サクッ…サクッ…サクッ…。

灼熱の太陽がジリジリと大地を焦がし、見渡す限り黄金を敷き詰めたような広大な砂漠が広がる。
水も無く、乾いた砂だけが足元に存在するこの世界の真ん中を俺は歩いていた。

「行ってみたものの…何もいないな。」

流石に選んだのを辺境の地にしすぎたかと少し後悔した。
…こんなことなら素直に魔界の近くに送ってもらったほうが効率が良かったのかもしれない。
いや、今更言っても仕方ないか…。
実際ここには来なくてはならなかったし、遅いか早いかの違いだろう。
俺は頭の中で一人、言い訳をしながら歩き続けた。



…。



…どれくらい歩いたかはわからない、ずっと同じ景色ばかりだから感覚を失う。
なにか目印でもあれば良いがそんな都合の良いものは現れてはくれない、良くて蜃気楼ぐらいだろう。
ヴェンから貰った地図によればこのまままっすぐに行けば町に着けると言っていたが現在地がわからないんじゃどうしようもない…コンパスも一応あるがこの辺りは磁場が強いために使い物にならなくなっている、今は俺の方向感覚だけが頼りらしい。
…道を外れてなければいいが。



「…？」

ふと、目の前の砂が一瞬だけ盛り上がった気がした。
虫かとも思ったがそれにしては大きい…そして今度は俺の見ている前で砂が盛り上がった。
さっきより近い…それどころか段々とこちらに近づいてくるようだ。
俺は確信的な何かを予感する。

「…やっとか、待ちくたびれたな。」

俺は地面に手を置き、地中の中の様子を探ってみた。
…地中の中を何かが動いている、そして“それ“は丁度俺の背後で止まった。
俺は振り向かず、じっと屈んだまま待ちつづけた。

「…。」
「…。」
「…。」
「…はぁ。」

ザバァッ!!!!

息を吐いたのと同時に後ろの砂の中から巨大な影が飛びかかってきた!

「っ!!」

反射的に振り返り、サラシで巻かれた彼女の両手首を掴んだ。
…その右手には紫の液体が塗りたくられたナイフが握られており、それを横目に見ながら尋ねた。

「一応聞いておくが…本当に殺す気はないんだよな？」
「…無論。」

アメジスト色の瞳を一切逸らさず、静かにそう言った。
彼女は砂にまみれていたとは思えないほどの綺麗な褐色の肌に薄いエメラルドグリーンの髪をしていた。
そしてその容貌は口を布で隠していたにもかかわらず…美しかった。
思わず魅せられていると不意に彼女の目が笑った気がした。

「…呑気。」
「なに…うぉわっ?!」

急に足を何かに引っ張られ、俺はそのまま仰向けに倒れてしまった。
見ると彼女の下半身はサソリのような形になっており、二つのハサミが俺の両足を挟み込んでいた。

(くそっ…サソリ型の魔物娘か…!!)

今更だがようやく彼女の全体の姿が見えた。
彼女達だということは辛うじて分かるが…どんな魔物かは分からない。
こんなことならヴェンに教えて貰うんだった、分かるのはサソリのような特徴で―。

「まて…サソリだと?」

サソリの特徴を思い出し、恐る恐る彼女の背後を見るとゆらゆらと長い尾をチラつかせていた。
…当然のごとく、その尾の先には反るようにして鋭い毒針が付いていた。

「…覚悟。」

彼女は躊躇いもなく尾に付いた毒針を俺の身体目掛けて突き刺してきた。

「くそっ!!」

咄嗟になんとか上体を横に反らして毒針を避けた。
毒針は地面に突き刺さったもののすぐに抜かれ、また俺に目掛けて突き刺してくる。
それを今度は反対に上体を反らして毒針を避ける。

「…無謀。」
「あがっ?!」

無駄なあがきと見た彼女が俺の首を手で押さえつけた。
振りほどきたくても彼女の足が伸し掛って動けない、辛うじて片手は出せるが片手だけじゃどうしようもない。
彼女の尾がゆらゆらと揺れ、俺の身体に照準を合わせた。

「…勝機。」
「…イチかバチか―」

俺は辛うじて出せた片手で腰に付けてあった瓶を取り外し、一気に中身を飲み干した。

トスッ!!!

