番外1 魔物シェルクの日常
「バフォメット様。今日は一日お疲れ様です。明日は9時から北西支部にて会議、その後竜車で移動した後、霧の大陸支部にて昼食会、その後は…」
「のわぁぁぁぁ!!もう!分かっておるのじゃ。鬼秘書め!次から次へと仕事を入れおって!!少しは主を労わるのじゃ!!」
「いえ。バフォメット様には今後もサバトの発展のために尽力してもらわねばいけませんから(笑)」
「むきぃぃぃ!!口元が笑っておるのじゃ!もう嫌じゃ!こんな秘書嫌なのじゃ!」
拗ねたバフォ様…かわゆす。
「おい。何をにやけておるのじゃ?」
「いえ。私のバフォ様は今日もかわいいなぁ〜と」
「お主は歪んでおるのじゃ!性格も根性も愛情も何もかも歪みまくってるのじゃ!」
私は、勇者シェルクとして死んだあと、魔物シェルクとして、バフォメット様の下で秘書をやっていた。
初めは元勇者の私が魔物としてやっていけるのかと不安だったが。
そんな不安は数日のうちに霧散していった。
と、言うのも…
「お姉様。今日もお疲れ様です」
可愛い妹達の一人、カシアが私にお茶を持ってきてくれた。
キラキラとした大きな瞳で見つめられ、プルンとした果実のような小さな唇が少し恥ずかしそうに俯く。
私は照れて薄桃色に染まったそのぷにぷにのほっぺに、
「いつもありがとね」
――チュ
キスをした。
「はひゅ〜。お、お姉様。わ、わたし、頑張りまひゅ!」
嬉しそうにとことこと部屋を出て行くカシア。
フリフリの魔女っ子ドレスがたまらない。
もう、サバトの中ときたら、右を見ても左を見てもロリロリロリロリとてもロリ!
正直、たまりません(悦)。
私は今の仕事を天職だと感じていた。
―はぁ〜。まったく。いったいいつからボクのシェルクはこんな変態になっちゃったのかなぁ?
私の中から私の心の声が聞こえた。
そう。私の中に住むもうひとりの私、ツバキだ。
ツバキはあれからしばらくの間ずっとすねているみたいだったが、最近ではもう諦めもついたのか、こうして話しかけてくれるようになっていた。
っていうか、
何を言うか。私は変態じゃないぞ?
例え変態だとしてもそれは変態という名の淑女だ。
―いや、もう、そんな事を胸を張って言える時点で十分普通じゃないからね?
えぇ!!?
そ、そんな…。じゃあ今までの私の人生って…。
―どんだけ馬鹿な人生を送って来たのさ!?嘘でしょ!?ボクのシェルクはこんな変態じゃないはずだよ!?
いや、もうプロローグの段階からこのキャラだったしなぁ…。
―プロローグから!?!?ボク、まだ影も形もない時から!?
いや、一応設定はあったらしいよ。なんか、最初は私が仮面剥がれて出てくるあのキャラがお前になる予定だったんだけど、気づいたらどうやってもラスボスに持ってくの無理出てきたから、分かりやすくボクっ子辛辣キャラにしたらしいよ。うん。
―なんでどことなく説明口調なのさ!?それきっと騙されてるよ。後付けのいいわけだよ?
いやいや、マジマジ。うんマジよ。
―もう言い訳するのすら面倒臭くなってるじゃないか!
私とツバキがメタフィクショナルな自分会議をしていると、
「シェルクーー!!助けてぇぇぇ!!」
「ぎゃふっ!?」
私の膨らみかけの胸板にツインテールが飛び込んできた。
「いったたたた。なんだ?何事だ?いったいどこの回し者だ?どこの回しツンテールだ!?」
「ツンテールっていうな!っていうか、もう最後の方、ツンデレキャラですらなくなってたよ私!」
二重の意味でツッコミを入れたのはクリスだった。
「で、どうしたのだ?そんなに慌てて」
「追われてるのよ!!」
「え?」
「とにかく隠れさせてもらうわよ。あ、そうだ、朔夜紫電流で私の周りに結界とか貼っといてよ。お願い!」
そう言ってクリスは秘書室の掃除用具ロッカーに駆けこんだ。
「なんか、朔夜紫電流を便利道具かなんかと勘違いしてないか?あの姫さまは…」
―いや、できるよ。
「できるの!?」
―うん。ちょっと身体代わって。
「あ、ああ」
―これでいいか?
「うん。おっけ。朔夜紫電流―荊ノ朔城―」
ツバキは私と身体の支配権を入れ替わると、腰に差した2振りの刀の内、聖剣紫電を抜いて、ロッカーの周囲の空間を切った。
―へぇ…。
「気配、魔力を完全に断ち切って、その内の空間を一種の結界にする技だね。効果は場所によるけど、魔力的な力が強い魔界だと10分ももたないかも。これも影技だから、シェルクは知らないでしょ?」
―いよいよもって何でもアリだな…朔夜紫電流
「隠密するならこういう技は必須だよ。人間の国の屋内とかなら何時間かは気配隠せるよ」
―今度、教えてよ、ツバキ。いや、師匠!
「勝手に師匠にしないでよね。ほら、身体返すよ」
「うぉっと!ふむ。しかし、私自身も案外何でもありな感じになって来たなぁ…」
上着を貸し借りする感覚で人格の切り替えをしている自分に我ながら違和感を覚えた、
などと思ってると、
「クリスちゃーん!!」
「え?…ぇ?…ぇ?…」(エコー)」
――ボイーンっ!
「ぐっふ…ぐっふ…ぐっふ…」(エコー)
――どんがらがっしゃーん!
