第20話 新たな真実
「ほらほらっ、もっと喘いでいいのよシノブちゃん?」
「あら〜あなたそんな顔も出来るの?…ゾクゾクするわ♪」
「良いわよ〜私の尻尾で何回もイっちゃいなさい!」
「あぁんっだめぇ…もう無理ぃぃっ、ぎもちすぎるぅぅぅぅ。」
「耳に毒だな…おい誰か耳栓くれねえか?」
扉の向こうから惨劇?の声を聞きながらグリムが呟いた。
傍にいたハンスも同じような面持ちで苦笑いする。
「流石アレスさんの妻というか…色々とすごいですね。」
「いや、どちらかというと彼女達三人が特殊なだけだ…。」
二人の話を聞いていたヴェンが複雑な表情でそう付け加えた。
もっとも、その三人を呼んだのは他ならぬヴェン自身なのだが彼もここまでなるとは思いもよらなかったようだ。
「よぅ、魔王の旦那じゃねえか。」
「あ、魔王様!」
「ヴェンで構わないよ二人共、君たちからそう呼ばれるのは何か変な気がするからね。」
「そうか?なら好きに呼ばせてもらうぜ、ヴェン。」
「ありがとうございます、ヴェンさん。」
少し照れくさそうに顔をポリポリと掻きながらヴェンはそう言った。
二人もそう思っていたのか特に驚きもせず自然と彼の名前を呼んだ。
「ところでどうかな、ここの住み心地は?」
「一言で言うなら最高だな…俺も今までこんな良い暮らしはしたことねぇよ。」
「ここにいると不自由はしませんね、アレスさんがたまに話してくれるんですが想像以上ですよ。」
「そう言ってもらえると何よりだ、私に出来ることと言ったらこれぐらいだからね。」
「これぐらいねぇ…そう言えるってのが魔王の器ってか?」
「…残念ながら私なんてまだまだだよ。」
「?」
一瞬、ヴェンが少し暗い顔をしたのを二人は少し気になった。
だが二人はそれ以上は詮索せず流すように話を続けた。
「ところでよ、アレスはまだ戻ってこないのか?」
「彼なら向こうで少し休むと言っていたよ、まぁいつでも戻れるようにしているから勝手に戻ってくるとは思うが。」
「大丈夫なんでしょうか、アレスさん。」
「彼なら心配いらないさ、一緒だった君なら一番わかるんじゃないか?」
「それもそうでした。」
「おい、あいつそんなに強いのか?」
「あ…そっか、グリムさんはあの時は一緒にいませんでしたよね?…フーゲルの町の事。」
「彼のことだから想像はつくがな…また無茶をしたんだろう?」
「無茶なんてものじゃ…あれは―」
「魔王様!!」
ハンスがその時のことを詳しく話そうとしたとき、どこからかヴェンを呼ぶ声がした。
振り返るとセイレーンのセーレが慌てた様子でこちらへと飛んできた。
「どうしたのかな、セーレ?そんなに慌てて。」
「はい、ちょっとややこしいことになりまして…。」
「ややこしいこと?」
「来てもらえればわかります、玄関まで来ていただけませんか?」
「ふむ…わかった、二人共悪いが失礼するよ?」
そう言ってヴェンはセーレに連れられて足早に玄関へと向かった。
「なんだろうな?」
「さぁ…?」
――――――――。
「会わせてよぉ!!」
「―だからここにはいないと言っているだろう!!」
私が玄関に近づくと、何やら口論しているような騒ぎが聞こえてきた。
到着するとそこにレイとリザ、リルルの背中が見えた。
面子からして物々しい雰囲気だ、何があったのだ?
私は脅かさないようにそっと声をかけた。
「みんな、どうしたんだね?」
「あ、魔王様。」
「魔王様、こんなことでお呼びだてして申し訳ありません、この娘が―」
「だから、アレスの知り合いだって言ってるじゃんっ!!」
彼女たちの向こうから少女の声が聞こえた。
彼女たちの姿で見えなかったがどうやら向こう側に誰かいるらしい。
「私が代わろう、通してくれ。」
「…御意。」
私が前へと出るとそこにはワーキャットの少女が仁王立ちしていた。
「…ワーキャット?」
「ん?お兄さんは誰?アレスの知り合い?」
少女は私を見つけるとキョトンとした顔で尋ねてきた。
歳はエルザくらいだろうか…しかし彼から送るという連絡はなかったはずだが?
ん、待て…お兄さん?
「お嬢さん、お兄さんって私のことかい?」
「そうだよ、黒いマントのお兄さん。」
「貴様っ、このお方は―!!」
「待つんだリザ、…良いんだ。」
「魔王様…?」
怒鳴ろうとしたリザを私は制した。
別に私も失礼だと気になったわけじゃない、しかし私のことを魔王様と呼ばない魔物は知る限りでは二つしかない。
私に敵対しているか、私より”強い”かだ。
…両者でないことを祈ろう。
「お嬢さん、名前は?」
「マイちゃんだよ。」
「じゃあマイ、君はアレスを知っているのかい?」
「うん、アレスとは昔からね。」
「どうして彼がここにいると?…そもそも君はどうやってここへ来たんだね?」
「最近知り合った友達に連れてきてもらったの、ここにいるっていうのもその人に聞いたんだ、だから会わせて?」
「ふむ…友達か。」
おそらくだが彼女の言っていることは本当だろう、嘘を言っているようにも見えない…し、なにより彼女から敵対する意思がない、アレスの知り合いというのも事実だろう。
それより気になったのがその友達だ、ここの場所を知っていてアレスの存在も知っている…この少女からして教団ではないだろうが。
いや…まさか?