「ぐっ…?!」

それと同時に彼女の毒針が身体に突き刺さり、俺は動けなくなった。
毒の効果は凄まじく…指一本動かすことができない、身体中…主に下半身が熱を持ったように熱くなっていった。

「んっ…ふぅ…捕獲。」

身体に針が刺さる瞬間、心無しか彼女は頬を赤らめた気がした。
動けなくなった俺を彼女は抱きかかえ、何処かへ向かおうとする。

「…帰還。」

六本の足を器用に使い、彼女は砂漠を疾走した。





…。


「あれは…？」

砂漠を歩いている途中、向こうで何かが横切っていくのが見えた気がした。
気になって望遠鏡を取り出して覗いてみると、ギルタブリルらしき魔物が大事そうに何かを運んでいる。
よく見るとそれは人の形をしていて、思わず望遠鏡から目を外した。

「まずい、誰か襲われたんだ…早く助けに行かないと!!」

目的の場所までのルートが逸れてしまうが…そんなこと言ってる場合じゃない。
僕は望遠鏡をカバンに直して、ギルタブリルが逃げていった方へと走っていった。




…。


しばらくした後、彼女は日も当たらない下へと掘り進められた洞窟に入っていった。
簡易な生活器具がある所を見るとここが彼女の住処らしい、彼女は抱えた俺を地面に敷かれた布の上へと寝かせた。

「見かけによらず随分律儀なんだな、その場で襲うとばかり思っていたが。」
「…光栄。」
「いや、褒めてない。」

彼女は器用にハサミで俺の服を剥ぎ取ると、露わになった俺の上半身をみてウットリとした目になる。

「魅惑…。」
「そりゃ…どうも。」

俺を気に入ったのか彼女は息を荒くして興奮し、俺のズボンへと手を掛けようとした。

「…限界。」
「その前に―」

俺は隙を突いて彼女の両手首を掴んだ。

「…?!」
「よっ!!」

そのまま懐へと入り、下半身もろとも彼女を隣へと押し倒した。
馬乗りになる俺に彼女は驚いて目を見開く。

「…驚愕?!」
「どうだ、こんなところで先手を取られたことないだろ、…それにしてもほんとに効くんだなこいつは？」

俺は改めて手に持っていた空の瓶を見つめた。
最初はヒヤッとしたが徐々に身体の自由が戻ってきた時はほんとに驚かされた、流石ヴェンといったところか…。

「…不覚。」
「おっと動くなよ、この状況はお前だってわかるだろ…下手な真似するなよ？」
「…無念。」
「安心しろ、危害は加えない…ただちょっとな。」
「…？」

俺は徐に彼女の口に付けてある布を取り払ってみた。
…そこから想像もつかないような綺麗に整った顔立ちが現れる。

「…?!!??!」
「やはり美しい…ってどうした？」

布を取るや否や彼女は一瞬で顔を真っ赤にさせて背けた。
何事かと俺が覗き込んでいると、ボソリと呟いた。

「…羞恥。」
「なんだ恥ずかしいのか、こんなに綺麗なのに…唇だってふっくらと柔らかそうだぞ？」
「…悪意。」
「そんなつもりは無いんだが…可愛いところもあるんだな。」


恥ずかしそうにする姿を見て、俺は堪らず彼女が愛おしく思えた。
少し彼女を知ってからと思っていたがそんなことをする必要もないみたいだ。
彼女なら…いや、彼女じゃなきゃ駄目だ。
俺は自分の思いを伝える為に彼女の目を見て話した。

