第十二話 白い嘘 後編
…。
今日は何がいいか…兎でも捕まえればいいが。
雪の中を懸命に探していくが一向に見つからない。
山菜や魚はなんとかとれたがここ最近肉を食っていないし。
たまにはユキノのために豪勢な料理にしたいよな…。
「ユキノのご飯は美味しいからな…。」
あれは本当に良く出来た妻だ。
俺なんかとよく釣り合えたな、確か…俺が言い寄ったんだっけ?
…まあいいや。
それにしてもご飯は美味いし綺麗だし可愛いし。
妻としては全然申し分ない、むしろ有り難すぎるぐらいだ。
何か申し訳ない気がする…。
『あんたが謝ることじゃないよ?』
…?
「今…誰か?」
…気のせいかな?
すごく懐かしい声がしたような…。
周りを見回しても誰もいない。
「空耳かな…?」
不審に思っていると目の前を一匹の白い兎が通り過ぎた。
「あ、待てっ!!!」
俺は夢中で雪の中を追いかけた…。
…。
「いやぁ…美味しかった。」
今日とってきた食料を一通り食べたあと、満腹といった感じに息をつく。
うさぎなんて久しぶりだったからな…。
後片付けをするユキノが嬉しそうに言った。
「今日は大量でしたね…私も腕が鳴りました。」
「そうだな、まぁ何といってもユキノの料理はいつでも美味しいからな。」
「まぁ…あなたったら…♪」
ユキノは照れたように微笑んだ。
この笑顔を見るたびに俺は幸せだなと思う。
「そういえばさ…。」
何気なくユキノに聞いてみる。
「ユキノは、俺のどこを好きになった?」
俺の唐突な質問にユキノは少し面食らう。
「あら、どうしてそのようなことを…?」
「いや…俺なんかのどこを好きになったんだろう…って。」
「…そんなに卑下しなくてもあなたは素敵ですよ?」
ユキノは優しい笑みで言ってくれた。
素敵…か。
『貴方に好意を寄せるのは…貴方が素敵な人だから。』
…?
「どうしたのですか?」
「いや…。」
なにか引っかかるものがあったが多分気のせいだろう…。
気にしないで話を続ける。
「じゃあ…外見は?」
「外見ですか…そうですね。」
ユキノは少し俺を見ながら考える素振りをする。
そして目があった。
「挙げるとすれば―」
『貴方の瞳…素敵だったから。』
「目か?」
俺が先に答えるとユキノが驚いていた。
「どうして…解ったのですか?」
「いや…。」
俺にも分からない。
ただ…前にもそんなことを誰かに言われたような気がする。
最近…なんだかおかしいな。
ユキノ以外にあんまり人に会ったことないはずなんだけど。
「なんとなく…なんとなくだ、な?」
「ふふふ、でも…貴方の瞳、ほんとに素敵ですよ?」
「…そうか?」
「ええ、とても好きです。」
『あたし…やっぱりアレスが好き!』
「…!」
頭に何か語りかけられたかと思うと急に頭に刺すような痛みが走った。
「貴方…大丈夫ですか?」
ユキノが心配そうに俺を介抱してくれる。
なんだろう…疲れてるのかな…?
「きっと…今日はお疲れなのでしょう、今夜はもう寝ましょう…?」
「あ、ああ…そうしよう。」
言われるがままに俺は布団の上へと寝転がった。
先程の痛みが消え、急に眠気が押し寄せてきた。
「ユキノ…。」
「はい…。」
「傍にいてくれるよな?」
「…勿論です、私は貴方の妻なのですから。」
そして、彼女は俺に口づけをしてくれた。
「どうした…急に?」
「いえ、今日はお疲れですし…これで我慢しておきます♪」
「相変わらず元気だな…。」
まるで付き合い立ての恋人みたいだな…。
『これで貴方は私の恋人だよ?貴方が起きたら私の好きな歌いっぱい聞いてね?』
まただ…。
この声はいったい誰なんだろう?