「ねぇねぇ、アレスは?」
「貴様いい加減にしろっ、子供でも口の利き方ぐらいはわかるだろう!!」
後ろで見ていたレイが痺れを切らしたのかマイに怒鳴った。
当のマイは特に驚きもせずレイに目を向けた。
「ねぇ、お姉ちゃんはアレスの何?」
「私はアレスの妻のレイだ。」
「アレスのお嫁さん?!…なるほどね〜、あの子も立派になっもんだ…うんうん♪」
「なんだ、お前はアレスの妻になってここへ送られてきたのではないか?」
「違うよ、私はアレスに会いたかっただけ。…友達はお兄さんに用があるみたいだったけど?」
「私に?」
「うん、もう少ししたら会えると思うよ、先に行っててって言われたし。」
「すまないが、その友達というのは―」
ガチャッ…。
私が聞き出そうとすると不意にマイの後ろの玄関の扉が開かれた。
「いやぁ悪い、遅くなったな。」
そこには私もみんなもよく知っている…というより騒ぎの原因となっている張本人が入ってきた。
「アレス!!」
「…夫。」
「ちょうど良かった、アレス。」
「何だ…皆して集まって?」
アレスが私たちを見て少し驚いたような反応をした。
そして周りを見渡しているとふと目の前の少女を見つける。
「ん、この子は?」
呼ばれたマイがゆっくりとアレスの方へと振り向いた。
二人が向き合った時、私たちは見てしまった。
「「…。」」
私は、いや私たちは初めてかも知れない。
「な、な…?!」
…アレスがあんなにも目を見開かせ焦った表情をしたのは。
「アレス〜っ!!!!」
「うおぁ!?」
ようやく再会できた親子のようにマイは感極まってアレスに抱きついた。
「ちょ、ちょっと離れてくれ!!」
「いやだ、もう離さないから!!」
「た、頼む、離れてくれ!」
「いーやーだ♪」
アレスは必死にもがいてマイを引き剥がそうとするがマイは首に抱きついたまま離れようとはしなかった。
それを私を含め、後ろの彼女たちは奇怪な目でアレスを伺った。
「アレス、これは一体どういうことだ?」
「よもやそんな年端もいかない少女を…?」
「…不埒!!」
「ち、違う、誤解だ…この人は―」
「と、とにかくマイ、一旦離れよう!!」
「えぇ〜?」
私とアレスでなんとかマイを引き剥がすことに成功した。
アレスはというと珍しく汗をかき、どこか落ち着きがないようだった。
「アレス、どういうことなんだ、このマイという少女は一体?」
「俺もどうしてここにいるのかはわからん、だがこの人が誰なのかというのはちゃんと説明する。」
「まったくだ、私たちにも納得ができるように説明してくれ。」
「いや、恐らく納得はしにくいかもな…特にお前たち二人は。」
「ん?」
そう言ってアレスはその二人、レイとリザのことを指した。
指された二人は身に覚えがなく奇怪に顔を見合わせた。
「じゃあ短絡に言う、この人はな。」
「ふふん♪」
アレスに紹介されるのが嬉しいのかマイは少し胸を張って鼻を鳴らした。
そして今、衝撃の事実が明かされる。
「俺の師匠だ。」
「「「「は?」」」」
――――――。
「つまりだ…。」
アレスからマイの素性を聞き終えたヴェンを含む四人が改めて確認する。
「君の人間以上の馬鹿馬鹿しい力も―」
「どんな多種多様の武器でも使いこなせるのも―」
「あの『オーダー』という技も―」
「それを全て教えたのが彼女だと言うのか?」
「…そうなるな。」
「…驚愕。」
皆の確認にアレスが静かに頷きながら答えた。
傍にいたリルルはマイを見ながら信じられないふうに呟いた。
「まぁ、アレス自身の素質が十分だったからね〜、私はそれに応用を加えただけ…私が教えた『オーダー』も飲み込みが早かったし。」
「あの技を会得するのにどれだけかかったと思っている…それに戦闘用に応用するのにも随分と時間がかかったからな。」
「ん?戦闘用?」
「もともとそのオーダーというのはどういう技なのだ?」
「元々は暗殺用に作られた技だ、自分の気を相手に溜め込ませて知らず知らずのうちに爆発させ仕留める、しかも気の使い方次第で爆発を何時間先にでも遅らせることができるからな。」
「な、なんてえげつない技だ…つまり上手く調整できれば相手が何も知らず寝に入ったときに爆発させることもできると…?」
「可能だよ〜、そのときは傍から見れば心臓発作にしか見えないからバレないし…我ながらいい技を作ったわ〜、相手に気を送る時がちょっと大変だけどね。」
「それをアレスが戦闘用に作ったと…?」
「あぁ、戦ってる時に何時間も待ってられないからな…なんとか数秒まで縮ませることができた、師匠の助けもあってだが―」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
説明の最中に急にレイが大声を上げ話を遮った。
「ど、どうしたんだレイ?」
「オーダーという技のことは確かにわかった、だが元暗殺用とはどういうことだ?」
「どうもこうもないさ、この人はれっきとした暗殺者だ…それも伝説級のな。」
「で、伝説級の暗殺者…?!」
「この少女が…?」
「と、とてもそんな風には見えないが…?」
「なによー、文句あんの!?」
信じられないというレイや他の者達の眼差しが気に入らないのかマイは不機嫌そうに言った。
「見かけで判断しないほうがいい、俺もこの人に教わるまではそう思っていた、戦ってみりゃわかる…。」
「い、今の君よりも強いのか?」
「魔物化して運良く弱体化したとしても勝ち目はないだろうな…というより師匠、なんで魔物になったんだ?」
「あ、それはね…さっき言ってた友達に変えられちゃったの。」
「変えられた…だと?」
ヴェンが少し戸惑ったようにマイの言葉を聞き返した。
心なしか皆には少し焦っているようにも見えていた。
「ま、まさか…君の友達とは…?!」
「―私のことかしら?」
「?!」
急に後ろから声が聞こえ、驚いて皆が振り返ると何もなかったはずの空間に黒いシミのようなものが浮かび上がっていた。
…その中から声は聞こえていた。
「な、なんなんだ?」
「………。」
アレスが慌てた様子なのとは裏腹に、ヴェンはじっとその黒いシミを睨んでいた。
そして、その声の主はゆっくりとそのシミから姿を現した。
「え?」
アレスは出てきた声の主に思わず拍子抜けたような声を出した。
「皆の衆…ごきげんよう。」
―――――――。
そこに現れたのは白く長い髪をした美しい魔物だった。
頭には二本の角が生え、白く大きな翼、独特な形の尻尾をしたその姿は一見サキュバスに見えなくもない。
だが俺にはその魔物がどうしてもサキュバスには見えなかった。
それどころか『今まで会ったどの魔物よりも格が違う』、そう直感で察した。
黒いシミから全身を出し終えたその魔物はゆっくりと皆を見回した。
「お出迎えご苦労様…でもちょっと数が少ない気がするわね、もっと盛大に歓迎してくれた方が嬉しかったんだけど…残念ね。」
見回したあと魔物は独り言のようにそうつぶやき、残念そうにため息をした。
まるでこちらのことなど眼中にないといった様子で。
「お、おいヴェン…あれはなんだ?」
「……。」
目線を魔物から離さず、俺はヴェンに小声で話した。
しかし、ヴェンから一向に返事が返ってこない。
「おい、ヴェン―?!」
ちらりとヴェンの方を見るとヴェンは固まったように動かなかった。
額に汗が滴り落ち、気のせいか呼吸も荒そうだった。
こういう時なら冷静なヴェンが…一体何故?
