第十一話 彼女の想いと龍神と 後編
「ん、んん…。」
「よかった…気がついたか。」
ちうは瞼をこすりながら目を覚ました。
起きなかったらどうしようかと冷や冷やしていたアレスがほっと胸をなでおろす。
「あれ…私は?」
「気絶していたんだ、無理もない…怖い目にあわせてしまったからな。」
「気絶…、所でここは?」
ちうは不思議そうに周りを見た。
無機質な木の板で囲まれた小屋の中。
埃っぽく、少しカビ臭いが彼女の鼻に届く。
「あ、ここはな―」
「わらわの社じゃ。」
アレスが説明しようとした時、後ろから扉を開けて女性が入ってきた。
はだけた着物から立派な胸元を見せつけ、蛇のような尻尾の彼女。
その人物を見てちうは飛び起きる。
「りゅ、龍神様!!もう大丈夫なのですか?」
その女性は紛れも無く先程までひどい怪我で気絶していた龍神だった。
薄い紫の髪を靡かせ、神秘的な笑みを見せる。
「あぁ、そなたらのおかげじゃ…なんと礼を言えばよいか。」
「いえそんな…ってここお社の中ですか?!」
「構うことはない、わらわもここは昼寝にしか使っておらんような所じゃ。」
「気絶していた俺たちを龍神がここまで運んでくれたんだ、俺も起きたときは驚いたよ。」
「龍神様…が?!」
ちうは申し訳なさそうに頭を下げるが龍神は優しく首を横に振った。
「畏まらなくてもよい、そなたはわらわの命の恩人じゃからな。それとアレス…わらわのことは姫(ヒメ)と呼べと言ったであろう?」
「分かった分かった…でも本当に助かったよ。」
「それはわらわが言う言葉じゃ、そなたらの助けが無ければわらわも死んでおったじゃろう。」
「そういえば…一体何があったのですか?」
「ふむ…。」
ちうに聞かれ、ヒメが真剣な表情で話し始める。
「わらわがいつもの様に池で水浴びをしていたらな、急に何人かで襲いかかってきたのじゃ。」
「…どんな奴らだったか覚えているか?」
「最初に向かってきた者らは大したことはなかったのじゃが…一人豪傑の者がおっての…。」
「豪傑…?」
「旦那様、強いって意味です。」
「わらわの力をもってしてもそやつにはかなわなかったのじゃ…辛うじて逃げ果せたのじゃが、力尽きての…。」
それで俺たちの上へと落ちてきたのか…。
「そんな…龍神様が敵わないほどの相手なんて…。」
ちうは怖がるように呟いた。
…それほどまでに龍とは偉大な存在なのだろう。
だがその神とまで言われた龍を追い詰めたのは一体…?
「その豪傑は誰だか分かるか?」
「いや、この国の者ではないことは確かじゃ…覚えておるのは赤い鎧に金色の髪をした女ということぐらいじゃ。」
「赤い鎧に…金髪?」
アレスはその容姿にすこしだけ引っかかるものを感じた。
赤い鎧、金色の髪、そして龍を打ち倒すほどの実力の女…。
「まさか…。」
「旦那様…どうしたのですか?」
「何か思い当たる者でも?」
「いや…。」
頭を振って想像を消した。
こんなところにいる訳もない、アレスはそう思うことにした。
ふとアレスを見てちうは腕に赤い染みができているのに気が付いた。
「だ、旦那様っ…それ―。」
「え、あぁ…これか?…大したことはない。」
「アレス、お主怪我をしておったのか?!…なぜ言わぬのだ!」
「いや…傷は深くない、毒も塗られていないしな。」
「馬鹿者…わらわが術を施してやろう、こっちへ来て腕を見せてみよ。」
「だから…大丈夫だって…?」
「いけません、さ、早く。」
「お、押すなって…。」
二人にせがまれてアレスは渋々怪我をした左腕を見せる。
「ごめんなさい…私のせいで…。」
「別にちうのせいなんかじゃないさ、俺が油断していただけだ。」
「いえ…、私は旦那様に助けられて…あれ?」
