ヒトツメアヴェンジャー
「べろべろばァ〜。ドッキリモンスター、ゲイザーちゃんだぜー?」
一拍置いて、大きな悲鳴がめっきり涼しくなった夜空にこだまする。
やれやれ、こんな遅くに近所迷惑な男だ。
まるでバケモノに出くわしたような悲鳴あげやがって、失礼しちゃうぜ。
「あ……、あぁ……!」
パクパクと金魚が酸素を求めるように口を開く男。
なんて笑える間抜け面だ。そうだ、それが見たかった。
「ヒヒヒッ、さァ〜てどうしよっかねェ〜? 食べちゃおっかなァ〜?」
勿論、性的な意味だが。
生憎と男は魔物ジョークは通じなかったようで、笛が鳴るようにヒッと小さな悲鳴をあげる。
……ふん、冗談だっつの。誰がお前なんか食うか。
「そうだなァ? 三回まわってワンでもしろよ、そしたら逃がしてやンよ♪」
「ほ、本当か……?」
「あァ♪ 自慢じゃねェがオレは正直者だぜェ?」
ホントホント、嘘なんかついたことないない。
ニヤニヤと笑うオレに、男は疑いながらもその場を怯えたようにぐるぐる回り始める。
ヤバい、おっさんが何やってんだ、ウケる。
「わ、わん! こ、これでいいんだ……?」
「キヒヒヒッ! あァ、いいぜェ……! どこへなりとも好きに行け、よ!」
ぎょろり、と一斉に男に視線が刺さる。
『全裸で森ン中フルマラソンしてこいよ』
そう暗示をかけると、ソイツはわなわなと震えていた。
「う……あ……ぁ?」
ぐるぐると男の眼が回り、胡乱げに服を脱ぎはじめる。どうやらオレの暗示が効いたようで、そのままそいつは上の空で鬱蒼と茂る森のなかへ素っ裸で駈け出してしまった。
きっと、明日には誰か魔物の餌食になってることだろう。
あーあ、オレ知ーらね♪
「ヒヒッ♪ バカなニンゲンをからかうのは面白いなァ♪」
感謝しろよ? これでテメェも明日から幸せな妻帯者だ!
あァ、なんて優しいんだオレは! モテない野郎のために後押ししてやるなんて!
なァんて……ンなわけあるか、ばァ〜か! 勝手に食われてろっての!
「お、また来たな? 次はどうしてやろうかなァ?」
近くの茂みに隠れ、次の標的を待ち構える。
驚かしてばっかってのも芸がないし、次は飛びかかってやろう。
そんで、今度は町中を逆立ちで走らせてやる! キヒヒヒ!
(ヒヒ、1……2の……3!)
「うわっ!?」
フードを目深に被ったその男に飛びかかり、勢いでそのまま押し倒す。
さって、今度はどんなヤツか……なァ?
「なに、何が起こったんだよ……って、うん?」
フードがめくれて露わになった男の顔は、ひどく恐ろしい形相だった。
いや、強面とかムンクの叫びとかそういう意味ではない。
顔の左半分がまるで酷い火傷でも負ったかのように崩れているのだ。
血の気が引いた頬はゲッソリとして、カサブタのような肌色はなおも生々しい。
左目も生気を失い、本来は色づいていたであろう瞳も真っ白になっている。
まるで、お化けみたいだった。
「ひ、ヒ……っ」
「ひ?」
「ひぎゃぁああァァあああ!?」
お化けは、苦手なのだ。
「……ぃ…………、ぉぃ……ぃな……起きなってば」
う、うぅ〜……お化け、グロい顔面お化けが……う?
ペチペチと頬を叩かれる感触に、緩やかに意識が覚醒する。
薄目を開いてみると、さっきの男がオレを見下ろしていた。
「ふぅ、やっと起きた? ごめんよ、驚かしちゃったみたいだ」
見れば、先ほどの火傷を隠すように大きなマスクが左顔を覆っている。
そうしてソイツの顔をよくよく見て見れば、どうやらまだあどけなさの残る若々しい面構えだった。
「…………」
「普段だったらマスクをしてるんだけど、夜風が気持ち良くてね。誰もいないだろうって思ってたんだけど、まさかいきなり襲われるとは思ってなかったから、ねぇ?」
嫌らしく微笑みながらチクチクと責めるような言い方。
そこまで言われて、ようやっと現状が掴めた。
どうやらオレは気を失って、この男に介抱されていたらしい。
「うぅ、クソ……情けねェ」
「あはは、これに懲りたらそんなアグレッシブな挨拶は控えた方がいいと思うよ」
まるで子供の悪戯を咎めるような言い草だな、ムカつく。
「うるっせ! ガキ扱いすンな!」
「可愛げないなぁ」
余計なお世話だ!!
って、うん? 何だ、何か違和感あるぞ……?
「どうしたの? ハトが豆鉄砲食らったみたいな顔だね?」
きょとんと、何事もないかのように首を傾げる男。
待て、待て待て待て。何でこいつは、さも『普通の子供』に話しかけるみたいにオレに話しかける?
「……お前、オレが怖くないのかよ?」
「え? あぁ、そっか。ここ反魔物領だったね。うわー怖いー食べられるー」
「喧しいわ!?」
何だ、コイツ旅人か?
でも、親魔物領の面子ですらオレみたいなバケモノ、ちょっとはビビるってのに……。
変なヤツだな……。
「えぇー、怖がれって振ったのはキミでしょ? 乗ってくれよ、これじゃ僕がバカみたいじゃないか」
「チッ……、一人でやってろ」
ケラケラ笑いやがって……、ホント何だコイツ?
やたらと軽い雰囲気に、なんかイライラするぞ。
「ははは、フラれちゃった。今日はツイてないな。ご飯は美味しくないし、寝違えるし、宿屋には追い出されるし、出くわした女の子には悲鳴あげられるし」
「……悲鳴あげたのは悪かったよ」
それを言われるのは……ちょっとバツが悪い。
いや、ご飯が不味いとか寝違えたとかオレ関係ないけど。
というか、それよりも気になったのが、三番目の愚痴だ。
「宿屋に追い出された?」
「うん? あぁ、僕こんな見た目だろ? 子供が怖がるから帰ってくれって言われちゃった」
…………酷い宿屋もあったもんだ。
しかし、男は気にした様子もなくケラケラと他人事のように笑っている。
「おかげで今日は野宿さ。まぁ、これも旅の醍醐味ってやつかな?」
いや、その醍醐味はあまりよろしくないと思う。
こんなところで野宿したら、絶対に魔物に襲われるぞ。
町の連中は気付いてないけど、この辺りにはいっぱい魔物が潜んでるし……。
…………いや、別にオレが気に掛ける義理はないだろ。
「さて、キミも起きたみたいだし、僕はもう行くよ。じゃあね、ゲイザーのお嬢さん」
ひらひらと手を振りながら、元気でねなんて言いながら歩きだす男。
見れば、リュックサック一つで武装らしいものもない。
何だコイツは、本当に旅人か? 魔物ならともかく夜盗に襲われたらどうするつもりなんだ?
