the hero is nowhere
小さなころ、僕にはヒーローが居た
ヒーローはいつでも僕を助けてくれる
ヒーローはいつでも僕を守ってくれる
ピンチの時に何処からともなく現れて
悪者たちをやっつける
その後笑顔でこう言うんだ
「私がいればもう大丈夫」
the hero is nowhere
雲が蒼い空の遥か下を流れていく
俺はその遥か下からそれを眺めている
どうすればあの空に触れる事が出来るのだろう
俺は右手を伸ばしてみる
雲にさえ届きはしない
また風が吹く
微かな草の匂いがする
瞼が重く…
「せんぱ〜い!どこですか〜?せんぱぁ〜いっ!?」
後頭部越しに足音と間抜けた声が近づいてくる
見るとぶかぶかのベレー帽を被った少女が軽鎧をカシャカシャいわせて走ってきていた
「なんだよマール?人がせっかく戦前の優雅で呑気なひと時を満喫してるってのに」
「『なんだよ』じゃ、な〜いっすよ〜。レオナ将軍がカンカンですよ?」
「え゛!?何?俺なんか不味い事したっけ?…もしかして先週の女のことで…」
俺は将軍に怒られる理由になりえる事をいろいろと思いだしてみる
アレじゃないとしたら、下級兵の女の子へのセクハラがばれたとか?
いや、あれをセクハラとか言われたら女の尻も触れないじゃないか…
だめだ、思い浮かばん
「…まぁ〜たなんかやらかしたんすか? って、違いますよ。出撃前に作戦会議あるって昨日伝令来てたじゃないっすかぁ〜」
「伝令…あぁ、そう言えば来たね、眼鏡の堅っ苦しいのが」
「それですよそれ、まずいっすよ?ウチの隊の連中までとばっちり食らって怒られてるんっすから」
「うわぁ〜…その会議、風邪でキャンセルできねぇ?」
「無理ですよ。早く行った方がいいと思いますよ?」
「わぁ〜った、すぐ行くって言っといて」
俺は嫌々立ち上がって隊のテントに戻ると、一通りの装備と集会用の式服であるマントを羽織って眠気の抜けない足取りで本営のテントに向かった
「レクサス・ロザリタス、只今到着しました」
「…レクサス、今何時か言ってみなさい」
入ってあいさつした途端正面のおっかないリザードマンの女に睨まれた
彼女はレオナ・モリガン将軍
今回の戦の指揮を王から任されてるおっかない上司だ
「えと…、すんません、俺、時計持ってなくて。教えてもらえます?」
「…(プチン)…。…7時24分だ。これがどういうことだか分かるかしら?」
「う〜ん。いつもなら寝てる時間ってことぐらいしか」
「(メキィ)…。作戦会議集合は7時だと全隊に伝令したはずだけど?他の隊の隊長はとうに帰らせてしまったわ」
「ああ、それですよそれ。俺、男の話をいちいち覚えるのが苦手なんで可愛い娘に伝令させてくださいよ」
「(ブチッ)……貴様は余程その命惜しくないと見えるな。私がこの場で貴様の命貰ってやろうかぁぁ!!?」
とうとう我慢しきれなくなった将軍は机を両手で叩いて怒りをあらわにする
この人のこういう怒り方は昔から何も変わってないなぁ
「あらら〜。だめっすよそんな事でキレちゃ。綺麗な顔が台無しだ」
「私に世辞を言う暇があるなら時間通り集まらんかっ!」
「以後注意しますよ。で、なんすか?作戦って?」
「……ほんっとに貴様は腹が立つな。 …作戦だが、あなたの隊にはマールの隊と合同してこの谷に留まり前線を維持してほしいの」
まだ眉間に皺を寄せたままレオナ将軍は机に置かれた地図と駒を指さして作戦を説明する
俺の隊とマールの隊はこの国でもトップに入るほどの精鋭だ
って、ことはこの作戦…
「で、将軍の隊で山上から一気に攻め落とす、ってな具合ですか?」
「…ええ。この少数で最大の戦果を生むにはそれが最善だと考えたの」
「ふぅん。こっちのおよそ倍の相手さんからすれば少数相手に戦線を押し上げられないでイライラしてる所にいきなり本陣攻められて大混乱ってわけだ」
「ええ。普通の隊ではこの作戦は実行不可能だけど、あなたの隊ならそれが出来ると考えたわ。危険な作戦だけどやってくれるかしら?」
「そうっすねぇ。いいですけど。この配置だと向かいの山から矢の雨が降って来そうで怖いっすよ。マールとロイゼン辺りの隊を向かいの山に回してください。その方がいざ将軍の隊が失敗しても保険が効きます」
「おいおい。あまり私の部下を舐めないことね。それにロイゼン隊は分かるが、前線のマール隊を回してしまうとお前の隊が集中砲火を浴びる事になるわよ?」
「心配してくれるんっすか?隊長のそう言うところ、好きっすよ」
「ふざけてる場合!?それに、もうあなたの隊長では無い。将軍と呼びなさい」
「はは。ウチの隊の連中なら心配いらないっすよ。あいつらがいれば一個大隊相手でもひけは取りません」
「…そう。任せるわ」
呆れた、という感じで目を伏せため息気味に答える隊長
「ありがとっす。隊長」
この人はなんやかんや言って、俺を信頼してくれる
ありがたいね
「“将軍”だ。レクサス」
本営のテントを出るとマールが待っていた
「せんぱい。大丈夫なんですか?いくら先輩の隊でも一個中隊で前線なんて」
「ん?なんなら小隊で向かった方がいいか?」
「もう…。死んだら冗談じゃすみませんよ〜?」
「大丈夫だよ。レオナ将軍もいい作戦を考えたが俺たちにはそれの上を行く武力と連携が在る。ましてや相手は弱小のマラフィ軍だ。お前は俺を信じて援護してくれ」
「…分かったっす。私、がんばるっす!」
「ああ、神速と呼ばれるお前の隊で山の上で隠れてる弓兵共をかたずけてくれ。そうすれば俺等も安心して敵さんを撃ち負かせられる」
「ちょ、倒しちゃうつもりなんっすか?」
「戦線を維持しろと言われたが押し上げてはダメだとは言われてないからな」
「流石っす。せんぱい!」
マールが持ち場に帰っていく
ほんっといつまで経っても「後輩癖」が抜けない奴だ
今では立場的に俺と同じだというのに
大した奴だ
あんな小さな身体で自分の倍ほども背丈のある男たちをまとめ上げている
確かにあいつの人柄は誰からも信頼されるものだ
だがそれだけでは無い
あいつは人の何十倍何百倍も努力する
身長が低いのも恐らくはあいつ自身のオーバートレーニングに身体が堪え切れなかった所為だろう
まぁ、努力なら俺も負ける気はないが
奴の一番すごいところは真っ直ぐに人を見て、隙あらばそのいい所を吸収してしまう程の桁並はずれた向上心だろう
俺は俺の部隊のテントに戻り暑っ苦しいマントを脱ぐ
テントを出るとそこには乱れなく整列した赤い鎧を着た男たち
「隊長、我らの準備は整っております。出発は何時頃ですか?」
「まぁまぁ、焦るな。お前らが戦好きなのは知ってる」
副長のルイスを宥め、列に向き直る
俺は息を大きく吸い込み、叫んだ
「みんな聞け。お前らの為に最高のポジションを貰ってきてやったぜ!」
『うおぉぉぉぉ!!』
拳を振り上げて答える部下たち
いつ見ても気持ちのいい奴らだ
「最前線に俺等の隊、一隊でぶつかる! 死にたくない奴は今すぐ逃げ出せ。命を捨てたやつだけ俺についてこい!」
『うおぉぉぉ!』
俺の部下ながら流石だ
皆目が燃えている
「お前らの隊長は誰だ?」
『レクサス! 赤獅子のレクサス!!』
「お前らが掲げる物は何だ?」
『絶対勝利!』
「そうだ。この隊は常勝無敗!我らの前に立ちふさがる者は皆震えあがり言葉を失う。我らの前に敵は無い!」
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
「我らは50だ、相手は5000だ。だが我等は皆一騎当千!見せてやれ、獅子の前に子犬を嗾けた馬鹿者共に!見せてやれ、我らの前に立ちふさがる愚か者共に!槍を掲げろ声を突き刺せ!我らは絶対無敵の赤獅子なり!!」
『うおぉぉぉぁぁぁぁぁ!!!』
谷間に響き渡る地鳴りのような声
いつ聴いても心地いい響きだ
馬にまたがり剣を引き抜いた
「行くぞ!」
『うおぉぉぉ!!』
出発より少し早いが問題はないだろう
マールの事だ、こちらの予想よりも遥かに早く崖の上を掃除してくれるだろう
そうなれば俺達の敵は目の前の大軍だけだ
白兵戦なら負ける気がしない
前線につき、谷の端から端までずらりと並んだ敵軍が見えてくる
向こうもそれなりに訓練してきたと見える
整列は崩れることなく数百人が盾を構え槍を突き立てこちらを睨みつけていた
こちらも進軍を止め、俺は馬から降りた
「聞け!マラフィの腰抜け共っ!戦が始まる!命が消える!我等は完全無敗の赤獅子なり!命が惜しくば道を開けろ!腰抜け共に用は無い!!覚悟があるなら掛かってこい!我らは全力を持ちてお前たちを粉砕する!」
静まり返った谷底に俺の声が響く
微かに敵の動揺が聞こえる
いい感じだ
このまま挑発に乗ってくれれば…
しかし敵は動く気配を見せない
「ち。奴らめ、前線の兵の少なさを見て策を警戒してやがるな…」
調子に乗って前線の兵を減らしすぎたか…
俺はこのままではまずいと思いルイスを呼んだ
「おい、ルイス!敵の前線の指揮者は誰だ?」
「はっ!恐らくはブリアン・ロイド大佐かと」
「どこにいる」
「あの正面にいる騎馬であります」
「よし。槍を貸せ」
「はっ! …でも何に使うのですか?ここからでは我らでも弓すらとどきませんが?」
「いいから見てろ」
俺はルイスから槍を受け取るとそれを強く握り助走をつける
そして全身に力を込めて投げる
水平に飛んでいった槍は馬の上に座っていた男を貫き、男はそのまま吹っ飛び整列していた兵の上に落ちた
「見たか腰抜け共っ!!お前らが来ぬなら俺はここからお前らを一人ずつ殺していくぞ!!?命が惜しくばさっさと逃げ出せ!」
動揺する敵軍に向かって俺は再び叫ぶ
ざわめきが大きくなる
そしてそのざわめきを抑える指揮官はいなくなった
其の瞬間勝負は決した
敵軍は整列を崩しむざむざと敗走を始めたのだ
ばらばらと後退していく敵を見て、俺はため息をついて後ろを向いた
「おい、ルイス。あとはお前の好きにしろ。奴らはとんだ腰抜けだった。奴らに戦のなんたるかを教えてやれ。 あ。それと、奴らの多くは農民だ。無駄に殺すなよ」
それを聞いたルイスは敬礼をして3歩前に踏み出し、回れ右をした
「いくぞ、者共!敗走兵を追撃しろ!目標は本陣、本陣のみを急襲する!」
『うおぉぉぉぉぉ!!』
勇んで進軍していく部下とは正反対に俺は歩いていった
戦の勝利を称える宴の中、俺は一人騒ぎから外れて星を眺めていた
ふいに草を踏む足音が聞こえてくる
「また、勝手な行動をしたな。レクサス」
「…レオナ隊長。いいじゃないっすか。敵は倒せたし、戦には勝った」
「崖の上からの景色をお前にも見せたかった。私は、策が見破られ敵が本陣の守りを固めたのかと一瞬キモを冷やしたぞ」
「でも奴らは本陣も捨てて国に逃げ帰った。よかったじゃないですか」
「……あの脅し文句は奴らの兵を一人でも多く生きて逃がすためか?」
「さぁね。ただ、少し挑発しただけっすよ。それで逃げ出すような腰抜けなら敵にもならない」
「そう言ってやるな。マラフィの財政が苦しいのは政治に無関心なお前でも知っているだろう?奴らは徴兵されただけの農民だ。私も、無駄な殺生をせずにすんで、ホッとしている」
「…なら、もっと俺に感謝してくださいよ」
俺は身体を起こし、隊長を見て笑って見せた
「調子に乗るなっ!」
「いつっ! 相変わらずお硬いっすねぇ」
「いいのよ。お前らの様な馬鹿共を束ねるには私ぐらい真面目な人間が一人でも必要なの」
「ほんとは思いっきり腕を振るいたいんでしょう?リザードマンの血が泣いてますよ」
「……そう言うな。私も覚悟はしたことだ」
「…隊長。1年ぶりに手合わせ願えませんか?」
「……いいだろう。武器は槍か?剣か?」
「コレで」
そう言って俺は落ちていた適当な長さの小枝を差し出す
「…これはなかなかに扱いの難しそうな武器だな。お前の手に負えるのか?」
クスッと笑って、隊長はそれを受け取る
「こいつがあれば岩でも砕けますよ」
「ふふ…。 …行くぞ?」
隊長は言葉と共に斬り込んできた
ただの木切れとは思えぬほどの圧力だ
見れば瞳孔が開いている
俺はあわてて地面に手を突き、起きあがりながら避ける
「っへ。やっぱり隊長はそっちの顔の方が可愛いですね」
「ふ。ほざけ」
瞳孔が開いたことで見た目には確かに可愛らしくはなったが、これだけ闘気を飛ばされては並みの男では近づく事も出来ないだろう
こんなんだから、未だに独身なんだよ…
「へ〜。どうやら腕はなまってないみたいっすね」
「それはこっちの、セリフよ!」
リザードマンで在りながら、その怪力に頼るのではなく女性の最大の利点であるしなやかな身体を使った隊長特有の流水の様な斬撃
避けても攻撃後の隙が全くない
緩やかな様で、間断なく攻め立てられるので、受ける方としてはたまったもんじゃない
「相変わらずイヤらしい攻撃っすね」
「なら、そろそろこの刃の虜になったらどうだ?」
「そんな事したら負けちまうじゃないですか」
「なら勝ってみろ。私がお前を縛りつけて面倒を見てやる」
なんていうか、攻撃もそうだが、舌戦も蛇のような印象を、この人からは受ける
リザードマンって普通はもっとライトなんじゃないの?
