第一話 始まりの時 後編
「…。」
「…。」
俺は言葉が出なかった。
思考が止まり、何を言えば良いのかも分からないほどに混乱していた。
恐らく今この時点では俺より魔王のほうが混乱している。
もう一度言う、俺は言葉が出なかった。
……代わりに手が出てしまった。
「どうして私を殴る?凄く痛かったぞ?」
「当たり前だ!いくらなんでも唐突過ぎる、心臓が止まるかと思ったぞ!」
「単刀直入にいえと言ったのは君だろ…。」
魔王は頬を摩りながら文句を言う。
俺はその間落ち着きを取り戻しながらさっきの言葉を思い出していた。
…この魔王は俺にとんでもないことを言った。
「彼女達の夫になってくれ」
彼女達とは魔物娘の事を指し、
この世界で知らない奴はいないというほどありふれた存在であり、
数え切れないほどの種族がいる。
魔物娘の種族や特徴については割愛させて貰うが簡単に言えば、
人間より何倍もの力を持った女の子達だ。
彼女達の殆どは人間を嫌い、遭遇すれば襲い掛かってくるのだが、
種族によっては、人間と共存する者や争いを好まない者達もいる。
…共通する特徴は“彼女達は並外れて性欲が強い”という所だ。
「魔王、まさか俺に彼女達の慰み者になれと言ってるのか?」
「人聞きの悪いことを言うんじゃない!彼女達は子孫を残すために
交尾をするのだ、決して淫らな事でするのではない!」
「本当なんだろうな?」
「ああ、…多分。」
「おい。」
魔王は歯切れの悪い返事をした。…ホントに大丈夫なのか?
彼女達が人間を襲う殆どの理由は交尾をするためだ。
人間の男性を見つければ即座に拘束、そして交尾というケースが多い。
彼女達に拘束されれば抜け出すのは容易ではなく、大概はそのまま犯される。
そんな彼女達の夫になれと言うのだ、最初で干からびてしまう。
「まて、そもそも彼女達を作ったのはお前なのだろう?
なんで分からないんだ?」
「魔物娘、つまり魔物が♀になったのは先々代の力なのだ、私ではないよ。」
「先代からは受け継がれなかったのか?」
「先代はあまり長くなく、知識を受け継ぐ前に亡くなってしまった。
だが先代の力で彼女達は人間の男性から受精できるようになったのだ。」
「お前がしたのは?」
「彼女達から生まれる子供はすべて♀になるようにしたのだ。」
「…それで大繁殖出来たのか。」
今や魔物娘は人類を大きく上回るほどの数になっている。
ずっと疑問視されていたがこういうことだったか。
「…先代がすぐ亡くなったと言っていたが、どれくらいの期間だ?」
「恐らく、一月程度だが…何故そんなことを?」
「いや、別に。」
すこし引っかかることがあったが今は気にしないでおこう。
話が逸れてしまったので今一度、考えてみる。
魔物娘達の夫になる…、この事だ。
「…やはり魔物というのが、難しいか?」
魔王は俺の考えていることを見透かしたのかこんな事を言った。
俺は聞こえないフリをしながら考える。
…別に俺は彼女達の事は嫌いというわけではないし、
ましてや恨んでもいない。
彼女達の中には人間に近いのもいるし、友好的な者もいるし、
実際人間と一緒に住んでいる者もいるにはいる。
だが、彼女達全員を相手にするのはやはり無茶な話だ。
ただでさえ人間嫌いな彼女達の夫になど普通なら無理だ。
「俺は別に魔物が嫌いなわけじゃないが、全員の夫になるなんて無理だろ?
それに彼女達が納得するとは思えないんだが…。」
「…いや、これは彼女達との意思とは関係なく実行する。」
「なんだって?」
どういうことだ?それに「実行」?
俺の疑問をよそに魔王が真剣な様子で話し続ける。
「今、彼女達は深刻な問題を抱えているのだ。」
「深刻な問題?なんなんだ?」
「彼女達の数が、急速に減少しているのだ。」
「な、なんだって?」
そんな馬鹿な…。
さっきも説明していたが魔物娘は人類を大きく上回るほどの数がいる。
それは魔王の力で大繁殖できるようにしているのだ。
少なくとも減少はあり得ない。
「確かなのか?」
「彼女達の数が二年前から減少し、現在では元の半分にまでなっているのだ。」
「そんな…。」
それでも確かに人間よりはまだ多いが、半分ともなると大事だ。
しかもたった二年でだ、二年前になにが…。
「…!まさか?!」
「そうだ、二年前私が勇者に倒されたその後に減少したのだ、原因はこれしかない。」
嘘…だろ…。
俺は全身から血の気が引いた気がした。
「魔王を倒したことで人間は勢いづき力をつけ、魔物を狩りだしたのだろう。逆に彼女達は人間を恐れるように…。ど、どうした?」
俺の顔が真っ青になっている事に気づいた魔王は、話を止め声をかける。
あの時、俺が勇者を止めていれば、殺していれば、大勢死ぬことも無かった。
俺がもっと早く行動していれば…。
俺が 彼女達を 殺し…。
「俺が…彼女達を殺したんだ。」
不意にそんな言葉が出た。魔王は慌てて止める。
「まて、君のせいではない。落ち着くんだ。」
「あの時俺が勇者を止めていれば、誰も死ぬことは無かった!あの時、俺が…!」
「落ち着くんだ!!」
「!!」
魔王は俺の肩を揺らし叫んだ、その声に俺ははっとなり魔王の目を見る。
…その目にはまだ光があった。
「君のせいではない。むしろ、君は彼女達を救えるかもしれないのだ。」
「なんだって?!」
彼女達を救える?いったいどうやって?