……………………チッ、だからオレが気に掛ける義理なんか……。
「あァ、クソ! おいコラ待て!」
脅かして、返り討ちにされて、起きるまで面倒見てもらって、そんなヤツ放っとくのは夢見が悪い!
なんか、こいつ、世間知らずみたいだし……!
「うん?」
あァ、何だその「何だろう?」みたいなきょとんとしたツラは!
クソ、何でオレがこんなバカ……!
「め、迷惑かけた詫びだ! ウチに泊めてやるから、その、オラ、こい!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「洞窟が家なんだ。なかなか趣深いね」
遠回しに嫌味を言っているように聞こえるのは気のせいだろうか。
ニコニコと相変わらず胡散臭く微笑んでいて、本心なのかどうかは分からない。
「というか、レディが見知らぬ男をこんな夜半にお招きするのはいかがなものかと思うよ」
「誰がレディだ誰が!」
やっぱ嫌味だな、クソ。
泊めるんじゃなかった、そう思うが男は続ける。
「はて、キミ以外にもこの家には誰かいるのかな? だとすれば、一応挨拶をしたいんだけど」
なんて、ズレたことを言いながらきょろきょろとその誰かを探しだした。
…………何だ、コイツ。『この家』って、さっきの嫌味じゃなかったのか?
どうやらからかっているようではなく、本当に洞窟に誰かいないか探しているようだ。
「……オレだけだよ」
「あ、やっぱり? あっはっは」
とぼけたように笑いやがって……。
……レディって、ホントにオレのこと言ってたのかよ……クソ。
どう見てもレディってガラじゃないだろ、オレ……。
「そうだ、忘れてた。僕の名前はヒコーツ、ちょっと思うところあって一人で旅をしてるんだ」
しかもこっちのことなんてお構いなしにいきなり自己紹介かよ。
つーか、何だその「キミの名前は?」みたいな意味ありげな微笑は。
「……クロエだ。見ての通りのその辺のゲイザーだよ」
「ゲイザーは意地が悪いと文献で読んでいたけど、クロエ嬢は優しいんだね」
ぶふっ!!
「急にむせてどうしたの?」
「ゲホ……ゲホッ、お前わざとか!? わざとやってんのか!?」
「え、何が?」
あざとく小首を傾げるヒコーツだが、本気で分からないようで顔に疑問符が浮かんでいる。
……何だよ、女扱いとかされたことないし、優しいとか言われたこともないんだよこっちは!
こいつ素でこうなのか? なんかますます気に食わねェ……。
「まぁ何でもいいや。これ、泊めてくれるお礼。一緒に食べよ」
リュックサックをガサガサと漁り、おもむろに何かの缶詰を取り出すヒコーツ。
覗いてみると、どうやら異国のお菓子のようだ。
「なんだこのけったいなモンはァ?」
「ジパングのセンベーってお菓子だって。父上が商人だから、こういうのよく貰うの」
「ふぅん?」
商人の子が、一人旅?
しかもジパングと商行するほどのやり手の子供が?
……まぁ、オレが突っ込むことじゃあるまい。
一口貰おう。
「お、イケるな。酒が恋しくなる」
「さすがにお酒は持ってないかなぁ」
ケラケラとおかしそうに笑いながら、ヒコーツもセンベーを一枚摘まむ。
マスクのせいか少し食いづらそうだ。
………………そう言えば。
「そういや有耶無耶になっちまったけど、一つ聞いていいか、ヒコーツ?」
「うん? 何かな?」
「察するに、お前ってそんなに魔物見たことないんだろ? 本当にオレのこと怖くないのか?」
いや、別に心配はしてないけど……。
ただ、万が一、オレが誘っちゃったから断るのも申し訳なく、怖いの我慢して泊まってるとかだったら嫌だし……、それに、そういう反応は初めてだったからちょっと気になるんだ。
「あぁ、別に怖いとかそういうのないよ、本当に」
「ホントのホントか? 嘘じゃないな?」
「食い下がるなぁ」
そりゃ、まぁ……、正直、怖がられるの、好きじゃないし。
別に取って食おうとか、そんなこと考えてないのに怖がられると、辛いし……。
気になるヤツに近づいたら泣かれたトラウマが、その……ごにょごにょ。
「ははぁ、さてはコンプレックス?」
「ち、ちが……わ、ねェけど……」
「僕だってこういう顔だし、気持ちは分かるつもりだよ」
とん、とマスクを押さえるヒコーツ。
その焼けただれた顔が、どうしてそうなったかは知らない。
でも、周りがコイツをどういう風に見てしまったかは、何となく察しがついた。
「でもまぁクロエ嬢のはアレじゃない? チャームポイントみたいな?」
「………………はァ?」
「いや、何言ってんだコイツみたいな目で見ないでよ」
何言ってんだコイツ。
こんなおどろおどろしい目玉が、チャームポイント?
「お前、センスないな。冗談にしてもタチ悪いぞ」
「いやいやいや」
「よく周りを見て見ろよ。こんなブサイクよりニンゲンの女の方がかなり上玉じゃねェか」
「そう? 僕は愛嬌があって好きだけどね」
…………バカにしてんのか、コイツ。
鏡を見るまでもなく、オレの姿はしっかり知ってるつもりだ。
ボサボサ髪の毛に、血が通ってるかも怪しい白い肌。
うぞうぞと図太いミミズのような触手の先でぎょろぎょろと動く目玉に、極めつけはそこいらの可愛い魔物とは全く違う、この大きな一つ目。
「ふん、こんな目ン玉一つのバケモノ相手に、酔狂だねェ……」
「目ン玉一つなら僕も同じだけどねー」
「………………」
「ここ、笑うとこだよクロエ嬢」
笑えねェよ。
マスクから痛々しくはみ出た火傷痕など気にしてないかのように、ヒコーツはケラケラと笑う。
「まぁ、正直に言うと僕自身こんな見た目だし? あまり他人様を外見で判断したくないのさ」
「ふぅん?」
「ちなみに僕から見たクロエ嬢はツンデレ世話焼きお姉さん」
ツンデレ世話焼きお姉さん!?
