第四話
『と、いうわけで、私はこいつに身体を盗られているんだ』
「…いや、「と、いうわけで」って言われて納得できるような話ではない気がするのじゃが…」
「え〜?でもでも〜、ほんとなんですよ〜?」
――おぎゃぁ〜
「あ〜よしよし。おかあさんでしゅよ〜いい子いい子」
「ふむ…同じ身体でも中身が違うとずいぶんと違う人物に見えるもんじゃな…」
『あぁ〜私の顔でそんな感じで笑いかけるな!』
「…ぶふ!」
『笑うなバフォメット!』
私の話に面白い顔を更に面白くして笑うバフォメット。
まったく、人事だと思って…
『というか、バフォメット、さっきからずっと気になっていたんだが』
「なんじゃ?」
『お前、何で足がそんな産まれたての小鹿みたいな事になっているのだ?』
「……いや、これには深い事情があっての…(ぷるぷる)」
『深い事情?どうした?1晩中自転車をこぎ続けでもしたのか?』
「(こやつエスパーか!?)ま、まぁそんな事はどうでもよい。しかし真面目な話、可笑しなことになっておるのう」
『ああ。全くだ。なんで私が餌の赤子の面倒など…』
「そっちではない」
『んあ?』
「ただのゴースト程度がお主の様な高位の魔物に憑くなど普通じゃありえん事じゃ」
『なに!?』
「ゴーストは魔物の中でも魔力が低く、人と魔物の中間の様なあやふやな存在じゃ。それが主の様な魔力の強い者に憑いたとしても主の魔力に呑まれ、あんなふうに自我を保っているなんて事はありえん。何百年も生き、余程に魔力を付けたゴーストなら中級の魔物相手ならあり得なくもない話じゃが…、いくらなんでもお主の様な者には憑けるとは思えん。それに、あの娘、死んだのは昨日の事なんじゃろ?」
『ああ』
「死んだばかりのゴーストじゃ憑くどころか姿を保つ事すら難しい。そんなゴーストが憑くどころかお主の身体を奪うなど…」
『あの娘、特殊な体質だったとか?』
「そんな話聞いた事が無いわ。そんな人間がいては儂もいつ身体を奪われるか分からぬではないか」
『うむ…』
「お主、あの娘が死んだ時、何かせんかったか?」
『ん?とは言っても特別な事は何も…ただあいつの身体を食いはしたが』
「食っ!?…お主、時代錯誤も良い所じゃな…」
『ん?魔物が人を食うのは普通の事であろう』
「はぁ…そうか、お主のおつむは千年前から止まったまんまなんじゃったな…」
『な!?人を骨董品のように言うでない!』
「骨董品どころか今のお主はただの幽霊ではないか」
『ぐ…』
「まぁ、魔力は身体の中を流れるものじゃが、それの支配権は魂にある。お主が本気であの娘を追い出そうとすればあ奴は主の身体から追い出されるじゃろう」
『ふむ』
「しかしお主、頭の隅で「赤子のお守をしている間はあの娘に身体を預けておくのも良いか」などと思っておるのではないか?」
『なっ!?お前もエスパーだったのか!?』
「…はぁ。お主はほんっと、昔っから思っている事が顔に出る奴じゃ」
『な…出る…のか?』
「ああ。お主、儂にあの娘に身体を盗られた話をしている時もそれほど困った様子ではなかったからのぅ」
『ぐ…バフォメットのくせに…』
「な〜にがバフォメットのくせに、じゃ?言っておくが、儂がお主に負けた事など1度たりともないぞ」
『いや、確かに私は3度お前と戦い2度は負けたが、3度目は私の勝ちだった!』
「あれは負けの内に入らん!あれは儂の視界にロリが入ってきて、ついよそ見してしまっただけじゃ!」
『はっ!言い訳とは見苦しいな、バフォメット』
「ど、どの道お主の負け越しではないか」
『いや、その後私はお前に大食い対決で2度勝っている。それで3勝2敗で私の勝ちだ』
「ドラゴンの食欲に勝てるわけないじゃろうが!あんなものは勝負でも何でもない!」
『負けは負けだ』
「それを言ったらお主は儂にチェスで5度戦い4度負けている」
『ぐぐ…』
「ふん。まぁ、儂と勝負して儂に勝った事があるものは片手の指を数えるほどもおらん。それをまぐれとは言え1度勝っておるお主はそれを誇りこそすれ、悔しがる必要などない」
『な〜にがまぐれだ、勝負中によそ見する奴がどう考えても悪いだろうが』
「ぐ…と、とりあえず儂の勝ち越しじゃ!」
「くすくす…」
「『何が可笑しい!?』」
「あ、ごめんなさい。お二人とも、仲が良いんだなぁ~って」
「『仲など良くない!』」
「そ〜ですか?息もぴったり合っているように見えるけど?…」
「『なっ!…ふんっ』」
