連載小説
[TOP][目次]
第二十一話 アレス専用武器

「しっかし驚いたわよ、まさかマイさんの知り合いが尋ねて来るなんて。」

二人に紅茶を運びながらドワーフの『リコ』はそう言った。

「はい、お待たせ。」
「ありがとうございます。」
「すまねぇな、俺たちまでご馳走になっちまって。」
「いいよいいよ、マイさんにはいつもお世話になってるし、師匠との話が終わるまでゆっくりしていってよ。」

円形のテーブルにそっと置かれた紅茶を二人…グリムとハンスは手に取り、一口飲んだ。
淹れたての紅茶のレモンの風味と程よい甘さで二人はほっと一息つくことが出来た。
そして改めて、二人は周りを見渡す。

「それにしても、すごい量の武具ですね…?」

ハンスとグリムは初めこの洞窟を訪れた時からその異様な光景に圧倒されていた。
剣や槍、斧、鉄槌、弓矢、刀から鎖鎌まで、防具に至っては鎧、兜、盾、篭手、鎖帷子、その他沢山の武具が洞窟の岩肌一面に掛けられている。

…ここがかの有名な「サイクロプスの工房」である。

「まぁね、殆ど昔師匠が作った物だよ、私も真似しながら作ってるんだけど全然上手くいかなくって…ここでずっと修行させてもらってるんだ。」
「はぁ〜、これだけの量を一人でか…しかも一つ一つが恐ろしく精巧に出来てやがる、どれも手を抜いている箇所がひとつもねぇ。」
「彼女達の武器や防具は一級品で扱われますからね、中でも最高傑作のものは伝説の武具として奉られることもあるそうです。」
「魔物が作ったものを神様に捧げるのか?…罰当たりな気がするが。」
「戦利品扱いなのよきっと。…それよりあんたたちと一緒に来たアレスって人なんだけど…。」

リコはグリムとハンスと一緒に尋ねてきた男、アレスが入っていった部屋を向きながらいった。
部屋の扉には『サリアの部屋』と札が掛けられていた。

「確か、彼は自分専用の武器が欲しいって事で師匠に会いに来たのよね…貴方たちも?」
「いんや、俺たちは付き添いさ…そういえば入ってから結構時間が経っているな。」
「いくらアレスさんだからって彼女達相手に強引な取引はしないですよ。」
「…いや、師匠はちょっと癖のある人だからそれで長くなってるのかもね?」
「癖…?」
「会えば分かるわよ、でも師匠…大丈夫かな?」
「大丈夫さ、アレスはそんな野蛮な奴じゃないし…あんたたちなら尚更だ。」
「いや、そうじゃなくて…師匠…ちょっといろいろあってさ、スランプ気味なんだ。」
「スランプ?…何かあったのか?」
「ちょっと複雑でね…だからしばらく休止してたんだけど、久しぶりの馴染みの人の紹介だし、師匠も頑張ってみるって。」
「ふーん、いろいろあるんだな…。」

グリムはそのサリアの部屋へと続く扉を見つめながらつぶやいた。

−−−−−−−−−−−−−−。

「…。」
「…。」

ぬいぐるみやメルヘンなベッド、工房には似つかわしくないほど可愛らしい部屋へと案内された。
俺は今、このサイクロプスの工房の主、サイクロプスの『サリア』と向かい合っている。
無論、ここに来た理由は俺専用の武器を作ってもらうためだ。
師匠にも言われたがこの先丸腰だといろいろと大変だろうと言う事で特別に紹介してもらった、紹介してもらったのはいいんだが…。

「…。」
「…。」
「…ふむ。」
「……。」

…どうやらタイミングが悪かったようだ。
彼女が言うには、自信を無くしたらしい。

「…どうしてだ、これだけすごい武器や防具を作っているのだろう?…防具に至っては俺は一度命を救われてる。」
「…?」
「昔の話だよ…それもあって腕前は俺は評価している、だから武器もお前に作って欲しいんだ。」
「……。」

必死に語りかけるも彼女は俯いたままだった。
あの勇者の攻撃から救ってくれた時から俺は彼女に興味があった。
武器を作る作らないは別に、一目だけでも会いたかったのが本心だ。
その彼女がここまで落ち込んでいるのは、少し気がかりだ。

「そこまで落ち込むなんて一体何があったんだ?…え、失敗?…そりゃあ成功もあれば失敗もあるだろ、それぐらい―」
「……。」
「…母親から継がれた課題?」
「…。」
「そんなに昔なのか?…で、それを失敗したと…え?…失敗じゃなくて別のものが出来た?」
「………。」