「隊長って、実はラミア?」
「…それは、どういう意味か、なっ!?」
「うひっ!」
瞬時の剣速の加速
俺はよけ切れずに小枝でそれを受け止める
パキンと音を立てて俺の小枝が折れてしまった
「はぁ。どうやら今回“も”俺の負けみたいっすね」
「…よくいうわ。私の攻撃を全部同じ個所で受けていたくせに」
「さぁ?何のことでしょ?」
「相変わらずあなたは優しいのね。でも、その優しさが私の戦士としての誇りを酷く傷つけるわ。3年前からずっとあなたは私と戦う時は手加減してるもの」
「ははっ。隊長を嫁に貰うのは俺なんかじゃ勿体無いっすよ」
「…はぁ。呆れた。私って女としての魅力がないのかしら?」
隊長は俯き、少しため息気味に言った
「いいや。隊長は素敵な女性だと思いますよ?ただ少し、強すぎるだけで」
「…まだ彼女の事を引きずっているの?手当たり次第に女の子に手を出すのもその反動かしら?」
「……さぁね。あんまり昔のことすぎて、覚えてないっす」
「そのくせ、マールや私には手を出さないのは何故かしら?あなたは女に手を出す癖に、“近い”女には絶対に手を出さない」
「…………。」
「どんなに悔やんでも、アレはあなたのせいではないのよ?そろそろ未来を見た方がいいわ」
「……相変わらず、厳しいっすね」
俺は、地面を見ながら答えた
「…ごめんなさい。 今日はありがとう。さっきの言葉は、忘れてちょうだい」
隊長は小枝を丁寧において去っていった
…隊長の気持ちは分かっていた
ずいぶんと長い事、俺はそれを受け止めようとせずに避け続けてきた
それはきっと隊長もわかっている事だろう
「未来を見た方がいい。か…」
俺はずいぶんと昔から、夢を見る事がなくなった
そう。あの時から…
「…リーズ?まだ寝てるの?男の子でしょ!?さっさと起きなさいよ!」
僕は手加減のないチョップで起こされた
「いたいよ。マリィ。起きるよ。起きるから叩かないで!」
「もう。ほんっと弱虫なんだから。ほんとに男の子?」
「マリィのが男の子なんじゃないの?」
「…ちぇぇいっ!」
「ぎゃぁ! 痛いよマリィ、なんで叩くのさ?」
「あなたはもっと乙女心を理解すべきよ! そうだ!いい事考えた!」
「…(ガクガクブルブル)」
僕は咄嗟にシーツを掴み、身を隠した
マリィの“いい事”でいい事があったことがない
「女の子の気持ちを分かるには女の子になるのが一番よね!…ってわけで…(ニヤ)」
「ヒギィッ!」
マリィが目を輝かせて僕に近づいてくる
僕は逃げ出そうと考えられる前に取り押さえられてしまった
「うふふふ。痛くしないから大人しくしなさい。服を取り変えるだけなんだから」
「やだよぉ〜!助けて、誰か助けてぇ〜!」
「男の子なら、自分で何とかしなさい。と、言ってももう女の子ね。コレは」
マリィが力を緩めた頃には、僕は無理やりマリィの服を着せられた後だった
「うう〜。お股がすーすーする…」
「う…何か私より似合ってない?」
「…わぁ。マリィも僕より似合ってる」
「頭に乗るな!!」
「ぎゃひっ!いたいよぉ〜。誉めたのに、なんで殴るの?(ってか、何?頭に乗るなって?)」
「男の服が似合ってるって言われてもそれは褒めてることにならないの!」
「そうなの?」
マリィの短くてクルクルした髪に僕の服はよく合っていた
でも何で怒られたんだろう…?
その日一日はマリィに女の子の格好をさせられたまま村中を連れ回されて、顔から火が出るような思いをした
「ううう…僕、もうお婿に行けないよう…」
「大丈夫。私が居るわ。私が貰ってあげるから安心しなさい!」
「マリィの所為じゃんかぁ」
「うるさい!」
「うう…痛いよう」
その頃の僕はマリィをお姉ちゃんの様に思っていた
マリィ自身も僕を弟の様に思っていたんだと思う
お互いに一緒にいて当たり前の存在
町の学校に入っても、僕等の関係はさして変わらなかった
でも、僕は町の男の子たちから女と遊んでるって言われるのが嫌で、マリィとは学校では遊ばないようにしてた
マリィもそれは分かっていたみたいで、学校では女の子の友達と遊んでいた
でも、しばらくすると問題が起こった
町の男の子たちが僕をいじめる様になったんだ
「おい、リーズ。お前見てるとなんかむかつくんだよ。女みたいでさ。近寄らないでくれるか?女が伝染る」
「え?そんなわけ無いじゃんか。馬鹿だなぁ」
僕は初め冗談かと思って笑ってみた
「てめぇ、生意気なんだよ!」
「あいたっ!!な、なんで殴るんだよぉ?」
その拳は、マリィのとは全然違って
後から思えば、あれは僕を傷つけようとした拳だって思う
そのうち僕は男の子たちにあまり近づかないようにした
だって、殴られるのは嫌なんだもん
「ねぇ、リーズ。どうしたの?最近、元気ないよ?」
帰り道、マリィが言った
僕は一瞬ドキッとして
「そ、そんなことないよ?」
「そう?ホントに? 何か隠してない?」
「そ、そんなことないよ…」
「そう…」
マリィも俯いてしまった
でも、言いづらかったんだ
町の男の子たちが怖くて怯えてるなんて
でも、事件は次の日に起こった
「おい。リーズ。お前、今日、ロザリタと楽しそうに話してやがったな?」
「うん…。それがどうかしたの?」
「どうかしたの?じゃ、ねぇよ!リーズの癖に生意気なんだよ!」
「痛い!なんで?なんで殴るのさ?」
「てめぇがわりぃんだよ! おいっ!そいつの腕押えてろ、ロイド」
「やめてよ。助けて〜!誰か助けて!」
「は。こんな時間に此処には誰もこねぇよ!」
僕はそれでも大声で呼んで助けを求めた
でも、その声は森に吸い込まれていった
その時だった
「まてぇ〜!」
突然よく見知った声が聞こえた
「誰だ!?」
「その汚い手を離せ、下衆野郎!」
「げ、げすやろ?…。うげっ!」
現れたのは村の祭りで使うお面をつけた謎の人物だった
突然その人は僕の周りの男の子たちに殴る蹴るの暴行を加えて僕を助けてくれた
「マリィ?」
「しぃぃ〜! 私はヒーローよっ!弱い者虐めする性格破たん者どもを蹴散らして、世界に平和をもたらすためにやってきた!」
「な、なんだよこいつ?ちびのくせしてお面なんか付けやがって。かまうな!やっちまえ」
「すばらしい!そのセリフ!まさに悪役の鏡!」
「うるせぇ、黙れ!」
一番身体の大きいテッドが拳を振り上げた
まずい!マリィ!?
「そんな薄のろパンチ、当たんないんだなぁ?」
マリィはテッドのパンチをいとも簡単に避けて見せた
そしてそのまま背中に肘鉄を食らわせる
テッドの巨体は地面に伏してしまう
「にひひひ…。どう?下衆野郎。地面とキスした味は?」
「う、うるせぇ!だまれよぉぉ!」
テッドは身体を起こすがよほど悔しいのか泣きべそになっていた
「おっ!?まだやるの?がんばるねぇ。悪者のくせに」
「黙れ!くそちび!お前なんかこのテッド様が!」
再び殴りかかるテッドの巨体をかわして、その背中に蹴りを入れるヒーロー
テッドは殴りかかった勢いのまま吹っ飛んで、遠巻きに見ていた男の子たちに突っ込んでしまった
コレは余程効いたのか、とうとうテッドは膝を震わせて立ち上がると
「お、覚えてろよ!変態お面野郎!」
「なんだとぉぉっ!!」
捨て台詞に噛みついたヒーローに怯えて男の子たちは蜘蛛の子を散らす様に逃げていった
「ふっ。少年よ。私がいればもう大丈夫だよ」
「マリィ。かっこいい!」
「ちょ、ちがう!私はヒーローよ。マリィじゃないわ!」
「ありがと。マリィ」
「ちょ、ちがうって…ゴホン! 『助けてヒーロー』って呼べば、私は何時でも君を助けるよ」
そう言ってヒーローはどこかに走っていった
それからちょっとしてマリィが汗を掻きながらやってきた
その日から僕のピンチにはいつもヒーローはやってきて助けてくれた
そうして、いつしかいじめっ子たちもこの「ヒーローごっこ」に夢中になっていった
僕等はヒーローと一緒にみんなで遊ぶようになった
放課後に校舎裏のいつもの場所で僕を取り囲む
そしてテッドがこう言う
「リーズのくせに生意気なんだよぉ!」
すこし棒読みのセリフ
するとヒーローが現れる
「まてぇぇ!」
テッドは未だに一度もヒーローに勝てないでいた
いつしか取り巻きたちもテッドを応援しだし、僕はヒーローを応援するんだ
テッドはまだ僕にいじわるするけど僕が教科書を忘れて困ってたら
「ん…」
と言って僕に教科書を貸してくれたりした
ヒーローは本当に悪者をやっつけてくれたんだ
もう悪者は何処にもいなかった
ヒーローにコテンパンにやられたテッドを僕らみんなで抱えて引き起こす
そしたらマリィが救急箱を持って走ってくる
ヒーローは本当の意味で僕のヒーローだった
でも、あの日から、ヒーローは姿を消してしまった
あの日の朝、珍しくマリィは風邪をひいて熱を出した
それは長い間降り続いた雨のせいだった
仕方なく僕はマリィのお見舞いをした後、学校に行くために町へ向かった
そして、あの恐ろしい音が聞こえたのは僕が町の肉屋の角に差し掛かった頃だった
ごごごごご…
っという地面に響く音
そして、
「なんだあれっ!」
叫んだのは肉屋のおじさんだった
おじさんの指さす方向を見るとそこには村の方の山の変わり果てた姿があった
緑だった山は茶色くなっていた
山崩れだ…
そう思った瞬間、僕は走りだしていた
どうしてかは分からない
でも、そうしなければいけない気がした
僕が村に着いたとき、そこには村がなかった
茶色い土に覆われた村は所々に残された家の屋根が見える程度
僕はそのまま立ち尽くしてその光景をぼうっと見ていた
しばらくすると町の人たちがたくさんやって来て、みんなスコップなんかで土砂を掻き始めた
僕はどうしていいのか分からずそのまま立っていた
「助けて、助けてヒーロー…」
ヒーローはやってこなかった
結局、助かった村人は僕を含めて数人
僕の両親も、マリィも見つからないままだった
町の教会の人が大勢やって来て村の犠牲者を弔った
僕はその夜も心の中で呼び続けた
ヒーロー、助けてヒーロー
僕はそのまま国の軍の孤児院に引き取られた
学校に行っても
施設の部屋に居ても
僕は何をするでもなく、ただ、ヒーローを呼び続けた
それでも、悪い夢は覚めなかった
「おいっ!なんとか言ったらどうなんだよっ!リーズ!!」
声を荒げたのはテッドだった
「なにが?」
僕は酷く気の抜けた返事をした
「最近のお前、見てて腹が立つんだよ!マリィのことは残念だった。でも何だよ!?その態度は!ずっと馬鹿みたいにぶつぶつ下向きやがって!」
「だって…仕方ないじゃないか。ヒーローが来てくれないんだ。ヒーローはいつでもどこでもやって来て、僕を助けてくれるんだ」
「っ!!」
ドガァッ!