それによく見てみると後ろの彼女たちも表情が固まっていた。
どうなっている…?
そう思っていると後ろに居た師匠が声を上げた。
「あ、『エレン』ちゃ〜ん!!」
師匠は俺達の脇を通り過ぎて、とてとてと走り出した。
エレンと呼ばれた魔物は元々親しい間柄だったかのように師匠の目線に合わせ、頭に手を置いた。
「もぅ〜おそいよ、心細かったよ。」
「ごめんなさい、ちょっと手間取っちゃって…目当ての彼は見つかったのかしら?」
「うん、あそこにいる赤い目の人がアレスよ。」
「へぇ〜、彼がそうなの?」
そう言ってエレンと目があった。
俺と同じ、いやそれ以上に吸い込まれるような紅い瞳が俺を捉えていた。
まるで俺の心を見透かされてるような、不思議な感覚だった。
「…あら?」
じっと見ているとふと、そんな彼女の瞳に変化があった。
「あなた…私とどこかで会ったことあるかしら?」
「ん…?…いや、覚えがないな。」
「そう…。」
少なくとも俺は彼女のような魔物には会った事はない。
むしろ彼女がなんという魔物かどうかも知らない、これだけ特徴的なら会ってたら記憶に残るはずだからな。
「他人の空似かしら…まぁいいわ。」
また彼女は残念そうにため息を漏らした、それも少し遠い目をしながらだった。
しかし、今俺にはそんなことはどうでもいい。
「お前は…一体何者なんだ?」
俺がどうしても聞きたかった質問を投げかけるとエレンは首をかしげながら言った。
「あら、それはどういう意味かしら?」
「俺はお前のような魔物は見たことがないからな、それにここへは簡単には入ってこれないはずだ…ただの魔物というわけではあるまい?」
「ん?あなたもしかして―」
「アレス、あの御方を…リリム様を知らないのか?!」
「リリム…様?」
急に後ろから驚いたようにリザが声を上げた。
聞きなれない名前に俺が首をかしげているとリザは説明し始めた。
「アレス、リリムとはサキュバス種の最上種と言っても過言ではないほどの魔力を持った存在で、我々魔物の中でも魔王様に近い存在だ。」
「そうだろうな…大体そんな気はしていた、だが力がある魔物のならそこまで珍しくもないだろう…そこまで驚くものか?」
「問題はそこじゃないんだ…魔王様に近い存在とは比喩ではない、そもそもリリムとは”魔王の娘達”の総称なんだ。」
「なんだってっ…じゃあ?!」
俺は驚いてヴェンをみるとヴェンは俺とは目を合わさずただ唇を噛んだまま苦い顔をしていた。
「ヴェンの…娘?」
「……。」
ん、いやちょっと待て。
ヴェンの親族関係で…膨大な力を持ち…教団でもない…そしてこの場所を知ってるような口ぶり…?
この条件は確か…?!
「まさか…お前がシノブの主か。」
「あら…どうしてあなたがその事を?」
「え?…シノブってあのアレスを誘拐しようとした?」
「正確には…魔王様を誘拐しようとしたクノイチだ、だが何故魔王の座を狙うようなことをする?」
「そうだ、確かシノブはそのために誘拐しようとして間違えてアレスを捕まえたんだったな…だが、何故リリム様が?」
「…あなたたちがそこまで知っているということは−」
「え、エレン様?!」
廊下のほうからおぼつかない足取りでシノブが走ってきた。
よく見ると衣服が少し乱れ、顔も心なしか赤そうだった。
ヴェン…お前いったい彼女に何をしたんだ?
