6話 普通・・・ってなんだっけ?
「あ〜、面倒臭ぇ・・・。」
「あたしのけんをうけたらそんなたいどでいられないんだからね!」
「そうか、じゃあ気を付けないと駄目だね。」
「む〜、いまにみてなさいよぉ〜!」
夕華ちゃんは地団太を踏みながら自身の身長の半分ほどはある得物を構える。剣といってもお互い怪我をしないように木刀だ。因みに夕華ちゃんの木刀の形は両刃の、俗に言うグラディウス(ラテン語で剣の意)。俺は日本刀の形をしている。
「え〜っと、陽介・・・。一体これはどうなってんだ?」
騒ぎを聞きつけて事務室から出てきた鉄ちゃんが尋ねてくる。
「聞かないでくれ・・・色々あったのさ。」
「・・・とりあえず絶対に怪我だけはさせないでくれよ?」
「あたぼうよ。んじゃ、合図は頼んだぜ。」
「了解。・・・じゃあ二人とも、間合いを離して。」
鉄ちゃんの指示に従い、俺と夕華ちゃんはお互い二歩ほどずつ離れる。ふと夕華ちゃんの方を見ると、リザード種特有の尻尾に火が灯っていた。
「準備はいい?」
「いつでも。」
「あたしもいーよ!」
「じゃあ始め!」
「てやあああああ!」
鉄ちゃんの合図で、夕華ちゃんが気合と共に一気に間合いを詰めてきた。そして夕華ちゃんは大振りながらも的確に体に当てにくる。木刀だと言えど剣を振る際にも体の芯はぶれていない。
「へえ、上手いね。」
「ひゃわぁ!?」
いくら的確に打ち込もうと大振りであれば受けるのは容易い。剣を相手の軌道上まで持ち上げ、片手で受け止める。剣を押し返された夕華ちゃんは体制を崩してしまい、よろめいた。本来なら相手に隙が出来た此処で斬りかかるのだが今回は子供が相手。そこまで本気で行く事も無いだろう。
「むぅ〜・・・いがいとつよいじゃない。」
「お褒めに預り至極光栄。」
「うりゃあああああ!」
「おっと。」
今度は下から上へと斜めに振られた剣を当たるか当たらないかギリギリの所でかわす。
「もお〜!かわすな〜!」
「・・・じゃあ動きもしないし受けもしないから、一発打ち込んでみな。」
「え・・・?」
俺は刀を下ろして体から力を抜き、すぐに来るであろう衝撃に備える。そんな反応が意外だったのか、夕華ちゃんの手が一瞬止まった。
「どうしたの?打ち込まないのかい?」
夕華ちゃんを刺激するように、わざと指で挑発をかけてみる。すると、夕華ちゃんの尻尾の焔が一気に燃え上がった。
「じゃーおのぞみどおりいっぱつでしとめてあげる!」
「ん。いつでもどうぞ。」
「てええええええええい!」
夕華ちゃんの得物が真横に振られ、横腹へ突き刺さる。
「う゛っ・・・。」
剣の当たった部分から痛みが走り、思わず呻き声が出る。体制が崩れそうになったが、左足を踏ん張らせて何とか留まることができた。
「・・・ふぅー。」
痛みを深呼吸と共に口から逃がし、夕華ちゃんを見据える。
「へ・・・?」
「良い払いだ、本当に剣だったら斬れてたかも知れないなぁ。」
「・・・いたくないの?」
「痛いよ。」
「な、なんでたってられるの・・・?」
「耐えられない程じゃないしね。」
「う・・・うわあああああああ!」
目を畏れ一色に染めて夕華ちゃんが斬りかかる。その軌道は剣を齧った事がある人間なら誰もが読めると思えるほど単純な物。
・・・これ以上怖い思いはさせたくないし、そろそろ終いにするかな。
精神を落ち着かせ、八相の構えを取る。
「じゃあいい太刀筋に敬意を表して最後に一言・・・って言っても、聞こえてないかな。」
「わああああああああ!」
「上を知りなさい。」
夕華ちゃんの剣を弾き、わざと刀から手を離す。刀の切っ先が地面に付くのを合図に、柄を取り刃を返して斬り上げる。
「天地流“抜(ぬき)の構え”弐之型『菖蒲(あやめ)』」
「うわわっ・・?!?」
斬り上げるといっても当てた訳ではない。剣を弾いただけで後の動きはただのデモンストレーションだ。それでも夕華ちゃんの小さな体は弾かれた衝撃に耐え切れず体勢が崩れて後ろへ倒れそうになる。
「おっとっと・・・。」
「ふぇ・・・?」
「それまで!」
真後ろに倒れそうになった夕華ちゃんの背中を支えてやる。それと同時に聞こえてきた鉄ちゃんの大きな声で勝負が決着した。
「・・・・・・。」
「・・・大丈夫?どこか痛い所は無い?」
「・・・あ、・・・うん。」
背中を支えてから俺の事をじっと見つめていた夕華ちゃんが気付いた様に小さく、それでいて弱々しく返事をする。
どこか打ってしまったのだろうか。だとしたら大事だ。
「本当に大丈夫?痛い所があったら・・・。」
「・・・・・・。」
何か、夕華ちゃんの俺を見つめる目が段々熱っぽくなってるのは気のせいだろうか。尻尾の焔も徐々に勢いを増してきてるし・・・。
「・・・し」
「ん?」
「ししょーーーーっ!」
「うわぁ!?」
突然、夕華ちゃんが大きな声を出して俺にしがみついて来た。
な、何だ!?師匠!?それって俺のこと!?
