とあるアルケミストと樹精
雲のように広がる広葉樹の葉から漏れる日光が、微かに黴臭い獣道を薄らと照らしている。
雨季の終わりは突然に訪れ、森は本来の姿に戻りつつある。
私はこの辛気臭い空気を払おうと煙草に火を点す。
私はこの森が嫌いで仕方無かった。
しかしながらもう長い事この森の中に住まい続けている。
森は檻だ。
人の元へと戻れぬ私を捕え続ける。
未だに悔やまれる。
いや、終わった話を掘り起こすのは止めよう。
私は樹肌に手を当てる。
いい湿り具合だ。
これならば面白い試料の一つや二つ、見つかってもおかしくは無い。
人の世界とは隔絶された森の中。
探し出そうと思えばあらゆるモノを腸の底まで探りつくせる。
私は身体を森に閉じ込められて初めて、探求の自由を得たのだ。
私は歩きなれた森の中で異変を求めてさまよい始める。
異変こそは発見の第一歩。
長いこの森での暮らしの中で得た一つの経験則だ。
その時、ふと耳に微かな異音が混じる。
森を抜ける風の音、さえずる鳥の鳴き声、風に揺れ身体を擦り合わせる樹木の声。
そのどれとも違う異質な音。
――くすん……くす………うぅ
久しく聞かぬ人の声。
馬鹿な、この様な奥地に人が来るなど…。
私は歩みを止めて声の方向を見定める。
「こっちか…」
踵を返し歩き始める。
「……ドリアード…か」
珍しいモノを見つけた。
新緑色の豊かな髪を揺らし微かに震える人の形をした、似て非なるもの。
その細い脚は傍らにそびえる大樹と深く結び付き、枝の一部がソレを慰める様に細い髪を撫でていた。
「…なぜ、泣いている」
ソレはこちらをちらりと見ると、涙を溜めた泉色の瞳をはたと逸らす。
その視線の先には大きく変形した樹肌があった。
「…クラウンゴールか」
私が幹部に触れじっくりと観察していると、ソレは私の傍らにきて、何かを訴えるように見つめてきた。
「お前の宿主に侵入したアグロバクテリウムがお前の宿主を侵食しているのだ」
ソレの眉が心配そうに屈曲する。
「安心しろ。樹皮細胞の一部が遺伝子を改変され腫瘍を形成しているだけだ。幹部を取り除けば侵食は止まる」
私の言葉を聞くとソレは嬉しそうに瞳を輝かせ、私に抱きついてきた。
「やめてくれ。お前たちの生態は知っている。囚われるのはもう十分だ。治療はしてやるがそれだけだ」
私はソレを引き離すと、切出用のメスを取り出し、幹部をなぞる様に切り取っていく。
これには大金を叩いた。
刀身に埋められた魔石の力であらゆるモノをバターのように切る事が出来る。
「終わったぞ。この薬を傷口に塗っておいてやれ。植物細胞の修復を促進し、菌の侵入を防止する」
無駄な時間を使ってしまった。
年に一度しかない雨季だ。
この時期に活発になる生物の中には普段は見られない珍しいものが数多くある。
私は試料を求め再び森の中を彷徨い始めた。
住処に帰ったのは樹木の隙間から星が覗き始める頃だった。
私は鞄を降ろすと保存容器のいくつかを保管器に納め、手元に残した一つを持ってラボに入った。
中身は普段地中の奥深くにいるワームの一種だ。
こいつは体内の特殊な酵素により土壌の炭素を特殊な繊維に加工して巣をつくる。
この繊維は鉄の何倍も軽く、何倍も強く硬い。
私は容器から一匹を取り出し解剖用のメスでワームの身体を切り開き、内臓の一部を摘出した。
この臓器は他のワームにはないもので、この器官で繊維を合成する酵素を製造していると私は踏んでいる。
私はこうした生物を研究し、そこから得た技術の一部を用いて闇のルートを通じて金を得て研究を続けていた。
この繊維は武具への応用が幅広く、本来は巣を掘り起こし、一つ一つ紡ぎ出すしかないが、この酵素を培養できれば他の生物に遺伝子導入して形質転換することで安価で大量の繊維を作る事が出来る。
そうすればまた数十年分の研究費用にはなるだろう。
数時間ほどミミズを弄り回した私は一服しようとラボを出た。
しかし、リビングに入った私は足を止めて１秒ほど固まった。
「……なんだ…これは」
リビングの床から大樹が突き出して屋根に穴をあけている。
落ち着け。素数を数えるんだ。
1.2.3.5.7.11.13.17.19.23.29.31.37.41.43.47.53.59.61.6なｎ…。
「…しまった。１は素数に含まれないではないか」
いや、まて。今考えるべきは目の前の事象だ。
