2話 非日常
「痛い・・・。」
予想通り、美夜は廊下に座り込んでいた。丁度俺から背を向けた状態なので必然的に後ろから近付くと、足音に驚いたのか美夜がビクリと肩を跳ねさせ。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
教室の中よりも強い、気まずい空気が廊下を支配する。見ていないので分からないが、ひそひそ声が聞こえる辺り教室内の数人が覗いているのだろう。・・・一部射殺されそうな視線があるのは気のせいだろう。
「・・・ごめん。」
「・・・・・・。」
一応謝ってみたものの、美夜は依然として黙ったままだ。不意に、美夜は立ち上がり俺と向かい合った。
「な、何?」
「・・・・・・バカ。」
「痛たたたた!?」
突然、両頬に痛みが走った。突然の事で一瞬分からなかったが、どうやら美夜が俺の頬を抓ったらしい。
「お前らなぁ、いつまでもイチャついてないでとっとと教室入りやがれ?ん?」
「・・・ひゃん!?」
「美夜、痛い痛い!!」
突然、美夜の後ろからうちのクラスの担任であり剣道部顧問の雲仙堅司(うんぜん けんじ)がいつも通り煙草を銜えながら嫌にドスの効いた声で声を掛けてきた。その声に驚いて美夜が抓る指の力を強める。
「あっ・・・。ご、ごめん。」
「・・・・・・・・・・。」
「い、いいから早く教室に入ろう!な?」
「えっ、う、うん・・・!」
雲仙先生の無言の圧力に押され、美夜の背中を推して教室の中に入る。心なしか、押してる間美夜の顔が赤かったのは気のせいだろうか?
俺達が入ってすぐに雲仙先生が教室内に入り、ホームルームが始まった。
――――――四時限目終了後・・・
「ねみぃ・・・。」
「さっきまで雲仙に殺されかけといてよく言うぜ、お前・・・。」
「仕方ねぇだろ?眠いもん眠いんだし。」
朝と同じく机に突っ伏しながらの俺の愚痴に呆れながらも付き合ってくれているのはクラスメートの欅鉄汰(けやき てつた)。お菓子作りが趣味の気のいい友人だ。こいつの作るお菓子は結構美味く、俺も美夜も時々ご相伴に預かったりしている。
「なあ鉄ちゃん、今日はお菓子持って来てねぇの?」
「お前は俺をどんな風に見てんだよ・・・。」
「いや、今日飯無いからさ。何となく。まぁ、幸い今日は金曜だろ?昼までで助かったぜ・・・。」
「何だい陽介。アンタ、飯持って来てないのかい?」
不意に、後ろから八咫さんが声を掛けてきた。
「ん?ああ。朝遅かったしな。まぁ今日は一日寝て空腹を凌ぐ事にするよ・・・。」
「ふーん・・・。」
八咫さんは一瞬何かを考えると、急にニヤニヤと笑い始めた。
「じゃあ、放課後うちに来な。昼ご飯ご馳走してあげるよ。」
「マジで!?」
地獄に仏とはこの事を言うのだろう。このままアパートへ帰っても食材も切らしているし・・・。ここは素直に八咫さんの厚意に甘んじよう。
「鉄汰も来るかい?」
「いいのか?」
「勿論、大歓迎だよ。・・・じゃあ、後で校門で落ち合おうか。」
「了解。」
「OK。」
八咫さんはニコリと笑うと、自分の席へと戻っていった。
「なあ陽介。」
八咫さんを見送っていると、不意に鉄ちゃんが小さな声で話しかけてきた。
「ん?何だ?」
「やっぱさ、人ん家行ってご馳走して貰うしお菓子作ってった方がいいか?」
「・・・俺に訊くなよ。まぁ、確かに何か持っていった方が良いかもな。」
「だよな。」
「おーう、終礼始めっぞー。席着けー。」
雲仙先生が教室に入って来て、やる気の無い声で号令をかけた。休み時間で立ち上がっていた生徒も時分の席に着いて先生の話に耳を傾け始めた。
――――――放課後・天宮学園校門前
時計を見てみると午後2時過ぎ、俺は校門に凭れ掛ってもうすぐ来るであろう鉄ちゃんと八咫さんを待っていた。何となく目を閉じて耳に意識を集中させてみると、心地良い風の音が聞こえてくる。
「おーい陽介ー。」
「・・・遅ぇよ、鉄ちゃん。」
「悪ぃ、仕込みに時間掛かっちまってさ。」
鉄ちゃんが持っているのはクッキーだろうか、バニラの匂いが空腹を更に助長させる。
「それ、クッキー?」
「おう。・・・よく分かったな?」
「腹減ってるからな。」
「理由になってねーよ。」
そんな話をしていると、学校から続いている下り坂の向こうから黒塗りの車がこっちへ向かっているのが見えた。・・・この辺りにこんな車持ってる人居たっけ?