「え、夕華ちゃん師匠って・・・?」
「だってししょーはあたしよりつよいんです!だからあたしのししょーになってください!」
「・・・はい?」
一寸待て、これって一体どういう状況?
「ししょー♪」
「と、とりあえず落ち着いて・・・。」
「あらら、夕華ちゃんに気に入られちゃったみたいですね〜。」
俺に抱きついて腹に頬擦りしている夕華ちゃんの頭を撫でて宥めていると、園舎の中から声が聞こえたので振り返る。すると、朝会った魔女の先生(?)が鉄ちゃんの隣に立って笑っていた。
「え、ちょ、それってどういう・・・?」
「リザード種の性なんでしょうね〜。自分より強い人がいると、その人を好きになっちゃうんですよ♪」
いやいや「ですよ♪」じゃなくて。
「モテモテじゃん、陽介。」
鉄ちゃんがニヤニヤとにやけながら運動場へと出てきた。
畜生、その顔に拳を埋めてやろうか。
「さ、夕華ちゃん。そろそろお昼寝の時間だから戻ろうか。」
「やだ、ししょーといっしょがいい!」
「・・・陽介。」
しがみついて離れようとしない夕華ちゃんを見て鉄ちゃんが目で「一緒に居てやってくれ」と語りかけてくる。このままだと鉄ちゃんと夕華ちゃん、どちらが折れるかの我慢比べになり兼ねないので俺も左手を上げて了承の意を示す。
「じゃあ、一緒にお昼寝しに行こう。」
「はい、ししょー!」
何だかくすぐったい気もするが悪くない、そう考えながら腹にひっ付いている夕華ちゃんを抱き上げてやる。
「行こうぜ、鉄ちゃん。」
「ああ。」
俺達は運動場から園舎へ向かって歩き出した。
――――――3時間後
「ん・・・。」
目を覚ますと、既に日は傾き真っ青だった空にはほんのりと朱が注していた。どうやら、みんなを寝かしつけている間に俺も眠ってしまったらしい。起き上がって周りを見てみると、子供達はまだ眠っている。起こさないようにそっと立ち上がり、鉄ちゃんと薫(かおり)さん(あの魔女の先生の名前、寝る前に訊いた。)が居るであろう事務室へと向かった。
「う〜。」
小さな声が後ろから聞こえてきたので振り返ると、いつの間にか茜ちゃんが俺の近くまで這ってきていた。
「おはよう、茜ちゃん。」
「あう。」
茜ちゃんを抱き上げて教室兼お昼寝部屋を後にする。教室を出てすぐの場所にある事務室の扉をノックするが、返事は無い。
「・・・あれ、誰も居ないのかな?」
ドアに手を掛けてみると、鍵が掛かっていないのかあっさり開いた。中を覗き込むと机に突っ伏して眠っている薫さんがいた。
あれ、鉄ちゃんは?
「お、陽介。起きたか。」
「ん?」
後ろから声を掛けられたので振り返ると、缶ジュースを二つ持った鉄ちゃんが運動場から廊下へと入って来る所だった。
「飲むか?」
「おう。」
鉄ちゃんが手に持っていた「うま〜いお茶」を此方に渡してきた。缶を受け取ると買って来たばかりなのだろう、キンキンに冷えている。プルタブを空けて中身を飲んでいると、物珍しそうに見ていた茜ちゃんが手を伸ばしてきた。
「う〜。」
「おわっと・・・。茜ちゃん、欲しいの?」
「う。」
「・・・やっても大丈夫だよな?お茶だし。」
「大丈夫だろ、お茶だし。」
二人して曖昧な答えしか出なかったが大丈夫だろう。なんせお茶だし。
お茶を溢さない様に気をつけながら茜ちゃんの口元まで運ぼうとすると、早く飲みたいのか缶を両手で掴んできた。
「んく・・・んく・・・。」
「おお〜、よく飲む。」
「ははは、可愛いなぁ。」
鉄ちゃんが茜ちゃんのほっぺをつつくと、茜ちゃんは少し嫌そうに顔を顰めた。
「・・・さ、そろそろ皆を起こさないと。」
「ふぁ〜・・・。」
事務室の中から声が聞こえてきた。どうやら薫さんも起きたらしい。
「先生、おはようございます。」
「あ、鉄汰君に陽介君、おはようございます。今何時ですか?」
「え〜と・・・。丁度4時ですね。」
「ええっ!?じゃあ皆起こさないとお迎えが来ちゃいます!」
薫さんはガバッと飛び起きると急いで事務室を出て教室で寝ている皆を起こしに行った。
「・・・忙しい人だな。」
「それだけ、皆の事考えてるんだろうな。」
いい先生だなぁ・・・。
あのアホ顧問に薫さんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぜ・・・。
そう思いつつ、腕の中に居る茜ちゃんに目を向ける。茜ちゃんは既に空になっている缶を傾けて残ってもいない中身を飲もうとしていた。
「はい、茜ちゃんおしまい。」
「むう〜!」
茜ちゃんの口から缶を離すと、未練がましそうに缶を見つめる。
この後子供達のお迎えを終えると同時に園長先生たちが帰ってきて、俺のほぼ強引な職場体験は幕を閉じた。
――――――同刻・土閣中央都市燕庁のとある通り
此処は反魔物意識の強い国、土閣の中央都市燕庁。昼間は賑っているこの通りも、この時間から一気に静かになる。そんな通りを少し外れた裏路地に、それはあった。
「・・・こちら狗之地(くくのち)。久潟通りの裏路地にてターゲットを発見。至急処理班と巡査長を此方に。」
狗之地と名乗った青い軍服のような物を着た女性は服に付いているトランシーバーに向かって話しかけた。
『ザザッ・・・。こちら天地。了解した、すぐに向かう。』
トランシーバーから低い男の声が聞こえ、通信が切れた。その数分後、火野と同じ服を着て煙草を銜えた男がマスクをした男達を引き連れ、通りから裏路地へと入ってきた。
「よう、お疲れさん。」
「お疲れ様です、天地巡査長。」