シノブは飛び込むようにエレンの前にひざま付いた。
「も、申し訳ございませんエレン様…私は−」
「やっぱり捕まってたのね…しかも情報まで喋ってしまうなんて、あなたの事を少し買いかぶり過ぎていたかしらね。」
「も、申し訳ありません!!」
「それに…いつから私のことを主様じゃなく名前で呼ぶようになったのかしらね?…そういう意味では見限られたのは私のほうみたいだけど?」
「う、それは…。」
エレンは叱られた子供のように頭を下げしゅんと小さくなってしまった。
まぁ、俺のせいでもあるが少し気の毒だな。
だが次にエレンはそれとは逆のことを言い出した。
「でもいいわ、私は元からあなたの事を当てにはしていなかったしあなたの役目ももう終わったわよ?」
「…え?」
驚いてシノブが顔を上げるとその顔をエレンは鷲づかみにした。
「ひっ?!」
「最初にあなたが誘拐に失敗した時点で結果は見えていたわ、だから私はあなたの体に私の魔力を植え付けた、その魔力のおかげで結界も難なく超えてこられたわ…その面ではあなたは役に立ってくれたわね?」
「あ、あぁ…。」
「でももうこの力は必要ないでしょ?…だから返してもらうわ、全部ね。」
エレンに鷲づかみにされたシノブは何故かか細い声を上げ腕もだらんと力なくぶら下げ始めた。
それを見ていたヴェンが慌てた様子で叫んだ。
「いかん!!彼女を止めるんだ!」
「?!」
声が上がった瞬間、反射的に俺はエレンに飛び掛った。
エレンを取り押さえようとしたが寸前のところで彼女の姿は消えた。
それが転移魔法で移動したのだと知ったのは見回してから少し離れたところで俺をほくそ笑む彼女を見つけたときだった。
「くっ?!」
「シノブっ、しっかりするんだ!!」
リザとリルルが抱きかかえるとシノブは息を荒くし、額から汗が滝のように流れ出してしいた。
彼女たちのことを知らない俺でもこれは危険な状態だとすぐわかった。
「魔王様!!」
「リザ、彼女を早く医務室へ!それとリルルは私の研究室から魔力の回復剤を取ってきて彼女に飲ませてやってくれ!!」
「御意!!」
リザは彼女を抱きかかえるとすぐさま奥へと消えていった。
リルルは言われたとおりヴェンの研究室へと走って行った。
本当なら俺が行きたいが…俺は目の前のこいつに用がある。
だが最初に口を開いたのはヴェンだった。
「なんてことを…それが君のやり方か?!」
ヴェンは怒りに震えながら叫んだ。
ヴェンがここまで怒るのは見たことなかったがその気持ちは俺も同じだ。
当の本人は俺たちの姿を見ても涼しそうな顔をしている。
「あら、何をそんなに怒っているのかしら?…その男が怒るのはなんとなくわかるけどアレス、あなたまで怒るのは理解できないわ。」
「当たり前だ、自分の妻を危険な状態にされて黙ってる夫がいるかよ。」
「夫?…なるほど、本気でこの世界にいる魔物全部を妻にしようとしているのね?」
「…文句があるような言い方だな?」
「非効率的過ぎてそんなのじゃお話にもならないわ、だから…私が代わってあげようと思ってね?…本来の魔王である私がね。」
「代わる?本来の魔王?…さっきから何を言っている?」
「…やっぱり何も教えていないのね。」
クスクスと笑うエレンの姿は何処か不気味に思えた。
全てを見通されてるような、弱みを握られているような、心臓を鷲掴みにされているような、言いようのない不安が俺を襲った。
そんな俺を余所にエレンは楽しそうに話を続けた。
「あの勇者といい…ほんと人間は都合の良いことしか考えないのね、そうやって周りを騙して自分は王様気取りってわけ…いいご身分ね?」
「待て、だから何を言っている?…確かに俺たちの計画は都合の良いことかもしれないが少なくともそれで俺は王になどなりはしない、あくまでこれは彼女たちのために−」
「自意識過剰も大概にしなさい、別に貴方のことを指したわけじゃないわ、アレス。」
「なんだと、でもさっきお前は『人間は』と…。」
「あら、貴方以外にもいるじゃない…隣にね?」
「えっ…?」
俺はふと隣にいたレイと目があった。
レイも同じことを思ったらしく俺と目が合ってしまったようだ。
…当然だがレイの事を言っているわけじゃない。
ということは−
「まさか…。」
「…。」
レイが信じられない風に呟きながら俺のすぐ隣にいた魔王、ヴェンを見た。
そう、魔王であり…人間ではないと聞いていたはずのヴェンを見た。
ヴェンはただ、唇を噛み目を下に向けた。
「貴方が言わないなら私が教えてあげるわ、その男はね−」
「先代魔王『リリス』を殺し、その力を奪った勇者の一味よ。」
−−−−−−−−。
「え…?」
乾いた声でレイが呟いた。
その言葉がどれだけ衝撃的であるかを物語るようにあたりはシンッ…と静まり返っていた。
しばらくの沈黙の後、口を開いたのはレイだった。
「魔王様…?」
「…。」
「嘘、ですよね?…そんなわけ、ありませんよね?」
「……。」
「魔王様、お答えくださいっ!!それは嘘だと…でたらめだと仰ってください!!魔王様−!!」
「…すまない。」
「…?!」
目を合わせないまま搾り出した答えはとても重く、彼女にとって残酷であった。
レイは首を振り、混乱する頭を何とか落ち着かせるため手で顔を覆い隠した。
いや、泣いているのかもしれない、確かめるすべはないが。
畳み掛けるようにしてエレンは話を続けた。
「本来ならば私が魔王の力を受け継ぐはずだったわ、でもあの日…リリスの城が攻め入られたと聞いて私が向かった時には城はもぬけの殻だった、その後よ。」
エレンはヴェンを指差しながら話した。
「貴方が魔王として頭角を現したのは。…一目見てわかったわ、貴方が人間でただ魔王の力を持っただけの道化師って事がね、どうやって魔王の力を手に入れたかは知らないけど…これ以上貴方達の茶番には付き合ってられないのよ。」
そう言ってエレンは混乱して崩れているレイへと話を向けた。
「レイとか言ったわね?どう、これでどちらに忠誠を誓うかは目に見えているんじゃないの?…それともまだこの男の馬鹿な計画に付いていくつもり?」
「うぅ…わ、私は…。」
「言ったでしょう?その男は勇者の一味、そして魔王を殺したのよ…そんな男の事をどうして−」
「それは違う。」
エレンが続けようとした言葉を俺は遮った。
遮った言葉に驚いたのかレイやエレン、項垂れていたヴェンもこちらを向いていた。
