夏の夜に咲くは大輪の華
「ふぁ･･･んぅ。」
とある公園のベンチに腰掛けて十幾分。もうとっくに日は暮れ、空には星が煌き始めていた。
無論、こんな時間に公園に来る物好きはあっしを置いて他には早々居ないだろう。･･･今日を除いて。
･･･早く来過ぎたかな？まぁ遅れるよりも良いだろ。
･･･にしても暇だねぁ･･･。
ふと耳を澄ませると、少し遠くから祭囃子や人の賑う声が聞こえてくる。
もう祭りは始まってんのか。まぁ、当然･･･と言やぁ当然か。皆あんなに楽しみにしてたもんな。
そう言えばアイツ、祭り行くの初めてとか言ってたっけ･･･。
「すいませ〜ん、遅れましたぁ〜！」
気の弱そうな声と共にパタパタと小走りする足音が聞こえてきた。
･･･ん、来たか。
「着付けに時間が･･･ふみゅっ！？」
俺が既に見飽きた星空から顔を下ろすと同時に素っ頓狂な声が聞こえた。
声のした方向を向いてみると、吸い込まれそうな黒髪を肩まで伸ばした紅い浴衣姿の彼女が盛大にこけている。
このこけている彼女こそがあっしの待人（いや、待魔物か）、ドッペルゲンガーの黒本夜美（くろもとよみ）。いつもは伸ばした黒髪と同じ真っ黒なワンピースみたいな服を着ているが、今日は祭りのためか紅地にオレンジの縞柄といった浴衣を着ている。
吹き出し（二つの意味で）そうになるのを堪えつつ、ベンチから立って泣きそうになっている夜美に手を差し伸べてやる。
「相変わらずだねぁ･･･。大丈夫か？」
「うぅ、何とか･･･。」
掴まれた手を優しく引いて彼女を立たせる。どうやら怪我をしている様子は無い。
･･･良かった、折角の祭りで怪我しちゃダメだもんな。
念のためにもう一回聞いとくか。
「本当に大丈夫？怪我は無いか？」
「は、はい。」
「そうか･･･。じゃ、行こうか。」
「はい！」
さっきまでの涙目は何処へやら、手を握ったまま満面の笑みで返事をしてくれる。
ああもう可愛いなコンチクショウ！
「さ、一文字さん早く行きましょう！」
「わわ！ちょ、そんなに急がなくても祭りは逃げないから！」
「お祭りは逃げなくても時間は過ぎちゃいます、だから早く！」
「分かった、分かったから！」
夜美に引っぱられながら、俺は誰も居ない公園を離れていった。
･･･因みにこの後夜美が直ぐまた盛大にこけたのはまた別の話である。
◆
「一文字さんこっちこっち!」
「夜美、楽しいのは分かるけど落ち着けって!」
「よぉ一文字！」
「ん？あぁ、ヤス健か･･･ってえぇ！？」
無事（？）に会場に着いたものの、極度の方向音痴である夜美と離れないよう手を繋いで歩いていると、不意に夜美が一つの出店に向かって走り出した。
林檎飴か綿飴と思っていたがまるで見当違い、金魚掬いの出店だった。
そこには何故か１４年来の友人、安田健一：通称「ヤス健」が浴衣に襷を巻いて捻り鉢巻といった風貌で子供達でごった返している水槽の横で座っていた。
壁には金魚掬い一回２００円と達筆で書かれた紙が貼ってある。こいつがこんなに字が上手い筈は無いので多分バイトだろう。
俺をこの屋台まで引っ張ってきた張本人である夜美はと言うと、案の定水槽の中に居る色とりどりの金魚たちに目を輝かせていた。
あぁもう可愛いなぁ!此処が家だったら今すぐ抱きしめてるのに!!
