連載小説
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第二話
「生活委員会の会議どうだった? 人間からみた率直な感想を聞かせて欲しいんだけど」
アラクネ娘のエレノアが俺に問いかける。

『ティル・エラック山 生活向上委員会』の第二回会合に人間の協力者として参加した、俺ことミハイル・コルサコフは、どう答えたものかとしばし頭を巡らせていた。

「大筋では正しい行動だと思う。魔物娘の本能を抑え、人間と理性的に対話しようという方針には大賛成だし、それを決めたエレノア達の英断には尊敬の念すら覚えた。未来を想像すると、魔物娘と人間の関係を根本から変化させる可能性を秘めたものになるかもしれない。それ位すばらしいと思うよ。だけど……」

「なによ、歯切れが悪いわね」
エレノアが額の複眼でジロリとこっちをにらみつけた。
微かに膨らんだほっぺたは、内心の不満と不安を表すもの。
この娘さん、外見こそ大人びた美女だが、結構な頻度で幼さを残す態度が顔を覗かせる。
数日間一緒に過ごす内、互いに打ち解けてきたという証拠でもあろう。

「うーん……なんというかな……」
「ハッキリ言ってよね、まどろっこしいのは嫌いなの」

「わかった、率直にいこう……ティル・エラックの麓の森。人間達からなんて呼ばれているか知ってるか?」
「いいえ」
「『帰らずの樹海』だよ」
「酷い名前……まるで私たちが人間を攫ってるみ……たい……な……」

「ああ。人間がここをどう見ているのか、気がついたか。ティル・エラックは魔物の山。山へ入った男は二度と帰ってこない。これはまぎれもない事実だろ」

「で、でも、私たちだって生きる為、子供を生む為にやってるんだし。私の父さんと母さん、娘が見ててムカつくほどラブラブだし。他の家だってケンカとかがまったく無いとはいわないけれど、人間のお父さんと魔物のお母さんで仲良くやってるし……」

「うん。エレノアが言ってるのも事実だよな。だけど、それは人間には伝わってないんだよ」

俺の様に魔物娘とそれなりの付き合いがある者は、彼女達の本質を知る事が可能だ。
だが大多数の人間にとって、感じ方に程度の差こそあれど、魔物とはやはり『恐るべき者』なのである。

隣で静かに話しを聞いていた、ウンディーネのアクエリアスお嬢が口を開く。
「我々の努力は無駄であると、ミハイル様はそうおっしゃりたいので?」

低く震える声色。
ちょっとゾクっとする。
「いや。そんな事はこれっぽちも思ってないよ。でも、今現在委員会で決まっている内容じゃ足りない。あまりにも受身過ぎる。山で人を待ってるだけでは事態は好転しないだろう」

「じゃあ、どうすんのよ」
アラクネ娘が蜘蛛の糸を飛ばし、俺の右腕へ巻きつけた。
おそらく、感情が高ぶり無意識の内にやってる事なのだろうが……
微妙に怖い。

諸々の感情を押さえ込み、腹に力を入れる。
クライアントとなった二人の魔物娘の顔を交互にしっかりと見据え、俺がひねり出した腹案を伝える。

「こっちから打って出るんだよ。人間と商売をするんだ!」

それを聞いたエレノアとアクエリアスは、澄んだ瞳を大きく見開いた。



人が恐れるモノとは何なのだろうか?
暗闇? 災害? 病気? 暴力? ……
それら全てに共通するのは、『ナンだかわからないモノ』である事だろう。

暗闇の先に潜んでいるモノは?
災害によってこうむる被害はどの位になる?
この酷い頭痛の原因はナンだ?
対峙する相手が振りかざす刀は、どんな痛みを与える?

