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新訳 化け猫 〜幼少時代〜
幼い頃、未だ人の姿に化けることの出来なかった私は目立ち過ぎる大きな尻尾と耳を木の葉で隠し、人間の子供たちの輪に駆け込んだ。
幼い私の変装はすぐに見破られ、私は子供たちからいじめられた。

「あ。猫が混じってるわよ。化け猫よ。妖怪〜」
「みんな〜石を投げろ〜。一番最初に泣かした奴の勝ちだぞ」

子供たちに石を持って追われる。

「いや! どうしてわたしにこんなことするの!?」

私は石を避けて避けて、聞いた。

「それはあんたが妖怪だからよ」
「俺達を化かしに来たんだろ。でもへったくそだな。そんなんすぐに見破れるぜ」

私は悲しくなって山へ逃げ帰った。
夕暮れ時の薄暗い森の中を駆ける。

「かあさま。助けてください!」

私は母の身体に縋りつく。

「かあさま。どうしてわたしは一人ぼっちなのですか?どうしてにんげんたちはわたしをなかまはずれにするんですか?」
「………」

母様は何も答えない。
私は涙を流して母の冷たく硬い身体に縋りついた。
零れ落ちる涙が母の石の肌を撫でる。流れる。
それでも、今や土の中に眠る母は何も答えてはくれなかった。





新訳 化け猫





今日こそわたしは人げんたちといっしょにあそぶぞ。
そうだ。かあさまがおしえてくれたひみつのばしょを見せてやろう。
あそこはとってもきれいだから、きっとにんげんの子たちもよろこんでくれる。
そうすれば、わたしもきっと仲まに入れてくれる。

「おぉ〜い。こっちにいいものがあるぞぉ〜」

わたしはすがたをかくしたまま人げんたちによびかけた。

「ん?なんだ?誰かなんか言ったか?」
「あっちにいいものがあるって言ってたわよ?」
「いいものって…なに?」

あ、にんげんの子たちがあつまってきた。
このちょうしでひみつのばしょまで…。

………
……


「うわぁ〜ん!道に迷ったぁ〜」
「やべぇ〜ぞ。帰れねぇじゃねぇか!」

あれ?なんでかな?にんげんたちがあわててる?
こんなにきれいなのに。
お花もいっぱいさいてて、いずみもピカピカ光ってるのに。
どうして?

「あの妖怪に化かされたんじゃないの?」
「あいつめ。この間の仕返しのつもりかよ!」
「うわぁ〜ん。帰りたいよぉ〜」

どうして?
にんげんの子、おこってる。泣いてる。
どうして?
せっかく、せっかくひみつのばしょまでつれてきてあげたのに。



―結局、人の子たちは夜になって探しにきた親たちに見つけられ、家へ帰った。
―私は、まだ幼かった私はどうしたらいいのかも分らずオドオドとしたまま子供たちと一緒に泣く事しか出来なかった。



「うっぐ……。ひっぐ…ぐす……。どうして?どうしてなの?かあさまが言ってたのに。「友達と言うのは秘密を見せあえばすぐにできるものなのよ」って、言ってたのに。だから、だからひみつのばしょを見せてあげたらきっとおともだちになれると思ってたのに…」



―幼い私にはまだ理解できなかったのだ。
―そしてまた、同じく人間たちにも幼い私の気持ちは理解できなかった。



「うらぁ!とっ捕まえたぞ!この化け猫ぉ!」

にんげんのおとながわたしのくびねっこをつかんでわたしの体をもち上げる。
大きな声ですっごくおこってる。
なんでおこってるのかわからない。
でも、すっごくおこってるの、わかる。
だって、すっごくこわいから。

「家のガキ共をかどわかして何をしようとしてやがった!あぁん?」
「…うぅ………ひっぐ……うえぇん」

むねのあたりがピリピリして、声が止まらなくなった。

「泣いたって騙されねぇぞ!そうやって騙して子供らを迷子にさせたんだろうが!」
「うえぇぇぇぇぇぇぇん。えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」

泣けば泣くほどにんげんはおこる。でも、こわくてこわくてわたしのなみだ、止まらなかった。



―男は私を睨みつけたまま怒声を上げる。
―理由の分からない私はそれに怯えたまま泣くしか出来なかった。
―そんな時、一つの優しい声がこう言った。



「そのへんにしておいてあげなさい。怖がって余計に泣いていますよ」



―声の主は声のとおりの優しい容姿をした若い青年だった。
―艶やかな黒い髪に丸い眼鏡をかけ、少し困ったような表情で諭すように男に接する。



「妖怪とは言っても彼女はまだ子供ですよ。何か理由があったのかもしれません」
「先生。でも、そんなこと言ったって、こいつは昨日村の子供たちをかどわかして…」
「それは、人から見た憶測でしょう。彼女から見ればあるいはそうではないのかもしれません。とりあえず、下ろしてあげてください。泣き止めば、ちゃんと彼女から話してくれるでしょう。 ね?子猫さん?」