何故リビングの床から木が生えている。
初めから生えていたのか。
いや、流石にそれは無い。
ではこの数時間で芽から成長したか…。
どんな成長速度だ。ありえない。
魔導師が忍び込んでいたずらを…。
どんな暇人だ。
残るは…。
「…お前の仕業か」
大樹の陰からひょっこりと姿を現したのは昼間のドリアードであった。
「お礼、したい」
恥ずかしそうに頬を染めこちらを見つめるソレ。
「お礼どころか修理代を貰いたい所だ」
「大丈夫。私達が、雨、防ぐ」
「待て。貴様、此処にいつく気か」
「…ダメ？」
「返答など決まっている」
「ありがとう」
パァァ と笑顔になる。
「ふざけるな。いいわけ無いだろう」
「？」
「どういうこと？」と言いたげに首をかしげるソレを見て私はため息をついた。
いい試料を見つけたと思ったら跳んだ厄介物を連れて来てしまった。
私は椅子に腰を下ろし、頭を抱えた。
しかし次の瞬間その腕が何かに絡め取られる。
「何を…する気だ」
「私、あなたと一緒なる。お礼、する」
「ふざけるのも大概にしろ」
私は擬態を解いて縮んで細くなった腕を絡め取ろうとする枝から引き抜いた。
私の擬態を解いた姿を見てソレはポカンと口をあけた。
「どうした。化け物を見るのが珍しいか。お前とさして変わらんと思うがな」
擬態を解いた私の姿は幼い少女の姿をした白骨の人形。
そう。私はスケルトンなのだ。
私はこの森に逃げ込み獣に襲われ絶命した。
しかしこの森に蟠った魔力が私の骨に憑き魔物としての生を与えたのだ。
いや、この姿だ。生きているなどとはとても言えない、か。
魔物となっても尚、自我を保っていた私は初めのうち通りかかる旅人を襲い精を得ていた。
だがある時十分な魔力が溜まったことで森を出てもある程度動けるようになり、人里から金を盗み出し、此処にひっそりと隠れ住んだのだ。
愚かな話だ。
人では無くなっても尚、家を建て、生業を持ち、擬態の術を学び人の姿を真似しているのだ。
しかしながらこの擬態も森を出てしまえば一日ともたない。
その為に未だこの魔の森の奥深くに囚われ、抜けだせずにいるのだ。
最早いくら望もうと人に戻る事など出来ぬと言うのに。
だから私は研究に没頭する。
今では人を襲わずとも特殊な魔石の効果で生き続ける事が出来る。
眠る必要のないこの身体をこの頭を後悔などと云う思考に走らせぬように動かし続けて研究に没頭する。
この姿を人が見たらきっとこう言うのだろう。
「これはまさしく生きる人形のようだ」と。
そして哂うのだろう。
「これが哀れな人間の末路だ」と。
「…お前もこの姿を見て笑うがいい。お前たちを「ソレ」と呼び蔑むこの私の醜い姿を。最早人でも魔物でもない化け物でありながら未だに人のプライドを捨て切れずに人の姿をしたお前たちに嫉妬し続けているのだ。笑え。嗤え」
「違う」
「何が違うものか。他人の才を妬み挙句学界を追われ他の職に就こうにもちっぽけなプライドなどを大事にして森に逃げ込み絶命した哀れな人間だ。プライドなどと口で言いながら挙句卑しくも復習だと言い訳して学界から金を盗んだ汚らわしい盗人だ。こんな馬鹿な話があるか。そんな穢れた人間が化け物になっても尚、学者などと騙り人の真似事をしているのだ」
「ちがう。あなた、化け物、違う」
「ならば見よ。この真白い血の気のない張りぼての身体を。この屍で組まれた呪われた手足を。これのどこが化け物でないと言うのだ」
私は声を張り上げる。
ドリアードはすべてを見透かす様な透き通った瞳でじっとこちらを見つめる。
ゆっくりとその潤った唇を開き、言った。
「よく分からない。でも、あなた、私達の事、治してくれた。優しい。だから、化け物違う」
突然私は何かに抱きとめられ柔らかいものに包まれた。
それがドリアードの身体だと理解したのは数秒後のことだった。
「私たち、痛いの治してもらた。だから今度は、私が、あなたの痛いの、治す」
私の偽りの唇にドリアートの唇が被さる。
私は驚きのあまり目を見開いた。
其処にはしっかりと私を見据える碧い瞳があった。
私の幼い唇を押し広げてドリアートの舌が入ってくる。
何度も何度も触れ合う唇は波のような刺激を私に流し込んでくる。
気が付けば私は舌を弄ばれ、それにこたえる様に蜜の様に甘いドリアートの唾液を求めドリアートの口内に舌を入れていた。