「・・・あの車。」
「ん?」
「誰の車だ?」
「さあ?」
その車はどんどん此方へ近付いてきて、俺達の目の前で止まった。車からか発される威圧感に思わず唾を飲む。
「何ボーっと突っ立ってんだい?」
「「へ?」」
車の中から聞こえた聞き慣れた声に、鉄ちゃんと声が重なった。車の後部座席の窓が開き、見慣れた顔が見えた。
「や、八咫さん?」
「乗りな、家まで乗せてってくから。」
「あ、ああ・・・。」
車のドアを開けて中に入ると、一列に大人四人は座れそうな座席が目に入った。その奥に居たのは紛れもなく八咫さん。どうやら噂は本当らしい。
ッていうか運転手さんの顔にでかい傷があるんですが・・・。
やたらと重苦しい雰囲気の中、車は何事も無く発進した。
――――――八咫家邸宅
「お帰りなさいませ、お嬢!」
「ああ、ただいま。」
がたいの良い小父さん達が一斉に八咫さんに直角のお辞儀をし、八咫さんもそれが当然のように平然と対応する。それとは対照的にドアに入ったまま固まって動けない俺と鉄ちゃん。
「御学友の方々も、ようこそおいで下さいました!!」
「あ、ど、どうも・・・。」
今度は俺達にお辞儀が向けられる。もう何が何やら分からなくなってきた。ただ単に飯を食べに来ただけなのに・・・。
「さ、上がった上がった。」
「は、はい・・・。」
八咫さんに促されるまま、俺達はいまだお辞儀をしているおっさん達の間を抜けて玄関の奥へと向かう。ふと振り返ってみると、あのおっさん達はまだお辞儀をしていた。
「八咫さん、あの人たちは・・・?」
「ああ、母さんの舎弟さ。」
「へ、へぇ・・・。」
八咫さんが奥の襖を開けると、そこは大きなテーブルが一つ置かれた食間。机の上にはまだ何も載っておらず、お箸と茶碗が置いてあるだけだった。
「ちょっと待っててくれるかい?準備してくるから。」
「お、おう・・・。」
「了解・・・。あ、そうだ。クッキー焼いて来たんだ、良かったら食べます?」
そう言って鉄ちゃんが手に持っているクッキーを八咫さんに差し出す。
・・・腹減ったぁ〜。準備するって事は、今から作るって事だろうな・・・。んぁ〜、クッキーの匂いで余計に腹が〜・・・。
とうとう堪えきれずに勢いよく机に突っ伏すと、八咫さんが驚いたような顔をした。鉄ちゃんは小さな声で「やっぱり・・・。」と呟いて笑っていた。
「全く・・・。」
八咫さんは苦笑いをすると、小走りで右奥の襖へと消えていった。
いかん、空腹の余り眠くなってきた。
「おーい、寝るなよー。」
「だ〜いじょう〜ぶ〜・・・。」
我ながら説得力が無い。目が落ちかけている俺の言葉ほど信用無いものは無いだろう。
「お・・・お待たせ・・・!」
・・・なんだ?嫌に聞き覚えの有る声が・・・。
重い頭を反対側に回し、声の正体を確かめると。
「み、美夜!?」
「あれ、美夜ちゃん?」
「えへへ、驚いた?」
思わぬ事態に一気に目が覚めた。無理も無い、襖から出てきたのはここに居るはずの無い私服姿の美夜だったのだ。
「フフフ、驚いたかい?」
「や、八咫さん!一体どういう・・・!?」
「どうもこうも、ただ料理の準備を美夜ちゃんに手伝って貰っただけさ。」
どうやら、俺は八咫さんにしてやられたらしい。
・・・ま、飯食えりゃいっか。
