第八話 海域に住む美女達 後編
「…どう…て…です…?!」
「?」
上へと上がる際に隣の部屋から話し声が聞こえてきた。
その部屋の上へと回りこみ、通風孔の上から覗くと若い男二人が言い争いをしていた。
「船長、やはり今すぐにでも手を打つべきです、幸い部屋に閉じこもっていますし…これはチャンスですよ?」
「駄目だ、あの男に手を出す事は許さない。」
「魔物を匿っているんですよ、何故?!」
「奴は匿ってなどいない、あくまで捕獲だ…俺も気に食わないが奴のお陰でこの船が守られたのは事実だ…不審な動きもしていない以上、見守るしかあるまい。」
「匿ってる…?」
二人の話から推測するにこの魔物というのが恐らくセーレだろう。
しかしあの男というのは一体…?
とにかく無事であるという事は分かっただけでも良かった。
続けて二人の話を聞く。
「船員達も馬鹿ではありません…皆薄々魔物に感づき始めています、このままでは船の士気に関わります、せめて魔物だけでも−。」
「俺達が苦労した魔物さえ平気とするイカレタ奴だぞ?!実力も現状も把握してない状況で軽率な判断は出来ない、それこそ部下を危険に晒す行為だ…それに…。」
「それに…なんですか?」
「俺にはどうも…魔物が、人を喰らうようには思えんのだ。」
「な、何を馬鹿な?!」
船長らしき男から意外な発言が飛び出し、もう一人の男も含め私も驚きを隠せない。
この人間は…私達の事を理解しようとしてる?
「船長、気でも狂ったんですか?!」
「俺はいつでも真面目だ、だからお前に言ったんだ。」
「船長も見たでしょう?蛸のような化け物に部下が連れ攫われるのを…。」
「分かっている…分かってはいるが…。」
蛸の化け物とは私の事を言っているのだろうか?
確かに“漁”の際は足だけを出してるせいで外から見ればそう映るが…それはそれでひどいな。
「あれから考えていたんだが…俺は一度も奴らが人間を食ってる所は見た事はないし…死体も見た事が無い。」
「海底で丸呑みにしているから死体が残らないだけですよ?」
「そうかもしれん…だが俺は間近でセイレーンを見ていたんだが、あの男に近づいた後…何をしたと思う?」
「何…って?」
「接吻だ…それも愛し合った恋人のようにな、もし教会の奴らの言う『魔物は人を喰らう』という話が本当ならあいつは食い殺されていたはずだ…だがしなかった。」
「…。」
「実際俺も魔物の誘惑に掛かっちまってるのかもしれないが…信用できるお前にだけ話した、…お前はどう思う?」
「私は…。」
少し考えた後、男は決心したように話し始めた。
「確かに私も言われればそんな気もしてきましたが…やっぱりそれでも部下を失った事には変わりありません、そのことがある以上…私は彼らを許す事は出来ません。」
「…そうか。」
二人はしばらく黙った後、結論を出した。
目的地に着くまでは男に見張りをつける事、そして少しでも不審な動きがあれば拘束はやむをえないという事で二人の話はついた。
私はその部屋から離れ、上へと上がっていく際、考えていた。
「人間達の中でも気づき始めてる者もいるのか。」
本来、人間の間で広まっている噂がさっきの話にも出た『魔物は人間を喰らう』というものだ。
これは私達魔物に仇名す教団という連中が流しているそうだ。
それを人間は疑いもせず信じ、何もしていない私達を攻撃してきたりした。
私達も無理やり人を攫ってきているのだから仕方ないとはいえ…生きるためには人間の精が必要なのだ、こうでもしない限り…私達は絶滅してしまうだろう。
彼らと分かり合うのは交尾した後だと思っていたが…どうやらセーレと会った人間が関係しているらしい。
私はその人間に深く興味を抱いた。
「いずれにしても、セーレがいる所を見つけないと…。」
通風孔を経由してある部屋へと到達したときだった。
「!…見つけたっ!」
私のいる丁度真下にセーレがいた。
すぐ横には人間の男もいるが、私の想像していた光景とはかけ離れた状態だった。
「…やけに仲が良いわね。」
私が思い描いていたのは簀巻きにされて泣き叫ぶ彼女とそれを傍観する商人、といった類だった。
実際はセーレが人間の男に後ろから抱き付いて身を寄せ、甘い時を過ごしている。
「好き〜♪」
「頼むからあんまりくっつくなよ?」
「どうして?恋人同士だからいいじゃん。」
「それはいいんだが、お前の羽根がくすぐったくてな…。」
二人が楽しそうに話しているのを見て、先ほどまで心配していた私が馬鹿みたいに思え脱力した。
なんだ、やっぱりお気に入りの男性を見つけ…というところでおかしい事に気づく。
もしそうならこの船はとっくに制圧され、もぬけの殻になってるはずだ。
でも船は通常通りに動き、人間達も変わらない様子だった。
だとしたらやっぱり捕獲された?じゃあこの光景はいったい?