頭に鈍い音が響いた
しばらくしてわかった
テッドが僕を殴ったんだ
今までで一番痛かった
「そのヒーローはもうどこにも居ないんだよ!マリィは…マリィは死んじまったんだよ!」
「死んでなんかいないっ!」
気がつくと僕はテッドに殴りかかっていた
知らなかった人を殴るって言うのはこんなに痛いものなんだ
「ってぇなっ!ふざけんなよ!リーズ!」
再びテッドが殴りかかってくる
今度の拳はマリィと同じ優しい拳
僕も殴り返した
僕とテッドはしばらく殴りあって喧嘩した
身体がくたくたになった
でも、なんとなく、身体が軽くなった気がした
「なぁ、もう下を向くのは止めようぜ、リーズ」
「………。」
「お前もほんとは分かってるんだろ?マリィはもう来ないんだよ」
「……うん」
「お前のヒーローなら、俺がなってやるよ」
「…はは。テッドじゃ役不足だよ」
「ちっ。リーズのくせに」
「ねぇ。どうしてテッドは僕を励ましてくれるの?」
「…俺達、友達だろ? 見てて耐えられなかったんだ」
「…ともだち…か」
その言葉が心に融けていくように感じた
「ねぇ。僕も、なれるかな?」
「ん?」
「ヒーロー。マリィみたいな」
「さぁな。 でも、お前はずっと見てきたんだろ?マリィのこと」
「うん」
「じゃぁ、がんばってみたらどうだ?」
「うん!」
それから僕はマリィの真似事をして、学校で誰かが困っていたら助けてあげた
ケンカもテッドにならって、誰でも助けられるように
そして僕は、学校を卒業して、そのまま軍に入った
もっと多くの人を助けられるように
その時に名前は変えた
俺はヒーローになるんだ
あれからずいぶんと時間が経った
俺は英雄と呼ばれるようになり
多くの部下を持った
でも、俺はあの頃から何も変わってないのかもしれない
未だ、心の中で、ヒーローを呼び続けてるんだ
戦場で殺し合いをしながら
名前も知らない女とベッドで眠りながら
こうやって星を眺めながら
未だに彼女を呼び続けてるんだ
何処からともなく現れ出て
悪者たちを蹴散らして
何処へともなく去っていく
「私がいればもう大丈夫」
「助けて、ヒーロー」
俺の声は虚しく夜空に消えていった
と、その時、草を踏む足音が近づいてきた
音から察するに体重の軽い人物だ
大かたマール辺りが酒に酔ってやってきたのかと思った
あいつは酒癖が悪く、酔っぱらうとだれでも構わず抱きつく癖がある
俺は身を起してそちらを向いた
「おい、マール?なにしに…」
しかしそこに居たのは違う人物だった
「誰だあんたは?」
そこにいたのは猛獣の皮の下着をつけ
竜の尾の飾りを身につけた褐色の肌の女だった
背丈は低くて150センチ程度だろうか?
しかしそんな体格からは想像できないような大剣を背負っていた
顔は長い前髪でよく見えないが、そこから覗く蒼い瞳は微かな殺気を放っていた
「…まともな客じゃなさそうだな」
「お前を貰いにきた。お前は強いオスの匂いがする」
「ああ。そりゃあ勘違いだ。俺は未だに過去に囚われてる腰抜けだよ」
「謙遜するな。私はアマゾネスだ。強いオスは匂いで分かる」
「アマゾネス…。なんてこったい。そんなレアな種族が一体何の用だよ?」
「お前を貰いに来たといった」
「あいにく俺はついさっきもよく似たプロポーズを受けて、断った所だ」
「そうか。なら、力ずくで貰っていく」
そう言って女は身の丈ほどもある大刀を抜いた
「おいおい。俺は女をいたぶる趣味は無いぜ?」
「悪いが、私には男をいたぶる趣味があるんだ」
「ひゅ〜。怖い怖い」
俺は傍らに置いてあった槍と盾を取った
どうやら女は闇撃ちしに来たのではないらしく、俺が構える間、待っていた
「余程腕に自信があるみたいだな」
「私は強い。お前には負けない」
「そりゃあ怖い。今すぐにげ出さなくっちゃ」
「させない」
女は月の光を反射するような速さで切りかかってきた
俺はその大きな振りかぶりを避けると、盾で女の肘をはじき、槍の柄で女の首元の急所を狙った
「甘い」
しかし女は馬鹿力で盾ごと俺を弾き飛ばす
俺は着地してカウンターをかわす
「おいおい。女のくせになんて馬鹿力だよ」
「お前こそ、男のくせに、なかなか強いな」
こいつは参った
実力でいえば隊長と互角を張るほどだ
しかし下手に力に頼っている分、隊長と違い、手加減をしづらい
力で抑えつけるのは趣味じゃないが、この際仕方ない
「参ったね。こりゃ、こっちも本気を出さなきゃいけないらしい」
「はじめからそうすべきだ」
「かぁ〜っ。言うねぇ」
俺は槍と盾を捨てると、腰の剣を抜いた
「あまりその綺麗な身体を傷つけたくはない。剣を引いてはもらえないよね?」
「引けないな。私にも戦士の誇りがある」
「参ったねぇ。どうも」
俺は剣を引き、肩の辺りで構える
「いくよ?」
「来いっ」
俺は縮めた身体の反発を利用して渾身の突きを放つ
女はそれを大剣で弾く
その反動を利用して俺は身体を軸に逆袈裟に切りかかる
流石の女もあの大剣では防ぎけれないのか身を捩って避ける
「へぇ。ただの筋肉自慢かと思ったが、柔軟性もある」
「お前こそ、男にしておくのはもったいないな、その腕」
「ははっ。そりゃどうも」
俺は尚も攻めの手を緩めない
いや、緩める事が出来ない
相手の得物からして、隙を与えると、どえらい一撃を食らっちまう恐れがある
「どうしたんだい?力づくで俺を連れていくんじゃなかったのか?」
「くっ。よく言う。そう言うお前も闇雲に剣を振っているだけではないか」
「ちっ。そうかい!じゃあ遠慮なく決めさせてもらうぜ!?」
俺はレオナ隊長の真似をして、腕を鞭のように振い、剣速を瞬間的に加速させた
「っキャッ!」
それを剣で防ごうとしたが、一瞬間に合わず、女は頭を逸らしてどうにか避ける
ハラリ…
どうやら女は紙一重で避ける事に成功したらしく、前髪だけが風に乗って散った
俺は顔に傷をつけずにすんでほっとした
「くそっ!男のくせに!」
「ざんねん。次はもっと弱い男を探すんだな」
俺は怯んだ隙を狙い、腹部に峰撃ちを入れようとする
しかしその瞬間、女の顔を見て、その手を止めてしまった
「っ!?」
「隙ありっ!」
ボスッ!
俺は其の瞬間、腹部と心に強い衝撃を受けて、意識を失った
「っててて…」
目を覚ますと最初に飛び込んできたのは脇腹の痛みだった
そして、そのまま身体を起こす
ゴチン!
「いってぇ!」
「っっっつ!」
目を開けると、そこには額を抑えるあの女の姿があった
「………何してんの?」
「いきなり起き上がる奴があるかっ!これだから男は…」
「…いや。普通身体起こして障害物あるなんて考えませんよ?」
「うるさい!だまれ!男のくせに!」
「…ははぁ〜ん。さてはあんた、俺の寝顔にチュ〜を?」
「ばばばばばばばばばばばばばばばばばばば馬鹿な!そんなこここと、あるはずなななないだろ!?」
「……うわ、まじかよ。冗談で言ってみたのに…」
「じ、じょじょじょじょうだんだと!?そ、そうだ、私も冗談で慌ててみたのだ」
「…ふぅん」
「な、なんだその眼は?」
「いや…別に」
やはり似てる
いや、そっくりだ
体つきは大人っぽく、目元も色気が満ちているが、あいつが大きくなったら、たぶんこんな風になっていたんじゃないだろうか
「なぁ、お前、名前はなんて言うんだ?」
「私はイリムだ」
「…そうか」
「お前は何と呼べばいい?」
「…さぁ、好きに呼べばいい」
「ほほぉ〜ん。 さては貴様、ここから逃げ出すつもりでいるな?」
「ん?まぁ、そうだな」
「あまい。あまいぞ! ここはアマゾネスの村。1たび人間が入れば、もう二度と出る事は叶わぬ場所」
「ふぅ〜ん。そりゃ大変だ」
「むっ!貴様、甘く見ているな? 昨夜はちょっと調子が悪かっただけで、本調子の私はお前なんぞに絶対に負けんのだぞ!」
「へぇ。じゃあ昨日は負けたって認めるんだ」
「む…そ、それは…あの時私が…(ゴニョゴニョ)」
「はは…。昨日はお前の勝ちだよ」
「?」
「真剣勝負で手を止めるなぞ、殺されても文句は言えんさ」
「たしかにそうだが…」
どうやらこいつは相当落ち込んでいるらしい
まぁ、気持ちは分かる
聞いた話じゃアマゾネスは完全に女性優位の社会だと聞く
そんな彼女が男である俺に負けるということは俺が女に負けるのと同意
いや、生まれついてからずっと戦闘の技術を教え込まれるアマゾネスにとってはそれ以上の屈辱なのだろう
しかし何だろう
こいつの落ち込んでいる顔は、こう、むくむくといじめたいという感情が湧きあがってくる
「…じゃあ、お前が俺に負けたという事を村中に触れ回ってやろうか?(ニマニマ)」
「そ、そそそそれは困る!」
「はは。じゃあ、お前が勝ったってことでいいんじゃないか?」
「そ、そうだな。結果的に私がお前を気絶させて攫ってきたのだからな。うん」
自分で自分に納得させるように言うイリム
俺はふざけた話をしながらも周りを観察する
どうやらここは木でできた小屋のようだ
部屋にはシンプルな家具らしき物が置かれ、綺麗に片付いていた
「この部屋には服を入れる棚は無いのか?」
「そんな物、何に使うのだ?」
「何ってお前、お前の着替えはどうするんだ?」
「? そんなもの、必要になったら狩ればいいだけの話だろう?」
「!!? …もしかして、お前それってずっと着てるのか?」
「そうだな。皮を乾かしたり、なめすのに時間がかかるからな。お前たちのようにやたらと着こむ方が変だと思うがな?」
「そ、そうか…」
マジか
俺はそれを聞いて、女性にこんなことを聞くのも失礼かとも思ったが、聞かずにはいられなくなった
「…風呂ははいるのか?」
「風呂?」
「あ、えぇ〜っと…。身体を洗ったりはするのか?」
「ああ。水浴びは毎日欠かせないぞ。いくら我らの身体は人間に比べ頑丈だと言ってもあまり汚くしているとかゆくなるからな」
「そ、そうか。それは良かった」
「…ほほぉ〜う。もう夜の心配とは、お前もなかなか見どころがある男だな」
「……いや、まぁ、そうだな」
話がうまく噛み合わないな…
人間社会とはいろいろと価値観のずれがあるらしい
「そうときまれば話は早い!ささ、脱げ!私も脱ぐ!」
「おいおい、まだ昼間だぜ?」
「昼間、というより、朝だな。安心しろ。夜の婚礼の儀までまだ時間が在る」
「???こん…れい?」
「そうだ。お前は私に負けて捕まったのだ。夫婦になるのは当り前だろう?」
「意味が分からないし笑えないね」
「なんだ?二人きりでは不満か?わかった。仕方無いから、みんなを呼んで来てやる」
「はぁっ!?」
俺は完全においてけぼりのまま彼女が部屋を出ていこうとする
「ちょ、ちょ待てよ!」
俺は咄嗟に彼女の腕を掴み、引き戻す
「なんだ?いったいどうしたいのだお前は!?」
「それはこっちのセリフだよ!! なんだ?婚礼って。俺はお前のプロポーズを受け入れたつもりはないぜ?それに何でみんなを呼びに行く?普通セックスは二人きりで楽しむものだろ?」
「??? よく分からないが、お前の国ではそうなのか?」
「大体の社会ではそうだよ! 大体俺はお前と夫婦になるつもりはねぇよ」
「っ!? 貴様がさっき言ったのではないか!『お前の勝ちでいい』と。あれは私のモノになるという意味ではなかったのか!?」
「っぁ! そういうことか…」
そうか、失念していた
こいつ等の文化は相当世間とはズレがあるんだった
こいつ等の社会では男が負けて連れてこられるという事は、イコール夫婦になるということであるらしい
そこに俺が負けを認めたという事は…
「男は黙って女の言う事を聞けばいいのだ!」
なんてこったい
女性優位の社会だとは聞いたことがあったが、まさかこれほどまで完全な女尊男卑だとは…
