読切小説
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黒色は、カッコいい色
外はただ、黒洞々たる夜があるばかり。

自分の身体が暗闇に溶けているのではないかと思うほど、歩いても歩いても動いた気がしない。
ジリジリと肌を焦がすような熱気も相まって、まるで地獄にでも堕ちたような気分だ。

それでもきっと、ぼくはまだ生きている。
じくじくと痛む左眼を、包帯代わりに千切って巻いた袖の上からなぞる。
棒のように疲れた足も、小石が刺さって痛む足裏も生きている証だ。

───いっそ死んでいればよかったのに。

「…………っ」

生々しく頭の中に響いた声に、思わず後ろを振り向いた。
然れども、一寸先すら見えない、ただただ深く、何よりも濃い夜があるばかり。
もうとっくに、限界を超えているつもりだった。身体も、心も。
いい加減、立っていることさえ気怠く、ぺたりと腰を下ろして膝を抱く。
眼を閉じてしまった方が、明るい気がした。

このまま眠ったら、死んでしまったりしないだろうか。

死ぬってことが、もう二度と目覚めることがないってことくらいは知っている。
ずっと目をつぶって、こんな地獄のような世界を見ないでいられるなら、願ったり叶ったりだ。

もしも生まれ変わりがあるなら、そんな夢を見ていいなら、次は人間がいいなとぼんやり思う。
みんなと同じように生まれることを祝福されて、頭を撫でられたい。
みんなと同じように天使さまと神さまに祈りを捧げて、お伽話に憧れたい。
みんなと同じように美味しいパンをかじって、きれいな水を飲んでみたい。

「………………」

でも。

でも、無理なんだろうな。
ぼくは神さまが死ぬほど憎いから、きっと次も悪魔なんだろうな。
ははは……、あー……、なんで生まれたんだろうなぁ……、ぼくなんか……。

うだるような暑さも、痛いほどの疲労感もどこか遠く、もう他人事のように感じる。
もう、眠い。疲れた。
膝を抱いたまま、横に転がる。
思考もまともに働かず、もやがかかったような脳内まで気怠さに侵されていく。
このまま、二度と目覚めないことを祈って、眠ってしまおう。
祈るような神さまなんていないけど、そう願うくらい別にいいだろう。

ジャリジャリと、どこか遠くから砂利道を踏みしめる音が地面から伝わる。
誰かがこっちに来てるらしいけど、そんなことはどうでもよかった。
どうでもよかったけど、もし誰かが来るなら、それは魔物だったらいいなと、とりとめもなく思った。

なんだかんだで、本物の悪魔を……、見たことなんて…………、なかったもんな………………。

ぼくの意識は、そこで微睡に呑まれていった。
 
◆ ◆ ◆

ボロボロに崩れた屋根の隙間から、ぱたりと頬を打つ雨の感触。
とても人間の住まうような場所ではない、廃墟のような誰もいない家が少年の家だった。

少年はむくりと起き上がり、全身に響く鈍痛に身をよじった。
至るところに投げつけられた石礫の青痣を撫でて、重たそうに瞼を上げる。
焦点の合っていない、至って普通の無垢な右眼。
本来は白いはずの強膜───白目が、なんの悪意か真っ黒に染まった左眼が露わになる。

主神を信奉し、魔物を毛嫌いする。
そんな国に、望んでもいないのに生まれおちてしまったのが少年の運の尽きであった。
少年の誕生を祝福するために立ち会った人々は、口々に悪魔の子だと呪いの言葉を叫んだ。
小さな村から国中へ、あっという間に悪魔が人の腹から産まれたと噂は広まった。
両親は少年が生まれて5年で、彼をおいて村を去った。
教団も、村人も、何もかもが石を投げてくるような村で、5年も耐えれたことが奇跡だった。

おかげさまで、少年の世界は地獄だった。
寄らば蹴られ、酷いときはピッチフォークで刺されそうになったときもある。
遠ざかば悪魔と謗られ、大人も子供も構わず石を投げてくる。
そんな環境で少年は、両親がいなくなってから一度も喉を震わせていない。
頭の中でどれだけの言葉を考えても、それを一度たりとも口にはしなかった。
その姿が、余計に不気味だったのだろう。
誰一人、少年に手を差しのべる者はいなかった。

左眼に悪魔を宿した、おぞましき怪物。
少年の生まれた教国での彼への認識は、おおよそそんなものだった。

「………………」

目覚めて数刻、意識を覚醒させた少年がいつも考えるのは、どこに行くかであった。
パンを食べなければ人は生きていけないし、水を飲まなければ人は生きていけない。
それくらいの知識はあったが、人に会えば食べ物ではなく石を投げられる。

如何にして人のいない場所に行くか、ただそれだけしか考えていなかった。
幸いにもその日、少年が目覚めた朝はいつもより早かった。
寝惚け眼を擦りながら、村はずれの川べりへと小走りで向かった。

そして草を食む。
木の根をほじり、無理やり胃の腑へ飲下す。
吐きそうになっても、無理やり川の水で流しこむ。
何でもいいから腹に押しこんでしまえば生きられると、少年は学んでいた。

青草でも、堅い木の根でも、何ならそこで跳ねた虫でも。
苦かろうが、土臭かろうが、何の味もしなくてもそれが血となり肉となる。
生きたいかと問われれば返答に困るが、死にたいかと問われれば首を振る。
そんな程度には、少年も自分の命に執着していた。

もしかすると、いつか復讐したかったのかもしれない。
自分に石を投げた村人を、自分を捨てた両親を、自分を悪魔と謗ったこの国を。
いつか生きながらえて、その時にすべてすべて壊したかったのかもしれない。
そういう思いがあるかと問われれば、易々とは首を振れないほどに、少なからず憎しみがあった。

いま思えば、普通に生きられれば、それでよかったのだろうが。

「………………」

川の水をすくい、少年はぼんやりと水面に映る自分の姿を眺めた。
左眼の黒さを除けば、至って普通の子供の姿だった。
何か思うところでもあったのか、そのままじっと、少年は自分の姿を見下ろしていた。

ゴッ。

鈍い音が、頭に直接響いた。
そのまま踏ん張りがきかず、少年は川に落ちた。
眼に入った水の痛みを堪えながら、ああまたかと、ぼんやり少年は思った。
濁った水しぶきの音を聞きながら、浮力の為すがままに浮かぶと、自分を見下ろす影があった。
少年とそう歳の変わらぬ子供が、嫌悪をむき出しに彼を見下ろしていた。

