連載小説
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抹茶ラテ
現在、伍宮の外れ、竹林の足湯場。
僕の目の前には、恩人、人間の立宮美核がいた。
彼女が僕に挨拶をしていてから、場は沈黙に支配されており、誰も一言も発しない。まぁそもそもここには僕と先輩しかいないわけだけど。
先輩の様子を見てみると、目を光らせながら僕のことをじっと見ている。
あ、これは次の一言期待してるな……
とりあえず、なにを言おうか……
まず確認すべきことは、彼女が本当に立宮先輩なのか、だな。もしかしたら稲荷の美核が人化で化けているのかもしれないし。
では、言うべき台詞は……

私の配下となれば世界の半分をやろう!!
半分じゃ足りねぇ!全部よこせ!!

……うん、大声でなにやってるんだろうと後悔したけど、確信した。
この人は、紛れもない。本物の立宮先輩だ。
確信すると同時に、今まで謎だったいろんなことが理解できるようになった。

「……お久しぶりです、先輩。でも船内で僕の部屋に侵入したり僕と美核を尾行したりストーカー紛いのことはやめてくださいね」
「あ、やっぱりわかっちゃった?でも船の時とここでだけだよ、くー君たちを見てたのは」
「でしょうね」

船の中で僕に話しかけたのも船の自分の寝場所や昨日の甘味処で感じた視線も、先輩のものだろう。
方法としては、恐らく美核の言ってたあの術式……僕が使えたのだから、先輩が魔術を使えてもおかしくない。おおかたライカが術式を知ってて、先輩に教えた、と言ったところだろう。
そして倭光でライカの言っていた神奈さんの“おつかい”、あれは先輩の生活用品をそろえるためのものだ。男のライカじゃ、先輩のをすべて買い揃えるというのは難しいため、神奈さんに頼んだろう。
まぁ正直な話少しの間神奈さんと離れて休憩したいという気持ちも絶対にあっただろうが。
ちなみに、普通であればなぜ先輩がこの世界にいるのか、どうやって来たのかを疑問に思うべきなのだろうが、それについての問題はすでに解消している。
先輩がこの世界にいるのは、迷い込んでライカが発見したとか、そういうのではない。
ライカが、自分の計画のために、わざわざ僕の居た世界を見つけ出して、先輩を呼んだんだ。
僕みたいなイレギュラーではない……本人が魔法に絡むようなものではないから、先輩は望んでライカに頼めばすぐに元の世界に帰れる。ノーリスクだからこそ、先輩はここに来て、そしてライカの計画に加担しているのだろう。

「まったく、とんでもないシナリオを用意しやがったなあの馬鹿野郎……」
「ってことは、もう全部ばれたかな?」
「さすがに結末まではわかりませんが、お節介な理由と意地の悪い計画の全貌ならわかりましたよ」
「ん〜、本当に全部わかったかなぁ〜?」
「と、いうことは、まだなにかしらの仕掛けがあるってことですね……」
「どうだろうね?しっかしさすがくー君。二代目部長は伊達じゃないね!!」
「初代には負けますよ……」

人間、立宮美核。
初代文芸部部長。
僕を造った人。
彼女を一言で表すなら、天才、だと思う。
自分と同じ異端を集めて文芸部を作り上げ
才能の一端を使って大人を黙らせて自由な学園生活を送って
どこまでも、僕たちを楽しませてくれた。
天才、というなら神奈さんも天才ではあるけど、その方向性が違う。
先輩の天才は、カリスマ、と言い換えてもいいかもしれない。
情報や人の心を巧みに操れる天才、それが彼女である。
まぁ、カリスマだけじゃなくて、神奈さんみたいなふざけた身体能力もわずかながらあるんだけど……
そして、僕はほんの一年の間、そんな彼女の跡を継いで、二代目部長となっていた。

「そんなことはないよ。私の後だったから、大変だったでしょ?部として存続させたり、権力維持したりさ」
「たしかに大変でしたが……まぁ、僕の作り主が作り主ですからね。なんとかなりましたよ」
「そりゃ嬉しいことを言ってくれるね」

なんて言いながら、ニッコリと笑う彼女を見て、僕は思った。
やっぱり、僕は立宮先輩のことが好きだったんだな、と。

「ところでくー君」
「なんでしょうか?」
「シナリオがわかったらしいから聞くけど、君の答えは」
「決まってますよ」

先輩の問いかけには、即答できた。
ライカの計画を理解した時から、僕はすでに答えを考えていた。
でも、誤解がないように、もう一度はっきりと言う。

「“僕の”答えは決まってます」
「うん、そっか。それは手間が省けて楽チンだね」

そう言う先輩の顔は、見覚えがないはずなのに、よく知っているような……優しい顔をしていた。
……ああ、先輩、貴女はもしかして……
思っても、その可能性は口に出さない。代わりに、一言。

「……先輩、自分の決めたシナリオに抗うのも、いいものですよ?」
「君は何を言ってるんだかね……そうね、そうするのも、良いかもしれないね」

先輩の顔が、優しい顔からおかしげな微笑に変わった。
……さて、ここまでやったら、僕の出番はここまでかな?

「そしたら、選手交代しましょうか」
「おっけーおっけー。よっしゃくー君、勝負だ!」
「……先輩、先輩が勝負するのは僕じゃないですよ」
「まぁね」
「……じゃあ、またあとで」

そう言って、僕は星村空理の主導権を手放すのだった。

「……起きなさい、ジェノサイダー翔……!」

あの、先輩……こんな時くらいネタは挟まないでください……
というか僕それ超高校級の方しか知りませんから……


××××××××××××××××××××××××××××××


「……起きなさい、ジェノサイダー翔……!」

ネタの意味をたっぷりと込めてくー君にそういうと、彼は突然ダンッ!と少し高く跳び上がった
空中に跳んだ彼の体は後ろ向きに縦方向で一回転するようにしながら、私のいる位置から遠ざかるように弧を描いて下がって行き、そして綺麗な着地を見せる。
さらに彼は着地時の衝撃を膝を曲げて相殺しながら両腕を後ろに回し、どこからともなく無骨で禍々しいデザインのハサミを両手に持って取り出しながら立ち上がり、ハサミを開いて腕を交差させるポーズを取って期待していた台詞を言ってくれた。

