱きしめる。
続いて、アーシェに手招きして、二人とも抱きしめた。

「大丈夫。僕は二人とも……フィスも、アーシェも、好きだから……嫌いになんて、ならないから……」

…………僕なりの、誓い。
絶対に二人を裏切らない。
嫌いにも、ならない。
二人とも同じくらい愛する。
それが、あまり取り柄のない、僕の出来る最大限の誓いだ。
ギュッと、僕は二人を抱きしめる力を強めた。
絶対に、離さないかのように。

「…………のぉ、フィス」
「……何かな、アーシェ?」
「多分今、同じことを考えてないか?」
「…………そうね」
「?……どうしたのかな、二人とも?」

ヒソヒソと二人が話しているのを聞いて、僕は訝しげな顔をした。
……というか、なんか嫌な予感が……

「……のぉ、ルシア……お主は、わしとフィス、どちらも好きなんじゃろう?」
「うん、そうだけど……?」
「じゃあ、私達二人の相手でも大丈夫だよねっ!!」
「え?うわっ!?」

嫌な予感、的中……
二人して、僕の事を押し倒してきたのだ。

「ちょっと待って!?二人同時は無理だって!」
「いやいや、やってみんとわからんじゃろう?」
「別にいいじゃない。二人とも好きなんでしょ?」
「ああもう!?二人とも落ち着いて!“忘れろ”!!」

二人を止めるために、僕はレテを使う。
しかし…………

「……え?」
「うむ?おかしいの?」
「……レテが、使えなくなったのかしらね?」

二人には、なんの変化も出なかった。
普通なら、二人は“体の使い方”を忘れて倒れるはずなのに……

「なんで……?」
「ふむ、おそらくじゃが、“イレイス”によって消えてしまった記憶を思い出したから、ではないか?…………まぁ、それはともかく……」
「うん。今はこっちが優先だね」

二人とも、同時に舌なめずり。
ああ、これは……詰んだな。
……どうやら今夜は、眠れそうになかった……


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「…………おはようございます、サーニャさん」
「うむ。おはよう……なんじゃ?目の下にクマが出来ておるぞ?」
「いや、ちょっと昨日は二人とも寝かしてもらえなくて……」
「ほうほう……」

一睡もせずに朝がきてしまい、眠くなかった僕は広場で散歩をしようとして、サーニャさんに会った。
……正直、レテを使えなかったのは痛かった。
だって、あの二人、歯止めが効かないんだもん!!
ちなみに、フィスとアーシェは今日の儀式に集中するために小屋で休んでいる。

「ふむ、それはこれに写ってるもののことではないかの?」

サーニャさんが見せてきたのは、映像記憶型の魔晶石。写っているのは、昨日の夜の、僕達の…………

「え……?ちょっ!?サーニャさん!?」
「ふはははは!!昨日はお楽しみじゃったのぉ!!」

写っていたものに驚いて、魔晶石を奪おうとしたが、サーニャさんはニヤニヤしながらかわした。

「それ、消してくださいよ!!」
「断る!!これは娘の大事な記録じゃ!!」
「いや、そんな記録ない方がいいですから!!」
「ふふふふふふふふ……!!」

何度も腕を伸ばすが、サーニャさんは不敵な笑みを浮かべながら、まるで子供をあやすかのように全て避けていた。
しかし、不意にその動きが止まった。

「……?サーニャさん?」
「のぉ、ルシア殿…………アーシェのことを、頼んだぞ」

真剣な表情で、サーニャさんは言う。
それを見て、ああ、この人は母親なんだなぁ、と強く感じた。
僕は、自分に出来る精一杯の答えを出す。

「……こんな僕でいいなら、いくらでも」

それを聞いたサーニャさんは、クスクスと笑い出した。

「なんというか、へタレた答えじゃの」
「仕方がないじゃないですか。これで精一杯なんですから……」
「クスクス……そうじゃの。頼んだぞ?婿殿?」
「……まだなれるかどうか分かりませんが、はい。頼まれました」