「おうお前ら、早く仏さんを『集めて』やんな。」
「はっ。」
天地と呼ばれた男性が後ろの男達に声を掛けると、マスクをした男達はバラバラになっている「それら」を集め始めた。
「・・・これで何人目だ?」
「さあ、もう数え切れないでしょう。」
「面倒臭ぇなぁ、ったくよぉ・・・。」
「ですが向こうの情報が掴めない間は・・・。」
「ああ、分かってる。耐えるしかねぇやな。」
「巡査長!被害者集め終わりました!」
そうこうしている間に、処理班が「それら」を集め終わり声を掛けた。
「おう、有難うな。」
「では、私どもはこれにて。」
「ああ、ゆっくり休んでくれ。」
処理班が裏路地から抜けると、天地と呼ばれていた男は煙草の紫煙を溜息と共に吐き出した。
「・・・あいつ呼ぶか。」
「はい・・・?」
「いやな、今回はどうにも人手不足だろう?」
「ええ、確かにここ燕庁に集められた人数は数えるほどですが・・・。」
「あの馬鹿でも少しは戦力になるだろ。ま、「あの子」もそろそろ外を知るべきだしな・・・。」
「はあ・・・?」
狗之地が訝しげな表情で首を傾げていると、天地は踵を返して裏路地の出口へと歩いていく。
「ま、待ってください!あれはどうするんですか!?」
「ん〜?・・・ま、考えんのは後だ。とりあえず腐食しない様に結界張っておいてくれ。」
「・・・はぁ。了解しました。」
狗之地は溜息をつくと、小さな声で呪文を唱え始めた。
―――――――数刻後・神宮村陽介の家
ピーンポーン・・・。
「ん?こんな時間に誰だ?」
夕食を食べ終わり、洗い物をしていると不意にインターホンが鳴った。
・・・美夜かな?
そう思いながらドアを開けるとそこには美夜の姿は無く、代わりに緑色の制服を着たハーピーが手(羽)に少し大きめな荷物を抱えて立っていた。
「どうも、白鳥宅急便です。天地さんの家で合ってますか?」
「はい、俺が天地ですが・・・。」
「速達です。判子をお願いします。」
「はい、ちょっと待っててくださいね。」
急いで箪笥の中に入れている印鑑を取り出して玄関へと戻る。よほど重いのかハーピーは荷物を下ろして待っていた。
「すいません、遅くなりました。」
「いえいえ、ではこれに判子を。」
そう言って差し出された紙に判子を押して荷物を受け取る。
「では、ありがとうございましたー。」
「お気をつけて。」
ハーピーが階段を下りていくのを見送った後、玄関前に置かれている荷物の差出人を見てみる。
「天地聡世(あまち そうせい)・・・。親父から?一体何が・・・。」
怪訝に思いつつも荷物に手を掛け、持ち上げる。一抱え程はあるその荷物は存外軽く、スムーズに中へと運ぶ事が出来た。
「おにいちゃん、それなーに?」
「ん〜・・・。分かんない、でも親父が送ってきた物だからまともな物なはずが無いから少し下がってなさい。」
「は〜い。」
紫苑ちゃんは返事をすると、茜ちゃんを抱きかかえて4,5歩下がる。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか・・・。
開けてはならないと直感が警告を発しているが、開けなきゃ以前の様に爆発する代物だったら困る。
荷物のガムテープを剥き、恐る恐る箱を開ける。
「すー・・・。すー・・・。」
「・・・・・・は?」
そこに入っていたのは紫苑ちゃんと同じくらいの小さな白蛇の子供だった。目の前にあった物が信じられず、目を逸らして思わず頬を抓る。
痛い。夢じゃない・・・。
とりあえず箱から出すために抱きかかえてやる。
「・・・うゅ?」
「あ・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
すると白蛇の子が目を覚ました。白蛇の子は俺を見るなり顔を真っ青にして辺りを見回し始めた。
「君・・・何処の子?」
「ひうっ!?」
話しかけると白蛇の子は余計に顔を恐怖一色に染める。
「ふぇ・・・。」
「ちょ、ま、泣かない」
「ととさまああああああああ!ははさまあああああああ!」
制止も空しく白蛇の子は思いっきり大声で泣き始めた。声の良く通るアパート、しかも夜の9時頃にだ。ご近所さん、ごめんなさい。
「き、君・・・。落ち着いて・・・!」
「ふわああああああああああああん!!」
何とか宥めようとするも、白蛇の子は泣き止まない。
「陽ちゃん、どうしたの!?何の騒ぎ!?」
隣の部屋には良く聞こえたようで、美夜が慌てた様子でドアを開けて覗き込んできた。
・・・鍵かけんの忘れてた。
「あ、ああ・・・。いや、ちょっとな。」
「・・・陽ちゃん、その子は?」
「分からん。親父が送ってきた・・・。」
「送ってきた!?まさか・・・。」
そう言いながら、美夜は俺の前にある箱に目を落とす。
「・・・・・・。」
「・・・そう言う事。」
「・・・・・・はぁ。陽ちゃん、その子貸して。」
「ああ、頼んだ。」
「ふわああああああああああああああああん!!」
この子が入っていた箱と俺の反応を見て大体を悟った美夜は未だ泣き止まない白蛇の子を優しく抱くとこれ以上怖がらせないようにゆっくりと頭を撫で始めた。
「よしよし、怖くないよ〜。」
「・・・ひっく、ひっく。ははさまぁ・・・。」
「・・・ほっ。・・・ん?」
ふとこの子が入っていた箱に目をやると、手紙が一通入っていた。おそらく親父の物だろう。
「・・・・・・。」
それを徐に取り上げ、開く。
※Now reading※
ようクソガキ。死んで無ぇか?