考えれば考えるほど深みに嵌り、結局分からない。
「なぁ、セーレ?」
私が困惑していると先ほどまで黙っていた男がセーレに話しかけていた。
「どうしたの?」
「聞きたい事があるんだが−」
言い切る前に男が急に上を見上げ、私と目が合った。
「あれはお前の友達か?」
「?!」
しまった、見つかったっ!
急いで逃げようとしたが先に通風孔を開けられ部屋の中へと落とされてしまった。
ベッドに落とされ、見上げると先ほどの男が仁王立ちでこちらを見下している。
「くっ!」
私は男を拘束しようと二本の触手を手首に絡ませた。
吊るし上げようと力を込めるが男の腕力は桁違いに強く、持ち上げる事が出来ない。
「よっと!!」
「あっ?!」
逆に触手を逆手に掴まれ密着させられてしまい、私と男は抱き合う形になった。
「そう邪険するなよ?別にこの子には危害は加えてはいない。」
「そうかもしれない…でも今だけかもしれないじゃない?」
私は男と話しながらゆっくりと触手を相手の身体に巻きつけていった。
「ふふっ、わざわざ身体を密着させてくるなんて…貴方はもう逃げられないわ。」
「そうみたいだな。」
やけに余裕な態度に私は苛立ちを覚え、一本の触手を彼の首へと巻きつかせる、そして一気に…。
「待って、ユラ!!!」
首に掛けようとした触手をセーレに掴まれてしまった。
私が目を白黒させていると彼女は慌てた様子で話し出した。
「違うのユラ…この人は私達を助けようとしてくれてる魔王様の友人よ?」
「…魔王様の?」
セーレの言葉を聞いた後に、男の反応を見た。
相変わらず余裕な態度をしているが彼女が嘘を言ってるようにも見えない。
「今の話、本当か?」
「あぁ、助けになってるのかはまだ分からんがな?」
「もし嘘なら−。」
「そんな嘘吐いても俺には何の徳も無い。」
「…。」
しばらく男をじっと睨みつけた後、私はそっと彼の身体から触手を放してやった。
首についた跡が気になるのか男は首元を擦っていた。
「もっと早く説明して欲しかったわ…。」
「言ったら信じたのか?」
「それはまた別の話、締め付けて悪かったわね?」
「まぁ、いいさ…気にするな、俺はアレス…お前は?」
「ユラ…見ての通り『スキュラ』よ?」
簡単に彼と自己紹介を済ませ握手をした後、私はセーレと向かい合った。
彼女は訳も分からずバツが悪そうにしていた。
「ユラ、どうしてここに?」
「あんたの帰りが遅いから皆心配していたの、勇者に捕まってたんじゃないかって…それで私が見に来たらあんたはお楽しみだったってわけ。」
「あ、ははは…これは…その…。」
「何か言う事は?」
「…ごめんなさい。」
旬とうなだれて私に謝るセーレ。
まぁ、状況は把握しているんだけど心配させた罰ってことで、これぐらいにしておいてあげよう。
「…で?素敵な旦那様はこれからどうするつもりだったのかしら?」
「本来なら魔王のところに送る予定だったんだが…訳があって少し延期になった、それまで大人しくここで待つつもりだ。」
「ふーん…。」
少し皮肉を込めて聞いてみたのだが、彼はさほど気にした様子もなく至極真っ当な答え方をした。
食えない男ね…。
「まぁ、セーレが無事ってことも分かったんだし…あたしは帰って皆に伝えるわ。」
