「ここが…ジパング。」

船を降り船長達と別れた後、俺は港へと降りた。
港から見てもここは別世界に思える。
それは人の服装でもあり町並みでもあり、こちらとはずいぶん違う。
それだけにここに来たという達成感もある…観光に来たわけではないが…。
とりあえず移動したいが、どこから行ったものか？

「ちょっと、そこの旦那!！」

行き先を悩んでいると急に声を掛けられた。
振り向くと一人の男性がこちらへと走ってくる。
服装からしてジパングの人だろう。

「いやいや…ようこそお越しくださった、初めての観光ですかい？」
「あ、あぁ…。」

どうやら俺を観光客と間違えているようだ。
まぁそっちの方が話しやすいし訂正する必要もないだろうが…。
でもこの男は一体？
俺が訝しげに見ていると男は慌てて自己紹介を始めた。

「これは失礼、あっしは『ヨスケ』。観光客を専門に案内をしておりやす。」
「ガイドみたいなものか？」
「そんな大層なもんじゃありやせんが、外来の方にここを楽しんでもらえるよう説明もいれて案内しやすぜ？まぁ…もらうもんはもらいますけどね？」

ヨスケと言った男は少し意地悪く笑いながら言った。
それほど怪しい人物にも見えないし、実際ここを案内なしに行くのは少し心細かったところだ。
信用してもいいだろう。

「わかった、案内を頼む。」

ヨスケに金貨を何枚か手渡した。

「へへ毎度!！ではこちらへ、どこか行きたいところはありやすかい？」
「いや、出来れば適当に頼む、特に町の方を。」
「そうですかい？じゃあまずは腹ごしらえと行きましょう！この町は何といってもうどんが美味しいんでさ！」

ヨスケに連れられて町の方へと入っていく。
そこには俺の知らない世界がまた広がっていた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐。


「どうです旦那、口に合いやすかい？」

店の中に入りうどんと言われる麺類の料理を頼んだ。
麺が太いうえにきつねと呼ばれる甘い生地を乗せて食べる料理。
最初はすこし抵抗があったが食べてみると意外に美味しい。
スープもすっきりとしていてかなり食べやすかった。

「旨い…旨いんだが。」
「…だが？」
「俺はこっちの方が気になる。」

食べるときに手渡された『ハシ』という二つの細い棒だ。
これがなにより使いにくくて食べるのに苦労してしまう。
周りではこれを片手で器用に麺を啜っている。
…すごい文化だ。

「あぁ、箸に馴染みが無いんでやんすね、たしかそっちでは『ふぉーく』とかなんとか言う奴を使うんでしたっけ？」
「あぁ、それとナイフとスプーンだ…でもハシみたいには器用には使わない、ここの人たちはすごいな？」
「そんな所褒めても仕方ありやせんよ？」

とか言いつつもヨスケは少し照れくさそうにした。

「ん？」

なにやら外が急に騒がしくなりドタドタと走る音が続いている。
俺が不審に思っていると外から声がした。

「御用だ、御用だ!！」
「お縄を頂戴せぃ!！」
「なによ、ちょっとぐらい見逃しなさいよ！」

声から察するに追いかけられているようだ。
ヨスケが耳元でボソッという。

「旦那は、『妖』の類は平気ですかい？」
「アヤカシ？…あぁ、魔物のことか？」

たしかジパングでは彼女達のことを妖、あるいは妖怪と呼ぶんだったな。

「俺は平気だ、見たこともある。」
「そいつは良かった、なら話しやすが今のは妖怪が町に入り込んだ騒ぎですわ。」
「町にだって？」
「いやいや、旦那が考えてるような攻め込むとかじゃありやせん、もともと妖怪ってのは人と仲良いもんですからね？」
「その言い方だと、妖怪たちはもともとこの町に住んでたみたいだな？」
「お察しの通り!…ですがこの町で貿易が始まると向こうのお得意さんらが妖怪を見て逃げ帰ってしまうんですわ、なかには殺生しようとする奴までいてこりゃいかんと組合で話し合った結果、御触れを出して貰ったんですわ。」
「御触れ？」
「妖怪はこの町にはいるべからず、ってね、まぁ破った所で捕まえて追い出すだけなんで心配はいりやせん。」
「そうか…。」

その話を聞いてすこしホッとした。
だがここにも影響が出ているとなると少し申し訳なく思った。
早く元通りになればいいのだが。

「でも旦那は平気そうで安心しやした、姿は人と違えど妖怪はいい奴が多いんでね、なによりべっぴんぞろいと来てるもんだから男のあっしとしても嬉しい限りで!！」
「…そうだな。」
「おっと失礼、じゃあそろそろ違う場所に行きやすか！オヤジ、勘定ここに置いとくぞ!！」