疑問に対する答えが分かっていれば、それらは恐怖の対象となりえない。
どう対処するのか、現実的に考えれば良いのだから。

『ナンだかわからないモノ』だからこそ、無用な想像をかき立ててしまうのだ。
肥大した想像力は、疑心暗鬼と被害妄想をもたらす。
それは、人間という身体能力に劣った種族が安全に生き残る為に発達させた、危険回避能力なのかもしれないけれど。

魔物娘を恐れる理由もそこにある。
知らない・分からないからこそ恐ろしい。

しかし逆に考えると、理解できれば恐ろしくなくなるのである。
幽霊の正体みたり枯れススキ。
商売を通じて、人と魔物娘が価値観を共有できるとなれば、むやみやたらと危険視される事もなくなるだろう。
人間の常識の範囲内に、魔物娘とはこういう感じなんだというイメージを落とし込んでやれば、後の両者の関係は個々人の付き合いでどうとでもなる。
その為には、魔物=『ナンだかわからないモノ』=『恐るべき者』から、魔物=『商売相手』にジョブチェンジすればOK。


「ふむ……」
いささか抽象的すぎる俺の説明を聞き、アクエリアスのお嬢はあご先へ人差し指をあて考え込んだ。

「ワタクシたちは『商売』といった事をいたしません。各々得意な事をやっているだけ。家を建てるのはノームやドワーフ達の役目。皆の服を織るのはエレノアさん達アラクネの役目。お肉が食べたければマンティスに頼み、お魚が食べたければグリズリーにお願いして採ってきてもらいます。我々ウンディーネ一族の役割は、皆に欠かせぬ飲み水を供給してくださる、泉や川を守る事……そのようにして長い間ティル・エラックで暮らしてきました」

うんうんとうなずいていたエレノアが言葉をつなげた。
「だから、いきなり商売したらって言われても、どうすればいいのか……人間が何を欲しがるのかもわからないわよ」


二人が不安に思うのも無理もない。
しかし、この展開は予想済だ。
不安解消の返答も予め用意してある。

「そんなに難しく考えなくても大丈夫だよ」

「簡単に言ってくれるわねぇ」
委員長さんから皮肉っぽいセリフが飛ぶ。

「うん。だってさ、二人の父親は人間だろ? 親父さん達が興味を持ってるモノが、人間にとって価値のあるモノなんだよ」

「あっ!」
そろって間の抜けた声を漏らすお二人さん。


この反応も予想通り。

ティル・エラックに住み始めて今日で一週間。
その間、広い山中に点在する魔物達の集落をいくつか覗いてみた。
俺にあてがわれた小屋のある村は、エレノアやフェアリーの『きゅーてぃあ』など未婚の若い娘さん達が暮らしている場所の一つであり、親世代は一人もいない。
だが、他の集落へ行けば様々な世代が混在して住んでいる所もある。
そこで何人かの人間、つまり若い魔物娘の父親達と色々な話をした。
彼らのほとんどは、土地柄だろうか元猟師や元木こり、もしくは元山師(鉱山技師)といった人々が主だった。
仕事でティル・エラックへ入り込んだ所、現在の嫁さんにとっつかまって、そのままなし崩し的に結婚生活に突入といったのが大半だ。
余談だが、彼らの言葉の端々から異口同音に、嫁に対する惚気がポロリとこぼれ落ちるのを聞くと、リア充爆発しろと罵りたくなってしまった。

そうやって様々な家族と接していく内、ある疑問に気づく。
俺はどこの村を訪れても、人間のオスという認識をされた。
年頃の娘さん達がこっちを見る目が、狩人のそれと同じだったのだ。
つまりは貞操の危機である。
美男子でもない俺が、人間の町でそんな事を考えていれば自意識過剰なバカ男だけれど、ここは魔物娘達のテリトリー。
実際、案内をしてくれたきゅーてぃあが、ドン引きするくらいの好戦的な表情でまわりの娘さん達を威嚇していたので、勘違いではあるまい。
フェアリーの武器である吹き矢を両手の指の又へ挟み込み、麻酔弾を連弩砲の如く速射しまくっていたきゅーてぃあは、一族の中でも名の知れた戦士らしい。
敵を排除したアホの子が見せる無駄に良い笑顔の裏から、異常な程のよからぬ気配を感じたが、気合で考えない事にした。

閑話休題。

俺は人間のオスだ。
そして、人間の男に対する魔物娘の反応は上の通り。
でもって、娘さん達の父親も、間違いなく人間のオス。
だけれど、俺に対する態度と、父親達に対する態度がまったく異なるのはなぜだろう?
父親連中に突撃する未婚の娘は、まったくのゼロ。
不倫だの浮気だの感情的な某やら倫理観を度外視しても、俺と父親達は生物として同じ『人間オス』であるにもかかわらず、なのだ。

