――――――土閣中央都市燕庁内・巡査本部の一室


転移魔法特有の不快感を乗り越え、目的地に着いた。まず目に入ったのは夜の街が見渡せる大きな窓とその前に置かれた机と窓の方向を向いた椅子。おそらく、あの椅子に親父が座っているのだろう。わざわざ凝った演出しやがって、暇なんだな。唯ちゃんは転移魔法が初めてだったのか、俺の胸に思い切り顔を押し付けて震えていた。

「･･･来たか。」
「･･･巡査長、この子が？」
「ああ、俺の息子さ。」

机の隣にいた女性にそう答えながら、親父が此方を向く。青い軍服のような巡査官の制服に散切りにした黒髪、そして長めに伸ばした髭。見間違える筈も無い。

「･･･親父。」
「あ、ととさま！」

唯ちゃんが親父の姿を見て嬉しそうに声を上げた。そして、俺の腕から離れて親父の元へと向かう。親父もまた嬉しそうに唯ちゃんを受け止める。

「おう、唯。元気にしてたか？」
「はい、ゆいはいつでもげんきです！」

今まで何となくだった物が確信へと変わる。どうやら本当に唯ちゃんは俺の妹らしい。･･･って言うか、親父のあんな笑顔初めて見た。

「フフフ。陽介、久し振りですね。」
「母様･･･。」

後ろから淑やかな声が聞こえたので振り返る。すると、唯ちゃんと同じような綺麗な白髪にそれと同じ色をした着物を着た白蛇――母様はにこりと優しい笑顔で立っていた。
･･･いつの間に。

「お元気そうで何よりです。･･･それよりも。」
「はい？」
「その髪の毛はどうしたのですか？」

･･･しまった。
俺の黒髪を見て母様の丁寧な言葉と優しい笑顔の裏に徐々に怒気が溜まってゆく。理由を正直に言わなければ只では置かない。そう母様の目が語っていた。

「いや、流石にこの歳で白髪はどうかと思いまして･･･！」
「いつも言ってますよね？『外を変うるは心を変うる』･･･と。」
「ええ、勿論覚えています！ですから･･･！」
「言い訳は無用です。」
「うわぁっ！？」

そう言って母様が指を鳴らすと、何処からともなく冷たい水が盥を返したように降ってきた。思わず目を瞑ってしまい、視界が真っ暗になる。目を開けると、髪の毛から滴る水が黒い。どうやら染髪料が取れてしまったようだ。
･･･折角苦労して染めたのに。

「全く･･･。貴方はそのままでも十分魅力的なのですから、わざわざ染める必要はありませんよ。」
「は、はあ･･･。」
「･･･水奈、別に良いじゃねぇか髪位･･･。」

親父が呆れたように母様に呟く。因みに、水奈というのは母様の名前だ。

「いいえ、駄目です。」
「そ、そうか･･･。」
「はい。」
「陽介君、タオルです。」
「あ、ありがとうございます。」

見知らぬ女性が声を掛けてきてタオルを手渡してくれた。そのタオルで頭と顔を拭いて水を落とす。拭き終わると同時に、親父が手を叩いて注目を促した。

「･･･さ、役者は大方揃った。作戦を説明する前にまずはお互い自己紹介と行こう。･･･陽介、まずはお前からだ。」
「分かったよ･･･。自分の名前は天地陽介。いつも父がお世話になっています。そこにいる天地聡世の息子で若輩ながら天地流の師範代を勤めさせて頂いております。」

最後に礼をして自己紹介を終える。

「俺は火野迦具壌（ひの　かぐつち）。ここの突撃部隊部隊長だ。」

部屋の端に居た茶髪の男性が面倒臭そうに自己紹介をし、ゆっくりと近付いてきた。そして俺の目の前まで来ると腰のホルダーから拳銃を抜き、銃口を俺の額に突きつける。
ちょっ･･･！？

「巡査長の息子だろうが関係ねぇ。少しでも怪しい行動をすればそのお気楽な脳みそが弾け飛ぶ事になる、そう肝に銘じておけよ小僧。」
「は、はいぃ･･･！」
「そもそも俺はな･･･むぶっ！？」
「やめなさい迦具壌。」

銃口を更に額に押し付けてきた迦具壌さんの後ろから、先程タオルをくれた女性が割って入ってきて銃と迦具壌さんを俺から離してくれた。

「私は諜報部工作員の狗之地桜（くくのち　さくら）と申します。武器や此処に居る間の身の回りのことで困った事が有ったらいつでも言ってくださいね。可能な限り対処させて頂きます。」
「あ、はい。」