「……お主、儂のやったチョーカーはどこへやった?」
『ん?ああ。あれならその赤子とそいつを拾ってしまった所で落としてしまった。あまりにあの娘の身体が美味かったのでつい忘れてきたのだ』
「な…そうか。なぞは全て解けた!なのじゃ」
『なにがだ?』
「あの娘がお主に憑けたからくりじゃよ」
『なに!?』
「聞きたいか?」
『勿体ぶるな』
「ふん。教えてやろう」
『いちいち憎らしい奴だ…(ボソ)』
「聞こえておるぞ。 まぁいい。とにかく、お主は全く自覚しておらぬようじゃが、お主が垂れ流しておる魔力は相当なものじゃ。それはお主が少しでも相手に何かをしようとすればそれだけで周囲に何らかの現象が起こる程…。あの娘、お主の身体で赤子に乳をやっておるが」
『ああ、あいつが私の身体に入ったら出るようになったそうだ』
「うむ。それは恐らく、あやつがお主の身体に入り、お主の身体から垂れ流されている魔力を使いあやつの意思でお主の身体をそうするように作り変えてしまったためじゃろう」
『なに?』
「まぁ、あの娘も無意識でそうしたんじゃろうが、お主の垂れ流しておる魔力とは簡単にそんな事が出来てしまう程の濃度と量なのじゃ。故にお主の身の回りでは本来命を持たぬ様な物が魔物となり動き出す様な事があった。それが何よりの証拠じゃ」
『…そうか…。ところで、それとあの娘が私に憑いた事とどう関係があるのだ?』
「言ったじゃろ。お主の身の回りでは本来命を持たぬ者までが魔物になる。そんな魔力に触れたあの娘の魂は魔王の魔力の志向性によりゴーストとなった、それだけならばあの娘はゴーストになりたての不安定なままだったのじゃろうが、お主はその娘の身体ごとあの娘を食ってしまった。そして、お主の身体の中で普通では考えられぬ量の魔力を取り込み、お主の身体を奪うに足る程の魔力を手にした。と、そんな所じゃろう」
『何というご都合設定…』
「うむ。まるで何者かの手によって運命が操られているかの様じゃ。しかし、それ以外考えられん」
『しかし、どっちにしてもややこしい状況だな…』
――すぅ…すぅ…
「すぅ…すぅ」
ふと赤子と私の身体を見ると同じような顔をして同じような寝息を立てていた。
…と、
『うわぁ!?』
――すぽん
私は突然吸い込まれるようにそちらに引き寄せられた。
「お、身体が戻った…」
『すぅ…すぅ…』
私は無事に自分の身体を取り戻し、ゴーストの娘は再びゴーストの身体になって、それでも変わらず赤子の傍で寝息を立てていた。
「ふふ。可愛らしいものじゃな」
「ほぉ、あの娘もお前の目からすれば守備範囲に入ってしまうのか」
「なっ!誰もそんな事言っておらんじゃろうが!」
「違うのか? …ま、まさかあの赤子を……」
「違うわ! この娘、お主の身体を奪いこそしたが、全く邪気は感じられん。余程その赤子の事が大切なんじゃろう」
「うむ。やはり自分の身体は良いな」
「…同じ身体でも中の人が違うとずいぶんと変わるものじゃのぅ」
「ふん。人間の娘ごときに私のような威厳が出せるわけもないであろう」
「ほんっと、一気に可愛くなくなったのぅ」
「気持ちの悪い事をぬかすでない。 …っと、わぁ!?」
「どうしたのじゃ?珍妙な声を出しおって」
「わ、私の胸から母乳が…止まらん…くぅ…なんかむずむずする…」
「飲んでやろうか?」
「いらん、アホ!」
「先日儂が儂が売ったセットの中に搾乳器があるはずじゃ、それを使え」
――きゅぽきゅぽ
――しゃわ〜
「ひぁん!」
「変な声を出すでない。気持ち悪いじゃろうが」
「だって、なんか変な感じが…。きゃふぅ!」
「…(ニマ)…ふむ、こちらの乳からミルクが垂れておるのう、これはいかん。儂が吸ってやろう。(あむ)」
「ふひゃあ!?」
「ちゅ〜」
「や、やめろぉぉ」
「ちゅぱっ ふふん。そんな気持ちよさそうな声で言っても「いいぞ、もっとやれ」と言っているようにしか聞こえんのう。爬虫類とは思えんほどに良いミルクじゃのう。あむ」
「ひゃぁぁ!だ、ダメだ、吸うなぁ〜。出ちゃううぅぅ〜」
「あむぅ〜。ちゅ〜。ちゅぱちゅぱ」
「ふわぁぁぁぁ。や、やめろぉ。舌を使うなぁ〜」
「ちゅぽん。 くくく。小娘の様な顔で喘ぎおって、恥ずかしくはないのか?赤子に乳をしゃぶられる度にそんなに感じておっては赤子の将来が心配じゃのう」
「お、お前は赤子ではないだろうが!やぁぁん」
「(ニヤ)おか〜さん。もっとおっぱいほしぃよぉ(声色)」
――キュン
!?
