ボッチセイヴァー
最近、反魔物領を攻め入った時にエンジェルを捕まえた。
教団の兵士を捕まえて彼女たちが彼らを夫として矯正するのは珍しくないけども、未だ純白の羽を称えた天使が親魔物領内にいるというのは、何だか変な気分だった。
「………………」
ぶすっとふて腐れたように、鉄格子の向こう側で彼女はごろりと転がっている。
汚れ一つないワンピースから健康的なおみ足を投げ出し、こちらを見ようともしない。
まぁ、主神に心酔するエンジェルが、進んで俺のような親魔物派に話しかけるとは思わないが。
「………………」
おかげさまで暇で暇で仕方がない。
いや、しきりに脱走の機会を窺われるよりかは神経を使わなくていいけども。
しかしながら手持ちの本をすでに三周してしまった身としては、持て余さずにはいられない。
「なーお嬢ちゃーん」
「……………………」
当然、返事はない。
構うことはない、とりあえず話しかける。
「自分の処遇とか聞いたりしないの?」
「……………………」
「ここに捕まった人らってそういうの大概聞いてくるんだけど」
「……………………」
「……………………おーい、うんとかすんとか言ってくれー」
「……………………」
……ダメだこりゃ。
聞く耳持たないと言わんばかりに頑なに背を向ける彼女に、思わず肩をすくめる。
元より期待はしてなかったけどこうも無反応だと逆に清々しいな!
カツ……カツ……
と、ヒールの響く音が薄暗い牢獄に響く。
もちろん俺の足音ではない。ちょうど入り口から、ぬっと白い影が入ってきた。
「あ、おっす姉御」
「誰が姉御よ誰が」
呆れたように腕を組む絶世の美人、この親魔物領の領主であるリリムだ。
名前は忘れた!
「あの娘は相変わらず?」
「えぇまぁ、相変わらずッスよ」
相変わらず、頑なに魔物を拒んでいる。
こんな所に閉じこめられてなおもこれとなると、頑固を通りこして尊敬すら覚える。
だが姉御はそうでもないらしく、困ったようにこっそりと耳打ちする。
「あなた、元勇者でしょ? なんとか説得できないの?」
そのとき、エンジェルの彼女の身体がピクリと震えたような気がした。
気のせいだ、そう言い聞かせて姉御に応える。
「あの頑固さだと、そう名乗ったら尚のこと閉じこもるッスよ、あの娘」
「難しーところねー……というか面倒くさいわ」
ぶっちゃけすぎだ姉御。
と、姉御がパッと身を翻して鉄格子の前に立つ。
そのまま、無気力に寝転がるエンジェルに話しかけた。
「ねー、そこの貴方ー」
「………………………」
「構えー構えー、構わなければ襲うぞー」
「………………………」
「…………シルフ直伝ッ、そよ風めくり術!」
「きゃっ!?」
突如として、牢獄内にヒュゥッとと空気が流れはじめる。
ちなみに窓はない。姉御が拳を振るいその勢いで風が起きているのだ。
なんて無駄に洗練された無駄のない無駄な動きだろうか。
ところでエンジェルのスカートがめくれかかって目のやり場に困るんですがそれは……?