そして僕とサーニャさんは、硬い握手をしたのだった。

「…………にしても、アーシェがまさかの初めてだったのは驚きましたね……」
「うむ。母親であるわしも驚いたぞ……」


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太陽が高く登り、時刻は昼過ぎとなる。
フィス達や夜通しミサをヤってた人達も起き出し、儀式の準備をしていた。

「……ふぅ、まぁ、こんなもんじゃろうな……」

朝から作業していたサーニャさんは、額の汗を拭いながら言った。
広場の中央には、巨大な魔術陣が書き込まれている。
サーニャさんと僕が、朝からずっと書いていたものだ。
ふぅ、と僕も額の汗を拭う。

「お疲れ様です。……にしても、書いてて思ったんですが、いったいこの魔術陣はなんなんですか?」
「うん?ああ、これはフィス殿の呪いに干渉するためのツール兼セーフティのようなものじゃ」
「?どういうことですか?」
「うむ、この陣にはな、約三桁もの数の魔術陣が混ざっておっての、それらを同時作動させて、呪いに負荷をかけるものなのじゃ。しかし、危険もあるからの。念のために魔力吸収のものなんかも混ぜて、暴走したときに早く対処出来るようにしたのじゃ」
「…………はあ、そうなんですか」

やばい、何言ってるのか分からない。
しかし、それでもサーニャさんの説明は続く。

「まぁ、その代わりに大量の魔力と高度な制御技術が必要になったがの。そこらへんは魔具で補助するから大丈夫じゃ。魔具は大体魔力増幅と……」
「……母上、素人にそんなに話しても分からないと思うぞ?」

分からない話で思考回路がショートしそうだったところを、アーシェが間に入って助けてくれた。

「うむ?ああ、そうじゃの。すまないルシア殿。少し話が乗ってしまったの」
「いえいえ。大丈夫ですよ」
「さて、母上、こちらも準備が終わったのじゃが?」
「うむ。ならば善は急げ。早速儀式を始めるとするかの」
「……の割には、僕達のついた当日はミサで準備が出来ませんでしたけどね」
「しかも、ほぼ全員が昼近くまで寝ていたしの。というか、母上の場合はさっさと終わらせて適当に休みたいだけじゃろ」
「う、うるさい!!さっさと始めるぞ!!」

うろたえながら、サーニャさんはフィスを呼びに僕達から離れていった。

「……逃げたの」
「そうですね」

二人して言うと、どちらからともなく笑い始めた。


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それから暫くして、儀式の準備が整った。
魔術陣の中央に、フィスが。魔術陣の両端に、アーシェとサーニャさんが立つ。
他のサバトメンバー達は、バックアップのために魔具を持ったり設置したりして陣の周りを囲んでいる。
ちなみに、僕は魔力を操ったり出来ないため、邪魔にならないように少し離れた場所で見学だ。

「……では、始めるぞ!!」

サーニャさんの合図で、儀式が始まる。
サバトメンバー達が一斉に魔具に魔力を注ぎ始め、アーシェとサーニャさんは魔術陣の起動呪文を唱えた。
フォン……という音を立てて陣の枠が光りだす。

「まずは一つ目じゃの……“0”!!」

サーニャさんはそう言いながら腕を動かす。
すると、フィスの足元が光り、フィスの体が浮いた。
と思ったら、今度はフィスの体から黒い何かが染み出してきた。
……あれが、呪いなのだろうか……?

「さて、確かわしは母上のサポートじゃったの……“Fool”!!……“Magician”!!」

続いて、別の魔術陣が5つほど赤く発光し、フィスの下に収束した。

「どんどんいくぞ!!……“1”、“2”、“3”!!」
「“Priestess”、“Empress”、“Emperor”、そして“Hierophant”じゃ!!」

次々と魔術陣が起動し、フィスの集まっていく。
その度に、キシキシ……という音が聞こえてくるような気がした。
出力が足りなければ指示し、制御が難しければ補助させてる。
そして…………
カシャンッ!!
という音と共に、フィスに取り巻いていた黒いものが弾けた。

「…………やった、かの……?」
「ふむ、おそらくじゃが、な……」

そう言って、サーニャさんは成功を示すために手を上げる。
途端、サバトメンバー達は一斉に力を抜いて地面に座り始めた。
それ程に、大変な作業だったのだ。
浮いていたフィスの体が地面に着地する。
それを見た僕は、走り出していた。