よぉ〜ばれてとびでてジャジャジャジャ〜ン!
「……完っ璧ねっ!!」

私の無茶振りに対してきちんとネタを完遂してくれたくー君に、私はグーサインを送った。

「喜んでもらえたようでなによりです」
「うん、久しぶりだねくー君」
「お久しぶりです、先輩」

私のネタ振りに応えてくれたのは、さっきまで私が話していたくー君ではなく、本来星村空理と呼ばれるべき人格。私が初めてであった頃のくー君である。
話し方はさっきのくー君と同じだけど、言葉に込められている感情の起伏は、ほとんど感じられなかった。
それでも、彼とは二年間も一緒に過ごしてきたんだ。纏う雰囲気でわかる。
すごく、喜んでいるなぁ……
まぁ、当たり前と言えば当たり前か。三年ぶりの再開だし。

「とりあえず、せっかくの足湯なんだし、入れば?」
「そうですね。では、失礼して」

そういえば、さっきのくー君には足湯にも入れずに交代させてたよなぁ……ごめんくー君。

「しかし、三年ぶりかぁ……元気だった?」
「ええ、まぁ……体の方は」
「……ってことは、基本的に生活とかはあっち任せなのね……」
「すみません……約束、守りたいとは思ってるんですけど……」

約束、かぁ……
高校の頃に、彼と交わした約束。
いや、約束というより、私の一方的な願い。
もしかすると、彼という存在を根底から否定してしまうかもしれない、危うい願い。
だからこそ、私はその約束に関して積極的に話題にするつもりはないし、それを責める気もない。

「まぁ、しょうがないわよ。君の性格じゃ、難しいことだしね。それにあんな約束、忘れちゃってもよかったんだよ。君は君。だから変わる必要はないわ」

“もう少し、普通の人みたいに感情を持って、いろんな人に接していけるようになって欲しい”

老婆心……というか、あの頃のくー君を心配して、そうなってくれればいいなと思っていた。
……けど、今その願いが叶ってしまったら……

「……どうかしましたか?難しい顔をしてますよ」
「え?あ、いや……なんでもないわ。ちょっと考え事をしてただけ」

これに関してはまぁ考えてもしょうがない。結局私が願ってしまったことをくー君は知ってしまったんだ。あとはくー君次第である。私にはどうしようもない。

「先輩の方は、どうですか?大学生活には、慣れました?」
「ん〜まぁそこそこね。大学は楽しいし、友人もそこそこできたわ。……でも、君たちほど面白い子はあまりいなかったわね……」

そう、高校の頃は面白い子たちがたくさんいて、それこそ最高に満ち足りた日々を送れた。
特にこの子は、一番面白い人材だった。それこそ、私の作ったあの大切な場所の長になって欲しいと思ったほどに。
どうでもいいと諦観してなにもかも無関心なくー君だったけど、その実律儀で、反応が、考え方が、行動が、楽しくて仕方がなかった。

「たしか……心理学部……でしたっけ?進学した学部は」
「そうそう。やっぱり大変だよ〜人の心っていうのは」
「平気で教師との心理戦で勝ったことがあるくせに、よく言いますよ……まぁ、僕には一生関係ない学問ですね……」
「そういうの嫌いそうだもんね、くー君は」
「ええ、“人間”は、もう飽き飽きですよ」

飽き飽きかぁ……まったく、数人しかまともに人を見てないくせに、よく言うよ……
心中で呆れながら、私は足湯から出るために腰を上げる。

「さて、出まs……あ……」
「……この展開は昨日もあったんでもうなにをすればいいのかわかります……はい、どうぞ」

タオル忘れちゃった……なんて言う前に、くー君が黒い文字の塊を蠢かせてタオルを二枚出現させ。一枚を私にくれた。

「ん〜、何回見てもすごいわねぇそれ。ほんとになんでも出来る……」

まぁ何回見てもなんて言っても、見たのはせいぜい2、3回なんだけどね……いやそれでも銀河鉄道を出したのを見ればもうなんでもできると思うわよ。

「まぁ、そうですね……先輩が使えば世界征服も夢じゃないような魔法ですよ、これは」
「嫌だなぁ世界征服なんて……私がそんなことするわけないじゃ〜ん。あ、はいこれありがと」
「高校生で学校支配した先輩が言えることじゃないですね」
「いやいや、私なんてせいぜい魔王になって自分を倒してくれる勇者を待つくらいだよ」
「傍迷惑な自殺願望ですね……」
「死ぬ気はないけどねっ!」
「それもう世界征服と変わらないですよ……」

全くこの人は……と呆れられながらも、私とくー君は足湯を出て靴を履いた。

「さて、そしたらせっかくだし街の方を見にいこっか!」
「いいですけど……見つかったりしたら面倒なことになりそうですよ?」
「……おや?珍しいねくー君がそんなこと言うなんて」

私の知る限りだったら、そうですね、行きましょうって二つ返事で行きそうなものなんだけど……

「あの蜘蛛とかに見つかったら面倒を起こしそうだから、ですよ」
「あー、それは大丈夫よ。ライカさんたちが私たちが見つからないように気を配ってくれるそうだから」
「……それでも見つかりそうだから怖いんですよ……」
「えー?そんなにあの子たち……たしか、ルーフェちゃんたちだったよね?が怖いの?」
「そうじゃなくて……ライカの、というか人間の考えの斜め上を行く先輩と行動を共にするから心配なんですよ……」
「はっはっは!なにを今更!」

それに話ではライカさんは未来を見れるみたいだし、まぁ大丈夫でしょう。

「とりあえず街までは歩いて行こう!」
「……若干不穏な言い回しを感じないでもないですが、了解です」

ん〜、くー君、変わったなぁ……
私たちの造ったあっちのくー君ならともかく、このくー君が他人のことを意識した話をするなんてねぇ……
ともかく、靴を履いて私たちは竹林の中を歩く。

「しかし、いい世界ね、ここは」
「そうですか?技術的には、向こうの方が……」
「そんな一般的な利便の話なんてしてないわよ私は。くー君ならわかるでしょ?」
「……まぁ、認めざるをえませんね……ここには“人間”が少ない。少なくとも、向こうよりは。だから僕にとっては向こうよりかいい世界、なんでしょうね……」