「一文字さん、金魚掬いだって!」
「やりたいのか?」
「ハイ!」
「はい、ポイ一つ２００円ね。」
「え、えと･･･。」
「ほらよ。」
財布を何処に入れたか分からなくなったのか、体の至る所を叩きながら困惑する夜美に１００円玉を二枚渡してやる。
「良いんですか?」
「別に構わん。」
「ありがとうございます!えっと･･･ヤス健さん、一回お願いします!」
「はいまいど。」
「じゃあ一文字さん、先にやってきますね!」
「ん、了解。」
金をヤス健に渡してポイとお椀を受け取ると、いそいそと嬉しそうに子供達に混じって行ってしまった。
「何あの娘、彼女?」
ヤス健が立ち上がってあっしに顔を近付け、ニマニマ笑いながら他人には聞こえない程度の声で訊ねてきた。
その顔、埋まるまで殴ってやろうか。
「ああそうだ。何か悪いかカス健。」
「ふーん･･･。ってカス健ってお前･･･。まあいいや、お前もやってく？友達の好で安くしとくぜ。」
「いくらだ？」
「ポイ一つ４００円。」
「ほほう？ヤス健、お前の『安い』は定価の２倍のことを言うのか?え?」
「じゃあ、この間ジ○ンプ買うために貸した２００円、いつ返してくれるのかねぇ〜?」
「･･･ッ！」
「ほい４００円。」
と言いながらにやけた顔をそのままに金を出せと手を差し出すヤス健改めカス健。何となくムカついたので４００円を全て１０円玉で、さらに一つ一つ丁寧に指でヤス健の顔面を狙いながら弾き飛ばして渡してやる。
「ほ、ら、よ！」
「うわ、ちょ、痛い！は、弾くな！しかも問屋泣かせかよ！」
「安心しろ、４００円に変わりはねぇ。」
「いた、痛い！め、目はやめろ目ｈ（ビシィッ！」
「フーハハハハ！」
「人中に･･･人中に当たった･･･!」
「悪いなヤス健、手元が狂った。」
そう言いながらもあっしは弾く手を止めない。止められない止まらない〜♪発射１０円♪
◆
１０円の残りの全てをヤス健の頭部に当てて心が晴れました。
ヤス健よありがとう、君の事は忘れない。
「勝手に殺すな･･･。」
「おぉっと手の中にまだ一枚残っていたぁ〜!?」
ビシイィィ・・・ッ！
「〜〜〜〜〜･･･！」
『何故か』手の中に残っていた１０円を払い終えた。これでもうヤス健に借りは無いはずだ。
「んじゃ、遠慮無くポイは貰ってくぜ。ヤス健♪」
「〜〜〜･･･!」
ヤス健が座っていた椅子の下に置いてあった箱の中からポイを一つ取って隣の水槽を子供越しに覗き込んでみる。
和金に出目金からランチュウまで、まさに色とりどりの金魚が大きめな水槽の中を回遊していた。
･･･あれ、夜美は何処だ?
いくら方向音痴でもこんなで店の中で迷うって事は無いだろう。･･･って事は誘拐!?
「よ、夜美!?何処だ!?」
店の前を通る人の目を気にせずに大声で彼女の名前を呼ぶ。
「一文字さ〜ん、こっちですよ〜。」
水槽の端っこ、ちょうどあっしから一番遠い角に夜美は居た。
よ、良かった･･･。
夜美の居る場所に行ってみると、夜美のポイはまだ破れていなかった。しかしお椀には一匹も入っていない。
「う〜ん･･･。金魚掬いって難しいです･･･。」
「そうだな。」
偶々夜美の隣が空いていたのであっしも並んで座る。
「えいっ！」
お、上手い事掬うじゃん。何で今まで取れな･･･!!?
い･･･今あったことを正直に話すぜ･･･!
夜美が上手い事『金魚を掬った』と思ったら金魚が『そのまま跳ねて水槽に戻っていった』んだ･･･!
な、何を言ってるかわかんねーだろうがあっしも目の前で起こった事が信じられなかった･･･。
偶然とか偶々だとかそんなちゃちなもんじゃ断じてねぇ、もっと恐ろしい奇跡の片鱗を味わったぜ･･･!