狗之地さんがにこやかに笑いながら右手を差し出してきたので応える。さっきは水でよく見えなかったが、狗之地さんは母様や狐璃先生に負けず劣らず整った顔立ちをしている。

「すいませぇ〜ん、遅れました〜。」

突然、気の抜けた声が聞こえてきたかと思うと後ろの扉が開いてパジャマ姿の女性が顔を出した。

「･･･水葉、貴女という人は･･･。」
「ん〜？どうしたの〜、桜ちゃん〜？」
「どうしたもこうしたも！集合時間に遅刻！資料の遅れ！挙句の果てに会議だと言うのになんですかその格好は！？」
「え〜？制服はちゃんと着て･･･。」

狗之地さんに水葉と呼ばれた女性は子供の様に頬を膨らませながら服に視線を落とす。そしてその格好のまま停止した。

「あれれ〜？」
「･･･はぁ。」
「えへへ〜、間違えちゃった〜。」
「一体どうすりゃ制服とパジャマ間違えるんだよ･･･。」

狗之地さんだけでなく元の場所に戻っていた迦具壌さんも呆れて自身の額に手を当てていた。

「･･･とにかく！」
「うん〜？」
「水葉。今は此処に居る巡査長の息子さん、陽介君に自己紹介しなさい。」
「あ〜、君が陽介君〜？」
「あ、はい。天地陽介といいます。暫らくよろしくお願いします。」
「私は衛生部所属の冶蘇水葉（やそ　みずは）っていいます〜。しない方が好ましいけど〜、もし怪我したらいつでも来てね〜。」

非常におっとりとした口調で水葉さんは自己紹介をする。

「･･･ふああ。･･･よく寝たわい。」

ふと迦具壌さんの居る方向とは反対の壁にいた男性が欠伸をしながら背伸びをして起きた。そして、訝しげに俺の事を見つめる。

「･･･何じゃお主？侵入者か？」
「馬鹿言え芳養荷栖。侵入者ならお前の警報機鳴ってんだろうが。」
「ふむ･･･。確かにのう。」
「噂の巡査長の息子だそうだ。」
「ほう、お主が！ハッハッハそうかそうか！」

二十歳ほどの若い風貌とは似合わない喋り方で芳養荷栖と呼ばれた男性が爆笑しながら立ち上がり、此方へと歩いてきた。

「あ、ど、どうも･･･。天地陽介と申しま」
「あっしは技術部長の芳養荷栖秀治（はやにす　しゅうじ）！何ぞ分からん物や必要な物があったらあっしに聞けい！作れる物なら幾らでも作ってやるわい！ハッハッハ！」

そう言いながら芳養荷栖さんは俺の背中を思い切り叩いてきた。どうやら此処の人たちは狗之地さんを除いて皆一癖も二癖も強い人たちの様だ。･･･まあ親父の部下って時点で何となく気付いてたけど。

「全員終ったみたいだな。･･･っと、もうこんな時間か。作戦は明日話す事にして、今日は皆休んでくれ。」
『はっ。』

部屋に居た親父の部下の方々全員が綺麗に敬礼をして部屋から出る。今の今まで爆笑していた芳養荷栖さんまで真面目な顔をしている。
･･･切り替え早っ！？

「じゃあな坊主。あっしはこの部屋を出てすぐ左の部屋に居るからの、暇なら来るとええ。此処を案内してやろう。」
「あ、はい。」

他の人たちがぞろぞろと出て行く中、最後に扉に向かった芳養荷栖さんが振り返り声を掛けてくれた。
全員が出て行った途端、親父の部屋が一気に静かになった。

「･･･さて陽介、お前も今日は休め。さっき言った通り詳しい事は明日話す。それとお前の部屋は員舎だ。場所は芳養荷栖に案内をしてもらえ、いいな。」
「･･･分かった。」
「ああ、そうだ。」

踵を返した途端、親父が声を掛けてきた。

「･･･何だよ。」
「唯も連れて行ってくれ。俺と水奈はまだ仕事が残ってるから。」
「･･･え？」
「ゆいはととさまといっしょにねたいです！」
「ごめんな、今日は兄ちゃんと寝てくれ。」
「･･･わかりました。」

しょぼくれた唯ちゃんがゆっくりと此方に来る。時折親父のほうを振り返る辺り、まだ諦め切れていないのだろう。しかし決心がついたのか俺のズボンの裾を掴んできた。
･･･確か芳養荷栖さんの部屋は出てすぐ左だったな。