甘くしびれるようなキス。
甘さを感じるたびに落ちていくような、浮き上がるような。
私は夢の心地で彼女を求めていた。
――ちゅ。ん…ぷはぁ
離れた唇には銀色の橋がかかりぷつんと落ちた。
それが名残惜しく思え、私は彼女の紅い唇を見つめ続ける。
ゆっくりとその唇が笑顔を浮かべ、柔らかく私を抱きしめた。
「…私の身体は硬いだろう」
「とても、柔らかいよ」
「醜いだろう」
「とても、かわいいよ」
「…嘘でもうれしいものだな」
もはやそこに私という哀れな科学者は存在しなかった。
其処に在るのはただ母親に甘える幼子の様な異形の少女とそれを温もりで包み込む聖母の様な精霊だけであった。
そうして初めて分かった。
私は認めて欲しかったのだ。
この様に抱きしめて、頭を撫でて。
こんな風に甘えながら。
私はくすくすと笑い。言った。
「ねぇ。来て」
大樹の枝が柔らかに私を抱きとめ、力を抜いた私のシタイに彼女の温かな手が触れる。
――んっ。
「大丈夫？」
「うん。気持ちいい、だけ」
――くすっ。
彼女の温かな手が私のアバラに包まれた脇腹をなぞるように降りてくる。
元の私の骨に今では包まれるようにして存在する小さな私の身体。
私は骨がむき出しになった右手を彼女の頬に当て、もう一度キスをせがんだ。
彼女は瞳で頷くと私の唇を奪ってくれた。
柔らかく、温かく、甘い。
――あ。
私のソコに彼女の腕が触れた。
私は震えそうになりながらも唇を離せず、より一層彼女に強く抱きついた。
――気持ちいい？
――うん。
唇を離すと彼女は着ていたシルクの様なワンピースを脱いだ。
プルンと弾む様な、ふわりと浮きあがりそうな彼女の胸が露わになる。
「綺麗…」
私は吸い込まれるようにその胸に触れた。
私の細い白骨の手が埋まってしまいそう。
「…痛くないか？」
「大丈夫」
私は硬質な手が彼女の柔肌を傷つけることを危惧したが、彼女はそんな事構わない、と言いたげに優しく微笑んでくれた。
私は彼女の豊かな胸に溺れる様に抱きついた。
私の小さな体では、頭がちょうど彼女の胸に埋もれる形になる。
谷間からは甘い匂いがした。
顔を回し、耳を当てると彼女の身体を流れる水などの音がごうごうと聞こえる。
私はそのまま彼女の乳房をなめてみた。
――ん。
――敏感…なのだな。
私は彼女の何もかもが愛おしくなって、さらに舌を這わせる。
彼女の身体がプルプルと震えるのを感じる。
彼女の体内の流れが速くなるのが聞こえる。
しかし彼女の反撃を思わぬ形でもらってしまう。
「ひゃんっ」
私の底を彼女の指が撫でる。
体温のない私の肌を彼女の温かな指が撫でる。
気持ちいい。温かい。
もう何が何か分からない。
きっと嬉しいんだと、私は思った。
私はゆっくりと脚を開き、彼女を求めた。
彼女はゆっくりと私を押し倒すと、新緑を湛えた枝がベッドのように私たちを受け止めてくれた。
私は彼女の乳首に吸いつき吸い始めた。
それは幼子の様に見える、もっと甘美な攻め。
彼女は震える指で私のソコを攻め始める。
先ほどからの行為でもはや十分に潤っていた私のそこは、彼女の指をよく滑らせて、私の快感を加速する。
――きもちいいよう。
――赤ちゃんみたいで、かわいい。
そして、彼女の指が私の中に入ってくる。
「んあぁあぁ…」
私は彼女の乳首を離し、消え入りそうな声を上げる。
動き始める。彼女の手。
輸送しながら、中で曲がり私の中を突いてくる。
何度か意識が飛びそうになる場所に触れ、それでも甘くも苦く私を焦らす。
――きもちいい。そこ、そこを…。
求める心。
欲しがる身体。
彼女は私の貧相な胸を愛撫していた手を降ろし、私の下半身の方に持っていく。
そして。
「アッーー！」
私の後ろの穴にその指が入る。
前の穴から泉を作る勢いで湧き出した液がそこを十分に濡らしていたため、スムーズに入り、彼女は指を動かし始める。
気持ちいい。
前と後ろでリズムをずらしながら輸送される長い指。
私は腰が浮きそうになる思いをしながら彼女の身体にしがみつくしかなかった。
私は彼女の顔を見上げる。
彼女は底深い碧い瞳でこちらを見つめ、唇で唇を包み込んでくれた。
甘い。もっと欲しい。
私は浮き上がり始めた心を繋ぎ止めようと必死でその甘い蜜を欲した。
そして彼女の指がいったん抜けて、そこに触れた。
「…んんｎ……―――っ！」