空腹でパンク寸前な俺の脳は、今考えうる最も簡単な答えを導き出してそれを体へと伝えた。
ぐう〜・・・。
気の抜けた腹の音が部屋の中に響く。と、その途端俺以外の全員が笑い出した。
・・・ったく何笑ってんだ、こっちは冗談じゃないってのに。
「アッハッハ、じゃあみんなで昼食にしようか。美夜ちゃん、お皿持ってきてくれるかい?」
「は、はい。」
慌てた様子で襖の奥へと消える美夜。
この後、その場に居る全員で楽しく昼食を食べた。俺と鉄ちゃんは中身は同じなのにお互いの料理を取ったり取られたり。最終的には八咫さんまで加わってって来たりと本当に楽しかった。美夜は最初から最後まであわあわ言いいながらアタフタしていた。
――――――夕方・アパート前
結局、長い事八咫さんの家に留まってしまった。帰りはまたあの黒塗りの車で、わざわざアパートまで送ってもらってしまった。
・・・今度、何かお礼でも持っていこう。
因みに、美夜は一緒に帰ってきていない。何でも、八咫さんに料理を教えて貰うんだとか。
・・・正直、心配だ。いくら明日が休みだと言ってもあのヤクザ・・・おっと、任侠集団の本拠地にいるのだ。八咫さんに悪いけど心配なのも事実だ。
「あ、陽介君。丁度良いところに。」
「ん?ああ留美さん、如何されました?」
アパートの角のから、妙におめかしした留美さんが声を掛けてきた。腕や尻尾の黒い毛とは反対の白い落ち着いた服を着ていた。流石は留美さん、何を着ても似合う。
「ごめんだけど、ちょっと陽介君にお願いがあるの。」
「はい?」
「私達、今日から少しの間旅行に行くの。」
「はあ・・・。」
留守番だろうか?
「だから・・・暫らく家の子達、預かってくれる?」
「ええ・・・って、はぁ!?」
予想の斜め上のお願いに、思わず声を上げてしまう。
な、何だってーーー!?
「引き受けてくれてありがとう♪んじゃ、また一週間後〜♪」
「え、ちょ、留美さん!?ま、待って〜!」
戸惑う俺をよそに、留美さんは一瞬でいつの間にか止めてあった車に乗り込んで行ってしまった。
「・・・一体何なんだ?・・・とりあえず、紫苑ちゃん達を迎えに行くか・・・。」
一階にある留美さん達の部屋に向かうと、ドアに張り紙がしてあった。
“子供達は一足先に陽介君の部屋にいるわ、よろしくね♪”
「・・・・・・。」
はぁ・・・。あの人には敵わないな・・・。
アパートの階段を登り、コンクリートの廊下を歩いて行く。自分の部屋の前に設置されているポストを開いて自分に手紙が無いか確認する。
・・・ん?
何も入っていないと思っていたがポストの底に一通、便箋が届いていた。
・・・一体、誰からだ?
便箋を手に取り、裏を見てみると“黒川水羽(くろかわ みずは)”と書かれていた。
・・・黒川?そんな知り合い、俺にいたっけ?
懸念しつつも鍵を開けてドアを開ける。中では居間の真ん中にちょこんと紫苑ちゃんが座っていた。隣ではタオルケットの掛かった茜ちゃんが小さく寝息を立てていた。
「おにいちゃん、おかえり!」
「うわっ!」
俺の顔を見るや否や、紫苑ちゃんは突然満面の笑みで俺の腰に抱きついてきた。
「・・・ただいま。」
こうして、俺は一週間の間紫苑ちゃんと茜ちゃんを預かる事になった。
「・・・おにいちゃん。」
「ん?」
「おなかすいたー。」
「うええ!?」
食材無いぞ!?