コレは何としても婚礼の儀とやらが始まるまでに逃げ出さなきゃならねぇな
おれはあわてて部屋をもう一度見渡す
入口に出るには彼女を越えるしかない
窓はあるが、この家の作りを考えると、樹上のウッドハウスである可能性もある
下手に飛び降りるのは危険だ
その上武器はご丁寧に外されている
「ふふふ。逃げようとしても無駄だぞ?この家はこの辺りで一番高い木の上に在るからな。しかもここは村のど真ん中だぞ。私よりも強い姉様達もいるぞ」
「くっ…」
「大人しくしろ!私のモノになれ」
その時ふと頭に今見ているものと同じ光景が浮かんだ
『痛くしないから大人しくしなさい。服を取り変えるだけなんだから』
「……マリィ」
「…?」
俺はひどく懐かしい気持と共に、涙を抑えられなかった
「!?…ど、どうしたのだ?そんなに私とするのが嫌だったのか?」
「…いや…。よくわからない…。俺にも、わからないんだ」
「……ほんとに、男というのは弱い生き物だなぁ。仕方のない…」
そう言って彼女は腰布の端を千切り、それで涙を拭いてくれた
「……情けのない話だ」
「気にするな!男の涙は最強の武器だと姉様も言っていたぞ。男は女に甘えてもいいんだぞ?」
「ははっ。俺の世界とは、真逆だな」
「…お前は変わってるな。男のくせに女より強かったり。男らしく泣いてみたり」
『リーズって変わってるね。男のくせにすぐめそめそして』
また…
俺は彼女を見つめ、抑えきれずに抱きしめた
「っ!?」
「…マリィ。すまない。すまない…」
「……ん…」
彼女は、俺の頭をよしよしと撫でてくれた
恥ずかしさと、嬉しさがこみ上げてきた
「…イリム。…すまない」
俺は彼女の身体を離した
まだ、胸に温もりが残っている
「…マリィって誰だ?」
「……俺の、大切な人だ」
「お前、妻が居るのか?」
「……いや。彼女は…幼いころに死んだ」
「…そうか」
「お前があんまりマリィに似てるもんだから、ちょっとパニックになってな」
「あの時腕を止めたのも?」
「ああ…」
「……わかった」
「ん?」
そう言うと、彼女はおもむろに服を脱ぎ始めた
ペインティングの施された褐色の裸体が窓から差し込む微かな光に照らされる
「今日の婚礼の儀まで、私をマリィだと思っていいぞ!」
「?…何がだ?」
「いつまでも昔の女のことでめそめそされても困る。だから、私が今だけそのマリィとやらの代わりになってやるから、お前はそれですっぱりそいつのことは忘れろ。いいな?」
「はは…。それは難しい話だな」
「…なら私が実力で忘れさせてやる!」
そう言って彼女は俺を再びベッドに寝かしつけると、その上に覆いかぶさって来た
目の前に彼女の艶めかしい身体が迫る
今まで何人も女を抱いてきたが、彼女はその中でも一番きれいだった
張りのある肌は健康的に日焼けして朝日を弾くように艶やかで
マリィと同じ癖っ気の強いプラチナブロンドの髪は、朝日に透ける様に輝く
うっすらと筋肉の張った身体は猫の様にしなやかで、彼女が動くたびに、筋肉の軋みがその上の脂肪に伝わり弾ける様にその肉体を浮かび上がらせる
柔らかな曲線は熟れた桃の様で、微かに朝日を反す産毛がその柔らかな甘さを伝える
「…きれいだ」
「……少し、照れるものだな」
「ふふ。その顔の方が、女らしくて可愛いぞ」
「か、からかうな。 …えっと…。お前のことは何と呼べばいい?」
「………リーズ…。そう、呼んでくれ」
「…リーズ。私のことは……。マリィと呼んでくれて、構わないぞ」
「…マリィ。愛してる。ずっとずっと。愛してる」
俺は、彼女の身体を抱きしめる
柔らかい
温かい
俺は服越しに伝わるそれを、直接感じたくなって、服を脱ぐ
「ん…」
肌と肌が触れ合う
温かさが、柔らかさが
直接心に流れ込んでくる
今まで何をしても満たされなかった空白が、彼女の色を取り戻していく
「マリィ…マリィ……」
俺は彼女を抱きしめたまま彼女の唇を奪った
甘い
甘い
彼女も積極的に舌を絡めてくる
少しぎこちないその動きが、彼女そのものを表しているようで
「…ん…ちゅ…くちゅ……あむ…」
「ちゅ……ぁ……っ…ちゅ…」
彼女の唾液が味と粘性を増してくる
胸板に伝わる彼女の豊満な肉体からも熱さが増していく
絡みつく
彼女の舌が
彼女の身体が
甘い唾液が
汗ばんだ肉体が
「…んっ…ぷはぁっ。 ……」
彼女は唇を離すと、息をするのを忘れ、酸欠になったように焦点の合わない瞳でこちらを見ていた
「…すごい…これが、女と男のキスか」
「…マリィ。かわいいよ」
俺は再び彼女を抱きよせると、首筋から臍の辺りまでキスを振らせていく
俺の唇が身体に触れる度に彼女の身体がピクンと跳ねる
俺はキスをしながら、甘い方向を放つ秘華に触れる
人間の女よりも何倍も濃い匂いを放つそこは、俺の指を易々と飲み込み、逃がすまいとうねり、捏ね回す
彼女の態度と正反対な様にそこだけが艶めかしく、別の生き物のように蠢く
視線を彼女の瞳に戻す
快楽に翻弄されるままに火照った瞳
その表情は処女のようだが、瞳の奥には娼婦の様な炎が灯っている
俺はそのまま瞳を近づける
そして再び口付けた
彼女は大好きな御馳走を貰った幼子の様に俺の唇にしゃぶりつく
俺は唇を彼女にまかせ、右手で彼女の割れ目を責め立てた
指を入れ、中で折り曲げ、つぶつぶとした内壁をこする様に攻め、裏側に在るふくらみを爪を立てて突き、何度も出し入れしてやる
その度、彼女の口は緩み、喜びの声が漏れる
愛おしい
全てが欲しい
「マリィ…マリィ……愛してる。もう離さない…」
「リーズ…りーずぅ…」
彼女は熱にうなされた様にねだると、俺の身体をベッドに押さえつけ、俺の身体の上にまたがった
「…いく…よ?」
俺はただ頷いた
彼女の割れ目が降りてくる
控え目に生えた毛がびしょびしょに濡れて張り付き、朝日に照らされて光って見える
その先端が俺の頂にゆっくりと触れる
「りぃず…」
ためらう様にこちらを窺うマリィ
俺は彼女の腰に手を添え、導いてあげる
くちゅ
微かな水音を立てて柔らかな泡のように俺を包み込む
外気に触れて冷えた表面を新から温めるような熱さ
命がけで奪った俺を逃がすまいと必死に誘い込む内壁
彼女の気持ちを表す様に俺を渾身の力で締め付け、うねうねと動いて、にゅるにゅると蠢いて俺を受け入れようとする膣内
カチリとはまり込み、決して抜かせないとする子宮口
全てが俺を全力で愛そうとしている
彼女自身もあまりの快楽で思うようにならない腰を精いっぱい動かし、俺を愛してくれる
俺はそれを受け入れ、腰を動かし始める
「ぁ…あん…ひゃぁ、ああ…くぅ…」
かろうじてこちらを見つめる彼女の蒼い瞳は涙の膜を作り、湧水のように青く深く輝いて見える
俺は吹けば倒れてしまいそうな儚いその表情をしっかりと見つめながら腰を振る
俺が突く度突く度彼女のそこはピクンピクンと震え、その耐えがたい快楽を伝えてくる
俺は彼女を天に飛ばすため、一層動きを速める
そして
「あぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
びくん、びくびくん
彼女は天を仰ぎ、その全身を硬直させた
俺もその締め付けに合わせ、精を吐き出す
その行為は、今までどんな女を抱こうと満たされなかった全ての要素を持っていた
それは、どんなに強くなろうとも得る事のなかった満足感を一瞬で与えてくれた
僕の心を縛りつけて離さなかったそれが
僕の心に縛られて抜けだせなかったそれが
その瞬間、天に向かって羽ばたいていった
ずっとずっと
声がかれるまで心の奥で助けを求め続けていた僕に
やっと彼女はやってきた
ヒーロー見参
ヒーロー見参
やっと、僕等は救われた
「僕が居るから。もう、大丈夫」
the hero is now here fin
その後の事を話そう
俺と彼女は昼過ぎまで裸で抱き合っていた
セックスはしなかったが、それだけで十分に満たされた
でも、よかったのはそこまでだった
夜になると突然彼女は俺を引っ張って外に出た
そこには大勢のアマゾネス達
中には夫や子供連れの奴までいた
もちろんその場で俺は服を脱がされ、焚火の傍で無理やり犯された
周りの奴らはそれを見て羨ましがったり、自分たちで始め出したり
ホントにここはなんて村だ…
俺はヤられっぱなしでは悔しかったので、途中から積極的に彼女を攻めた
今度はイリムと呼んでやる
もう、逃げ出すつもりはなかった
どうやら俺の中のリーズは成仏出来たらしい
隊の連中のことは心配だったが、レオナ隊長がうまくやってくれるだろう
まぁ、そんなこんなで夜通しヤってるうちに分かってきた
イリムは後ろの方が弱いらしい
次の日から、花嫁修業ならぬ花婿修行が始まった
村の男たちに料理や家事などの手ほどきを受ける
正直やってられない
何で俺がこんなことを…
昼過ぎになると女たちが狩りの戦利品を持って帰って来た
どうやらここでは狩りで得たものはみんなに分配しているらしい
その中で、食べモノにならないものは獲った本人が持って帰り、その夫がそれらを加工して服やアクセサリーを作り、物々交換で商売の様な事をしているようだ
俺はイリムの持ってきたガラクタから武具を作ってみた
コレでも長い間軍にいたので修理などをしているうちにこう言う技術は身につくのだ
俺の作った武具は結構人気があった
コレはこれで悪くない
未だに料理はイリムの方がうまい
そのせいで未だに彼女が料理を作っている
コレは他の夫婦とは真逆だ
ま、しかし、他の夫婦と違う事はこれだけではない
夜になるとイリムはこっそりと俺を連れて森の奥にやってくる
そこで俺はイリムと剣を交える
未だに俺は負けることはない
しかし人一倍負けず嫌いなイリムは何度でも勝負を挑んでくる
こう言うところ、ほんとにマリィにそっくりだ
ある晩、イリムを先に帰らせると、木の陰に潜んでいた気配に声を掛けてみた
彼女はこの村で一番優秀なアマゾネスだ
俺は彼女にイリムのことを怒らないでやってくれと頼んだ
彼女は初めからその気はないといった
そしてこう言った
イリムは自分の妹の様なものだ、幸せにしてやってほしい
イリムを強くしてやってくれ
そう言って彼女は去っていった
次の日、俺は驚いた
彼女の夫はこの村でいちばん臆病で気の弱い少年だった
アマゾネスの社会は未だによく分からない
正直今後を考えると不安が大部分を占めている
まぁ、でも、きっと大丈夫だ
俺は、彼女一人を守ってやることは出来る
あの時と違い、その力を今は持っている
何があってもイリムだけは幸せにしてみせる
だって俺は彼女のヒーローになるんだから
ヒーローはいつでも僕を助けてくれる
ヒーローはいつでも僕を守ってくれる
ピンチの時に何処からともなく現れて
悪者たちをやっつける
その後笑顔でこう言うんだ
「私がいればもう大丈夫」
the hero is nowhere
雲が蒼い空の遥か下を流れていく
俺はその遥か下からそれを眺めている
どうすればあの空に触れる事が出来るのだろう
俺は右手を伸ばしてみる
雲にさえ届きはしない
また風が吹く
微かな草の匂いがする
瞼が重く…
「せんぱ〜い!どこですか〜?せんぱぁ〜いっ!?」
後頭部越しに足音と間抜けた声が近づいてくる
見るとぶかぶかのベレー帽を被った少女が軽鎧をカシャカシャいわせて走ってきていた
「なんだよマール?人がせっかく戦前の優雅で呑気なひと時を満喫してるってのに」
「『なんだよ』じゃ、な〜いっすよ〜。レオナ将軍がカンカンですよ?」
「え゛!?何?俺なんか不味い事したっけ?…もしかして先週の女のことで…」
俺は将軍に怒られる理由になりえる事をいろいろと思いだしてみる
アレじゃないとしたら、下級兵の女の子へのセクハラがばれたとか?