私の身体が大きく跳ねる。
――にゃにこえ……？
――ここ、気持ちいい。きっと喜んでくれるって、思った。
――うん。もっとしてほしい。
――くす。
そうすると彼女の右手は再び私の丘を撫で始め、後ろを攻めていた手は胸元に上って来て。
「ふひゃぁあ」
私の胸に在る紅い宝石に触れる。
「りゃめ、そりぇらめぇ…」
それは私の身体を支える魔力を生み出す魔石だった。
今では私の身体に、骨に、深く結び付き隅々まで私と繋がっている急所だ。
彼女はそれを知ってか知らずかそれに爪を立てて私を攻める。
私は口からよだれを溢しながら喘ぐほかなかった。
そんな私の口さえ彼女は唇で覆ってしまう。
もう耐えられない。
「ひゃあああぁぁぁぁあぁあぁあっ！」
彼女の腕の中で果てた。
――気持ち、良かった？
――うん。とってもきもひよかった。
――よかった。
彼女は柔らかに微笑んだ。
私は力が抜けて今にもばらばらになってしまいそうな身体を彼女への想いでつなぎ止めて、温かな彼女の身体にもたれかかった。
ゆっくりと瞼が重くなる。
彼女が作ってくれたベッドの上で、彼女に包まれながら私は眠った。
「何だ…これは…」
「めだま、やき？」
「目玉焼きにしてはずいぶん黒いな」
「あなた、寝顔かわいい。みてた」
「部屋の中がいささか曇っているのだが」
「たまご、やきすぎた」
「落ち着け、フィボナッチ数列を数えるんだ…」
1.1.2.3.5.8.13.21.34.55.89.144.233.377.610.987.1597…
「なに、してるの？」
「ふぅ…」
「もう、男の人、ならないの？」
「お前と居る時はもう必要ない。そう感じたのだ」
「？」
「お前相手なら私の姿など何でもいい。そう思えたのだ」
「よく、わからない。でも、なんか、嬉しい」
彼女の笑顔が私に教える。
それで良いと。
私は穴のあいた天井を見上げて思った。
「ねぇ、ユウ、エッチするときだけ、かわいくなる。なんで？」
「なっ！？」
落ち着け。円周率を数えるんだ。
3.14159265358979323846264338327950288…（２兆５８７４億桁）＝およそ３
「ねぇ、おひさま、沈んだ、よ？」
「おお、そうだな。夕飯を作らなくては（棒歌ロイド）」
私はエルダが先日どこからともなく持ってきたエプロンをつけてキッチンに立った。
エルダがダメにしたフライパンの数が２桁になったころから食事はすべて私が作ることに決めている。
「あれ？なんだっけ？聞こうとしてた、忘れた」
「………～♪」
私は聞き流しつつ野菜や木の実をきざむ。
「あ、そだ。ユウ、エッチする時、かわいい。好き」
「っ∑！」
しまった。
左手の親指の第一関節から先を切り落としてしまった。
それを拾い、切り口を合わせると無事につながった。
私の身体はこういう時に便利だ。
「そ、そういえば先日森の外れにお前の仲間を見たぞ（骨汗）」
「ん～～～？ああ～…だれだろ？」
「なんだ、知り合いではないのか」
「ん～～～～～～～～～～…。いっぱい、いたと思う」
「たまには会いに行ってやってはどうだ？」
「いいよ～。ユウといる方がいい」
「/// そ、そうか」
「あれ？何か言いたい、忘れた」
「忘れるようなことなど、無理に思い出さずともいいものだ」
「ん～～。そうだね」
「ああ（安堵）」
「できたぞ。シチューだ。先日偶然町で安く小麦とミルクが手に入ったので気まぐれに作った。不味ければ残せ」
「おいしそ～。いただきま…あっ！」
「ん？どうした？」
「シチューでおもいだした。ユウ、エッチの時、かわいい。なんで？」
落ち着け。適当な無限級数を数えるんだ。
……………………
だめだ、思い浮かばん！
「なんで？」
「し、シチューが冷めてしまうぞ？」
「あ、ほんとだ！ もぐもぐ…ねぇ、もぐ…なんれぇ？」
「…………っ！」
「あれ？どこ、いくの？」
「ほ、星の観測だ。土星の衛星の軌道座標を計算する」
「だめ」
「え？」
私の身体はドアに手をかけようとした拍子に宙に浮き上がり、エルダの膝の上にすとんと落ちた。
私のスケルトンの身体は小さく、彼女の腕の中にすっぽりと収まってしまう。
「ユウ、教えてくれるまで、離さない」
「………………………」
「ねぇ、どうして？」
エルダがうつむく私の顔を上から覗き込むように聞いてくる。