睡魔に襲われた俺にはそれを特定することができなかった…。
深く…俺は眠りについた。
「…?」
俺は夢を見た…。
その中での俺は凄く幸せそうだった。
今まで出会い、そして愛してきた仲間に囲まれて…。
「…なんだ?」
いや、仲間の他にもいる…。
あれは…誰だろう。
その場面によって泣いていたり、怒っていたり、戦ったり…。
でも…最後には皆俺に笑顔を見せてくれた。
あれは…。
「…!!!」
俺は無意識に布団を飛び起きていた。
外は寒いというのに汗をびっしょりとかいている。
「夢…か?」
どこか懐かしい…夢だった。
でも…まるで自分が別人のような…。
「なんなんだ…一体…?」
…。
「それはきっと、前世の夢じゃないですか?」
「前世?」
ご飯を食べながらユキノに夢の内容を話すとそう言われた。
「ええ、だって…今のあなたとはまったく違う場面なのでしょう?」
「まぁ…そうだが。」
「だったら、深く考えても仕方がないですよ…、今でも充分幸せなのですから。」
「…そうだよな。」
ユキノが言うのならそうなんだろう。
それに…彼女が愛してくれていることには変わりない。
『…愛してください。』
また頭痛が…。
でも、これは痛みじゃない…。
なんだろう…心が切ない。
どうしてこんな気持ちになるんだろう…。
「…貴方、本当に大丈夫ですか?」
「あ、いや、大丈夫。」
「昨日からお疲れのようですし…。」
「平気だ、それより…昨日疲れて出来なかっただろう?」
俺はわざとらしく布団に寝転がり、掛け布団を捲る。
「おいで。」
「…いいのですか?」
「毎日するのが約束だろう?」
「はい、早く貴方の子供が欲しいですから…。」
「ははは…そうだな、でもそれは皆も一緒だろう?」
「皆…とは?」
「…え?」
何言ってんだ…?
だって…皆。
『私の意志でお前との子供が欲しいのだ!』
「うぐっ…!!」
突如としてまた痛みが走る。
なんなんだ一体…。
今、俺じゃなかったような…。
「貴方…しっかりして!」
「いや、大丈夫…どうしたんだろうな?」
「きっと疲れているんですよ…今は忘れましょう?」
そういってユキノは近づいてくるが誘っておいて俺はそんな気にはなれなかった。
「貴方…?」
「すまない…でも、何か…。」
何か分かりそうな気がする。
前世なのかどうかは分からないが、一体何だ?
わからないが…あともう少しなんだ…。
まるで上から貼った紙がペラペラと剥がれ落ちそうな感覚。
その向こうで…なにかが隠れている。
「私では…お気に召しませんか?」
「いや、そういうわけじゃ…。」
『私は、強い男は…好きだ、お前なら…嫌ではない。』
「あがぁ…!!」
今度は明らかに強い痛み。
そして一瞬見えた誰かの顔。
誰かは分からない…わからないが…。
「あなた、どうしたのですか!?」
ユキノが抱きしめて背中を摩ってくれる。
俺を心配してくれているのだろう…。
でも…なぜか、釈然としない…。
どうして…ユキノは俺の妻だろう?
たった一人の―。
『お前は優しすぎるのだろうな…。』
「!!!」
気づけば俺は彼女を突き放していた。
「あなた…?」
「…俺は…俺は!!」
混乱した頭で俺は家を飛び出した。
後ろからはユキノの声が聞こえた。
だがその言葉も頭の声に遮られる。
『まってるよ、だーりん。』
「なんなんだ…なんなんだよこの声はっ!!!」
俺は雪の中を走り続けた。
…。
「はぁ…はぁ…。」
雪原の上で息を整える。
なぜ俺はここまで走ったのだろう?
もう訳が分からない。
ユキノに酷いことしてしまった上に飛び出して、俺は一体何をしているんだ?
早く戻らないと…。
『旦那様の…、大切な…女に、なりたいから…!!』
「がぁ!!!」
だめだ…頭が…心が…張り裂けそうだ!!
俺は一体…どうしてしまったんだ?!
思わず雪の上をのたうち回る。
「なんだ…一体俺に…どうしろと?!」
頭がずっと痛み続ける。
心が破けそうになる。
もう少し…もう少しで何か見えそうだ…。
何をすれば全てを知れる?!
『彼女達の夫になってくれ』
「俺は…!!」
『お帰り…アレス。』
「俺はぁぁ!!」
…。
気が付けば俺は近くにあった大きな石の目の前にいた。
そしてその石に…。
「っ!!」
いつから付いていたのか…どこで手に入れたのかも分からない腰につけていた緑色の瓶を
叩きつけた!
ガンッ…ガンッ…パキッ!
何度も叩きつけるうちに、瓶は粉々に砕けた。
中身は凍っていたのかガラスと一緒に緑色の綺麗な結晶が石の上に散らばる。
それを全て広い上げ、手のひらへ載せた。
「…。」
どうしてこんなことをしている?
こんなことをしてなんになる?
俺にはこんなことをする必要がない。
「そんなこと…!」
ユキノが悲しむぞ?