「お前の名前、なんていうんだ？」
「…リルル。」
「じゃあリルル、俺の妻になってくれないか？」
「…！」

彼女は俺の言葉を聞いて頬を赤らめたが、同時に少し警戒したように見つめてきた。

「…虚言。」
「嘘じゃない、お前に惚れたんだ…少し俺は特殊なんだが、それでもお前を妻にしたい。」
「…特殊？」
「あぁ、先にそっちを話した方が良いか？」
「…。」

俺の言葉に彼女は少し考えたあと、何かを落ち着かせるように息を吐いて言った。

「…不要。」
「え―？」

聞き返そうとすると彼女は俺の首に手を回して抱き寄せ、唇を奪った。
柔らかい感触が口に触れ、少しいやらしめな気持ちにへとさせる。

「んっ…ちゅ…。」
「ぷはっ…一体どうしたんだ？」

急なことで俺が驚いていると彼女が妖艶なオーラを出して迫ってくる。

「…誘惑。」
「それは、承諾ってことで良いのか？」
「…愚問。」

彼女は続きと言わんばかりに俺のズボンを脱がせ、いつの間にか盛っている俺の肉棒を見てうっとりとさせる。

「…期待。」
「はは…俺も我慢できそうになさそうだ。」

俺は彼女の胸の衣服をずらし、褐色の肌をした乳房に吸い付いた。
舌をなぞらせるたび、彼女の身体が魚のように跳ねる。

「んっ…恍惚♪」

興奮し切った彼女が俺の肉棒を忙しなくしごき始める、秘部と思われる部分からは触りもしてないのに愛液が滴り落ちていた。

「じゃあ、そろそろ挿れるか。」

彼女の秘部に肉棒を当てがけ、そのまま一気に中へと挿入した。

「んん…、ん…っ!!」

目を瞑り、必死で声を出さないと両手で口を抑えるリリル。
ヌルリとした感触が伝わり、有無を言わせない快楽が俺を支配する。
それに導かれるように夢中で腰を振り続けた。

「どうした、もっと可愛い声出してもいいんだぞ？」
「…。」

トスッ!!

「あだっ?!」

恥ずかしさ紛れなのかリルルは俺の背中に尾の毒針を突き刺した。
毒が効かない分、少し痛い…。

「何するんだよ…。」
「…愛情。」
「嘘付け！」

トスットスットスッ!!!

「いだだだだだだっ!!」
「ぁ…快楽♪」

リザとは別の意味でかなり特殊な性癖らしい。
刺される趣味は無いんだがな…。
そう言いながらも俺は彼女を犯し続けた…背中を穴だらけにされながら。




…。


「はぁ…はぁ…やっと…見つけましたよ。」

ようやく連れ去ったと思われる巣穴まで到達することができた。
中の様子は分からない、でも何かいそうな気配はしている。
ここは慎重に…近くに隠れて魔物が出てくるのを見計らって助け出そう。
…運良く出てきてくれると良いんですが。

そう作戦を立てて張っていた時だった。

「…え?」

驚くことに巣穴から出てきたのは襲われていたはずの男性だった。
背中を痛そうにしているものの特に外傷は見られず…すこし疲れたふうに歩いていく。
男性が去った後、驚いて中を確認すると魔物の姿は無かった。

「ど、どうなって…？」

全く訳が分からない…ここにギルタブリルが入って行ったことは確かだ。
魔物を無傷で倒し…それも死体も残さずに消すなんて。
どうやったかは知らないが…魔物の命を奪ったのは確実。
なんの罪もない…魔物を…。

「正当防衛とはいえ…許す訳にはいかない。」

僕は怒りに震え、腰に指してある剣に手を伸ばした。


…。


「くそっ…リルルのやつ、まだ痛いぞ…。」

背中を摩りながら俺はまた目的の地へと歩き始めた。
あの後、事情を話してヴェンの元へ送るまでに彼女に何十回と刺され続けた。
彼女曰く『愛情表現』と言っていたが絶対嘘だ…俺は認めないぞ。
まぁ、俺も違う意味で挿してる分お互い様だとは思うがそれにしても痛い。
…彼女と交える際は薬はなるべく使わないようにしよう。