いい世界よ、ここは。……もしかしたら、ここだけ、なのかもしれないけど……
でも、少なくともこの世界の……いわゆる魔物と呼ばれる女の人たちに、私は好感を持っている。
私の世界より……いや、この使い方は間違っているわね。
私の世界の、少なくとも、私の知っている一般的な女性よりも、魔物の方が、ちゃんと男の人を愛していると、そう感じる。
惰性じゃなくて、蔑むべき種類の欲望でもなくて、飽きて捨てることもなくて、ちゃんと恋して、ちゃんと愛して……
そうやって暮らしている彼女たちが、酷く……羨ましい。
……それに、面白い人もいっぱいいるしね。
テベルナイト夫妻とか、旅行前日に泊めてもらったマークさんたちとか。

「そうね、できれば、ここに住みたいくらいよ」
「住めばいいじゃないですか。ここに来ているわけですし」
「無理よ。やりたいことも、やらなきゃいけないこともあるんだから。向こうに戻らないと」
「そう、ですか……」

ほとんど無表情ではあるけれど、くー君が残念そうであることは簡単にわかった。
……別に、私が帰っても二度と会えないわけでもあるまいし……

「……そういえばさ、あの稲荷の子、私と同じ名前だったよね〜。びっくりしちゃった」
「ああ、アレですか……。アレはあいつが勝手に名付けただけで、先輩とは似ても似つかない模造品ですよ」
「いやしかしそう言うにしてはすごく私に似てるよね。顔とか声とか体つきとかさ」
「たしかに、見た目は似てますが、あなたには遠く及びませんよ」

……ん〜さりげなく印象を聞き出そうと試してみたけど……やっぱりこっちのくー君はあまりあの子が好きじゃないみたいねぇ……
これは……ちょっちあれかなぁ……
と、思っていたんだけど……

「……でも……」
「ん?」
「あの名前にそういう運命がつきまとってるんですかね……僕に対して物怖じすることはなくて、勝手に僕の領域に踏み込んできて、拒絶してもしつこくつきまとってきて……なんというか、不思議なやつ、だと思います」

……へぇ……くー君と接していて、決して潰されなかった子、かぁ……
たしかに、それは興味を持ってもおかしくはないわね……部活メンバーだって、あっちのくー君ができるまで、まともに会話できなかったもんなぁ……
くー君の話を聞きながらそんなことを考えて驚いてた私は、次の一言で、覚悟を決めることができた。

「あの模造品を見ていると、なんというか、あいつのことが、少し羨ましくなります……」

……やっぱり、あの子はすごいなぁ……
そっか……このくー君に、そんな感情を起こさせてくれたのか、あの子は……
これは……完璧に、シナリオは決まったわね……

「おっと、街が見えてきたね!」
「……嫌な予感がするんですが?」

街が見えてきたので、私が少しオーバーにリアクションしていると、いままで隣で歩いていたくー君はスッ……と一歩下がって私から距離を置く。
ははははは!そんな警戒無駄だ!!

「今から部式追いかけっこやろうぜ!」
「それかなり目立つと思うんですけど……」
「知ったこっちゃねぇ!ほれじゃんけんぽんっ!」
「あ……」
「うし、勝ったじぇ!じゃあ10数えてから来てね!あ、フィールドは街中だけね。外はなし。負けたら日本文化っぽく抹茶ラテつくって!じゃあはじめっ!」
「だから勝手に……」

くー君が言い終わる前に、私は走って街中に入り、くー君から距離を取って逃げ始める。
もうこれで、シナリオは決まった。まぁ、元から決まってるようなものだったけど。
エンディングは二つ。だけど、実質一つ。
流れはライカさんの用意したもので問題なし。
もう、私が弄れることは、ほとんどない。
私の仕事は、終わり。
だから、今はもう、精一杯楽しもう。


××××××××××××××××××××××××××××××


「さて、と……今日はどこにいきましょうか?」
「せっかくこれだけ集まったんだし、なにか体験したりしてみたいかなぁなんて私は考えてるんだけど……」
「ふむ、一理あるのぉ。ジパングだと……なんじゃろうな……陶芸やお茶、あたりが妥当じゃろうか?」
「ん〜、やってるかなぁ……」
「または、街から出た竹林のところに足湯があるって話だから、ぶらぶらしながらそこに行くっていうのもありじゃないかしら?ねぇ美核?」
「………………」
「美核?」

旅行四日目の朝。
せっかくなのだから、と神奈さんが孤児院の人たちとライカさんと空理……と、ほとんどの人は知らないけどもう一人の同行者……を除いた全員を集めて、一緒に出かけようということになっていた。

「あー、私はどこでもいいですけど、あとで皆さんの集合写真は撮りたいですね」
「文々ちゃんは写らないけどね!」
「いやまぁわかってますけど……時間があったら私も写した集合写真とって欲しいですよ……」
「ルー君はなにやってみたい?」
「なんでもいいかな。でも、茶道や陶芸をやってる場所、ここにあるのかな?」
「まぁそれらを探しがてらぶらぶらするのも一つの手じゃと思うぞ?」
「おーい、美核〜?」
「………………」
「ファルロス先生の意見に賛成ですかね?僕らが回った場所ではそれらしいところは見つかりませんでしたよ?」
「と言っても、私たちは全部回ったわけじゃないからな。他の場所にあるって可能性もないわけじゃないはずだ」
「でも足湯だっけか?そこはちゃんと見つかってるんだし、先にそっちに行ってみるのがいいかもな」
「えー?でも足湯っていろいろ歩いて疲れてきてから入るのがいいんじゃない?」

みんなの会話の中に埋もれて、私は一人ボーッとしていた。
今頃、空理は立宮さんと一緒にいるのだろう。
というか、ライカさんの計画ならそのはずだ。
先輩と一緒の時間を過ごさせて、星村空理“両名”に自分のいた元の世界へ帰れる可能性、そして動機を与える。
空理のことはわからないけど、あいつは……本来の星村空理だったら、絶対に元の世界に戻る、という選択を取ると思う。
そしたら、空理は、どうなってしまうのだろうか……?