やさしそうなにんげんがわたしにやさしくわらった。
かあさまみたいなえがお。

「うう…ぐす……」
「ちっ! 先生が言うんだ。離してやる。もし逃げようとしてみろ!その場で殴り殺してやるからな!」
「ひぅっ!…うぇぇぇ」
「こらこら。それでは意味がないじゃないですか。ほら、これで涙をお拭きなさい」

やさしそうな大きな手。
きれいな布をもってわたしにさし出す。
わたしはそれをとってなみだとはな水をふいた。

「うう…ぐす…」
「ほら、落ち着きましたか?」
「うん…」

わたしはやさしいにんげんにうなずいて布をかえした。
やさしいにんげんは、またかあさまみたいにわらって、いった。

「さ、どうしてあんなことをしたんですか?あの子達を困らせようとしてやったんですか?」
「ううん。ちがう。わたしは、仲よくなりたかったの。かあさまが言ってたの。ひみつを見せてあげればおともだちになれるって言ってたの。だから、だから……ぐす…」
「ひみつってなんですか?」
「きのうあの子たちをつれて行ってあげたばしょ。ひみつのばしょなの。すっごくきれいで、おはながいっぱいあって、いずみがあって。わたしは、わたしはすっごく大すきなひみつのばしょなの」
「そうですか。あなたはあの子達にその秘密の場所を見せてあげようとしてたのですね?」
「うん。 なのに、にんげんの子たちはすっごく泣いて、すっごくおこって。わたし、かなしくて…」
「ふふ。ほら、泣かないで下さい。これでまた涙を拭いてください」

やさしいにんげんがまた布をわたしてくれた。
わたしはそれをぎゅってにぎりしめて、なみだでぐちゃぐちゃになったかおをふいた。

「って、事らしいですよ。どうやらこの子は綺麗な景色を子供たちに見せてあげたかっただけのようです。そして、そうすればきっとあの子たちとともだちになれると思っていたのでしょう」
「で、でもそんなの分からねえじゃねぇですか。こいつぁ化け猫ですぜ。嘘をついてるのかも知れやせん」
「なら、もう少し聞いてみましょうか」

こわいにんげんとしゃべっていたやさしいにんげんが、またわたしのまえにしゃがみこんだ。
そして、またにっこりとわらって。

「どうしてあなたはあのこたちと友達になりたかったのです?」
「ぐす……。かあさま。死んじゃった。わたし、ひとりでさみしくて。おともだちがほしかった」
「あなたのお母様も妖怪だったのですか?」
「うん。ヨモヤっていうの。すっごくすっごくきれいで、すっごくすっごくやさしくて、わたし、すっごくすっごく大好きだったの」
「ヨモヤ…。あっ!四方夜(よもや)といやぁ山を越えたところにある古い社の守り神ですぜ!昔は酷く悪さをして人を困らせたと聞きやす。こいつ。きっとその母親にたぶらかされて子供らを!」
「はぁ…。これだけこの子が言っているのに信じてあげないのですか?」
「い、いや…。こ、この子は嘘はついてないと思いやすぜ。何より先生がそこまでしなさるんだ。きっと嘘はついていないでしょう。で、でも。母親が四方夜となりゃあ話は別でさぁ。昔は悪妙名高きことで知られた大妖怪だと長老のじいさんが言ってやした。それをそう簡単には信じられやせん」
「その四方夜さんは亡くなったとこの子が言っているでしょうに…」
「そ、そうでやすが…。墓も死体も見ねぇで死んだとは信じられやせん。妖怪は長寿だと聞きやす。特に強い力を持った妖怪は千年でも万年でも生きるといいやすぜ」
「かあさまのおはか。すぐそこにある…」
「…他人の墓を覗きに行くのはあまり感心できませんが…。見れば納得するのですか?」
「……ああ。墓を見せてもらえばこの化け猫の言うことを信じやしょう。先生の信用も含めてですが」
「…わかりました。仕方がない。 …あなた、少しお母様のお墓を見せていただいても宜しいですか?」
「…………。 みせれば…わたしのこと、しんじてくれるの?」
「ええ。約束します。私の命に掛けて」

やさしいにんげんがわらいながら、きれいな目でわたしを見てる。
うん。きっと、この人はうそをついてない。
だから、わたしもこたえた。

「……わかった。 こっち」

わたしはかあさまのところに、にんげんたちをあないした。

「ここ。かあさま。ここでお月さまを見ながらつめたくなったの。だから、ここにおはかをつくったの」
「これは…」



―母の墓を見た人間たちは驚いた様子だった。
―幼い私は当たり前なのだと思っていた。
―しかし、人間たちはそれを見て確かに驚いていた。
―その、一面に咲く真っ白な曼珠沙華は確かに非常な光景であったのだろう。