…そう言うと彼女は益々落ち込んでしまった。
どうやら、余程ショックな出来事だったらしい。

「そんなに悲観するなよ、そういう時だってあるさ?…それでも俺はお前に作って欲しいんだ、俺専用の武器を。」
「…。」
「そう、殺すのが目的じゃなく多種多様に動けるような武器がいいな…そういう目的の旅をしているっていうのはさっき説明したとおりだ。」
「……?」
「…お前じゃなきゃ駄目だ、頼む。」
「…。」

そして悩んだ末、サリアは−。



−−−−−−−−−−−。



「これ、何に見える?」

唐突にリコは違う部屋へと行き、戻ってきたかと思えば二人の前にある金属の物体をテーブルに置いた。

「あん?」
「ん?」

二人はテーブルの上に置かれたものを見つめる。

「こいつは―」
「これって―」

そして二人は口々に答えた。

「奇妙な置物です。」
「きもいオブジェだ。」
「まぁ…そういう回答出るよね。」

二人の前に出された金属の物体は誰が見ても奇妙と言うだろう。
外面は銀色で山のような形をしており、そこに動物のような顔がまるで今にも這い出ようとしているかのように浮き出ていた。
動物の顔は全部で四つあり、それぞれ『獅子』『竜』『山羊』『蛇』だと見て取れた。
リコは気まずそうにその置物を見つめる。

「お願いだからそれ師匠の前で言わないでね?…これのせいで師匠は落ち込んじゃったから。」
「え?!」
「ということは…これを作ったのはあんたの師匠か?!…いや、俺には芸術っていうのはさっぱり―」
「そういうので作ったんじゃないよ、あたしも隣で見てたからいうけど…これもともとは武器だったんだよ?」

「「はぁ?!」」

二人は驚いてその置物とリコを見比べた。
リコの顔はとても冗談を言っているようには見えなかった。

「昔ね、この辺りで『キマイラ』っていう魔物が暴れていたんだ。」
「キマイラ?」
「確か…魔術によって複数の魔獣が組み合わされた合成獣、『獅子』『竜』『山羊』『蛇』が合わさったのが一般的な魔物です、噂では大昔に退治されたと聞きますね。」
「へぇ…前から思ってたがハンス、お前苦手の割にはその辺のこと良く知ってるよな?」
「い、色々ありまして…で、そのキマイラがどうしたんです?」
「この物体を見て、何か気づかない?」

リコはまるでなぞなぞをするかのように二人に問いかけた。
グリムは首をかしげていたがハンスは思いついたように答える。

「…そういえばこの置物の動物の顔…さっき言った四種の魔獣と一緒じゃないですか?」
「良い所に気がついたね、その通りだよ、だってこれ…その退治されたキマイラ一匹丸ごと使って作られた物だもの。」
「キマイラを丸ごと…、一体どういう経緯で?」

リコは「長話になるよ」と一言加えてから自分も席に座り話し始めた。

「あれは師匠のお母さんの代の頃かな、この辺りで人間によって作り出された一匹のキマイラが現れたんだ、馬鹿な魔術師かじりの人間が作ったせいで制御が利かず、人間はおろか、私たちでさえ手を焼くほどだった。」
「そ、そこまで危険な魔物だったのですか?」
「当時、まだ女性の身体になっていなかったころだからね、私たちも困り果てていた。その時、魔王の側近だと名乗る男が現れたんだ、その男は一瞬のうちにキマイラを退治してくれたの、私も師匠から聞いた話だから詳しくは知らないけど、師匠のお母さんのお母さん…つまり師匠のお婆さんはその遺体を武器にしようと考えたみたい。」
「遺体を丸ごと武器にかよ…すげぇ発想だな。」
「そこまで珍しくは無いわよ、有名な武器だって強力な魔獣の骨や牙で作ったりしてるもの、ただキマイラは当然希少種だけどね。」
「え、でもちょっと待ってください、その師匠さんのお婆さんがキマイラの身体を使って武器を作ったのでしょう?何故師匠さんが関係するのです?」
「普通の素材なら問題なかったんだけど…キマイラは至高の逸材だった、師匠の代まで作成〜加工に至るまで間に合わなかったんだよ。」
「ほぉ…じゃあこいつは代々三世代に続く大仕事だったって訳か、でもどうしてこんなことに?」
「私がここに弟子入りに来た頃はまだ完成じゃなかったんだけどね、でもそんな未熟な私でも分かる、あの工程にひとつもミスなんて無かった、完璧に出来てたはずなんだ、なのに…完成した次の日には―。」
「こうなってたと…そりゃ落ち込むわな。」
「実際の完成形はどんなものなのです?」
「篭手と鎧を併せたような武器だよ、師匠の最高傑作だった。」
「鎧って…武器じゃなくて防具じゃねえか?」
「最初は師匠も無難に剣を作ろうと考えたらしいんだけど、剣じゃ素材の効力が上手く発揮しきれない事に気づいて、100パーセント引き出せるように作ったのが格闘戦用の鎧兼篭手ってわけ。」
(格闘戦用…アレスさんにピッタリだったのに。)