そう言いかけてちうは少し首を傾げた。
「どうした?」
「…あの人は?」
ちうは自分が切られる前に助けてくれた男性を思い出した。
アレスによく似た…それぐらいしか覚えていない。
「あの人…?」
「私を助けてくれた方です、旦那様によく似た人で…。」
ちうは必死に思い出そうとするが薄くもやが掛かり、考えが纏まらないでいた。
「さぁ…俺は気絶していてあまり覚えてない、ヒメ…他に誰かいたのか?」
「いや…他は見ておらん、それと…わらわが目覚めたときじゃが、アレスがちうを抱きとめて…その後気絶したんじゃ。」
「俺が…ちうを…まったく覚えてないな。」
「ちうよ、それはアレスだったのではないか?」
「うーん、そうだったのでしょうか…?」
ちうは歯切れの悪い返事をしてうーんと唸った。
アレスはというと身に覚えのないことに首を傾げるばかりだった。
「ま、まぁいいじゃろう…それより、そなたらにお礼をしたいのじゃが…。」
「お礼?」
「いや良いですよっ、龍神様にそんな―」
「いい、わらわがそうしたいのじゃ…で、なにか望みはあるかの?」
「望みって…何ができるんだ?」
「そうじゃのう…天気を変えたり、水田を―」
「それ以外で頼む。」
「後は…何があるかのう…?」
頭を捻るヒメにちうは少し考えたあとはっきり答えた。
「では…旦那様の、妻になっていただけませんか?」
「え?」
「なんと?」
ちうの願いに二人は驚いた。
元よりアレスが一番驚いた。
「ちう…どうして?」
「願いは分からぬでもないが…なぜそなたが言うのじゃ?そなたはアレスの妻であろう?」
「恐れ多いとは分かっておりますが…旦那様は今、私達妖怪…魔物を救うために旅をしております、その旦那様のお力になれるのであれば…ちうは本望でございます。」
「ちう…。」
「それは、少し寂しいですが…私の我侭で旦那様のご迷惑になっては意味がありません、私は旦那様のお役に立ちたいのです。」
ちうは後悔などないように力強く言った。
この子はこんなにも、俺を思っていたのか…。
だがヒメは硬い表情をした。
「むぅ…関心はするが、その願いは叶えられないのぅ…。」
「えっ…?」
思わぬヒメの答えにちうは目を丸くした。
「それはアレス、お主が言わなければ意味が無いからの…わらわとて一人の女じゃ、お願いで妻にはなれん。」
「!!…無粋な真似をしてすいません!」
「そうではない…そなたの心意気は立派じゃ、それほど尽くせるとは…よほど良い男なのじゃな?」
「はい、それはもうお優しい人で格好も良くて近づかれた時などはもう…はっ?!」
「…。」
本人が目の前にいるのを忘れてのろけてしまったちう。
アレスもそこまで言われて二人とも顔を真っ赤にさせた。
「ほほほ、おもしろいのう…わらわもお主が気に入ったわ。」
「そ、そりゃ…どうも。」
「ふむ…じゃあ願いじゃがどうしたものかの…?」
「それなんですが…私は旦那様にお願いしたいことが…。」
「…俺か?」
「わらわではないのか…。」
ヒメではなくアレスと指名されアレスは少し疑問に思いながらも答えた。
ちうはもじもじとさせてアレスにお願いをする。
「その…旦那様…。」
「…あぁ。」
ちょっと上目遣いにちうが言った。
「キス…してください。」
「え?」
「ほほっ…。」
ヒメが面白そうに口を隠して静かに笑った。
アレスは意表を突かれ固まってしまう。
「駄目でしょうか?」
「い、いやいいぞ…お願い…だからな。」
「…はい♪」
「…。」
チュッ…。
それから二人の顔が近づき…唇を合わせた。
「ほほ…見せつけてくれるのう。」
妬む言葉を言いながらもその顔は面白くて堪らないという顔だった。
二人の唇がゆっくりと離れる。