「HA-HA-HA-! 構わなければめくり続けるぞー! ほーれほれほれほれー!」
「ちょ、止め……! そこのキミ見てないで止めなさいよ!?」
「いや俺は何も見てないから構って差し上げれば止めるんじゃないですかね」
同情するけど巻き込まれるのは勘弁である。
この人の相手は見れば大体わかるけど、かなり疲れるのだ。
「ほらほら構えーさもなくば奥義【服だけカマイタチ】の餌食となるぞーさー構えー!」
「分かった! 分かったからその謎の風止めて!」
さすがのエンジェルも堪らずに起きあがる。……ちなみに、白だった。
……あと、ちょっとだけ【服だけカマイタチ】とやらが見たかったのは内緒だ。
いやーどんな技だったんだろうなー【服だけカマイタチ】。
「よしっ、じゃー早速お話に付き合ってもらおー!」
「…………なんでボクがこんな屈辱を」
天災か何かだと思って諦めたまえ。
「それじゃーまずスリーサイズ教えて」
「ぶふっ!?」
他人事のように距離を見ていたら思わぬ暴投が飛んできた。
むせ返る俺を冷めた目で見るエンジェルと、狙っていたかのように爆笑する姉御。
俺が一体何をした。
「……言っとくけど、教えるわけないから」
「げほっ、ごほ……わ、分かってるし。ちょっと不意打ちだっただけだし……」
「あっはっはっはっはっは!! あっはっはっは、おま、リアクション……ぷーくすくすー!」
この姉御、確信犯である。
というか笑いすぎだろ……。
「あの……姉御、一応、野郎がいることも考慮したうえで健全な尋問を心がけてくれません?」
「ひー! ひー! お、お腹いたい……! うん、分かった……っぷひー!」
ぷひーて何だ。さすがにイラッときたぞ……。
そのまま、時どき思い出したように噴きだしながら姉御は息を整える。
何だこの茶番は、そう姉御を見上げるエンジェルに視線を合わせて、彼女は椅子に座った。
「じゃー真面目に……貴方さー、私たちのことどんな風に思ってる?」
「……魔物のこと……? ハッ、それをエンジェルのボクに聞くの?」
皮肉げに鼻で笑う彼女に、姉御はニッコリ微笑んで頷く。
なんとなく、俺は二人の会話に耳を澄ました。
「ヒトを堕落させる最低最悪の悪魔の象徴、口にするのも悍ましい姦淫の使徒、我らが貴き主神の怨敵にして仇敵、まだまだ言い足りないけど聞きたいの?」
「あははー聞きたくなーい♪ 酷い言い様ねー」
「実際、その通りでしょ? ボクはお前らみたいな魔物とは絶対に相容れない」
吐き捨てるように言ってのけた彼女は、じろりと俺をねめつけた。
たぶん、さっきの元勇者というのがやっぱり聞こえてたんだろう。
そんな彼女が、俺に対して何を思っているかなんて容易に想像できる。
「そこのキミはいまどんな気分? かつては同じように祈りを捧げていたボクがこうやって捕まっているのを見下ろすのは。きっと、随分と滑稽に映っているんだろうね」
「…………ははは、そうでもねぇよー」
ホント、そうでもない。
分かりやすいと言うのが主な理由だけど、あの娘の言いたいことは痛いほど分かる。
だが、彼女は俺の返答が気に食わなかったのかぷいっとそっぽを向いた。
「ボクは絶対お前たちに従わない。それで殺されるなら本望だ」
「……………………………」
これ以上は話したくもない。
そう言いたげに彼女はまたもこっちに背を向けた。
拒絶の意思をありありと滲ませたその小さな背中は、どうにもやけっぱちに見え……ん?
「…………?」
あれ……羽が……?