「じゃあ親父、また明日。」
「ととさま、ははさま、おやすみなさい。」
「ああ、お休み。」
「お休みなさい。」

挨拶もそこそこに扉を開けて廊下へと出る。すると、芳養荷栖さんが暇そうに壁に凭れ掛って待っていた。

「おう坊主、終ったかい？」
「はい。」
「そうか･･･。じゃあ行こうかい。･･･その子は？」
「ひゃうっ！？」

唯の存在に気付いた芳養荷栖さんが視線を向けると、唯は肩が跳ねるほど驚いて俺の後ろに隠れてしまった。

「に、ににさまぁ･･･。」
「･･････。」

何このちびっ子超可愛い。
小動物を連想させるように小刻みに震え、涙目になりながら必死にズボンへ顔を押し付ける唯。どうやらこの子は極度の怖がりのようだ。

「･･･ああ、思い出したわい。唯ちゃんじゃったのう？」
「へううぅ･･･。」

唯は未だに震えているが、ズボンを掴む手から徐々に力が抜けていく。ふと腕時計を見ると午後１０時半。おそらく眠いのだろう。

「よしよし。･･･芳養荷栖さん、とりあえず員舎って何処ですか？」
「ん？ああ、こっちじゃよ。ついて来い。」
「さ、唯。行くよ。」
「ふぁい･･･。」

手を差し出すと、唯は芳養荷栖さんに怯えてズボンの後ろに隠れながらもその小さな手で握り返す。芳養荷栖さんは唯が怯えているのを気にする風でもなく右を指差して先導してくれた。それに倣って俺達もいやに重厚な雰囲気のする廊下を歩く。

「んぅ･･･。ににさまぁ･･･。」
「唯、もうすぐだから頑張りなさい。」
「むぅ･･･。」

員舎への途中、歩き始めて少しの辺りから船を漕いでいた唯がぐずるように声を掛けてきたので窘める。すると、少し拗ねた様な顔をしながらも大人しくついて来る。

そうこうしている内に芳養荷栖さんが立ち止まった。此処が員舎らしい。廊下こそ親父の部屋の辺りと変わらないが、ドアは鉄製でカードキーの様な物を挿し込めるようになっていた。

「此処が員舎じゃ。･･･ふむ。」
「･･････。」

芳養荷栖さんは俺達の方に振り返ると、今にも眠ってしまいそうな唯の方を見た。そしてニコリと笑うと、踵を返して元来た道を戻り始めた。

「あの、芳養荷栖さん。どちらへ？」
「案内はまた明日にしよう。唯ちゃんも眠たいみたいじゃしのう。」
「あ、あの。」
「鍵は開いとるしカードキーも部屋の中にあるわい。心配せんでもええ。」
「･･････。」
「それと風呂はそこの通路の突当りじゃ。･･･また明日。」

この人は読心術でも使えるのだろうか。俺が訊こうとしている事を一歩早くそれでいて的確に答えてくる。芳養荷栖さんは右手を振ってその場を後にした。

「･･･さ、寝ようか。」
「･･･ふぁい。」
「おいで。」
「･･････。」

芳養荷栖さんが角を曲がるまで見送り、姿が見えなくなった所で唯に声を掛ける。もう立つ事すらままならない状態の唯を抱きかかえてやると、すぐに寝息を立て始めた。

「･･･すげ。」

消えていた電気をリモコンで豆電球にして部屋を見渡してみると、高いホテルの一室かと見間違えるほど立派な内装が目に入った。
･･･ベッドは、と。
目的の物は窓際にあった。人一人は余裕で入るようなベッドに小さな唯の体を置いて布団をかけてやる。
さて、寝る時間には早いし風呂に入ってくるかな。
ベッドの近くにあった箪笥を開けてみると、着替えやらバスタオルなどがぎっしりと入っていた。そこから風呂に必要な物を取り出して箪笥の隣の机上にあったカードキーを手にする。特徴も無いそれは磁気を読み取る黒い帯意外何も書いていない。不必要な物はとことん無くす、そんな親父の性格がよく見て取れた。
鉄製のドアを開き、部屋を後にした。

■作者メッセージ
はい、どうも一文字です。
とりあえず最初に申し訳ありません、長さの都合で特別ゲストは次回になりました。
楽しみにしていた皆様、本当に申し訳ございません。

･･･さて、此処で次回に関する諸注意を。
１ひらがな耐性無いと一寸きつい場面があります。
２表現がだいぶグロいです。

･･･クロスとかコラボって憧れるけど声掛けられないんだよな←ヘタレ
というかやり方がわからない←無知
とりあえずあっしの作品を引用したい方はコメかメルアドにその旨をば送信して下さればそれで結構です。

さてと･･･。
募集文書くか･･･。