「…!」
一瞬、手の動きが止まった。
そうだ、俺にはユキノがいる。
今でも俺の帰りを
「だが…、」
待って
「これは―」
「これは俺にしか…できないんだ!!!」
手のひらにあった物を全て口に入れ、噛み砕いていく。
「ぐぅ!!」
口から血が流れ出した。
ガラスが口中に刺さり、思わず吐き出してしまう。
鉄の味の他にほんのり青林檎の味がした。
そして頭の中に知らない記憶が入ってくる。
『あら〜、オチビちゃん気に入ったみたいよ?』…スラミー。
『…お前にまた会えるなんて夢みたいだ』…ルー。
『さっきはすまなかったな、嬉しさのあまり抱きついてしまって』…リザ。
『どうしたもあるか!私がどれだけお前の帰りを待っていたか…』…レイ。
『リーダーに気に入られなかったら、あたしの夫にならない?』…ルカ。
『でも〜、わたしも貴方を見て好きになっちゃった』…プリン。
『…私達はもう夫婦なんだから♪』…サラ。
『なんて器のでけぇ男なんだ!!』…レジーナ。
『嫌なわけ無いじゃんっ!!私達はもう恋人なんだし♪』…セーレ。
『私を楽しませてね…旦那様?』…ユラ。
『不束者ですがよろしくお願いします…』…なな。
『これからよろしくね!』…たま。
『満足させてもらえるなら貴方と夫婦になりましょう。』…アサギ。
『こんなに素敵な言葉を頂けて…ちうは幸せでございます。』…ちう。
『私をこんなにさせたんですから…責任とってください。』…クロエ。
『おお…言うねぇ〜、さすがあたしの旦那。』…アカネ。
『…それに良い男には違いありませんね。』…アオイ。
『わらわもこんなことを言われたのは生まれて初めてじゃ。』…ヒメ。
『おとさん!おとさん!!』…ライム。
『私の名は、ヴェンだ。…よろしく頼む。』…ヴェン。
『それは、俺が魔物と人間が共存できる世界を望んでいるから。』
「“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!」
……。
「一体…どこに行ってしまわれたの…。」
家の前でユキノは心配そうな面持ちでアレスの帰りを待っていた。
「あなた…。」
泣きそうになるのを堪えながらユキノは待ち続けていた。
すると、すぐ近くからガサリッと雪を踏む音がした。
振り返ってみると…。
「あ、あなたっ!!」
口の周りを血だらけにしたアレスが立っていた。
慌ててユキノが近づいていく。
「あなた血が出ていますっ!!…一体何があったのですか?!」
ユキノは彼に肩を貸し支えた。
どっと疲れたように重みがのしかかる。
よく聞いてみるとアレスは小さい声で何か話していた。
「あなた?」
「―?」
「…なんですか?」
「―たった?」
「えっ?」
もう一度聞き返そうとしたらアレスが急にユキノを押し倒し馬乗りになった。
「痛っ、あ、あなた―」
「あれから何日経ったっ?!!」
その顔は今までの優しい顔ではなく、当初あった時の顔つきだった。
「な、何を?」
「お前と俺が会ってから何日経ったと聞いているっ!!」
「記憶を…戻されたのですか?」
ユキノは驚いた目でアレスを見ていた。
自分の妖術がまさか自力で解かれると思っていなかったからだ。
「答えろっ、ここに俺は何日いたんだ?!」
「…。」
「ユキノっ!!」
「五日…五日間でございます。」
「五日…俺は五日間もここにいたのか?」
「私にとっては…たった五日間でした…。」
観念したかのようにユキノは力無く微笑んだ。
「どうして…思い出したのですか?」
「…俺には、どうしてもやらなきゃ…ならないことがあるんでな。」
「妻を探されてるのであれば、私ではダメなのですか?」
「俺は確かに…妻を探して旅しているが、自分の欲のために…探しているわけじゃない、だからお前だけを愛することは出来ない…。」
「意地悪な人…これだけ愛しているのに。」
いつの間にかユキノの目から涙が流れていた。
彼女もただいたずらに弄んでいたわけではなく、本気で彼を愛していた。
それを隠すようにアレスに笑ってみせる。
「それで…私をどうするつもりなのですか…?」
「…こうするんだよ。」
アレスが腕を振り上げたとき、覚悟を決めたようにユキノはぎゅっと目を閉じた。
だが…。
「え?」
アレスはそのユキノの身体を抱き起こした。
「お前には、俺の妻になってもらう。」
「どうして…?」
「そのへんは…いてっ、ちゃんと話すから聞いてくれ…?」
「その前に…手当をしましょう。」
―――――――。
「そんな…。」
家に入り…口内の応急処置をしてもらった後、俺は彼女に今までの事を話した。
口は幸い大事には至らなかったが当分は泣きながら食事をしなければならなさそうだ。
「私はなんてことを…。」
ユキノは自分のしたことを後悔し、うなだれていた。