ハンスの思いを余所にリコは話し終えるとそのキマイラの置物を部屋へと戻した。
リコが戻ってくると同時にサリアの部屋と札がかかった扉がガチャリと開かれた。

「待たせたな。」
「おぅ、アレス、待ちくたびれたぜ。」

グリムの呼びかけ通りの相手が部屋から出てくる、その後ろには工房の主サリアがついてきていた。
リコがサリアの元へと駆け寄る。

「師匠、どうでした?」
「…。」
「師匠?え、どうしたんですか?」
「………。」
「えぇ?!じゃ、じゃあ再開できるんですか?!」

…コクン。

「やったぁー!!すぐに準備しますね!!」

サリアの会話?の後、リコははしゃぎながら工房へと入っていった。
それを見ていたハンスとグリムはぽかんとした表情でアレスに尋ねた。

「おいアレス、あのお嬢さんは…今なんて?」
「ん?俺のために武器を作ろうって言ってたぞ?」
「わ、分かるんですかアレスさん?!」
「分かるんですかって…逆にどうしてお前たちは分からないんだ?」

「「……。」」

二人は目を合わせ、改めてアレスは何者なのだろうかと疑問を抱いた。


−−−−−−。

その日の夜、俺はサリアの所で一晩眠ることになった。
近くの宿屋で一泊しようと考えていた俺達にサリアが一部屋余っているから良かったら使って欲しいと言ってくれたからだ。
少々町から離れたところにあったから俺としてはありがたい話だったが、グリムとハンスは邪魔をしたくないと言って町の方へ行ってしまった。
二人からすれば気を利かしてくれたのだがこう露骨だと流石に照れくさくなってくる。
それに第一に彼女が俺を好きかどうかもまだ分からないのに気が早い話だ。

「…。」

ベッドに横たわりながら何気なく天井を見つめる。
天井から壁まで岩肌に囲まれ、崩れてこないように組み木が敷かれている。
こうしていると初めてルカに会ったことを思い出す光景だ。
…その時とは大分状況が違うが。

「…もう寝るか。」

ランプの火を消し、俺は毛布を掛けなおし目を瞑った。
流石に明日すぐには武器は出来ないだろうが、しばらくはここに滞在することになるだろう。
何か手伝えることがあるかもしれないし、ここは早めに眠っておこう。

そう思っていたとき、背を向けていた扉のほうで微かに音がした。

(…?)

静かに扉を開け、気づかれないように閉めたのは見なくても分かった。
そして、そんなことをする人物もおおよそ見当がついた。

「…。」

彼女はベッドの前まで来ると、俺の毛布の中へ潜り込んできた。
俺の首筋に彼女の少し荒い息が掛かる。
彼女はその華奢な腕を俺の身体の前にまで回し、引き寄せるように抱きしめた。
それはまるで何処にも行かないで欲しいと訴えかけているようだった。

「…ふぅ。」

俺は一息つくと彼女へ振り返った。
彼女…サリアは俺と目が合って頬を赤く染めつつも、特別驚いた様子は無かった。

「随分大胆なんだな、もっと奥手な方かと思ったが。」
「……。」

そういうと彼女は少し悲しい目をして、俺の胸に顔をうずめた。
幸いといってか彼女の額の角は短く削られており、邪魔にはならなかった。
そんなどうでもいい事をも思いつつ、彼女を見るも顔は相変わらず目を合わせようとはしない。

「どうしたんだ、いったい?」
「…、……。」
「あぁ、この状況ならそうだろうな、俺が聞いてるのはどうして悲しそうな顔をしてるということだ。」
「…。」
「こっそり夜這いをしてまで俺を求めてるのは分かった、でもお前たちならそんな必要は無いだろう、どうして―」

「…、…………、……?」

「!!」

俺は彼女の言葉に反応して彼女…サリアをベッドに押し倒した。

「…?!」

彼女は急に押し倒されて目を見開かせるが、俺は構わず言葉を続けた。

「誰がお前を嫌いだと言った?…俺は一言もそんなこと言ってないぞ。」
「…っ!」
「目を背けるな、そうじゃなきゃ思いは伝えられない。」
「……。」

顔を背けようとする彼女の顔を俺は両手でがっしりと掴み、向き直させた。
俺と目が合うたびに彼女の声は震えていた。

「……、………、………−」
「単眼だの、化け物だの、俺にとってはどうでもいいことだ、好きな事に変わりは無い。」
「…!……、………!!」
「嘘なんか言っちゃいない、自分で思っているよりも…お前は魅力的だ。」
「……、………。」