若い魔物娘と父親世代との接し方を観察してみると、疑問の答えがあった。
彼女達は、父親達を繁殖の相手から無意識的に除外している節が感じられたのである。
例えるならば、父親を人間ではなく『父』という別個の種族であると判断しているかの様に。

もしかすると、これは魔物娘の本能に刻まれた習性なのかもしれない。
血の偏りを防ぐ、あるいはオスを巡る無益な争いを避ける為の。

エレノアとアクエリアスの反応は、ここから予想できた。



「人間と商売をするってのはさ、なにも特別な事じゃないんだよ。肩肘張らず自然体でやったら良い」
二人に向かって極々軽い口調で語りかける。

「じゃあ……そうね……私が父さんに作ってあげてる、シャツやズボンなんかは人間に売れるのかしら?」
半信半疑で尋ねるエレノア。

「もちろん! 今でも凄く量は少ないんだけど、アラクネの作った服が売られてる事もあるんだ。シルク製の服の何十倍もの高値で取引されてる、最高級の衣料品だよ」
天衣無縫を地で行くアラクネの服飾品は、親魔物派の貴族や富豪達にとって垂涎の一品だ。

「へ、へぇーー……」
「うれしそうですわね、エレノアさん♪」
「べ、別にそんなこと……」
「あら、以前『織物を褒められて喜ばないアラクネはいないわよ!』とおっしゃっていませんでしたか?」
「こっ、これはそんなんじゃないしッ! 私はただ委員会の事を考えてるだけなんだから!」
「ふふ♪」

仲良き事は良き事哉。


「だからさ」
俺は結論を述べる。
「人間との商売、山の皆で考えてみる価値はあるんじゃないか?」


エレノアは第三回の会議で議題に載せると約束してくれた。

よし、まずは一歩前進。
焦らず着実にやっていこう!






エレノア・アクエリアスとの三者会談を終えて、次の日の朝。

自宅の小屋で日課のストレッチをこなしていると、おもむろに入り口のドアが開く。
「ん……フォズか。どうしたんだ?」
ぬぼーっと立ち尽くすマンティス娘。
俺の問いには答えず、そのままぼんやりとした面持ちでこちらを眺める。

ふーむ……一体何事だろう?
昨日話をした二人や、しょっちゅうまとわり付いてくるきゅーてぃあ、話好きなシルフのプラクチカなどとは、結構打ち解けた気がしているのだけれど、この寝ぼすけマンティスさんとはあまり会話をした記憶がない。
客観的に考えると、こうして自宅へ尋ねてくる程の仲ではないと思うのだが……

「何か用でもあるのか? 話ならいくらでも聞くからな」
様々な相手と繋がりを作るのも、俺の大事な仕事の一つ。
それだけじゃなく、この娘、妙にあぶなっかしい感じがして、放っておけない気分にさせられる。

「……………………」
しかし無言。
わたし眠たいんですと全力で主張しているアイスブルーの瞳をゆっくりと動かし、俺の部屋を観察している模様だ。
今気がついたのだけれど、フォズの目は通常のマンティスと色が違う。
普通のマンティスは艶やかな琥珀色。
彼女のそれは、快晴の空を映し込んだような青。
前頭部と側頭部の複眼も同じく、蒼穹の色合い。

フォズののんびりペースに乗せられてしまったのだろうか、こちらもぼんやりと彼女の瞳を眺めていた。

しばし、ぼけーっとお見合い状態。

静寂を打ち破ったのは、意外にもフォズの方だった。

部屋のある一点を見つめた際、彼女の複眼が一瞬きらんと光る。
ふにゃんふにゃんと頭を左右に揺らし、まるっきり狩人とは思えないだらだらな足取りで、視線の先へと進んで行く。

真意の読めぬ俺を尻目に、フォズは部屋の片隅にうずくまった。
ぷちん、ぷちんと金属製のホックを外す音が小さく響く。
しゅるしゅるしゅる、紐と布との擦過音。

もぞもぞもぞもぞ。
これはフォズが穴へ潜り込む時のヤツ。

………………あれ?