「お前が川の水に触るから、ウチの畑の麦が枯れた」

酷い言いがかりに、少年は失笑した。

「死ねよ」

端的な言葉とともに、左眼に向かって石を投げられた。
ガツンと、骨に堅いものがぶつかったような、そんな音が頭の中に響いた。

このままじゃ死ぬ。
こんな子供なんかに殺される。
こんな無意味な理不尽にいつか殺される。
川底に沈みながら、そんなことを少年は思った。

もとより、村に思い入れなどなかった少年は両親のように逃げることを、今日誓った。
追ってくる人などいないだろうが、悪魔が潜むと言われる火山へと逃げてやろうと、心に誓った。
千切った袖を左眼に巻いて、歯ぎしりしながら村を出た、今朝のことだった。

◆ ◆ ◆

バチリ、と何かが爆ぜる音に身体が跳ね起きた。
視界を焼くほどの明るさに、思わず両目を押さえると、左眼側に布きれの感触を覚える。
さっきまでは痛い痛いと思っていたのに、幾分かマシになっていた。

どうやら、まだ生きているらしい。

喜んでいいのか、悲しんでいいのか分からない。
眩しさと微睡をふり払うようにかぶりを振り、改めて周囲を見やる。
ゴツゴツとした岩天井に、オレンジ色をゆらゆらと揺らす焚火。
自分の身体を見下ろしてみると、なにかの毛皮のようなものが乱雑にかけられていた。
当たり前だけど、火を起こした覚えもなければ、洞穴に入った覚えもない。

「ぐごぉぉぉ〜」
「っ!」

物凄い唸り声に慌てて振向くと、そこには何か黒い塊が横たわっていた。
というか、どうやら僕はその黒い毛玉を枕に寝ていたらしい。

なんだ今の音……、とまじまじそれを見てみると、やたらと毛深いが……ひと、のようだった。
丸くなるように自分の身体を抱えこみ、その様はまるで犬のようだった。
なんて思っていたら、頭部と思わしき部分でピコピコと耳が揺れている。

「…………!」

なぜか無性に触りたい衝動に駆られたが、うっかり伸ばした手を押さえることに何とか成功した。
なんでこんなところにいるのか、なんでこんなところに犬っぽい黒いひとがいるのかは知らない。

でも、ひとの傍にいるとろくなことにならないとぼくは知っている。
なるべく足音をたてないように立ち上がり……。

「むにゃむにゃ…………、んがぐぐぐ……」

なんかすごいいびきをかき始めたので思わず座ってしまった。
ごろん、と転がると、ぽよんとそのひとの胸元で水風船のような何かが揺れた。
と思ったら、随分と豊満な乳房だった。どうやら女のひとだったらしい。

「………………」

無防備にお腹を出して寝る彼女に、頭を抱える。
状況的に考えて、たぶんこのひとがここまでぼくを運んだんだろう。
なんでそんなことをしたのかはサッパリ見当もつかないけど。

「んがぁ〜……、ごぉ…………んん」

とりあえず、お腹を出したまま寝ると、あとでおなかが痛くなることは知っていた。
別にだからといってどうというわけでもないけど、このまま放っておくのも何か違う。
足元にずり落ちた毛皮を拾いあげ、一つ小さくため息を零した。

なんでぼくがこんなことを……。

恨み言の一つ二つ口にしたいが、その目のやり場に困るたわわな胸も隠すように毛皮をかける。
義理は果たした、さっさと逃げよう。

「っ! …………〜〜〜っ! …………!!」

がっしりと。
足を掴まれていた。
ひょっとしてこのひと、起きているんじゃないだろうかってくらい、がっしりと。
ブンブンと足を振ってみても、手で指を外そうとしても全然離れない。

「んんん〜……?」
「!? っ! 、!」

それどころか、そのまま足を引かれて、引き倒された。
挙句、そのまま手繰り寄せられ、ぎゅうっと抱きつぶされる。
自分よりも二回りは大きい彼女に下敷きにされて、らしくもなくジタバタと暴れる。
全身に押しつけられる柔らかさと温かさが、とても気恥ずかしかった。

「暴れんなよぉ〜……、んがぁ……」

やめろ、放せ。服の下から手を突っ込むな、毛がこそばい。
というか、この期に及んでこいつまだ寝てんのか。
耐え切れず、ぺしぺしと彼女の頬を何度か叩く。

「…………暴れンなッつってンだろうが!」
「ふがっ!?」

べしん、と一発。
大きな掌に顔面を叩かれた。

くわんくわんと頭が揺れたと思うと。
ぼくの意識は穏やかに、またも暗闇に沈んでいくのであった。





…………〜い、………きろ〜……。

ゆさゆさと身体が揺さぶれる感覚に、緩やかに意識が浮上した。
うっすらと目を開けると、真っ黒な何かが自分を見下ろしていた。

……ぉ〜、……っと起きたか…………寝坊助め……。

まだ頭が起きぬけていないのか、響く声が他人事のようにどこか遠い。
燃えるように赤い瞳が、ぼくを見下ろして嬉しそうに喜色に歪んだ。
そのまま顔がゆっくりと近づいて……。

べろりと生温い感触が顔面を這った。

「〜〜〜〜〜っ!?」

堪らず起き上がろうとすると、がっしり左右から頭を押さえられた。
その間も絶えず、べろべろと時おりピンク色の何かが視界を通り抜ける。
というか、どう考えても顔を舐められてる。
それはもう執拗にペロペロされている。
なんだこれ、新手の嫌がらせか。

「へへ、目ェ覚めたか?」
「………………###」


白い歯を剥きだしに、悪意なんて欠片もなさそうに笑う彼女に視線で返答する。
それはもう、丹念に顔中を舐められた。
満足したのか、頭から手が離れ、ぼくを起こすように彼女が手を引っ張った。

「シケた面してンなよ。折角の可愛い顔が台無しだぜ?」
「………………」

キザ男みたいなことを言う。
どうやらさっきのは夢ではなく、僕はまださっきの洞窟のなかにいるらしい。
改めて目の前の彼女に目をやると、くぁっ、と大きく欠伸をしている。
まっしろな犬歯は、ぼくの首ぐらい一噛みで喰いちぎれそうなほど鋭い。

「で? お前、あンなところで寝ッ転がッて何してたンだ?
 あンなんじゃ、襲ってくださいッて言ッてるようなモンだぜ?」

実際、オレが持って帰ってやったがな! と彼女は呵々と笑った。
……なんだこのひと。ぼくが行き倒れにでも見えたのだろうか。
何が愉しくて笑ってるんだろう、とぼんやり彼女を見つめる。

