連載小説
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別れの空
今朝、君は死んだ。
風邪をこじらせた。ただそれだけで、死んだ。
村の風習でその日のうちに神霊の森に埋めに行く事になった。
麓の社で神主が魂葬の儀を挙げる。
義母と母が泣いていた。
僕はただ、黙って祭壇の上で眠る君を見つめていた。
君の遺体を親族だけで桶に収める。
君の身体はこんなにも小さかったのか。
僕は蓋の閉められた桶を見て思った。
君の入った桶に土をかけていく。
見晴らしのいい山の上。
別れを済ませた親族が山を下りていく。
僕は義母に言って、しばらく君の傍にいた。
君の埋められた真新しい土の上に植えられた一本の苗。
これが君の新しい身体になる。
今は小さな苗になってしまった君に話しかける。
君と僕が初めて出会った日のこと。
僕が愛の言葉を告げた日のこと。
小さかったけれど、やっと自分たちの新居ができた日のこと。
初めての子供を宿した日のこと。
そして、その子を死産した日のこと。
子供ができない身体になったと知った君と僕と二人で半日の間泣きあった日のこと。
その後二人で一緒に隣の家の柿の木から柿を2つ盗んで山の天辺で食べたこと。
笑いながら涙を流す君を抱きしめて、励ますことしかできなくってごめんねって言ったこと。

「あの時、君は泣きながらこう言ったの、覚えてる?『泣いてばっかりでごめんね』って。 …泣いてばっかりでごめんね」

僕はぐしょぐしょになった手拭いでまた涙を拭う。

「はは。こんな日じゃなければおにぎりを持って来たのにね」
「あんなところに小鳥が巣を作ってるよ」
「今年の秋はきっとお隣さんの柿木にいっぱい実が生るね」
「母さんが明日もきっといい天気になるって言ってたよ」

話す。
話す。
君は答えない。

「…これからは、離れて暮らすことになるんだね」
「…また、明日、会いに来るね」





別れの空





「ほら、母さんが君の好きな竹の子ご飯のおにぎりを作ってきてくれたんだ」

仕事帰りの日課になった。
君の住む木に話しかける。

「…さよなら。また明日、会いに来るよ」

僕は木の前に置かれた小さな台に竹の子ご飯のおにぎりを置いた。

――待ってる

懐かしい声が聞こえた気がした。
振り返る。
そこにはただ、この半年で君の背丈ほどに成長した若木があるだけだった。





ある日、彼女に出会った。

『君は誰?』

小柄な身体。優しげな瞳。年の割に少し幼い声。
そんなはずはない。
でも、
あまりに似ているから。

「杏朱…?」

僕は備えるために持ってきた桃を落としてしまった。
漆のように黒かった髪は新緑に染まり、色白だった肌は前より白く。

『アンジュ? 君の名前?』

首を傾げる彼女を見て、思った。
そうか。
君はもう死んだんだ。

「…僕は明季(あき)。友達になろう」

あの日、始めて出会った君に掛けた言葉。
そう。彼女は君とよく似ていた。
でも、だから、そう。初めから。
僕は村の事や僕の事、他愛もないような話。
いろいろ聞かせた。
その声、その表情、その仕草。あの日と重なる。

次の日から、毎日僕は君に会いに山に登り、彼女と話をした。
彼女が現れてからぐんぐんと木は成長して、今では僕らに木陰を作ってくれるまでになった。


『私はこの木の樹精なの』

ある日、彼女は言った。

「そうか」

僕は答えた。

君が居なくても毎日は進む。
もう随分と時間が経った。
最近は山道が辛くなった。
細くなった脚で毎日の山道を登る。
彼女は変わらず美しいまま。

そして、ある雨の日。
昨日は山へ行けなかった。
一昨日の晩から酷い熱が出た。
その時が近いと、僕にも分った。
降り続く雨。
しとしとと、延延と。

僕は、山へ向かった。


『どうしたの?』

彼女が心配そうに駆け寄ってくる。
僕はその見慣れた顔に、笑いかける。

「お別れを言いに来たんだ」
『お別れ?どうして?』

不思議そうな顔。

「僕は、世界で一番好きだった人に会いに行くんだ」
『どこにいるの?』

彼女が悲しそうな顔をして、

「大丈夫。どれだけ離れても。いつも君を想うよ」
『「もう会えないの?やだ。アキ、行っちゃやだ」』

昔、遠くの町に出稼ぎに行く日、君が僕に言った言葉が重なる。

「そっか。こんなに近くに…」

さようなら。もう一人の君。






翌日。
偶然山に入った猟師が見た光景。
どこまでも安らかな顔で眠る老人と。
その身体を抱く様に伸ばされた大樹の枝。
その葉に付いた、いくつもの雨粒が、晴れ渡った空の光りを受けて、悲しそうに光っていた。
老人は、そのままその木の根元に埋葬された。
そこに植えられた一本の苗。
それはぐんぐんと成長して。
二本の木は、やがて絡み合うように伸び、いつしか一つの木になった。
その木は、末長く朽ちることなく。
今日も山から村を見下ろしている。

09/11/30 10:10更新 / ひつじ
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■作者メッセージ
切ない愛のお話

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