今回派遣先で面倒な事件が起きやがってな、またお前の力が借りたい。
何、まあ死ぬことは無いだろう。万が一死んでもそれはお前が弱かった、それだけだ。
とにかく、いい返事待ってるぞ。
追伸
この手紙と一緒に送った子はお前の妹だ。仲良くしろよ。
詳しいことはこっちで話す。知りたかったら連れて来い。ただし、連れてくるならお前が死んでも守れ。
それと、魔方陣の「鍵」だがいつものアレにしてある。感謝しろよ。
※Finish reading※
「ふっざけんなクソ親父いいいいいいいい!」
「ひゅえっ!?」
「よ、陽ちゃん!?」
一見すれば、ただの言葉遣いの汚い手紙だがそれは普通の人間での話。親父の場合、「いい返事を待っている」というのは「絶対に来い」という証なのだ。
ご丁寧に、おそらく親父の居る場所へと通じているのであろう魔法陣まで書かれていた。
「・・・ごめん、取り乱した。」
「うん・・・。大丈夫?」
「ああ、また親父の呼び出しだ。」
「また!?」
美夜が素っ頓狂な声を上げる。そう、呼び出されたのはこれが初めてのことではない。過去にも何度か同じことがあった。・・・ただし、「妹」を送ってこられたのは初めてだが。
「それと・・・その子さ。」
「う、うん・・・。」
「俺の妹だって・・・。」
「ええっ!?」
予想通りの反応が返ってくる。そりゃ当然だ、誰だって郵送で送られてきた子が友人の妹だなんて分かったら驚く。まあ、まず郵送の時点で驚く。
「君、名前は?」
「・・・天地、唯(あまち ゆい)。」
「・・・・・・。」
ようやく落ち着いた白蛇の子が、小さな声で自己紹介をする。
こりゃあ、いよいよ本当らしい。あんの親父め、向こう着いたら殴ってやる。
「・・・おにいさんは・・・?」
「俺は天地陽介。・・・君のお兄さん(らしい)だ。」
「・・・・・・ほんと?」
「多分ね。」
「・・・・・・。」
確かに、よくよく見てみれば母様譲りの赤い目に白衣のようなおかっぱ頭。さながらミニ版母様と言った所だろうか。
「・・・おねえさんは?」
「私?私は風祭美夜。よろしくね、唯ちゃん。」
「・・・はい。」
「・・・おにいちゃん?」
ズボンを引っ張られたので振り返ってみると、心配した顔の紫苑ちゃんが俺の事を見上げていた。
「ああ、ごめんごめん。もう大丈夫だからな?」
「うん・・・。」
頭を軽く撫でてやると、尻尾が嬉しそうに左右に振られる。
・・・そうだ、紫苑ちゃん達はどうすれば・・・。
「大丈夫、私が面倒見てあげる。」
背中で何を考えているのか察知した美夜が力強い言葉をかけてくれた。流石に13年も付き合っているだけあって俺の考えている事は大概お見通しらしい。
「でも二人の面倒を見て上げる代わりにひとつ条件。」
「・・・何?」
「・・・絶対、無事で帰ってくる事。約束ね?」
そう言って右手の小指を差し出してくる。俺も同じ様に右手の小指を出して指切りをする。
「・・・じゃあ、気をつけて。」
「ああ、行ってくる。・・・さ、唯ちゃん行くよ。」
「・・・・・・。」
唯ちゃんは小さく頷くと、美夜の手から離れてこちらの腕に抱かれる。
・・・さて。親父の魔法陣が「いつも通り」なら「鍵」はあの刀か。
唯ちゃんを抱きかかえたまま、俺は箪笥の上に掛かっている刀に手を掛けて下ろす。そして手紙を地面に置いて鞘から刀身を抜くと、重厚な銀色が特徴の刃が美しく光った。
「じゃあ、行ってきます。」
「・・・おにいちゃん、どこいくの?」
「ちょっと旅行へ、ね。紫苑ちゃん、お留守番頼めるかな?」
「・・・うん!」
「いい返事。よくできました。」
屈んで紫苑ちゃんの頭を撫でた後、手紙の方へと向き直る。そして、抜き放った刀の刃を魔方陣に突き立てた。その途端魔法陣が光り、光が俺と唯ちゃんを包み込む。
そして、俺達は手紙と共に完全に転移魔法の光に包まれて部屋から姿を消した。
「あたしのけんをうけたらそんなたいどでいられないんだからね!」
「そうか、じゃあ気を付けないと駄目だね。」
「む〜、いまにみてなさいよぉ〜!」
夕華ちゃんは地団太を踏みながら自身の身長の半分ほどはある得物を構える。剣といってもお互い怪我をしないように木刀だ。因みに夕華ちゃんの木刀の形は両刃の、俗に言うグラディウス(ラテン語で剣の意)。俺は日本刀の形をしている。
「え〜っと、陽介・・・。一体これはどうなってんだ?」