「さてと…ここらへんにするか。」

少し歩いたところで俺は適当な地面へと座り込んだ。
もう日も傾きかけているし、暗くなるまでに食事の準備をしよう。
俺はルカから特別に作ってもらった簡易式テントと調理器具をカバンから取り出した。
テントの骨組みとなる筒型の金属パイプを組み立てる、このパイプはルカが特別に作ってくれたもので三段階に縮小できる優れものだ…おかげでカバンにかさ張ることなく入れることができる。

「あとは…これを―」

あと一本を組み立てて完成という時のことだった。

「てやあぁぁぁっ!」
「？」

奇声がしたかと思うと、向こうから青年が剣を抜いてこちらへと走ってきた。
俺は特別驚きもしないまま最後のパイプを拾い上げる。

カキンッ!!

振り下ろしてきた剣を持っていたパイプで受け流した、耳を痛めるような金属の高い音色が辺りに響きわたる。
太刀筋から見てそこそこの剣士らしい、急所を外してきているということは殺す気はないということか。
俺は構えもせず青年に話しかけた。

「おい、食料に困ってるなら言え、少しなら分けてやれる。」
「別に強盗に来たわけではありませんよ…ただ、貴方を許すわけにはいかない。」
「…一体何の話だ？」
「罪もない命を奪っておいてとぼけるなっ!!」

青年は怒鳴り、またもや剣を交えてくる。
受け流しをするも青年の言葉に俺は戸惑いを感じた。

「おい待てっ、俺が誰を殺したって言うんだ？！」
「シラを切るなっ、さっき貴方は魔物…ギルタブリルを殺した!」
「ギルタブリル…もしやリルルの事か？」
「確かに貴方は襲われてパニックになっていたかもしれない…でも魔物達は人間を殺そうとなんて思ってはいない、殺すなんて全部教団が言ってる嘘だっ、それを貴方は―!!」
「そういうことか…やっと話が通じた!」

俺は機を見計らって振り下ろした剣にパイプを思い切り叩きつけた。

「っ?!」

折れはしなかったが剣に大きな振動が伝わり、青年の腕が一時的に痺れた。
その隙を突いて俺は腹に蹴りをいれ、膝を付かせる。

「くっ…よくも!!」
「いい加減に人の話を聞け、俺は魔物を殺してはいない…今もこれからもな。」
「だったら…あの魔物は何処へ消えたと言うんです?!」
「俺が転移魔法である場所へと送ったんだ。」
「転移…？何処へです？」
「答えても良いがまずお前に確認する事がいくつかある。」
「…。」

ようやく青年はこちらと話せるほどにまで落ち着いていた。
話からしてこいつは魔物に対しては友好らしい、上手く説得出来るかもしれない。
俺は彼が本当に信用できるかどうか確かめることにした。

「お前はさっき俺に言ったな、魔物が人間を殺すというのは教団の嘘だと…どうしてそう思う？」
「私はこれまでに色んな所を旅してきました…親魔物領や魔物の住処にも立ち寄ったことがありますし、何度か襲われかけてはいますが彼らは命を奪おうとまではしてきません。」
「なるほど…じゃあどうしてお前は魔物のために剣を振るんだ？」
「…魔物だって人と同じように生きています、それを人の身勝手で血を流すのは耐えられません。」
「大した正義感だな…どっかの誰かを見ている気分だ。」

それが自分というのは口が裂けても言わないが…。
青年は立ち上がり、またもや俺に剣を向ける。

「さぁ答えましたよ、次はあなたの番です…話してください。」
「最後にもう一つ…俺からその場所を聞いてどうするつもりだ？」
「勿論、助けに向かいますよ…貴方を倒したあとに。」
「あの魔物はお前にとって赤の他人だろう、どうしてそこまで？」
「それはさっきも言ったはずです、…私は人と同じように魔物も助けたい。」
「本当にそれだけか…？」
「個人的なものもありますが…貴方に言う必要はありません。」
「…。」