いや、あれをセクハラとか言われたら女の尻も触れないじゃないか…
だめだ、思い浮かばん
「…まぁ〜たなんかやらかしたんすか? って、違いますよ。出撃前に作戦会議あるって昨日伝令来てたじゃないっすかぁ〜」
「伝令…あぁ、そう言えば来たね、眼鏡の堅っ苦しいのが」
「それですよそれ、まずいっすよ?ウチの隊の連中までとばっちり食らって怒られてるんっすから」
「うわぁ〜…その会議、風邪でキャンセルできねぇ?」
「無理ですよ。早く行った方がいいと思いますよ?」
「わぁ〜った、すぐ行くって言っといて」
俺は嫌々立ち上がって隊のテントに戻ると、一通りの装備と集会用の式服であるマントを羽織って眠気の抜けない足取りで本営のテントに向かった
「レクサス・ロザリタス、只今到着しました」
「…レクサス、今何時か言ってみなさい」
入ってあいさつした途端正面のおっかないリザードマンの女に睨まれた
彼女はレオナ・モリガン将軍
今回の戦の指揮を王から任されてるおっかない上司だ
「えと…、すんません、俺、時計持ってなくて。教えてもらえます?」
「…(プチン)…。…7時24分だ。これがどういうことだか分かるかしら?」
「う〜ん。いつもなら寝てる時間ってことぐらいしか」
「(メキィ)…。作戦会議集合は7時だと全隊に伝令したはずだけど?他の隊の隊長はとうに帰らせてしまったわ」
「ああ、それですよそれ。俺、男の話をいちいち覚えるのが苦手なんで可愛い娘に伝令させてくださいよ」
「(ブチッ)……貴様は余程その命惜しくないと見えるな。私がこの場で貴様の命貰ってやろうかぁぁ!!?」
とうとう我慢しきれなくなった将軍は机を両手で叩いて怒りをあらわにする
この人のこういう怒り方は昔から何も変わってないなぁ
「あらら〜。だめっすよそんな事でキレちゃ。綺麗な顔が台無しだ」
「私に世辞を言う暇があるなら時間通り集まらんかっ!」
「以後注意しますよ。で、なんすか?作戦って?」
「……ほんっとに貴様は腹が立つな。 …作戦だが、あなたの隊にはマールの隊と合同してこの谷に留まり前線を維持してほしいの」
まだ眉間に皺を寄せたままレオナ将軍は机に置かれた地図と駒を指さして作戦を説明する
俺の隊とマールの隊はこの国でもトップに入るほどの精鋭だ
って、ことはこの作戦…
「で、将軍の隊で山上から一気に攻め落とす、ってな具合ですか?」
「…ええ。この少数で最大の戦果を生むにはそれが最善だと考えたの」
「ふぅん。こっちのおよそ倍の相手さんからすれば少数相手に戦線を押し上げられないでイライラしてる所にいきなり本陣攻められて大混乱ってわけだ」
「ええ。普通の隊ではこの作戦は実行不可能だけど、あなたの隊ならそれが出来ると考えたわ。危険な作戦だけどやってくれるかしら?」
「そうっすねぇ。いいですけど。この配置だと向かいの山から矢の雨が降って来そうで怖いっすよ。マールとロイゼン辺りの隊を向かいの山に回してください。その方がいざ将軍の隊が失敗しても保険が効きます」
「おいおい。あまり私の部下を舐めないことね。それにロイゼン隊は分かるが、前線のマール隊を回してしまうとお前の隊が集中砲火を浴びる事になるわよ?」
「心配してくれるんっすか?隊長のそう言うところ、好きっすよ」
「ふざけてる場合!?それに、もうあなたの隊長では無い。将軍と呼びなさい」
「はは。ウチの隊の連中なら心配いらないっすよ。あいつらがいれば一個大隊相手でもひけは取りません」
「…そう。任せるわ」
呆れた、という感じで目を伏せため息気味に答える隊長
「ありがとっす。隊長」
この人はなんやかんや言って、俺を信頼してくれる
ありがたいね
「“将軍”だ。レクサス」
本営のテントを出るとマールが待っていた
「せんぱい。大丈夫なんですか?いくら先輩の隊でも一個中隊で前線なんて」
「ん?なんなら小隊で向かった方がいいか?」
「もう…。死んだら冗談じゃすみませんよ〜?」
「大丈夫だよ。レオナ将軍もいい作戦を考えたが俺たちにはそれの上を行く武力と連携が在る。ましてや相手は弱小のマラフィ軍だ。お前は俺を信じて援護してくれ」
「…分かったっす。私、がんばるっす!」
「ああ、神速と呼ばれるお前の隊で山の上で隠れてる弓兵共をかたずけてくれ。そうすれば俺等も安心して敵さんを撃ち負かせられる」
「ちょ、倒しちゃうつもりなんっすか?」
「戦線を維持しろと言われたが押し上げてはダメだとは言われてないからな」
「流石っす。せんぱい!」
マールが持ち場に帰っていく
ほんっといつまで経っても「後輩癖」が抜けない奴だ
今では立場的に俺と同じだというのに
大した奴だ
あんな小さな身体で自分の倍ほども背丈のある男たちをまとめ上げている
確かにあいつの人柄は誰からも信頼されるものだ
だがそれだけでは無い
あいつは人の何十倍何百倍も努力する
身長が低いのも恐らくはあいつ自身のオーバートレーニングに身体が堪え切れなかった所為だろう
まぁ、努力なら俺も負ける気はないが
奴の一番すごいところは真っ直ぐに人を見て、隙あらばそのいい所を吸収してしまう程の桁並はずれた向上心だろう
俺は俺の部隊のテントに戻り暑っ苦しいマントを脱ぐ
テントを出るとそこには乱れなく整列した赤い鎧を着た男たち
「隊長、我らの準備は整っております。出発は何時頃ですか?」
「まぁまぁ、焦るな。お前らが戦好きなのは知ってる」
副長のルイスを宥め、列に向き直る
俺は息を大きく吸い込み、叫んだ
「みんな聞け。お前らの為に最高のポジションを貰ってきてやったぜ!」
『うおぉぉぉぉ!!』
拳を振り上げて答える部下たち
いつ見ても気持ちのいい奴らだ
「最前線に俺等の隊、一隊でぶつかる! 死にたくない奴は今すぐ逃げ出せ。命を捨てたやつだけ俺についてこい!」
『うおぉぉぉ!』
俺の部下ながら流石だ
皆目が燃えている
「お前らの隊長は誰だ?」
『レクサス! 赤獅子のレクサス!!』
「お前らが掲げる物は何だ?」
『絶対勝利!』
「そうだ。この隊は常勝無敗!我らの前に立ちふさがる者は皆震えあがり言葉を失う。我らの前に敵は無い!」
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
「我らは50だ、相手は5000だ。だが我等は皆一騎当千!見せてやれ、獅子の前に子犬を嗾けた馬鹿者共に!見せてやれ、我らの前に立ちふさがる愚か者共に!槍を掲げろ声を突き刺せ!我らは絶対無敵の赤獅子なり!!」
『うおぉぉぉぁぁぁぁぁ!!!』
谷間に響き渡る地鳴りのような声
いつ聴いても心地いい響きだ
馬にまたがり剣を引き抜いた
「行くぞ!」
『うおぉぉぉ!!』
出発より少し早いが問題はないだろう
マールの事だ、こちらの予想よりも遥かに早く崖の上を掃除してくれるだろう
そうなれば俺達の敵は目の前の大軍だけだ
白兵戦なら負ける気がしない
前線につき、谷の端から端までずらりと並んだ敵軍が見えてくる
向こうもそれなりに訓練してきたと見える
整列は崩れることなく数百人が盾を構え槍を突き立てこちらを睨みつけていた
こちらも進軍を止め、俺は馬から降りた
「聞け!マラフィの腰抜け共っ!戦が始まる!命が消える!我等は完全無敗の赤獅子なり!命が惜しくば道を開けろ!腰抜け共に用は無い!!覚悟があるなら掛かってこい!我らは全力を持ちてお前たちを粉砕する!」
静まり返った谷底に俺の声が響く
微かに敵の動揺が聞こえる
いい感じだ
このまま挑発に乗ってくれれば…
しかし敵は動く気配を見せない
「ち。奴らめ、前線の兵の少なさを見て策を警戒してやがるな…」
調子に乗って前線の兵を減らしすぎたか…
俺はこのままではまずいと思いルイスを呼んだ
「おい、ルイス!敵の前線の指揮者は誰だ?」
「はっ!恐らくはブリアン・ロイド大佐かと」
「どこにいる」
「あの正面にいる騎馬であります」
「よし。槍を貸せ」
「はっ! …でも何に使うのですか?ここからでは我らでも弓すらとどきませんが?」
「いいから見てろ」
俺はルイスから槍を受け取るとそれを強く握り助走をつける
そして全身に力を込めて投げる
水平に飛んでいった槍は馬の上に座っていた男を貫き、男はそのまま吹っ飛び整列していた兵の上に落ちた
「見たか腰抜け共っ!!お前らが来ぬなら俺はここからお前らを一人ずつ殺していくぞ!!?命が惜しくばさっさと逃げ出せ!」
動揺する敵軍に向かって俺は再び叫ぶ
ざわめきが大きくなる
そしてそのざわめきを抑える指揮官はいなくなった
其の瞬間勝負は決した
敵軍は整列を崩しむざむざと敗走を始めたのだ
ばらばらと後退していく敵を見て、俺はため息をついて後ろを向いた
「おい、ルイス。あとはお前の好きにしろ。奴らはとんだ腰抜けだった。奴らに戦のなんたるかを教えてやれ。 あ。それと、奴らの多くは農民だ。無駄に殺すなよ」
それを聞いたルイスは敬礼をして3歩前に踏み出し、回れ右をした
「いくぞ、者共!敗走兵を追撃しろ!目標は本陣、本陣のみを急襲する!」
『うおぉぉぉぉぉ!!』
勇んで進軍していく部下とは正反対に俺は歩いていった
戦の勝利を称える宴の中、俺は一人騒ぎから外れて星を眺めていた
ふいに草を踏む足音が聞こえてくる
「また、勝手な行動をしたな。レクサス」
「…レオナ隊長。いいじゃないっすか。敵は倒せたし、戦には勝った」
「崖の上からの景色をお前にも見せたかった。私は、策が見破られ敵が本陣の守りを固めたのかと一瞬キモを冷やしたぞ」
「でも奴らは本陣も捨てて国に逃げ帰った。よかったじゃないですか」
「……あの脅し文句は奴らの兵を一人でも多く生きて逃がすためか?」
「さぁね。ただ、少し挑発しただけっすよ。それで逃げ出すような腰抜けなら敵にもならない」
「そう言ってやるな。マラフィの財政が苦しいのは政治に無関心なお前でも知っているだろう?奴らは徴兵されただけの農民だ。私も、無駄な殺生をせずにすんで、ホッとしている」
「…なら、もっと俺に感謝してくださいよ」
俺は身体を起こし、隊長を見て笑って見せた
「調子に乗るなっ!」
「いつっ! 相変わらずお硬いっすねぇ」
「いいのよ。お前らの様な馬鹿共を束ねるには私ぐらい真面目な人間が一人でも必要なの」
「ほんとは思いっきり腕を振るいたいんでしょう?リザードマンの血が泣いてますよ」
「……そう言うな。私も覚悟はしたことだ」
「…隊長。1年ぶりに手合わせ願えませんか?」
「……いいだろう。武器は槍か?剣か?」
「コレで」
そう言って俺は落ちていた適当な長さの小枝を差し出す
「…これはなかなかに扱いの難しそうな武器だな。お前の手に負えるのか?」
クスッと笑って、隊長はそれを受け取る
「こいつがあれば岩でも砕けますよ」
「ふふ…。 …行くぞ?」
隊長は言葉と共に斬り込んできた
ただの木切れとは思えぬほどの圧力だ
見れば瞳孔が開いている
俺はあわてて地面に手を突き、起きあがりながら避ける
「っへ。やっぱり隊長はそっちの顔の方が可愛いですね」
「ふ。ほざけ」
瞳孔が開いたことで見た目には確かに可愛らしくはなったが、これだけ闘気を飛ばされては並みの男では近づく事も出来ないだろう
こんなんだから、未だに独身なんだよ…
「へ〜。どうやら腕はなまってないみたいっすね」
「それはこっちの、セリフよ!」
リザードマンで在りながら、その怪力に頼るのではなく女性の最大の利点であるしなやかな身体を使った隊長特有の流水の様な斬撃
避けても攻撃後の隙が全くない
緩やかな様で、間断なく攻め立てられるので、受ける方としてはたまったもんじゃない
「相変わらずイヤらしい攻撃っすね」
「なら、そろそろこの刃の虜になったらどうだ?」
「そんな事したら負けちまうじゃないですか」
「なら勝ってみろ。私がお前を縛りつけて面倒を見てやる」
なんていうか、攻撃もそうだが、舌戦も蛇のような印象を、この人からは受ける
リザードマンって普通はもっとライトなんじゃないの?