騒ぎを聞きつけて事務室から出てきた鉄ちゃんが尋ねてくる。
「聞かないでくれ・・・色々あったのさ。」
「・・・とりあえず絶対に怪我だけはさせないでくれよ?」
「あたぼうよ。んじゃ、合図は頼んだぜ。」
「了解。・・・じゃあ二人とも、間合いを離して。」
鉄ちゃんの指示に従い、俺と夕華ちゃんはお互い二歩ほどずつ離れる。ふと夕華ちゃんの方を見ると、リザード種特有の尻尾に火が灯っていた。
「準備はいい?」
「いつでも。」
「あたしもいーよ!」
「じゃあ始め!」
「てやあああああ!」
鉄ちゃんの合図で、夕華ちゃんが気合と共に一気に間合いを詰めてきた。そして夕華ちゃんは大振りながらも的確に体に当てにくる。木刀だと言えど剣を振る際にも体の芯はぶれていない。
「へえ、上手いね。」
「ひゃわぁ!?」
いくら的確に打ち込もうと大振りであれば受けるのは容易い。剣を相手の軌道上まで持ち上げ、片手で受け止める。剣を押し返された夕華ちゃんは体制を崩してしまい、よろめいた。本来なら相手に隙が出来た此処で斬りかかるのだが今回は子供が相手。そこまで本気で行く事も無いだろう。
「むぅ〜・・・いがいとつよいじゃない。」
「お褒めに預り至極光栄。」
「うりゃあああああ!」
「おっと。」
今度は下から上へと斜めに振られた剣を当たるか当たらないかギリギリの所でかわす。
「もお〜!かわすな〜!」
「・・・じゃあ動きもしないし受けもしないから、一発打ち込んでみな。」
「え・・・?」
俺は刀を下ろして体から力を抜き、すぐに来るであろう衝撃に備える。そんな反応が意外だったのか、夕華ちゃんの手が一瞬止まった。
「どうしたの?打ち込まないのかい?」
夕華ちゃんを刺激するように、わざと指で挑発をかけてみる。すると、夕華ちゃんの尻尾の焔が一気に燃え上がった。
「じゃーおのぞみどおりいっぱつでしとめてあげる!」
「ん。いつでもどうぞ。」
「てええええええええい!」
夕華ちゃんの得物が真横に振られ、横腹へ突き刺さる。
「う゛っ・・・。」
剣の当たった部分から痛みが走り、思わず呻き声が出る。体制が崩れそうになったが、左足を踏ん張らせて何とか留まることができた。
「・・・ふぅー。」
痛みを深呼吸と共に口から逃がし、夕華ちゃんを見据える。
「へ・・・?」
「良い払いだ、本当に剣だったら斬れてたかも知れないなぁ。」
「・・・いたくないの?」
「痛いよ。」
「な、なんでたってられるの・・・?」
「耐えられない程じゃないしね。」
「う・・・うわあああああああ!」
目を畏れ一色に染めて夕華ちゃんが斬りかかる。その軌道は剣を齧った事がある人間なら誰もが読めると思えるほど単純な物。
・・・これ以上怖い思いはさせたくないし、そろそろ終いにするかな。
精神を落ち着かせ、八相の構えを取る。
「じゃあいい太刀筋に敬意を表して最後に一言・・・って言っても、聞こえてないかな。」
「わああああああああ!」
「上を知りなさい。」
夕華ちゃんの剣を弾き、わざと刀から手を離す。刀の切っ先が地面に付くのを合図に、柄を取り刃を返して斬り上げる。
「天地流“抜(ぬき)の構え”弐之型『菖蒲(あやめ)』」
「うわわっ・・?!?」
斬り上げるといっても当てた訳ではない。剣を弾いただけで後の動きはただのデモンストレーションだ。それでも夕華ちゃんの小さな体は弾かれた衝撃に耐え切れず体勢が崩れて後ろへ倒れそうになる。
「おっとっと・・・。」
「ふぇ・・・?」
「それまで!」
真後ろに倒れそうになった夕華ちゃんの背中を支えてやる。それと同時に聞こえてきた鉄ちゃんの大きな声で勝負が決着した。
「・・・・・・。」
「・・・大丈夫?どこか痛い所は無い?」
「・・・あ、・・・うん。」
背中を支えてから俺の事をじっと見つめていた夕華ちゃんが気付いた様に小さく、それでいて弱々しく返事をする。
どこか打ってしまったのだろうか。だとしたら大事だ。
「本当に大丈夫?痛い所があったら・・・。」
「・・・・・・。」
何か、夕華ちゃんの俺を見つめる目が段々熱っぽくなってるのは気のせいだろうか。尻尾の焔も徐々に勢いを増してきてるし・・・。
「・・・し」
「ん?」
「ししょーーーーっ!」
「うわぁ!?」
突然、夕華ちゃんが大きな声を出して俺にしがみついて来た。
な、何だ!?師匠!?それって俺のこと!?