…らしくなくても魔王としての力はこんなところにもあるらしい。
「気にするな、別に恨んじゃいない…。」
「でも―」
「俺が不甲斐なかっただけだ、それなりの覚悟はしていたが甘かった…それに。」
「それに…なんですか?」
「お前が俺を愛してくれたことにかわりはないからな。」
「!!」
ユキノは驚いたように目を見開き、静かに答えた。
「…はい。」
「ならそれで良い、俺も幸せだったからな。」
「アレス様…。」
ユキノは嬉しそうに寄り添ってきた。
「私は貴方に…償いがしたいです、ずっと…あなたの傍で。」
「それは…良い方に捉えてもいいのか?」
「はい、私も…貴方無しには生きられない身体になってしましました…。」
愛おしそうに腕に擦り寄るユキノ。
…だがもう時間がない。
「悪いが、もう送るぞ。」
「…急がれてしまうのですね。」
「ああ、皆も心配しているしな。」
「わかりました…私も、貴方を待っていましょう。」
ユキノの了承も得て、俺はイヤリングに意識を研ぎ澄ました。
五日間ぶりなせいか、出来るか少し不安だったが程なくしてヴェンの声が聞こえた。
「アレス、無事なのか?!」
「あぁ、なんとかな…。」
「今までどうしていたんだ?…私たちも心配していたんだ。」
「悪いな…ちょっと夢を見ていた。」
「夢…?それに何か喋りづらそうにしているが…?」
「なに、少しガラスを食っちまっただけだ。」
「が、ガラス?!…まさか何か―」
「説明が面倒だ、そっちに帰った時にでも話すさ?」
「…まったく、君ってやつは。」
「すまんな…、それと今から一人送る…用意していてくれ。」
「分かった、ついでに傷薬も送っておこう。」
「恩に切る…じゃあな?」
「あ、アレス!、くれぐれも無茶だけは―」
ヴェンが何か言う前に切ってしまった…。
まぁ、なんでもないだろう。
「ところで…俺の鞄は?」
「こちらに…。」
ユキノは近くにあった古い箱から鞄を取り出してくれた、一様大事にしてくれたらしい…。
中からケースを取り出し、札を一枚取る。
…何故か少し懐かしい。
記憶まで無くすとは…今更だが教会が魔物たちが恐れるのも頷けるか。
「じゃあ行くぞ?」
「はい…。」
程なくしてユキノの身体から光が溢れ出した。
「ユキノ。」
光に包まれる彼女に俺は言葉を送った。
「お前との五日間、悪くなかったぞ?」
その言葉を聞いてユキノは、
「…。」
泣きながら笑った。
…。
その頃、ミノス城では。
「あぁ〜くそっ!!!」
イライラしげに椅子を蹴り上げ、勇者は立ち上がった。
それを顔色ひとつ変えず傍で見る女賢者。
「勇者様、モラルに欠ける行動はお控えください。」
「うるせぇ!!」
近くにいた女賢者に注意されるも落ち着きのない様子の勇者。
その訳は―
「暇だ暇だっ!飯は食い飽きたし、女も一通り抱いた、平和すぎて何も起きない、この前の仕事から一切魔物共の動きもない、俺はなんでこんなシケたとこにいんだ?!」
そう、彼は暇を持て余していた。
「勇者様、下品なお言葉、平和を喜ばれない言動は王の信用を落とす危険がございます、お控えください。」
「でもよ、これだけ暇だと禁断症状が出ちまう…なにかないか?」
「我慢してください、ここで禁断症状が出ると対処できかねます…ここでの任務が終われば活動も出来るでしょう。」
「といってもそれは後一ヶ月ぐらいの話だろ?…それまで何しろってんだよ…。」
イライラしていた勇者が突如、顔を上げた。
その目の前には女賢者が…。
「そうだ、フェイ。」
「…なんでしょう?」
勇者は真剣に彼女を見つめた。
「お前今すぐ犯らせろ?」
「駄目です。」
「ぁあ?!なんでだ?」
詰み寄る勇者に向かって女賢者『フェイ』は言った。
「生理ですので。」
「…。」
彼女の言葉に面食らう勇者。
「お前さ、前から言おうと思ってたが無表情でそういうことさらっと言うな。」
「どうしてですか?」
「もっと女としての恥じらいとかねぇのかよ…?」
「私には必要ありませんので…。」
「チッ…つまんねぇ女だ。」
冷たくあしらわれた勇者はつまらなそうに舌打ちをして離れた。
「…じゃあ、あの尻軽剣士で良い。」
「剣士…あぁ、『レミィ』ですか?」
「そんな名前だったか?最近見ないがどこいるんだ?」
「彼女ならここにはいません、別の任務がありますので…。」
「任務だと…どこだ?」
「確か…。」
「ジパング…ですね。」
今日は何がいいか…兎でも捕まえればいいが。
雪の中を懸命に探していくが一向に見つからない。
山菜や魚はなんとかとれたがここ最近肉を食っていないし。
たまにはユキノのために豪勢な料理にしたいよな…。
「ユキノのご飯は美味しいからな…。」
あれは本当に良く出来た妻だ。
俺なんかとよく釣り合えたな、確か…俺が言い寄ったんだっけ?