そして、はたと気付いた。
ひょっとしてこのひと、もしかして噂の魔物なんだろうか?
手先や足先を覆う体毛や、鋭い爪牙にその愛らしい耳を除けばまるで人のようだが。
挑戦的に揺れる赤い瞳と、真っ黒な眼孔はまるで悪魔のように禍々しい。

「くぅ…………ンなじッと見ンなよ、恥ずかしい野郎だな」

と、急に彼女はぷいっと顔をそらした。
それと同時に、まさかそんなわけないかと先までの考えを打消す。
悪魔がこんな、ひとみたいなわけがない。

「………………」

自嘲して、とっととどこかへ行こうと立ち上がる。
が、それと同時にどっしりと肩に手を置かれた。
ぐぐっと上から力を掛けられ、すとんと座らされる。

「ンガァーーーッ! ンなヒョロい身体で立ってンじゃねェ! 大人しく寝てろ!」

間近から怒鳴られた。
というか、顔にツバが散った。
恨みがましく彼女を睨むと、へへんと不敵に笑った。

「文句があッたらオレさまに勝ッてみろッてンだ!
 そんなちっこい身体じゃあヤり甲斐がねェぞ!」
「………………」
「んぐッ…………がうッ! そンな目ェしてもダメなモンはダメだ!」

ぼくは一体どんな目をしていたんだろう。
一人で何を盛り上がっているのか、ブンブンと頭を振る犬のひとにぼくは首を傾げた。

……ていうか、このひと、ぼくのことぶったりしないんだな。
ぼんやりそう思いながら左眼を撫でると、思い出したように布の感触がした。
そう言えば、巻いてたな。

「…………それ、痛くないのか?」

なんて左眼を撫でていると、心配そうに犬のひとがこっちを見ていた。
寝ているうちに多少は癒えたのか、あの鈍い痛みはもう引いている。
首を振って答えると、彼女はパァッと明るくなった。

「そうか! さすが男の子だな! 偉いぞ偉いぞ!」
「!」

抵抗する間もなく抱きすくめられ、もふもふと頭を撫でられる。
慌てて引きはがそうとするも、力の差は歴然と、一ミリも離れなかった。

「〜〜〜〜〜っ!」
「ワハハハハ、照れるな照れるな! うりうりぃ〜!」
「〜〜〜〜〜っ###」

全身に押しつけられる柔らかい感触に、なぜかとても顔が熱くなった。
そのまま抵抗虚しくされるがままに、ようやっと飽きたのか満面の笑みで彼女はぼくを解放した。
いつか絶対ぎゃふんと言わせてやると心に誓った。

「わふぅ〜、はしゃいだはしゃいだ。それよりお前、腹減ッてないか? オレさまは減ッた」
「………………」
「そうか、減ッたか! よし、一緒にメシを食おう!」

なにも言ってないし、別に減ったわけでもないんだが。
精いっぱいの反抗心を視線に乗せて睨みつけるも、彼女はぼくの手を引いて歩いていく。
もうなんとなく、抵抗しても無駄だとは悟った。

「今日のメシは豪華だぞ〜? 何せさッきオレさまが獲ッてきたばッかりの魔界豚だからな!」

……ブタって、食べ物だったのか。初めて知った。
なんて彼女に手を引かれた先には、でんと何か丸い物体が焚火に炙られていた。
木串に刺されて皮がパリッと避けているそれは、紛うことなきブタの形をしていた。
香ばしいかおりに腹の音が反応したが、その姿丸ままに内心えぐいとドン引きした。
ぼくだって、虫は刻んで中身を取ってから食べるのに。

「よッ、と」

適当な、というか本当に適当に切ったのか、でんと目の前に巨大な肉塊が置かれる。
脂がたらりと滴るそれに、一体どうすればいいんだと彼女に視線を移す。

「わふん、遠慮はいらねェぞ? いッぱい食べて、でッかくなれよ!」
「………………!?」

これを、そのまま食えと?
言いきるなり、彼女はそのまま自分の分の肉に食らいつき始めた。
気持ちいいほどの食いっぷりに、幸せそうに彼女は頬を膨らませている。

……ひょっとして、美味しいのだろうか?
ごくりと喉を鳴らして、一口かじってみる。

「………………!」

じゅっ、と舌を焼くような熱さに思わず飛び跳ねる。
しかし、それ以上にまろやかな味わいが口の中に広がる。
それだけではない、香ばしいこの風味が鼻から突き抜けて堪らない。
裂けた部分からあふれ出る肉汁はジューシーで、言いようもないほど美味である。
噛みごたえがありながら、さりとて硬いというわけでもないこの弾力的な肉質。
シンプルに焼いただけでありながら、これほどまでに食材を活かせるものだろうか。



なるほど、これは美味しい。
うん、美味しいんだけど…………、その、非常に脂っこい。

肉って、こんなに脂っこかったんだな。
今日日まで草と水で飢えを凌いでいた身には、少しむつこすぎた。
どこかで草でもむしってこようかと彼女を窺うと、バッチリと目が合った。

「んン? どうした? ひょッとして熱すぎたか?」

違う、そうじゃない。
視線でそう訴えるも、彼女は「しょうがねェな〜♪」とか言いながらご機嫌にこっちに来た。

「がうっ、ほら! こっち座れよ」
「!?」

そのままひょいっと首襟を咥えられ、彼女の胡坐の中に座らされた。
逃げようとするも、お腹を大きな手で押さえられてジタバタみっともなくもがくだけになった。

「おいこら、暴れンなッて」
「っ!」

顔面をべしんと叩かれた記憶はいまも新しい。
身をすくめると、なにを勘違いしているのかよしよしと子供のように頭を撫でられた。
乱暴な力加減に、がくんがくんと頭が揺れて酔いそうだ。

「ふうぅーッ、ふうぅーッ! ……こんなもんか? ほれ、あーん」

息を吹きかけて冷ましたのか、彼女は肉片を指でつまんで目の前に持ってきた。
これをどうしろと言うのか、胡乱に見上げると、彼女は首を傾げた。

「あーん、分からないか? 口開けろッてことだ、ほら、あーんしろ、あーん」
「…………ぁー」

仕方なく、どうせ噤んでいたって無理やりこじ開けられそうだから、仕方なく口を開ける。
えらいえらいと、またも頭を撫でられて口の中に指ごと肉を入れられた。
ぬるっと指を抜かれて、口の中にまた脂っこさが広がった。
……不思議と、さっきよりも美味しく感じられた。