「え、夕華ちゃん師匠って・・・?」
「だってししょーはあたしよりつよいんです!だからあたしのししょーになってください!」
「・・・はい?」
一寸待て、これって一体どういう状況?
「ししょー♪」
「と、とりあえず落ち着いて・・・。」
「あらら、夕華ちゃんに気に入られちゃったみたいですね〜。」
俺に抱きついて腹に頬擦りしている夕華ちゃんの頭を撫でて宥めていると、園舎の中から声が聞こえたので振り返る。すると、朝会った魔女の先生(?)が鉄ちゃんの隣に立って笑っていた。
「え、ちょ、それってどういう・・・?」
「リザード種の性なんでしょうね〜。自分より強い人がいると、その人を好きになっちゃうんですよ♪」
いやいや「ですよ♪」じゃなくて。
「モテモテじゃん、陽介。」
鉄ちゃんがニヤニヤとにやけながら運動場へと出てきた。
畜生、その顔に拳を埋めてやろうか。
「さ、夕華ちゃん。そろそろお昼寝の時間だから戻ろうか。」
「やだ、ししょーといっしょがいい!」
「・・・陽介。」
しがみついて離れようとしない夕華ちゃんを見て鉄ちゃんが目で「一緒に居てやってくれ」と語りかけてくる。このままだと鉄ちゃんと夕華ちゃん、どちらが折れるかの我慢比べになり兼ねないので俺も左手を上げて了承の意を示す。
「じゃあ、一緒にお昼寝しに行こう。」
「はい、ししょー!」
何だかくすぐったい気もするが悪くない、そう考えながら腹にひっ付いている夕華ちゃんを抱き上げてやる。
「行こうぜ、鉄ちゃん。」
「ああ。」
俺達は運動場から園舎へ向かって歩き出した。
――――――3時間後
「ん・・・。」
目を覚ますと、既に日は傾き真っ青だった空にはほんのりと朱が注していた。どうやら、みんなを寝かしつけている間に俺も眠ってしまったらしい。起き上がって周りを見てみると、子供達はまだ眠っている。起こさないようにそっと立ち上がり、鉄ちゃんと薫(かおり)さん(あの魔女の先生の名前、寝る前に訊いた。)が居るであろう事務室へと向かった。
「う〜。」
小さな声が後ろから聞こえてきたので振り返ると、いつの間にか茜ちゃんが俺の近くまで這ってきていた。
「おはよう、茜ちゃん。」
「あう。」
茜ちゃんを抱き上げて教室兼お昼寝部屋を後にする。教室を出てすぐの場所にある事務室の扉をノックするが、返事は無い。
「・・・あれ、誰も居ないのかな?」
ドアに手を掛けてみると、鍵が掛かっていないのかあっさり開いた。中を覗き込むと机に突っ伏して眠っている薫さんがいた。
あれ、鉄ちゃんは?
「お、陽介。起きたか。」
「ん?」
後ろから声を掛けられたので振り返ると、缶ジュースを二つ持った鉄ちゃんが運動場から廊下へと入って来る所だった。
「飲むか?」
「おう。」
鉄ちゃんが手に持っていた「うま〜いお茶」を此方に渡してきた。缶を受け取ると買って来たばかりなのだろう、キンキンに冷えている。プルタブを空けて中身を飲んでいると、物珍しそうに見ていた茜ちゃんが手を伸ばしてきた。
「う〜。」
「おわっと・・・。茜ちゃん、欲しいの?」
「う。」
「・・・やっても大丈夫だよな?お茶だし。」
「大丈夫だろ、お茶だし。」
二人して曖昧な答えしか出なかったが大丈夫だろう。なんせお茶だし。
お茶を溢さない様に気をつけながら茜ちゃんの口元まで運ぼうとすると、早く飲みたいのか缶を両手で掴んできた。
「んく・・・んく・・・。」
「おお〜、よく飲む。」
「ははは、可愛いなぁ。」
鉄ちゃんが茜ちゃんのほっぺをつつくと、茜ちゃんは少し嫌そうに顔を顰めた。
「・・・さ、そろそろ皆を起こさないと。」
「ふぁ〜・・・。」
事務室の中から声が聞こえてきた。どうやら薫さんも起きたらしい。
「先生、おはようございます。」
「あ、鉄汰君に陽介君、おはようございます。今何時ですか?」
「え〜と・・・。丁度4時ですね。」
「ええっ!?じゃあ皆起こさないとお迎えが来ちゃいます!」
薫さんはガバッと飛び起きると急いで事務室を出て教室で寝ている皆を起こしに行った。
「・・・忙しい人だな。」
「それだけ、皆の事考えてるんだろうな。」
いい先生だなぁ・・・。
あのアホ顧問に薫さんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぜ・・・。
そう思いつつ、腕の中に居る茜ちゃんに目を向ける。茜ちゃんは既に空になっている缶を傾けて残ってもいない中身を飲もうとしていた。
「はい、茜ちゃんおしまい。」
「むう〜!」
茜ちゃんの口から缶を離すと、未練がましそうに缶を見つめる。
この後子供達のお迎えを終えると同時に園長先生たちが帰ってきて、俺のほぼ強引な職場体験は幕を閉じた。
――――――同刻・土閣中央都市燕庁のとある通り
此処は反魔物意識の強い国、土閣の中央都市燕庁。昼間は賑っているこの通りも、この時間から一気に静かになる。そんな通りを少し外れた裏路地に、それはあった。
「・・・こちら狗之地(くくのち)。久潟通りの裏路地にてターゲットを発見。至急処理班と巡査長を此方に。」
狗之地と名乗った青い軍服のような物を着た女性は服に付いているトランシーバーに向かって話しかけた。
『ザザッ・・・。こちら天地。了解した、すぐに向かう。』
トランシーバーから低い男の声が聞こえ、通信が切れた。その数分後、火野と同じ服を着て煙草を銜えた男がマスクをした男達を引き連れ、通りから裏路地へと入ってきた。
「よう、お疲れさん。」
「お疲れ様です、天地巡査長。」