青年の眼差しを見る辺り、嘘はついているようには見えない。
…これ以上話を長引かせても怒らせるだけだ、信用してみよう。

「…わかった、教えてやるよ…場所はな―」
「場所は？」

俺は包み隠さずそのままの意味で伝えた。

「―魔王城だ。」
「……は？」





…。





「つまり…あなたの話を整理すると魔王『ヴェン』は本当は生きていて貴方に魔物達を救うべく協力を依頼し、貴方はそれを快諾して魔物…彼女達でしたっけ？…を妻にするために旅をしている、先程のギルタブリルは妻にしたので魔王の元へ送ったと…間違いありませんね？」
「あぁ、その通りだ…そしてここまで説明するのにお前に２、３回切られそうになった挙句、準備も出来ないまま夜になったんだぞ？」
「だから僕も手伝ってるじゃないですか…ほら、火が付きましたよ？」

あれからなんとか上手く説明して、こいつが理解した頃にはもう夜になっていた。
今ではテントの前で座り込み、火を起こしてその上で肉を炙り焼きにする。
…もっとちゃんとした料理を作りたかったのだが時間がなかった。
肉を分けてやろうと俺が差し出すと、『自分のがありますから』と青年は断った。
彼は袋からパンとベーコンを取り出し、ベーコンを少し炙ったあとパンに挟んで食べ始めた。

「改めて…先程は失礼いたしました、僕は『ハンス』といいます。…流れで色んな所を旅している剣士です。」
「アレスだ、ところで剣士と言っていたが…修行のために旅を？」
「それもありますが、いずれは人間と魔物が協力できるような世界にするためというのが一番の目的です。」
「それを一人でか…すごい目的だな？」
「大したことはできませんが…今まで魔物を倒そうとする教団や勇者を追い払ったり、人間の街を攻め込もうとする魔物達を説得したりしています、ほとんどは前者ですが。」
「で、効果はあったのか？」
「わかりません…ですがいつかは皆分かってくれると思います、そしていつかは争いのない平和な世界が訪れると信じています。」
「…そりゃすごい。」

ハンスは熱意の目を持って俺に勢い良く語ってくれた、だが俺はそれに賛同はしても関心はできなかった。
それに平和論か…途端に胡散臭くなったな。

「で…世界を救って英雄にでもなるつもりか？」
「そこまで愚かではありませんよ、でも誰かが立ち上がらないと…それに、それはアレスさんとて同じでしょう？」
「少し違う、ヴェンの頼みというのもあるが俺は自分の意思で旅をしている…いろいろな問題も多々あるし、教団も馬鹿じゃない、彼女達も必ずしも協力的というわけでもないし、この旅は誰に褒められるものでもない。」
「…アレスさんはさっきから何が言いたいんですか？」

疑うような眼差しを向けるハンスの問いに、俺は少し厳しめに答えた。

「俺が思うにな…お前の目的ははっきり言って薄っぺらい。」
「なんですって…!？」

俺の答えにハンスは耐え切れなく立ち上がって俺に掴みかかってきた。

「アレスさん、言って良いことと悪いことがありますよ!!」
「どこが悪いんだ？お前の言ってることは全部理想論でしかない、綺麗事を並べて…自分を正当化しているだけだ。」
「…理想を求めて、何が悪いって言うんですか?!」
「じゃあ聞くが、魔物と人間が共存できたとしてほんとに世界が平和になるという証拠は？」
「それは…わかりません…でも―!!」
「一番手っ取り早い世界平和は教団に加勢することだ、そうすれば魔物との戦いもすぐに終わって奴らの言う平和が訪れるだろう、良くも悪くもな。」
「そんな…犠牲の上に成り立っている平和だなんて僕は嫌です!!」
「じゃあさっきお前が言った理想の平和ってやつは何の犠牲がないとでも言うのか?」
「?!!」