何がどうなってその印象に至った!? 世話……は確かに焼いたけど、いつデレた!?
というか、オレぜったいそんなキャラじゃねェ!!
「誰がツンデレだ誰が!!」
「クロエ嬢その言い回し好きだね」
好きで言ってンじゃねェよ!?
ったく、ホント何なんだコイツは……さっきから調子が狂いっぱなしだ……。
なんか、妙に親近感は湧くのにイライラするんだよなコイツ……。
「ほらほら、拗ねるクロエ嬢かわいい」
「……可愛げないって言ってたのはどの口だったよ」
「あぁ、あの時は僕の中でクロエ嬢の印象最底辺だったし」
サラッと放たれた言葉に、少し固まってしまった。
意外と何気なく毒を吐かれて、ちょっと不意を突かれた。
「こう見えて僕は繊細でね。悲鳴をあげられてちょっと傷ついたんだよ」
「だ、だからそれは悪かったって……」
「そうそう、そういうところがクロエ嬢のいい所だと思うよ」
と、今度は掌を返したかのようにケラケラ笑うヒコーツ。
待て、さすがに意味が分からない。そういうところって何処だ。
「いやねぇ、ああいうときの人の反応って色々でさ。一番好印象だったのがクロエ嬢なんだよ」
「は? え、何でだよ。オレ、謝っただけだぞ」
「謝り方も色々なのさ。大抵の人は『自分はちょっとしか悪くない。気持ち悪いお前の方が悪いんだ』って言いたげにバツ悪そうに心にもない謝罪の言葉を並べたててくれるよ」
……何だ、それは。
オレは、完全にバケモノだし、自分から驚かしてるから、そんな、驚いてごめんなんてことはない。
でも、何なんだそれは。その、傷口に塩を塗りこむような、えげつない二度蹴りは。
泣きっ面に蜂ってやつか? オレなら、とてもじゃないが、耐えられない。
「そんな顔して言うくらいなら謝らないで、って言葉飲みこむのに苦労するよ」
「………………」
「おまけに、次からはまるで生ゴミみたいに顔を背けられる始末だ」
ケラケラとさもおかしそうに語るヒコーツ。
あぁ、何でコイツにイライラするのか、いま分かった。
同族嫌悪だ、これは。コイツは、嫌らしいくらいオレと似ている。
辛いことを言われても、斜に構えていれば受け流した気になれる。
平気なフリをして、自分は何も辛くないって言い聞かせているんだ。
バケモノみたいに扱われても事実だし、気持ち悪いって言われても事実だし。
でも自分は平気だ。だって全く気にしてないから。お前らも好きに言ってれば?
「フィアンセにも逃げられるし「もういい」」
聞きたくない。
見ていて痛々しい。
「……まぁ、そんな感じで、だから嬉しかったんだよね」
「………………」
「クロエ嬢は素直にごめんなさいしてくれたし、僕と一緒にいて嫌そうな顔一つしなかったし、ね」
気まずそうに続けて、ヒコーツはセンベーをもう一枚と摘まむ。
あァ、クソ。止めろよ、そういうの止めてくれよ。オレが惨めになるじゃねェか。
こんな理不尽な嫌がらせ、甘んじて受け入れていたのがバカみたいに思えてくるだろうが。
「……嫌もクソもあるか」
「……うん?」
「お前だって、オレの顔みても、それでも起きるまで見守ってくれたんだし……」
そもそも、印象がいいとかそういうのなら、こっちだってお互いさまなんだ……。
「オレのこと、普通の女の子みたいに話したり、スゲェ嬉しかったんだよ、こっちも……」
「そりゃ……まぁ、だって、普通の女の子でしょ。魔物って、そうなんでしょ?」
「『そう』ってだけで、『そう』振舞えるお前が、嬉しかったんだよ……!」
魔物だから、なんて一言だけで簡単に納得して、普通に扱ってくれるヤツ、今までいなかった。
一つ目? そういう魔物なんだし、それはチャームポイント? 愛嬌がある? 何だそれ?
『そう』言ってくれたのはお前だけなんだよ……!
「……お互いさま、でしょ。そこは」
小さく呟いて、ヒコーツは俯いた。
「……僕ね、ホントは家出してきたんだよ」
たぶん理由はお察しの通り。そう付け加えた。
芝居がかった口調はそのままに、へらっと笑うヒコーツは泣いているように見えた。
「……一応、おっきな家の子でね、僕。さっきも言いかけたけど、フィアンセがいたけど逃げられちゃったから、色々と面倒くさくなっちゃって傷心旅行中だったり」
そこも、何となく察していた。
旅人を名乗る割に無防備で、そのくせ変な嗜好品を持ち歩く。
おまけに、魔物相手に警戒もせず、のこのことその住処までついてくる。
絶対に、どこかの育ちのいいお坊ちゃんだと思っていた。
いや、それより、実はちょっと聞きたいことがある……。
「……そ、その、野暮なこと聞くけど……こ、婚約者? のこと、好きだったのか?」
「……さぁ、どうだろ。家族ぐるみの付合いで、子供の頃からそうなる予定だっただけだし」
未練などなさそうに、ヒコーツは適当にはぐらかした。
……たぶん、別に嫌いではなかったけど、けっこう抉られたんだろうな。
「まぁ、こんなグロい痕だしね。女の子だし、そりゃ逃げても仕方ないよ」
だから、ホント、クロエ嬢は普通に接してくれて、ホント、こっちも救われたんだよ。
そう言って、ヒコーツは照れくさそうにはにかみながらマスクを押さえた。
……何だよ、普通に笑えるんじゃん。
「……お前さ」
「うん?」
「ちょいマスク外してみ」
「…………うん???」
ヒコーツの目が点になった。
できればその表情もフルフェイスで見たかった。
「い、いやぁ……それはちょっと……ねぇ?」
「女子かお前は。いいから外せって」
「いやいやいや……」
勘弁してくれと言いたげに手を振るヒコーツ。
人のことを小馬鹿にしておいて、実はオレ以上のコンプレックスのようだ。
だが、嫌がるのをムリヤリ無視するのはオレの十八番だ。
「そんなに嫌かァ?」
「あの……クロエ嬢? なんでそんな悪い顔するの? 目が光ってるんだけど……」
「いやァ? 別に悪い顔なんかしてないぜェ?」
文献で読んだんだったら知ってンだろォ?