話すたびに彼女の単眼の目からは大粒の涙が溢れ出ていた。
声を震わせながらも、涙を流しながらも、彼女は思いをぶつけた。

「……、……、……。」
「あぁ、俺もお前に会ってから…いや、お前の作ったあの鎧を着けてから好きになったと思う。」
「……、……?………?!」
「それなら言い方を変えよう。」

彼女に分かってもらえるように、俺ははっきりと思いを伝えた。

「単眼で化け物で…魅力的なサリアが好きだ。」
「?!?!!??」
「俺の…妻になってくれ。」
「〜〜〜っっ!!」

その言葉の後、サリアに唇を強引に奪われた。
ねっとりと舌を絡ませ、身体を強く抱きしめられるその様は彼女達特有の発情だった。
当然俺はその誘惑に耐えられるわけも無く、すぐに股間を膨らませた。

「……!!!」

俺の名を呼ぶと同時にサリアは着ていた寝巻きをボタンごと引きちぎり大きな胸を露にさせた。そして俺の頭を抱えその胸へと埋めさせる。

「…、……、……!!」

狂ったように俺の名前を叫び、気がつけば彼女の手と腰により俺の一物は彼女の中へと挿れられていた。
サリアは今までの事を吐き出すように俺を求め、貪っていく。
愛液が溢れ出し、胸を大きく揺らし、『大好き!!』という叫びが俺の中に響いた。


俺はそれに答えるように、彼女『サリア』を愛した。



−−−−−。

次の朝。

「昨夜はお楽しみでしたね。」
「ぶふぉ?!」

リコとサリアと三人で朝食をとっていた時に言われた言葉だ。
危うく俺は紅茶を吹き出しそうになってしまった。

「……!」
「あっはっは、ごめんなさい師匠…でもよかった〜、工房も再開できて旦那さんも出来るなんて?」
「…。」

赤くなってしまっているサリアを見てリコは本当にうれしそうにしている。
俺から見るに彼女達はただ単に師弟関係というわけでもなさそうだ。
俺はそんな二人、特にリコに少し疑問に思ったことを聞いた。

「武器が出来上がったらサリアはヴェンのところに送ろうと思うんだが…リコ、おまえはどうするんだ?」
「ん〜?」

食パンを頬張りながらリコは顎に手を当てて考える素振りを見せた。

「そうだね…私も、師匠についていったら駄目かな?」
「ということは、ヴェンの所へか?」
「アレスさんの事はまだ良く知らないから妻になるのは待って欲しいんだけど…いや、師匠が気に入ってるなら多分あたしも好きになると思う、でももう少し待って欲しい。」
「……?」

心配そうに見つめるサリアにリコは笑って見せた。

「師匠、私は何時でも何処でも師匠と一緒がいいんです…まだまだ教えて欲しいことも一杯あるし、どちらかと言えば独立よりも私は師匠のお手伝いがしたいんです。」
「……。」
「それでいいですか、アレスさん?」
「俺の妻になるのは強制はしない、でも俺はどちらになってもリコを歓迎する、お前達の納得出来るように決めて欲しい、必要なら向こうで工房も揃えよう。」
「そ、そんなこと出来るんですか?!」
「ヴェン、お前たちで言うところの魔王様ならそれぐらい簡単だろう。」
「……?!」
「勿論、お金も気兼ねも要らないさ、お前たちさえ良ければな?」
「…師匠!!」
「…!!」

二人は立ち上がって俺の手を掴みながら言った。

「「よろしく、お願いします!!」」

「あぁ、こちらこそよろしく頼む。」

彼女達二人はまるで姉妹のように喜んでくれた。


−−−−−−−−。


場所は変わり、町からサリアの工房へと続く道。

「もうアレスさん起きている頃ですかね?」
「多分な。」

ハンスとグリムは町で朝食を取った後、サリアの工房の洞窟へと足を運んでいた。

昨日二人はサリアの工房からは少し離れた位置にある町へと戻りそこで宿をとった。
そのため、二人は朝食をとった後、昼ごろにアレスたちと合流するようにと昨日決めていたのだ。

