第三部 2話 忍び(?)の女
――グオォォオォオオ
喉を震わせて雄たけびを上げる
小さな餌どもが逃げ惑う
楽しい
――ゴォォォォオ
――ズゴーン
私の息の一つで山が裂ける
――グギャァァァァァアア
爪の一振りで餌の城が千切れとび
――ズドン ズシン
私が歩けば地が揺れる
もっと遊びたい
もっと暴れたい
世界が壊れてしまうまで
「違う」
もっと――
「ちがぁぁぁぁう!こんなの私じゃない。私はこんなことしたくない」
もっともっと――
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「は!?」
俺は寝苦しさに目が覚めた
「お?目が覚めたかい?大丈夫かい?ずいぶんと魘されていたみたいだけど?」
「あれ?サラマンダーさん…ここは…」
俺はどうやらベッドに寝ていたようだ
どれくらい眠っていたんだろう?
もしかしてずっと付き添っていてくれたのだろうか?
サラマンダーは戦っていた時のような怖い目ではなく
優しそうな微笑で俺を見ていた
そのせいだろうか?
逃げなくてはいけないなんてこれっぽっちも思わなかった
「いやぁ〜すまないね。あんなにわくわくした勝負は久しぶりだったから、ついついやりすぎっちまったよ。軽く腕試ししてやるつもりが、危うく殺すところだった」
「ははは…」
危うく殺されるところだったのか、俺
「城主様。やりすぎですよ」
「ははは。…面目ない」
そう言って隣に現れたのは少し童顔のかわいいワーウルフだった
しかしかわいい顔立ちとは裏腹にその顔は半開きの目(はやりの言葉でじと目というんだっけ?)と無表情な口元が何とも言えないギャップだ
ちなみにおっぱいは手の平サイズだ
そのワーウルフさんに注意され、少ししょげるサラマンダーさん
うつむいた拍子にそのおっぱいがたゆんとゆれた
ふむ、間違いなくあのサラマンダーさんだ
「あの、すみません」
「ん?なんだい?」
「ここはどこですか?っていうか、城主様って?盗賊王の城かどこかですか?」
俺は疑問を投げかけてみた
「ここはアルトリオ城のあたしの部屋さ」
「アルトリオ城!?」
「ああ。紹介が遅れたね。あたしはアルトリオの『いきおくれ』城主をやらされてるマゼンダだ。ってこら!誰がいきおくれだ!?!?」
「ほほほ〜♪ ほんとの事じゃないですか〜」
自分をマゼンダと名乗ったサラマンダーさんは絶妙なタイミングで『いきおくれ』を吹き込んできたワーウルフさんを追いかけまわした
っていうか、この人が城主なの!?
大丈夫なのだろうか…
いきなり新人に勝負吹っかける城主なんて…
俺の驚きと不安を余所に、二人の魔物娘は追いかけっこを続けていた
ワーウルフさんは意地の悪い笑みを微かに口元に浮かべつつ無表情のまま逃げ回った
ベッドの周りをぴょんぴょんと身軽に飛び跳ね逃げるワーウルフさん
――ぽむっぽむっ
それを追いかけるサラマンダーさん
――ゆっさゆっさ
ふむ
なるほど、いいコンビだ(`・ω・´)キリ
きっといいおっぱ…城主に違いない( ´∀`)
「ったく、逃げ足だけは早い奴だねぇ…」
「ほほほ〜♪ その胸についてる無駄な肉をそぎ落とせば捕まえられるんじゃないですか〜?」
「ほぅ〜。それはやきもちかい?」
「や、やきもちちゃうもん!事実だもん!」
あ、やきもちだ
「っと、すまないねぇ。こいつはシズル」
「このお城の家令を務めさせていただいてます。城主様にこき使われて、挙句の果てに親切で持ってきた見合い話も全部台無しにされているかわいそうな忠犬です。わうわう」
「なっ!余計なことを言うな!」
そう言ってまた追いかけっこが始まった