美核っ!!
「ふぁっ!?えっ?なにっ!?」

どうやらかなり集中して考えていたらしく、ルーフェに体を揺さぶられてようやく体の感覚が現実に戻ってきた。

「大丈夫?呼んでも返事がなかったわよ?体調でも悪いの?」
「あぁ……いやいや。大丈夫だよ。ただちょっと考え事をね……」
「ちょっとじゃないでしょ……声かけても反応しないなんて……やっぱり、星村がここにいないから?」
「う……まぁ、そう、だね……」

図星だ。そして否定する材料が一つもないから肯定するしかない。

「そうよね……ライカさんと星村だけ別件で一緒に来れないなんて、ちょっと怪しいわよね……なにやってるのかしら?」
「ライカさんからちらっと聞いた話だと、ちょっといいものを見つけたから、倭光経由で仕入れられないか交渉しにいってるんだって」
「……そう、仕事なら、しょうがないわね」

……私や神奈さん、計画を知ってる人以外には、そういうことになっている。
まぁでも計画がひと段落したら、みんなにいろいろと説明するらしいけど。
……先輩の紹介から私の名前の由来を知ったら、ルーフェまた空理のこと起こりそうだなぁ……
なんて、心配していると……

「……っ……!」
「どうしたの美核?」
「あー、なんでもないよ。ちょっと寒気がしただけ」

いや、ちょっと違うのかな?これは。
寒気と言うより、怖気。
怖気というより、恐怖。
奇妙な感覚。
慣れている、不気味な感覚。
限りなく薄い、でもたしかに感じる。
自己を根本から否定されている視線。


“見られているのに見られていない、矛盾した感覚”


ちょっと周りを見てみると、その感覚の影響を受けているのか、何人かが頭を抑えたり、肌をさすったりしてキョロキョロと周りを見ている。
軽度ではあるけど、根元から人間を嫌って否定しているあいつが人を認識している時の、あの症状だ。
これは……もしかしなくても、いるわよね?
ルーフェが不思議そうな顔をしながら私を見ているのも気にせずに、私は空理の姿を探す。
症状が出てる人の範囲を把握して、その中心を探して……
……いた。
路地の影の辺りで、キョロキョロとなにかを探している空理の姿を、私は発見した。でも……
……立宮さんと、一緒じゃない……?
計画では、一緒にいるはずなんだけど……
はぐれた?それで探してる?

「おーい、美核さ〜ん?」
「ん、なに?」
「キョロキョロしちゃって、なにを探してるのさ?」
「いやちょっと、空理の姿を見た気がして……」
「え?本当に?」
「いや、気のせいだったみたい……」

ルーフェが声をかけてきたので、心配をかけないように話ながら、ちらっと一度離した視線を空理がいた場所に戻す。が、もう彼の姿は見つからなかった。
……あの症状がでたってことは、本来星村空理と呼ばれるべき、あいつの方がでてるってことよね?
そして、そのあいつが自分から探すほどに興味を持ってる人間……否定していない人間。それが、あの立宮さんなのよね……
どれだけ、すごい人なんだろう……
なんて、考えていると……

ニョホホホホホホホホ……
「ん?」
「……?ルーフェ?どうしたの?」
「いや、なんか変な声が聞こえた気がするんだけど……ほら、向こうから……」

不意にルーフェが訝しげな顔をして屋根の方を指差すので、私はその方向を見てみる。
すると……


ニョホホホホホホホホホホホホ!!


……奇声を発しながら屋根の上を走っている私の姿があった。
その私は、結構いいスピードで屋根の上を駆け抜け、すぐに私たちの視界から消え去った。
……いや、私じゃないけどね、あれ。

「……え?なにあれ美核!?」
「いや反応遅いし私じゃないから。私ここにいるから」
「あっ、うんそうよね……さっきまで話してたわけだし……でもアレ、いったいなんだったのかしら……?」

衝撃の映像を見てしばらくラグを生じさせてリアクションをしたルーフェに、私はツッコミを入れておく。
他の人の様子を見てみたところ、まぁ同じような反応で、一度私のことを見てから、違うよね。何だったんだアレ、と首を傾げていた。
まぁ正直な話、私もかなり驚いた。
いやあの立宮さん、あなたいったい何やってるんですか?


××××××××××××××××××××××××××××××


「……よし、お前らとりあえず正座しろ」

えー、お昼近くの伍宮の旅館、テベルナイト夫妻の部屋にて。
私とくー君はかなぁり怒った感じのライカさんに正座することを要求されていた。
えーっと……
部式鬼ごっこで午前中街を大きく騒がせてしまったようで、私とくー君はライカさんに追いかけられる羽目になったんだけど……
悪ノリしてライカさんを鬼に設定して逃げ出した私たちは、ブチ切れて本気出したライカさんに捕まって説教されるところである。
っていうのが、簡単な経緯の説明である。

「はぁい……」
「………………」

まぁここは素直に怒られておこうと正座する。
くー君も、無言ながらおとなしく正座した。
くー君本当だったら人が嫌いだから無視してもおかしくないんだけどねぇー
でも、この子めんどくさいことはちゃんと避けるから、今回はちゃんという事を聞いてるんだろう。
力のある人には逆らわない。あとで面倒なことになるから。
昔からくー君はそう言ってたなー。
まぁ部の活動で先生に捕まって注意されてた時は先生方くー君の状態に戸惑って気味悪がって注意するの押し付けあってたんだけどねー。
何をするかわからないやつだって。

「まぁあれだ、遊ぶのは構わない。それはいい。ただ今の君たちはあまり知り合い……まぁ正確には星村の知り合いだね……には知られたくない状態だろう?」
「まぁたしかに。いろいろと厄介な状態ではあるね〜」
「じゃあなんで騒ぎを起こした!!」
「いやだって……人の多い場所で逃げないと本気の鬼ごっこにならないじゃないですか?」
「いや知らないよそんなこと……というかなんで鬼ごっこなんだい?普通だったら一緒に街を回ってみるとかするだろう?」
「そんな普通は私には通用しない!!」
「…………はぁ……」
「というかライカさんフォローとかしてくれるんじゃなかったんですか?」
「フォローにも限度があるし君はそのフォローをさらに悪い方向に使っただろう……」
「……てへ☆」
「………………」
「……その人にほとんど説教は効きませんよ。反省はしても人の話を聞く人じゃないですから」
「……うん、それは今わかった……」
「えー、酷いなぁ〜。悪いとは思ってるからこうやって話し聞いてるんだよ?」
「じゃあこれから気をつける気は?」
「ない!!」
『…………』

あ、あれ?どうしたの二人してそんな疲れたような顔して……?