「おうお前ら、早く仏さんを『集めて』やんな。」
「はっ。」
天地と呼ばれた男性が後ろの男達に声を掛けると、マスクをした男達はバラバラになっている「それら」を集め始めた。
「・・・これで何人目だ?」
「さあ、もう数え切れないでしょう。」
「面倒臭ぇなぁ、ったくよぉ・・・。」
「ですが向こうの情報が掴めない間は・・・。」
「ああ、分かってる。耐えるしかねぇやな。」
「巡査長!被害者集め終わりました!」
そうこうしている間に、処理班が「それら」を集め終わり声を掛けた。
「おう、有難うな。」
「では、私どもはこれにて。」
「ああ、ゆっくり休んでくれ。」
処理班が裏路地から抜けると、天地と呼ばれていた男は煙草の紫煙を溜息と共に吐き出した。
「・・・あいつ呼ぶか。」
「はい・・・?」
「いやな、今回はどうにも人手不足だろう?」
「ええ、確かにここ燕庁に集められた人数は数えるほどですが・・・。」
「あの馬鹿でも少しは戦力になるだろ。ま、「あの子」もそろそろ外を知るべきだしな・・・。」
「はあ・・・?」
狗之地が訝しげな表情で首を傾げていると、天地は踵を返して裏路地の出口へと歩いていく。
「ま、待ってください!あれはどうするんですか!?」
「ん〜?・・・ま、考えんのは後だ。とりあえず腐食しない様に結界張っておいてくれ。」
「・・・はぁ。了解しました。」
狗之地は溜息をつくと、小さな声で呪文を唱え始めた。
―――――――数刻後・神宮村陽介の家
ピーンポーン・・・。
「ん?こんな時間に誰だ?」
夕食を食べ終わり、洗い物をしていると不意にインターホンが鳴った。
・・・美夜かな?
そう思いながらドアを開けるとそこには美夜の姿は無く、代わりに緑色の制服を着たハーピーが手(羽)に少し大きめな荷物を抱えて立っていた。
「どうも、白鳥宅急便です。天地さんの家で合ってますか?」
「はい、俺が天地ですが・・・。」
「速達です。判子をお願いします。」
「はい、ちょっと待っててくださいね。」
急いで箪笥の中に入れている印鑑を取り出して玄関へと戻る。よほど重いのかハーピーは荷物を下ろして待っていた。
「すいません、遅くなりました。」
「いえいえ、ではこれに判子を。」
そう言って差し出された紙に判子を押して荷物を受け取る。
「では、ありがとうございましたー。」
「お気をつけて。」
ハーピーが階段を下りていくのを見送った後、玄関前に置かれている荷物の差出人を見てみる。
「天地聡世(あまち そうせい)・・・。親父から?一体何が・・・。」
怪訝に思いつつも荷物に手を掛け、持ち上げる。一抱え程はあるその荷物は存外軽く、スムーズに中へと運ぶ事が出来た。
「おにいちゃん、それなーに?」
「ん〜・・・。分かんない、でも親父が送ってきた物だからまともな物なはずが無いから少し下がってなさい。」
「は〜い。」
紫苑ちゃんは返事をすると、茜ちゃんを抱きかかえて4,5歩下がる。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか・・・。
開けてはならないと直感が警告を発しているが、開けなきゃ以前の様に爆発する代物だったら困る。
荷物のガムテープを剥き、恐る恐る箱を開ける。
「すー・・・。すー・・・。」
「・・・・・・は?」
そこに入っていたのは紫苑ちゃんと同じくらいの小さな白蛇の子供だった。目の前にあった物が信じられず、目を逸らして思わず頬を抓る。
痛い。夢じゃない・・・。
とりあえず箱から出すために抱きかかえてやる。
「・・・うゅ?」
「あ・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
すると白蛇の子が目を覚ました。白蛇の子は俺を見るなり顔を真っ青にして辺りを見回し始めた。
「君・・・何処の子?」
「ひうっ!?」
話しかけると白蛇の子は余計に顔を恐怖一色に染める。
「ふぇ・・・。」
「ちょ、ま、泣かない」
「ととさまああああああああ!ははさまあああああああ!」
制止も空しく白蛇の子は思いっきり大声で泣き始めた。声の良く通るアパート、しかも夜の9時頃にだ。ご近所さん、ごめんなさい。
「き、君・・・。落ち着いて・・・!」
「ふわああああああああああああん!!」
何とか宥めようとするも、白蛇の子は泣き止まない。
「陽ちゃん、どうしたの!?何の騒ぎ!?」
隣の部屋には良く聞こえたようで、美夜が慌てた様子でドアを開けて覗き込んできた。
・・・鍵かけんの忘れてた。
「あ、ああ・・・。いや、ちょっとな。」
「・・・陽ちゃん、その子は?」
「分からん。親父が送ってきた・・・。」
「送ってきた!?まさか・・・。」
そう言いながら、美夜は俺の前にある箱に目を落とす。
「・・・・・・。」
「・・・そう言う事。」
「・・・・・・はぁ。陽ちゃん、その子貸して。」
「ああ、頼んだ。」
「ふわああああああああああああああああん!!」
この子が入っていた箱と俺の反応を見て大体を悟った美夜は未だ泣き止まない白蛇の子を優しく抱くとこれ以上怖がらせないようにゆっくりと頭を撫で始めた。
「よしよし、怖くないよ〜。」
「・・・ひっく、ひっく。ははさまぁ・・・。」
「・・・ほっ。・・・ん?」
ふとこの子が入っていた箱に目をやると、手紙が一通入っていた。おそらく親父の物だろう。
「・・・・・・。」
それを徐に取り上げ、開く。
※Now reading※
ようクソガキ。死んで無ぇか?