シズルか
珍しい名前だなぁ
そういえば顔だちも見ない感じだ
なんて言うか幼くて小さな顔だ
そういえばあの腰のサーベル
柄の作りが変わってるなぁ
「ん?どうしたのですか?私の腰をじっと見て。さっそく女子の身体をスキャンしているのですか?この変態」
「ええ、いい腰回りだなっと…。じゃなくて、その腰のサーベル」
「ほ、褒められたって嬉しくなんかないんだからね(無表情)。えっと、これは私の生まれのジパングに伝わる刀ですね。といっても、これは小太刀ですが」
「へぇ〜ジパングの人なんですか『どうりでいい腰回りなはずだぜ。ゲッヘッヘ』」
なんだか勝手にセリフを吹き込まれてしまった
どうやら癖のある人のようだ。シズルさん
「さて、次はあんたの番だよ」
俺がいろいろと思案していると、サラマンダーさんに促された
「えっと。先日付でこのアルトリオの守備隊長の栄誉を戴きました、エリオット=アイヴズです。よろしくお願いします」
「はは。そんな堅っ苦しくしなくてもいいよ。よろしくね。歓迎するよ」
「こちらもよろしくお願いします。腰好きさん」
「いえ、おっぱいの方が好きです」
俺は条件反射的に反応してしまっていた
「はは。シズルの口の悪さにそこまでついていければ上等だ。きっと守備隊の奴らもすぐに馴染むよ。紹介は明日するから、今日はゆっくり休みな」
「お部屋に案内いたしますね。乳好きさん」
シズルさんはなんだかムッとした様な表情で(とはいっても無表情だけど)言いながらも自分の胸をちらりと見降ろした
どうやら気にしているらしい
次からは胸の話は言わないでおこう
俺はシズルさんに案内されるまま、城の廊下を歩いていく
「荷物の方は失礼ながら勝手に運び込ませていただきました」
「あ、ありがとうございます」
「こちらこそ体育会系の脳筋城主が失礼しました」
「…もしかして、マゼンダ様は新人が来るたびにいつも…?」
「はい。まったく困ったものです。『新入りが使えるかどうか見てやるのも立派な城主の務めだからね』なんて言って…。毎回怪我をしないかと心配するこっちの身にもなってほしいものです。しかも今回はわざと黙っていたのに、どこから聞き出したのか、変装までして城を抜け出して…」
それであの変化の術を…
いや、しかしあのロリ姿は見事だった…
危うく悪魔の呼び声に目覚めるところだった
もう少しあの姿で攻められたら危うくロリコニアの入国手続きを済ませてしまうところだ
――こんにちは、シズル様
――そちらが新任の?
廊下を歩いているといろいろな人とすれ違う
しかし不思議と魔物ばかりだ
そういえばアルトリオの街も、王都に比べずいぶんと魔物が多かった気がする
この国が魔物を受け入れて15年
つい最近まではそんなの形だけで、魔物に対してはずいぶんとひどい差別が続いていた
しかし、現王が魔物に対する就職の救済法、通常魔物救済法を発令してからは魔物と人間との間でのいざこざもずいぶんと少なくなり
各地で治安の改善とスラム地区の消滅が確認された
と、中年ぐらいの先輩たちが言っていた
実際この数年でずいぶんと魔物の移民も増え、王都では一昔前はスラムに行かなければ魔物の姿なんてほとんど見なかったというのに、今では20人に一人は魔物が歩いている
そしてこのアルトリオでは俺の見た限り、半分近くは魔物だった
女性に限って言えば8割がた魔物だったといえる
まぁ、男の魔物なんていないんだけど
「あ、シズル様。これ、新しく届いた郵便です」
「いつもありだとうございます。ショタっ子」
「しょ、ショタっていうなぁぁ!」
あれ?
目の前にいるこの子…
あれ?