「きれいなお花。かあさまがきれいだから、いっぱいあつまったの」
「これは…。恐らくは四方夜さんの亡骸の妖力によるものでしょう…」
「こ、こんなの…見たことねぇ」

にんげんたちはすっごくおどろいてた。
きっと、かあさまのすがたを見てかんどうしたんだ。

「白い彼岸花は邪を祓うそうです。恐らくは、亡骸は朽ちることなく眠っているでしょうね…。これは間違いなく力のある妖怪の墓でしょう」
「あ、ああ。こりゃあ…」
「じゃあ、わたしのこと、しんじてくれるの?」
「信じますよ。ね?」
「…ち。しかたねぇ。それに、あいつら「いじめた仕返しにあった」とか言ってやがったし、あいつらにも非があるんだろう。…信じてやるよ」

こわいにんげんがてれくさそうに言った。
しんじてくれた。
にんげんがわたしのことをしんじてくれた。
わたしはうれしくなってにんげんにだきついた。

「ありがとう!ありがとう!わたしのことしんじてくれてありがとう!」
「ぬぁ!く、くっつくんじゃねぇよ!勘違いすんじゃねぇよ!おらぁただ曲がったことが嫌ぇなだけだ!今回はたまたまおめぇが嘘をついてなかったから信じてやるだけだ。もしおめぁが嘘を吐きやがったら損ときゃあ今度こそゆるさねぇからな!」
「うん。うん!わたしうそつかない!わたしのことしんじてくれるなら、わたしぜったいうそつかない!」
「ふふ。よかったですね」

やさしいにんげんが、わたしのあたまをなでてくれた。
おおきくてやさしいて。
きもちよくって。
こころがふわってなって。
とってもとってもうれしかった。



―それが、私とあの人の初めの触れ合いで、初めの出会いだった。
―あの人は幼い私に、妖怪の私に人との繋がりを初めて感じさせてくれて、その方法を初めて教えてくれたのだ。
―この時私は初めて母の言っていた「秘密を教えれば他人と仲良くなれる」と言うことの意味を理解した。
―自分の信じるものを示せば、他人もまた自分を信じてくれる。
―それを初めて教えてくれたのも彼だったのだ。

―それから日が経ち、幼い私は、もう一度人間の子供たちに歩み寄った。



「あの…わたしと、おともだちになって」

わたしはたのしそうにまりやかるたであそぶにんげんの子たちにあるいていく。

「あ!また出やがったぜ、化け猫だ!」
「はは。ちょっとぉ。化け猫とか言ってるとまたゲンさんに殴られるわよ」
「う゛…。ちくしょう」

そういうと、いちばんからだのおおきなにんげんの男の子がわたしのほうにちかよってきた。
わたしはまた石をなげられたりなぐられるのかと思って体をかたくした。
でも、男の子はわたしのまえまでくるとじっとわたしをにらみつけて、こういった。

「おまえ、だますつもりじゃなかったって?親父が言ってた。本当か?」
「う、うん」

わたしはこわかったけどがまんしてこたえた。

「じゃあなんで、俺達をあんなところに連れて行ったんだよ」
「わたし、みんなとおともだちになりたかったの…。だから、ひみつのばしょを見せたら、おともだちになってくれるとおもって」
「ひみつのばしょ?」
「うん。かあさまがおしえてくれた、すっごくきれいなところ」
「……嘘じゃないだろうな」
「う…」
「嘘じゃないだろうな!?」
「う、うん!」
「…わかった」