「ア、アレス?」
「ヴェン、お前のことだ…どうせ俺の時と似たような場面だったんじゃないのか?…お前が彼女達を殺せるわけが無い…きっと何かあったんだろう?」
「だが私は…。」
「俺も勇者の一味だったのを忘れたか?…だから分かるさ、まったくお前と俺はどことなく似ているな?」
「へぇ、貴方も勇者の一味だったってわけ?ということは貴方達二人でグルになって私たちのことを殺すということも考えられるわけね?」
「そっちこそ、そろそろ茶番は終わりにしたらどうだ?」
「…何ですって?」
さっきまで笑みを含めながら話していたエレンだが俺の言葉で急に顔色を変えてきた。
「なら聞くがな、お前の言う近道の計画っていうのを教えて貰えるか?…まぁ、レイを勧誘しようとしたあたり分かりきってはいるがな。」
「え…?」
レイはまた訳も分からないといった様子で俺とエレンを交互に見合わせている。
エレンは俺を睨みながら淡々とした様子で答えた。
「貴方達の言う計画は正直話にならないわ、人間と共存を望むなんて…どうして同胞を女神の意思だとかで平気で殺している人間たちに頭を下げてお願いしなくちゃならないのかしら?」
「…じゃあどうする気なんだ、人間と全面戦争でもする気か?」
「それでも結果は見えているけどね、これ以上私も同胞が死んでいくのは見たくないのよ、かといってこんな身体になった以上人間を根絶やしになんかもできないし、不便なものだわ。」
「君は、君はどうして彼女たちが女性の姿になったのか分かっていないのか?!先代たちの意思を理解していないのか?!」
「その結果がこれじゃない、もうこれ以上余裕なんてないわ、向こうがその気なら私たちは受けて立つわ、目には目を…支配には支配を。」
「…人類を支配するつもりなのか、やっていることは向こうと変わらんぞ?」
「私たちの方がよっぽど慈悲深いわ、まぁ…彼らにも理解はある者もいるようだし、一部監視の上でなら一緒に住まわせてあげなくもないわ。」
「君は…それを本気で言っているのか?」
「遊びでするほど私は弱くないわ?」
エレンの威圧的な態度としっかりとした言葉にはそれぞれ意思がこめられていた。
恐らく彼女も見てきたんだろう、彼女たちが受けた惨劇を…。
ヴェンがまだ何かを言いかけようとしたがエレンが急に雰囲気を変えた。
「さて、私も貴方達とお喋りしているほど時間はないの、ここにきたのはさっきの友人をここに連れてくるためとスカウトの為に来たのだから。」
「…俺の妻達を誰も渡す気はない。」
「貴方には聞いてないわ、これは魔物たちの存亡の為の戦いよ、貴方の元で燻らせる…いや欲望の捌け口にされるには惜しい戦力だわ、勿論協力してくれるわよね?…レイ。」
「……。」
レイはただ黙って俯いていた。
いつも見ているメイド服のスカートを握り締めて震えていた。
そういえばレイは特にヴェンへの忠誠心が高かったからな…それに彼女は仲間思いでもある。
分かってはいても決められないんだろう。
「レイ。」
「!!」
俺が一声掛けるとレイは驚いたようにこちらを向いた。
…まったく、なんて顔をしているんだよお前は。
「お前が迷う気持ちは分かるさ、急にこんなことを言われれば普段冷静なお前でも分からなくなって当然だ。」
「アレス、なら…私はどうしたら−」
「そのまま俺について来ればいい。」
「…?!」
レイの不安そうな表情はその一言で一変した。
だったら−俺が導いてやればいい。
夫である俺がな。
「俺が今まで旅をしてきたことは間違ってはいない、ヴェンと出会ってここまできたことを間違いとは思わない、そしてなによりもだ。」
俺が持っている信じている心を言った、いや誓った。
「お前たちと出会って妻にしてきたことを…間違いにしたくはない。」
「…。」
「アレス、君ってやつは…。」
レイは言葉を発さずそのまま俯いた。
ヴェンは昂ぶってしまったのか涙ぐんでいた。
…お前が泣いてどうするんだ。
だがこの展開を気に入らないものも一人いた。
「はぁ…そう言って何人も落としてきたのね?確かに整った顔でそんな言葉言われたら流石にときめいちゃうわね。」
エレンは手をひらひらさせてうんざりといった様子で俺を見た。
そしてそのままレイの方へと向かう。
「さぁレイ、貴方には部隊長として指揮を任せるからすぐに仕度して頂戴、向こうに着いてから詳しいことは話すわ。」
「…。」
エレンは肩をたたいてレイに急ぐよう催促をしたがレイはそれでも黙ったまま俯いていた。
はぁ…、とエレンはわざとらしくため息をつく。
「貴方の気持ちも分からなくはないけどね…これは遊びじゃないのよ、貴方の力が必要なの、さぁ早くこっちに来なさい。」
「…そうですね、遊びではありません。」
「なら早く−」
来なさい、と言おうとしたエレンがレイを見て固まった。
何故なら−
「私がアレスの妻となったのは…遊びではありません!!」
レイはアレスの元へと歩み寄り、エレンとは反対の意を示したからだ。
「レイ…。」
「アレス、私も同じ気持ちだ…アレスがヴェン様…いや"魔王様"を信じるなら私もお前に付いて行くよ。」
「レイ…私の事を信じてくれるのか?」
「何を仰っるのですか魔王様、魔王様は私たちのためにここまでして下さったじゃないですか…それに私が信頼している夫がそう言うのです、それだけで理由は十分です。」
「…ありがとう。」
「な、なにをいっているの…魔王は私なのよ…魔王の血を受け継ぐ私こそが力を受け継ぐべきなのよ…なのに何故そんな男に就くの?何故私の言うことに歯向かうの?どうして?!」
レイの言葉を信じられないという様子でエレンは問いただした。
彼女には見て取れるほどの動揺の色と焦りが見え、先ほどの空気からは想像もできない程に取り乱していた。
それを落ち着かせるようにレイは語り始めた。
「リリム様、残念ですが私は貴方の考えに賛同することはできません、それは夫であるアレスの為という事を抜きにしてもです。」
「ど、どういうこと、このまま人間たちの奴隷になるとでも言うの?!」
「そうではありません、私も同胞を救いたい…ですがそのために彼らを支配するなんて…私には出来ません。」
「自分が何を言っているのか分かっているのかしら?…これは魔族に対する明らかな反逆の意思よ?!」