ハンスは俺の言葉にハッとなって俺の胸ぐらを掴んでいた手を解いた。

「だから言っただろう、お前のは薄っぺらいってな…。」
「…。」
「平和だのなんだのってのは教団の狂言だけで十分だ、それだけに人間も彼女達の多くも血を流しすぎている。」
「ではアレスさんは…平和を望んでないと？」
「そこまでは言ってない、俺も彼女達との共存を望んでいる以上争いがないことが一番だ、だが俺の旅の目的でそれは副産物にしか過ぎない。」
「じゃあ、あなたは一体…なんの為に戦っているんですか?!」
「俺か…俺は“自分の妻達“の為に戦っている。」
「妻…達？」

目からウロコが取れたかのようにハンスは息を飲んで俺の言葉を聞いていた。
…確かに俺は彼女達のために命も張れる覚悟だ、そのことに偽りはない。
だが、現実はそう甘くもないんだよ。

「悔しいが…ヴェンの協力があっても俺だけの力では全魔物を助けることはできない…だからせめて俺は自分の妻を…大切な人達だけは守りたいんだ。」

その言葉を言った時、俺の脳裏でエルザの顔が浮かんだ。
もし俺に力があれば彼女も、彼女の母親も、その村も助けられたはずだ…だが俺は助けられなかった、たとえこいつの言う平和な世界ができたとして…エルザの悲しみは一生晴れることはない…それは他の者たちとて同じだ。
少し恍けていたハンスが頭を振って戻り、話を続けた。

「どうしてアレスさんは…僕にそんなことを？」
「お前は昔の俺によく似ている、信じればなんでも成し得ることができると思ってた時にな、お前には俺のような馬鹿になって欲しくない。」
「…。」
「だがお前は見込みのある馬鹿だ、そして運も良い。」
「え…？」

驚いたハンスの目の前に俺は手を差し出した。

「お前の理想は叶えられるものではない、だが近づけることはできる…ヴェンと彼女達の協力があればな。」
「え?!ですがさっき…！」
「お前の考え方が間違っているだけだ、争いのない平和な世界を求めるんじゃない、そういう世界を『創る』んだ。」
「世界を創る…？そんなこと―!!」
「できるさ、少なくともお前の理想論よりは分厚いぞ？」
「一体どうやって?!」
「『魔王』が『世界征服』すれば出来るだろうな？」
「あ…!!」

そこまで言ってハンスはようやく気がついてくれた。
そう、俺は一人で旅している訳じゃない、ヴェンという協力者がいるんだ。
今まで世界を変えてきた魔王だからこそ、そしてあいつの想いがあるからこそ今俺はここにいる。

そして今―

「そこでお前に提案がある、俺と一緒に旅をしないか？」
「…え?!」


それを手助けるように『同志』が目の前に現れた。


「あんなこと言っておいてだが…お前の理想も嫌いではない、そういう馬鹿な考えは俺もしているからな。」
「ですが…僕らは今日会ったばかりですよ？」
「お前は彼女達の為に全力で俺に立ち向かってきた、それだけで想いは充分伝わった…だから俺はお前に事情を話したんだ。」
「アレスさん…まさか最初から…？」
「俺たちは目的は少し違うが同志だ、お前さえよければ俺たちの仲間になってくれ。」
「…！」

ハンスは戸惑いながらも俺の手を握り返し、強く手を交わした。
ヴェンを除けば、この旅で初めての…仲間だ。


「よろしく…よろしくお願いします!!」
「あぁ。」


気づけば…空は明るくなり始めていた。

■作者メッセージ

はい、お待たせしました。
甘いのかこれは…？若干のシリアスがいい苦味に…ってコーヒーみたいになってる…。
私の小説もそんな気分で読んでいただくと嬉しいです。

さて、新たな魔物…バイコーンとダンピールが出ましたね。
バイコーンの説明を見たとき、まさか…アレス専用魔物?!
ついに健康クロス様も私の作品を認めてくださったのか?!
とか期待した馬鹿です…すいません。

さて、早速ですがもう続きは書いているのですが、そろそろマオウの方も進めたいですね。
次の次ぐらい？もしかしたら全く新しい読み切りもつくるかもです。
また見てやってくださいね!!