連載小説
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第一話 始まりの時 前編
「女将さん、部屋の掃除終わったよ。」

俺は掃除道具を倉庫に直しながら女将さんに伝える。

「ありがとうアレス。ついでに、二階のお客にご飯が出来たから食堂へ来るように伝えてきて頂戴。」

カウンター越しにここの宿屋の主である女将さんが料理を並べながら言った。

「わかった、伝えてくる。」

階段を駆け上がりお客の部屋へと向かった。


俺の名はアレス、二年前にこの村へやってきた流浪人。以前まである一行と旅をしていたのだが、そいつらに嫌気が差して抜け出し、気のままに歩いていたらここにながれついた。ここはどこにでもある平凡な村で、色々あって、その中の小さな宿屋で俺は住み込みで働いている。

「よし、今日はもうだれも来ないだろうし、一息つこうか?アレス、あんたの好きなお茶を今淹れてあげるから、先に座っときな」

「ああ、今行く。」

女将と一緒に食器やらを片付け後、俺たちは一息つくことにした。食堂のテーブルに着き、女将にお茶を入れてもらう。俺は何よりも女将の淹れてくれるこのお茶が好きだ。

「ん、ありがとう、女将のお茶はやっぱり美味しいな。」

「ふふ、あんたはいつも美味しいって言ってくれるから、うれしいよ。」

今、俺の前で話しているのが女将、名前を教えてくれないがこの宿を一人で切り盛りしている力強い印象の女人だ。旦那さんと二人で暮らしていたらしいが、旦那さんを病気で亡くして以来、ずっと一人で店を守ってきている。

「そういえば、あんたがここに来てからもう二年が経つのか…、早いねぇ。」

お茶を飲みながら、女将は二年前に俺がこの村に来たことを思い出しながら話しをした。

「あの時は驚いたもんさ!この村がゴロツキやチンピラの溜まり場になってて皆困り果ててたところに、急にあんたがやってきて全員追い出しちまったんだからね、こうやって気持ち良く商売が出来るのもあんたのおかげだよ。」

「そんな大したことしてないよ。俺は気に入らないから殴っただけだ、そしたら向こうが勝手に逃げていっただけの話。」

実際始めてここにきた時はひどいものだった。
チンピラやゴロツキがはびこり、店を開けるだけで金を出せといわれ、払えなければ最悪殺される。そんな酷な状態に皆苦しめられていた。
そこへ俺が流れ着いたわけだ、最初は宿を借りるだけのつもりで寄ったのだが、入った途端言われた言葉が金を出せ、一発殴ってやったら集まってきて…後は分かるな?

「それに女将さんには感謝してるよ。こうして俺は不自由なく暮らせているし、頭が上がらないよ。」

「なに言ってるんだい?!あたしはあんたのおかげでだいぶ助かってるよ。あの人が亡くなってから心細かったしね…。ほんと感謝してるよ。それより、二年前と言ったら丁度、勇者様が魔王を退治しなさった時期だね。」