「反逆だなんて滅相もない、私は魔王様のやり方で同胞達を救います…それが私の信じる道です、それを導いてくれたのが…我が夫、アレスです。」
レイは力強く言い放ち俺の腕を組んで胸を張った。
ここまで力強く言われると少し照れるがそれはまったく悪い気がしない。
レイ、…ありがとう、俺も心から愛している。
エレンはレイの言い放った決意に押されながらも徐々に冷静を取り戻し、ふぅ…とため息をついた。
「そう…そこまで陶酔しているとは予想外だったわ、その子は貴方のお気に入りだったみたいね、でも他の子たちはどう思っているのかしらね?」
「無駄だ、彼女達は誰もお前には付いていかない。」
「どうかしらね、それだけ沢山いて誰も不満がないと言い切れるかしら?…実際にスカウトして聞いてみないと分からないわね?」
「残念だけどリリム様、私たちは皆アレスの元から離れたくないそうよ?」
「?!」
驚いて声がしたほうへ振り向くとそこには含み笑いをしたサラが立っていた。
…いやそれだけじゃない。
「お前たち…。」
そこには彼女達が…俺の妻たちがいた。
いや、よく見るとルーがいない…恐らくシノブや子供たちを匿っているんだろう。
「ごめんなさいアレス、それに魔王様…盗み聞きをするような真似をして。」
「でも仕方ないでしょ、これだけ騒げば皆集まるって。」
「皆、話を聞いていたって…いったいどこから?」
「魔王様が勇者の一味だったという所からかしらね、出るタイミングがなかなかつかめなくって遅くなっちゃった。」
「えっ…ではなぜ"魔王様"と…?」
「私たちもレイと同じ気持ちですよ…私達の魔王様は貴方だけです、私たちはそう決めました。」
「いくらリリム様とはいえ人間を奴隷にしろだなんてあたいはごめんだね、ここでアレスといるほうがよっぽど楽しいや。」
「わたしはだーりんと一緒にいたいからかな〜?」
「あたしも〜。」
「暢気なものじゃな…まぁ、そういうわけじゃ、悪いがわらわ達はお主には従えん、諦めて帰るんじゃな。」
「皆…!!」
「そんな、貴女達…気は確かなの?!」
予想外の連続に混乱したのかエレンは声を荒げて彼女達に叫んだ。
「どうして…どうして一人の人間をそこまで信頼できるの?!…どうせそいつは貴女達の身体目当てで良い様に言っているだけなのよ、仮にそうじゃなくても…貴女達は良い様に利用されるわよ、それでもいいの?!」
「アレスはそんな人間ではありません、私たちの事を差別なく愛してくれる夫です、私たちはアレスのためなら何処へだって付いていきます。」
「狂ってるわ…あなた一体彼女達に何をしたの、どんな洗脳をすればこんな風になるの?!」
「洗脳じゃない、俺は彼女達を心から愛しているだけだ。」
「よくも歯が浮くような台詞を抜け抜けと−!」
「うんうん、流石うちの一番弟子ね♪」
今にも掴み掛かってきそうなエレンの間に入るようにして師匠が言った。
師匠は俺の顔を見てニコニコしている。
…この顔をする時は決まって師匠がとんでもない事を言い出すときだ。
「マイ、貴方さっきまで何処にいたのかしら?…私たちが話をしている間いなかったでしょう?」
「ん?だって私には関係なさそうだったし退屈だったからライムちゃんと遊んでた。」
「ライム…誰かしら?」
「師匠、ライムと遊んでたって…じゃあルーの部屋に行ったのか?!」
「うん、あのワーウルフの赤ちゃんはアレスの子供でしょ、可愛かったわ〜、ルーちゃんも美人だしあの娘将来八方美人になるわよ?」
「俺もまだ見ていないのに先に見るなよ…。」
「そんなことはいいのマイ、私の命令無しに勝手に行動するのはやめてもらえない?」
「どうして?」
「どうしてって…貴女を魔物に変えたのは私よ、なら私に従うのは当然でしょう?」
さも当たり前のように師匠に魔物としての立場を教えるエレン。
だが残念だがその人はそういう理屈は通用しないぞエレン?
その証拠に師匠は少し険しい表情でエレンに答えた。
「エレンちゃん、言っておくけど私は誰にも仕える気は無いわ、たとえそれが魔王だとしても神だとしても、私は誰の命令にも従わない…仕事以外はね。」
「貴女まで何を言っているの?…ここまでつれて来てあげたのは私なのよ、分かっているの?!」
「それは感謝してるよ、でもそれとこれとは別、私はエレンちゃんの計画とかには興味なかったし、アレスに会いたかっただけだもん。」
「は、話が違うわ…アレスに会わせる代わりにこちらに付くという条件だったはずでしょう?!!」
「アレスと"会う"まではね、それまでちゃんと護衛もしてあげたじゃん。」
「そんなの付くとは言わないわっ、それにそうだとしたら貴女はこれからどうする気かしら?…どちらにも仕えないんでしょう?」
「そうだよ、私は貴女にもそこのお兄さんにも仕えないわ…ただし−」
そう言って師匠はいきなり俺の腕を組んできて…そして言い放った。
「アレスのお嫁さんにはなるけどね。」
え?
「えぇぇっ?!」
「なっ?!」
「「「「「「はぁっ?!!!!」」」」」」
俺を含めたほぼ全員が聞き返した。
「ちょっちょちょちょちょちょちょっと待て師匠!?」
あわてて俺は師匠に聞き返すが師匠はすでに、お馴染みの魔物特有のうっとりとした眼差しで俺を見ていた。
「だってぇ、アレスの子供見てたら私も欲しくなっちゃったんだもん♪」
「今までそんな風では無かっただろう、どうしていきなり?!」
「アレスが鈍ちんだからだよぉ、どれだけアピールしても気づいてくれないもん。」
「ま、まさか良く身体をくっ付けてきたり、お風呂に入ってきたりしたのも…。」
「ふ、風呂だとアレス?!!」
「ダ〜リンの浮気者〜!!」
「違うっ、これはお前たちに会うまでの話だっ!」
「だから魔物になったし丁度いいと思って…アレス、あなたの子供を孕ませて?」
「な、なな何言ってるんだ?!!」
「いい加減にしなさいよ、貴方達!!」
俺たちが勝手に騒いでいると痺れを切らしたエレンが怒鳴りつけてきた。
そして何度か呼吸を整えて落ち着いたように話し始めた。
「はぁ…アレス、流石にこれは認めざる終えないわね、悔しいけど今の私では貴女達を従わせることは出来そうにない。」
「よ、…ようやく諦める気になったか、分かってもらえて何よりだ。」
「納得はしてないわ、それにまだ諦めるのも早いわね。」
「なんだと?」
不敵な笑みで意味深な言葉をエレンは言った。
なんだ、まだ何か企んでいるのか?