…まあいいや。
それにしてもご飯は美味いし綺麗だし可愛いし。
妻としては全然申し分ない、むしろ有り難すぎるぐらいだ。
何か申し訳ない気がする…。
『あんたが謝ることじゃないよ?』
…?
「今…誰か?」
…気のせいかな?
すごく懐かしい声がしたような…。
周りを見回しても誰もいない。
「空耳かな…?」
不審に思っていると目の前を一匹の白い兎が通り過ぎた。
「あ、待てっ!!!」
俺は夢中で雪の中を追いかけた…。
…。
「いやぁ…美味しかった。」
今日とってきた食料を一通り食べたあと、満腹といった感じに息をつく。
うさぎなんて久しぶりだったからな…。
後片付けをするユキノが嬉しそうに言った。
「今日は大量でしたね…私も腕が鳴りました。」
「そうだな、まぁ何といってもユキノの料理はいつでも美味しいからな。」
「まぁ…あなたったら…♪」
ユキノは照れたように微笑んだ。
この笑顔を見るたびに俺は幸せだなと思う。
「そういえばさ…。」
何気なくユキノに聞いてみる。
「ユキノは、俺のどこを好きになった?」
俺の唐突な質問にユキノは少し面食らう。
「あら、どうしてそのようなことを…?」
「いや…俺なんかのどこを好きになったんだろう…って。」
「…そんなに卑下しなくてもあなたは素敵ですよ?」
ユキノは優しい笑みで言ってくれた。
素敵…か。
『貴方に好意を寄せるのは…貴方が素敵な人だから。』
…?
「どうしたのですか?」
「いや…。」
なにか引っかかるものがあったが多分気のせいだろう…。
気にしないで話を続ける。
「じゃあ…外見は?」
「外見ですか…そうですね。」
ユキノは少し俺を見ながら考える素振りをする。
そして目があった。
「挙げるとすれば―」
『貴方の瞳…素敵だったから。』
「目か?」
俺が先に答えるとユキノが驚いていた。
「どうして…解ったのですか?」
「いや…。」
俺にも分からない。
ただ…前にもそんなことを誰かに言われたような気がする。
最近…なんだかおかしいな。
ユキノ以外にあんまり人に会ったことないはずなんだけど。
「なんとなく…なんとなくだ、な?」
「ふふふ、でも…貴方の瞳、ほんとに素敵ですよ?」
「…そうか?」
「ええ、とても好きです。」
『あたし…やっぱりアレスが好き!』
「…!」
頭に何か語りかけられたかと思うと急に頭に刺すような痛みが走った。
「貴方…大丈夫ですか?」
ユキノが心配そうに俺を介抱してくれる。
なんだろう…疲れてるのかな…?
「きっと…今日はお疲れなのでしょう、今夜はもう寝ましょう…?」
「あ、ああ…そうしよう。」
言われるがままに俺は布団の上へと寝転がった。
先程の痛みが消え、急に眠気が押し寄せてきた。
「ユキノ…。」
「はい…。」
「傍にいてくれるよな?」
「…勿論です、私は貴方の妻なのですから。」
そして、彼女は俺に口づけをしてくれた。
「どうした…急に?」
「いえ、今日はお疲れですし…これで我慢しておきます♪」
「相変わらず元気だな…。」
まるで付き合い立ての恋人みたいだな…。
『これで貴方は私の恋人だよ?貴方が起きたら私の好きな歌いっぱい聞いてね?』
まただ…。
この声はいったい誰なんだろう?