「どうだ、美味いか?」

ぺろり、とさっきまでぼくの口に突っ込んでいた指を舐める犬のひと。
癪だけど実際美味しかったので頷くと、彼女はニッと白い歯を見せて破顔した。

「そうか! お前が嬉しいなら、オレさまも嬉しいぞ!」
「……〜〜っ」

なんというか、照れくさいことを何とも恥ずかしげもなく言うひとだ。
俯くと、ポンポンとその大きな掌で頭を叩かれた。
なんだか、胸の奥がふわふわした。

その後もぼくに食べさせるのが気に入ったのか、残った肉は全部手ずから食べさせられた。
あれだけあったブタ丸々一頭のほとんどが彼女の口の中に収まっていくのは正直圧巻だった。

「ふぃ〜、食ッた食ッたァ〜」
「!」

ぼくを抱えたまま、ごろんと彼女が横になる。
ぎゅうっと後ろから柔らかい身体が押しつけられて、気恥ずかしさに顔が熱くなった。
というか、なんでぼくは犬のひとにごはんを食べさせれているんだ。
そもそもなんで彼女はぼくを拾ってきたんだ。
一度疑問が湧きだすと、次々になんでなんでと浮かんでくる。
しかし、彼女はそんなぼくの内心を知らず、するりと服の下から手を突っ込んできた。

「っ!?」
「やっぱお前薄いなァ〜、触ッただけで壊れちまいそうだ」

んなわけあるか。
無遠慮にお腹を撫でる毛むくじゃらがこそばゆい。

「ン〜♪」

つむじの辺りからすんすんと鼻を鳴らす音が聞こえる。
なんだこのひと、頭の臭いをかいでいるのか。
本当に犬のひとかこのひと。

「土のにおいがするなァ……、なンだか、安心するにおいだ…………」

そのまま、いっそうぎゅうっと抱きしめられる。
柔らかいやら温かいやら、気恥ずかしさにもの申そうと彼女を見上げる。

「……んがァ〜…………Zzz」

おやすみ三秒、寝てた。
マジかよ。

…………なんだか、変な一日だ。
死んでやろう死んでやろうって思ってたのに、この温かさに浸っていたいと思う自分がいる。

……ちくしょう。
そんなことをぼんやり思いながら、うつらうつらとぼくも微睡に落ちていった。

◆ ◆ ◆

それからの毎日は、なんだか心が落ち着かない日々だった。
ごはんを食べては寝て、ごはんを食べては寝て、文字に起こせばそれだけなのだ。
だというに、四六時中ひとが傍にいるというのに、ぼくは未だこんな毎日が慣れない。
一度だけ、彼女が獲物を狩りに出かけるときに耐え切れずこっそり抜け出そうとしたことがある。
が、ここぞとばかりに犬っぽさを全開に、鼻を効かして四足で追いかけられた。
めちゃくちゃ速くてビックリしたのはいまも記憶に新しい。

「がっふ、オレさまから逃げられると思ッたか!」

逃げた罰だ、なんて言って首筋を甘噛みされたときは、もう逃げないと固く心に誓った。
逃げられないし、肩がふやけるほどあぐあぐされるのはもう御免である。

夜は彼女の胡坐がぼくの定位置になりつつあるし、抱き枕にされるのももういつものことになった。
そのたびにいつも服の中に手を突っ込まれては、薄い薄いと言われる。
もっと肉をつけないとヤりにくいと言われる。何をするつもりなんだ、犬のひと。

そんな風に日々を送っていき、ぼくはなんとなく気付いていった。
犬のひとは優しいひとだ、と。
ぶたないし、蹴らないし、罵ったりしない。
頭を撫でてくれるし、抱きついてくるし、気に入ったのかごはんを手ずから食べさせてくれる。
正直、この脂っこさだけは不満であるが、それだけだ。

……ここまでされてて、数日たってようやく気付いた自分の疑心暗鬼っぷりが改めて怖くなった。
でも、相変わらずなんでぼくなんかを拾ったのかは検討もつかない。
それに、ぼくの中で彼女の存在が大きくなっていくのが、少し怖い。

───左眼。

今はまだ包帯代わりの布きれを巻いたままだけど、もしもこれがバレたらと思うと身体が震える。
彼女と一緒にいると落ち着かないけど、心地いいんだと理解してしまった。
そんな彼女に拒絶されたら…………、なんて、考えたくもない。

でも、黙っていることが心苦しいと思う自分もいる。
本当は自分は悪魔で、優しくする価値なんてないとブチまけたいと言ってしまいたい。
ひとを騙して安穏と生きていることも、とても耐えがたい。

そんな葛藤に悶々とするようになった、ある日のことだった。





「お前、その首筋どうしたンだ?」

いつもの食後、ぼくを抱えてゴロゴロと寝転がっていた彼女が不意に言った。
首筋? と首を捻ってみると、赤い腫れが一つ。
どうやら虫にでも刺されたらしい。

「………………」

なんでもない、と首を振ってみせると、彼女もふーんと鷹揚に頷いた。
すんすんと急に首筋がこそばゆくなる、臭いをかがれているらしい。
…………汗臭かったりしないか、たまに心配になる。

ペロ。

「〜〜〜っ!?」

なんて思っていると、不意にさっきの虫刺されを舐められた。
抗議の意を込めて睨みつけると、彼女はけらけらと笑っていた。

「ワハハ、悪い悪い。ホラ、なんか美味そうに見えてさァ…………んあぐ」
「〜〜〜───っ!」

噛むなぁ──────。
舐めるな、吸うな、甘噛むなぁ──────。
舌先でほじられるような感触に、ぞくぞくとした悪寒が背筋に走る。
さすがに耐えられずジタバタと暴れてみせると、いつも通りアッサリ抱きつぶされた。
こうなると、いくらもがこうとビクともしない。

「がうっ! ふふん、またオレさまの勝ちだな!」
「………………」

勝ち負けとかあったのか、これ。

「にしても、お前もだいぶ力がついたンじゃねェか? どれどれ……」
「………………っ」

そしてまた、無遠慮に服の下から手を突っ込まれる。
こればっかりは何度されても慣れる気がしない。
わさわさと無造作にお腹を探られたかと思うと、冷たい爪先で腹筋の縦線をなぞられたりもする。

「…………〜」

なんだか、今日はいつもより念入りに撫でられている気がする。
居心地悪く身をよじると、抱きしめる力が一層強くなった。

「……やッぱりお前はちっこいなァ」

グリグリと後ろ頭に眉間を押しつけられる。
ぼくが小さいのは子供だから当たり前だし、それ以上に彼女が大きいんだと思うのだけど。
そんな疑問をよそに、首筋にかかる吐息が妙に熱い。