「へっ?…ユラ、一緒に行かないの?」
「私はパス、確かにいい男だけど…私の趣味じゃないわ。」
「そりゃ残念だ…スキュラは貴重だったんだが。」
「私が無事に戻れたら一人紹介してあげるわよ?」
そう言い残して私は元の通風孔へ戻ろうとした。
「じゃあ、セーレ…元気で−」
「待てっ…。」
急にアレスが私を呼び止め、扉のほうに目を向けた。
「どうしたの?」
「静かに…。」
耳を澄ましてみると天井やら部屋の外からバタバタと足音が聞こえてきた。
なにやら叫んでいる声も聞こえ、慌しい雰囲気を滲ませている。
「船の止まっている…何かあったようだな。」
アレスが扉をそっと開けると走っている船員が口々に話してるのが聞こえた。
「どうした、何があった?!」
「敵襲、魔物だっ…魔物が現れたぞ!!」
「くそったれ!!見張りは何やってたんだよ?!」
「…魔物だと?」
「魔物?そんな馬鹿な…ここら辺には私達スキュラ以外−」
言いかけて私はハッとなる。
「まさか…?!」
私が部屋から出ようとするとアレスに手を掴まれた。
「待てっ、何処に行くんだ?」
「放してよ!急がないと皆が…皆が!」
「いいから落ち着け、あれはお前の仲間なんだな?」
「多分、私やセーレを心配して…もうっ逃げてって言ったのに!」
「だったらいい手がある…こっちだ。」
アレスは船員達と別方向の廊下へと走っていった。
私はそれに着いて行くしかなかった。
「ま…待ってよ、私も行く!!」
後ろから遅れてセーレも追いかけてくる。
−−−−−−−。
「船長、こっちです…早くっ!」
「…俺の船で一体何が起こってやがるんだ?」
部下に連れられて船首へと上がった船長、その先には人だかりが出来ており、皆慌しくしていた。
「くそっ、魔物め…俺達の船から降りやがれ!」
船員達はひどく興奮しており命令もなしに武器を所持し、交戦する体勢に入ってしまっていた。
その中心となる場所に問題の魔物達が陣をとってるのが船長から見えた。
「私達の仲間を攫っておいていい気になるな!返さなければこの船ごと沈めるぞっ!!」
船首の先で六人ほどのスキュラがユラとセーレを奪還すべく船へと乗り込んでいた、彼女達は船員達の態度に警戒し、こちらもいつでも交戦できる体勢だった。
まさに一触即発の事態である。
「船長、いつでも交戦の準備できます…指示を。」
「…。」
「…船長?」
部下の一人が船長に指示を仰ごうとしたが船長は何も言わなかった、いやむしろ船長には声は届いていなかった。
船長は今目の前にいる魔物に対して皆とは違う印象を持ってしまっていた。
(あれが…魔物、ほとんど人の形じゃないか。)
勿論船長はこの時、魔物を見るのは初めてではない。
仕入先のジパングでもたまに見かけるし、色々な所で魔物は存在するのを知っている。
だがその時はあくまで魔物としてみていたため、特別な感情を抱いてしまった船長にはもう“魔物”には見えなくなってしまっていた。
しかも今回は“蛸の化け物”と思っていたものが姿を現せば蛸の足を持った女性だったのだ。
自分の想像と見解が崩され、さらにアレスの言葉により世に広まる『魔物は人を喰らう』という事実に疑いを持ち始めていた。
(もし…俺が今考えている事が当たってるなら…!)