ヨスケはまたハツラツとした勢いで俺を連れ出した。
ほんとにこの男は楽しそうに案内するのだな…。



‐‐‐‐‐‐‐。


気づけば日も傾き夜になった。
夜になるとジパングの町並みは姿を変えた。

「これが本来の顔でっせ、旦那？」
「すごいな…。」

どこからも宴の笑い声、女たちの歌や喘ぎが聞こえる。
外では客引きが道行く男を誘い、窓からは煌びやかなキモノを着た女たちが誘うようにこちらを見ている。

「旦那もそっちはいける口ですかい？」
「まぁ…多少は。」
「またまた、観光でもこれを目当てに来る輩も沢山いますからね〜、旦那もそうなんでしょ？」
「いや俺は…。」

言いかけて少し考える。
たしかに彼女たちを探すならこういう店の方が良いかもしれない。
彼女たちからすれば精が簡単に得られるのだから申し分ない条件だ。
だが彼女たちも人間に化けて紛れているはずだ、ここから探すのは苦労しそうだな…。

「旦那意外と面食いですね？もっと広いとこなら値は張りますが飛び切りの美人はいますぜ？」
「そういうわけでもないんだが…。」
「ちょっとお兄さん方？」

俺がそうこう悩んでいるとまた声を掛けられた。
客引きかと思い無視しようと思ったがどうやら違うようだ。

「お兄さん、私たち買ってくれない？」
「どうですか、ご予定がなければ今宵私たちと？」

振り返ると二人の美しい女性が立っていた。
対の柄からして姉妹だろうか？
ヨスケが急に嬉しそうに話し出した。

「旦那ツイてますぜっ、はぐれでこんな上玉に声掛けられるなんて…さすが色男!！憎いねぇ〜。」
「…そうなのか？」
「安心してくだせい、ここでは騙しは御法度って暗黙がありやすからね？楽しんでいってください。」
「だがな…。」

ちらりと二人を見たとき、俺は少し止まった。

「…どうしました？」

ずっと見つめてたせいか女性は不思議そうに首をかしげた。

「…気が変わった、二人とも買おう。」
「ほんと?!やったぁ♪」
「ではこちらに…。」
「では旦那、ごゆるりと!明日もここにいますんで!！」

ヨスケの言葉を背に、俺は二人に腕を組まれて建物へと入った。


‐‐‐‐‐‐‐‐。


「そうですか…、アレスさんはずっと旅をしてなさるんですね？」
「すごーい！どんな旅をしてるんですか?!」
「そうだな…旅をしながらある女性を探している。」
「もしかして…運命の人ってやつですか？」
「そうかもな、現にいま二人にも出会っているしな。」
「ふふふ、お上手ですね…？」

お酒を注いで貰い、飲みながら二人と話した。
ほとんどは俺への質問だったがそれでも二人は楽しそうに聞いてくれる。
ここの酒は少し強いようで酔いも少し早く感じた。
それほど酒には強くないのでほどほどにしとかないとな…。

「ところで二人は姉妹なのか？」

ちょっと気になってみたので俺は二人に聞いてみた。
二人は顔を見合わせながら言う。

「そうですよ？といっても義理だけどね？」
「私がお姉さんなんです、といっても見えないでしょう？」
「いや、二人とも美人でついな…。」
「もう、そんなこと言ってると本気にしちゃうよ？」

少し赤くなりながら妹の『たま』は恥ずかしそうに言う。

たまは着物にしてはやけに短い裾でショートヘアの可愛らしい女性だ。
話し方もだいぶ砕けていて遠慮を感じさせない。
対して姉の『なな』は清らかなイメージのロングヘアの美しい女性だ。
これほどの姉妹はサラとセラ以来だろうか？
こういうのもたまにはいいかもしれない。