今回派遣先で面倒な事件が起きやがってな、またお前の力が借りたい。
何、まあ死ぬことは無いだろう。万が一死んでもそれはお前が弱かった、それだけだ。
とにかく、いい返事待ってるぞ。
追伸
この手紙と一緒に送った子はお前の妹だ。仲良くしろよ。
詳しいことはこっちで話す。知りたかったら連れて来い。ただし、連れてくるならお前が死んでも守れ。
それと、魔方陣の「鍵」だがいつものアレにしてある。感謝しろよ。
※Finish reading※
「ふっざけんなクソ親父いいいいいいいい!」
「ひゅえっ!?」
「よ、陽ちゃん!?」
一見すれば、ただの言葉遣いの汚い手紙だがそれは普通の人間での話。親父の場合、「いい返事を待っている」というのは「絶対に来い」という証なのだ。
ご丁寧に、おそらく親父の居る場所へと通じているのであろう魔法陣まで書かれていた。
「・・・ごめん、取り乱した。」
「うん・・・。大丈夫?」
「ああ、また親父の呼び出しだ。」
「また!?」
美夜が素っ頓狂な声を上げる。そう、呼び出されたのはこれが初めてのことではない。過去にも何度か同じことがあった。・・・ただし、「妹」を送ってこられたのは初めてだが。
「それと・・・その子さ。」
「う、うん・・・。」
「俺の妹だって・・・。」
「ええっ!?」
予想通りの反応が返ってくる。そりゃ当然だ、誰だって郵送で送られてきた子が友人の妹だなんて分かったら驚く。まあ、まず郵送の時点で驚く。
「君、名前は?」
「・・・天地、唯(あまち ゆい)。」
「・・・・・・。」
ようやく落ち着いた白蛇の子が、小さな声で自己紹介をする。
こりゃあ、いよいよ本当らしい。あんの親父め、向こう着いたら殴ってやる。
「・・・おにいさんは・・・?」
「俺は天地陽介。・・・君のお兄さん(らしい)だ。」
「・・・・・・ほんと?」
「多分ね。」
「・・・・・・。」
確かに、よくよく見てみれば母様譲りの赤い目に白衣のようなおかっぱ頭。さながらミニ版母様と言った所だろうか。
「・・・おねえさんは?」
「私?私は風祭美夜。よろしくね、唯ちゃん。」
「・・・はい。」
「・・・おにいちゃん?」
ズボンを引っ張られたので振り返ってみると、心配した顔の紫苑ちゃんが俺の事を見上げていた。
「ああ、ごめんごめん。もう大丈夫だからな?」
「うん・・・。」
頭を軽く撫でてやると、尻尾が嬉しそうに左右に振られる。
・・・そうだ、紫苑ちゃん達はどうすれば・・・。
「大丈夫、私が面倒見てあげる。」
背中で何を考えているのか察知した美夜が力強い言葉をかけてくれた。流石に13年も付き合っているだけあって俺の考えている事は大概お見通しらしい。
「でも二人の面倒を見て上げる代わりにひとつ条件。」
「・・・何?」
「・・・絶対、無事で帰ってくる事。約束ね?」
そう言って右手の小指を差し出してくる。俺も同じ様に右手の小指を出して指切りをする。
「・・・じゃあ、気をつけて。」
「ああ、行ってくる。・・・さ、唯ちゃん行くよ。」
「・・・・・・。」
唯ちゃんは小さく頷くと、美夜の手から離れてこちらの腕に抱かれる。
・・・さて。親父の魔法陣が「いつも通り」なら「鍵」はあの刀か。
唯ちゃんを抱きかかえたまま、俺は箪笥の上に掛かっている刀に手を掛けて下ろす。そして手紙を地面に置いて鞘から刀身を抜くと、重厚な銀色が特徴の刃が美しく光った。
「じゃあ、行ってきます。」
「・・・おにいちゃん、どこいくの?」
「ちょっと旅行へ、ね。紫苑ちゃん、お留守番頼めるかな?」
「・・・うん!」
「いい返事。よくできました。」
屈んで紫苑ちゃんの頭を撫でた後、手紙の方へと向き直る。そして、抜き放った刀の刃を魔方陣に突き立てた。その途端魔法陣が光り、光が俺と唯ちゃんを包み込む。
そして、俺達は手紙と共に完全に転移魔法の光に包まれて部屋から姿を消した。
11/10/17 01:44更新 / 一文字@目指せ月3
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