予想通り、美夜は廊下に座り込んでいた。丁度俺から背を向けた状態なので必然的に後ろから近付くと、足音に驚いたのか美夜がビクリと肩を跳ねさせ。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
教室の中よりも強い、気まずい空気が廊下を支配する。見ていないので分からないが、ひそひそ声が聞こえる辺り教室内の数人が覗いているのだろう。・・・一部射殺されそうな視線があるのは気のせいだろう。
「・・・ごめん。」
「・・・・・・。」
一応謝ってみたものの、美夜は依然として黙ったままだ。不意に、美夜は立ち上がり俺と向かい合った。
「な、何?」
「・・・・・・バカ。」
「痛たたたた!?」
突然、両頬に痛みが走った。突然の事で一瞬分からなかったが、どうやら美夜が俺の頬を抓ったらしい。
「お前らなぁ、いつまでもイチャついてないでとっとと教室入りやがれ?ん?」
「・・・ひゃん!?」
「美夜、痛い痛い!!」
突然、美夜の後ろからうちのクラスの担任であり剣道部顧問の雲仙堅司(うんぜん けんじ)がいつも通り煙草を銜えながら嫌にドスの効いた声で声を掛けてきた。その声に驚いて美夜が抓る指の力を強める。
「あっ・・・。ご、ごめん。」
「・・・・・・・・・・。」
「い、いいから早く教室に入ろう!な?」
「えっ、う、うん・・・!」
雲仙先生の無言の圧力に押され、美夜の背中を推して教室の中に入る。心なしか、押してる間美夜の顔が赤かったのは気のせいだろうか?
俺達が入ってすぐに雲仙先生が教室内に入り、ホームルームが始まった。
――――――四時限目終了後・・・
「ねみぃ・・・。」
「さっきまで雲仙に殺されかけといてよく言うぜ、お前・・・。」
「仕方ねぇだろ?眠いもん眠いんだし。」
朝と同じく机に突っ伏しながらの俺の愚痴に呆れながらも付き合ってくれているのはクラスメートの欅鉄汰(けやき てつた)。お菓子作りが趣味の気のいい友人だ。こいつの作るお菓子は結構美味く、俺も美夜も時々ご相伴に預かったりしている。
「なあ鉄ちゃん、今日はお菓子持って来てねぇの?」
「お前は俺をどんな風に見てんだよ・・・。」
「いや、今日飯無いからさ。何となく。まぁ、幸い今日は金曜だろ?昼までで助かったぜ・・・。」
「何だい陽介。アンタ、飯持って来てないのかい?」
不意に、後ろから八咫さんが声を掛けてきた。
「ん?ああ。朝遅かったしな。まぁ今日は一日寝て空腹を凌ぐ事にするよ・・・。」
「ふーん・・・。」
八咫さんは一瞬何かを考えると、急にニヤニヤと笑い始めた。
「じゃあ、放課後うちに来な。昼ご飯ご馳走してあげるよ。」
「マジで!?」
地獄に仏とはこの事を言うのだろう。このままアパートへ帰っても食材も切らしているし・・・。ここは素直に八咫さんの厚意に甘んじよう。
「鉄汰も来るかい?」
「いいのか?」
「勿論、大歓迎だよ。・・・じゃあ、後で校門で落ち合おうか。」
「了解。」
「OK。」
八咫さんはニコリと笑うと、自分の席へと戻っていった。
「なあ陽介。」
八咫さんを見送っていると、不意に鉄ちゃんが小さな声で話しかけてきた。
「ん?何だ?」
「やっぱさ、人ん家行ってご馳走して貰うしお菓子作ってった方がいいか?」
「・・・俺に訊くなよ。まぁ、確かに何か持っていった方が良いかもな。」
「だよな。」
「おーう、終礼始めっぞー。席着けー。」
雲仙先生が教室に入って来て、やる気の無い声で号令をかけた。休み時間で立ち上がっていた生徒も時分の席に着いて先生の話に耳を傾け始めた。
――――――放課後・天宮学園校門前
時計を見てみると午後2時過ぎ、俺は校門に凭れ掛ってもうすぐ来るであろう鉄ちゃんと八咫さんを待っていた。何となく目を閉じて耳に意識を集中させてみると、心地良い風の音が聞こえてくる。
「おーい陽介ー。」
「・・・遅ぇよ、鉄ちゃん。」
「悪ぃ、仕込みに時間掛かっちまってさ。」
鉄ちゃんが持っているのはクッキーだろうか、バニラの匂いが空腹を更に助長させる。
「それ、クッキー?」
「おう。・・・よく分かったな?」
「腹減ってるからな。」
「理由になってねーよ。」
そんな話をしていると、学校から続いている下り坂の向こうから黒塗りの車がこっちへ向かっているのが見えた。・・・この辺りにこんな車持ってる人居たっけ?