オレらゲイザーの一番の特性は一つ目なんかじゃないってさァ?
ニヤっと笑ってみせると、ヒコーツは一歩後退った。
「なァ、まだ嫌か? できればオレも穏便に済ませてェな」
「………………はぁ、はいはい。降参です、分かりました」
お手上げを体で示し、ヒコーツはやれやれと肩をすくめる。
本当に嫌そうに、渋々とマスクに手を掛け、カチリと外した。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「マスクを外せとは言われたけど隠すなとは言われてない!!」
往生際悪く、手で顔を覆っていた。だいぶ火傷がはみ出ているが。
「じゃあ隠すな♪」
「……はい」
もう抵抗は無駄と悟りきっているらしい。
ブラン、と力なくヒコーツの手が垂れ、その痛々しい左顔が露わになった。
額から口元にかけて大きく崩れたその顔は、何とも言えない表情になってた。
「それって、今も痛いのか?」
「……いや、特には。ちょっと時々ヒリヒリするくらいかな」
「じゃあ」
ヒコーツの左頬に手を添えてみる。
火傷のカサブタがカサカサしているが、不思議と温かい。
まぁ、それもそうだろう。こうしたら、絶対に恥ずかしがるだろうなと思ったし。
白く濁った眼まで丸くして、ヒコーツは文字通り固まっていた。
「くっ、クロエ……嬢……っ!?」
「楽にしてろよ、別に取って食ったりしねェから」
強張ったまま目を泳がせて、ヒコーツは気をつけの姿勢でされるがままになる。
いかにも緊張した面持ちになってて、何だか笑える。
あァ何だよ、お前そんな顔もできるんじゃん。
「お前そっちのがいいよ」
「そっちのが……って?」
「作り笑いキモい」
そう言ってやると、ウッと痛いところを突かれたようだ。
「……そんなに?」
「おう、メッチャ」
どうやら本人はそれなりにカッコついてるつもりだったらしい。
かなり恥ずかしそうに頬を染め、俯こうとしているがムリヤリ顔を押さえる。
どれ、その面も見せろ。
「止めて…………」
「キヒヒ、生ゴミ? 気持ち悪い? 子供らしくて愛い顔じゃねェか♪」
「あの、ホント……恥ずかしい……」
「やなこった、仕返しくらいさせろよ♪」
オレだって言われたんだ。
実際、火傷なんかあっても、ヒコーツの慌ててる表情は子供のそれだ。
変に大人ぶってたけど、やっぱコイツも普通の男の子だ。
「照れるヒコーツ君は可愛いねェ? ねェヒコーツ君?」
「………………もう、勘弁して」
蚊の鳴くような声で、真っ赤になるヒコーツ。
ぐうの音も出ないほど可愛かったから、そのまましばらくからかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「え゛」
心底嫌そう。
そんな表情でリュックを背負うヒコーツにニヤニヤと言い直す。
「だァから、オレもついてくぜ。その傷心旅行」
昨日、不貞寝するまでからかったのを根に持っているのかヒコーツは顔だけで抵抗の意を示す。
あからさまに嫌そうな顔に、あァこれがコイツの素かとちょっと嬉しい。
それくらいには打ち解けられたんだろう。
「オレも暇してんだよォ〜、いいだろォ〜?」
「うわぁ、ゲスい……」
ぎょろりと触手の眼も合わせて上目遣いしてやったのになんて言い草だ。
まぁ、ヘラヘラ笑いながらやんわり拒否するよりかは幾分マシだ。
ただし拒否っても無理くり暗示かけてついてくけどな!
「ったく、これじゃ反魔物領には行けないや……」
口では嫌そうにしつつも、気遣いはしっかりしている辺りコイツも手遅れだ。
もうオレの手に落ちるのも時間の問題だな……他の魔物にゃぜってェやらねェぞ。
コイツはもう絶対オレのモンだぜ……、逃がすもんか♥
「あの……クロエ嬢? 目が怖いよ?」
「おっと涎出てた」
早めに唾つけとこうか。いやでも、せっかくなんだしゆっくり仲良くなってしっぽりヤリたい。
コイツただでさえ捻くれてるから素直に「クロエお姉ちゃん大好き!」とか言わなさそうだしなァ。
そこら辺、せっかくの長旅なんだし道中で洗の……もとい調きょ……教育してやろう。
「キヒヒヒヒ♥」
「え、なに。こわ」
ドン引きするヒコーツ。なに、今に分かる。
マスクを付け、盛大にため息を零しながらヒコーツは仕方なさそうにへらっと笑った。
「じゃあ、うん、行こっか、クロエ」
「おうっ…………おう?」
……おう?
え、いや、え?