「…………おやすみなさい」
ぐぅ……………

「なんでイキナリ俺の寝袋で寝てるんだよッ!!」



「えーっとフォズさん、起きてください」
マンティスの危険性を心配する気持ちなんぞ、どこかへ吹っ飛んでしまった俺は、遠慮なく寝袋をガシガシ揺さぶった。

「…………はっ……あやうく熟睡するとこ……ろ」
どうにかこうにか叩き起こす。

「で、何しに来たんだよ?」

「…………これは……なに?」
開口部分から顔だけ出したミイラ状態のまま、額に生えた触角で寝袋を指し示す睡眠ジャンキー。
人の話聞いちゃいねーのな。

「寝袋だよ」
「…………ん?」
「あーーつまり、ベッドだとか寝る為の道具が無い時に使う、持ち運び用の布団だ」
「…………ふかふか」
「うん。質の良いのを使うのは、野営の基本だからな。安モンだと次の日に疲れが残っちまうんだよ」
「…………これはすばらしいもの。人間……あなどり難……し」
「まぁ、こうやって道具を改良していくのは人間の得意分野だよな。この寝袋だって色んな工夫をしてるんだぞ。軽くする為中綿は水鳥の羽だし、外側の布は丈夫な麻と綿の混紡、内側は絹で作ってるんだし……そういう凝り性な気質は、ドワーフなんかと少し似ているのかもな」

「…………ぐぅ」

「起きろッ! 今ちょっとイイ事しゃべってただろうが、せめて気持ちよく語らせてくれよ」
ガシガシ揺すり、二度目。

「…………ねぶくろ……魔性のゆりかご……永久の安眠へといざないし宝具」

「俺の寝袋にカッコいい二つ名つけんな! 単にお前が寝ボスケなだけだ」


「ふぅ……」
朝から疲れる事この上なし。
「フォズ、いいから出て来い」

「…………その提案は拒否する」

「おいッ!」

「…………わたしにも譲れない一線というものがある。それがこれ」

「意味がわからん」

「…………ねぶくろは睡眠神がわたしに遣わしてくれたモノに違いない。なぜならぴったりフィットしているから」

ヤケに饒舌になりやがって……俺はフォズをアホ二人目と断定した。

「いや、お前がそれ持ってったら、俺はどうやって寝ればいいんだよ」


しばらく考え込むアホマンティス。

「…………いっしょに寝……る?」

どうしてそういう発想に辿りつくんだ!
「魔物娘の性質は知っているが、そういう事はもう少し考えてから発言しなさい」
……俺、将来娘ができたら禿げるかもしれん。

「…………最近、母さまが早く交尾をしろとうるさい」

「え……あの……うーーん……」
これは困った!
しかし色気もへったくれもないお誘いだな。
うむ、どうしたものか……

「…………孫の顔が見たいと毎晩言ってる……寝言で」

そこは直接言えよ。


「…………ん」
フォズが寝袋の口を開け、微かな吐息を漏らす。
薄ぼんやりとした暗がりの中、幼い雰囲気の彼女と不釣合いな程豊かな胸が垣間見えた。
甘い蜂蜜のような香りが、スッと鼻を通り抜ける。
それを嗅いだ途端、フォズの体臭が頭蓋骨の奥にへばりつく錯覚を憶えた。

……ヤ……バ……イ……
虫の能力を授かった魔物娘の中には、男を魅了するフェロモンを操る者がいると聞いた事がある。
これがそのフェロモンか!?

ゾクン
下っ腹が熱くざわめき始めた。
久しく味わっていない、女の肉襞の感触が強烈にフラッシュバックする。

瞳孔が急激に収縮し、フォズの涼しげで、しかし眠たそうな顔が小さく小さく感じられた。
クソッ……遠近感がおかしくなりやがった。
このままじゃ神経がやられちまう。

理性の警告と裏腹に、脳内では女の体を貪りたいという欲求が強まっていく。
ぐちょぐちょに濡れた蜜壺の壁へ、思い切りペニスを擦りつけたい……


―― くんくん ――
マンティス娘が鼻を鳴らす。
「…………オスの……ニオイ」
そう呟いたフォズはアイスブルーの瞳で俺を射抜き、淡く微笑んだ。


脳味噌が焼き切れる衝撃を受け、俺は理性を手放した。
乱暴に彼女の頭を抱きかかえ、唇を奪う。

初めてだったのだろう、わずかな抵抗があったが構わず舌をねじ込む。

「…………ふっ……ぅん♪」
くちゅくちゅくちゅと、粘膜が絡まりあう卑猥な音が生じていた。

生々しいフォズの唾液の味が異常な位美味く思え、もっと飲みたいと口の中を舌で嘗め回す。
ベロの裏、上の歯茎、唇、頬の内側……
己の欲望に従い、心置きなくしゃぶり尽くす。