「ふわぁ…。」
「こ、これで良いか?」
「はい…ちうは幸せでございます。」
と、浮き上がりそうな幸せな笑顔を見せていたちうがしゅんと元に戻る。
「もう大丈夫です…旦那様、ちうを送って下さい。」
「送るって…いいのか?」
「はい、ちうは旦那様に充分に愛してもらえました…これ以上は皆様にも旦那様にも悪いです。」
「そうか…、言っとくが俺はお前を迷惑だなんて思ったことはないからな?」
「……はい♪」
「素直じゃないのう…♪」
「うるせぇ。」
アレスはイヤリングを通してヴェンに連絡した。
「おぉ、アレス…そっちはどうだ?」
「あぁ、今から一人送る、後…多分もう一人も送る。」
「流石だな…順調じゃないか、因みに誰を送るんだ?」
「提灯おばけのちうと…龍のヒメだ。」
「なにっ?!龍だって?!!」
ヴェンが叫んだときアレスの頭で大音量で発せられたためアレスは酷くもがいた。
後ろで見ていた二人が奇怪そうに見る。
「馬鹿野郎っ、叫ぶんじゃない!」
「す、すまない…しかし、龍神を妻にするとは…相変わらず末恐ろしい男だな君は?」
「上手く偶然が重なってな…それとそっちはどうだ?」
「あぁ何も問題はない…それとこの前言っていた子供だが…無事に目が覚めたよ。」
あぁ、あの島に流れ着いた魔物の子供か。
丁度ユラとセーレを送った時の事だな。
「事情は聞けたのか?」
「いや…恐らくショックが大きいのか、まだそんなに話せないんだ…今はリザ君が付き添ってくれているよ。」
「そうか…。」
余程、恐ろしい目にあったのだろう。
戻ったあと…その子にも会っておく必要があるな。
「じゃあ、今から送る。」
「わかった、いつでもいいぞ?」
交信を終え、俺は札を一枚取った。
念じることにも慣れたのか、すぐにちうの身体が光り出す。
「では旦那様、お待ちしております。」
「あぁ、向こうによろしくな?」
ちうは幸せそうに笑ったあと光に包まれて消えた。
「ふむ…魔王の名はヴェンというのか、初めて知ったぞ。」
「お前…どうやってそれを?」
「人間の考えを読むぐらい造作のないことじゃ、でも安心せい…普段は滅多なことでは使わんし…お主に使うのもこれっきりじゃ。」
「そうしてくれると助かる…。」
「それはそうとして…わらわに何か言うことがあるのではないか?」
「う、うむ。」
アレスはふぅっと息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
「俺の妻になってくれ。」
――――――。
「はぁ〜、堪らんのう…ときめくのう…。」
ヒメはモジモジと蜷局を巻き、頬に手を当てている。
本当に神様か疑いたくなってきた…。
「わらわもこんなことを言われたのは生まれて初めてじゃ…。」
「初めて…?お前なら人間くらい簡単に手に入るだろう?」
「それは生贄か人柱じゃ…好きになってもおらんのに夫婦になどなれん。」
「でも精は貰ったんだろう?」
「それは…力を付けるためじゃ、決して不埒な意味では無い!!」
「どうだかな…。」
「そんなことより…。」
ヒメはぐるぐると俺に巻きついてきた。
「お主…近くで見ると益々良い男じゃな?」
「そりゃ…光栄だな。」
「さっきから気づいておったが…お主、わらわの胸に興味があるのじゃな?」
「い、いや…そんなことは?!」
「よいよい、人間の男とは大きい胸が好きじゃからな、ほれ…わらわの胸を存分に堪能するが良い。」
目の前ではらりと胸を晒すヒメ。
白く透き通った肌に薄いピンクの乳首。
大きく揺れる上にとても柔らかい…。
「ふむぅ…心地よい気分じゃ、もっと…もっと…。」
「おぶおっぶ…!!」
「はんっ…下半身に何か固いものを感じるのう…♪」