「アレスさん、今回もサリアさんかリコさんを妻にするんですかね?」
「いや、ありゃきっとどっちもだな、アレスならやりかねねぇよ。」
「それは…ありえますかね。」

何気ない問いにグリムは少し得意げに言葉を返した。
それを聞いたハンスは少し言い含みながらも苦笑しながら答えた。

談笑しながら二人は、平原の道を歩いていく。

と、不意にグリムは何かを見つけた。

「ん?」

グリムの視界の端になにやら青白く光る物体が見えた。
遠くからでは分かりづらかったが確かに何か大きな鉄の塊のようなものが動いていた。

「グリムさん、どうしたんですか?」
「おい、アレが見えるか?」
「アレ?」

グリムが指す方向を見やってようやくハンスもそれに気がついた。
それは近づいていくにつれてより大きくなり、鉄の塊だと思っていたのは大きな鎧であり、青白く光るのは雷を帯びているからだと分かった。
そしてそれは動いていたのではなく、”歩いていた”。
その向かっている先には−

「グリムさん、これは−」
「あぁ、仲の良いご近所さんって訳でもなさそうだな。」

ハンスは剣を、グリムは武器…銃を構えて戦闘態勢に入った。



−−−−−−。

「えーっと…これとこれとそれとあっ、これももっていこう。」
「……。」

リコは工房内で必要な道具を集め、引越しの準備をしていた。
サリアはアレスのための武器を作成している最中だった。

「しかしすまないな、急な引越しになってしまっただろう?」
「…?」
「いえいえ、どうせそろそろ場所変えないとと思っていましたし、丁度良かったですよ。」
「…そう言ってもらえると助かる。」

俺の心配も余所にサリアは首を傾げ、代わりにリコが答えてくれた。
自分で提案しといて難だが彼女達にとってここの工房は思い出のある場所だったら少し配慮が足りなかったと思っていたのだったが。

彼女達は「私たちの思い出は作った作品だけ、それを壊れるまで使っていただけたらもう満足ですよ、ですから何処の工房でも道具さえあれば続けてられるんです。」
と言ってくれた。
…本当に、彼女達に頼んで良かった、師匠が気に入るのも頷ける。

ズゥゥゥン…。

「ん?」

そろそろ手伝おうかと腰を上げたとき、洞窟の外で…何か音がした気がした。
それは重々しく、しかも小さくだが所々破裂音のような音も聞こえた。

「…?」
「どうしたのアレス?」
「しっ…。」

俺が止まったまま動かないのを見て二人が声を掛けたが俺は口元に人差し指を立て『静かに』とジェスチャーした。

その音はだんだんと近づいていき、それよりも先に誰かがこちらへと慌しく走ってくる足音が聞こえた。

「誰か来る。」
「え?」

リコが聞き返そうする前に入り口の扉が勢いよく開かれ、そこからハンスが飛び込んできた。

「ハンス?!」
「ハ、ハンスさん?!」

ハンスは至極あわてた様子で、所々傷を負っていた。
俺に気づいたハンスが全員に向かって叫んでいる。

「アレスさん、ここは危険だっ…早く逃げてください!」
「何があったんだ?!」
「…外に−」

ハンスが言葉を続けようとした時、入り口付近が轟音をあげ吹き飛んだ。
扉だった物や壁だった物が一斉に崩れ、土埃をあげて撒き散らす。

「なんだ…?!」

衝撃で少し怯んだ身体を起こしながら俺は入り口付近に目を向けた。
土埃があけたそこには−


「グォォォォォッッ!!!」


…色の無い無機質な咆哮を上げ、白い雷を帯びた鉄の巨人だった。



−−−−−−−。


「なんだ…こいつは?」

アレスが見たものは白い雷を纏った鉄の巨人。
その巨人の容姿は最早人間で例えられないほど大きく、そして歪だった。
巨人は天井の組み木を巨体で壊しながらこちらへと歩いてくる。

「くそっ…!!」

アレスは瞬時にその巨人に間合いを詰め、一気に巨人の身体へと飛び掛る。
巨人の身体に拳を叩きつけようとした瞬間、白い閃光と衝撃が走った。

「っ?!」

突如、アレスは反射的に吹き飛ばされてしまった。
なんとか着地するも拳を決めようとした手は少し痺れていた。

(なんだ今のは…魔法か?…カシムの時のような代物だったら厄介だぞ。)

アレスは以前カシムと戦った時の状況を思い出した。
フランを操り、自分の意識関係無く炎の壁を作り出すカシム。
ただその時とは状況が違い、先ほどの力自体には意識は無く、常に纏っているという点から前回のように特攻するというのは得策ではないとアレスは感じた。
元より、炎とは違って弾き飛ばされる以上、アレスは素手では近づけないでいた。

(くそ、そもそもこいつは一体なんなんだ…なぜここを襲う?)