「………エルダが、気持ち良くするから、悪いのだ」
雨季の終わりは突然に訪れ、森は本来の姿に戻りつつある。
私はこの辛気臭い空気を払おうと煙草に火を点す。
私はこの森が嫌いで仕方無かった。
しかしながらもう長い事この森の中に住まい続けている。
森は檻だ。
人の元へと戻れぬ私を捕え続ける。
未だに悔やまれる。
いや、終わった話を掘り起こすのは止めよう。
私は樹肌に手を当てる。
いい湿り具合だ。
これならば面白い試料の一つや二つ、見つかってもおかしくは無い。
人の世界とは隔絶された森の中。
探し出そうと思えばあらゆるモノを腸の底まで探りつくせる。
私は身体を森に閉じ込められて初めて、探求の自由を得たのだ。
私は歩きなれた森の中で異変を求めてさまよい始める。
異変こそは発見の第一歩。
長いこの森での暮らしの中で得た一つの経験則だ。
その時、ふと耳に微かな異音が混じる。
森を抜ける風の音、さえずる鳥の鳴き声、風に揺れ身体を擦り合わせる樹木の声。
そのどれとも違う異質な音。
――くすん……くす………うぅ
久しく聞かぬ人の声。
馬鹿な、この様な奥地に人が来るなど…。
私は歩みを止めて声の方向を見定める。
「こっちか…」
踵を返し歩き始める。
「……ドリアード…か」
珍しいモノを見つけた。
新緑色の豊かな髪を揺らし微かに震える人の形をした、似て非なるもの。
その細い脚は傍らにそびえる大樹と深く結び付き、枝の一部がソレを慰める様に細い髪を撫でていた。
「…なぜ、泣いている」
ソレはこちらをちらりと見ると、涙を溜めた泉色の瞳をはたと逸らす。
その視線の先には大きく変形した樹肌があった。
「…クラウンゴールか」
私が幹部に触れじっくりと観察していると、ソレは私の傍らにきて、何かを訴えるように見つめてきた。
「お前の宿主に侵入したアグロバクテリウムがお前の宿主を侵食しているのだ」
ソレの眉が心配そうに屈曲する。
「安心しろ。樹皮細胞の一部が遺伝子を改変され腫瘍を形成しているだけだ。幹部を取り除けば侵食は止まる」
私の言葉を聞くとソレは嬉しそうに瞳を輝かせ、私に抱きついてきた。
「やめてくれ。お前たちの生態は知っている。囚われるのはもう十分だ。治療はしてやるがそれだけだ」
私はソレを引き離すと、切出用のメスを取り出し、幹部をなぞる様に切り取っていく。
これには大金を叩いた。
刀身に埋められた魔石の力であらゆるモノをバターのように切る事が出来る。
「終わったぞ。この薬を傷口に塗っておいてやれ。植物細胞の修復を促進し、菌の侵入を防止する」
無駄な時間を使ってしまった。
年に一度しかない雨季だ。
この時期に活発になる生物の中には普段は見られない珍しいものが数多くある。
私は試料を求め再び森の中を彷徨い始めた。
住処に帰ったのは樹木の隙間から星が覗き始める頃だった。
私は鞄を降ろすと保存容器のいくつかを保管器に納め、手元に残した一つを持ってラボに入った。
中身は普段地中の奥深くにいるワームの一種だ。
こいつは体内の特殊な酵素により土壌の炭素を特殊な繊維に加工して巣をつくる。
この繊維は鉄の何倍も軽く、何倍も強く硬い。
私は容器から一匹を取り出し解剖用のメスでワームの身体を切り開き、内臓の一部を摘出した。
この臓器は他のワームにはないもので、この器官で繊維を合成する酵素を製造していると私は踏んでいる。
私はこうした生物を研究し、そこから得た技術の一部を用いて闇のルートを通じて金を得て研究を続けていた。
この繊維は武具への応用が幅広く、本来は巣を掘り起こし、一つ一つ紡ぎ出すしかないが、この酵素を培養できれば他の生物に遺伝子導入して形質転換することで安価で大量の繊維を作る事が出来る。
そうすればまた数十年分の研究費用にはなるだろう。
数時間ほどミミズを弄り回した私は一服しようとラボを出た。
しかし、リビングに入った私は足を止めて１秒ほど固まった。
「……なんだ…これは」
リビングの床から大樹が突き出して屋根に穴をあけている。
落ち着け。素数を数えるんだ。
1.2.3.5.7.11.13.17.19.23.29.31.37.41.43.47.53.59.61.6なｎ…。
「…しまった。１は素数に含まれないではないか」
いや、まて。今考えるべきは目の前の事象だ。
何故リビングの床から木が生えている。
初めから生えていたのか。