「うぅ･･･取れません･･･。」
「････････。」
とりあえずあっしも一匹掬ってみる。
夜美の時とは違い、別段暴れる事も無く和金は夜美の持つお椀の中へと掬われた。
「わぁ･･･!一文字さん、凄いですね！」
「･･･あ、ありがとう。」
いや、貴女のやってるの方が奇跡だから。ってか本当によくあの跳ね方で破れないな、ポイ。
◆
気付けば祭ももう終わり。食い物系の出店の一部が店仕舞を始め、一部の一般客や出店の売り子達が川原の土手へ歩いていくのが見える。
それに倣ってあっし達も人の少ない道を歩く。
にしても、今日は色々あったなぁ･･･。
――――――――――
「ふええええぇ･･･怖いいいいぃぃ･･･。」
「･･････。」
何この生き物超可愛い･･･。
「何かすまんな、愚弟よ･･･。」
ゾンビの格好した兄貴が仁王立ちで立ったまま、淡々と話しかけて来た。
言うまでも無く原因はこのバカです。本当に殴りたくなってきます。
どうやら大学の友達連中とお化け屋敷をやっているらしい。
にしてもリアルである。怪我の具合とか腐敗の仕方とか･･･。しかも心なしか臭い。
「昌平兄ぃ、あっしにはそれが例の出し物とは分かってるから謝らなくていい。ただ、それ脱いで夜美に謝れ。後愚弟って呼ぶな。」
「愚弟を愚弟と呼んで何が悪い、我が愚弟よ。」
「あーもう喋るな！」
「で、この子が噂の彼女か？」
「ああ、いいから早く夜美に謝れ。」
「分かった分かった･･･。」
「･･･？」
そういうと、兄貴はゆっくりと蹲っている夜美に近付いていった。
何してんだ？此処から謝ればいいのに。
兄貴がすうっと息を吸い込む。まぁ、マスク越しなので音だけで判断しているが。
「悪ぃ子はいねぇがーー！」
「っきゃーーーーーー！？」
何という事でしょう、兄貴はそれはそれは大きな声で青森のなまはげを演じて･･･って
「何してんだクソ兄貴いぃぃ！」
「あっはっはっはっは！･･･んじゃな！」
兄貴はゲラッゲラ笑いながらお化け屋敷と看板に書かれた建物の中へと消えた･･･基、逃げた。
「待てコラぁ！」
とっ捕まえてふん縛ってやる！と意気込んだは良いものの、夜美が浴衣の裾を掴んで離してくれないので進めなかった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ･･･。」
「落ち着け夜美！？」
―――――とまあこんな事があったり、他には･･･。
「あ、文ちゃん！」
「げっ、千歳!?」
「久し振りー！元気してた？」
夜美にたこ焼きを買っている時、不意に声を掛けられた。
声の主は木村千歳。あっしが幼少の時からの幼馴染で、大分前に関東の方へ引っ越して行った変わり者の女子だ。
「元気だけど、何でおめぁココに居んの！？」
「地元の祭りだし来るのは当たり前じゃん。つーかげって何よ、げって。」
「･････････。」
「！！」
う、後ろから殺気が･･･！
恐る恐る振り返ってみると、夜美が目に涙を浮かべてあっしのことを睨んでいた。
「あれ？その娘誰？」
「あ、ああこの娘は」
「夜美と申します！少し前から一文字さんの『彼女』をさせてもらってます！」
「お、おい夜美･･･！」
「･･････。」
夜美が今までに無く真剣な目つきで千歳を見る。千歳はと言うと、同じように真剣な目つきで夜美を睨みつけていた。
･･･何この修羅場。
「･･････。」
「･･････。」
一瞬にして周りの空気が張り詰める。
へ、ヘルプミー！
「･･･ぷっ。あははははは！」
「･･･へ？」
突然、千歳が笑い始めた。
「あははは、アンタ文ちゃんよく落とせたねぇ！？このも凄く鈍感なお馬鹿を！」
「ひ、一文字さんはお馬鹿なんかじゃありません！」
「･･････････。」（現実逃避の為一文字停止中…）
すいません、誰かこの状況を分かりやすく説明してください。
ワッツハプン？
―――――数分後。
･･･はっ！？あっしは一体どうしてたんだ！？
「うちの名前は木村千歳。よろしくね、夜美ちゃん。」
「え、は、はい。よろしくお願いします。」