「じゃあたま、そろそろ踊ろっか？」
「うん、お姉ちゃん。」

ななは立ち上がり少し前に立って、扇子を手にとり広げた。

「何をするんだ？」
「アレスさんにここの舞を見てもらおうと思いまして。」
「あたしたちのはすごいんだよ〜。」
「それは、楽しみだな。」

そう言って二人は構え、たまは弦の張った楽器を取り出した。
ななの持つセンスが開かれ、そこには美しいピンクの花びらの絵が現れる。
そしてたまはおもむろに弦を‐

「待て。」

俺の言葉にびくっとたまが震えこちらを向いた。

「ど、どうかした？」

急に待てと言われて動きを止めるたまに俺はゆっくりと話した。

「それは弦をその撥で弾いて音を鳴らす楽器だろう？」
「は、はい、三味線って言います。」
「ならどうしてその弦を外そうとしている？」
「え、あ、いやその…。」

目が泳ぎ始め、額から汗を流している。
明らかにたまは動揺しているな。

「こ、これはにゃ、にゃんというか―」
「アレスさん？」

たまの言葉を遮るように姉のななが割って入ってきた。

「これは私たちの冗談でございますわ？」
「冗談？」
「そうです、弦を外して私が指摘してどっと笑いを取るという催しでしたのにそんな怖い顔されるとたまも怯えてしまいます、ねぇたま？」
「そ、そうだよ、そんなに怒らなくてもいいじゃない？私もちょっと怖かったよ？」

二人して笑いながら弁解をする。
俺もそれを聞いて納得したように頷いてみせる。

「なるほどな…それはすまなかったな。」
「もう、そんなにつんけんしてると運命の人に嫌われますよ？」
「…気をつけよう、あともうひとつ聞いていいか？」
「はい、なんでしょう？」

姉のななを、それも頭を指さして俺が言った。

「その頭の耳も催しの一つか？」
「？！」

慌てて頭を手で隠すななだったが当然頭には何もついてない。
それを確認したとき彼女はハッとした顔をする。

「私としたことが…こんな安い手に引っ掛かってしまうとは…。」
「ああ、俺もこんな簡単に上手くいくとは思わなかった。」

二人の顔つきが変わり先程までとは打って変わって張り詰めた空気になる。
それ以前に二人は隠す必要がなくなったのか正体を現した。

「猫又に…稲荷か。」

たまは尻尾が二つ生えた猫娘『猫又』へと、ななは尻尾が六つある女狐『稲荷』へと姿を変えた。

「せっかく気持ちいことしてあげようと思ったのに…しょうがにゃいね。」
「荒々しいのは好きではないですが、少しおとなしくしてもらいましょうか。」

たまは弦を外した三味線を刀のように引き抜くとそこからスルスルと糸の様なものを出した。
ななは持っていた扇子から針のようなものを出す。

「安心してください、この針はただの痺れ針ですよ…殺しては意味ありませんからね。」
「こっちは同業者の女郎蜘蛛から貰った糸だよ？動けなくなったあとにいじめてあげるにゃ。」
「そりゃ恐い。」

二人は獲物を構えながらじりじりと寄ってきた。
何を企んでいるかは知らないがこんな危険な商売は今日限りで辞めてもらうとするか。

「さあ、お覚悟を!」
「行っくよ〜!」

二人は同時に飛びかかってきた。


――――――――。


「にゃんっ!何これ?!全然とれないよ…!」
「う、迂闊…でしたわ。」
「…。」

俺は呆れ顔で蹲る二人を見下ろす。
たまは自分が持っていた糸が自分の身体に絡みついて身動きが取れなくなっており、ななは痺れ針が腕に刺さって麻痺していた。
そうなるように仕向けたのは俺だがここまで呆気ないとは思わなかった。

「まったく、聞きかじった事を実戦で試すから足をすくわれるんだ、”最初”の相手が俺で良かったな？」
「だ、だって…普通私たちを魔物だにゃんて気づかないよ！」
「私たちを見破ったのは貴方が初めてです…。」

恨めしそうに見る二人を見ながら俺はため息をついた。

「私たちを…どうするのですか？」
「それは二人の答え次第だな…二人はどうしてこんなことを？…魔物はこの町には居られないんだろう？」
「人間に化けて生活してるにゃんてここでは当たり前だよ？…まぁ、私たちみたいに襲ったりなんかしないけど。」
「じゃあどうして？」
「…外から来た人を誘惑して手玉にしてしまえば外に出られると思ったからです。」
「外…？」
「私たちはどうしても外に行ってみたいの！」

二人は夢を語るように俺に話してくれた。
外っていうことは俺がいる大陸のことをいってるんだろう。
多分誰もが一度は夢見るものだろう。
この海の先にどんな世界があるのだろうと…。
…だが。

「…止めといたほうがいい。」

夢を潰すようで悪いがこういうしかない。

「ど、どうしてよ？」
「何か…不都合が？」

迫り寄る二人に俺は説明してやった。
…ショックを受けるだろうが。


―――――――。

「そんな…。」
「ひどい。」

俺の話を聞いて二人は驚きを隠せないでいた。

「すべて真実だ、ここでは妖怪と呼ばれて親まれているが外へ出れば確実に殺されるぞ？」
「どうして…私たちはまだ何もしてないじゃない？！…そりゃ、精は貰っているけど。」
「でも人間を傷つけることはしていません、それだけは事実です。」
「そんなことは俺も知ってるさ、だが向こうは生きているだけで罪になると言われて今でも虐殺されている。」
「…。」
「俺はそれを止めるために旅をしている、さっきは脅かしてすまなかったな？」
「いえ…なんとなくそんな気がしてました。」
「というと…？」
「アレスってほかの人と違うんだよね、私たちと分かっても怯えないし。」
「最初は新魔物派かと思いましたが、立ち回りを見てただものではないと思いました、それで折りいって話があります。」