「ウゥゥ〜〜……」
「…………?」

悩ましげな唸り声。
なんだなんだと怪訝に振返る。

「ウゥ〜……、ウゥゥ〜……ッ♥」

恨みがましくじっとりと、赤い瞳がぼくを見下ろしている。
真っ黒な頬も、心なしか朱に染まっているようにみえる。
なんとなく嫌な予感に、じりっと身体が引けてしまった。

「ウゥ……ン♥ ……なァ、ちょッと撫でてくれねェか……?」
「…………っ?」

そう言いながら、ぼくの手をとって自分のお腹にあてる犬のひと。
まるで熱に浮かされたように熱くて、もしかして風邪でも引いたのかと思った。
言われるがままに、彼女のお腹を撫でてみる。

「ウゥ〜……ッ、もッと…………、もッと強く撫でろ……ッ♥」

言われるがままに、ぼくは彼女のお腹を撫で続けた。

◆ ◆ ◆

ニンゲンのオスを見たのは、初めてだッた。

まだ子供なのか、オレさまよりもとてもとても小さいオスだッた。
だけど血が滲ンだ布きれを頭に巻いて、とても痛そうなのに泣かない骨のあるオスだッた。
オレさまのようなカッコよくて恐ろしいヘルハウンドを見ても逃げない、誇り高いオスだった。
無口で、無愛想で、何を考えているのかよく分からないオスだッた。

それ以上にかわいくて、ツガイにしたいオスだと思ッた。
抱きしめたら柔らかくて、なんだか胸の奥が温かくなる。
土のような匂いはなんだか安心するし、舐めてみると美味しい気がした。
一度叱ッたら悪いことはしないし、なんだかんだ気が利いてて賢い。
積極的に逃げたりもしないし、オレさまに従順でこれもまた悪くない。

でも、小さかッた。
触れれば壊れそうなほど脆く見えた。
身体は薄ッぺらくて、水でも掬うみたいに軽かッた。
体中にしこたま青痣を貯めこんでるし、頭の包帯がより一層儚く見せる。
抱きしめるたびにきゅうきゅうと下ッ腹が疼いたけど、犯したら壊れるンじゃないかと思ッた。

だから我慢した。
そりゃ、衝動のままに犯してやりたいとは何度も思ッた。
でも弱いオスは、強いオレさまが守らなければいけない。
オレさまが弱いものいじめをするなんてあッちゃいけない。
オスがもッと強くなるまで、寛大なオレさまが待ッてやらないといけない。

でも、肉を食ッてもなかなかオスは大きくならない。
身体は小さいし、肌は柔らかいし、ちょッと力を入れれば潰れてしまいそうだ。
毎日身体を測ッてみるけど、ぜんぜん大きくならない。
ぐるるるる、と唸ってみてもオスは大きくなッてくれない意地悪なヤツだ。

たまに、我慢が効かなくなりそうになる。
抱きしめたり、噛ンでみたりして抑えているけど、もう限界だ。
困惑したようにオレさまのお腹を撫でるオスに、ぐるぐると情欲が頭の中で回ッている。



犯したい。
地面にその小さな身体を押倒して、馬乗りになッてブチ犯したい。
熟れた苺のようなつぼんだ唇に吸いついて、その甘そうな唾液を啜りたい。
ぎゅうッと力いッぱい抱きしめて一切逃がさず、ずッと犯してやりたい。
オレさまが孕むまで、奥の方まで渇く間もないほどに子宮にいッぱい注がれたい。
そンなことをしたら泣いてしまうかもしれない、けど、泣いてもイッてもずっと構わず犯したい。
尻を揉みながら、あわよくばその尻の中を指で掻きまわしながらブチ犯したい。
オレさまの下で、よがッて乱れて蕩ける痴態が見たい。
滅多に声を出さないンだから、めちゃくちゃに鳴かせてやりたい。
あァ、でもオレさまの恥部を舐めさせながら、オレさまもオスのちんこをしゃぶるってのもいい。
アイツの可愛い顔にオレさまのまんこを押しつけて、無理やりオレさまの愛液を飲ませたい。
あの小さい頭を足で挟んで逃がさないようにして、オレさまも執拗にアイツを攻めたい。
口いっぱい頬張って、しゃぶって、尿道をほじくって、何度も何度もその精を味わいたい。
首筋にオレさまのオスだと噛み痕を残したいし、いや首筋だけじゃなく全身余すことなく噛みたい。
お前はオレさまのオスなんだって、徹底的に知らしめてやりたい。
愛したい犯したい可愛がりたい犯したい撫でたい犯したい食べたい犯したい抱きたい犯したい。

ブチ犯したい。

◆ ◆ ◆

「ぐるるるる……♥」

犬のひとの目が据わってきてる。怖い。
なに考えてるのかさっぱり分からないけど、うん。怖い。
ぼうっと焦点の合わない夕焼けのように赤い瞳は、じぃっとぼくを見下ろしている。

「ヴゥ〜……♥ なァ……、シてもいいか……?」
「?」

不意に、犬のひとがそんなことを言った。
一度も見たことのないような熱に浮かされた、切なそうな声だった。

「もう、熱くて熱くて……♥ お前のが欲しくて仕方ねェンだ……♥」

ずいっと、彼女の顔が間近まで近づいた。
ビックリして身を引こうとしたら、ぎゅうっと力強く抱きしめられた。
でも、痛くはなかった。

「ウゥ〜……♥」

物欲しそうな瞳には、よく分からない色が渦巻いている。
とにかく、彼女がぼくに何かしたいというのはよく伝わった。

「………………」

何をしたいのかはよく分からない。
こんな犬のひとは初めて見た。
でも、何をされるのかは全然分からないけど。

犬のひとになら何をされてもいいや、と思った。

ぼくなんかで犬のひとが喜ぶのなら、なんならあの大きな口で食べられても構わない。
そう思ってもおつりがくるほどに、ぼくは彼女から幸せをもらったはずだ。
こんなロクでもないヤツを、まるで家族のように触れてくれた。
撫でてくれたし、抱きしめてくれたし、ご飯を食べさせてくれた。
このまま貰いっぱなしじゃ悪いと思っていたのもあった。
だから、少しだけ考えたけど、頷いた。