「あー、もういいや。もう時間も時間だし、お昼でも食べに行こうか」

ちなみに、ライカさんがかなり怒ってたっぽい理由がここにもある。
まぁさすがに望んでもないのにお昼まで追いかけっこさせられたらしょいがないわよねー。なんて、人ごとみたいに元凶が思ってみたり。

「そうですねー。なにがいいかなー?くー君はなに食べたい?」
「なんでもいいですよ」
「ライカさんは?」
「まぁ僕もジパングの食べ物は結構食べてるし、なんでもいいね」
「そしたら最終決定権は私にあるのかー。じゃあ蕎麦で!」
「じゃあその方向で探しに行こうか」
「あ、出かけるんですか」
「そりゃあここで食べてもいいけど、どうせだったら旅館じゃなくて外で食べたいだろう?」
「まぁ、そうですねー」
「じゃあ、早速行こうか」
「はーい!」

と、ほとんど私とライカさんの会話みたいに二人で話を決めてしまう。まぁ、くー君も意見があったら何か言うし、問題はなかったんでしょう。

「あ、そうだくー君」
「はい、なんですか?」

そういえば、これ言っとくの忘れてたわ。まぁ後ででもいいんだけど、早めに言っちゃった方が楽だしねー。

「私勝ってないけど抹茶ラテ作って」
「……まぁ、いいですよ」

……ああ、そうじゃないそうじゃない本題それじゃない。
気分が抹茶ラテだったからってちょっち自分の欲望を優先してしまった。
と、とりあえず追加みたいに言っておけばいっか。

「そ、それと、だいたい五時くらいになったら神奈さんたちがこっちに戻ってくるそうだから、その頃には私たちも解散だからね?」
「そうですか……了解です」
「あと、夕御飯食べ終わった後、また足湯のあったあそこにきて欲しいんだけど、あっちのくー君に伝えといてくれる?」
「……なんであいつの方なんですか?」
「だって私と別れたらすぐあっちに主導権回しちゃうでしょ?」
「……よくお分かりで……」

そりゃあ一応二年間一緒にいたわけだし、なんとなーく予想はできるわよー。
なんて言ってから、私はお昼を食べたあとのことを計画してみる。
んー鬼ごっこは楽しんだけど、まだ遊び足りないなぁ……
と言って私はあまり買い物とか楽しむ方じゃないし……
んー屋内でトランプとかゲームで遊ぶか、それとも……

「……あ」
「どうかしたのかい?立宮君?」
「あいや、そういえば思い出したんだけど……くー君さ、巻き毛ちゃんから聞いたんだけど夏頃にあの子の実家に遊びに行ったんだって?」
「まぁ、僕じゃないですし部の全員で、だそうですけどね。で、それがどうし…………まさか……」
「うん、そういうこと。とりあえず準備はしてきたし、食べ終わった後に一度荷物取りに戻れば街でもあの竹林でもできるよー!」
「えーっと、立宮君たちはいったいなんの話をしてるんだい?」
「えっと、午後の予定?」
「……まぁ、やるのは構わないですけど、いったい“何台”用意したんですか?」
「えーっと、20ちょいかなー?“マガジン”はその5倍くらい?あとちょいちょい他のもいろいろ」
「え?ちょっと待って?今二人の間に不穏な単語を聞いた気がするんだけど、気のせいだよね?」
「あ、ライカさんもやります?楽しいですよ?」
「……騒ぎは起こさないよう、注意した……よね?」
「竹林だったら人もあまりいないし、問題ないですよねー?」
「…………ああ、もう勝手にしてくれ……」

えーっと、ライカさんがいい感じに投げ出したところで……
とりあえず、午後は竹林でサバゲーっぽいのをやることが確定しました!
やったね!




とりあえず、そんな感じに騒ぎながらくー君と一緒に遊んでたんだけど、途中で神奈さんたちのグループを発見したり流れ弾が通行人にあたりかけたりといろいろなハプニングがあったことだけ言っておいてあとは割愛ってことでよろしく〜。なんて、言ってみたり。




××××××××××××××××××××××××××××××


「……んで、またなにもわからないままあそこに向かっているよっと……」

ボヤきながらも、僕は先輩の指示どうりに足湯の場所に向かって竹林の中を歩いていた。
……いや、なにもわからないまま、ってわけじゃないか。
だいたい、これから起こることは予想がついている。
どうせ、あそこにいるのは……
と、考えながら歩いていると、早速足湯の建物が見えてきた。
同時に、その前に人影が見える。
ああ、やっぱりいるのか。
とりあえず、予想通りだと言った感じに歩いてその人に近づいていく。
そして、人影の正体が見えたのと同時に、僕の足は止まった。
立ち止まり、そして立っている人物をしっかりと見る。
月によく映える美しい漆黒の髪に、整った顔立ち、線の細い体……
服装は、今日会った彼女の、彼女と夕方別れたあの時の、和服。
少し考えてから、僕はなるほど、と思った。
つくづく、ライカは最悪なシナリオを持ってくる。
あとで、殴ってもいいかもしれないな。

「おーいくー君、そんなところで立ち止まらないで、もう少し近寄ってくれないかな〜?」



待ち合わせ場所で


僕の目の前には


立宮美核が立っていた。


「……で、どう言った用事で僕をここに呼び出したんですか?」

彼女に近づいて、なんとなくわかっていながらも、一応、聞いておく。

「やだなぁ、なんとなくでもわかってるでしょ?そんな顔してるよー今のくー君」
「まぁ、その通りですね。予想はついてます」
「じゃあ、寄り道なしですぐに本題いこっか?」

そう言ってから、彼女は笑顔のままで、しかし少し真剣なものにして、本題を……僕にあることを、聞いてくる。




「ねぇくー君、元の世界に、戻る気はないかな?」




やっぱり、それ、だよね……
ほんと、ライカのやつ、本気で一発殴ってやろうか。
…………僕の答えは、決まってる。
先輩には、もう宣言したことだ。

「そうですね……帰りたいと思った時期もありますよ?向こうに未練がなかったと言えば嘘になるし……」

みんなに別れを告げてなかったし、一緒にいたかった人がいた。

「でも、僕はここに居るよ。今は向こうよりもこっちの世界の方が大切だし」

“家”も、“友人”も、“家族”も、ここでは、向こうでほとんど手に入れることができなかった、大切なものがたくさん、手に入った。
もう僕は、この世界以外で、向こうの世界で、生きたいとは思わない。
ここにある大切なものを、捨てたくない。