「はーやれやれ、お堅いなー。仕方ない、そっとしとこっか」
と、意外に物分かりよく姉御がパッと身を翻す。
その様子に若干の違和感を覚えないでもないが、姉御は小走りで牢獄から出ていってしまった。
「…………………」
「…………………」
残された俺は、どうも気まずい雰囲気のなか、とりあえず手持ちの本を4周目することにした。
いま俺がこの娘に話しかけても、きっと彼女はもっと閉じこもるだろう。
姉御の言う通り、そっとしておいた方がいいのかもしれない。
「…………………」
……あぁ、居心地悪い……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
夜になったせいか、穏やかな寝息が格子向こうから聞こえる。
窓もない薄暗い部屋とは言え、こうも普通に寝れるなんて意外とこの娘は図太いやもしれん。
「……なんだかなぁ」
俺がお人好しなだけかもしれないが、本当に同情する。
この娘が主神をどれだけ慕っていたか、推し量るまでもないのにその結果がこれだ。
そんなこと、俺が思う資格なんてないかもしれないが。
「あら、まだ起きてたの?」
と、不意に背後から声が降ってくる。
振りかえると、そこにはすり足で部屋に入ってくる姉御がいた。
「姉御こそ、こんな夜更けにこんな侘しいとこに何の用ッスか?」
「私はー、ほら、アレよアレ」
アレって何ぞや。
「野暮用よ野暮用。あんまりしつこく聞くと女の子にモテないぞっ!」
「女の子って歳ですか姉gごめんなひぁい頬っぺひゃひゅねりゃないへくらはい」
魔物娘とは言え女性に歳の話題は禁句らしい、地味に痛い。
容赦なく頬をねじってくる姉御から何とか逃れるが、どうやらご機嫌ななめのようである。
「しっつれいなー、そんなこと言ってるとホントにモテないぞー?」
「別にモテなくていいッスし……」
何せほぼ毎日この地下牢に引きこもってるのだ……。
男としての生を受けてはいるが、これでも元勇者なんだ、マモノコワイ。
「まーいーや、それよりちょっと席外してくれる? あなたがいるとちょっと……///」
……うわー、似合わん。
顔に出ていたのか、早く出て行けと思いっきり睨まれた。
やれやれ仕方ない……、とりあえず俺は椅子から重い腰を上げた。
「お断りします」
エンジェルの牢屋の前に立ちふさがり、姉御の目をまっすぐに見返す。
その目から、惚けたような色が抜けたから察するに、図星なのだろう。
「あら、バレた?」
「バレバレですよ」
あのエンジェルを堕落させようとしてたことくらい。
「姉御、けっこう過激派ですからね」
「ふぅ……あなたがあの娘を気にかけてたからなるべく穏便に進めたかったんだけど……」
仕方ない、そう言わんばかりに腕を組み、姉御は壁にもたれかかった。
「あなたの言う通り、私は彼女を堕落させようとしてるわ、でも、その方が幸せでしょ?」
姉御の言わんとすることは分かる。
彼女のもといた国は、すでにウチの領内だ。
あのエンジェルが祈る教会はもうないし、共に主神に祈りを捧げる仲間ももういない。
そして何より、あの娘自体が魔力に犯されつつある。
あのくすみかかった羽が、何よりの証拠だ。
「放っておいても彼女はいずれ魔物になるわ、それに気付いたときあの娘は苦しむはずよ」
何せ、あれだけ大嫌いな魔物に自分がなりつつあるのだ。
なってしまえば楽だろう、今まで見てきた魔物たちはそういう娘たちだった。
「だからそうなる前に……」
「分かってます、分かってますって姉御。でも、俺は苦しんでいいと思うんです」
……ん? この言い方だと何か語弊があるな……。
だが、姉御を止めた手前、これっばかりは何としても納得させたい。
「アイツは今も魔物のことが嫌いだし、今もなおその魔物になりつつあるけど……、だからって姉御のやろうとしてることはあまりにも酷だと思いますよ」
「酷……私が?」
「だって、それってつまり、今まであの娘がやってたことの全否定じゃないですか」
元々は教団にいたから、俺には分かる。
そのやり方は魔物とは全然違っていたけども、彼女たちが人間を導こうとしていたのは。
戒律や信仰に雁字搦めだったかもしれないが、それでもエンジェルは人間を幸せにしようとしてた。
魔物と同じように。
「俺は、魔物もアイツも大した違いはないって、ちゃんと分かって欲しいです」
そうあってほしいと、切に願う。
そうでもないと、アイツが浮かばれない。
「…………というか、何でそんなにあの娘に肩入れするの? もしかして惚れた?」
「別に惚れてません。別に惚れてません」
大事なことなので2回言わせてもらおう。
断じて俺はロリコンではない。
「……普通に、同情しただけですよ」
「同情? 何に?」
「だって、今のアイツ、一人ぼっちじゃないですか」
中途半端に魔力に犯されたせいで、主神のもとで教えを説くこともできない。
淫乱な魔物を許すこともできず、アイツにはどこにも居場所がない。
いまに馴染めず、やけっぱちに拗ねることしかできないなんて、寂しすぎる。
「だから、せめてウチくらいアイツを受け入れてもいいじゃないですか」
俺だって、ここに捕まった時はすごく怖かった。
五体バラバラに引き裂かれて、生きたまま食われるんじゃないかと生々しい悪夢を見た。
仲間が誰もいなくて、誰も助けに来るはずがなくて、自暴自棄になってた。
「俺だってみんなに受け容れてもらえたんだから、あの娘だって別にいいでしょ?」
それだけで、あの娘だって気が楽になるはずだ。
だが、姉御は心底呆れたという風にこめかみを押さえていた。
あれ? 俺なんか変なこと言ったっけ?