そしてある決意をした船長が船員をかき分け、前へと出て行った。
「せ、船長?!危ないですよ!!」
近くにいた部下の制止も虚しく、船長はどんどん前へと進む。
そして丁度、彼女達と対峙できる程にまで接近した所で副船長のパズが見えた。
「船長…どうしてここに?」
「パズ…皆に武器を下ろさせてある程度離れるように指示しろ。」
「…一体何をする気です?」
「俺が彼らを説得してみる。」
「説得?!…正気ですか?」
「俺がこんな大事な時に酔狂じみたことをすると思うのか?」
「…いえ、だがしかし−」
「大丈夫だ、きっと上手く行く…俺を信じろ。」
「…。」
副船長はまた何か反論しようとしたが諦めたようにため息をついた。
そして後ろの船員達に指示を出す。
「全員、武器を下ろし後退しろ!!今から船長が奴らと話をする、絶対に手を出すなっ!!」
船員達はその指示に一瞬戸惑うが、しぶしぶ言うとおりに動いた。
だが何かしようものならいつでも動けるといった風に殺気を出していた。
「…よし。」
準備の整った所で船長は軽く息を吐き心を落ち着かせる。
そしてなるべく堂々とした風に彼らに話しかけた。
「私がこの船の船長だ、まずは船にようこそと言っておこう…まず、お前達がここに来た理由を知りたい、話をして貰えないだろうか?」
船長の言葉に一瞬スキュラたちは顔を見合わせた。
そして何か話し合った後、一人のスキュラが前へと出る。
「丁寧な対応痛み見るわ、船長さん。…私達が来た理由は他でもない…仲間を返して貰いに来た。」
代表のスキュラは挨拶とも威圧とも取れる返事をした。
船長はその問いに確かめるようにして答えた。
「仲間というのは…魔の歌姫、セイレーンのことか?」
「そう、それと…私達の仲間のスキュラも返してもらう。」
「…スキュラだと?」
「知らないとは言わせない、セイレーンが戻らないのを心配して、この船に見に来たスキュラが帰って来ていない…死体も見つからない以上、お前達に拉致されたと考えるのが自然だろう?!」
「…少し待ってくれ。」
船長は一度、船員達に振り返り全員を見渡した。
「お前ら、この中に彼らと同じような仲間を捕獲…あるいは見たものはいるかっ?」
船長が問いに、船員達の中で「知らない」「わからない」「見ていない」と口々に言うのが聞こえた。
副船長も力なく首を横にふり、誰も知らないという結果だけが出てしまった。
改めて振り返り、船長は彼女達に伝える。
「確かにセイレーンは已む無く俺達が拘束した、しかしスキュラに関しては皆、誰も心当たりが無い…何かの間違いではないか?」
「そんなはず無い!確かにこの船に来たはず、隠し立てをするなっ!」
二つの勢力の意見が合わず口論を続ける中、ユラとセーレは船首にある非常用の出口から盗み見るようにして様子を見た。
丁度、船長とスキュラ達の間に彼女達は居た。
「やっぱり…どうして逃げなかったのよ?!」
「ちょっと…やばい雰囲気かも。」
二人は自分達のせいでこんな事になってしまったとひどく後悔していた。
周りの状況で仕方なかったこともあるが、一番の発端は自分達にあるのだ、とくに責任感の強いユラはこの事態を収拾しようと躍起になっていた。
「やっぱり…私達が今から出て皆に説得しないと!!」
「だ、駄目だよ?!アレスにここで待てって言われたじゃない?」
「あの男はこんな時に何処かへ行ってしまったではないか、一人で逃げ出したに決まっている!!」
「私の恋人はそんな人じゃない!きっと何とかしてくれるよ、だから待とう?」
「…くっ!」
友人に止められ苛立ちを隠せないユラ。
アレスは二人にここで待機するように言い、そのまま何処かへ消えてしまっていた。
その行動に不審を抱くユラだが同時にセーレも少し不安に駆られていた。
(信じて良いよね…アレス?)
だがその答えは虚しくも誰も答えなかった。
そして目の前の状況は悪化し続ける。
「船長、あの男の部屋にいません…魔物もです!!」
「何だと?!くそっ、騒ぎに乗じて逃げられたか?!」
部下の報告に船長は絶望を感じた。
唯一の切り札であるセイレーンとそれを捕まえた男がいなくなってしまったのだ。
これでは『セイレーンだけでも返す』という保険が無くなり…身の潔白を証明できなくなっていた。