「…………ヴゥ〜…………♥」

一つ唸って、ぐっと、頭で胸板を押された。
バランスを崩して地面に倒れると、手で支えられてゆっくり下ろされた。
熱に浮かされた赤い瞳が、とても近い。

「なるべく、優しくするからな……♥」

いやらしく、彼女が笑った。
ちょっとだけ、ドキッとした。

ぼくを組み敷いたまま、くるっと彼女がぼくの足元に振返る。
そのままぼくの股間にうずくまり、眼前に黒くて大きなお尻が現れた。
股間の部分がぐっしょりと濡れていて、くらくらするような香りに包まれる。

いったい何をするんだろう、と不安に思っていると、ずるりとズボンを脱がされた。

「───〜〜〜っ!?」

何で!? そんな疑問にかぶせるように、熱くてヌルヌルしたものに股間が包まれた
思わずびくっと身体が跳ねると、ぎゅっと身体を押さえつけられ、ふくらはぎで頭を挟まれた。
いつも以上に全然動けない体勢に嫌な予感がして、汗が垂れる感触を如実に感じた。
もしかして、口にくわえられてる……?

「っァッ、……っ、…ッ! 、!!」
「んぷ、るちゅ、……、♥」

まるで魚が跳ねるみたいに、舌が暴れている感触が伝わる。
びくりと跳ねた足も、両手で押さえられていよいよ全然動けない。
それでも構わず、彼女はぼくの股間にしゃぶりついている。

「んふっ、ん、るぇっ、あむっ♥」
「んっ、〜〜ッ、んんッ……っ、!」

鈴口をぞるりと撫でられ、筋をなぞるように竿が舐めあげられる。
一度も味わったことがない暴力的な快感に目の前がチカチカと明滅した。
唇に揉まれ、時おり冷たい歯が当たっている。
ぜんぜん見えないけど、体中が火照って、なんだかビンと股間が張っている気がする。

「んぷぁ……っ♥ んへへ……、やッぱまだ小さいよなァ……♥」
「……っ、……っ〜〜…………?」

小さい、何が……?
なんだか、さっきの行為のせいかとても全身が気怠い。
首を捻って彼女が何をしようか確認しようとすると、つっ、とカリ首をつままれた。

「っ、!?」

一気にずり剥かれる感触に声にならない悲鳴が出た。
外気に晒された亀頭に、空気が撫でる感触すら伝わってくる。

「今度はもッと気持ちいいぞ……っ♥」

もっと?
その言葉に思わず抗議の声をあげそうになった。
が、残念ながらそんな風に言語化されることはなかった。
れろりと、舌先が亀頭を舐める感触に、声にならなかった。

「───ァっ、!?」
「ハッ……ハッ……♥ ほら、お前も……な?」

そう言って、彼女はその大きなお尻をぼくの顔に押しつけた。
どこまでも沈むような柔らかな尻肉と秘部が、ぐりぐりと。
むわっと、湿気た熱気が顔中に押しつけられ、口が塞がれる。
蒸れているけど、とても濃ゆい、そんな彼女のにおいに満たされる。

「んんっん……、〜〜!」
「ッと、強く押しつけすぎたか……♥ ほら、こっちの再開するぞっ♥」
「ィ───んんっ、ァ───〜〜〜っ!?」

あぐっ、とまた竿の根元まで頬張られる。
一等ぬめった喉奥が敏感な亀頭に触れて、反射神経だけが身体を跳ねさせようとする。
暴れることもできず、そんなぼくに構うことなく、さっき以上に彼女は激しくしゃぶりついた。

「ぢゅるっ、んぁ、っぷぁ、ぇるっ♥」
「や、んァっ、〜〜〜ッ、ェ、!?」

まともな言葉が出てこない。
執拗に亀頭やカリ首を這いまわる舌肉の感触に、びくびくと背筋が跳ねる。
逃げたい、頭が変になりそうだ。
全身の力がペニスに集まって、ダムか何かにどんどん貯めこまれていくような錯覚を覚える。
腰を捻っても、背筋を跳ねさせても、彼女はぼくの抵抗なんて構わず攻めたててくる。

「ンっ、ふっ───ぅぁッ、!ッ、んっンッ、ん〜〜〜っ!」
「♥」
「ンンン───っ!?」

不意に、またお尻が押しつけられる。
ただでさえ息がしづらいのに、蒸せかえるような濃ゆいにおいに頭がくらくらする。
いやいやと頭を振っても、むっちりとしたお尻が顔に余すことなく密着して顔が濡れるだけだった。
濃厚すぎる牝のにおいに、脳みそが侵されていく。

「っ〜〜〜〜っ、ッっ!!」
「うぁむ、じゅるっ、ず、ぢゅるるっ♥」

熱くて蕩けるような粘膜はなおも亀頭を攻めたてる。
やめて、どいて、あたま、変になる……!
抗議の意を込めて、羞恥心に顔が溶けそうなほどが熱くなるのを感じながら、彼女の秘部を啜る。

「ぅあんっ♥ んんっ、ふぁぷっ、ぢゅっ、んんんっ、れるるっ♥」
「んんっ、ぃ───ッ、ぅぅんむっ、んん、!」

一瞬、彼女の嬌声が響いたかと思えば、一層攻めが苛烈になった。
声が出るのが恥ずかしくて、彼女の秘部に吸いつく。
舌を差しいれて、熱く蕩けた膣肉を掻きまぜる。

「ぢゅっ、づるるる……、ぢゅるるるるっ♥」
「ゥ───んむうっ!?」

そんなささやかな抵抗なぞものともしなかったのか、陰茎全体がキツく吸いたてられる。
らせんのように舌が竿に絡みついて、熱く蕩けた口内がすぼめられ、ぢゅるぢゅると吸われる。
強烈な快感に、一瞬意識が飛んだ。

どぴゅっ、びゅ、びゅるるるっ!