「お人好しねぇ……まぁ、そこまで言うなら任せるわ」
「はぁ……任されました」
どうにも気の抜ける命令に、俺も横柄に応えてしまった。
そのままカツカツと入り口から出ていく際に、姉御はちらりと牢屋に視線を向けた。
「まぁ、気が変わったら教えてね」
「???」
一方的にそう言い、姉御は部屋から出ていった。
気が変わる……ってどういう意味だろう?
まさか俺があれだけこっぱずかしい宣言をしておいて気が変わると思っているのだろうか。
いやいやまさかそこまで情けない男と思われているはずは……。
そのとき、もぞりと牢屋のベッドが動いたらしいけど、俺は気付かなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌朝。
昨晩に話題に上がった彼女は、今日もふて腐れたようにベッドで寝転がっている。
「……………………」
しかし、普段と違ってどうにも落ち着きがない。
チラリとこちらを覗いたかと思えばパッと顔を背け、バフバフと枕を弄んでいる。
ひょっとして脱走でも企てているんだろうか?
「……………………」
「……………………」
まぁ、何だっていい。昨日の今日できっとまだ不機嫌なんだろう。
とりあえず、と俺も手持ちの本を開く。
なにか、昨日とは違った妙な気まずさを孕んだ沈黙のなか、ページをめくる音だけが響く。
「………………あの」
「……………………」
「………………ちょ、ちょっと、話……」
「………………ん?」
「あ……」
か細い声に顔を上げると、珍しいことに彼女がこっちを向いていた。
バッチリと目が合い、見やればどこか彼女の顔が赤い。
「どうした? 風邪でも引いたか?」
「い、いや……それは別に大丈夫……」
ぷいっと目を反らされた。
あの短い会話で俺はまたもやらかしたというのか。
もうここまで地雷ばっか踏むとか一種の才能だな!
「あ、えっと……その、き、昨日、さ」
「うん?」
昨日?
「昨日……その……、あの……」
「……うん?」
何をどもっているんだろう……?
あんなに敵意剥き出しでハッキリ軽蔑してたのに……。
「……っ、昨日、何の本読んでたのっ?」
「ん? お、おう、特になんてことはない小説かな……」
出しぬけに聞くことだろうか……?
というか、落ち込んだんだけどあのエンジェル!?
え、なに!? 俺の返事がぞんざいだったから傷ついたの!? 俺のせい!?