強く締め付けられた上に胸を押し付けられ息ができない。
なんとか手で合図をしようとヒメの背中を触った時だった。
「はひぃ!?!」
「?」
何か一箇所だけ違和感のあるところを手探りで見つける。
それは丁度、背中の下の方だった。
それに触れた途端、ヒメの目付きが変わる。
「ヒ、ヒメ?」
「―――!!」
「おい…?」
「…。」
声にならない叫びと真っ赤にさせた顔、そして感極まった笑み。
俺はこの顔を何回か見てる。
そしてその後は決まって良くない。
「まずい。」
「アレス、今すぐ挿れるのじゃ!!!!」
「お、おい…うわぁはぁっ!!」
「あはぁ…挿ったのじゃ…♪」
まるで水でも吹き出しているかのような勢いの秘部に俺の肉棒が入っていく。
いやらしい音をなんども響かせ、締め付けられたまま上下に腰を振る。
「はひぃ、…ひやっ…良い…きもちぃ。」
「うわぁ…これは、すごい…締め付けてくる。」
「もっと…もっと振るのじゃ…もっと突くのじゃ!!!わらわをイかせるのじゃ!!」
「ひやぁぁぁ!!!!」
社の中で俺の悲痛な叫びと淫らなあえぎ声は何度も続いた。
…。
違うところでは―。
「はぁ…はぁ…なんなのだ、一体あれは?!あんなのがいるなんて聞いてないぞ?!」
龍神を襲った集団、その長ヒラトは愚痴った。
彼らは川から逃げ出し、しばらく走り続けていたため疲れはてていた。
他の者も同様で肩で息をしている。
「わ、わかりません…余所者ではありましたが。」
「そんなもの見ればわかる!!、しかし問題はこれからどうするかだ。」
「ええ、もし逃げたことをあの女に知れたら…。」
「そんなことになってたまるか、俺は龍神の血を飲んで不老不死になるまで諦めないぞ!!」
「それが理由だったんだね?」
「だ、誰だ?!」
振り向くと全員が振り向くとそこには一人の河童が仁王立ちしていた。
「お前だな、信仰者のふりして近寄ろうとしてた奴は…領地を守っていた見張りまで殺して。」
「はん、何かと思えばただの河童か…それがどうしたというのだ?」
突然現れた河童に男たちは怖がる様子もなく、平然としていた。
そんなことも気にせず河童は続ける。
「外道な人間め…龍神様に代わって、天罰を与えてやる!!」
「下級妖怪の分際で、貴様など殺しても何の得もないが…知りすぎたのならただではおかんぞ?」
「ほう…どうなるんだい?」
「聞かせて欲しいわね?」
「な、なに?!」
河童の右や左。
はたまた違う方向から続々と囲うように妖怪達が姿を現す。
「人間もここまで堕ちたのか?」
「龍神様を手に掛けようとは…不届き者っ!!」
「覚悟しなさい。」
大きな金棒を担いだ赤鬼。
木にぶら下がりほくそ笑む女郎蜘蛛。
上から蔑むように見る鴉天狗。
九つの尻尾を持つ稲荷。
青い炎をちらつかせる白蛇。
計六人の妖怪が男たちを取り囲んだ。
「ひぃぃぃ!!ヒラト様っ!!」
「お、お前ら何してる?!戦え!」
「無茶言わないでください!」
一斉に囲まれた男たちは成すすべなく縮こまる。
「さて、その曲がった根性を精と一緒に絞り出してやるぜ!!」
「ふふふ、良いのが摂れそうだわ…。」
「ありがたく思うがいい。」
「お、お助けぇぇぇ!!!」
森の中で悲痛な叫びがこだまする。
それを影で見る人物が一人。
「ち、使えないわね…やっぱり旅は一人で行くのが一番ね…きゃはは♪」
その影は暗い夜へ消えていった。
…その後、近くの役場に干からびた男たちが届けられたという。
それを見て…ヨスケは静かに笑った。
12/01/17 01:06更新 / ひげ親父
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