・・・・。

「あんたも相当強いし、実は勇者様といっしょだったりし…、て、アレス?」

「ごめん女将さん、俺もう休むわ。」

そう伝えると俺は足早に部屋へと向かった、後ろから女将さんの声が聞こえたが気にせず階段を上っていく。

「またやっちまったよ・・・。あの子は勇者様の話をすると機嫌が悪くなるんだった・・、どうしてかねぇ。」

女将さんは冷めてしまったお茶を片付けながら呟いた。

……。

バタン。

「ふう。」

部屋に入り扉を閉め、ベットに腰掛ながらため息をついた。

勇者、俺がこの世でもっとも嫌うものの一つ。

女将さんは別に悪いわけじゃない。それは分かっているのだがどうしても勇者の話だけは聞きたくない。勇者を思い出すだけでも吐き気がするぐらいだからだ。

…ベッドに横になりながら、そのときの事を思い出していた。忌々しくもあるが俺の意識とは裏腹に、鮮明に広がっていく。

魔王を倒した時の事を。


※回想モード


「ついにこの時がきた。」

勇者は、立ちはだかる絶対的な悪「魔王」に剣を向け語る。

「俺はお前を倒し、人々を苦しみから救うためにここへきた。そして今こそが、お前の最後だ!!!」


言葉を言い終えると、勇者は魔王に剣をつきさした。

「ぐ、ぐあああああぁ。」

魔王は苦しみ悶えながら、その大きな巨体を地に付けた。
そして高らかに勇者は宣言する。

「勝った!!俺はついに悪を滅ぼしたのだ!!命あるものよ!もう恐れるものは無い。世界に平和が訪れたのだ!!!!」

この言葉はやがて伝説になり魔王を打ち破った勇者は、世界を救った英雄として人々に語り継がれるだろう。

「はい、Okです。勇者様、音声は無事記録いたしました。もういいですよ。」

「ふう、やっぱり慣れねえことをするのは疲れるな。まあこれで金と名声がもらえるんなら安いもんだ。」

……真実を知らぬまま。

「よう皆、これでこのくそみたいな旅も終わりだ。早く帰って、王様に報酬の金を貰いに行くぞ!」

先ほどの勇士は微塵のかけらも無くなった勇者が、俺を入れた三人に向かって言う。

「ふふ、以外にうまくいったもんね。さすがの魔王もこんな手で来るとは思わなかったでしょうね、あはは!!」

俺の横で女剣士は下品に高笑いをした。

…こんなのひど過ぎる、あんまりだ。

意味が分かるように説明しよう。

まず俺たちがいる場所、魔王城。これは魔王がいる時点で分かるだろう。
次に、どうやって魔王を倒したか?
普通の者なら分かるだろうが魔王はとても強い、俺たちも決して弱くは無いが最悪相打ちは覚悟しなければならないレベル、当然無傷で倒すなんて不可能だ。
…だが俺達は無傷だった。何故か?

俺達は卑怯にも姿が消える魔法を掛けてもらい、上空から魔王城に接近。窓から侵入し油断している所を袋叩きにした。
魔王は為す術もなくすぐに倒れた。その時点でもう用は済んだはずだったが、あの女剣士はこう言った。かっこよく倒した方が名声も高くなるから、一芝居をする、と。

そしてこいつらは事実を隠蔽し、勇者は芝居をし、女剣士は魔王を押さえつけ、もうひとりの女賢者は音声記録の魔道書を開いた。魔王が終始無言だったのはこれが原因だ。しかも魔王は勇者が台詞を間違うたびに何度も止めを刺された。死ぬ間際に回復呪文を掛けられ、終わらない悪夢が続く。

そして長い芝居も終わり、現在に至る。以上俺が生きてきた上で最大の汚点となる説明だ。

「勇者様、一つ忘れていることがございます。」
すぐにでも出ようとした勇者を女賢者が呼び止めた。勇者はなんだ?と振り向きながら答える。

「肝心の魔物討伐が残っております。」

「ああ、そうだったな。魔物も片付けりゃ王様も報酬を上げてくれるって言ってたしな。そうと決まれば皆殺しだ。」

勇者はとても人とは思えないほど歪んだ顔をしていた。俺は今まで勇者がしてきたことを思い出すと身震いをした。こんな奴が勇者をしてるなんて世界が狂ってるとしか思えない。

どうして俺はこんな奴に付き従っているのだろうか?会ったときは共に世界を救うと目的がほぼ重なったから仲間になったはずだ、なのに家に入れば物を盗み、商品の値段が高ければ店の親父を脅し、ついこの間は盗賊達に盗まれた宝を取り返してほしいと王様に頼まれ、勇者は盗賊達を追い詰め、必死に部下を助けるために命乞いをする盗賊頭に向かってこういった。

「ならお前達の宝を全部よこせ、その後死んで詫びろ。」

俺は悔しかった。こんな奴が勇者として英雄として称えられるのかと。そして自分はこの男に仲間として契約した以上、何も出来ないということを。

「おいさっさといく…うん?」

勇者が不意に立ち止まった。見れば、魔王が勇者のなびかせるマントにしがみついて何かを訴えていた。

「ああ?まだ生きてたのかよこいつ。なんだ?聞こえねえぞ?」
「はははは!!!まるでゴキブリみたい。無様ね!!!!あはははは!!!」

必死にすがる魔王に三人はごみを見ているかのように見ていた。…次第に魔王の声が聞こえてくる

「彼女…たちを…」
「あん?」
「彼女達を…殺さないでくれ…。」

魔王は血を流しながらも勇者に頼んだ。もう瀕死のはずなのに・・。

「汚ねえ手で触ってんじゃねえ!!!」

勇者は無慈悲にも魔王の顔に蹴りを入れた。

魔王は一度のけぞるがあきらめずにすがりつく。もう沢山だ。

「頼む、彼女達は・・悪くない。全て・私が・…。」
「うっとうしいんだよ!!」

勇者は魔王を何度も踏みつけ罵声を浴びせる。…やめてくれ。

「てめえら魔物がどうなろうと知ったこっちゃねえんだよ!人間様に楯突くような奴らは皆クズだ!!お前らはただ俺様の為に死にゃいいんだよ!!そしてこれは王様の命でもある。お前らの死は、全人類が望んでいるだよ!!分かったかこのゴキブリ野郎!!!」


…やめろ!