「これからしばらく旅を共にするわけだし……、その、嫌だった?」
…………予想以上に、もっと早くコイツは素直になるかもしれない。
どこか余所余所しさも解れたヒコーツは、少し不安げに頬を掻く。
「嫌なら今までどお「呼び捨てでいいそれでいいむしろそうじゃなきゃ嫌だ!!」」
「アッハイ……」
さすがのヒコーツも棒読みになってしまった。
が、すぐに我に返ったのかゴホンと咳払いを一つ。
「えと、じゃあ改めて……行こ?」
「おうよっ!」
山影から昇る朝日に手をかざし、ヒコーツは歩きはじめる。
オレも、その後ろをのんびりついていく。
こういうの、実はちょっと憧れてた。
「で、どこ行くんだ?」
「あまり考えてなかったり……クロエはいい所知ってる?」
「北の方にオススメの村があるぜ! みんないいヤツでメシも美味いし何より……」
「何より?」
「酒が美味い!!」
「……クロエって実はのんべぇさん?」
「酒はいいぞォ、嫌なことを忘れられる!」
「のんべぇさんだ……」
「いや、ホントそこの村のビールは一級品なんだよ! 飲めば分かるぞ!」
「いや僕まだ子供だから飲めないよ」
「カテェこと言うなって! せっかくだし飲もうぜ!」
「はぁ……ちょっとだけだからね」
(…………酔わせて襲うってのもアリだな)
………………
……………
…………
………
……
…
・
・
・
おしまい
一拍置いて、大きな悲鳴がめっきり涼しくなった夜空にこだまする。
やれやれ、こんな遅くに近所迷惑な男だ。
まるでバケモノに出くわしたような悲鳴あげやがって、失礼しちゃうぜ。
「あ……、あぁ……!」
パクパクと金魚が酸素を求めるように口を開く男。
なんて笑える間抜け面だ。そうだ、それが見たかった。
「ヒヒヒッ、さァ〜てどうしよっかねェ〜? 食べちゃおっかなァ〜?」
勿論、性的な意味だが。
生憎と男は魔物ジョークは通じなかったようで、笛が鳴るようにヒッと小さな悲鳴をあげる。
……ふん、冗談だっつの。誰がお前なんか食うか。
「そうだなァ? 三回まわってワンでもしろよ、そしたら逃がしてやンよ♪」
「ほ、本当か……?」
「あァ♪ 自慢じゃねェがオレは正直者だぜェ?」
ホントホント、嘘なんかついたことないない。
ニヤニヤと笑うオレに、男は疑いながらもその場を怯えたようにぐるぐる回り始める。
ヤバい、おっさんが何やってんだ、ウケる。
「わ、わん! こ、これでいいんだ……?」
「キヒヒヒッ! あァ、いいぜェ……! どこへなりとも好きに行け、よ!」
ぎょろり、と一斉に男に視線が刺さる。
『全裸で森ン中フルマラソンしてこいよ』
そう暗示をかけると、ソイツはわなわなと震えていた。
「う……あ……ぁ?」
ぐるぐると男の眼が回り、胡乱げに服を脱ぎはじめる。どうやらオレの暗示が効いたようで、そのままそいつは上の空で鬱蒼と茂る森のなかへ素っ裸で駈け出してしまった。
きっと、明日には誰か魔物の餌食になってることだろう。
あーあ、オレ知ーらね♪
「ヒヒッ♪ バカなニンゲンをからかうのは面白いなァ♪」
感謝しろよ? これでテメェも明日から幸せな妻帯者だ!
あァ、なんて優しいんだオレは! モテない野郎のために後押ししてやるなんて!
なァんて……ンなわけあるか、ばァ〜か! 勝手に食われてろっての!
「お、また来たな? 次はどうしてやろうかなァ?」
近くの茂みに隠れ、次の標的を待ち構える。
驚かしてばっかってのも芸がないし、次は飛びかかってやろう。
そんで、今度は町中を逆立ちで走らせてやる! キヒヒヒ!
(ヒヒ、1……2の……3!)
「うわっ!?」
フードを目深に被ったその男に飛びかかり、勢いでそのまま押し倒す。
さって、今度はどんなヤツか……なァ?
「なに、何が起こったんだよ……って、うん?」
フードがめくれて露わになった男の顔は、ひどく恐ろしい形相だった。
いや、強面とかムンクの叫びとかそういう意味ではない。
顔の左半分がまるで酷い火傷でも負ったかのように崩れているのだ。
血の気が引いた頬はゲッソリとして、カサブタのような肌色はなおも生々しい。
左目も生気を失い、本来は色づいていたであろう瞳も真っ白になっている。
まるで、お化けみたいだった。
「ひ、ヒ……っ」
「ひ?」
「ひぎゃぁああァァあああ!?」
お化けは、苦手なのだ。
「……ぃ…………、ぉぃ……ぃな……起きなってば」
う、うぅ〜……お化け、グロい顔面お化けが……う?
ペチペチと頬を叩かれる感触に、緩やかに意識が覚醒する。
薄目を開いてみると、さっきの男がオレを見下ろしていた。
「ふぅ、やっと起きた? ごめんよ、驚かしちゃったみたいだ」
見れば、先ほどの火傷を隠すように大きなマスクが左顔を覆っている。
そうしてソイツの顔をよくよく見て見れば、どうやらまだあどけなさの残る若々しい面構えだった。
「…………」
「普段だったらマスクをしてるんだけど、夜風が気持ち良くてね。誰もいないだろうって思ってたんだけど、まさかいきなり襲われるとは思ってなかったから、ねぇ?」
嫌らしく微笑みながらチクチクと責めるような言い方。
そこまで言われて、ようやっと現状が掴めた。
どうやらオレは気を失って、この男に介抱されていたらしい。
「うぅ、クソ……情けねェ」
「あはは、これに懲りたらそんなアグレッシブな挨拶は控えた方がいいと思うよ」
まるで子供の悪戯を咎めるような言い草だな、ムカつく。
「うるっせ! ガキ扱いすンな!」
「可愛げないなぁ」
余計なお世話だ!!
って、うん? 何だ、何か違和感あるぞ……?
「どうしたの? ハトが豆鉄砲食らったみたいな顔だね?」
きょとんと、何事もないかのように首を傾げる男。
待て、待て待て待て。何でこいつは、さも『普通の子供』に話しかけるみたいにオレに話しかける?
「……お前、オレが怖くないのかよ?」
「え? あぁ、そっか。ここ反魔物領だったね。うわー怖いー食べられるー」
「喧しいわ!?」
何だ、コイツ旅人か?
でも、親魔物領の面子ですらオレみたいなバケモノ、ちょっとはビビるってのに……。
変なヤツだな……。
「えぇー、怖がれって振ったのはキミでしょ? 乗ってくれよ、これじゃ僕がバカみたいじゃないか」
「チッ……、一人でやってろ」
ケラケラ笑いやがって……、ホント何だコイツ?
やたらと軽い雰囲気に、なんかイライラするぞ。
「ははは、フラれちゃった。今日はツイてないな。ご飯は美味しくないし、寝違えるし、宿屋には追い出されるし、出くわした女の子には悲鳴あげられるし」
「……悲鳴あげたのは悪かったよ」
それを言われるのは……ちょっとバツが悪い。
いや、ご飯が不味いとか寝違えたとかオレ関係ないけど。
というか、それよりも気になったのが、三番目の愚痴だ。
「宿屋に追い出された?」
「うん? あぁ、僕こんな見た目だろ? 子供が怖がるから帰ってくれって言われちゃった」
…………酷い宿屋もあったもんだ。
しかし、男は気にした様子もなくケラケラと他人事のように笑っている。
「おかげで今日は野宿さ。まぁ、これも旅の醍醐味ってやつかな?」
いや、その醍醐味はあまりよろしくないと思う。
こんなところで野宿したら、絶対に魔物に襲われるぞ。
町の連中は気付いてないけど、この辺りにはいっぱい魔物が潜んでるし……。
…………いや、別にオレが気に掛ける義理はないだろ。
「さて、キミも起きたみたいだし、僕はもう行くよ。じゃあね、ゲイザーのお嬢さん」
ひらひらと手を振りながら、元気でねなんて言いながら歩きだす男。
見れば、リュックサック一つで武装らしいものもない。
何だコイツは、本当に旅人か? 魔物ならともかく夜盗に襲われたらどうするつもりなんだ?