「……うぅ、ボクのバカ……」
「あー、えー……暇だったら、その、読むか?」
「…………きっ!」
今度はキッと睨みつけられた。
どうしろってんだ。
「…………あー、なんか知らんが、言いたいことがあるならはっきり言ってくれよ。お互い、その方が気楽だろ? 昨日みたいな気まずいのは俺も嫌なんだ」
「コッチの気も知らないでそんなこと言うなー!!///」
「お前ホントに今日どうした、意味が分からねぇんだけど!?」
顔を真っ赤にして怒鳴るエンジェルに、本当に訳が分からない。
誰か解説頼む。
「あの調子なら、確かに私が手助けしなくてもよさそうね……ふふ♪」
教団の兵士を捕まえて彼女たちが彼らを夫として矯正するのは珍しくないけども、未だ純白の羽を称えた天使が親魔物領内にいるというのは、何だか変な気分だった。
「………………」
ぶすっとふて腐れたように、鉄格子の向こう側で彼女はごろりと転がっている。
汚れ一つないワンピースから健康的なおみ足を投げ出し、こちらを見ようともしない。
まぁ、主神に心酔するエンジェルが、進んで俺のような親魔物派に話しかけるとは思わないが。
「………………」
おかげさまで暇で暇で仕方がない。
いや、しきりに脱走の機会を窺われるよりかは神経を使わなくていいけども。
しかしながら手持ちの本をすでに三周してしまった身としては、持て余さずにはいられない。
「なーお嬢ちゃーん」
「……………………」
当然、返事はない。
構うことはない、とりあえず話しかける。
「自分の処遇とか聞いたりしないの?」
「……………………」
「ここに捕まった人らってそういうの大概聞いてくるんだけど」
「……………………」
「……………………おーい、うんとかすんとか言ってくれー」
「……………………」
……ダメだこりゃ。
聞く耳持たないと言わんばかりに頑なに背を向ける彼女に、思わず肩をすくめる。
元より期待はしてなかったけどこうも無反応だと逆に清々しいな!
カツ……カツ……
と、ヒールの響く音が薄暗い牢獄に響く。
もちろん俺の足音ではない。ちょうど入り口から、ぬっと白い影が入ってきた。
「あ、おっす姉御」
「誰が姉御よ誰が」
呆れたように腕を組む絶世の美人、この親魔物領の領主であるリリムだ。
名前は忘れた!
「あの娘は相変わらず?」
「えぇまぁ、相変わらずッスよ」
相変わらず、頑なに魔物を拒んでいる。
こんな所に閉じこめられてなおもこれとなると、頑固を通りこして尊敬すら覚える。
だが姉御はそうでもないらしく、困ったようにこっそりと耳打ちする。
「あなた、元勇者でしょ? なんとか説得できないの?」
そのとき、エンジェルの彼女の身体がピクリと震えたような気がした。
気のせいだ、そう言い聞かせて姉御に応える。
「あの頑固さだと、そう名乗ったら尚のこと閉じこもるッスよ、あの娘」
「難しーところねー……というか面倒くさいわ」
ぶっちゃけすぎだ姉御。
と、姉御がパッと身を翻して鉄格子の前に立つ。
そのまま、無気力に寝転がるエンジェルに話しかけた。
「ねー、そこの貴方ー」
「………………………」
「構えー構えー、構わなければ襲うぞー」
「………………………」
「…………シルフ直伝ッ、そよ風めくり術!」
「きゃっ!?」
突如として、牢獄内にヒュゥッとと空気が流れはじめる。
ちなみに窓はない。姉御が拳を振るいその勢いで風が起きているのだ。
なんて無駄に洗練された無駄のない無駄な動きだろうか。
ところでエンジェルのスカートがめくれかかって目のやり場に困るんですがそれは……?