「もういいわ、あなた達の茶番に付き合ってる暇は無い…勝手に中を調べさせてもらう。」
「駄目だ、船の中に入れる事は出来ない。」
「そこまでして返したくないというなら、すこし痛い目にあってもらうわよ?」
「上等だ…この蛸野郎!!」
「よせっ!!」
一人が彼女達に掴みかかろうとして船長は寸前で止めた。
「船長放してください、こいつら好き勝手に言いやがって!!」
「俺の命令無しに動いてんじゃねぇ!下がってろ!!」
船長は無理やり部下を後ろへと下がらせ怒鳴り散らした。
だが船員達は口々に叫び始める。
「海に沈んだ俺達の仲間を食い殺しておいて好き勝手言ってんじゃねえ!!」
「殺してなどいない、それはお前達人間の浅はかな思い込みだ!!」
「魔物言う事なんざ信用できるかよ、俺達の仲間を返しやがれ!」
「やめろっ、お前ら黙れ!!」
もはや船長の言葉は皆に聞こえてはいなかった。
互いが怒りをぶつけ合い、もう止めることは出来なかった。
「船長、もう限界です…戦うしかありません!!」
「…くそったれ!!」
副船長の的確すぎた判断に船長は吐き捨てるように言った。
それはもう一つの決断をしなくてはならないという暗示だった。
「人間め…覚悟しろ!!」
スキュラたちが一斉に触手を伸ばし、船員達に襲いかかろうとした。
「もう我慢できない、私は行く!」
「駄目、ユラ!!」
耐え切れなくなったユラが飛び出そうとハッチを開けた。
セーレはそれを身体を呈して止める。
「全員、戦闘を−」
「待ってください!!」
船長が号令を出そうとした瞬間、間に誰かが割って入ってきた。
その人物に皆が動きを止め、驚愕した。
「お、お前は…?!」
「生きてたのか?!」
そこにいたのは歌を聴き、海に落ちて死んだはずの部下の姿だった。
誰もが目を凝らし、信じられないといった顔をする。
それは後ろのスキュラ達も同様だった。
「あなた…どうして?」
「船長、お願いします…彼女達を傷つけないで下さい。」
手を付き頭を下げ、彼女達を守る部下に副船長は戸惑っていた。
「お前、まさか操られて…。」
「違うんだよ副船長、間違っていたのは俺達のほうなんだよ。」
「…間違っていた?」
すると突然、他の海に沈んだかつての船員達が船から上がり、船長達に立ちはだかった。
「船長、俺達からもお願いします。」
「お前達…。」
「俺達は海に落ちた後…このスキュラたちに捕まりました。死を覚悟したのですが…彼女達は俺達を食おうとはしなかった、それどころか−」
言おうとして船員は何故か口ごもった。
「それどころか?」
「その…俺達と…。」
「…なんだ?」
変に歯切れを悪くする船員達に船長が問いただすと一人の船員が恥ずかしそうに言った。
「『交尾』を…してくれました。」
「…交尾?!」
船員の言葉に皆が衝撃を覚えた。
一瞬、船長や副船長は冗談かとも思ったのだが後ろのスキュラ達が頬を赤らめている辺りどうやら本当だと確信した。
副船長は慌てて聞き返す。
「ちょ、ちょっと待てお前ら…分かってるのか、魔物だぞ?!」
「だからそれが間違いだったんです…彼女達は姿以外なんら人間と変わりないんです、世の中に広まっている噂が間違っていたんです。」
「そんな…。」
船員達の中でどよめきが起き、皆が口々に話し合った。
「じゃあ…教団の言ってる事は全部−」
「そう…彼女達を駆逐するための嘘だ。」
声のした方に向くとそこにはずぶ濡れになったアレスがいた。
「てめぇ、今まで何処に隠れてやがったんだ?!」
掴みかかろうとする船長を立ちふさがっていた船員が止めに入った。
「待ってください船長、俺らをここへ呼んでくれたのは…彼なんです。」
「なんだと?」
船員とアレスを見比べながら船長は言った、補うようにして船員は説明し始める。
「海底で彼女達の帰りを待っていたら急にこの人がきて教えてくれたんです、『今お前達の船で船長達と彼女達が争おうとしている…止められるのはお前達しかいない』って。」
「…。」
船長は船員の話を聞いてアレスの方を向いた。
アレスは特に何を言うまでも無くただ黙って船長を見ている。
「お前さん…名前は?」
「…アレスだ。」
「アレス…今までの無礼を許してくれ…お前は俺達の部下を救ってくれた。」
片膝を付き頭を下げる船長にアレスは優しく肩に手を置いた。