「要するに、貴女達は皆…夫であるアレスを信頼しその男に従っているわけでしょう?だったら―」
そうエレンが言い掛けた時、不意に彼女の姿が消えた。
「?!」
「−裏を返せば貴方を私の奴隷にすれば彼女達も付いて来てくれるのよね?」
何処に行ったと見回している最中、転移魔法によってエレンは急に俺の目の前へと現れた。
そしてエレンは俺の瞳をじっと見つめた。
そう、透き通るような赤い瞳が俺を―おれを…。
「いかんっ!!アレス、彼女の目を見るんじゃない!!」
「もう遅いわ、彼は私の目をはっきり見たわ…これで彼はもう私の虜よ。」
そう言うとエレンは俺の頬にそっと触れてきた。
女性特有の香りが俺の鼻を擽り、肌を滑らせた手はとても華奢で綺麗だった。
「お、おいアレス!!」
「魔王様、アレスに一体何があったのです?!!」
「彼女の瞳術に掛かってしまったんだ、リリム程の誘惑になると何人たりとも…私の薬でも歯が立たなくなってしまう。」
「そんな…。」
「さぁアレス、今から貴方は私の僕よ…まずその証として私の足に口付けをしなさい…貴方を愛する妻たちの前でね。」
「な、なんと言うことを…?!」
そう言ってエレンは履いていたヒールの片方を脱ぎ、俺の前へと突き出した。
俺はその様子をゆっくりと見つめる。
「…。」
「やめてよアレス、あたしそんなアレス見たくないよ!!」
「やめるんだっ、それ以上続けるなら私が黙っていないぞ!!」
「あら、貴方に何が出来るのかしら?…それに私は何もしてないわ、アレスが"勝手"にしてるだけよ。」
「アレス…!!」
「そうよね、アレス?」
エレンは俺の頭をやさしく抱え、下へと持っていく。
そして美しいとも思える白く滑々してそうなつま先が俺の前へと現れた。
そして俺はその足を―
―払いのけ、立ち上がった。
「冗談も大概にしておけ、どうして俺がお前の足にキスしなきゃいけないんだ。」
「…………え"?」
まったく、訳の分からないことをしだしたかと思えば足にキスしろだと?
悪いが俺にはそんな趣味は無いしごめんだ、それに彼女達の前で出来るわけないだろう、初対面の男になんて事をいうんだこの娘は…。
でもどうして当たり前のことを言ったのにみんな固まっているんだ?
俺は不思議そうにあたりを見回していた。
「どうしたんだ、皆?」
「あ、アレス…君は…平気なのか?」
「何がだ?」
ヴェンが信じられないという顔で俺を見ていた。
いや、よくよく見ればエレンや彼女達も同じような表情で俺を見ている。
…いったいなんなんだ?
「そんな、そんなはずは無いわ、確かに手応えはあったし貴方は私を見たはず…なのにどうして私の命令を拒絶出来るの?!」
「だからどうして俺がお前に従わなくちゃいけないんだ、さっきまで敵対していたというのに。」
「本当に効いていないの?…どうやら手を抜きすぎたみたいね。」
するとエレンはいきなり服をずらして肩を露出させた。
「えちょ、リリム様?!」
元から胸元が空いていた服のせいで胸が手から零れそうになっていた。
後ろの彼女達がエレンの行動に顔を赤くさせあたふたとしている。
「ふふふ、アレス…どうかしら?」
「どうって?」
「私の胸…気になるでしょう、こっちへ来てくれるなら直で触らせてあげるわよ?…もちろんそれ以外も…ね?」
「…俺を誘惑しようってか?」
わざと胸を揺らせて妖艶に微笑むリリムのエレン。
その姿に少なからずとも興奮を覚え、超えてはならない理性を保とうとしていた。
…後ろの彼女達が。
「なっ、なんてお美しい…。」
「アレスを夫にしていなかったら危なかった、同じ魔物とは思えない誘惑だ。」
「あたしもそっちの気は無かったんだけどなんか目覚めちゃいそうだよ。」
「わたしもいつか…あんな風になれるかな?」
「ふふふ、遠慮は要らないのよアレス…触って?」
「断る、彼女達で間に合っているんでな。」
「間に合っているって…私よりも後ろの彼女達のほうが良いって言うの?」
「そうだ。」
ピシッ。
エレンのほうから何かがひび割れたような音がした。
その証拠に今まで妖艶に見せていたエレンの微笑がかすかに歪んでいた。
「ふふ、ふふふ、そう…ここまで精神の強い人は始めてよ…英雄や並みの勇者なら骨抜きにしてるというのに。」
「ならさっさと諦めたらどうだ、目に毒だ。」
「悪いけどここまで来たらもう引けないわ、私にも女としてのプライドがあるもの。」
「じゃあどうする―」
といいかけたとき俺の顔に何かが覆いかぶさった。
変に生暖かい布のような物が俺の視界を遮ったかと思うと途端に皆が騒ぎ始めた。
「リ、リリム様っ?!!」
「そ、そんな…なんて大胆な?!!」
「?」
気になって見てみるとそこには服を脱ぎ捨て全裸になったエレンがいた。
白い肌に大きく実った果実をたゆらせ、その割には身体は程よく締まり、まさに男にとって理想の体型とも言える。
俺はその身体に少しだが美しさを感じ取った。
「な、なんでお前…。」
「さ、さぁアレス…こっちに来てくれたら私をあなたの好きにして良いのよ、いい子にしてくれたら特別に、こ、ここに挿れてもいいのよ?」
そういってエレンは自分の秘部を指で広げて見せた。
プライドが高いのもあってか、薄く綺麗なそのピンクの秘部はまだ誰にも触らせてはいないようだった。
その証拠にエレンは顔を高潮させ、声も少しだが震えていた。
「リリム様…なんてきれいな身体…。」
「あぁ…駄目だ…あたいもうむしゃぶりつきてぇよ。」
「私に男性器が付いてたら射精してるところだわ。」
「…恍惚。」
後ろの彼女達の興奮も限界そうだ。
俺も…そろそろ限界だし…。
俺はそのまま上着を脱ぎながらエレンへと近づいていった。
「あぁ、アレス…やっときたのね。」
「…あぁ。」
「ふふふ、いいのよ…貴方の好きにしていいわ、私を楽しませて?」
「………。」
「アレス…。」
後ろでヴェンの声を聞きながら俺は彼女の身体に触れた。
そして着ていた上着をそのまま彼女に着せてやった。
「え…?」
エレンは訳も分からず羽織られた上着と俺を交互に見た。
そしてそのまま俺は後ずさりした。
「悪いがな…お前がどんなに頑張っても俺はお前を抱こうとはしない、逆に見ていて痛々しくなるからやめてくれ。」
「ど、どうしてよ…私の身体…そんなに魅力が無いの?!」
「俺には無いな。」
ピキッ!