そう言うと男の子はくるっとうしろを向いて。

「親父に殴られた。だからお前の言うこと、一回だけ信じてやる。だから、そこに連れて行け。 でも、もし嘘だったらこんどこそお前は仲間外れだからな」

そう言った。
しんじてくれるって言った。

「うん!ぜったいうそつかないよ!すっごく。すっごくきれいなばしょだよ!」

わたし、うれしくって、大きな声で言った。


「ここだよ」

にんげんの子たち。みんなおっきく目を見ひらいて。

「すっご〜い」
「きれぇ…」
「おお〜。すげぇじゃん!」

こんどこそ、みんなよろこんでくれた。
わたしもうれしかった。

「ね?ねっ?すごいでしょ?きれいでしょ?」
「あ、ああ。すげぇな」
「あの時は道に迷ったと思って森ばっか見てたもんね」
「すごぉ〜い。きれぇ〜」

大きな男の子も、ほそっちょの女の子も、小さな女の子も、みんな喜んでくれた。
うれしかった。
ひとりで見るよりもずっときれいに見えた。
むねがあたたかくなって。

「ぃよっし。わかった。お前、嘘はついてなかった!だから信じてやる!」
「はは。なに威張ってんのよ。昨日はゲンさんに殴られてベソかいてたくせに」
「う、うるせぇ! だいたいこいつが人間に化けて出てきたり、姿も見せないでこんな山の深いところまで連れてきたりするから悪いんだろ」
「まぁ、確かにね」
「ふぇ?」
「あのな。友達になりたいんだったらなんでわざわざ化けたり姿を隠すんだよ。友達っつうのは嘘ついちゃいけねぇの。特別な時以外は。わかるか?」
「うぅ…」
「っていっても、タケは頑固だからね。猫のまま出て来てても疑ってたくせに」
「う、うっせぇ!」
「よくわかんないけど、うそつかないで、このままのすがたでなら、ちゃんとあそんでくれるの?」
「…そうだな。お前、嘘ついてなかったしな。それなら、なってやってもいいぜ。ともだち」
「ふふ。何かっこつけてんだか…。あたしはチヨ。よろしくね」

ほそっちょの女の子が手をさしだしてきた。

「ん?」

わたしはくびをかしげた。

「握手って言うの。人間はこうやってお互いに挨拶するのよ」
「あくしゅ?」
「ほら、手をつないで」

わたしはおそるおそるその手をつかんだ。

「よろしくね」

そういってほそっちょの女の子がキュって手をにぎってくれた。
あたたかくてほそい手。

「よ、よろしく」

そしたら、女の子はわらってくれた。

「ほら、次はアヤ。あなたが挨拶してあげて」

そう言って女の子は小さな女の子のかたをつかんでわたしの前までつれてきた。

「あう…。わ、私、アヤ。よろしくね」
「よろしく」

女の子ともあくしゅする。
小さくてかわいい手。

「おい。お前ら!俺が最後かよ」
「一人で威張ってるからでしょ。ほら、さっさとあいさつしちゃいなさいよ」
「う…」

そう言って、さっきの大きな男の子もわたしの前に立った。

「お、俺はタケゾウだ。かっこいい名前だろ。親父が付けてくれたんだぜ。よろしくな」
「う、うん。よろしく」

大きくてかたい、でも、つつみこんでくれるみたいなやさしい手だった。

「チヨにアヤにタケゾウ。みんないい名前だね」
「ところで、あなたの名前は?」

チヨがたずねてきた。

「えっと…。わたし、まだ、ちゃんとした名前がないの。大きくなったらかあさまからもらうはずだったんだけど、かあさま、しんじゃったから…」
「ん?へんなの。じゃあなんて呼ばれてたんだよ」
「いろいろ。でも、かあさまが「妖怪にとって名前は自らを縛る呪でもあるのだから、大きくなって力の形がある程度出来上がってから強い名前を授けてあげる」って」
「へぇ〜。なんか妖怪って難しいのね」
「…かわいそう……」

そっか、そういえば、わたし、まだ名前がないんだ。
どうしよう。みんな名前教えてくれたのに。

「ん、じゃあわかった。俺が名前付けてやるよ」
「いいの?そんな簡単に決めちゃって。さっきの話だと妖怪の名前ってとても重要なものじゃないの?」
「仕方ねぇだろ。名前ねぇと呼ぶのに困るんだしさ。あだ名みたいなもんでいいじゃねぇか」
「まぁ、それならいいのかな?」
「よし。じゃあ俺がお前のあだ名付けてやる。えっと、お前、耳としっぽ黒いし、黒猫だから、「クロ」な」
「くろ…」
「ちょっと、それはいくらなんでも適当過ぎじゃ…犬猫じゃないんだし」

くろ…。
わたしの名前。

「いいじゃねぇか。呼びやすいし。誰だって一発でこいつだってわかる。いい名前じゃねぇか」
「もう…。こんなこと言ってるけど、いいの?」
「……うん。わたし、クロ。 うん。わたし、クロ!それがいい!」
「へへ。じゃあ決まりだな。お前は今日からクロだ。改めてよろしくな。クロ」
「うん! わたし、クロ! よろしく!」
「クロ…よろしく…」
「はぁ…いいのかなぁ? まぁ、よろしくね。クロ」



―黒猫だから、クロ。
―少し安易だと言えばそうだが、それでも幼い日の私は気に入っていた。
―いいや。私は今でもその名前をとても気に入っている。
―とても呼びやすくて、分かりやすく私を示し、とてもきれいで、とても自由な名前。
―私はクロ。黒猫の、クロ。
10/11/07 03:27更新 / ひつじ

■作者メッセージ
10/11/07訂正
続かないかもしれません。モチベ的に…

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