「HA-HA-HA-! 構わなければめくり続けるぞー! ほーれほれほれほれー!」
「ちょ、止め……! そこのキミ見てないで止めなさいよ!?」
「いや俺は何も見てないから構って差し上げれば止めるんじゃないですかね」
同情するけど巻き込まれるのは勘弁である。
この人の相手は見れば大体わかるけど、かなり疲れるのだ。
「ほらほら構えーさもなくば奥義【服だけカマイタチ】の餌食となるぞーさー構えー!」
「分かった! 分かったからその謎の風止めて!」
さすがのエンジェルも堪らずに起きあがる。……ちなみに、白だった。
……あと、ちょっとだけ【服だけカマイタチ】とやらが見たかったのは内緒だ。
いやーどんな技だったんだろうなー【服だけカマイタチ】。
「よしっ、じゃー早速お話に付き合ってもらおー!」
「…………なんでボクがこんな屈辱を」
天災か何かだと思って諦めたまえ。
「それじゃーまずスリーサイズ教えて」
「ぶふっ!?」
他人事のように距離を見ていたら思わぬ暴投が飛んできた。
むせ返る俺を冷めた目で見るエンジェルと、狙っていたかのように爆笑する姉御。
俺が一体何をした。
「……言っとくけど、教えるわけないから」
「げほっ、ごほ……わ、分かってるし。ちょっと不意打ちだっただけだし……」
「あっはっはっはっはっは!! あっはっはっは、おま、リアクション……ぷーくすくすー!」
この姉御、確信犯である。
というか笑いすぎだろ……。
「あの……姉御、一応、野郎がいることも考慮したうえで健全な尋問を心がけてくれません?」
「ひー! ひー! お、お腹いたい……! うん、分かった……っぷひー!」
ぷひーて何だ。さすがにイラッときたぞ……。
そのまま、時どき思い出したように噴きだしながら姉御は息を整える。
何だこの茶番は、そう姉御を見上げるエンジェルに視線を合わせて、彼女は椅子に座った。
「じゃー真面目に……貴方さー、私たちのことどんな風に思ってる?」
「……魔物のこと……? ハッ、それをエンジェルのボクに聞くの?」
皮肉げに鼻で笑う彼女に、姉御はニッコリ微笑んで頷く。
なんとなく、俺は二人の会話に耳を澄ました。
「ヒトを堕落させる最低最悪の悪魔の象徴、口にするのも悍ましい姦淫の使徒、我らが貴き主神の怨敵にして仇敵、まだまだ言い足りないけど聞きたいの?」
「あははー聞きたくなーい♪ 酷い言い様ねー」
「実際、その通りでしょ? ボクはお前らみたいな魔物とは絶対に相容れない」
吐き捨てるように言ってのけた彼女は、じろりと俺をねめつけた。
たぶん、さっきの元勇者というのがやっぱり聞こえてたんだろう。
そんな彼女が、俺に対して何を思っているかなんて容易に想像できる。
「そこのキミはいまどんな気分? かつては同じように祈りを捧げていたボクがこうやって捕まっているのを見下ろすのは。きっと、随分と滑稽に映っているんだろうね」
「…………ははは、そうでもねぇよー」
ホント、そうでもない。
分かりやすいと言うのが主な理由だけど、あの娘の言いたいことは痛いほど分かる。
だが、彼女は俺の返答が気に食わなかったのかぷいっとそっぽを向いた。
「ボクは絶対お前たちに従わない。それで殺されるなら本望だ」
「……………………………」
これ以上は話したくもない。
そう言いたげに彼女はまたもこっちに背を向けた。
拒絶の意思をありありと滲ませたその小さな背中は、どうにもやけっぱちに見え……ん?
「…………?」
あれ……羽が……?