「それに……」

そしてなによりも……
僕は、一度言葉を切り、彼女を抱きしめながら、言う。





「“君”とずっと一緒にいたいから……“君”と離れ離れになるのは、なによりも辛いからね。ねぇ、“美核”?」





「…………え?」

突然、抱きしめられるというまったく予想してなかった僕の行動に放心し、美核は僕の言葉の意味をすぐには理解できなかった。
しかしそれでも、ゆっくりと、確実に、美核は僕の言葉を理解していく。

「え……?なんで?どうして……私が私だってわかったの?“空理”?」
「ああ、よかった、ちゃんと当たってたんだね……」

僕がそう言って安心する中、美核は術を解き、彼女本来の姿……金色の髪に大きな狐の耳、同色ながら先端にいくに連れて白くなっていく尻尾、そして翡翠色の瞳……に戻った。
そう、立宮先輩の姿をした彼女は、立宮先輩ではなく、この世界の、同居人の、家族の、僕の大切な、稲荷の美核だ。
そして僕は、ここに来て、彼女を見たその瞬間から、なんとなく、彼女が立宮先輩ではなく、美核だとわかっていた。

「理由は……わからない。でも君のことを見てすぐに、なんとなくどけど、美核だってわかったんだ」

だからこそ、僕は彼女のことを、一度も立宮先輩と呼んでいない。
一目見て、今日一日一緒にいた、あの予測不可能な変人ではないと、わかった。

「……美核は、僕の一番大切な人だから。だからきっと、どんな姿でも君のことがわかるんだよ、きっと」
「あぅ……なんでそんなこっぱずかしいこと言うのかなぁ君は……」

僕の言葉に、美核は赤くなった顔を下に俯けた。
そんな可愛らしい美核の反応を楽しみながら、僕は思う。
さて、今僕はとても怒っているんだよ。うん。

「さぁ美核、少し急いで宿に戻ろっか?」
「え?なんで?」
「……美核に立宮先輩の姿をさせて僕が元の世界に戻るかここに残るか選択させるなんて最悪なシナリオを組んだライカを半殺しにするためだよ」
「えっ?あっ、それは……」

こんな美核を泣かせそうな最悪のシナリオを組んだんだ。きっと死ぬ覚悟もあるんだろう。
ニコリと笑いながら帰路につこうとする僕を、美核は慌てて止める。

「ちょっと待って!それはライカさんが決めたことじゃないの!」
「そしたら、誰がこんな悪趣味な悪戯じみたことを……」
「それは、美核ちゃんが提案して、私が了承したことよ」
「……先輩……」

ライカじゃないなら誰が、という僕の質問に、足湯の建物から出てきた人物……美核の変装ではない、本来の、立宮先輩が答えてくれた。
立宮先輩がここに現れたことは不思議ではない。逆になぜ立宮先輩ではなく美核がここにいたのか疑問に思うほどだ。
それにしても……

「美核が提案……ですか」
「……うん、立宮さんの言うとおりだよ。私が言い出したことなの、これは」
「……どうして、そんな自分を傷つけるようなこと……」
「なんていうか、私なりの意地と、わがままかな?なんていうか、その……空理がこっちに残るって決めても、あっちに帰るって決めても、その選択を迫るのは、私でありたかったから、だよ……」
「……そっか」

んーこれは……
……まぁ話はひと段落したわけだし、これ以上この緊張したような空気を維持するのはちょっと精神的にキツいものがあるから、僕は息抜きに先輩の方を見て冗談を言う。

「えーっと、先輩、これは俗にいうヤンデレルートというやつでせうか?」
「完全に否定しきれないところが辛いね〜」
「えっと、ヤンデレってなんですか?」
「愛が重い……!!ってやつだよ〜。将来美核ちゃんはくー君のこと包丁で刺しちゃうかもね〜」
「なっ!?そんなことしませんって!」
「ははは……でもそういう愛ゆえに刺しちゃうっていうのはヤンデレだからね」
「そしたら私はヤンデレじゃないわよ!」
「はははは!大丈夫、冗談だから安心して。美核ちゃんはヤンデレでもなんでもない、普通にいい子だよ。くー君にはもったいないくらいのね!」
「地味に酷いこと言いますね先輩……」
「え?じゃあくー君にお似合いな子って言って欲しかった?」
「そりゃもちろん……あ、すみませんちょっと待ってください。先輩がそう言うと美核が変人の部類だって言ってる気がするからやっぱなしの方向で……」
「デスヨネー」

僕たちがふざけて話ている中、美核は少し恥ずかしそうにまた顔を俯けたままだった。
まぁ、仕方がないだろう。先輩に褒められて、僕もあんなことを言ったわけだし。実際僕も自分の台詞で少し恥ずかしくなったわけだし……

「……さて、と……」

会話が一旦途切れ、不意に先輩は背伸びをしながら話題を転換した。

「美核ちゃん、今度は私の番だから、先に帰ってもらっていいかな?」
「先輩の番、ですか?」
「……えと……」
「安心して。くー君のことをとって食ったりしないから。でも、ちょっとひとには聞いて欲しくない内容なんだよ……ね?お願い」
「…………」
「……大丈夫だよ」

心配そうに僕のことを見る美核をなだめる。
これから先輩がするであろうことを、僕は予想できている。だからこそ、いつもは予想できない先輩の突然の行動に、安心して付き合うことができる。

「先輩は、こんな時に人の大切な人を奪うほど最低な人間じゃないよ。だから、僕の心配はいらないよ。一緒に帰れないのはちょっと不安だけど、ここは先輩のことを信じてもらえないかな?」
「……わかった。早く帰ってきてね?」
「うん、努力するよ」
「………………」

少し不安そうな顔をしたけれど、なんとか美核は飲み込んで小走り気味にこの場を後にした。
……まったく、僕は美核になにもしてあげられてないな……
でも、これが終わったら……

「……ごめんねくー君、美核ちゃんと一緒に帰してあげれなくて」
「いいですよ。なんとなく、これからやることは予想ついてますから」
「……ほんと、こっちのくー君はいろいろと察しがいいわよね……あっちのくー君じゃ私がなにするのかまったくわからないだろうに……まぁ、仕方がないんだけどね。どんなに態度で、言葉で示してても、あの子は本当は……」