「･･･え？」
･･･何でか女子二人に友情（？）が生まれてたりとか。
――――――――――――
「･･･ロクな事無かったな、今日。」
「そうですか？私は楽しかったですよ♪」
「･･･そうか。」
川原の土手に座って花火が始まるのを待つ。
まぁ夜美が喜んでくれたなら結果オーラｲだな。
「はい、一文字さんのお陰です！」
「へ？」
「――――――――――」
夜美が何か言ったのと同時に大きな音と共に夜空に一輪、大輪の花が咲いた。
その所為で何を言ったのかは聞こえなかったが、花火に美しく照らされた夜美の笑顔から大体は察せられた。
「･･･どういたしまして。」
その年の花火は、いつもより何倍にも綺麗に感じられた。
いくら忘れっぽいあっしでも、今日という日はいつまでも心に大きく残っているだろう。
とある公園のベンチに腰掛けて十幾分。もうとっくに日は暮れ、空には星が煌き始めていた。
無論、こんな時間に公園に来る物好きはあっしを置いて他には早々居ないだろう。･･･今日を除いて。
･･･早く来過ぎたかな？まぁ遅れるよりも良いだろ。
･･･にしても暇だねぁ･･･。
ふと耳を澄ませると、少し遠くから祭囃子や人の賑う声が聞こえてくる。
もう祭りは始まってんのか。まぁ、当然･･･と言やぁ当然か。皆あんなに楽しみにしてたもんな。
そう言えばアイツ、祭り行くの初めてとか言ってたっけ･･･。
「すいませ〜ん、遅れましたぁ〜！」
気の弱そうな声と共にパタパタと小走りする足音が聞こえてきた。
･･･ん、来たか。
「着付けに時間が･･･ふみゅっ！？」
俺が既に見飽きた星空から顔を下ろすと同時に素っ頓狂な声が聞こえた。
声のした方向を向いてみると、吸い込まれそうな黒髪を肩まで伸ばした紅い浴衣姿の彼女が盛大にこけている。
このこけている彼女こそがあっしの待人（いや、待魔物か）、ドッペルゲンガーの黒本夜美（くろもとよみ）。いつもは伸ばした黒髪と同じ真っ黒なワンピースみたいな服を着ているが、今日は祭りのためか紅地にオレンジの縞柄といった浴衣を着ている。
吹き出し（二つの意味で）そうになるのを堪えつつ、ベンチから立って泣きそうになっている夜美に手を差し伸べてやる。
「相変わらずだねぁ･･･。大丈夫か？」
「うぅ、何とか･･･。」
掴まれた手を優しく引いて彼女を立たせる。どうやら怪我をしている様子は無い。
･･･良かった、折角の祭りで怪我しちゃダメだもんな。
念のためにもう一回聞いとくか。
「本当に大丈夫？怪我は無いか？」
「は、はい。」
「そうか･･･。じゃ、行こうか。」
「はい！」
さっきまでの涙目は何処へやら、手を握ったまま満面の笑みで返事をしてくれる。
ああもう可愛いなコンチクショウ！
「さ、一文字さん早く行きましょう！」
「わわ！ちょ、そんなに急がなくても祭りは逃げないから！」
「お祭りは逃げなくても時間は過ぎちゃいます、だから早く！」
「分かった、分かったから！」
夜美に引っぱられながら、俺は誰も居ない公園を離れていった。
･･･因みにこの後夜美が直ぐまた盛大にこけたのはまた別の話である。
◆
「一文字さんこっちこっち!」
「夜美、楽しいのは分かるけど落ち着けって!」
「よぉ一文字！」
「ん？あぁ、ヤス健か･･･ってえぇ！？」
無事（？）に会場に着いたものの、極度の方向音痴である夜美と離れないよう手を繋いで歩いていると、不意に夜美が一つの出店に向かって走り出した。
林檎飴か綿飴と思っていたがまるで見当違い、金魚掬いの出店だった。
そこには何故か１４年来の友人、安田健一：通称「ヤス健」が浴衣に襷を巻いて捻り鉢巻といった風貌で子供達でごった返している水槽の横で座っていた。
壁には金魚掬い一回２００円と達筆で書かれた紙が貼ってある。こいつがこんなに字が上手い筈は無いので多分バイトだろう。
俺をこの屋台まで引っ張ってきた張本人である夜美はと言うと、案の定水槽の中に居る色とりどりの金魚たちに目を輝かせていた。
あぁもう可愛いなぁ!此処が家だったら今すぐ抱きしめてるのに!!