「…………きす……ん……ちゅ……ちゅ……ちゅぱ……ちゅぷ……すき♥」
未だ無表情は崩れないが、荒い息遣いと蒸気した頬はフォズの興奮を十分に伝えていた。


もっと彼女をめちゃくちゃにしたい。
俺は体勢を変える為、一度舌を引き抜く。

その時、猛烈にイヤな予感がした。
フェロモンに乗っ取られた頭が、正気に戻る程の悪寒だ。

素早く横を向く。
………………

「にいさま。これ……浮気です」

吹き矢を構えた小さな鬼神が降臨した。

―― プッ
ゼロ距離射程で弾丸発射。

「ぐふっ」
情けない悲鳴だけを残し、俺は意識を手放した。





しばらく後。
村のすぐそば、樫の大木の下で、俺はきゅーてぃあに土下座をしていた。

理不尽である。
どちらかといえば、こっちは被害者サイドではなかろうか?
確かにキスは気持ちよかったけれども。

だが、マイハウスの末路を見れば、二人に逆らう気は起こらない。
小屋は切り刻まれた。

きゅーてぃあとフォズの喧嘩が原因らしい。
詳しい事は知りたくない。

額を地面へ擦りつけた状態で、目を動かす。
フォズの様子を伺う為に。

……まだ寝袋に入ってんのか。
ミイラ化したデンジャラスマンティスは、なにが面白いのかごろごろそこらへんを転がっていた。


「フォズ。にいさまはあたしが最初に目をつけたんです。変な横槍はやめてください」
「…………最後にしとめた者が、獲物を食べる事ができる」
やっぱりそういう認識なんですね。
「宣戦布告とみなしますよ。いいんですか? フェアリー一族総出で妨害させてもらいますけど」
「…………やってみたら」
「あなたが寝てる間中、あたし達は周りでオナニーし続けます。大声であえぎまくりながらね!」
きゅーてぃあの無駄なドヤ顔、うざい。

「…………安眠妨害……ちょっとつら……い……」
「でしたら諦めてください。にいさまは一生あたしとえっちするって決まってるんですから」
死ぬ気で拒否させてもらおう。


「にいさま」
「は、はい」
「今、おかしな事を考えませんでしたか?」

……こいつ読心の魔術でも使ってやがるのかよ。
「いいえ。滅相もございません」

「ならいいんですけど」


俺は必死でネゴシエートした。
これまでの厳しかった仕事が朝飯前に思える程、シビアな舌戦だった。

結局、フォズには寝袋を進呈するのと引き換えに、フェロモン魅了の禁止を約束させた。
一方のきゅーてぃあは、毎日必ずオナニーの手伝いをするとの条件で、俺がイエスと言わなければ絶対に結婚しない事を認めさせた。

あまりにも得るものの少ない交渉である。
というか、俺の身の安全は前提条件として保障されているはずなんだけれど。
しっかし、このアホどもがエレノアやお嬢に注意されたぐらいで素直に従うとも思えないから、自分の身は自分で守らなければダメなんだろう。

どうにも段々とティル・エラックに絡め取られている気がせんでもない。
本当にこの山を出られる日は来るのだろうか?

だけど、俺にもプロの冒険者としてのプライドってモンがある。
一度受けた依頼を無責任に投げ出すのだけはしたくねぇ。
まぁ、やるだけの事を懸命にやるしかないわな……




「でだ、フォズ。本当はなにしに俺の所へ来たんだ?」
まさか寝袋と貞操を強奪しに来た訳でもあるまい。
……そう信じたい。

フォズはゆらゆらと視線をさまよわせたのち、おもむろに寝袋の中でごそごそやり始めた。
ホックを少し開き、手を突き出す。
その手で握っているのは布袋、椰子の実程度の大きさだ。