「・・・あの車。」
「ん?」
「誰の車だ?」
「さあ?」
その車はどんどん此方へ近付いてきて、俺達の目の前で止まった。車からか発される威圧感に思わず唾を飲む。
「何ボーっと突っ立ってんだい?」
「「へ?」」
車の中から聞こえた聞き慣れた声に、鉄ちゃんと声が重なった。車の後部座席の窓が開き、見慣れた顔が見えた。
「や、八咫さん?」
「乗りな、家まで乗せてってくから。」
「あ、ああ・・・。」
車のドアを開けて中に入ると、一列に大人四人は座れそうな座席が目に入った。その奥に居たのは紛れもなく八咫さん。どうやら噂は本当らしい。
ッていうか運転手さんの顔にでかい傷があるんですが・・・。
やたらと重苦しい雰囲気の中、車は何事も無く発進した。
――――――八咫家邸宅
「お帰りなさいませ、お嬢!」
「ああ、ただいま。」
がたいの良い小父さん達が一斉に八咫さんに直角のお辞儀をし、八咫さんもそれが当然のように平然と対応する。それとは対照的にドアに入ったまま固まって動けない俺と鉄ちゃん。
「御学友の方々も、ようこそおいで下さいました!!」
「あ、ど、どうも・・・。」
今度は俺達にお辞儀が向けられる。もう何が何やら分からなくなってきた。ただ単に飯を食べに来ただけなのに・・・。
「さ、上がった上がった。」
「は、はい・・・。」
八咫さんに促されるまま、俺達はいまだお辞儀をしているおっさん達の間を抜けて玄関の奥へと向かう。ふと振り返ってみると、あのおっさん達はまだお辞儀をしていた。
「八咫さん、あの人たちは・・・?」
「ああ、母さんの舎弟さ。」
「へ、へぇ・・・。」
八咫さんが奥の襖を開けると、そこは大きなテーブルが一つ置かれた食間。机の上にはまだ何も載っておらず、お箸と茶碗が置いてあるだけだった。
「ちょっと待っててくれるかい?準備してくるから。」
「お、おう・・・。」
「了解・・・。あ、そうだ。クッキー焼いて来たんだ、良かったら食べます?」
そう言って鉄ちゃんが手に持っているクッキーを八咫さんに差し出す。
・・・腹減ったぁ〜。準備するって事は、今から作るって事だろうな・・・。んぁ〜、クッキーの匂いで余計に腹が〜・・・。
とうとう堪えきれずに勢いよく机に突っ伏すと、八咫さんが驚いたような顔をした。鉄ちゃんは小さな声で「やっぱり・・・。」と呟いて笑っていた。
「全く・・・。」
八咫さんは苦笑いをすると、小走りで右奥の襖へと消えていった。
いかん、空腹の余り眠くなってきた。
「おーい、寝るなよー。」
「だ〜いじょう〜ぶ〜・・・。」
我ながら説得力が無い。目が落ちかけている俺の言葉ほど信用無いものは無いだろう。
「お・・・お待たせ・・・!」
・・・なんだ?嫌に聞き覚えの有る声が・・・。
重い頭を反対側に回し、声の正体を確かめると。
「み、美夜!?」
「あれ、美夜ちゃん?」
「えへへ、驚いた?」
思わぬ事態に一気に目が覚めた。無理も無い、襖から出てきたのはここに居るはずの無い私服姿の美夜だったのだ。
「フフフ、驚いたかい?」
「や、八咫さん!一体どういう・・・!?」
「どうもこうも、ただ料理の準備を美夜ちゃんに手伝って貰っただけさ。」
どうやら、俺は八咫さんにしてやられたらしい。
・・・ま、飯食えりゃいっか。
空腹でパンク寸前な俺の脳は、今考えうる最も簡単な答えを導き出してそれを体へと伝えた。
ぐう〜・・・。