「頭を上げてくれ…別に俺は救ってはいないし、これは彼らの意思だ…それよりも。」
アレスは立ち上がり、ある場所に向かって声を上げた。
「ユラ、セーレ、もう良いぞ?」
彼が呼びかけると床のハッチが開き、中からユラとセーレが出てきた。
「ユラ、セーレっ!!」
「皆!」
ユラとセーレはスキュラ達の下へ戻り、互いに抱きしめあい再会の喜びを分かち合った。
「もぅ…心配したんだから。」
「ごめんなさい…ごめんなさぃ。」
「もう、どうして逃げなかったのよ?」
「仲間を置いて逃げるほど私達は白状じゃないわ…でも怖かった。」
「まったく…もう。」
彼女達が再会の喜びに浸っている間に、アレスは船長のほうへと向き直った。
「さて船長、どうする?」
「どうするも何も。」
船長は全員を見渡しながら、伝えるようにして言った。
「これで争うような野暮なんかしねぇよ、なぁお前ら?」
口々に「そうだな」「仕方ねえ」と武器を下ろす船員達。
そしてまたアレスはスキュラ達の方へと振り返る。
「お前達はどうする?」
アレスが聞くとスキュラ達は先ほどとは落ち着いた様子で話した。
「仲間も帰ってきたし…もう彼らと争う理由は無いわ。」
ユラとセーレも深く頷き、皆も同意見のようだった。
それを確認したアレスが間に入って船長とスキュラの代表の手を握った。
「じゃあこれを機に両者和解するってのはどうだ?」
「え?」
「へ?」
強引に引っ張り出された挙句、勝手に進行されどぎまぎとする二人。
周りは展開の速さに着いていけず、ぽかんとしていた。
「わ、和解って…。」
「誤解も晴れたんだし丁度良いだろう、不満があるのか?」
「いや、無いが…。」
「なら問題ない、そっちは?」
「わ、私も…問題ないわ。」
「ちょっと待ってくれ、パズ…お前は?」
「わ、私は部下さえ無事なら…問題ないです。」
「じゃあ決まりだ…ほれ握手。」
「あ、ああ。」
二人は手を取り合い共に握手した。
恥ずかしそうにしながらも不思議と嬉しそうだった。
「まぁなんだ、教団の連中や勇者は気に食わなかったし…部下の嫁さんの頼みじゃ仕方ねえ、何か困った事があったらいつでも言ってくれ、よろしくな?」
「こ、こちらこそ…もう勝手に攫ったりしないわ…よろしく。」
二人はぎこちなくしながらも力強く絆を結んだ。
「…あ。」
「…あ。」
いつの間にかずっと手を繋いでいる事に気づいた二人は慌てて手を離し顔を赤くした。
それを見ていた周りが意地悪そうに冷やかした。
「船長、さすが船一の色男!」
「町の女の子だけじゃなくて魔物まで落としちまうとは…憎いぜ船長!」
「う、うるせぇ馬鹿野郎ども!!」
「あら〜?もう旦那様見つけちゃった?」
「ふふ、船長さんいい男だもんね〜?」
「ちょ、ちょっとあんた達?!」
四方八方から浴びせられ、顔を真っ赤にする二人。
あたふたとしながらもまんざらでもない様子だった。
「俺もこうしちゃいられねぇ、綺麗な嫁さんを見つけるぞ!!」
「あ、てめぇ?!抜け駆けしてんじゃねぇ、俺も行くぞ!」
「俺もだ、今日はツイてるぜ!!」
次々とスキュラたちのほうへと群がっていく船員達。
その様子に慌てて副船長が呼び止める。
「お、お前ら…いくらなんでも切り替え早すぎだろ!」
「何言ってんすか副船長、あんな美人が交尾好きなんですよ?」
「普段美女に縁の無い俺達にとって最高の出会いじゃないですか!!」
声も虚しく呆れかえるパズ。
そこへ一人の美女が彼へと近づく。
「ねぇ、あなた名前は?」
「へ?わ、私は副船長の、ぱ、パズです。」
「パズ…可愛い名前ね、お姉さんと気持ち良いことしましょう?」
「いや、あの…ちょっと!」
しがみ付かれた副船長は引きずられるようにして暗がりへと消えていった。
そこから甘い声が聞こえて来たのは言うまでも無い。
「今日は歓迎会だ、酒を飲み干せ〜!」
「いやっほぅっ!!!!!」
船の上はもはや宴会場となり皆が皆大いに盛り上がり楽しんだ。
端の方でなんとか避難したアレスと船長は酒を飲みながら彼らの楽しむ風景を見ていた。
「定期船とは思えない盛り上がりだな。」
「あぁ…俺達は元海賊だったからな、宴は大好きなんだよ。」
「どうして海賊を辞めたんだ?」
「時代の変化…てやつさ、俺達の求めるような冒険は世界には必要ないらしい…生きていくためには旗を降ろすしかなかったんだよ。」