「隊長って、実はラミア?」
「…それは、どういう意味か、なっ!?」
「うひっ!」
瞬時の剣速の加速
俺はよけ切れずに小枝でそれを受け止める
パキンと音を立てて俺の小枝が折れてしまった
「はぁ。どうやら今回“も”俺の負けみたいっすね」
「…よくいうわ。私の攻撃を全部同じ個所で受けていたくせに」
「さぁ?何のことでしょ?」
「相変わらずあなたは優しいのね。でも、その優しさが私の戦士としての誇りを酷く傷つけるわ。3年前からずっとあなたは私と戦う時は手加減してるもの」
「ははっ。隊長を嫁に貰うのは俺なんかじゃ勿体無いっすよ」
「…はぁ。呆れた。私って女としての魅力がないのかしら?」
隊長は俯き、少しため息気味に言った
「いいや。隊長は素敵な女性だと思いますよ?ただ少し、強すぎるだけで」
「…まだ彼女の事を引きずっているの?手当たり次第に女の子に手を出すのもその反動かしら?」
「……さぁね。あんまり昔のことすぎて、覚えてないっす」
「そのくせ、マールや私には手を出さないのは何故かしら?あなたは女に手を出す癖に、“近い”女には絶対に手を出さない」
「…………。」
「どんなに悔やんでも、アレはあなたのせいではないのよ?そろそろ未来を見た方がいいわ」
「……相変わらず、厳しいっすね」
俺は、地面を見ながら答えた
「…ごめんなさい。 今日はありがとう。さっきの言葉は、忘れてちょうだい」
隊長は小枝を丁寧において去っていった
…隊長の気持ちは分かっていた
ずいぶんと長い事、俺はそれを受け止めようとせずに避け続けてきた
それはきっと隊長もわかっている事だろう
「未来を見た方がいい。か…」
俺はずいぶんと昔から、夢を見る事がなくなった
そう。あの時から…
「…リーズ?まだ寝てるの?男の子でしょ!?さっさと起きなさいよ!」
僕は手加減のないチョップで起こされた
「いたいよ。マリィ。起きるよ。起きるから叩かないで!」
「もう。ほんっと弱虫なんだから。ほんとに男の子?」
「マリィのが男の子なんじゃないの?」
「…ちぇぇいっ!」
「ぎゃぁ! 痛いよマリィ、なんで叩くのさ?」
「あなたはもっと乙女心を理解すべきよ! そうだ!いい事考えた!」
「…(ガクガクブルブル)」
僕は咄嗟にシーツを掴み、身を隠した
マリィの“いい事”でいい事があったことがない
「女の子の気持ちを分かるには女の子になるのが一番よね!…ってわけで…(ニヤ)」
「ヒギィッ!」
マリィが目を輝かせて僕に近づいてくる
僕は逃げ出そうと考えられる前に取り押さえられてしまった
「うふふふ。痛くしないから大人しくしなさい。服を取り変えるだけなんだから」
「やだよぉ〜!助けて、誰か助けてぇ〜!」
「男の子なら、自分で何とかしなさい。と、言ってももう女の子ね。コレは」
マリィが力を緩めた頃には、僕は無理やりマリィの服を着せられた後だった
「うう〜。お股がすーすーする…」
「う…何か私より似合ってない?」
「…わぁ。マリィも僕より似合ってる」
「頭に乗るな!!」
「ぎゃひっ!いたいよぉ〜。誉めたのに、なんで殴るの?(ってか、何?頭に乗るなって?)」
「男の服が似合ってるって言われてもそれは褒めてることにならないの!」
「そうなの?」
マリィの短くてクルクルした髪に僕の服はよく合っていた
でも何で怒られたんだろう…?
その日一日はマリィに女の子の格好をさせられたまま村中を連れ回されて、顔から火が出るような思いをした
「ううう…僕、もうお婿に行けないよう…」
「大丈夫。私が居るわ。私が貰ってあげるから安心しなさい!」
「マリィの所為じゃんかぁ」
「うるさい!」
「うう…痛いよう」
その頃の僕はマリィをお姉ちゃんの様に思っていた
マリィ自身も僕を弟の様に思っていたんだと思う
お互いに一緒にいて当たり前の存在
町の学校に入っても、僕等の関係はさして変わらなかった
でも、僕は町の男の子たちから女と遊んでるって言われるのが嫌で、マリィとは学校では遊ばないようにしてた
マリィもそれは分かっていたみたいで、学校では女の子の友達と遊んでいた
でも、しばらくすると問題が起こった
町の男の子たちが僕をいじめる様になったんだ
「おい、リーズ。お前見てるとなんかむかつくんだよ。女みたいでさ。近寄らないでくれるか?女が伝染る」
「え?そんなわけ無いじゃんか。馬鹿だなぁ」
僕は初め冗談かと思って笑ってみた
「てめぇ、生意気なんだよ!」
「あいたっ!!な、なんで殴るんだよぉ?」
その拳は、マリィのとは全然違って
後から思えば、あれは僕を傷つけようとした拳だって思う
そのうち僕は男の子たちにあまり近づかないようにした
だって、殴られるのは嫌なんだもん
「ねぇ、リーズ。どうしたの?最近、元気ないよ?」
帰り道、マリィが言った
僕は一瞬ドキッとして
「そ、そんなことないよ?」
「そう?ホントに? 何か隠してない?」
「そ、そんなことないよ…」
「そう…」
マリィも俯いてしまった
でも、言いづらかったんだ
町の男の子たちが怖くて怯えてるなんて
でも、事件は次の日に起こった
「おい。リーズ。お前、今日、ロザリタと楽しそうに話してやがったな?」
「うん…。それがどうかしたの?」
「どうかしたの?じゃ、ねぇよ!リーズの癖に生意気なんだよ!」
「痛い!なんで?なんで殴るのさ?」
「てめぇがわりぃんだよ! おいっ!そいつの腕押えてろ、ロイド」
「やめてよ。助けて〜!誰か助けて!」
「は。こんな時間に此処には誰もこねぇよ!」
僕はそれでも大声で呼んで助けを求めた
でも、その声は森に吸い込まれていった
その時だった
「まてぇ〜!」
突然よく見知った声が聞こえた
「誰だ!?」
「その汚い手を離せ、下衆野郎!」
「げ、げすやろ?…。うげっ!」
現れたのは村の祭りで使うお面をつけた謎の人物だった
突然その人は僕の周りの男の子たちに殴る蹴るの暴行を加えて僕を助けてくれた
「マリィ?」
「しぃぃ〜! 私はヒーローよっ!弱い者虐めする性格破たん者どもを蹴散らして、世界に平和をもたらすためにやってきた!」
「な、なんだよこいつ?ちびのくせしてお面なんか付けやがって。かまうな!やっちまえ」
「すばらしい!そのセリフ!まさに悪役の鏡!」
「うるせぇ、黙れ!」
一番身体の大きいテッドが拳を振り上げた
まずい!マリィ!?
「そんな薄のろパンチ、当たんないんだなぁ?」
マリィはテッドのパンチをいとも簡単に避けて見せた
そしてそのまま背中に肘鉄を食らわせる
テッドの巨体は地面に伏してしまう
「にひひひ…。どう?下衆野郎。地面とキスした味は?」
「う、うるせぇ!だまれよぉぉ!」
テッドは身体を起こすがよほど悔しいのか泣きべそになっていた
「おっ!?まだやるの?がんばるねぇ。悪者のくせに」
「黙れ!くそちび!お前なんかこのテッド様が!」
再び殴りかかるテッドの巨体をかわして、その背中に蹴りを入れるヒーロー
テッドは殴りかかった勢いのまま吹っ飛んで、遠巻きに見ていた男の子たちに突っ込んでしまった
コレは余程効いたのか、とうとうテッドは膝を震わせて立ち上がると
「お、覚えてろよ!変態お面野郎!」
「なんだとぉぉっ!!」
捨て台詞に噛みついたヒーローに怯えて男の子たちは蜘蛛の子を散らす様に逃げていった
「ふっ。少年よ。私がいればもう大丈夫だよ」
「マリィ。かっこいい!」
「ちょ、ちがう!私はヒーローよ。マリィじゃないわ!」
「ありがと。マリィ」
「ちょ、ちがうって…ゴホン! 『助けてヒーロー』って呼べば、私は何時でも君を助けるよ」
そう言ってヒーローはどこかに走っていった
それからちょっとしてマリィが汗を掻きながらやってきた
その日から僕のピンチにはいつもヒーローはやってきて助けてくれた
そうして、いつしかいじめっ子たちもこの「ヒーローごっこ」に夢中になっていった
僕等はヒーローと一緒にみんなで遊ぶようになった
放課後に校舎裏のいつもの場所で僕を取り囲む
そしてテッドがこう言う
「リーズのくせに生意気なんだよぉ!」
すこし棒読みのセリフ
するとヒーローが現れる
「まてぇぇ!」
テッドは未だに一度もヒーローに勝てないでいた
いつしか取り巻きたちもテッドを応援しだし、僕はヒーローを応援するんだ
テッドはまだ僕にいじわるするけど僕が教科書を忘れて困ってたら
「ん…」
と言って僕に教科書を貸してくれたりした
ヒーローは本当に悪者をやっつけてくれたんだ
もう悪者は何処にもいなかった
ヒーローにコテンパンにやられたテッドを僕らみんなで抱えて引き起こす
そしたらマリィが救急箱を持って走ってくる
ヒーローは本当の意味で僕のヒーローだった
でも、あの日から、ヒーローは姿を消してしまった
あの日の朝、珍しくマリィは風邪をひいて熱を出した
それは長い間降り続いた雨のせいだった
仕方なく僕はマリィのお見舞いをした後、学校に行くために町へ向かった
そして、あの恐ろしい音が聞こえたのは僕が町の肉屋の角に差し掛かった頃だった
ごごごごご…
っという地面に響く音
そして、
「なんだあれっ!」
叫んだのは肉屋のおじさんだった
おじさんの指さす方向を見るとそこには村の方の山の変わり果てた姿があった
緑だった山は茶色くなっていた
山崩れだ…
そう思った瞬間、僕は走りだしていた
どうしてかは分からない
でも、そうしなければいけない気がした
僕が村に着いたとき、そこには村がなかった
茶色い土に覆われた村は所々に残された家の屋根が見える程度
僕はそのまま立ち尽くしてその光景をぼうっと見ていた
しばらくすると町の人たちがたくさんやって来て、みんなスコップなんかで土砂を掻き始めた
僕はどうしていいのか分からずそのまま立っていた
「助けて、助けてヒーロー…」
ヒーローはやってこなかった
結局、助かった村人は僕を含めて数人
僕の両親も、マリィも見つからないままだった
町の教会の人が大勢やって来て村の犠牲者を弔った
僕はその夜も心の中で呼び続けた
ヒーロー、助けてヒーロー
僕はそのまま国の軍の孤児院に引き取られた
学校に行っても
施設の部屋に居ても
僕は何をするでもなく、ただ、ヒーローを呼び続けた
それでも、悪い夢は覚めなかった
「おいっ!なんとか言ったらどうなんだよっ!リーズ!!」
声を荒げたのはテッドだった
「なにが?」
僕は酷く気の抜けた返事をした
「最近のお前、見てて腹が立つんだよ!マリィのことは残念だった。でも何だよ!?その態度は!ずっと馬鹿みたいにぶつぶつ下向きやがって!」
「だって…仕方ないじゃないか。ヒーローが来てくれないんだ。ヒーローはいつでもどこでもやって来て、僕を助けてくれるんだ」
「っ!!」
ドガァッ!