どう見ても美少年
あれ?でもなんか羽生えてるし…
尻尾も
あれ?でも胸はないし…
しかもショタって言われてるし…
「僕はこれでもれっきとした女の子ですよ!?ぷんぷん」
あ、女の子(自称)だ
いや、こんなかわいい子が女の子のはずがない
騙されるな、エリオ
「シズル様のばかぁぁぁ」
そう言って男の娘は走って行ってしまった
「……」
俺はその後ろ姿を見て悩んでいると
「あなたの女子スキャナでもスキャンできませんでしたか?変態」
「ええ。胸の小さい人には感度が悪くて」
「…………ズズーン」
あ、落ち込んだ
しかも擬音を声に出して
「すみません。冗談です」
「べ、別にあんたなんかにちっぱいって言われても悔しくとも何ともないんだからね!(無表情)」
すごく悔しそうだった
「あの子はアルプですよ」
「アルプ?」
「男の娘です」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「あ、でも一応女の子
「そうなんですか
俺はシズルさんと言葉と一部意志を交わして会話した
こういう線引きはちゃんとしないといけないな
たとえそういう使用だとしても
「それにしてもアルトリオは魔物の多い街ですね」
「不快ですか? メラメラ」
「あ、いえ。そういうつもりじゃありません。すみません。王都ではあまり見なかったですから。ってか、口でメラメラって言いながら本当に背後に炎を背負わないでください。
「こちらこそすみません。王都の方は少なからず魔物を毛嫌いされている方もいると聞きましたので、つい。
「僕は孤児院で育ったので魔物の友達もたくさんいましたから、大丈夫ですよ。
「へぇ、それで…
「何がですか?
「いえ、なんだか私や城主様に対する接し方がとても自然だったので
「はは。人間に対してもあまり変わりませんよ。時々なれなれしいって言われますし
※
俺とシズルさんは他愛ない世間話をしながら城の隣にある兵舎に向かった
「ここがお部屋です。ご自由にお使いください。ただし、壁に穴をあけたり、固定の家具を勝手に模様替えしないようにお願いします。特に我が城は女性の兵も多いですから壁に穴は絶対に明けないでくださいね。乳好きさん」
「そ、そんなことしませんよ」
はは
何かいろいろと根に持たれてる気がする
「へぇ〜。王都の兵舎よりも広いです」
「一応ここは守備隊長の部屋ですから、ほかの兵の部屋よりも多少広くなっております」
「あれ?二段ベッドなんですか?他にもだれか?」
「いえ、今は。昔はもう少し兵もいましたので。しかし今はエリオ様おひとりです。お邪魔でしたら二段目を取り外ししましょうか?」
「あ、いえ、そこまでしていただかなくても。向こうでも二段ベッドだったので、大丈夫です」
「そうですか。何かございましたら気兼ねなくご相談ください。それから、食事は下の階の大食堂で6時から9時までの自由な時間にお取りいただけます。その際はその隊員章をマダムにお見せください」
「マダム?」
「ええ。行っていただけば分かります。とても良い方ですよ。では、私はこれで」
そう言い終えると、シズルさんは足音もなく去って行った
もしかしてあれはジパニーズニンジャというやつだろうか?
侮れない人だ
「ふぅ…。ともあれ、無事に(?)アルトリオに到着できたな」
最初は国の隅っこだし、もっと田舎なのかと不安だったけど、結構いい街みたいだ
それに、魔物も人間もかわいい子が多いなぁ
そもそも人間の女の子と魔物を合わせると、かなり女性比率が高いんじゃないか?
これはもしかしたら王都よりもいいかも…むふふ
俺は昨日までの不安はどこかへ、明日からの期待で胸が膨らんでいた
「これでシズルさんの胸も膨らめばなぁ…」
「聞こえてますよ!!」
「ひぃっ!?」
どこからともなく小剣が飛んできた
柄に輪っかのついた不思議な形のものだ
やはり彼女は…
俺はジパニーズニンジャの恐怖に怯えながら荷物の整理を始めた
12/06/24 18:50更新 / ひつじ
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