……………………チッ、だからオレが気に掛ける義理なんか……。
「あァ、クソ! おいコラ待て!」
脅かして、返り討ちにされて、起きるまで面倒見てもらって、そんなヤツ放っとくのは夢見が悪い!
なんか、こいつ、世間知らずみたいだし……!
「うん?」
あァ、何だその「何だろう?」みたいなきょとんとしたツラは!
クソ、何でオレがこんなバカ……!
「め、迷惑かけた詫びだ! ウチに泊めてやるから、その、オラ、こい!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「洞窟が家なんだ。なかなか趣深いね」
遠回しに嫌味を言っているように聞こえるのは気のせいだろうか。
ニコニコと相変わらず胡散臭く微笑んでいて、本心なのかどうかは分からない。
「というか、レディが見知らぬ男をこんな夜半にお招きするのはいかがなものかと思うよ」
「誰がレディだ誰が!」
やっぱ嫌味だな、クソ。
泊めるんじゃなかった、そう思うが男は続ける。
「はて、キミ以外にもこの家には誰かいるのかな? だとすれば、一応挨拶をしたいんだけど」
なんて、ズレたことを言いながらきょろきょろとその誰かを探しだした。
…………何だ、コイツ。『この家』って、さっきの嫌味じゃなかったのか?
どうやらからかっているようではなく、本当に洞窟に誰かいないか探しているようだ。
「……オレだけだよ」
「あ、やっぱり? あっはっは」
とぼけたように笑いやがって……。
……レディって、ホントにオレのこと言ってたのかよ……クソ。
どう見てもレディってガラじゃないだろ、オレ……。
「そうだ、忘れてた。僕の名前はヒコーツ、ちょっと思うところあって一人で旅をしてるんだ」
しかもこっちのことなんてお構いなしにいきなり自己紹介かよ。
つーか、何だその「キミの名前は?」みたいな意味ありげな微笑は。
「……クロエだ。見ての通りのその辺のゲイザーだよ」
「ゲイザーは意地が悪いと文献で読んでいたけど、クロエ嬢は優しいんだね」
ぶふっ!!
「急にむせてどうしたの?」
「ゲホ……ゲホッ、お前わざとか!? わざとやってんのか!?」
「え、何が?」
あざとく小首を傾げるヒコーツだが、本気で分からないようで顔に疑問符が浮かんでいる。
……何だよ、女扱いとかされたことないし、優しいとか言われたこともないんだよこっちは!
こいつ素でこうなのか? なんかますます気に食わねェ……。
「まぁ何でもいいや。これ、泊めてくれるお礼。一緒に食べよ」
リュックサックをガサガサと漁り、おもむろに何かの缶詰を取り出すヒコーツ。
覗いてみると、どうやら異国のお菓子のようだ。
「なんだこのけったいなモンはァ?」
「ジパングのセンベーってお菓子だって。父上が商人だから、こういうのよく貰うの」
「ふぅん?」
商人の子が、一人旅?
しかもジパングと商行するほどのやり手の子供が?
……まぁ、オレが突っ込むことじゃあるまい。
一口貰おう。
「お、イケるな。酒が恋しくなる」
「さすがにお酒は持ってないかなぁ」
ケラケラとおかしそうに笑いながら、ヒコーツもセンベーを一枚摘まむ。
マスクのせいか少し食いづらそうだ。
………………そう言えば。
「そういや有耶無耶になっちまったけど、一つ聞いていいか、ヒコーツ?」
「うん? 何かな?」
「察するに、お前ってそんなに魔物見たことないんだろ? 本当にオレのこと怖くないのか?」
いや、別に心配はしてないけど……。
ただ、万が一、オレが誘っちゃったから断るのも申し訳なく、怖いの我慢して泊まってるとかだったら嫌だし……、それに、そういう反応は初めてだったからちょっと気になるんだ。
「あぁ、別に怖いとかそういうのないよ、本当に」
「ホントのホントか? 嘘じゃないな?」
「食い下がるなぁ」
そりゃ、まぁ……、正直、怖がられるの、好きじゃないし。
別に取って食おうとか、そんなこと考えてないのに怖がられると、辛いし……。
気になるヤツに近づいたら泣かれたトラウマが、その……ごにょごにょ。
「ははぁ、さてはコンプレックス?」
「ち、ちが……わ、ねェけど……」
「僕だってこういう顔だし、気持ちは分かるつもりだよ」
とん、とマスクを押さえるヒコーツ。
その焼けただれた顔が、どうしてそうなったかは知らない。
でも、周りがコイツをどういう風に見てしまったかは、何となく察しがついた。
「でもまぁクロエ嬢のはアレじゃない? チャームポイントみたいな?」
「………………はァ?」
「いや、何言ってんだコイツみたいな目で見ないでよ」
何言ってんだコイツ。
こんなおどろおどろしい目玉が、チャームポイント?
「お前、センスないな。冗談にしてもタチ悪いぞ」
「いやいやいや」
「よく周りを見て見ろよ。こんなブサイクよりニンゲンの女の方がかなり上玉じゃねェか」
「そう? 僕は愛嬌があって好きだけどね」
…………バカにしてんのか、コイツ。
鏡を見るまでもなく、オレの姿はしっかり知ってるつもりだ。
ボサボサ髪の毛に、血が通ってるかも怪しい白い肌。
うぞうぞと図太いミミズのような触手の先でぎょろぎょろと動く目玉に、極めつけはそこいらの可愛い魔物とは全く違う、この大きな一つ目。
「ふん、こんな目ン玉一つのバケモノ相手に、酔狂だねェ……」
「目ン玉一つなら僕も同じだけどねー」
「………………」
「ここ、笑うとこだよクロエ嬢」
笑えねェよ。
マスクから痛々しくはみ出た火傷痕など気にしてないかのように、ヒコーツはケラケラと笑う。
「まぁ、正直に言うと僕自身こんな見た目だし? あまり他人様を外見で判断したくないのさ」
「ふぅん?」
「ちなみに僕から見たクロエ嬢はツンデレ世話焼きお姉さん」
ツンデレ世話焼きお姉さん!?