な、なんだ?
胸の奥が…。
か、かわいい…。
え?なんだ?何だこの気持ちは…。
「おかぁさん?」
――キュン
はぅ…。
おかしい…。
なんかとても…。
「バフォ…。いい子ね」
「のわっ!?」
「おかぁさんのおっぱい、いっぱい飲んで早く大きくなるのよ」
「のわ!?あむぅ!?」
「かわいい。私の子…」
「(ふぇ?なんじゃかきもちよぅ…)ちゅむ…ちゅうちゅ…」
「いい子ね」
「はふぅ…おかぁさぁん…」
「………………(ず〜ん)」
「……………(ぐてぇ〜)」
さ、最悪だ…。
わ、私は何故あんな事に…。
何故バフォメットなんかにあんな…。
うわぁぁぁぁぁぁぁ!!
――ガン、ガン!
「……やめろ、お主が頭突きなぞしたら洞窟が崩れるじゃろうが」
「…ぅわぁぁぁぁぁぁ!!」
「まぁ…気持ちは分かる…」
「お、おおおお、お前のせいだぞ!バフォ!」
「ま、まぁ、反省はしておる…」
「なんでだ!?私はまたあの娘に憑かれたのか!?うぎゃぁぁぁぁ!!」
「とりあえず落ち着けぇい。母乳が出るようになったのじゃ。もしかしたらお主の身体はあの娘によって頭の中まで作り変えられたのかもしれん。恐らくは母性が増大しておるのじゃろう」
「テロか!?これは奴のサイバーテロか!?」
「おちつけぇい!(びし!)」
「…う、うむ」
「儂も悪ノリしてすまんかった。まさかお主の身体がこんなことになっていようとは思わんかったのじゃ」
「…なんか、お前が「お母さん」と呼んだ瞬間私の中で何かが…」
「ふむ…。お主はあの娘の影響で心身ともに母親の身体になってしまったのじゃろう」
「………タチの悪い冗談だ」
「冗談ではなく現実じゃ。諦めよ」
「くそ、こんな事になるのならばあんな娘、食わねばよかった…」
「後の祭りじゃな」
「どうすればいいのだ…。私はこのままでは本当にあの娘に心身を乗っ取られてしまうやもしれんではないか…」
「安心しろ。いくらお主の魔力を吸ったゴーストとはいえ、その身体の元の魂ではないあの娘にそこまでの力はない。ただ、このままお主が魔力を垂れ流していては、周囲に変な事が起きるのは必至じゃな。事実この儂でさえ先程…わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!(ガンガン!)」
「お前も落ち着け!(ビシ!)」
「そうじゃ、落ちついてタイムマシンを探すのじゃ。タイムマシンはどこじゃ?」
「だから落ち着けぇい!」
「はっ!?…あ、あれはお互いに忘れよう。うん、あんな事実は無かったのじゃ」
「…そ、そうだな」
「ど、どちらにしても…ほれ、チョーカーのスペアじゃ」
「ほぉ、用意が良いな。まるで私が首輪を失くした事を知っておった様な準備のよさだ」
「(ギクゥ!)わ、儂はこれでもバフォメットじゃぞ。万事に備えれば常に冷静でいられるという奴なのじゃ」
「ほぉ、そうか。私はまたてっきりお前がこの首輪を使って私に何かしていたからこの首輪が無くなるとまずいのかと思ったぞ」
「(ぎくぎくぅ!)そ、そうじゃ、儂は次の仕事が…」
「ん?もう行くのか?私にまた何かを売りに来たのではなかったのか?」
「え、あ、いや…。そ、そのつもりだったのじゃが、さっきの件もあって時間が押してしまった様じゃ」
「そうか。それはすまなかったな。まぁ、ここでは満足に茶も出せんが、また来てくれ」
「……お主、ずいぶんと丸くなったのう」
「そうか?気のせいではないか?」
「(デレ期か?)…ふむ。まぁ、また今度面白い物が出来たら寄るとするのじゃ」
「ああ」
10/10/27 20:26更新 / ひつじ
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