「…お前も苦労していたんだな。」
船長は遠い目をして歓ぶ船員たち見た。
恐らく海賊時代でもこんな宴をしていたんだろう、アレスは少し船長を哀れんだ。
「それはともかく、アレス…お前には感謝してる、お前のお陰で船員は戻ってきたし彼女達と縁を深める事が出来た…礼を言う。」
「礼なんて良いさ…それよりこれからどうするんだ?定期船に魔物がいるとなると風当たりがきつくなるかもしれない。」
「そのことなら心配ねぇ、定期船が無理ならまた海賊でも始めるさ…なんて言ったって俺達は“世界の掟”に反した自由の男達だからな?」
「…そうか、なら…彼女達を頼む。」
「まるで父親だな…ところであんた一体何者−」
「船長さん、早くこっちに来てよ〜!」
船長が何かを言いかけたところで先ほどのスキュラに呼ばれた。
「おうっ」と返事をしながら船長は階段を下りていった。
「明日の朝にはジパングに着くだろうから、荷物をまとめて置いてくれよ?」
「分かった。」
船長も宴に加わり、さらに盛り上がった所でアレスは自室へと帰っていった。
−−−−−−−−−。
「ヴェン…無事か?」
「アレス…心配をかけたな、もう大丈夫だ。」
自室へと戻った俺はイヤリングが光っている事に気づき交信した。
向こうでヴェンが何事も無いように話し、俺はほっと胸を撫で下ろした。
「で、どうだったんだ?」
「あぁ、それが…人間ではなかった。」
「人間じゃない…彼女達ってことか?」
「そうだ、それもまだ…子供だ。」
「なんだって?」
ヴェンから奇妙な話を聞き俺は少し困惑した。
彼女達、魔物娘が上陸したのはそれほど驚く事じゃない、人間…それも教団じゃないだけマシだ。
問題は、それが子供だという事だ。
探検ごっこでもしてたわけでもあるまい…だとすれば。
「どっかから逃げてきた…てことか?」
「かなり慌てていたらしい…船には何も残ってない、彼女一人だ。」
「今、その子は?」
「ラズとロイス君に手当てをお願いしている…今は休ませるほうが先だ、目が覚めたら事情を聞くつもりだ。」
「俺もそっちに行った方がいいか?」
「いや、大丈夫だ。…念のため島に結界を張っておく、といっても幻術の類だがな?君は今までどおり旅を続けてくれ、後…もう送っても大丈夫だ。」
「分かった、後で一人…いや二人送る、用意していてくれ。」
「分かった」とヴェンの返事を聞き交信を切った。
それから部屋を見回し、誰もいないベッドのほうに声をかける。
「普通にドアから入ってきたらどうだ?」
呼びかけるとベッドの下から触手が伸びユラが這い出てきた。
「驚かそうと思ったんだけど…お気に召さなかった?」
「俺が寝てたらどうするつもりだったんだ?」
「あら、そんなことレディに聞くなんて野暮よ?」
「俺の事は興味なかったんじゃないのか?」
「それはさっきまでの話よ。」
最初に会ったときとは打って変わり、かなり柔らかな表情をしていた。
言葉にもとげが無く、距離もいつの間にか触れるぐらいの縮まっている。
「ありがとう…そしてごめんなさい、あなたを酷く誤解していたわ。」
「ごめんは余計だ、俺も責任あるしな。」
「…責任って?」
「元々セーレを捕まえたのは俺だし、仕方ないとは言え騒ぎを大きくしてしまったからな。」
「べつにそんな事誰も気にしてないわよ、でもそのお陰で人間達と仲良く出来たし、これで皆飢えに苦しまなくて済むわ、ついでに私も素敵な旦那様に会えたし。」
「…一緒に来るのか?」
「ええ、皆には言ってあるし、セーレも歓んでくれたわ…後はあなた次第よ?」
「俺次第?」
「そう、貴方のテクニック次第♪」
腕を首に絡ませユラは八本の触手を俺の身体にへと巻きつけてきた。
恍惚に染まった彼女の目が俺を獲物として捕らえていた。
「さ、私を楽しませてね…旦那様?」
「…やれやれ。」
それから朝まで(後から加わったセーレも加わった)彼女達と熱い夜は終わり、日の出と共に送った。
船では彼女達と交わった船員達が骨抜きにされ甲板に横たわっていた。
それを苦笑しながらアレスは朝日を浴びながら遠くに見えるジパングを見つめていた。
11/10/14 14:58更新 / ひげ親父
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