気の抜けた腹の音が部屋の中に響く。と、その途端俺以外の全員が笑い出した。
・・・ったく何笑ってんだ、こっちは冗談じゃないってのに。
「アッハッハ、じゃあみんなで昼食にしようか。美夜ちゃん、お皿持ってきてくれるかい?」
「は、はい。」
慌てた様子で襖の奥へと消える美夜。
この後、その場に居る全員で楽しく昼食を食べた。俺と鉄ちゃんは中身は同じなのにお互いの料理を取ったり取られたり。最終的には八咫さんまで加わってって来たりと本当に楽しかった。美夜は最初から最後まであわあわ言いいながらアタフタしていた。
――――――夕方・アパート前
結局、長い事八咫さんの家に留まってしまった。帰りはまたあの黒塗りの車で、わざわざアパートまで送ってもらってしまった。
・・・今度、何かお礼でも持っていこう。
因みに、美夜は一緒に帰ってきていない。何でも、八咫さんに料理を教えて貰うんだとか。
・・・正直、心配だ。いくら明日が休みだと言ってもあのヤクザ・・・おっと、任侠集団の本拠地にいるのだ。八咫さんに悪いけど心配なのも事実だ。
「あ、陽介君。丁度良いところに。」
「ん?ああ留美さん、如何されました?」
アパートの角のから、妙におめかしした留美さんが声を掛けてきた。腕や尻尾の黒い毛とは反対の白い落ち着いた服を着ていた。流石は留美さん、何を着ても似合う。
「ごめんだけど、ちょっと陽介君にお願いがあるの。」
「はい?」
「私達、今日から少しの間旅行に行くの。」
「はあ・・・。」
留守番だろうか?
「だから・・・暫らく家の子達、預かってくれる?」
「ええ・・・って、はぁ!?」
予想の斜め上のお願いに、思わず声を上げてしまう。
な、何だってーーー!?
「引き受けてくれてありがとう♪んじゃ、また一週間後〜♪」
「え、ちょ、留美さん!?ま、待って〜!」
戸惑う俺をよそに、留美さんは一瞬でいつの間にか止めてあった車に乗り込んで行ってしまった。
「・・・一体何なんだ?・・・とりあえず、紫苑ちゃん達を迎えに行くか・・・。」
一階にある留美さん達の部屋に向かうと、ドアに張り紙がしてあった。
“子供達は一足先に陽介君の部屋にいるわ、よろしくね♪”
「・・・・・・。」
はぁ・・・。あの人には敵わないな・・・。
アパートの階段を登り、コンクリートの廊下を歩いて行く。自分の部屋の前に設置されているポストを開いて自分に手紙が無いか確認する。
・・・ん?
何も入っていないと思っていたがポストの底に一通、便箋が届いていた。
・・・一体、誰からだ?
便箋を手に取り、裏を見てみると“黒川水羽(くろかわ みずは)”と書かれていた。
・・・黒川?そんな知り合い、俺にいたっけ?
懸念しつつも鍵を開けてドアを開ける。中では居間の真ん中にちょこんと紫苑ちゃんが座っていた。隣ではタオルケットの掛かった茜ちゃんが小さく寝息を立てていた。
「おにいちゃん、おかえり!」
「うわっ!」
俺の顔を見るや否や、紫苑ちゃんは突然満面の笑みで俺の腰に抱きついてきた。
「・・・ただいま。」
こうして、俺は一週間の間紫苑ちゃんと茜ちゃんを預かる事になった。
「・・・おにいちゃん。」
「ん?」
「おなかすいたー。」
「うええ!?」
食材無いぞ!?
11/09/25 13:13更新 / 一文字@目指せ月3
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