何がどうなってその印象に至った!? 世話……は確かに焼いたけど、いつデレた!?
というか、オレぜったいそんなキャラじゃねェ!!
「誰がツンデレだ誰が!!」
「クロエ嬢その言い回し好きだね」
好きで言ってンじゃねェよ!?
ったく、ホント何なんだコイツは……さっきから調子が狂いっぱなしだ……。
なんか、妙に親近感は湧くのにイライラするんだよなコイツ……。
「ほらほら、拗ねるクロエ嬢かわいい」
「……可愛げないって言ってたのはどの口だったよ」
「あぁ、あの時は僕の中でクロエ嬢の印象最底辺だったし」
サラッと放たれた言葉に、少し固まってしまった。
意外と何気なく毒を吐かれて、ちょっと不意を突かれた。
「こう見えて僕は繊細でね。悲鳴をあげられてちょっと傷ついたんだよ」
「だ、だからそれは悪かったって……」
「そうそう、そういうところがクロエ嬢のいい所だと思うよ」
と、今度は掌を返したかのようにケラケラ笑うヒコーツ。
待て、さすがに意味が分からない。そういうところって何処だ。
「いやねぇ、ああいうときの人の反応って色々でさ。一番好印象だったのがクロエ嬢なんだよ」
「は? え、何でだよ。オレ、謝っただけだぞ」
「謝り方も色々なのさ。大抵の人は『自分はちょっとしか悪くない。気持ち悪いお前の方が悪いんだ』って言いたげにバツ悪そうに心にもない謝罪の言葉を並べたててくれるよ」
……何だ、それは。
オレは、完全にバケモノだし、自分から驚かしてるから、そんな、驚いてごめんなんてことはない。
でも、何なんだそれは。その、傷口に塩を塗りこむような、えげつない二度蹴りは。
泣きっ面に蜂ってやつか? オレなら、とてもじゃないが、耐えられない。
「そんな顔して言うくらいなら謝らないで、って言葉飲みこむのに苦労するよ」
「………………」
「おまけに、次からはまるで生ゴミみたいに顔を背けられる始末だ」
ケラケラとさもおかしそうに語るヒコーツ。
あぁ、何でコイツにイライラするのか、いま分かった。
同族嫌悪だ、これは。コイツは、嫌らしいくらいオレと似ている。
辛いことを言われても、斜に構えていれば受け流した気になれる。
平気なフリをして、自分は何も辛くないって言い聞かせているんだ。
バケモノみたいに扱われても事実だし、気持ち悪いって言われても事実だし。
でも自分は平気だ。だって全く気にしてないから。お前らも好きに言ってれば?
「フィアンセにも逃げられるし「もういい」」
聞きたくない。
見ていて痛々しい。
「……まぁ、そんな感じで、だから嬉しかったんだよね」
「………………」
「クロエ嬢は素直にごめんなさいしてくれたし、僕と一緒にいて嫌そうな顔一つしなかったし、ね」
気まずそうに続けて、ヒコーツはセンベーをもう一枚と摘まむ。
あァ、クソ。止めろよ、そういうの止めてくれよ。オレが惨めになるじゃねェか。
こんな理不尽な嫌がらせ、甘んじて受け入れていたのがバカみたいに思えてくるだろうが。
「……嫌もクソもあるか」
「……うん?」
「お前だって、オレの顔みても、それでも起きるまで見守ってくれたんだし……」
そもそも、印象がいいとかそういうのなら、こっちだってお互いさまなんだ……。
「オレのこと、普通の女の子みたいに話したり、スゲェ嬉しかったんだよ、こっちも……」
「そりゃ……まぁ、だって、普通の女の子でしょ。魔物って、そうなんでしょ?」
「『そう』ってだけで、『そう』振舞えるお前が、嬉しかったんだよ……!」
魔物だから、なんて一言だけで簡単に納得して、普通に扱ってくれるヤツ、今までいなかった。
一つ目? そういう魔物なんだし、それはチャームポイント? 愛嬌がある? 何だそれ?
『そう』言ってくれたのはお前だけなんだよ……!
「……お互いさま、でしょ。そこは」
小さく呟いて、ヒコーツは俯いた。
「……僕ね、ホントは家出してきたんだよ」
たぶん理由はお察しの通り。そう付け加えた。
芝居がかった口調はそのままに、へらっと笑うヒコーツは泣いているように見えた。
「……一応、おっきな家の子でね、僕。さっきも言いかけたけど、フィアンセがいたけど逃げられちゃったから、色々と面倒くさくなっちゃって傷心旅行中だったり」
そこも、何となく察していた。
旅人を名乗る割に無防備で、そのくせ変な嗜好品を持ち歩く。
おまけに、魔物相手に警戒もせず、のこのことその住処までついてくる。
絶対に、どこかの育ちのいいお坊ちゃんだと思っていた。
いや、それより、実はちょっと聞きたいことがある……。
「……そ、その、野暮なこと聞くけど……こ、婚約者? のこと、好きだったのか?」
「……さぁ、どうだろ。家族ぐるみの付合いで、子供の頃からそうなる予定だっただけだし」
未練などなさそうに、ヒコーツは適当にはぐらかした。
……たぶん、別に嫌いではなかったけど、けっこう抉られたんだろうな。
「まぁ、こんなグロい痕だしね。女の子だし、そりゃ逃げても仕方ないよ」
だから、ホント、クロエ嬢は普通に接してくれて、ホント、こっちも救われたんだよ。
そう言って、ヒコーツは照れくさそうにはにかみながらマスクを押さえた。
……何だよ、普通に笑えるんじゃん。
「……お前さ」
「うん?」
「ちょいマスク外してみ」
「…………うん???」
ヒコーツの目が点になった。
できればその表情もフルフェイスで見たかった。
「い、いやぁ……それはちょっと……ねぇ?」
「女子かお前は。いいから外せって」
「いやいやいや……」
勘弁してくれと言いたげに手を振るヒコーツ。
人のことを小馬鹿にしておいて、実はオレ以上のコンプレックスのようだ。
だが、嫌がるのをムリヤリ無視するのはオレの十八番だ。
「そんなに嫌かァ?」
「あの……クロエ嬢? なんでそんな悪い顔するの? 目が光ってるんだけど……」
「いやァ? 別に悪い顔なんかしてないぜェ?」
文献で読んだんだったら知ってンだろォ?