全身が痙攣して、強張っていた体中から力が抜けるように、陰茎から何か出るような感覚。
放尿とはまったく違う脱力感に、なんだこれ、と思考を巡らせる。

そんな暇を与えてくれる彼女ではなかった。

「んッぢゅるっ♥ ぢゅるるうぅぅ♥」
「あ、ひ───ァっ!?」

亀頭を直に舐められた、そのときとは比較にならないほどの快感に変な声が出た。
体中の筋肉が跳ねそうになるのを押さえつけられ、敏感な陰茎を執拗に吸われる。
尿道に貯まっている液体が、強引に吸いだされる。

「や───め、ィ───ふぁ……っ!?」
「んぐ、ん、んっふ、んんぅ♥」

チカチカと、目の前が明滅する。
頭が痛くなりそうなほど気持ちよくて、もう、死にそう。
そう思ったときに、ようやく解放された。

「んんッ、っはァ……♥ イイ声で鳴くじゃねェか……♥」
「……ぁ、ぅ……は、……」

まともに応えることもできないぼくに、彼女はニィッと獰猛に口端を吊上げる。
くるん、と尻尾を揺らしながら振り返って、とてもいやらしい笑みを浮かべている。

「でもちょッと攻めが弱いぞォ……? そんなンじゃ満足できねェなァ……♥」

耳元をくすぐるように囁く声は、どこまでも挑発的だ。
ニヤニヤと嫌らしくぼくを見下ろしていた彼女はひょいっと抱きかかえる。
余裕そうなその態度に、こちらは悔しさを覚える余裕すらない。

「んひひっ♥ すこォしだけ、ハンデやるよ♥」

そういって、ごろんと地面に寝転がる犬のひと。
いつもと違って、ぼくが上になるように、彼女の身体にうつ伏せになる。
いったい何を……、と見つめても、彼女はニヤニヤと白い歯を見せつけるばかりだ。
と、不意に、股間にぬるりと、熱く蕩けた、蒸れた感触が押しつけられる。
ぞくりと、背筋に悪寒が走った。

「本当は、オレさまは上のほうが好きなんだぜ……?」

いや、あの、そんなことより、あの。
羞恥に顔が真っ赤になる。
ぼくの股間に押しつけられている部分、さっきまで僕が必死で舐めていたところだった。
何をするつもりなのか直感的に察して逃げようとすると、頭を抱えられて胸に埋められた。

「逃げられるワケ、ねェだろ……♥」
「んむぅ……っ!」

甘酸っぱく蒸れた汗のかおりと、柔らかい乳房の感触。
だがぼくはそれどころではなかった。
不意に、彼女の手がぼくの腰を抱えて、もう片方の手が陰茎を握った。
くちゅり、と、先端が彼女の入口に触れた。

「───〜〜〜〜っ!?」
「いッぱい、膣内に射精してくれよ……♥」

ぐちゅり、と一気に彼女の中に全部沈んだ。
熱いぬかるみに埋められたような、そんな感触に包まれてまた目の前がチカチカと光った。

びゅっ、びゅくっ、びゅるるっ!

また、何かが迸るような感覚。
堪らず腰が浮きそうになるが、ぎゅっと彼女の足が腰に絡みついてくる。

「ハッ……、ハッ……♥ 一回、イッた、くらいでっ、休ませ、ねェぞっ♥」
「は───、はあっ!? あッあ゛ッ、んぁっ、あッ!!」

絶頂したばかりの陰茎が、ゆさゆさと柔らかな淫肉に擦られる。
何度も、何度も目の前が真っ白になって、肺腑から悲鳴のように空気が漏れる。
ぱちゅぱちゅと、淫猥な水音が耳朶を打つが、それどころではない。

「やぁ、やめぇ───いぅ!」
「ほらほらっ♥ お前からも腰振ッてみろよ♥ でないといつまでたッてもオレさまは満足しないぜっ♥」

そんなことを言われても。
とてもこんな状況で腰を振れるほど、ぼくには体力なんて残っていなかった。
されるがままに喘ぐぼくに、彼女はさわりとその手でぼくのお尻を撫でる。

「動かないっ? ンじゃ、よがらせてやるよっ♥」
「へァ───い゛い、ああ……ァァっう!」

ずぬっ、と毛むくじゃらの人差し指がお尻の穴に突っ込まれた。
引っ込めたのか爪は立っていないけど、強烈な異物感に背筋が意図せずそれる。
あんまりに変な感覚に、犬のひとにしがみついてしまった。

「んへへへっ♥ かわいい反応してくれるじゃねェかっ♥」

無理やりに揺すられていた感触が収まり、頭に彼女の鼻先が押しつけられる。
ぎゅうぎゅうと、まるで丸めこむように抱きつく彼女に、ようやく息がつけた。
お尻には第二関節まで人差し指が入ってるし、竿はやわやわと緩やかにヒダに舐められているが。

「あ───……、う───……」

呼吸を整えると、やっぱり全身に気怠い疲労感を感じる。
当たり前だ、そりゃ、その、気持ちよかったけどあそこまでされると、もはや拷問に近い。
そんな思考を遮るようにぐねぐねとお尻の内側を押されて、びくっと身体が跳ねた。

「ぃ、ぉっ!?」
「へッ、へッ♥ すげェ締め付けッぷりだな……♥」

何度も指を曲げられる感触に、なんだかお尻の穴が広がっている錯覚を覚える。
少しだけ痛い未知の感覚に怯えていると、彼女はゆさゆさと腰振りを再開した。
にゅるにゅると屹立の擦れる快感と、お尻をイジられる感触に、何かが追いこまれていく。

「んン〜〜? この辺か? もっと奥か?」
「ン、っ、ふ、んんっ、っ───!?」

ずぬっと容赦なく、指が更に奥まで挿入った。
一瞬呼吸を忘れるほどの感覚に、しかしぐりぐりと先端を刺激される快感に嬌声が溢れる。
不意に、びりっと全身に静電気のような快感が走った。

びゅくっ、びゅっ、びゅっ!

前も後ろも容赦なく攻めたてられたせいか、無理やりにまた絶頂させられる。
それも、前立腺を刺激された強制的な絶頂のせいか、疲労感もひとしおだ。

「あ───……! ぃぅ───……!」
「いひひっ♥ 悪い悪い♥ ちゃ〜ンとこッちでイカしてやるッて♥」

なんという言葉のドッジボール。
もう勘弁して、の言葉は完全に届かなかった。
射精したばかりの逸物が上下に扱かれ、疲労で重たい頭を無理やり覚醒させられる。
こんなの、萎えるわけがない。

「っ、うぁっ、あ、あ゛───っ!?」
「オラッ♥ うりゃッ♥ 我慢なンてすんなよっ♥」

我慢できるような波じゃない。
ペニスは膣奥まで沈み、そして抜ける直前まで引き抜かれる。
狂おしいほどのピストン刺激に、ガクガクと腰が震えた。

「もっ、ゆ、うぁ、あ゛あ゛っ、う、ぁ──────っ!」

有無を言わさず何度もぱちゅぱちゅと腰がぶつかる音がする。
暴力的な快感の波に、何度も何度も視界が明滅している。
もしかしたら、気が付かないうちに何度かイッていたかもしれない。
ぬめった膣壁にカリ首が擦りたてられ、つつっと口から唾液が溢れた。