いや、流石にそれは無い。
ではこの数時間で芽から成長したか…。
どんな成長速度だ。ありえない。
魔導師が忍び込んでいたずらを…。
どんな暇人だ。
残るは…。
「…お前の仕業か」
大樹の陰からひょっこりと姿を現したのは昼間のドリアードであった。
「お礼、したい」
恥ずかしそうに頬を染めこちらを見つめるソレ。
「お礼どころか修理代を貰いたい所だ」
「大丈夫。私達が、雨、防ぐ」
「待て。貴様、此処にいつく気か」
「…ダメ？」
「返答など決まっている」
「ありがとう」
パァァ と笑顔になる。
「ふざけるな。いいわけ無いだろう」
「？」
「どういうこと？」と言いたげに首をかしげるソレを見て私はため息をついた。
いい試料を見つけたと思ったら跳んだ厄介物を連れて来てしまった。
私は椅子に腰を下ろし、頭を抱えた。
しかし次の瞬間その腕が何かに絡め取られる。
「何を…する気だ」
「私、あなたと一緒なる。お礼、する」
「ふざけるのも大概にしろ」
私は擬態を解いて縮んで細くなった腕を絡め取ろうとする枝から引き抜いた。
私の擬態を解いた姿を見てソレはポカンと口をあけた。
「どうした。化け物を見るのが珍しいか。お前とさして変わらんと思うがな」
擬態を解いた私の姿は幼い少女の姿をした白骨の人形。
そう。私はスケルトンなのだ。
私はこの森に逃げ込み獣に襲われ絶命した。
しかしこの森に蟠った魔力が私の骨に憑き魔物としての生を与えたのだ。
いや、この姿だ。生きているなどとはとても言えない、か。
魔物となっても尚、自我を保っていた私は初めのうち通りかかる旅人を襲い精を得ていた。
だがある時十分な魔力が溜まったことで森を出てもある程度動けるようになり、人里から金を盗み出し、此処にひっそりと隠れ住んだのだ。
愚かな話だ。
人では無くなっても尚、家を建て、生業を持ち、擬態の術を学び人の姿を真似しているのだ。
しかしながらこの擬態も森を出てしまえば一日ともたない。
その為に未だこの魔の森の奥深くに囚われ、抜けだせずにいるのだ。
最早いくら望もうと人に戻る事など出来ぬと言うのに。
だから私は研究に没頭する。
今では人を襲わずとも特殊な魔石の効果で生き続ける事が出来る。
眠る必要のないこの身体をこの頭を後悔などと云う思考に走らせぬように動かし続けて研究に没頭する。
この姿を人が見たらきっとこう言うのだろう。
「これはまさしく生きる人形のようだ」と。
そして哂うのだろう。
「これが哀れな人間の末路だ」と。
「…お前もこの姿を見て笑うがいい。お前たちを「ソレ」と呼び蔑むこの私の醜い姿を。最早人でも魔物でもない化け物でありながら未だに人のプライドを捨て切れずに人の姿をしたお前たちに嫉妬し続けているのだ。笑え。嗤え」
「違う」
「何が違うものか。他人の才を妬み挙句学界を追われ他の職に就こうにもちっぽけなプライドなどを大事にして森に逃げ込み絶命した哀れな人間だ。プライドなどと口で言いながら挙句卑しくも復習だと言い訳して学界から金を盗んだ汚らわしい盗人だ。こんな馬鹿な話があるか。そんな穢れた人間が化け物になっても尚、学者などと騙り人の真似事をしているのだ」
「ちがう。あなた、化け物、違う」
「ならば見よ。この真白い血の気のない張りぼての身体を。この屍で組まれた呪われた手足を。これのどこが化け物でないと言うのだ」
私は声を張り上げる。
ドリアードはすべてを見透かす様な透き通った瞳でじっとこちらを見つめる。
ゆっくりとその潤った唇を開き、言った。
「よく分からない。でも、あなた、私達の事、治してくれた。優しい。だから、化け物違う」
突然私は何かに抱きとめられ柔らかいものに包まれた。
それがドリアードの身体だと理解したのは数秒後のことだった。
「私たち、痛いの治してもらた。だから今度は、私が、あなたの痛いの、治す」
私の偽りの唇にドリアートの唇が被さる。
私は驚きのあまり目を見開いた。
其処にはしっかりと私を見据える碧い瞳があった。
私の幼い唇を押し広げてドリアートの舌が入ってくる。
何度も何度も触れ合う唇は波のような刺激を私に流し込んでくる。
気が付けば私は舌を弄ばれ、それにこたえる様に蜜の様に甘いドリアートの唾液を求めドリアートの口内に舌を入れていた。
甘くしびれるようなキス。
甘さを感じるたびに落ちていくような、浮き上がるような。