睡魔に襲われた俺にはそれを特定することができなかった…。
深く…俺は眠りについた。
「…?」
俺は夢を見た…。
その中での俺は凄く幸せそうだった。
今まで出会い、そして愛してきた仲間に囲まれて…。
「…なんだ?」
いや、仲間の他にもいる…。
あれは…誰だろう。
その場面によって泣いていたり、怒っていたり、戦ったり…。
でも…最後には皆俺に笑顔を見せてくれた。
あれは…。
「…!!!」
俺は無意識に布団を飛び起きていた。
外は寒いというのに汗をびっしょりとかいている。
「夢…か?」
どこか懐かしい…夢だった。
でも…まるで自分が別人のような…。
「なんなんだ…一体…?」
…。
「それはきっと、前世の夢じゃないですか?」
「前世?」
ご飯を食べながらユキノに夢の内容を話すとそう言われた。
「ええ、だって…今のあなたとはまったく違う場面なのでしょう?」
「まぁ…そうだが。」
「だったら、深く考えても仕方がないですよ…、今でも充分幸せなのですから。」
「…そうだよな。」
ユキノが言うのならそうなんだろう。
それに…彼女が愛してくれていることには変わりない。
『…愛してください。』
また頭痛が…。
でも、これは痛みじゃない…。
なんだろう…心が切ない。
どうしてこんな気持ちになるんだろう…。
「…貴方、本当に大丈夫ですか?」
「あ、いや、大丈夫。」
「昨日からお疲れのようですし…。」
「平気だ、それより…昨日疲れて出来なかっただろう?」
俺はわざとらしく布団に寝転がり、掛け布団を捲る。
「おいで。」
「…いいのですか?」
「毎日するのが約束だろう?」
「はい、早く貴方の子供が欲しいですから…。」
「ははは…そうだな、でもそれは皆も一緒だろう?」
「皆…とは?」
「…え?」
何言ってんだ…?
だって…皆。
『私の意志でお前との子供が欲しいのだ!』
「うぐっ…!!」
突如としてまた痛みが走る。
なんなんだ一体…。
今、俺じゃなかったような…。
「貴方…しっかりして!」
「いや、大丈夫…どうしたんだろうな?」
「きっと疲れているんですよ…今は忘れましょう?」
そういってユキノは近づいてくるが誘っておいて俺はそんな気にはなれなかった。
「貴方…?」
「すまない…でも、何か…。」
何か分かりそうな気がする。
前世なのかどうかは分からないが、一体何だ?
わからないが…あともう少しなんだ…。
まるで上から貼った紙がペラペラと剥がれ落ちそうな感覚。
その向こうで…なにかが隠れている。
「私では…お気に召しませんか?」
「いや、そういうわけじゃ…。」
『私は、強い男は…好きだ、お前なら…嫌ではない。』
「あがぁ…!!」
今度は明らかに強い痛み。
そして一瞬見えた誰かの顔。
誰かは分からない…わからないが…。
「あなた、どうしたのですか!?」
ユキノが抱きしめて背中を摩ってくれる。
俺を心配してくれているのだろう…。
でも…なぜか、釈然としない…。
どうして…ユキノは俺の妻だろう?
たった一人の―。
『お前は優しすぎるのだろうな…。』
「!!!」
気づけば俺は彼女を突き放していた。
「あなた…?」
「…俺は…俺は!!」
混乱した頭で俺は家を飛び出した。
後ろからはユキノの声が聞こえた。
だがその言葉も頭の声に遮られる。
『まってるよ、だーりん。』
「なんなんだ…なんなんだよこの声はっ!!!」
俺は雪の中を走り続けた。
…。
「はぁ…はぁ…。」
雪原の上で息を整える。
なぜ俺はここまで走ったのだろう?
もう訳が分からない。
ユキノに酷いことしてしまった上に飛び出して、俺は一体何をしているんだ?
早く戻らないと…。
『旦那様の…、大切な…女に、なりたいから…!!』
「がぁ!!!」
だめだ…頭が…心が…張り裂けそうだ!!
俺は一体…どうしてしまったんだ?!
思わず雪の上をのたうち回る。
「なんだ…一体俺に…どうしろと?!」
頭がずっと痛み続ける。
心が破けそうになる。
もう少し…もう少しで何か見えそうだ…。
何をすれば全てを知れる?!
『彼女達の夫になってくれ』
「俺は…!!」
『お帰り…アレス。』
「俺はぁぁ!!」
…。
気が付けば俺は近くにあった大きな石の目の前にいた。
そしてその石に…。
「っ!!」
いつから付いていたのか…どこで手に入れたのかも分からない腰につけていた緑色の瓶を
叩きつけた!
ガンッ…ガンッ…パキッ!
何度も叩きつけるうちに、瓶は粉々に砕けた。
中身は凍っていたのかガラスと一緒に緑色の綺麗な結晶が石の上に散らばる。
それを全て広い上げ、手のひらへ載せた。
「…。」
どうしてこんなことをしている?
こんなことをしてなんになる?
俺にはこんなことをする必要がない。
「そんなこと…!」
ユキノが悲しむぞ?