頭に鈍い音が響いた
しばらくしてわかった
テッドが僕を殴ったんだ
今までで一番痛かった
「そのヒーローはもうどこにも居ないんだよ!マリィは…マリィは死んじまったんだよ!」
「死んでなんかいないっ!」
気がつくと僕はテッドに殴りかかっていた
知らなかった人を殴るって言うのはこんなに痛いものなんだ
「ってぇなっ!ふざけんなよ!リーズ!」
再びテッドが殴りかかってくる
今度の拳はマリィと同じ優しい拳
僕も殴り返した
僕とテッドはしばらく殴りあって喧嘩した
身体がくたくたになった
でも、なんとなく、身体が軽くなった気がした
「なぁ、もう下を向くのは止めようぜ、リーズ」
「………。」
「お前もほんとは分かってるんだろ?マリィはもう来ないんだよ」
「……うん」
「お前のヒーローなら、俺がなってやるよ」
「…はは。テッドじゃ役不足だよ」
「ちっ。リーズのくせに」
「ねぇ。どうしてテッドは僕を励ましてくれるの?」
「…俺達、友達だろ? 見てて耐えられなかったんだ」
「…ともだち…か」
その言葉が心に融けていくように感じた
「ねぇ。僕も、なれるかな?」
「ん?」
「ヒーロー。マリィみたいな」
「さぁな。 でも、お前はずっと見てきたんだろ?マリィのこと」
「うん」
「じゃぁ、がんばってみたらどうだ?」
「うん!」
それから僕はマリィの真似事をして、学校で誰かが困っていたら助けてあげた
ケンカもテッドにならって、誰でも助けられるように
そして僕は、学校を卒業して、そのまま軍に入った
もっと多くの人を助けられるように
その時に名前は変えた
俺はヒーローになるんだ
あれからずいぶんと時間が経った
俺は英雄と呼ばれるようになり
多くの部下を持った
でも、俺はあの頃から何も変わってないのかもしれない
未だ、心の中で、ヒーローを呼び続けてるんだ
戦場で殺し合いをしながら
名前も知らない女とベッドで眠りながら
こうやって星を眺めながら
未だに彼女を呼び続けてるんだ
何処からともなく現れ出て
悪者たちを蹴散らして
何処へともなく去っていく
「私がいればもう大丈夫」
「助けて、ヒーロー」
俺の声は虚しく夜空に消えていった
と、その時、草を踏む足音が近づいてきた
音から察するに体重の軽い人物だ
大かたマール辺りが酒に酔ってやってきたのかと思った
あいつは酒癖が悪く、酔っぱらうとだれでも構わず抱きつく癖がある
俺は身を起してそちらを向いた
「おい、マール?なにしに…」
しかしそこに居たのは違う人物だった
「誰だあんたは?」
そこにいたのは猛獣の皮の下着をつけ
竜の尾の飾りを身につけた褐色の肌の女だった
背丈は低くて150センチ程度だろうか?
しかしそんな体格からは想像できないような大剣を背負っていた
顔は長い前髪でよく見えないが、そこから覗く蒼い瞳は微かな殺気を放っていた
「…まともな客じゃなさそうだな」
「お前を貰いにきた。お前は強いオスの匂いがする」
「ああ。そりゃあ勘違いだ。俺は未だに過去に囚われてる腰抜けだよ」
「謙遜するな。私はアマゾネスだ。強いオスは匂いで分かる」
「アマゾネス…。なんてこったい。そんなレアな種族が一体何の用だよ?」
「お前を貰いに来たといった」
「あいにく俺はついさっきもよく似たプロポーズを受けて、断った所だ」
「そうか。なら、力ずくで貰っていく」
そう言って女は身の丈ほどもある大刀を抜いた
「おいおい。俺は女をいたぶる趣味は無いぜ?」
「悪いが、私には男をいたぶる趣味があるんだ」
「ひゅ〜。怖い怖い」
俺は傍らに置いてあった槍と盾を取った
どうやら女は闇撃ちしに来たのではないらしく、俺が構える間、待っていた
「余程腕に自信があるみたいだな」
「私は強い。お前には負けない」
「そりゃあ怖い。今すぐにげ出さなくっちゃ」
「させない」
女は月の光を反射するような速さで切りかかってきた
俺はその大きな振りかぶりを避けると、盾で女の肘をはじき、槍の柄で女の首元の急所を狙った
「甘い」
しかし女は馬鹿力で盾ごと俺を弾き飛ばす
俺は着地してカウンターをかわす
「おいおい。女のくせになんて馬鹿力だよ」
「お前こそ、男のくせに、なかなか強いな」
こいつは参った
実力でいえば隊長と互角を張るほどだ
しかし下手に力に頼っている分、隊長と違い、手加減をしづらい
力で抑えつけるのは趣味じゃないが、この際仕方ない
「参ったね。こりゃ、こっちも本気を出さなきゃいけないらしい」
「はじめからそうすべきだ」
「かぁ〜っ。言うねぇ」
俺は槍と盾を捨てると、腰の剣を抜いた
「あまりその綺麗な身体を傷つけたくはない。剣を引いてはもらえないよね?」
「引けないな。私にも戦士の誇りがある」
「参ったねぇ。どうも」
俺は剣を引き、肩の辺りで構える
「いくよ?」
「来いっ」
俺は縮めた身体の反発を利用して渾身の突きを放つ
女はそれを大剣で弾く
その反動を利用して俺は身体を軸に逆袈裟に切りかかる
流石の女もあの大剣では防ぎけれないのか身を捩って避ける
「へぇ。ただの筋肉自慢かと思ったが、柔軟性もある」
「お前こそ、男にしておくのはもったいないな、その腕」
「ははっ。そりゃどうも」
俺は尚も攻めの手を緩めない
いや、緩める事が出来ない
相手の得物からして、隙を与えると、どえらい一撃を食らっちまう恐れがある
「どうしたんだい?力づくで俺を連れていくんじゃなかったのか?」
「くっ。よく言う。そう言うお前も闇雲に剣を振っているだけではないか」
「ちっ。そうかい!じゃあ遠慮なく決めさせてもらうぜ!?」
俺はレオナ隊長の真似をして、腕を鞭のように振い、剣速を瞬間的に加速させた
「っキャッ!」
それを剣で防ごうとしたが、一瞬間に合わず、女は頭を逸らしてどうにか避ける
ハラリ…
どうやら女は紙一重で避ける事に成功したらしく、前髪だけが風に乗って散った
俺は顔に傷をつけずにすんでほっとした
「くそっ!男のくせに!」
「ざんねん。次はもっと弱い男を探すんだな」
俺は怯んだ隙を狙い、腹部に峰撃ちを入れようとする
しかしその瞬間、女の顔を見て、その手を止めてしまった
「っ!?」
「隙ありっ!」
ボスッ!
俺は其の瞬間、腹部と心に強い衝撃を受けて、意識を失った
「っててて…」
目を覚ますと最初に飛び込んできたのは脇腹の痛みだった
そして、そのまま身体を起こす
ゴチン!
「いってぇ!」
「っっっつ!」
目を開けると、そこには額を抑えるあの女の姿があった
「………何してんの?」
「いきなり起き上がる奴があるかっ!これだから男は…」
「…いや。普通身体起こして障害物あるなんて考えませんよ?」
「うるさい!だまれ!男のくせに!」
「…ははぁ〜ん。さてはあんた、俺の寝顔にチュ〜を?」
「ばばばばばばばばばばばばばばばばばばば馬鹿な!そんなこここと、あるはずなななないだろ!?」
「……うわ、まじかよ。冗談で言ってみたのに…」
「じ、じょじょじょじょうだんだと!?そ、そうだ、私も冗談で慌ててみたのだ」
「…ふぅん」
「な、なんだその眼は?」
「いや…別に」
やはり似てる
いや、そっくりだ
体つきは大人っぽく、目元も色気が満ちているが、あいつが大きくなったら、たぶんこんな風になっていたんじゃないだろうか
「なぁ、お前、名前はなんて言うんだ?」
「私はイリムだ」
「…そうか」
「お前は何と呼べばいい?」
「…さぁ、好きに呼べばいい」
「ほほぉ〜ん。 さては貴様、ここから逃げ出すつもりでいるな?」
「ん?まぁ、そうだな」
「あまい。あまいぞ! ここはアマゾネスの村。1たび人間が入れば、もう二度と出る事は叶わぬ場所」
「ふぅ〜ん。そりゃ大変だ」
「むっ!貴様、甘く見ているな? 昨夜はちょっと調子が悪かっただけで、本調子の私はお前なんぞに絶対に負けんのだぞ!」
「へぇ。じゃあ昨日は負けたって認めるんだ」
「む…そ、それは…あの時私が…(ゴニョゴニョ)」
「はは…。昨日はお前の勝ちだよ」
「?」
「真剣勝負で手を止めるなぞ、殺されても文句は言えんさ」
「たしかにそうだが…」
どうやらこいつは相当落ち込んでいるらしい
まぁ、気持ちは分かる
聞いた話じゃアマゾネスは完全に女性優位の社会だと聞く
そんな彼女が男である俺に負けるということは俺が女に負けるのと同意
いや、生まれついてからずっと戦闘の技術を教え込まれるアマゾネスにとってはそれ以上の屈辱なのだろう
しかし何だろう
こいつの落ち込んでいる顔は、こう、むくむくといじめたいという感情が湧きあがってくる
「…じゃあ、お前が俺に負けたという事を村中に触れ回ってやろうか?(ニマニマ)」
「そ、そそそそれは困る!」
「はは。じゃあ、お前が勝ったってことでいいんじゃないか?」
「そ、そうだな。結果的に私がお前を気絶させて攫ってきたのだからな。うん」
自分で自分に納得させるように言うイリム
俺はふざけた話をしながらも周りを観察する
どうやらここは木でできた小屋のようだ
部屋にはシンプルな家具らしき物が置かれ、綺麗に片付いていた
「この部屋には服を入れる棚は無いのか?」
「そんな物、何に使うのだ?」
「何ってお前、お前の着替えはどうするんだ?」
「? そんなもの、必要になったら狩ればいいだけの話だろう?」
「!!? …もしかして、お前それってずっと着てるのか?」
「そうだな。皮を乾かしたり、なめすのに時間がかかるからな。お前たちのようにやたらと着こむ方が変だと思うがな?」
「そ、そうか…」
マジか
俺はそれを聞いて、女性にこんなことを聞くのも失礼かとも思ったが、聞かずにはいられなくなった
「…風呂ははいるのか?」
「風呂?」
「あ、えぇ〜っと…。身体を洗ったりはするのか?」
「ああ。水浴びは毎日欠かせないぞ。いくら我らの身体は人間に比べ頑丈だと言ってもあまり汚くしているとかゆくなるからな」
「そ、そうか。それは良かった」
「…ほほぉ〜う。もう夜の心配とは、お前もなかなか見どころがある男だな」
「……いや、まぁ、そうだな」
話がうまく噛み合わないな…
人間社会とはいろいろと価値観のずれがあるらしい
「そうときまれば話は早い!ささ、脱げ!私も脱ぐ!」
「おいおい、まだ昼間だぜ?」
「昼間、というより、朝だな。安心しろ。夜の婚礼の儀までまだ時間が在る」
「???こん…れい?」
「そうだ。お前は私に負けて捕まったのだ。夫婦になるのは当り前だろう?」
「意味が分からないし笑えないね」
「なんだ?二人きりでは不満か?わかった。仕方無いから、みんなを呼んで来てやる」
「はぁっ!?」
俺は完全においてけぼりのまま彼女が部屋を出ていこうとする
「ちょ、ちょ待てよ!」
俺は咄嗟に彼女の腕を掴み、引き戻す
「なんだ?いったいどうしたいのだお前は!?」
「それはこっちのセリフだよ!! なんだ?婚礼って。俺はお前のプロポーズを受け入れたつもりはないぜ?それに何でみんなを呼びに行く?普通セックスは二人きりで楽しむものだろ?」
「??? よく分からないが、お前の国ではそうなのか?」
「大体の社会ではそうだよ! 大体俺はお前と夫婦になるつもりはねぇよ」
「っ!? 貴様がさっき言ったのではないか!『お前の勝ちでいい』と。あれは私のモノになるという意味ではなかったのか!?」