「・・頼…む。」

それでもしがみつく魔王に勇者はついに切れた。そして、

勇者が剣を抜いた。


!!

「くたばれ!!」

勇者は躊躇いも無く剣を魔王に振り落ろした。


……。



剣から血が滴り落ちる。

「アレス…?」

後ろで二人が驚いたように呟く。

「アレス、お前…どういうつもりだ?」

勇者は俺のしたことに理解できないようだ、無理も無い。俺はお前に何一つ意見しなかったからな。

魔王は来るべき痛みに目をつぶっていたが、様子がおかしい事に気がつきゆっくりと目を開けた。その目の前の光景を見てその目をより大きく開かせた。

「な…ぜ?」

正直分からない。気がつけば体が動いていた、だが不思議と後悔はない。

剣から血が滴り落ちる、その血は紛れも無くアレスのものだった。
勇者の振り下ろした剣をアレスは防ごうともせず、身体全てで受け止めていた。魔王をかばう様にして。

そのせいで彼は命こそ助かったものの傷が深く、肩から胸にかけて切り裂かれていた。

「勇者よ、俺の頼みを聞いてほしい。」
「た、頼みだと?」

剣が刺さったままアレスは勇者に語りかける。
勇者もアレスの気迫に戸惑いながらも答える。

「魔王と魔物の件、俺に任せて欲しい。」

「な、なんだと?」

勇者達が一瞬焦ったように見えた。恐らく俺が報酬を独り占めしようしてると考えたのだろう。後ろの女剣士が叫んだ。

「ちょ、ふざけないでよ!!あたし達の手柄独り占めする気なんでしょう?!」

「そんなもの俺にはいらない、お前らにくれてやる。だが魔王と魔物は俺に任せて欲しい。」

「どうだか、あんたはずっと静かだったし怪しいわ。」

うるさい女だ、だからビッチは嫌いなんだ。

「お前、本気で言ってんのか?俺達を騙す訳でもなく?」

ずっと黙っていた勇者が聞いてきた。

「もしそうなら切られたりなどしないだろう?切られたりなどせず切りかかるはずだ、それに隙ならいくらでもあったしな。」

まあそこまで計算してなかったが切られたことで俺に敵意が無いことを証明できたようだ。

「……。」

「勇者様、いかが致しますか?」

女賢者が勇者の顔を見ながら聞く。

勇者は少し考えた素振りを見せた後、俺の身体から剣を引き抜き薄ら笑いながらこっちを見た。抜いた直後少し血が吹き出たが俺は気にしなかった。

「まあ、なんの意図があるかは知らねぇが分け前が増えるのはいい話だ、好きにしな。ただし、次に魔王が出たときはお前も殺す。それと、お前はもう仲間とはみないからな。…せいぜいちゃんと躾するんだな!ハッハッハッハ!!」