私は夢の心地で彼女を求めていた。
――ちゅ。ん…ぷはぁ
離れた唇には銀色の橋がかかりぷつんと落ちた。
それが名残惜しく思え、私は彼女の紅い唇を見つめ続ける。
ゆっくりとその唇が笑顔を浮かべ、柔らかく私を抱きしめた。
「…私の身体は硬いだろう」
「とても、柔らかいよ」
「醜いだろう」
「とても、かわいいよ」
「…嘘でもうれしいものだな」
もはやそこに私という哀れな科学者は存在しなかった。
其処に在るのはただ母親に甘える幼子の様な異形の少女とそれを温もりで包み込む聖母の様な精霊だけであった。
そうして初めて分かった。
私は認めて欲しかったのだ。
この様に抱きしめて、頭を撫でて。
こんな風に甘えながら。
私はくすくすと笑い。言った。
「ねぇ。来て」
大樹の枝が柔らかに私を抱きとめ、力を抜いた私のシタイに彼女の温かな手が触れる。
――んっ。
「大丈夫？」
「うん。気持ちいい、だけ」
――くすっ。
彼女の温かな手が私のアバラに包まれた脇腹をなぞるように降りてくる。
元の私の骨に今では包まれるようにして存在する小さな私の身体。
私は骨がむき出しになった右手を彼女の頬に当て、もう一度キスをせがんだ。
彼女は瞳で頷くと私の唇を奪ってくれた。
柔らかく、温かく、甘い。
――あ。
私のソコに彼女の腕が触れた。
私は震えそうになりながらも唇を離せず、より一層彼女に強く抱きついた。
――気持ちいい？
――うん。
唇を離すと彼女は着ていたシルクの様なワンピースを脱いだ。
プルンと弾む様な、ふわりと浮きあがりそうな彼女の胸が露わになる。
「綺麗…」
私は吸い込まれるようにその胸に触れた。
私の細い白骨の手が埋まってしまいそう。
「…痛くないか？」
「大丈夫」
私は硬質な手が彼女の柔肌を傷つけることを危惧したが、彼女はそんな事構わない、と言いたげに優しく微笑んでくれた。
私は彼女の豊かな胸に溺れる様に抱きついた。
私の小さな体では、頭がちょうど彼女の胸に埋もれる形になる。
谷間からは甘い匂いがした。
顔を回し、耳を当てると彼女の身体を流れる水などの音がごうごうと聞こえる。
私はそのまま彼女の乳房をなめてみた。
――ん。
――敏感…なのだな。
私は彼女の何もかもが愛おしくなって、さらに舌を這わせる。
彼女の身体がプルプルと震えるのを感じる。
彼女の体内の流れが速くなるのが聞こえる。
しかし彼女の反撃を思わぬ形でもらってしまう。
「ひゃんっ」
私の底を彼女の指が撫でる。
体温のない私の肌を彼女の温かな指が撫でる。
気持ちいい。温かい。
もう何が何か分からない。
きっと嬉しいんだと、私は思った。
私はゆっくりと脚を開き、彼女を求めた。
彼女はゆっくりと私を押し倒すと、新緑を湛えた枝がベッドのように私たちを受け止めてくれた。
私は彼女の乳首に吸いつき吸い始めた。
それは幼子の様に見える、もっと甘美な攻め。
彼女は震える指で私のソコを攻め始める。
先ほどからの行為でもはや十分に潤っていた私のそこは、彼女の指をよく滑らせて、私の快感を加速する。
――きもちいいよう。
――赤ちゃんみたいで、かわいい。
そして、彼女の指が私の中に入ってくる。
「んあぁあぁ…」
私は彼女の乳首を離し、消え入りそうな声を上げる。
動き始める。彼女の手。
輸送しながら、中で曲がり私の中を突いてくる。
何度か意識が飛びそうになる場所に触れ、それでも甘くも苦く私を焦らす。
――きもちいい。そこ、そこを…。
求める心。
欲しがる身体。
彼女は私の貧相な胸を愛撫していた手を降ろし、私の下半身の方に持っていく。
そして。
「アッーー！」
私の後ろの穴にその指が入る。
前の穴から泉を作る勢いで湧き出した液がそこを十分に濡らしていたため、スムーズに入り、彼女は指を動かし始める。
気持ちいい。
前と後ろでリズムをずらしながら輸送される長い指。
私は腰が浮きそうになる思いをしながら彼女の身体にしがみつくしかなかった。
私は彼女の顔を見上げる。
彼女は底深い碧い瞳でこちらを見つめ、唇で唇を包み込んでくれた。
甘い。もっと欲しい。
私は浮き上がり始めた心を繋ぎ止めようと必死でその甘い蜜を欲した。
そして彼女の指がいったん抜けて、そこに触れた。
「…んんｎ……―――っ！」
私の身体が大きく跳ねる。
――にゃにこえ……？
――ここ、気持ちいい。きっと喜んでくれるって、思った。