「っぁ! そういうことか…」
そうか、失念していた
こいつ等の文化は相当世間とはズレがあるんだった
こいつ等の社会では男が負けて連れてこられるという事は、イコール夫婦になるということであるらしい
そこに俺が負けを認めたという事は…
「男は黙って女の言う事を聞けばいいのだ!」
なんてこったい
女性優位の社会だとは聞いたことがあったが、まさかこれほどまで完全な女尊男卑だとは…
コレは何としても婚礼の儀とやらが始まるまでに逃げ出さなきゃならねぇな
おれはあわてて部屋をもう一度見渡す
入口に出るには彼女を越えるしかない
窓はあるが、この家の作りを考えると、樹上のウッドハウスである可能性もある
下手に飛び降りるのは危険だ
その上武器はご丁寧に外されている
「ふふふ。逃げようとしても無駄だぞ?この家はこの辺りで一番高い木の上に在るからな。しかもここは村のど真ん中だぞ。私よりも強い姉様達もいるぞ」
「くっ…」
「大人しくしろ!私のモノになれ」
その時ふと頭に今見ているものと同じ光景が浮かんだ
『痛くしないから大人しくしなさい。服を取り変えるだけなんだから』
「……マリィ」
「…?」
俺はひどく懐かしい気持と共に、涙を抑えられなかった
「!?…ど、どうしたのだ?そんなに私とするのが嫌だったのか?」
「…いや…。よくわからない…。俺にも、わからないんだ」
「……ほんとに、男というのは弱い生き物だなぁ。仕方のない…」
そう言って彼女は腰布の端を千切り、それで涙を拭いてくれた
「……情けのない話だ」
「気にするな!男の涙は最強の武器だと姉様も言っていたぞ。男は女に甘えてもいいんだぞ?」
「ははっ。俺の世界とは、真逆だな」
「…お前は変わってるな。男のくせに女より強かったり。男らしく泣いてみたり」
『リーズって変わってるね。男のくせにすぐめそめそして』
また…
俺は彼女を見つめ、抑えきれずに抱きしめた
「っ!?」
「…マリィ。すまない。すまない…」
「……ん…」
彼女は、俺の頭をよしよしと撫でてくれた
恥ずかしさと、嬉しさがこみ上げてきた
「…イリム。…すまない」
俺は彼女の身体を離した
まだ、胸に温もりが残っている
「…マリィって誰だ?」
「……俺の、大切な人だ」
「お前、妻が居るのか?」
「……いや。彼女は…幼いころに死んだ」
「…そうか」
「お前があんまりマリィに似てるもんだから、ちょっとパニックになってな」
「あの時腕を止めたのも?」
「ああ…」
「……わかった」
「ん?」
そう言うと、彼女はおもむろに服を脱ぎ始めた
ペインティングの施された褐色の裸体が窓から差し込む微かな光に照らされる
「今日の婚礼の儀まで、私をマリィだと思っていいぞ!」
「?…何がだ?」
「いつまでも昔の女のことでめそめそされても困る。だから、私が今だけそのマリィとやらの代わりになってやるから、お前はそれですっぱりそいつのことは忘れろ。いいな?」
「はは…。それは難しい話だな」
「…なら私が実力で忘れさせてやる!」
そう言って彼女は俺を再びベッドに寝かしつけると、その上に覆いかぶさって来た
目の前に彼女の艶めかしい身体が迫る
今まで何人も女を抱いてきたが、彼女はその中でも一番きれいだった
張りのある肌は健康的に日焼けして朝日を弾くように艶やかで
マリィと同じ癖っ気の強いプラチナブロンドの髪は、朝日に透ける様に輝く
うっすらと筋肉の張った身体は猫の様にしなやかで、彼女が動くたびに、筋肉の軋みがその上の脂肪に伝わり弾ける様にその肉体を浮かび上がらせる
柔らかな曲線は熟れた桃の様で、微かに朝日を反す産毛がその柔らかな甘さを伝える
「…きれいだ」
「……少し、照れるものだな」
「ふふ。その顔の方が、女らしくて可愛いぞ」
「か、からかうな。 …えっと…。お前のことは何と呼べばいい?」
「………リーズ…。そう、呼んでくれ」
「…リーズ。私のことは……。マリィと呼んでくれて、構わないぞ」
「…マリィ。愛してる。ずっとずっと。愛してる」
俺は、彼女の身体を抱きしめる
柔らかい
温かい
俺は服越しに伝わるそれを、直接感じたくなって、服を脱ぐ
「ん…」
肌と肌が触れ合う
温かさが、柔らかさが
直接心に流れ込んでくる
今まで何をしても満たされなかった空白が、彼女の色を取り戻していく
「マリィ…マリィ……」
俺は彼女を抱きしめたまま彼女の唇を奪った
甘い
甘い
彼女も積極的に舌を絡めてくる
少しぎこちないその動きが、彼女そのものを表しているようで
「…ん…ちゅ…くちゅ……あむ…」
「ちゅ……ぁ……っ…ちゅ…」
彼女の唾液が味と粘性を増してくる
胸板に伝わる彼女の豊満な肉体からも熱さが増していく
絡みつく
彼女の舌が
彼女の身体が
甘い唾液が
汗ばんだ肉体が
「…んっ…ぷはぁっ。 ……」
彼女は唇を離すと、息をするのを忘れ、酸欠になったように焦点の合わない瞳でこちらを見ていた
「…すごい…これが、女と男のキスか」
「…マリィ。かわいいよ」
俺は再び彼女を抱きよせると、首筋から臍の辺りまでキスを振らせていく
俺の唇が身体に触れる度に彼女の身体がピクンと跳ねる
俺はキスをしながら、甘い方向を放つ秘華に触れる
人間の女よりも何倍も濃い匂いを放つそこは、俺の指を易々と飲み込み、逃がすまいとうねり、捏ね回す
彼女の態度と正反対な様にそこだけが艶めかしく、別の生き物のように蠢く
視線を彼女の瞳に戻す
快楽に翻弄されるままに火照った瞳
その表情は処女のようだが、瞳の奥には娼婦の様な炎が灯っている
俺はそのまま瞳を近づける
そして再び口付けた
彼女は大好きな御馳走を貰った幼子の様に俺の唇にしゃぶりつく
俺は唇を彼女にまかせ、右手で彼女の割れ目を責め立てた
指を入れ、中で折り曲げ、つぶつぶとした内壁をこする様に攻め、裏側に在るふくらみを爪を立てて突き、何度も出し入れしてやる
その度、彼女の口は緩み、喜びの声が漏れる
愛おしい
全てが欲しい
「マリィ…マリィ……愛してる。もう離さない…」
「リーズ…りーずぅ…」
彼女は熱にうなされた様にねだると、俺の身体をベッドに押さえつけ、俺の身体の上にまたがった
「…いく…よ?」
俺はただ頷いた
彼女の割れ目が降りてくる
控え目に生えた毛がびしょびしょに濡れて張り付き、朝日に照らされて光って見える
その先端が俺の頂にゆっくりと触れる
「りぃず…」
ためらう様にこちらを窺うマリィ
俺は彼女の腰に手を添え、導いてあげる
くちゅ
微かな水音を立てて柔らかな泡のように俺を包み込む
外気に触れて冷えた表面を新から温めるような熱さ
命がけで奪った俺を逃がすまいと必死に誘い込む内壁
彼女の気持ちを表す様に俺を渾身の力で締め付け、うねうねと動いて、にゅるにゅると蠢いて俺を受け入れようとする膣内
カチリとはまり込み、決して抜かせないとする子宮口
全てが俺を全力で愛そうとしている
彼女自身もあまりの快楽で思うようにならない腰を精いっぱい動かし、俺を愛してくれる
俺はそれを受け入れ、腰を動かし始める
「ぁ…あん…ひゃぁ、ああ…くぅ…」
かろうじてこちらを見つめる彼女の蒼い瞳は涙の膜を作り、湧水のように青く深く輝いて見える
俺は吹けば倒れてしまいそうな儚いその表情をしっかりと見つめながら腰を振る
俺が突く度突く度彼女のそこはピクンピクンと震え、その耐えがたい快楽を伝えてくる
俺は彼女を天に飛ばすため、一層動きを速める
そして
「あぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
びくん、びくびくん
彼女は天を仰ぎ、その全身を硬直させた
俺もその締め付けに合わせ、精を吐き出す
その行為は、今までどんな女を抱こうと満たされなかった全ての要素を持っていた
それは、どんなに強くなろうとも得る事のなかった満足感を一瞬で与えてくれた
僕の心を縛りつけて離さなかったそれが
僕の心に縛られて抜けだせなかったそれが
その瞬間、天に向かって羽ばたいていった
ずっとずっと
声がかれるまで心の奥で助けを求め続けていた僕に
やっと彼女はやってきた
ヒーロー見参
ヒーロー見参
やっと、僕等は救われた
「僕が居るから。もう、大丈夫」
the hero is now here fin
その後の事を話そう
俺と彼女は昼過ぎまで裸で抱き合っていた
セックスはしなかったが、それだけで十分に満たされた
でも、よかったのはそこまでだった
夜になると突然彼女は俺を引っ張って外に出た
そこには大勢のアマゾネス達
中には夫や子供連れの奴までいた
もちろんその場で俺は服を脱がされ、焚火の傍で無理やり犯された
周りの奴らはそれを見て羨ましがったり、自分たちで始め出したり
ホントにここはなんて村だ…
俺はヤられっぱなしでは悔しかったので、途中から積極的に彼女を攻めた
今度はイリムと呼んでやる
もう、逃げ出すつもりはなかった
どうやら俺の中のリーズは成仏出来たらしい
隊の連中のことは心配だったが、レオナ隊長がうまくやってくれるだろう
まぁ、そんなこんなで夜通しヤってるうちに分かってきた
イリムは後ろの方が弱いらしい
次の日から、花嫁修業ならぬ花婿修行が始まった
村の男たちに料理や家事などの手ほどきを受ける
正直やってられない
何で俺がこんなことを…
昼過ぎになると女たちが狩りの戦利品を持って帰って来た
どうやらここでは狩りで得たものはみんなに分配しているらしい
その中で、食べモノにならないものは獲った本人が持って帰り、その夫がそれらを加工して服やアクセサリーを作り、物々交換で商売の様な事をしているようだ
俺はイリムの持ってきたガラクタから武具を作ってみた
コレでも長い間軍にいたので修理などをしているうちにこう言う技術は身につくのだ
俺の作った武具は結構人気があった
コレはこれで悪くない
未だに料理はイリムの方がうまい
そのせいで未だに彼女が料理を作っている
コレは他の夫婦とは真逆だ
ま、しかし、他の夫婦と違う事はこれだけではない
夜になるとイリムはこっそりと俺を連れて森の奥にやってくる
そこで俺はイリムと剣を交える
未だに俺は負けることはない
しかし人一倍負けず嫌いなイリムは何度でも勝負を挑んでくる
こう言うところ、ほんとにマリィにそっくりだ
ある晩、イリムを先に帰らせると、木の陰に潜んでいた気配に声を掛けてみた
彼女はこの村で一番優秀なアマゾネスだ
俺は彼女にイリムのことを怒らないでやってくれと頼んだ
彼女は初めからその気はないといった
そしてこう言った
イリムは自分の妹の様なものだ、幸せにしてやってほしい
イリムを強くしてやってくれ
そう言って彼女は去っていった
次の日、俺は驚いた
彼女の夫はこの村でいちばん臆病で気の弱い少年だった
アマゾネスの社会は未だによく分からない
正直今後を考えると不安が大部分を占めている
まぁ、でも、きっと大丈夫だ
俺は、彼女一人を守ってやることは出来る
あの時と違い、その力を今は持っている
何があってもイリムだけは幸せにしてみせる
だって俺は彼女のヒーローになるんだから
09/11/01 16:42更新 / ひつじ