「くれるのか?」
「…………ん」

覗いてみる。
「お、燻製かー。美味そうだな」
イノシシっぽい獣のバラ肉、いわゆるベーコンだった。

「にいさま、えっちです♥」
「は?」
またぞろアホフェアリーが意味不明なセリフをのたまう。

「こんな明るい内から『クンニがおいしそう』だなんて……きゅーてぃあにもココロの準備ってものがあるんですからね♪」

羽をぱたぱた、腰をくねくね。

「まさか燻製とクンニを聞き間違えるおバカがいるとは……」
どっと脱力感が押し寄せてきた。

最近定位置化している首筋にきゅーてぃあがへばりつく。
はぁはぁ言いながら、俺の耳元でささやいた。
「欲求不満なんですね。わかります。これからはいつでもあたしのおまんこでおしゃぶりしてください♥ 今すぐならオプションでおしっこもおつけできますが、いかがですか?」
「遠慮しときます」

「……やせ我慢してるにいさま……かわいい♪」

なぜか勝手に興奮して、日課のオナニーを始めたきゅーてぃあは放置。


ベーコンを見ているうち口の中にツバが溜まっていく。
夏めく新緑の梢のすきまから太陽の位置をうかがうと、ずいぶん高い所まで昇っている。

「もう昼だなぁ、飯にすっかー。フォズ、お前も食べるだろ?」

返事の代わりに、くきゅるるるーと腹の虫。



山の食事は質素である。
獣肉は塩味で煮るor焼く。
川魚も同じ。
それプラス、山菜の水煮がついたり、どんぐりの炒ったのだったり、果物のデザートを少々だとか。

魔物娘は、あまり食を重要視していないようだ。
人間のオヤジさん達が多い集落では、麦の畑を作るやら野生のヤギを捕まえて乳を採るやら、色々工夫しているそうだが、生産量は極わずかで新参者の俺には回ってこない。

粗食は慣れているので、現状たいした苦にもなっていないけれど、この食生活が長く続くとどうだろうか?
日常的には今の食生活で不満は無いが、時たま贅沢してみたいってのも正直な話。

せっかくベーコンを貰ったのだし、今日は記念すべきティル・エラック入山一週間目の日だから、ちょっと奮発してみようか。


瓦礫となったマイハウスを漁り、バックパックを救出する。
幸い荷物の中身は問題なかった。

「今晩どうやって過ごそう」などと考えもしたが、季節柄凍える事もないので、まぁいいかと気を取り直す。
昼飯に必要なものは……と。
俺はリュックの口を開けた。

長期保存の為、硬く焼きしめた黒パン。
食欲をそそるオレンジ色のゴーダチーズの塊。
バジルをペースト状にした物と、酢、塩、オリーブ油、乾燥にんにくの粉、松の実、隠し味のジュニパーベリー少々を混ぜ合わせた緑色の特製ソース(俺の大好物なので小瓶に入れ、いつも携帯している)。

その他細々とした道具を用意し、レッツクッキング!


手早く枯れ枝を集め、ささっと火起こし。
携帯まな板で食材を切った後、網へ乗せてじゅじゅっと炙る。

イノシシベーコンからものすごく良い香りが。
この段階できゅーてぃあが日課をストップした。

「手ー洗ってこないと食わせないぞ」
猛スピードで飛んでいった。

「…………じゅるり」
マンティス娘はといえば、口の端からよだれをたらしてやがる。
「ちゃんと拭け。女の子がはしたない」
ぐしぐしぬぐってる。

なんだかなー……手間のかかる妹ができた気分だ。



ふっくらこんがりと焼けた黒パン。
軽く酒を振りかける事で水分を補い、やわらかくなるのだ。

とろーりとろけるチーズをパンとドッキング。
お次の三層目にはじゅじゅっと肉汁したたるイノシシのパンチェッタ(五枚肉)ベーコン。
仕上げにバジルソースをたっぷりと。

「よし、完成! 名づけてティル・エラックサンド。さあ召し上がれってなもんだ!」

俺のテンションもおかしいな。


うおっ。
フォズがものすごい勢いで寝袋ごと転がってきた。
にゅにゅっと中から手を生やし、サンドウィッチを捕まえる。

「はむはむはむはむ」
猛烈な咀嚼速度だな。

「イケルか?」
「はむはむはむ……今……はむはむはむ……いそがしい……はむはむはむはむ」

気に入ってくれたようでなにより。

きゅーてぃあを見てみると、胡坐をかいてすわってる俺の膝の上で、こちらも一心不乱に食事中。
フェアリーサイズに小さく切ってやったサンドウィッチを、両手でリスみたく掴み、口をもぐもぐさせてる。
おとなしくしてりゃーかわいいんだがなぁ。

さて、俺も食おう。


がぶり。
大口で頬張る。

む……こりゃマジで美味い!