オレらゲイザーの一番の特性は一つ目なんかじゃないってさァ?
ニヤっと笑ってみせると、ヒコーツは一歩後退った。
「なァ、まだ嫌か? できればオレも穏便に済ませてェな」
「………………はぁ、はいはい。降参です、分かりました」
お手上げを体で示し、ヒコーツはやれやれと肩をすくめる。
本当に嫌そうに、渋々とマスクに手を掛け、カチリと外した。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「マスクを外せとは言われたけど隠すなとは言われてない!!」
往生際悪く、手で顔を覆っていた。だいぶ火傷がはみ出ているが。
「じゃあ隠すな♪」
「……はい」
もう抵抗は無駄と悟りきっているらしい。
ブラン、と力なくヒコーツの手が垂れ、その痛々しい左顔が露わになった。
額から口元にかけて大きく崩れたその顔は、何とも言えない表情になってた。
「それって、今も痛いのか?」
「……いや、特には。ちょっと時々ヒリヒリするくらいかな」
「じゃあ」
ヒコーツの左頬に手を添えてみる。
火傷のカサブタがカサカサしているが、不思議と温かい。
まぁ、それもそうだろう。こうしたら、絶対に恥ずかしがるだろうなと思ったし。
白く濁った眼まで丸くして、ヒコーツは文字通り固まっていた。
「くっ、クロエ……嬢……っ!?」
「楽にしてろよ、別に取って食ったりしねェから」
強張ったまま目を泳がせて、ヒコーツは気をつけの姿勢でされるがままになる。
いかにも緊張した面持ちになってて、何だか笑える。
あァ何だよ、お前そんな顔もできるんじゃん。
「お前そっちのがいいよ」
「そっちのが……って?」
「作り笑いキモい」
そう言ってやると、ウッと痛いところを突かれたようだ。
「……そんなに?」
「おう、メッチャ」
どうやら本人はそれなりにカッコついてるつもりだったらしい。
かなり恥ずかしそうに頬を染め、俯こうとしているがムリヤリ顔を押さえる。
どれ、その面も見せろ。
「止めて…………」
「キヒヒ、生ゴミ? 気持ち悪い? 子供らしくて愛い顔じゃねェか♪」
「あの、ホント……恥ずかしい……」
「やなこった、仕返しくらいさせろよ♪」
オレだって言われたんだ。
実際、火傷なんかあっても、ヒコーツの慌ててる表情は子供のそれだ。
変に大人ぶってたけど、やっぱコイツも普通の男の子だ。
「照れるヒコーツ君は可愛いねェ? ねェヒコーツ君?」
「………………もう、勘弁して」
蚊の鳴くような声で、真っ赤になるヒコーツ。
ぐうの音も出ないほど可愛かったから、そのまましばらくからかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「え゛」
心底嫌そう。
そんな表情でリュックを背負うヒコーツにニヤニヤと言い直す。
「だァから、オレもついてくぜ。その傷心旅行」
昨日、不貞寝するまでからかったのを根に持っているのかヒコーツは顔だけで抵抗の意を示す。
あからさまに嫌そうな顔に、あァこれがコイツの素かとちょっと嬉しい。
それくらいには打ち解けられたんだろう。
「オレも暇してんだよォ〜、いいだろォ〜?」
「うわぁ、ゲスい……」
ぎょろりと触手の眼も合わせて上目遣いしてやったのになんて言い草だ。
まぁ、ヘラヘラ笑いながらやんわり拒否するよりかは幾分マシだ。
ただし拒否っても無理くり暗示かけてついてくけどな!
「ったく、これじゃ反魔物領には行けないや……」
口では嫌そうにしつつも、気遣いはしっかりしている辺りコイツも手遅れだ。
もうオレの手に落ちるのも時間の問題だな……他の魔物にゃぜってェやらねェぞ。
コイツはもう絶対オレのモンだぜ……、逃がすもんか♥
「あの……クロエ嬢? 目が怖いよ?」
「おっと涎出てた」
早めに唾つけとこうか。いやでも、せっかくなんだしゆっくり仲良くなってしっぽりヤリたい。
コイツただでさえ捻くれてるから素直に「クロエお姉ちゃん大好き!」とか言わなさそうだしなァ。
そこら辺、せっかくの長旅なんだし道中で洗の……もとい調きょ……教育してやろう。
「キヒヒヒヒ♥」
「え、なに。こわ」
ドン引きするヒコーツ。なに、今に分かる。
マスクを付け、盛大にため息を零しながらヒコーツは仕方なさそうにへらっと笑った。
「じゃあ、うん、行こっか、クロエ」
「おうっ…………おう?」
……おう?
え、いや、え?
「これからしばらく旅を共にするわけだし……、その、嫌だった?」
…………予想以上に、もっと早くコイツは素直になるかもしれない。
どこか余所余所しさも解れたヒコーツは、少し不安げに頬を掻く。
「嫌なら今までどお「呼び捨てでいいそれでいいむしろそうじゃなきゃ嫌だ!!」」
「アッハイ……」
さすがのヒコーツも棒読みになってしまった。
が、すぐに我に返ったのかゴホンと咳払いを一つ。
「えと、じゃあ改めて……行こ?」
「おうよっ!」
山影から昇る朝日に手をかざし、ヒコーツは歩きはじめる。
オレも、その後ろをのんびりついていく。
こういうの、実はちょっと憧れてた。
「で、どこ行くんだ?」
「あまり考えてなかったり……クロエはいい所知ってる?」
「北の方にオススメの村があるぜ! みんないいヤツでメシも美味いし何より……」
「何より?」
「酒が美味い!!」
「……クロエって実はのんべぇさん?」
「酒はいいぞォ、嫌なことを忘れられる!」
「のんべぇさんだ……」
「いや、ホントそこの村のビールは一級品なんだよ! 飲めば分かるぞ!」
「いや僕まだ子供だから飲めないよ」
「カテェこと言うなって! せっかくだし飲もうぜ!」
「はぁ……ちょっとだけだからね」
(…………酔わせて襲うってのもアリだな)
………………
……………
…………
………
……
…
・
・
・
おしまい
21/12/11 16:43更新 / 残骸