「はーやれやれ、お堅いなー。仕方ない、そっとしとこっか」
と、意外に物分かりよく姉御がパッと身を翻す。
その様子に若干の違和感を覚えないでもないが、姉御は小走りで牢獄から出ていってしまった。
「…………………」
「…………………」
残された俺は、どうも気まずい雰囲気のなか、とりあえず手持ちの本を4周目することにした。
いま俺がこの娘に話しかけても、きっと彼女はもっと閉じこもるだろう。
姉御の言う通り、そっとしておいた方がいいのかもしれない。
「…………………」
……あぁ、居心地悪い……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
夜になったせいか、穏やかな寝息が格子向こうから聞こえる。
窓もない薄暗い部屋とは言え、こうも普通に寝れるなんて意外とこの娘は図太いやもしれん。
「……なんだかなぁ」
俺がお人好しなだけかもしれないが、本当に同情する。
この娘が主神をどれだけ慕っていたか、推し量るまでもないのにその結果がこれだ。
そんなこと、俺が思う資格なんてないかもしれないが。
「あら、まだ起きてたの?」
と、不意に背後から声が降ってくる。
振りかえると、そこにはすり足で部屋に入ってくる姉御がいた。
「姉御こそ、こんな夜更けにこんな侘しいとこに何の用ッスか?」
「私はー、ほら、アレよアレ」
アレって何ぞや。
「野暮用よ野暮用。あんまりしつこく聞くと女の子にモテないぞっ!」
「女の子って歳ですか姉gごめんなひぁい頬っぺひゃひゅねりゃないへくらはい」
魔物娘とは言え女性に歳の話題は禁句らしい、地味に痛い。
容赦なく頬をねじってくる姉御から何とか逃れるが、どうやらご機嫌ななめのようである。
「しっつれいなー、そんなこと言ってるとホントにモテないぞー?」
「別にモテなくていいッスし……」
何せほぼ毎日この地下牢に引きこもってるのだ……。
男としての生を受けてはいるが、これでも元勇者なんだ、マモノコワイ。
「まーいーや、それよりちょっと席外してくれる? あなたがいるとちょっと……///」
……うわー、似合わん。
顔に出ていたのか、早く出て行けと思いっきり睨まれた。
やれやれ仕方ない……、とりあえず俺は椅子から重い腰を上げた。
「お断りします」
エンジェルの牢屋の前に立ちふさがり、姉御の目をまっすぐに見返す。
その目から、惚けたような色が抜けたから察するに、図星なのだろう。
「あら、バレた?」
「バレバレですよ」
あのエンジェルを堕落させようとしてたことくらい。
「姉御、けっこう過激派ですからね」
「ふぅ……あなたがあの娘を気にかけてたからなるべく穏便に進めたかったんだけど……」
仕方ない、そう言わんばかりに腕を組み、姉御は壁にもたれかかった。
「あなたの言う通り、私は彼女を堕落させようとしてるわ、でも、その方が幸せでしょ?」
姉御の言わんとすることは分かる。
彼女のもといた国は、すでにウチの領内だ。
あのエンジェルが祈る教会はもうないし、共に主神に祈りを捧げる仲間ももういない。
そして何より、あの娘自体が魔力に犯されつつある。
あのくすみかかった羽が、何よりの証拠だ。
「放っておいても彼女はいずれ魔物になるわ、それに気付いたときあの娘は苦しむはずよ」
何せ、あれだけ大嫌いな魔物に自分がなりつつあるのだ。
なってしまえば楽だろう、今まで見てきた魔物たちはそういう娘たちだった。
「だからそうなる前に……」
「分かってます、分かってますって姉御。でも、俺は苦しんでいいと思うんです」
……ん? この言い方だと何か語弊があるな……。
だが、姉御を止めた手前、これっばかりは何としても納得させたい。
「アイツは今も魔物のことが嫌いだし、今もなおその魔物になりつつあるけど……、だからって姉御のやろうとしてることはあまりにも酷だと思いますよ」
「酷……私が?」
「だって、それってつまり、今まであの娘がやってたことの全否定じゃないですか」
元々は教団にいたから、俺には分かる。
そのやり方は魔物とは全然違っていたけども、彼女たちが人間を導こうとしていたのは。
戒律や信仰に雁字搦めだったかもしれないが、それでもエンジェルは人間を幸せにしようとしてた。
魔物と同じように。
「俺は、魔物もアイツも大した違いはないって、ちゃんと分かって欲しいです」
そうあってほしいと、切に願う。
そうでもないと、アイツが浮かばれない。
「…………というか、何でそんなにあの娘に肩入れするの? もしかして惚れた?」
「別に惚れてません。別に惚れてません」
大事なことなので2回言わせてもらおう。
断じて俺はロリコンではない。
「……普通に、同情しただけですよ」
「同情? 何に?」
「だって、今のアイツ、一人ぼっちじゃないですか」
中途半端に魔力に犯されたせいで、主神のもとで教えを説くこともできない。
淫乱な魔物を許すこともできず、アイツにはどこにも居場所がない。
いまに馴染めず、やけっぱちに拗ねることしかできないなんて、寂しすぎる。
「だから、せめてウチくらいアイツを受け入れてもいいじゃないですか」
俺だって、ここに捕まった時はすごく怖かった。
五体バラバラに引き裂かれて、生きたまま食われるんじゃないかと生々しい悪夢を見た。
仲間が誰もいなくて、誰も助けに来るはずがなくて、自暴自棄になってた。
「俺だってみんなに受け容れてもらえたんだから、あの娘だって別にいいでしょ?」
それだけで、あの娘だって気が楽になるはずだ。
だが、姉御は心底呆れたという風にこめかみを押さえていた。
あれ? 俺なんか変なこと言ったっけ?