久しぶりのちょっと凝った食事ってのを抜きにしても、良い味してる。
特にベーコン。
じわっと染み出るやさしい油と、絶妙な食感の肉。
塩の塩梅も最適だし、肉の熟成加減もばっちり。
山で採れる材料を使っているのだろうか、香辛料の風味が普通のベーコンとまったく違う。
だが、それがまた美味い。
肉の臭味を上手に消して、複雑な旨味に変えている。

こんなベーコン、人間の街の高級料理店でもお目にかかれないだろう。
このレベルを食えるのは、専属のシェフを雇ってる連中くらいか……


「この燻製、誰が作ったんだ?」
興味が沸いたのでフォズに聞いてみた。

「はむはむはむはむ…………おかわ……り」
基本こいつは人の話を聞かない。

「はいはい、ちょっと待ってろ」

「にいさまッ! フォズばかりずるいですッ」

「お前はまだ沢山残ってるだろうが」

「そういう問題ではありません! もう、乙女ゴコロの分からないにいさまです。罰として、あーんしてください」

ああ、自分にもっとかまえって事か。
漏れ出す苦笑いと共に、小さなティル・エラックサンドをフェアリー娘の口元へ運ぶ。

「おいしいです♥」
小さなお姫も満足してくれたご様子。
この位のお世話係なら朝飯前なんだけどな。



「はむはむはむはむ……ごっくん……これ作ったの……親戚のおばあちゃんのおじいちゃん……」

「すまん、ちょっと理解できん」

「…………あのね……」

フォズの語るとぎれとぎれの情報を整理すると、やっと意味がわかった。
このベーコンを作ったのは、フォズの親戚であるファティマさんの夫だ、との事。
夫の名前はブラウンさん。
フォズからすると、優しいお爺さんって感じの人なんだと。
ブラウンさんは元肉屋で、マンティスの奥様方が獲ってきた獣を色々と加工しているのだという。
ただ、趣味でやってるから沢山作っている訳ではないらしい。


ふーむ。
元々凄腕の職人だったんだろうな、ブラウンさん。
しかし待てよ。
このベーコン、町へ持っていっても売れるんじゃないか?
一度ブラウンさんと話してみるのも良いかもしれんな。


腕組みして思案を巡らせていると、どこからともなくシルフのプチがやってきた。
なぜかものすごく激怒してる。

「なーにプチにないしょで、んなおいしそーなの食ってんの。おっさんマジつかえねー。呼べよ! プチのこと呼べよ! だいたい『美味いモンある所にプチあり』って、いつも言ってんよね」

そんなセリフは初耳な上に、理不尽な言いがかりにも程がある。

「人のコトおっさん呼ばわりするヤツには、このミハイル謹製ティル・エラックサンド、一切食わせん!」

「イケメンのお兄様、プチにおひるゴハンちょーだい♥」

「現金なヤツめ」
さて、第二陣の製作に取り掛かろうか。



山の時間はのんびりと進む。
人間の町であくせくやってるのより、みょーに気が楽だ、なんて感じてしまうのは、ティル・エラック山の思う壺なんだろうか。
まぁ、それもまた人生ってものかもしれんね。


「ってコラ、プチ、人の荷物あさるな」
バックパックをごそごそしやがる、おしゃべりシルフ。

「いーじゃん、減るもんじゃねーんだしー」

「はぁ……壊すなよ。後、ちゃんと元に戻せ」

「はーーい」
お返事は立派だな。


「ねーねーにーちゃん、コレなに?」

「んん?」

プチが取り出したのは、蜜蝋で蓋を閉じた一通の封筒。

あれ…………あれッ!?
わ・す・れ・て・た!!

クリャヌチカ宛の手紙。
最後に請け負った仕事だよ。

畜生、どうしたもんか……

「にーちゃん! こげてる。お肉こげてんよーッ」

木霊すプチの声を聞きながら、今後の対策を練る俺であった。

12/05/18 22:44更新 / カイラス峠
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■作者メッセージ
第二話です。
続きはいつになるか分かりませんが、楽しんでいただければ幸いです。

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