「ちょ、ちょっとまってよ!!」
勇者は笑いながら部屋を出て行き、ふたりも慌てるようにしてついていった。

部屋には俺と魔王しか残っていなかった。

「魔王、大丈夫か?」

魔王を起こそうと切られてない方の肩を貸した。

「だが、君の方が…心配だ。治療魔法を掛けよう…。」

「倒れてる奴が先だ、とにかく椅子に座らせるぞ。」

「……すまない。」

魔王は力なく謝った。
魔王に肩を貸した挙句、謝られるのは多分俺がはじめてだろう。
そう考えると笑ってしまった。…血を吐きながら。

ドシッ・・・。

「…うう。」

なんとか魔王を椅子に座らせた俺はかくんと膝をついてしまった。血を流しすぎたようだ。

魔王のほうを見ると椅子から光が出ていた。やさしい光だった。

「なにを、している?」

「この椅子は…座ると魔力を回復させることが…出来るのだ、使うことは無いと思っていたがな…。」

光に満ちた魔王はみるみる回復していった。その姿は邪悪なる者の姿には見えず、どこか懐かしい感じがした。

「…よし動かないでくれ、治癒魔法を掛けよう。傷は完璧には治らないが、歩けるほどには回復するはずだ。」

魔王は呪文を唱えると俺の身体は光に包まれ、傷が塞がっていった。

「魔王、どうして俺を助けてるんだ?」

「ん?」

治癒魔法を掛けている魔王に俺は疑問をぶつけた。

「どうしてって?」

「俺はお前を倒しにきた勇者の一味なんだぞ?」

魔王が回復しているのを見ていたとき、俺は覚悟していた。勇者の一味が目の前で瀕死になって倒れているのだ、あんなことをされれば復讐されるのは当然だと思っていた。

だが魔王は笑いながら言った。

「私とて、礼ぐらいは弁えている。命の恩人を手にかけるようなことはしないさ。それに、それはお互い様であろう?」

やっぱり・・・。
あんたは・・・。

「魔王らしく無いな。」

「はは、よく言われる。」

そういうと二人で顔を見合わせて笑った。俺が旅をしてきて始めて笑った気がした。

「さあ、もう大丈夫だ、立てるか?」

「あ、ああ。」

俺は魔王に手を貸されながらも立ち上がった。まだ少し痛むが、気にするほどでもない。

「ありがとう、おかげで助かった。」

「礼には及ばん。それより私も聞きたいのだが…。」

「ん?」

魔王は神妙な顔つきで聞いてきた。

「質問を返すようで悪いが、どうして私を助けたのだ?」

ああ、なるほど。

魔王が俺を助けるのは分かる、命の恩人だからだ。だが俺が魔王を助ける理由は無い、魔王はそれが気になるのだろう。

「まあ、おれが旅をする理由にしてたことなんだが…。」

「ん?なんだ?」

魔王は食い入るように聞いてきた。
俺は恥ずかしながらもちゃんと言った、嘘ではないという意味も込めて。


「それは、俺が魔物と人間が共存できる世界を望んでいるから。」


※回想終了


は!

いつの間にか眠っていたようだった。
ベッドから身体を起こし、窓を見る。…外は真っ暗だった。
部屋に戻ったのが8時くらいだから、今は深夜だろう。

うーんと背伸びし、部屋を見渡した。

俺の自室は至って普通だ、ベッドと勉強机があるぐらいだ。変わってるとすれば、昔の装備が部屋に立てかけてあるぐらいだ。

…ここに来てからほとんど忘れていた。

いっそ忘れてしまいたいと思っていたのかもしれない。ただ、あの魔王と過ごした時間は忘れたくなかった。そのために使わなくなった剣や(肩に損傷ありの)鎧を飾っている。

ふと視界に懐かしいものが目に入った。

「懐かしいな、そういえば魔王はこんなマントを付けていた。大きくて黒いやつだ。」

「仕方あるまい、これしかないのだからな。」

「なら買えばいいじゃないか、あ、でも魔王じゃさすがに・・・・。」



ちょっと待て。

俺は誰と話している?

というよりこのマント、肌触りといい幻覚ではない。

ということは・・・。




「…。」

「おお、久しぶりだな。元気にしてたか?」


声を出さないようにするのが大変だった。
俺が叫ぶ。叫べば女将さんが来る。魔王を見つける。卒倒。
こうならないように。

「うーん、すまないな。見つからないようにするのが難しくてな。直接移動した方が早いから、転移魔法を使わせてもらった。」

魔王の後ろの方を見てみると魔法陣が出来ていた、人の部屋に何作ってやがる。

「それで、脅かすために来たのか?それとも転移魔法のテストか?どっちにしろ殴るぞ?」

「待て待て!そう怒るな。実は君に頼みがあって来たんだ。」

「頼み?」

魔王に頼まれるのは正直嫌な予感しかしないが、まあ命の恩人だ、それにここまで来てくれたのだ、話を聞いてもいいだろう。

「とりあえず話してみな。」

「おお、聞いてくれるか。では、どこから話そうか。」

「とりあえず詳しいことは後で聞く、用件だけでいい。」

「そうか、なら覚悟して聞いてくれ。」

「あ、ああ。」

急に真剣な顔になって魔王は話す。どうやらここからは真剣な話のようだ。


「単刀直入に言うぞ?」

「……。」


魔王の目を見ながら真剣に聞いた、そんな状態の俺ですらその言葉はショックが大きすぎた。

「彼女(魔物娘)達の夫になってくれ。」


11/08/21 18:21更新 / ひげ親父
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■作者メッセージ
興味を持ってみてくださった方々、本当に失礼致しました。
今後は無いように致します。アドバイスをしてくださった方々、ありがとうございます。改めてお詫び申し上げます。

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