「…!」
一瞬、手の動きが止まった。
そうだ、俺にはユキノがいる。
今でも俺の帰りを
「だが…、」
待って
「これは―」
「これは俺にしか…できないんだ!!!」
手のひらにあった物を全て口に入れ、噛み砕いていく。
「ぐぅ!!」
口から血が流れ出した。
ガラスが口中に刺さり、思わず吐き出してしまう。
鉄の味の他にほんのり青林檎の味がした。
そして頭の中に知らない記憶が入ってくる。
『あら〜、オチビちゃん気に入ったみたいよ?』…スラミー。
『…お前にまた会えるなんて夢みたいだ』…ルー。
『さっきはすまなかったな、嬉しさのあまり抱きついてしまって』…リザ。
『どうしたもあるか!私がどれだけお前の帰りを待っていたか…』…レイ。
『リーダーに気に入られなかったら、あたしの夫にならない?』…ルカ。
『でも〜、わたしも貴方を見て好きになっちゃった』…プリン。
『…私達はもう夫婦なんだから♪』…サラ。
『なんて器のでけぇ男なんだ!!』…レジーナ。
『嫌なわけ無いじゃんっ!!私達はもう恋人なんだし♪』…セーレ。
『私を楽しませてね…旦那様?』…ユラ。
『不束者ですがよろしくお願いします…』…なな。
『これからよろしくね!』…たま。
『満足させてもらえるなら貴方と夫婦になりましょう。』…アサギ。
『こんなに素敵な言葉を頂けて…ちうは幸せでございます。』…ちう。
『私をこんなにさせたんですから…責任とってください。』…クロエ。
『おお…言うねぇ〜、さすがあたしの旦那。』…アカネ。
『…それに良い男には違いありませんね。』…アオイ。
『わらわもこんなことを言われたのは生まれて初めてじゃ。』…ヒメ。
『おとさん!おとさん!!』…ライム。
『私の名は、ヴェンだ。…よろしく頼む。』…ヴェン。
『それは、俺が魔物と人間が共存できる世界を望んでいるから。』
「“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!」
……。
「一体…どこに行ってしまわれたの…。」
家の前でユキノは心配そうな面持ちでアレスの帰りを待っていた。
「あなた…。」
泣きそうになるのを堪えながらユキノは待ち続けていた。
すると、すぐ近くからガサリッと雪を踏む音がした。
振り返ってみると…。
「あ、あなたっ!!」
口の周りを血だらけにしたアレスが立っていた。
慌ててユキノが近づいていく。
「あなた血が出ていますっ!!…一体何があったのですか?!」
ユキノは彼に肩を貸し支えた。
どっと疲れたように重みがのしかかる。
よく聞いてみるとアレスは小さい声で何か話していた。
「あなた?」
「―?」
「…なんですか?」
「―たった?」
「えっ?」
もう一度聞き返そうとしたらアレスが急にユキノを押し倒し馬乗りになった。
「痛っ、あ、あなた―」
「あれから何日経ったっ?!!」
その顔は今までの優しい顔ではなく、当初あった時の顔つきだった。
「な、何を?」
「お前と俺が会ってから何日経ったと聞いているっ!!」
「記憶を…戻されたのですか?」
ユキノは驚いた目でアレスを見ていた。
自分の妖術がまさか自力で解かれると思っていなかったからだ。
「答えろっ、ここに俺は何日いたんだ?!」
「…。」
「ユキノっ!!」
「五日…五日間でございます。」
「五日…俺は五日間もここにいたのか?」
「私にとっては…たった五日間でした…。」
観念したかのようにユキノは力無く微笑んだ。
「どうして…思い出したのですか?」
「…俺には、どうしてもやらなきゃ…ならないことがあるんでな。」
「妻を探されてるのであれば、私ではダメなのですか?」
「俺は確かに…妻を探して旅しているが、自分の欲のために…探しているわけじゃない、だからお前だけを愛することは出来ない…。」
「意地悪な人…これだけ愛しているのに。」
いつの間にかユキノの目から涙が流れていた。
彼女もただいたずらに弄んでいたわけではなく、本気で彼を愛していた。
それを隠すようにアレスに笑ってみせる。
「それで…私をどうするつもりなのですか…?」
「…こうするんだよ。」
アレスが腕を振り上げたとき、覚悟を決めたようにユキノはぎゅっと目を閉じた。
だが…。
「え?」
アレスはそのユキノの身体を抱き起こした。
「お前には、俺の妻になってもらう。」
「どうして…?」
「そのへんは…いてっ、ちゃんと話すから聞いてくれ…?」
「その前に…手当をしましょう。」
―――――――。
「そんな…。」
家に入り…口内の応急処置をしてもらった後、俺は彼女に今までの事を話した。
口は幸い大事には至らなかったが当分は泣きながら食事をしなければならなさそうだ。