「お前はっ♥ オレさまのっ♥ オスだっ♥ どうだっ♥ 分かッたかっ♥」
「わ、う、ぁ、、! ぃゃ、あ、ふぁ、あ、あっ!」

びくびくと身悶えするぼくを抱えて言う犬のひと。
口から溢れてくるのは嬌声ばかりで、ろくに返事も出来ない。

「んへへっ♥ ほらほらっ♥ まだまだイクぞっ♥」
「ひ、ぃ、あ゛──────っ♥」

また、頭の中で星が散る。
叫んで、イッて、もう、あたまが重い。
勢い衰えることなくずぷずぷと腰を押しつける犬のひと。



何度も、何度もイカされて、その内声もあげれないほど疲れたのか。
気が付いたら、というかぼくは気を失っていた。






◆ ◆ ◆

じっとりと、気遣わしげに頬を掻く犬のひとを、それはもうじっとりと睨む。
さっきの行為のせいか、上手く息が吸えないし、腰が抜けて満足に立てもしない。
体中変に強張ったせいか筋肉痛が痛いし、お尻や股間はまだむずむずする。

「いやァ……悪かッた。てへっ!」
「〜〜〜〜〜ッ###」

言うに事欠いてそれか───。
抗議の声は舌がもつれて言葉にならなかったが、しょんぼりと彼女の耳が垂れた。
珍しく可愛いが、その程度でほだされるぼくではない。

「〜〜〜〜っ###」
「あぁ、もう、そンな膨れるなよォ! かわいいなァもうっ♥」

───あのあと、ぼくの気がつく頃には空が白んでいた。
目覚めると未だ彼女に抱きかかえられたままで、まだ行為の真っ最中かと血の気が引いた。
あいにくと、実際は余韻にひたってぼくを抱きしていただけだったのだが。
もはやトラウマといってもいいほどの悪寒に晒されたぼくである。

「わわっ、悪かッたッて! こ、これでも抑えた方なンだぞぅ!」
「──────」

とんだケダモノだ。
手酷いケダモノだ。
両肩を抱くと、慌てたように彼女は此方に寄ってきた。

「いやっ、ほらッ、もう溜め込ンだりしないから、こンな激しくならないッて!」

絶対うそだ。目が泳いでいる。
じっとり彼女を見上げると、不意に何かに気付いたように彼女の右手が伸びてきた。

「あれ? お前……」

さわり、と左の頬骨を、黒い毛並みが撫でる。
その感覚に妙な違和感を覚えて、はてと首を傾げる。

「その左眼──────」

言われた瞬間、ビタンと手痛い音が洞窟に響き渡った。
勢い余って、両手で左眼をぶっ叩いた音だった。

え? え? 待って、待って。
思考がまとまらない。
オロオロと、大丈夫かとぼくを気遣う彼女。

何時から? 何時から取れてた?
いや、それより見られた───?

「お、オイ? 大丈夫か?」

カチカチと歯を鳴らして震えるぼくの頭に、そっと手を置かれる。
いつも通りの優しい手つき。
それだけに、怖かった。

「──────っ!」
「な、なンだよぅ。まだ怒ってンのか……?」

いやいやと首を振ると、パッと手が離れる。
違う、そうじゃない、そうじゃないんだ。
まともに声が出ない自分が恨めしい。

そんな風に、どうしていいか分からずに固まっている時だった。

「…………その左眼さ、その、もッぺん見せてくれねェか?」
「──────」
「いや、ンな絶望しましたッて顔すンなよォ……」

しゅんと項垂れる彼女に、どうしていいか分からない。
見られたら嫌われる。でも、彼女が見せてって言ってる。
どうすればいいか分からない。

「……その、こんぷれっくす、なのか? その眼」

不意に、ぽつりと彼女が言った。
こんぷれっくす、コンプレックス。

コンプレックスなんてものじゃない、もっと酷くドロドロした、呪いみたいなものだ。
真っ黒で、まるで悪魔みたいで、とても怖い色をしている。
そのせいで、みんなに石を投げられた。

忘れていた記憶のフタが開いて、吐き気すらした。
口元を押さえるぼくに、慌てて犬のひとが背中をさすった。

「わァ!? 悪かッた悪かッた! 無理に見せなくていいから、一旦落ッつけ! な!?」

いがいがと、喉が渇いて気持ち悪い。
なんで彼女は、こんなおぞましい目を見て平気なんだろう。
見る前も見た後も変わらず、ぼくなんかに優しく接してくれるんだ。
そんな疑問を知ってか知らずか、犬のひとはちぇーとバツが悪そうに舌を鳴らしている。

「せッかくお揃いかと思ったのになァ」

………………。

………………。

………………なに呑気なこと言ってんだろう、このひと。
ぼくの視線に気付いたのか、彼女は照れたように頬を掻いた。

「いやァ、イイじゃん、お揃い。ほら、オレさまは両方だけど、黒いだろ?」

そう言って、誇るように瞼を引いて目を見せつける犬のひと。
いや、そりゃ確かに犬のひとも黒いけど……。
というか、目どころか全身黒いけど……。
でも、犬のひとは優しいし……。

「怖がることなんてないぜ。黒色はいい色だ、強くてカッコいいオレさまの色だ」

な?
あやすようにポンポンと頭を撫でられる。
そんな風に言われても、長いこと積みあげられたトラウマは早々消えない。

「〜〜〜っ」

でも、言わんとすることは分かる。
彼女なりに気にするなと、それっぽっちで嫌ったりしないと言ってるんだと。
こんな風に言われても、彼女が信じられず、左眼を覆う自分が、なんだか無性に情けない。

恐る恐る、重ねた手を外すと、彼女の目が丸くなった。
すぐに、いつもみたいにニッと笑う。

「おう、カッコいい目だぜ!」





ちょっとだけ、もうちょっとだけ彼女を信じてみよう。
熱い頬を押さえて、そう心に誓った。
21/12/11 16:41更新 / 残骸

■作者メッセージ
Undertaleはいいぞ(唐突なダイマ。

こんにちわ、リハビリのはずなのに字数が過去最多とか意味わかんねー結社です。
ツイッターでぽそっと呟いたネタが思いのほか反応が多かったので、現金ながら書きました。
むかしはSSは一万字くらい行かないとな! って思ってたのにこれ約19000字です。
ほぼ二万字、ジュマンジ。

ヒロインが完全に少年側になっちゃうというさすがヘルハウンドと言うべきか。
そんなこんなでお粗末さまでした。

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