「君に夫になってくれの本当の意味は、彼女達と君の子供を作って欲しいという意味だ。」
「俺の子供?」
「そう、彼女達と君の子供を分析し解明、そしてこの現状を打破出来るように私の力で修正するのだ。」
「修正?そんなことが出来るのか?」
「今の私の知識では無理だ、その為にサンプルとして彼女達とその子供が必要なのだ。」
「それはわかったが…俺じゃなきゃ駄目なのか?
最悪攫ってでもしないと効率が悪いぞ?」
「いや、駄目だ。今は私しか動けない上に姿を現せないのだ。」
「どうして?!」
「私は今や死んだ身となっている、今人間も彼女達の前にも現れるわけにはいかないんだ…。」
そうだった、今目の前にいる魔王は世間からすれば“死んでいる”のだ。
もし、人間に魔王が生きていることがばれれば、また勇者が魔王を退治しに来る。
逆に魔王が彼女達を使って人間を攫えば、彼女達は魔王が復活したと喜び
人間に宣戦布告するだろう。
どちらにせよ、魔王は死に彼女達は絶滅する。…最悪の状況だ。
「私と面識があり、尚且つ腕の立つ人間は君しかいないのだ。…それに理由はもう一つある。」
「?」
「君は言ってくれた、魔物と人間が共存出来る世界を望んでると…。
私はそれを聞いて嬉しかったのだ。彼女達を認めてくれたと。
だから、君にしかできないと思ったのだ。」
魔王は俺を見ながら微笑んだ。とても魔王とは思えないほどきれいな笑顔だった。
俺は正直、何故あの時そんなことを言ったのかは分からない。
ただ恐らく、勇者に暴行されながらも彼女達を守ろうとした魔王の姿を見て、
そしてあの時、笑いあったことで、人間と魔物が争う事も無いと、共存出来るのではないかと
思ったからだろう、現に今でもそう感じている。
ふいに魔王が床に膝をつき手を握りながら言った。
「頼む、私に出来ることなら何でもしよう。彼女達を、いや彼女達の夫になってくれ!!」
そう言いながら魔王は頭を下げた。
こうなったのは俺の責任でもあるのに魔王は尊厳を投げ出し、俺に頼みかける。
こんなとき普通の人間ならばなんと答えたのだろう?
勇者のように魔王を蹴飛ばすのだろうか。
永遠の命や富、力を条件にするのだろうか。
もしそうだとしたら、俺は普通では無いのだろう。
答えなど決まっている。
「顔を上げてくれ、魔王。」
そう言われた魔王はゆっくりと顔を上げた。
「俺がその役割をするためには三つ条件がある。聞いてくれるか?」
魔王は無言でゆっくりとうなずくと俺は話を続けた。
「一つ目はやむを得ず彼女達を傷つけるかもしれないという事、
なるべく手加減はするが、強い相手だとこっちが死ぬかもしれないからな。」
彼女達は強いとはいえ、俺も勇者達と旅をした身だ。力には自信がある。
もし戦闘をするとなれば向こうも無傷ではすまないだろう。
その話を聞いた魔王は少し考えたが、「殺さなければ」と了承してくれた。
無論、自分が死にかけてもそれだけはしないが。
「じゃあ二つ目、俺が彼女達の夫になるためには彼女達の虜にならないようにしなければならない、その対策が必要だ。」
彼女達の中には性欲に特化し、犯した相手を自分の虜にしてしまう種族もいる。
もし俺がそうなってしまえば全てを忘れ、ただ快楽に生きる畜生と化してしまう。
それだけはごめんだ。
「それは心配ない。そうならないための薬も一緒に作るつもりだ。
時間は掛かるかもれないが、可能だろう。」
それまではサキュバスなどの種族には遭遇しない方が良いだろう。これもクリアだな。
「では最後だ、三つ目は…。」
話を途中で切り、俺は魔王の前に手を差し伸べる。
魔王は少し驚いていたが俺は気にせず話を続けた。
「俺は友人としてお前の頼みを聞きたい。その為にはお前の名前を知る必要がある。
俺はアレス、お前は?」
差し伸べられた手と顔を見比べながら、魔王は少し照れながら俺の手を握り返し立ち上がる。
「私の名は、ヴェンだ。…よろしく頼む。」
………。
そして夜が明け世界に光が満ち行く頃、俺は村の外の平原にいた。
外はほんのり明るく、小鳥はさえずり、心地よい風が吹く。
「では、頼んだぞアレス。」
片耳に付けたイヤリングから魔王の声が聞こえた。
出る前に魔王が付けてくれたものだ、遠いところにいても話が出来る
という魔法道具らしい。
「ああ任せろ、ヴェン。」
俺は平原をゆっくりと歩く。
そしてこれが始まりとなった。
11/07/22 19:09更新 / ひげ親父
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