「お人好しねぇ……まぁ、そこまで言うなら任せるわ」
「はぁ……任されました」
どうにも気の抜ける命令に、俺も横柄に応えてしまった。
そのままカツカツと入り口から出ていく際に、姉御はちらりと牢屋に視線を向けた。
「まぁ、気が変わったら教えてね」
「???」
一方的にそう言い、姉御は部屋から出ていった。
気が変わる……ってどういう意味だろう?
まさか俺があれだけこっぱずかしい宣言をしておいて気が変わると思っているのだろうか。
いやいやまさかそこまで情けない男と思われているはずは……。
そのとき、もぞりと牢屋のベッドが動いたらしいけど、俺は気付かなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌朝。
昨晩に話題に上がった彼女は、今日もふて腐れたようにベッドで寝転がっている。
「……………………」
しかし、普段と違ってどうにも落ち着きがない。
チラリとこちらを覗いたかと思えばパッと顔を背け、バフバフと枕を弄んでいる。
ひょっとして脱走でも企てているんだろうか?
「……………………」
「……………………」
まぁ、何だっていい。昨日の今日できっとまだ不機嫌なんだろう。
とりあえず、と俺も手持ちの本を開く。
なにか、昨日とは違った妙な気まずさを孕んだ沈黙のなか、ページをめくる音だけが響く。
「………………あの」
「……………………」
「………………ちょ、ちょっと、話……」
「………………ん?」
「あ……」
か細い声に顔を上げると、珍しいことに彼女がこっちを向いていた。
バッチリと目が合い、見やればどこか彼女の顔が赤い。
「どうした? 風邪でも引いたか?」
「い、いや……それは別に大丈夫……」
ぷいっと目を反らされた。
あの短い会話で俺はまたもやらかしたというのか。
もうここまで地雷ばっか踏むとか一種の才能だな!
「あ、えっと……その、き、昨日、さ」
「うん?」
昨日?
「昨日……その……、あの……」
「……うん?」
何をどもっているんだろう……?
あんなに敵意剥き出しでハッキリ軽蔑してたのに……。
「……っ、昨日、何の本読んでたのっ?」
「ん? お、おう、特になんてことはない小説かな……」
出しぬけに聞くことだろうか……?
というか、落ち込んだんだけどあのエンジェル!?
え、なに!? 俺の返事がぞんざいだったから傷ついたの!? 俺のせい!?
「……うぅ、ボクのバカ……」
「あー、えー……暇だったら、その、読むか?」
「…………きっ!」
今度はキッと睨みつけられた。
どうしろってんだ。
「…………あー、なんか知らんが、言いたいことがあるならはっきり言ってくれよ。お互い、その方が気楽だろ? 昨日みたいな気まずいのは俺も嫌なんだ」
「コッチの気も知らないでそんなこと言うなー!!///」
「お前ホントに今日どうした、意味が分からねぇんだけど!?」
顔を真っ赤にして怒鳴るエンジェルに、本当に訳が分からない。
誰か解説頼む。
「あの調子なら、確かに私が手助けしなくてもよさそうね……ふふ♪」
21/12/11 16:44更新 / 残骸