「グォォォォォッッ!!!」

アレスが思案しているのを余所に巨人はこちらへと歩いてくる。
巨人が一歩一歩を踏みしめるたびに洞窟が振動する。
…その足元で微かに動く影があった。

「?!…ハンス!」
「く、…あ、あぁ。」

巨人の直ぐそばでハンスは這いずりながら巨人から離れようとする。
先ほどの衝撃を食らったせいで口からは血を吐き、足もまともには動かせそうには無かった。

「リコっ、サリアっ、俺が奴を引き付ける、ハンスを助けてやってくれ!!」
「…!!」
「わ、わかった!!」

巨人は足元に動くハンスに気づきもせず、その足を大きく上げる。
ハンスはそれから逃れようと這いずるもそれより先に足が振り落ろされる。

「?!…いやだっ…!!」

迫りくる死の恐怖にハンスは身を縮こませ身構えた。
振り下ろされる直前、その巨人の身体に突如鈍い音が響き渡る。

「させるかぁ!!」

アレスは崩れ落ちてきた組み木の柱を持ち上げ、そのまま巨人へとなぎ払った。
数十メートルの長さがあるであろうその柱はアレスの力で重くしなり、巨人の横腹を抉った。
巨人は片足で立っていたのもあり、倒れた衝撃で背中から洞窟の壁へとめり込んだ。

(よし…武器を使えば問題ないらしいな、なら!!)

「今がチャンスっ!!」

リコとサリアは素早くハンスの元へ駆け寄りハンスを洞窟の外まで引きずっていく。

「ぐ…すみま…せん。」
「アレス、今の衝撃でこの洞窟が崩れかかってるかもしれない、あまり長居はしちゃ駄目だよ!!」
「分かった、ハンスを頼む!!」
「…、……!」
「ああ、分かってるさ。」

「グゥゥ…グォォッッ!!!」

アレスを心配そうに見つめながら、ハンスを連れた三人は洞窟の出口へと向かっていく。
それを阻止しようと巨人は起き上がり手を伸ばすがその身体に先ほどの柱が突き立てられ更に深く壁へとめり込んだ。

「?!」
「…お前はこっちだ。」

巨人の前にアレスが立ちふさがり、アレスを敵と認識した巨人が立ち上がる。
立ち上がった巨人をアレスは大きく見上げる形になる。

「グォォォォォッッ!!!」

巨人は感情の無い大きな咆哮を上げアレスを威嚇する。
だがアレスは臆せず、近くに落ちていた斧を二つ拾い上げ両手に構える。

「さぁ、始めようぜ?」

アレスは不敵に笑って巨人へ飛び掛った。



−−−−−−。

「戦況はどうなっている?」

洞窟より少し離れた丘で三人が洞窟での騒動を静観していた。
煌びやかな軍服を着た男と白衣を着た男、そしてローブに身を包まれた女。
白衣を着た男は洞窟の様子を望遠鏡で覗きながらしきりにメモしている。
軍服の男の質問に白衣の男はメモを止めずに答える。

「詳しい様子は分かりませんが、直ぐに出てこない事を考えると洞窟内で暴れているようですな、大方目標のサイクロプスが逃げ回っているのでしょう。」
「大丈夫なのか、もし洞窟が崩れでもしたら…。」
「一応崩れてもあれほどの洞窟程度でしたら自力で這い上がる程の力はありますよ、まぁその辺のデータも今回で取る予定ですがね。」
「…。」

軍服の男の不安を余所に白衣の男は興味なさげに答え、メモを取っていく。
後ろにいるローブの女は微動だにせずそのまま二人の後ろにたたずんでいた。
軍服の男がため息をつくと話を続けた。

「しかし…あんな洞窟一つに『タイタン』を使用するとは大臣のゼネラルは何を考えている?」
「どうもあの勇者様が立案されたらしいですが、まぁ確かに…あの洞窟に住んでいるサイクロプスは厄介ですからね、奴の作る武器はどれも強力なもの…教団のお偉い様達はそれで身を固めているとか。」
「ふん、何が女神様の使いだ…結局は自分の保身が一番なのではないか、反吐が出る。」