そこまで言って、先輩はハッと言葉を止め、こんなこと、くー君に言うことじゃなかったよね、と困ったような顔をした。

「さて、美核ちゃんを待たせるわけにはいかないし、さっさと話、済ませようか」
「……わかりました。じゃあ、交代しますね」
「うん、お願いね」

ということで、僕は早速主導権をあいつに返す。

「……ついに、決着がついちゃうなぁ……」

先輩がそんな言葉をつぶやいたのを、僕は交代する間際に聞いた。


××××××××××××××××××××××××××××××


「……うーん、やっぱり心配だなぁ……」

そう言いながら、私は何度目かわからないけど、後ろを、立宮さんたちのいる足湯のある方向を振り向いた。

「でも、空理は大丈夫だって言ってたし……」

それでも、やっぱり不安なものは不安だ。
というか空理少し前までは平気で私に嘘ついてたしなぁ……
いや、平気ではないか。かなり辛かった、よね……

「……ちゃんと、信じないと」

空理なら、大丈夫だ。
私に嘘ついてても、騙してても、裏切らなかった。
だから、空理のことを、ちゃんと信用しよう。
本来の星村空理、あいつのことがすごく心配だけど、でも、空理なら、きっとなんとかしてくれる。
それに多分、立宮さんもそれに協力してくれるだろう。
シナリオは決まってるって、きっとそういう意味なんだろうから……

「さぁ、早く帰ろう」

戻ったら、ちょっと厨房を借りて空理の好きなアップルパイを作ってあげよう。
あでも夜だから重いかな?

「……っとそうだ、しまったままだったわね……」

そう言いながら、私は懐から簪を取り出す。
……御守り代わりに持ってきたんだけど……効果は抜群、だったかな?
ちゃんと、空理は私が変装してたって気がついてくれた。
あれは、すごく嬉しかったな……

「えへへへ……」

嬉しくて、つい笑みを零してしまう。
と……

「きゃっ!?」

小石につまずいたのか、突然足が引っかかって勢いよく前に体が出てしまった。
なんとか足を前に出して転ぶことは防げたけど、手から簪を離して落としてしまった。

「っとと、早く拾わないと……」

しかし、少し不吉だなぁ……
なにも起きないといいんだけど……


××××××××××××××××××××××××××××××


カクンと、くー君の頭が傾いたかと思うと、すぐにくー君は再び顔を上げた。
しかし、その上がった顔の瞳は、先ほどまであった明るさがなく、鈍い光となっていた。
さっきまでのくー君とは違う、私と初めに出会った方のくー君である。

「や、何時間かぶりだね、くー君。話は……」
「聞いてます」

……だろうね。じゃなきゃ、こんなショックを受けたような顔はしないだろうからね……
それなら、さっさと話を済ませて、この子を……そして私のことも……楽にしてあげよう。
と、思った矢先に……

「先輩、僕はあの場所に帰りたいです!」

くー君が、そう言ってきた。
……やっぱり、こっちはそうよね……

「あいつはたしかにあの模造品が大切だから、ここに残りたいでしょう。でも僕は、僕はここじゃなくて向こうが……僕は、先輩が……」
「ストップくー君、それ以上は言わないで。お願いだから」

ほとんど奇跡みたいに、くー君が激しい感情表現をしているけど、私はくー君の目の前に手のひらを見せるようにして、彼を黙らせる。……ちゃんと、くー君は黙ってくれた。
……そう、いい子ね。ありがとう、それ以上は言わないでくれて。
それ以上の言葉は、きっと辛いから。

「あのね、私ね……」

言いかけて、少しだけ、躊躇してします。
言っていいのだろうか?
これからの言葉は、くー君をまた壊してしまうかもしれない……
今度こそ、くー君はなにも信じなくなるかもしれない……
そう思うと、怖かった。
でも、言わないと……
終わらせないと。
美核ちゃんのためにも、くー君のためにも。
だからごめんねくー君。


私は君を、不幸にするよ。



「私ね……好きな人が、いるんだ」



「…………っ」

くー君は、ピクッと反応して、硬直してしまう。

「……好、きな人……ですか」

ぎこちなく、出せた言葉は、それだけだった。
私は、ちゃんと嘘偽りなく、くー君に話す。

「うん、好きな人。その人のためなら、私なんでも出来る気がするんだ」

ごめんねくー君。
私ね、くー君が私のことを好きだって知ってたよ。
でもね、くー君のそれは、多分恋じゃないんだよ。
ただ、自分とまともに付き合うこちが出来た初めての人間だったから、そう錯覚してただけなんだよ。
だからこそ、表面ではどう思っていても、意識しないほど心の奥底では私のことがどうでもいいから、元仮面のくー君なら気づくことに、君は気づかなかった。
……もし、ずっと私と一緒にいたら、きっとくー君は私に絶望するよ。
ああ、この人も所詮人だったのかって。
私は、君が思うほど特別な人間じゃないから。
そしたら、今度こそ、くー君は人に絶望してしまうかもしれない。
だから私は、君に帰ってきて欲しくない。
君が人に絶望しないこの世界に留まっていて欲しい。
今は私に絶望して、人に絶望してもいい。
それでも、きっと美核ちゃんが、あっちのくー君と一緒に、君と一緒に過ごしてくれるから。君が人に希望を持てるように、きっとしてくれるから。
だから、君にはここにいて欲しいんだ。
だから……

「ごめんね、くー君」
「なに、謝ってるんですか……先輩は、全然悪いこと、してないですよ……」
「……それでも、ごめんね」
「謝るのは、おかしいですよ……僕は、応援しますよ。先輩は、その人捕まえて、ちゃんと、幸せになってくださいよ?」
「……ありがとう」

本当に、ありがとう。
君は、私に絶望ないでくれるんだね……

「それと、その人を捕まえたら、僕にも紹介してくださいよ?」
「……うん、考えとく」
「……すみません、少し、休ませてもらってもいいですか……?」

……さすがに、平気で私の前に立ってられるほど、軽いショックではなかったか……
まぁ、そうだよね……なんとなく、その気持ちはわかるよ。

「うん、いいよ。そしたら、今度からは私がこっちに来れるし、ちょくちょく君たちに会いにいくから、その時は面白そうな話をたくさん仕入れておくよ」
「……先輩の、選んだ面白そうな話、ですか……それは、楽しみですね……」
「うん、だから、また“この世界で”、会おう?ね?」
「ええ、また“この世界で”、会いましょう」