「フィス!!」
「……あ、ルー君。なんとか……解けたみたいだよ?」
「うん。嬉しいよ。これで、ずっと一緒にいれるね」
「……わしと一緒に、じゃがの?」
「クスクス……なぁにアーシェ、ヤキモチ?」
「……かもしれんの?」
「は、はははは…………」
「おお……見せつけてくれるのぉ……」

僕達の下に、アーシェとサーニャさんが来た。

「うむ。どうやら術の破壊は成功したようじゃの。フィス殿、何か違和感はないか?」
「大丈夫です。ありがとうございました」
「問題ない。珍しい事象だったし、娘に会えたし、何より、オモシロイものを見れたからの」
「……サーニャさん…………?」
「おっと……失敬した言わない方が良かったの」
「面白い…………あっ、まさか母上!?」

オモシロイものの心当たりに気がつき、アーシェは顔を真っ赤にした。
フィスはなんのことか分からないまでも、粗方想像が出来たようで、少しだけ苦笑を漏らしていた。

「まぁ、とにかく、ルー君」
「ん?」
「ただいま」
「…………お帰り」

いつもの、再開するたびに言っていた“ただいま”とは違う。
ずっと旅を続けて、ようやくたどり着いた。
呪いを解くというゴールに着いたために言った、“ただいま”。
それを聞いたとき、僕は、ああ、やっと終わったのか、と思った。
約五年間。フィスを探したり、フィスと一緒に過ごしたりした。10回ほど、フィスを失ってしまった。
でも、もうフィスを失う心配はなくなった。
もう、呪いは解けたのだ。

「さて、大きな仕事も終わったとこだし、皆のもの、宴じゃ!!宴を開くぞ!!今日もミサじゃあ!!」
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
「結局こうなるのか……」
「まぁ、いいんじゃないの?」
「……少なくとも、これが普通のサバトだとは思ってくれるなよ……他のバフォメットのためにも、な……」

呆れながらそんな会話をしている僕達をよそに、目の前では昨日と同じような性の狂乱が始まろうとしていた…………


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「……うぅむ、ミサはまだ始まったばかりじゃというのに、もう行ってしまうのか?」

あれから一時間ほど広場にいたあと、僕達は満場一致で“ライン”に向うことにしたので、サーニャさんい挨拶をした。
サーニャさんは、彼女の“兄様”と一緒に見送りをしてくれた。

「……ええ。すみませんね…………」
「いや、いいよ。また、今度は遊びにおいで。歓迎するから。…………アーシェ、元気でね」
「ああ。父上も元気でな」
「ルシア君も、元気でね。アーシェのこと、頼んだよ?」
「……はい。分かりました」

サーニャさんの“兄様”、つまりはアーシェのお父さんは、アーシェを軽く抱きしめた後、僕に向かって手を差し出した。
僕は差し出された手を握る。

「……二人とも、早く行こうよ」
「ん?うん。分かった……?」

と、何故か不機嫌そうにフィスが急かしてきた。

「じゃあ、これで。さようなら」
「父上、母上、行ってくる」
「ああ。また会おうぞ」
「さようなら。そしていってらっしゃい」

そうして、僕達はミラーサバトを離れたのだった。


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「のぉ、ルシア」
「なんだい、アーシェ?」
「うむ。一応、挨拶をしておこうと思っての」

フィスがどんどん前に進んでいく中、アーシェは少し小走りをして先に行き、僕の方に振り向きながら言った。

「これからもよろしくの、兄様♪」
10/10/29 19:53更新 / 星村 空理
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■作者メッセージ
ということで、最終章。
ついに終わってしまいました。
楽しんでいただけたでしょうか?
無理矢理な終わらせ方だと思わせてしまったらごめんなさい。

さて、これでルシアのお話は終わりでございます。
が、少しだけちょい役に出したりしたいです。

それでは、次回予告。
次回は、アーシェさんの言っていた化け物の一人の話を企画しております。
楽しみに待っていただけたら幸いです。
……ラナさんの話がまとまらねぇ……

では、今回はこんなもんで。
星村でした。

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