――うん。もっとしてほしい。
――くす。
そうすると彼女の右手は再び私の丘を撫で始め、後ろを攻めていた手は胸元に上って来て。
「ふひゃぁあ」
私の胸に在る紅い宝石に触れる。
「りゃめ、そりぇらめぇ…」
それは私の身体を支える魔力を生み出す魔石だった。
今では私の身体に、骨に、深く結び付き隅々まで私と繋がっている急所だ。
彼女はそれを知ってか知らずかそれに爪を立てて私を攻める。
私は口からよだれを溢しながら喘ぐほかなかった。
そんな私の口さえ彼女は唇で覆ってしまう。
もう耐えられない。
「ひゃあああぁぁぁぁあぁあぁあっ！」
彼女の腕の中で果てた。
――気持ち、良かった？
――うん。とってもきもひよかった。
――よかった。
彼女は柔らかに微笑んだ。
私は力が抜けて今にもばらばらになってしまいそうな身体を彼女への想いでつなぎ止めて、温かな彼女の身体にもたれかかった。
ゆっくりと瞼が重くなる。
彼女が作ってくれたベッドの上で、彼女に包まれながら私は眠った。
「何だ…これは…」
「めだま、やき？」
「目玉焼きにしてはずいぶん黒いな」
「あなた、寝顔かわいい。みてた」
「部屋の中がいささか曇っているのだが」
「たまご、やきすぎた」
「落ち着け、フィボナッチ数列を数えるんだ…」
1.1.2.3.5.8.13.21.34.55.89.144.233.377.610.987.1597…
「なに、してるの？」
「ふぅ…」
「もう、男の人、ならないの？」
「お前と居る時はもう必要ない。そう感じたのだ」
「？」
「お前相手なら私の姿など何でもいい。そう思えたのだ」
「よく、わからない。でも、なんか、嬉しい」
彼女の笑顔が私に教える。
それで良いと。
私は穴のあいた天井を見上げて思った。
「ねぇ、ユウ、エッチするときだけ、かわいくなる。なんで？」
「なっ！？」
落ち着け。円周率を数えるんだ。
3.14159265358979323846264338327950288…（２兆５８７４億桁）＝およそ３
「ねぇ、おひさま、沈んだ、よ？」
「おお、そうだな。夕飯を作らなくては（棒歌ロイド）」
私はエルダが先日どこからともなく持ってきたエプロンをつけてキッチンに立った。
エルダがダメにしたフライパンの数が２桁になったころから食事はすべて私が作ることに決めている。
「あれ？なんだっけ？聞こうとしてた、忘れた」
「………～♪」
私は聞き流しつつ野菜や木の実をきざむ。
「あ、そだ。ユウ、エッチする時、かわいい。好き」
「っ∑！」
しまった。
左手の親指の第一関節から先を切り落としてしまった。
それを拾い、切り口を合わせると無事につながった。
私の身体はこういう時に便利だ。
「そ、そういえば先日森の外れにお前の仲間を見たぞ（骨汗）」
「ん～～～？ああ～…だれだろ？」
「なんだ、知り合いではないのか」
「ん～～～～～～～～～～…。いっぱい、いたと思う」
「たまには会いに行ってやってはどうだ？」
「いいよ～。ユウといる方がいい」
「/// そ、そうか」
「あれ？何か言いたい、忘れた」
「忘れるようなことなど、無理に思い出さずともいいものだ」
「ん～～。そうだね」
「ああ（安堵）」
「できたぞ。シチューだ。先日偶然町で安く小麦とミルクが手に入ったので気まぐれに作った。不味ければ残せ」
「おいしそ～。いただきま…あっ！」
「ん？どうした？」
「シチューでおもいだした。ユウ、エッチの時、かわいい。なんで？」
落ち着け。適当な無限級数を数えるんだ。
……………………
だめだ、思い浮かばん！
「なんで？」
「し、シチューが冷めてしまうぞ？」
「あ、ほんとだ！ もぐもぐ…ねぇ、もぐ…なんれぇ？」
「…………っ！」
「あれ？どこ、いくの？」
「ほ、星の観測だ。土星の衛星の軌道座標を計算する」
「だめ」
「え？」
私の身体はドアに手をかけようとした拍子に宙に浮き上がり、エルダの膝の上にすとんと落ちた。
私のスケルトンの身体は小さく、彼女の腕の中にすっぽりと収まってしまう。
「ユウ、教えてくれるまで、離さない」
「………………………」
「ねぇ、どうして？」
エルダがうつむく私の顔を上から覗き込むように聞いてくる。
「………エルダが、気持ち良くするから、悪いのだ」
09/11/06 01:25更新 / ひつじ