軍服の男が忌々しそうに吐き捨てると望遠鏡を覗いていた白衣の男に変化が見られた。

「おや、誰か出てきましたね…先程の剣士と…ドワーフとサイクロプスですか…。」
「サイクロプス…先ほど言っていたあの洞窟の主か?」
「ふむ…興味深い。」

白衣の男はメモを取るのをやめ、顎に手を当て何かを考え始めた。
時折何かをぶつぶつ言いながら考えるその様子を軍服の男は訝しげに思いながら尋ねる。

「なにが…興味深いのだ?」
「いやね…あのタイタンの攻撃目標はサイクロプス"だけ"にしてあるのですよ、それをいとも簡単に逃がしてしまうとは…実に興味深い。」
「それは知っておる、単に中で撒かれたのであろう、洞窟の中では身動きはあまりとれんだろうからな。」
「先程の剣士は負傷し二人に引きずられながら出てきた、これを見逃すほどタイタンは間抜けではありませんよ、それにもかかわらず無傷で出てこられた、つまり−」
「…タイタンが足止めされていると?」
「タイタンには防衛本能があり、自分の脅威となるものが現れた際にそれを優先的に排除する傾向がデータで取れていますから、何者かが洞窟内でタイタンと戦っている…そう考えるほうが自然ですな。」 
「ふぅむ…運悪くエリートの魔物でもいたか…まぁそれも良いデータが取れるのではないか?」
「えぇ…あのタイタンを恐れさせるほどの力…ふふっ、とても興味深い。」

軍服の男が溜め息混じりに言う言葉に対し、逆に白衣の男は口角を上げ楽しそうに答えた。


−−−−−−−−−−。

今にも洞窟内が崩れそうな中、鈍い金属音が鳴り響く。

「だぁぁっ!!」

アレスは持っていた大剣を勢いよく巨人の肩へと振り下ろした。
鈍い金属音が鳴り響き、一瞬巨人の身体が傾くが切り裂くどころか凹みもしない様子に巨人は難なくその剣を振り払う。

「ちっ!!」

苛立ちを抑えられず舌打ちをしながらアレスは距離をとる、持っていた大剣を捨て今度は壁にかかっていた大きな鉄槌を外し両手に携える。

「なら…こいつならどうだ!?」

アレスは両手に持った鉄槌を円の動きでぶんぶんと振り回し、そのまま巨人の横腹へと激突させた。
鉄と鉄がぶつかった様な激しい轟音が鳴り響くが巨人はその攻撃を予測していたのか両足でぐっと踏ん張り、その鉄槌を受け止めた。

「グゥゥゥゥッ…。」
「せめて倒れるとかしろよ…。」

自嘲気味に呟くアレスを鼻で笑うかのように巨人は持っていた鉄槌をその豪腕で握りつぶした。
鉄槌だったものを捨てると巨人は拳を作りアレスの頭目掛けて振り落としてきた。

「くそっ!!」

アレスは咄嗟に後ろに飛び攻撃を回避する、アレスの立っていた場所にはその巨人の腕が振り下ろされ揺れと共に一部地面が砕かれる。

「グォォォォォッッ!!!」
「さて、そろそろやばくなってきたか…?」

アレスの表情には若干の焦りが見えた。
それもそのはず、今のアレスにはもうほとんど打つ手がなくなっていた。
魔法によって近づけないため得意の拳も『オーダー』も当てられず、幾多の武器を使うも巨人には有効打を与えられない。
元よりアレスは格闘戦を好むため武器を扱えるといっても達人ほどではなく、サリアの強力な武器も全力には使用できなかった。
そういうときに限り、武器でしか攻撃できない敵と出会ったアレスは…自分専用の武器が必要といったマイの言葉の意味を初めて理解していた。

(尤も…武器が出来てから出会いたかったがな…。)

「グゥゥゥゥッ…!!」

アレスはとにかく何か武器を探そうと辺りを見回していると巨人が急にうなり声を上げ背中を曲げ蹲った。

「なんだ…?」

アレスが注意深く観察すると、巨人は蹲っているのではなくまるで何かを溜めている動作だと気が付いた。
すると巨人の身体から白い雷が放電し始め、それは瞬く間に大きくなっていく。

(しま−)

「グォォォォォッッ!!!」

アレスが目を見開き、回避する束の間…巨人が大きく手を広げた。
その瞬間、閃光が洞窟内を照らし白い雷が放射状へと広がった。
それはまるで大きな獣が咆哮したかのような衝撃音。

「っ?!」

洞窟内は雷撃により爆散し声を上げる暇も無くアレスは衝撃で後ろへと吹き飛んだ。
吹き飛んだ先には偶然にも扉があり、扉ごと破壊しながら部屋へと転がり込む。
ゴロゴロと身体を打ちつけながらアレスは作業台にぶつかりようやく勢いは止まった。