そう言葉を交わしてから、くー君は、またいつもに場所に、自分に殻の中に、戻って行った。

「……先輩の好きな人、ですか」

そして、私が造った、元仮面のくー君に人格が戻る。

「……僕も先輩とその人との仲を、全力で応援させてもらいますよ」
「……うん、ありがと」

でもね、くー君じゃ無理だよ。
いや、くー君だから、無理だよ……

「さて、と……これで私の話は終わり!くー君は早く美核ちゃんのところに行ってあげて。私はもうちょっと足湯で足をあっためてからいくわ」
「……向こうに戻って温泉で温まってもいいでしょうに……まぁわかりました。では、またあとで」
「またね〜」

そして、くー君がこの場をさり、私の周りには誰もいなくなった。





はずだった。





「……好きな人、ね……嘘ついちゃって……」





くー君がいなくなったと思った瞬間、突如として、ライカさんが私の背後に立っていて、話しかけてきた。

「嘘なんてついてないですよ。私には好きな人がちゃんといます」

そう言いながら、私はライカさんの方に振り返る。
ライカさんは、なんというか、とても申し訳なさそうな顔をしていた。

「じゃあ、その君の好きな人とやらは、今どうしてるんだい?」
「…………」

……なんて、意地の悪い質問なんだろう……
でも、きっとそれがこの人の優しさなんだろう。
こんな時に、涙も出ない方が、本当は辛いんだ。
だから私は、この人の優しさに甘えることにする。

「そうですね……片方は今相当なショックで引き込もってて、もう片方は、自分に大切な人のところに向かってますよ」

ねぇくー君


私ね、君にためならなんでもできるんだよ?


どんなことでも、やれるんだよ?


ごめんね、くー君。





私は、あなたのことが好きなんだ。





「ライカさん、ライカさんは先に旅館に戻って美核ちゃんたちを迎えに行ってあげてください」
「君はいいのかい?誰もそばにいなくて?」
「……むしろ、誰もそばにいない方がいいです」
「……そうかい。じゃあ、お先に失礼するよ」
「はい。お疲れ様でした。そして、ありがとうございます」
「僕こそ、ありがとう。こんな辛いことに協力させてしまって、ごめんね」

そう言ってから、ライカさんの姿はかき消えて、今度こそ、私は一人っきりになることができた。

「あー、やっぱり、辛いなぁ……」

努めて明るくなろうと思っても、無理だった。むしろ、心の赴くままにしたかった。

「……ぐすっ、ひぐっ……くー君のこと、やっぱり好きだなぁ……」

そして私は、今までにないくらい、たくさんの涙を流すのだった。


××××××××××××××××××××××××××××××


……先輩は、気がついただろうか?
僕が、先輩は誰が好きなのか、気がついていることに。
先輩の好きな人との中を、全力で応援する。
その言葉に、嘘偽りはない。
だから、例えなにを犠牲にしようと、僕は先輩にためになんでもしよう。
……もちろん、美核は犠牲にしないし、彼女を悲しませるつもりもない。
でも、それ以外なら、なんでも喜んで犠牲にしよう。
でも、今は僕が僕自身の幸せを大切にする時間だ。

「いっそげっ!いっそげっ!」

軽めに走って急ぎながら、僕は旅館に帰る。
早く、美核に会いたかった。
今は、彼女の温もりを感じたかった。
だから、急いで戻る。

「……ん?」

ふと、視界の端にキラリと光る小さなものが入ってきた。
きゅっ、と足を止めて、僕はその光るものに近づき、確認する。
なんだろう、とても嫌な予感がする。

「これ、は……」

光っているものは、簪だった。
頭の部分が翡翠の装飾になっている、玉簪。
僕が美核にプレゼントしたものに、よく似ていた。

「……っ!!」

悪寒が背中を駆け巡り、僕はすぐにその簪を拾って、全力で走って旅館に戻る。
頭をよぎるのは、昨日頭の隅に追いやった、心配事。
ゴロツキ、旅人、襲う。
途切れ途切れの単語がグルグルと頭の中を回る。
まさか
まさかまさか
そんなこと、あるわけ……
時間を忘れて走り、ついに僕は旅館の入り口に到達してしまう。
そこにはライカがいて、そして……

「おや?星村、“君が先に帰ってくるなんて……美核ちゃんはどうしたんだい”?」
「〜っ!くそっ!!」

決定的な台詞を吐いてくれた。
言葉の意味を瞬時に理解した僕は、すぐさま方向転換して今きた道を走って戻る。


なんてことだ


こんなことがおきるなんて


油断していた


美核が……





美核が、攫われた。
13/03/05 11:52更新 / 星村 空理
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■作者メッセージ
……まさかの約2万字……長くて申し訳ないです……
いかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。
今回は、星村と美核、そして立宮先輩との、複雑な恋模様の決着、でした。
そしてついにいちゃラブか、と思いきや、ここで最悪な事件が発生。
もういいだろ、いちゃラブしろよと思うかもしれませんが、もう少しおつきあいください。
いろいろと、勢いが必要なんですよ、彼には。
星村は、立宮先輩が好きだった。
空理は、美核が好きだった。
立宮先輩は、星村が好きだった。
美核は、空理が好きだった。
本来なら、二つのカップルが出来てハッピーエンド、となりますけど、あの三人ではそうはなってくれない……
必ず一人は思いを遂げられなくなる。
必ず一人が、不幸になる。
片方の星村は、自分の選んだ世界へ残り、元の世界への未練を断てた。
しかしもう片方は、好きな人にフられ、自分の帰りたかった場所へ帰れない。
だからそこ、ライカの発案したこの計画は、なによりも必要で、なによりも優しくて、そすてなによりも、残酷だと思います。
……でも、それでも、このまま不幸で終わらせたくないです。
シナリオは浮かんだ。
先輩の描いたシナリオは、まだ未来のこと。だから、まだ修正できる……!
と、いうことで可能な限りハッピーエンドを迎えさせたいので、頑張って行きます。
さて、次回がおそらく最終回。
それでアーネンエルベの「星村と美核の物語」は終わりを迎えます。
その時まで、どうか彼らのことを応援してあげてください。
では、今回はここで。
次回も楽しみにしていただけたら幸いです。
星村でした。

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