「一文字さん、金魚掬いだって!」
「やりたいのか?」
「ハイ!」
「はい、ポイ一つ２００円ね。」
「え、えと･･･。」
「ほらよ。」
財布を何処に入れたか分からなくなったのか、体の至る所を叩きながら困惑する夜美に１００円玉を二枚渡してやる。
「良いんですか?」
「別に構わん。」
「ありがとうございます!えっと･･･ヤス健さん、一回お願いします!」
「はいまいど。」
「じゃあ一文字さん、先にやってきますね!」
「ん、了解。」
金をヤス健に渡してポイとお椀を受け取ると、いそいそと嬉しそうに子供達に混じって行ってしまった。
「何あの娘、彼女?」
ヤス健が立ち上がってあっしに顔を近付け、ニマニマ笑いながら他人には聞こえない程度の声で訊ねてきた。
その顔、埋まるまで殴ってやろうか。
「ああそうだ。何か悪いかカス健。」
「ふーん･･･。ってカス健ってお前･･･。まあいいや、お前もやってく？友達の好で安くしとくぜ。」
「いくらだ？」
「ポイ一つ４００円。」
「ほほう？ヤス健、お前の『安い』は定価の２倍のことを言うのか?え?」
「じゃあ、この間ジ○ンプ買うために貸した２００円、いつ返してくれるのかねぇ〜?」
「･･･ッ！」
「ほい４００円。」
と言いながらにやけた顔をそのままに金を出せと手を差し出すヤス健改めカス健。何となくムカついたので４００円を全て１０円玉で、さらに一つ一つ丁寧に指でヤス健の顔面を狙いながら弾き飛ばして渡してやる。
「ほ、ら、よ！」
「うわ、ちょ、痛い！は、弾くな！しかも問屋泣かせかよ！」
「安心しろ、４００円に変わりはねぇ。」
「いた、痛い！め、目はやめろ目ｈ（ビシィッ！」
「フーハハハハ！」
「人中に･･･人中に当たった･･･!」
「悪いなヤス健、手元が狂った。」
そう言いながらもあっしは弾く手を止めない。止められない止まらない〜♪発射１０円♪
◆
１０円の残りの全てをヤス健の頭部に当てて心が晴れました。
ヤス健よありがとう、君の事は忘れない。
「勝手に殺すな･･･。」
「おぉっと手の中にまだ一枚残っていたぁ〜!?」
ビシイィィ・・・ッ！
「〜〜〜〜〜･･･！」
『何故か』手の中に残っていた１０円を払い終えた。これでもうヤス健に借りは無いはずだ。
「んじゃ、遠慮無くポイは貰ってくぜ。ヤス健♪」
「〜〜〜･･･!」
ヤス健が座っていた椅子の下に置いてあった箱の中からポイを一つ取って隣の水槽を子供越しに覗き込んでみる。
和金に出目金からランチュウまで、まさに色とりどりの金魚が大きめな水槽の中を回遊していた。
･･･あれ、夜美は何処だ?
いくら方向音痴でもこんなで店の中で迷うって事は無いだろう。･･･って事は誘拐!?
「よ、夜美!?何処だ!?」
店の前を通る人の目を気にせずに大声で彼女の名前を呼ぶ。
「一文字さ〜ん、こっちですよ〜。」
水槽の端っこ、ちょうどあっしから一番遠い角に夜美は居た。
よ、良かった･･･。
夜美の居る場所に行ってみると、夜美のポイはまだ破れていなかった。しかしお椀には一匹も入っていない。
「う〜ん･･･。金魚掬いって難しいです･･･。」
「そうだな。」
偶々夜美の隣が空いていたのであっしも並んで座る。
「えいっ！」
お、上手い事掬うじゃん。何で今まで取れな･･･!!?
い･･･今あったことを正直に話すぜ･･･!
夜美が上手い事『金魚を掬った』と思ったら金魚が『そのまま跳ねて水槽に戻っていった』んだ･･･!
な、何を言ってるかわかんねーだろうがあっしも目の前で起こった事が信じられなかった･･･。
偶然とか偶々だとかそんなちゃちなもんじゃ断じてねぇ、もっと恐ろしい奇跡の片鱗を味わったぜ･･･!