「私はなんてことを…。」
ユキノは自分のしたことを後悔し、うなだれていた。
…らしくなくても魔王としての力はこんなところにもあるらしい。
「気にするな、別に恨んじゃいない…。」
「でも―」
「俺が不甲斐なかっただけだ、それなりの覚悟はしていたが甘かった…それに。」
「それに…なんですか?」
「お前が俺を愛してくれたことにかわりはないからな。」
「!!」
ユキノは驚いたように目を見開き、静かに答えた。
「…はい。」
「ならそれで良い、俺も幸せだったからな。」
「アレス様…。」
ユキノは嬉しそうに寄り添ってきた。
「私は貴方に…償いがしたいです、ずっと…あなたの傍で。」
「それは…良い方に捉えてもいいのか?」
「はい、私も…貴方無しには生きられない身体になってしましました…。」
愛おしそうに腕に擦り寄るユキノ。
…だがもう時間がない。
「悪いが、もう送るぞ。」
「…急がれてしまうのですね。」
「ああ、皆も心配しているしな。」
「わかりました…私も、貴方を待っていましょう。」
ユキノの了承も得て、俺はイヤリングに意識を研ぎ澄ました。
五日間ぶりなせいか、出来るか少し不安だったが程なくしてヴェンの声が聞こえた。
「アレス、無事なのか?!」
「あぁ、なんとかな…。」
「今までどうしていたんだ?…私たちも心配していたんだ。」
「悪いな…ちょっと夢を見ていた。」
「夢…?それに何か喋りづらそうにしているが…?」
「なに、少しガラスを食っちまっただけだ。」
「が、ガラス?!…まさか何か―」
「説明が面倒だ、そっちに帰った時にでも話すさ?」
「…まったく、君ってやつは。」
「すまんな…、それと今から一人送る…用意していてくれ。」
「分かった、ついでに傷薬も送っておこう。」
「恩に切る…じゃあな?」
「あ、アレス!、くれぐれも無茶だけは―」
ヴェンが何か言う前に切ってしまった…。
まぁ、なんでもないだろう。
「ところで…俺の鞄は?」
「こちらに…。」
ユキノは近くにあった古い箱から鞄を取り出してくれた、一様大事にしてくれたらしい…。
中からケースを取り出し、札を一枚取る。
…何故か少し懐かしい。
記憶まで無くすとは…今更だが教会が魔物たちが恐れるのも頷けるか。
「じゃあ行くぞ?」
「はい…。」
程なくしてユキノの身体から光が溢れ出した。
「ユキノ。」
光に包まれる彼女に俺は言葉を送った。
「お前との五日間、悪くなかったぞ?」
その言葉を聞いてユキノは、
「…。」
泣きながら笑った。
…。
その頃、ミノス城では。
「あぁ〜くそっ!!!」
イライラしげに椅子を蹴り上げ、勇者は立ち上がった。
それを顔色ひとつ変えず傍で見る女賢者。
「勇者様、モラルに欠ける行動はお控えください。」
「うるせぇ!!」
近くにいた女賢者に注意されるも落ち着きのない様子の勇者。
その訳は―
「暇だ暇だっ!飯は食い飽きたし、女も一通り抱いた、平和すぎて何も起きない、この前の仕事から一切魔物共の動きもない、俺はなんでこんなシケたとこにいんだ?!」
そう、彼は暇を持て余していた。
「勇者様、下品なお言葉、平和を喜ばれない言動は王の信用を落とす危険がございます、お控えください。」
「でもよ、これだけ暇だと禁断症状が出ちまう…なにかないか?」
「我慢してください、ここで禁断症状が出ると対処できかねます…ここでの任務が終われば活動も出来るでしょう。」
「といってもそれは後一ヶ月ぐらいの話だろ?…それまで何しろってんだよ…。」
イライラしていた勇者が突如、顔を上げた。
その目の前には女賢者が…。
「そうだ、フェイ。」
「…なんでしょう?」
勇者は真剣に彼女を見つめた。
「お前今すぐ犯らせろ?」
「駄目です。」
「ぁあ?!なんでだ?」
詰み寄る勇者に向かって女賢者『フェイ』は言った。
「生理ですので。」
「…。」
彼女の言葉に面食らう勇者。
「お前さ、前から言おうと思ってたが無表情でそういうことさらっと言うな。」
「どうしてですか?」
「もっと女としての恥じらいとかねぇのかよ…?」
「私には必要ありませんので…。」
「チッ…つまんねぇ女だ。」
冷たくあしらわれた勇者はつまらなそうに舌打ちをして離れた。
「…じゃあ、あの尻軽剣士で良い。」
「剣士…あぁ、『レミィ』ですか?」
「そんな名前だったか?最近見ないがどこいるんだ?」
「彼女ならここにはいません、別の任務がありますので…。」
「任務だと…どこだ?」
「確か…。」
「ジパング…ですね。」
12/02/09 11:32更新 / ひげ親父
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