「あがっ…。」

衝撃により洞窟が一部崩れ、天井から石やら砂利が落ちてきた。
背中からぶつけたアレスはしばらく身をこじらせ、咳き込むしかなかった。

「ゲホッ…ゴホッ…。」

ようやくアレスは蹲りながら立ち上がった。
周りには崩れてしまっているが金床やら精錬所といった設備が見えた。

「ん?…ここは…工房か?」

作りかけの武器も見つけ、ここがサリアの言っていた工房なんだろうとアレスは見切りを付けた。

しかし、ゆっくりしている暇も無く追い詰めるように部屋の外ではあの巨人がこちらの部屋へと近づいてくる足音が聞こえた。

「くそっ…何かないか…武器になるものが何か…?」

武器を探そうとアレスが見渡すと先程ぶつかった作業台の上に目が止まった。

「…!」

作業台にあったもの…それは−







− 四頭の魔獣を持つ鎧だった −










−−−−−−−。

洞窟を出た直ぐそば。
怪我をしたハンスをサリアとリコが応急手当をし、グリムが洞窟を警戒していた。
いぜんとして洞窟は巨人が暴れているであろう揺れが起きていた。
グリムは忌々しそうに洞窟を睨みつけるしかなかった。

「アレスの奴大丈夫だといいが…。」
「ここからじゃわかんないけど…それより助けに行かないの?…このままじゃアレスが−」
「戦ってみたんですが…僕達では歯が立たなかったんです、今行ってもアレスさんの足手まといにしかなりません、それに今回はアレスさんの得意の素手が効かない相手です…何か打開策を考えなくては。」
「なにも出来ないのが腹立たしいぜ…とりあえず今は何が起きても動けるようにしとけ?」
「……。」
「…今ならあんたが何を言ってるかは分かる気がするよ、でも信じるんだ…あんたの旦那はそうヤワじゃないってな。」
「…。」

そんな会話を続けていたとき、洞窟に変化が起きた。
揺れが治まり、音も無くなりシンッ…と静かになった。

「なんだ、どうしたんだ?」
「揺れも無くなってる…どうしたんだろう?」

全員が洞窟に注目していると、唐突にそれは起きた。
何か大きなものが砕き弾いたような轟音、それとともに大きな黒い塊が洞窟から勢いよく飛び出した。
その塊は鉄の破片やらガラクタやらを撒き散らしながら地面を転げ周り、しばらく進んだところで止まった。

「な、なんなんですか…あれ。」
「もしかしてあれって−」
「皆騒ぐなっ、まだ奴は動いてるぞ!!」

グリムの言葉に三人はハっとなってその塊を注視した。
大きな黒い塊と思っていたのは紛れも無く先程の巨人だった。
巨人は吹き飛ばされた衝撃で身体のあちこちが砕かれ、胴体からは機関部らしき内部が見えてしまっていた。
白い雷が不規則に放電し、巨人はよろよろと立ち上がろうとする。

…その巨人に向かって何かが洞窟から飛び出し、巨人に噛み付いた。
洞窟から飛び出したのは銀色に輝く『蛇』の頭だった。

「こ、こんどはなんなんだ!?」
「…!!」
「あ、あれはまさか?!」

二人には分からなかったがサリアとリコにはその銀色の蛇に見覚えがあった。
それは紛れも無く、自分たちが作り上げた最高傑作の一部だった。
使用できるはずのない武器が、今まさに二人の前で戦っていた。

巨人に深く噛み付いた蛇はそのまましなるように洞窟の中へと巨人を引き寄せる。
巨人はなすすべも無く洞窟の口へと引きずり込まれ、姿が見えなくなった途端、先程と同じ鉄を砕くような轟音が鳴り、今度は巨人の身体はバラバラに吹き飛んだ。
歯車や部品やらを撒き散らし、無差別に白い雷を放出させる。
やがて、最後に残った腕がボトリと落ちると巨人は完全に動かなくなった。

先程の騒ぎが嘘のように辺りは静まり返った。

「…!!」

三人が事態に追いつけず呆気にとられていたがサリアだけは一人洞窟へと駆け寄って行った。
洞窟の中は暗くまだ土煙が上がっていた為、遠くからでは分からなかったが彼女が洞窟への入り口までたどり着いたとき、その姿を現した。

「サリア、落ち込む必要なんてない…お前は−」

右手に『獅子』、左手に『蛇』、両肩に『山羊』、背中に『竜』。
その四頭の魔獣を象った銀色の鎧をアレスは身に纏い、言い放った。


「−文句の付けようがないっ、最高の女だ!」


自分の最高傑作が目の前で蘇り、それを最高と評価してくれた夫。
サリアはこのとき初めて−

「……はい。」

−アレスの前で嬉しそうに笑った。

16/08/22 01:40更新 / ひげ親父
戻る 次へ

■作者メッセージ
はい、長らくお待たせしました。
ここで補足なのですがアレスの今回の武器は鎧というより胸当てに篭手と背中に竜の羽が畳んであるみたいなイメージです。
勿論…キマイラちゃんはちゃんと出てきますからキマイラファンの方はご安心ください。
長らく待ってくださっていた方々、お待たせいたしました。
進行ペースは相変わらず遅いですが、何とか頑張っていきます。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33