またも彼女からひび割れる音がした。
そして彼女は半ば壊れるように微笑みだした。
「う、うそよ…そう言って、やせがまんしてるんでしょう?…身体は正直だって言うし。」
「お、おい何するんだ?!」
そう言ってエレンは屈みこみアレスの股間へと手を伸ばした。
「ほらここはそうは言ってないんでしょう、今にも盛りきった一物がここに―」
しかし俺の股間をまさぐったエレンの手がぴたりと止まった。
「……。」
「……。」
「…なんで。」
「はっきり言って欲しいか?」
俺は止めを刺すかのようにエレンに言った。
恐らく彼女達にとっては禁句とも言える言葉だ。
「俺はお前を"女"として見れないんだ。」
ガシャンッ!!!
エレンの何かが砕けた音がした。
―――――――――。
その後、エレンは半泣きになりながら捨て台詞を吐き自分の住処へと戻っていった。
流石に可愛そうだったが…そうでも言わないと諦めてくれそうになかったからな。
…でも今度謝っておこう。
ヴェンについてはまた落ち着いてから自分から皆に話すようだ、急かすつもりもないしそれで良いだろう。
師匠も俺に何か言っていたが咄嗟に逃げてきた、あれ以上とんでもないこと言われたら敵わないからな。
そして俺はある部屋の前へと行き扉を叩いた。
コンコン…。
「…どうぞ。」
しばらくしてから返事があったので扉を開け中へと入った。
「すまない、遅くなったな。」
そこには病衣を着たルーがベッドから上体を起こして迎えてくれた。
顔色は良く、相変わらず笑った顔が素敵だった。
「いいや、思ってたよりも早かったよ、でも遅刻は遅刻だ。」
「すまない、本当はすぐにでも駆けつけたかったのだが…。」
「ハンス殿から聞いたぞ、また無茶をしたらしいな?」
「そういうなって、どうしようもなかったんだ…それに自分の子もこの手に抱けないまま死ぬなんて真っ平ごめんだからな。」
そう言ってルーの横に寝かされたワーウルフの赤ん坊を抱き上げた。
抱き上げた毛布の中で眠ってる赤子の顔をのぞくとその子は気持ちよさそうに眠っていた。
「…かわいい。」
「当たり前だろう、私とアレスの子なんだぞ?」
当たり前のようにルーは言ったが俺はその子が愛おしくて仕方が無かった。
ライムの時とは違った別の感動があった、勿論ライムのときもすごく嬉しかったがこれはこれでまた別の思いがある。
「そうか…この子が、俺の娘になるんだな。」
「ふふ、ライムももうお姉さんになるのか…喜びそうだな、ところで名前はもう決まっているのか?」
「勿論。」
俺は抱き上げた赤ん坊の顔を見ながら名づけた。
「この子は…『フー』だ。」
「…え?」
「だから…『フー』だ。」
「…。」
ルーは俺と抱き上げた赤子を見比べた後、盛大に吹き出した。
「あっはははははははっ!!」
「お、おい、ルー、笑うなってこの子が起きちまう!!」
「すまない、でも…くくく…。」
ルーはそれほど面白かったのかお腹を押さえて笑いをこらえていた。
…なんだかあの時と逆になってしまっているな。
「そうか…フーか、私の名前を似せているんだろう?」
「あぁ、お前と一緒でかわいらしい名前だろ?」
「ふふ、そうだな…よかったな?…フー。」
ルーにフーをそっと返し、俺は二人の幸せそうな顔を目に焼き付けた。
…この光景は間違いなく、俺がこの旅をしてきて本当に良かったと思える場面だ。
それを俺は何度も迎えることが出来る…これほど嬉しく幸せに思ったことは無い。
それだけに…命に代えても、この旅は必ず最後まで終わらせなければならないな。
俺が愛した…そして今から愛するであろう彼女達に誓って…。
「そろそろ行くのか、アレス?」
二人に踵を返したところでルーに呼び止められた。
…本当はずっと居てやりたいんだがな。
「あぁ、まだまだやることが多すぎるんだ…でもな―」
俺はルーに振り返り、自分にも言い聞かせながら言い切った。
「必ず戻ってくる、お前たちの夫である限りな。」
そう言って…ルーが微笑み返しながら見送ったのを後にして俺は部屋を出た。
「…?」
ルーの部屋を出たすぐ横には師匠が立っていた。
何かで頷きながらニヤニヤしている顔は先ほどまでの会話を全て聞いていたからだとすぐに分かった。
「…聞いてたのか、師匠。」
「ふふん、アレスはやっぱり私の見込んだとおりの男ね、私も早くあんな風に言われたいな〜♪」
「いきなりすぎて直ぐには決められない、師匠を妻にするかどうかはちょっと待ってくれ。」
「やっぱり鈍ちん…でもいいや、どうせ私も引退した身だしここでのんびり暮らそうっ
と。」
「また勝手なことを…まぁ、良いけどな、相変わらず師匠は自由奔放だな。
」
「そこが私の良いところよ♪…ところでアレス、次の行き先はもう決まってるの?」
「ん?…そうだな。」
そういえば師匠に言われるまで気が付かなかったが特には決まっていなかったな…。
俺が行き先を思案していると先に師匠が提案した。
「だったらさアレス…貴方は次にここに向かいなさい。」
「?」
そう言って師匠は何処からか分からないが地図を取り出してある一点を指した。
そこは地図上には特に地名も無くただ洞窟らしきものがあった。
「ここには何が?」
「ここはね、昔から住んでる私の友人が居るの。…その友人に会ってきなさい。」
「いきなりだな、その友人は俺となにか関係が?」
「直接的なものはないわ、ただ今アレスにとって必要なものが少なくとも二つは手に入るわ、だって―」
師匠はまたニヤつきながら言った。
「―その友人、サイクロプスだもん♪」
…師匠の言いたいことが大体わかった。
15/09/04 23:46更新 / ひげ親父
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