「うぅ･･･取れません･･･。」
「････････。」
とりあえずあっしも一匹掬ってみる。
夜美の時とは違い、別段暴れる事も無く和金は夜美の持つお椀の中へと掬われた。
「わぁ･･･!一文字さん、凄いですね！」
「･･･あ、ありがとう。」
いや、貴女のやってるの方が奇跡だから。ってか本当によくあの跳ね方で破れないな、ポイ。
◆
気付けば祭ももう終わり。食い物系の出店の一部が店仕舞を始め、一部の一般客や出店の売り子達が川原の土手へ歩いていくのが見える。
それに倣ってあっし達も人の少ない道を歩く。
にしても、今日は色々あったなぁ･･･。
――――――――――
「ふええええぇ･･･怖いいいいぃぃ･･･。」
「･･････。」
何この生き物超可愛い･･･。
「何かすまんな、愚弟よ･･･。」
ゾンビの格好した兄貴が仁王立ちで立ったまま、淡々と話しかけて来た。
言うまでも無く原因はこのバカです。本当に殴りたくなってきます。
どうやら大学の友達連中とお化け屋敷をやっているらしい。
にしてもリアルである。怪我の具合とか腐敗の仕方とか･･･。しかも心なしか臭い。
「昌平兄ぃ、あっしにはそれが例の出し物とは分かってるから謝らなくていい。ただ、それ脱いで夜美に謝れ。後愚弟って呼ぶな。」
「愚弟を愚弟と呼んで何が悪い、我が愚弟よ。」
「あーもう喋るな！」
「で、この子が噂の彼女か？」
「ああ、いいから早く夜美に謝れ。」
「分かった分かった･･･。」
「･･･？」
そういうと、兄貴はゆっくりと蹲っている夜美に近付いていった。
何してんだ？此処から謝ればいいのに。
兄貴がすうっと息を吸い込む。まぁ、マスク越しなので音だけで判断しているが。
「悪ぃ子はいねぇがーー！」
「っきゃーーーーーー！？」
何という事でしょう、兄貴はそれはそれは大きな声で青森のなまはげを演じて･･･って
「何してんだクソ兄貴いぃぃ！」
「あっはっはっはっは！･･･んじゃな！」
兄貴はゲラッゲラ笑いながらお化け屋敷と看板に書かれた建物の中へと消えた･･･基、逃げた。
「待てコラぁ！」
とっ捕まえてふん縛ってやる！と意気込んだは良いものの、夜美が浴衣の裾を掴んで離してくれないので進めなかった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ･･･。」
「落ち着け夜美！？」
―――――とまあこんな事があったり、他には･･･。
「あ、文ちゃん！」
「げっ、千歳!?」
「久し振りー！元気してた？」
夜美にたこ焼きを買っている時、不意に声を掛けられた。
声の主は木村千歳。あっしが幼少の時からの幼馴染で、大分前に関東の方へ引っ越して行った変わり者の女子だ。
「元気だけど、何でおめぁココに居んの！？」
「地元の祭りだし来るのは当たり前じゃん。つーかげって何よ、げって。」
「･････････。」
「！！」
う、後ろから殺気が･･･！
恐る恐る振り返ってみると、夜美が目に涙を浮かべてあっしのことを睨んでいた。
「あれ？その娘誰？」
「あ、ああこの娘は」
「夜美と申します！少し前から一文字さんの『彼女』をさせてもらってます！」
「お、おい夜美･･･！」
「･･････。」
夜美が今までに無く真剣な目つきで千歳を見る。千歳はと言うと、同じように真剣な目つきで夜美を睨みつけていた。
･･･何この修羅場。
「･･････。」
「･･････。」
一瞬にして周りの空気が張り詰める。
へ、ヘルプミー！
「･･･ぷっ。あははははは！」
「･･･へ？」
突然、千歳が笑い始めた。
「あははは、アンタ文ちゃんよく落とせたねぇ！？このも凄く鈍感なお馬鹿を！」
「ひ、一文字さんはお馬鹿なんかじゃありません！」
「･･････････。」（現実逃避の為一文字停止中…）
すいません、誰かこの状況を分かりやすく説明してください。
ワッツハプン？
―――――数分後。
･･･はっ！？あっしは一体どうしてたんだ！？
「うちの名前は木村千歳。よろしくね、夜美ちゃん。」
「え、は、はい。よろしくお願いします。」
「･･･え？」
･･･何でか女子二人に友情（？）が生まれてたりとか。
――――――――――――
「･･･ロクな事無かったな、今日。」
「そうですか？私は楽しかったですよ♪」
「･･･そうか。」
川原の土手に座って花火が始まるのを待つ。
まぁ夜美が喜んでくれたなら結果オーラｲだな。
「はい、一文字さんのお陰です！」
「へ？」
「――――――――――」
夜美が何か言ったのと同時に大きな音と共に夜空に一輪、大輪の花が咲いた。
その所為で何を言ったのかは聞こえなかったが、花火に美しく照らされた夜美の笑顔から大体は察せられた。
「･･･どういたしまして。」
その年の花火は、いつもより何倍にも綺麗に感じられた。
いくら忘れっぽいあっしでも、今日という日はいつまでも心に大きく残っているだろう。
11/08/30 21:43更新 / 一文字@目指せ月3