二人は立ち上がり、何かを決心した様子で俺の手を握った。

「お願いします、私たちを同行させてもらいませんか？」
「えっ?!」

同行って…まさか？

「アレスの旅に私たちも連れてって？」
「私たちもアレスさんのお役に立ちたいんです。」
「ちょ、ちょっと待て?!」

なぜ今の話を聞いてそうなるんだ？
しかも同行って…。

「ご迷惑はお掛け致しません、お願いします。」
「アレスについて行けば外も見れるしね？」
「どうしてそんなに外に行きたいんだ？…ここでも普通に暮らせるだろう？」
「それは…。」
「…父さんがいるから。」
「？」

すこし思いつめた様子でたまが言った。
最初は驚いていたが続けて説明するようにななが話し始める。

「お父様が外の世界にいるんです、お母様は事故で亡くなってしまって…だから。」
「私たち、父さんの顔も知らないんだ、だから一目見たくって…。」

身内が居ない。
それは言ってみれば俺もそうだ。
俺は自分の親がどんな顔なのかどんな人なのかも知らない。

「それはわかるが顔も知らないのにどうやって探す気だったんだ？」
「それは…。」
「それに…悪いがここから出るのは当分先だ、それも不定…だから連れていっても外には行けない。」
「…。」

二人はうつむいてそれっきり黙ってしまった。
俺はやれやれとため息をついて話す。
相変わらず俺も厄介事が好きらしい。

「…だからここで取引をしよう。」
「…取引？」

二人は俺の言葉に反応し顔を上げた。

「そうだ、もし俺の旅の手伝いをするなら俺がその親を探してやる。」
「ほ、本当ですか?!」
「ああ、見つかるかはわからんがついでに探しといてやるさ。」
「やったっ!！…でも、手伝いってどうすればいいの？」
「簡単だ、俺の妻になって欲しい。」
「…え、妻？」

たまの方が目を丸くして聞き返した。
ななの方はふむ、といった感じで納得している。

「なるほど…確かアレスさんは私たち魔物を集めていると言ってました、それはつまり伴侶にしているということなのですね？」
「…まあそんなところだな。」
「で、でも私たちまだ会って間もないよ？ほんとに良いの?!」
「俺からすれば日常茶飯事だ、あとはお前たち次第だ。…詳しいことは向こうで聞いてくれ。」
「向こう？」
「魔王の所…と言えば分かるか？」
「魔王様…やはり生きておられましたか。」
「やはり？」

ななの意味深な言葉に俺は少し驚いた。
ここでは誰にも言ってないはずだが…。

「あの魔王様が簡単に死ぬはずがないと思っておりましたから。」
「ヴェンを知っているのか？」
「一度ジパングへこられた時に…その時は母も一緒だったのですが。」
「…あいつそんなことは一言も言ってなかった。」

ヴェンめ…知り合いがいるなら言って欲しかったぞ？
まぁ…こうして会えたしいいか。

「で、二人ともどうする？」

俺の問いに二人は顔を見合わせた。

「お姉ちゃん、どうする？」
「…断る理由はありませんわ、たま。」
「…そうだよね。」

改めて二人と目が合う。

「不束者ですがよろしくお願いします、アレス様。」
「これからよろしくね、アレス。」
「ああ、よろしくな？」

そして俺は美女二人に挟まれて夜を明かした。
…どうなったかは言うまでもない。

そして俺は昼にヨスケとあるところへと出かけた。

その場所は古い旅館だった…。

■作者メッセージ

どうもひげ親父です。

更新が遅れてしまい申し訳なかったです。
最近パソコンの前に座れない日が続いております。
それもまたひげ親父が入院したり、勉強したり、部屋にメドゥーサが現れたりと忙しかったせいです。
そのため皆さんの作品も見れないという悲しい現実、orz

時間作って小説書きながら皆さんの作品を観たいです。
ときめきたいです、ハラハラしたいです、妄想したいです。
だって皆様素敵な小説書くんですもの…(´；ω；｀)

なんとか頑張ていきます。

ps
エンプティ様、あまり無理はなさらないでくださいね？
リリムの散歩、応援しております!！