私は突如目前に現れた高反発物質に数メートルも吹っ飛ばされた。
「あら?何か当たったかしら?」
「あ…う…」
―ぎゃああああ!シェルクが!リリムとバフォメットの猛攻すら退けたシェルクが乳に殺された!?!?
「い、いや…死んで…ない……から(ガク)」
―シェルク!応答しろ!シェぇぇぇぇぇぇぇぇルクぅ!!
ストレングス 完
―神は言っている。ここで死ぬ定めではないと。
―シェルク。そんな装備で大丈夫か?
「一番いいのを頼む」
あれ?私はいったい…。
何か私の身に不吉なことがあった気もするが…。
まぁいい。
とにかく、クリスはいったい何から逃げているのだ?
などと思ってると、
「クリスちゃーん!!」
『!』(デュリーン)
―ハッ!シェルクっ!!
「ハッ…ハッ…ハッ…」(エコー)
――ブォン
私はツバキの声のおかげで寸手の所まで迫った大きな塊を回避する事に成功した。
私の先ほどまで立っていた場所には真っ白なふわふわウェーブヘアの美少女が立っていた。
透ける様な白銀の髪、黒曜石の様な角、そして、ルビーのように紅い瞳。
間違いなくクリス、っていうか、魔王様の関係者だろう。
ああ、そっか。もう私サバトの一因だし、クリスの事もクリス様って呼ばなきゃいけないのかな?
なんて考えていると、
「ちょっと、そこのバフォちゃん!」
その人物は私をびしっと指差して涙を溜めた瞳で私の事を呼んだ。
「はい。どうされました?」
「ここにクリスちゃんは来なかったかしら!!」
ああ、この人から逃げていたのか。
私はそう理解して、
「クリスさん?ですか。それはどのような人ですか?」
「世界一可愛い私の妹よ!!」
「えっと…」
どう答えていい物だろうか。
確かにクリスは美少女だ。
100人の男が居たならブス専とデブ専などの特殊な趣味を除く全員が美少女と答える程度には美少女だ。
しかし、もし本当に私がクリスの事を知らなかったならば、果たしてこの説明でクリスの特徴を捉えられるだろうか。いや、捉えることはできない。
「えっと、もうちょっと具体的な特徴などは…」
「えっとね、えっと…頑張り屋さんで、素直で可愛い女の子で、とっても“きゅーと”なのよ!!」
うん。何一つ情報が追加されてないな。
でも、この説明で分かった。
この人は天然なんだろう。
「そ、そのクリスさんが何かしたのですか?」
「クリスちゃんがね、クリスちゃんがね!またお城を抜け出して、人間の国へ行こうとしてたのよ!もうお姉ちゃんは心配なの!心配で心配で朝ケーキも1ホールしか喉を通らないくらいなの」
朝ケーキ!?
しかも1ホール!?
十分すぎる。
というか、朝ケーキなどというくらいなのだから、昼と夜もあるのだろうか。
あれ?リリムの主食ってケーキなの?
リリムってサキュバス系じゃなかったの!?
「ま、まぁ、お姉様の気持ちもわかりますが、魔物なら人間の男性と出会うために人間の国に行くというのも悪くない事かと…」
「ダメなのぉぉ!!!だってクリスちゃんなのよ!?あんなかわいい子がそんな危ない場所に一人で行くなんて想像しただけで…あ、…あぁ…。ダメ、お姉ちゃん許さないわ!そうよ!クリスちゃんが危ない目に合わないように人間の国なんか滅ぼしちゃいましょう。そうだわ。そうしなくっちゃ!」
ヤバい。
とてつもなくくだらない理由で人間が滅ぼされてしまう。
魔物の私としては問題ないのかもしれないが、元勇者としてこれは止めなければ…。
ってか、そんな理由で滅ぼされても、人間側も納得いかないに決まってる。
「ちょ、ちょっとお姉さーん!?押さえて!落ち着いて!」
「これが落ち着いていられると思ってるの!?だってクリスちゃんのかわいらしさは数字で表すなら無限大なの!もうそれはそれは大変な可愛さなのよ!傾国の美女よ!もう国なんか3つも4つも簡単に傾いちゃうんだから!」
もうこの人の中でクリスの人物像が理解不能な域に達していた。
ついでに説得不能である気もしてきた。
私はこの人物を無事に説得させることができるだろうか?
そもそも説得を試みた所で、もし失敗してしまっては人間の国が亡びる。
そんなリスク過大な決断を軽い気持ちでやってしまっていいものなのか?
いや、そんな軽い気持ちで決断していいはずがない。
今や私は王ではなく、いち魔物でしかないのだから。そんな私が人間の存亡を軽々しく背負うことなど出来るはずもない。
うんうん。なら仕方ない。これは必要な犠牲だ…。
「クリスさんはそこのロッカーに隠れてますよ」
「えぇぇぇぇぇぇ!!?ちょっと、シェルク!!???」
私の裏切りに溜まらずクリスが飛び出してきた。
「いや、だって、この人クリス出さないと人間の国滅ぼすって言ってるし…。(何より面倒臭いし)」
「ちょっと!そんな簡単に私を売らないでよ!」
「いや、人類の存亡とクリスの命。悲しいけど比べるまでもないよね」
「私の命かかってたの!?私死ぬの!?」
「クリスちゃーーーん!!」
「わぎゃああ!!」
ツッコミを入れていたクリスは獲物を狩るネコ科の哺乳類の様な俊敏さで飛んできたおっぱいに押しつぶされた。
と、そこへ。
「いったい何の騒ぎじゃ?騒がしくて寝る事も…。って、ゲッ!?リスティア!?」
パジャマ姿(三角帽子着用)のバフォ様が入ってきた。
このバフォ様の反応。 (『ゲッ!?』って言った…)
きっとバフォ様もこの人にはいろいろ迷惑を掛けられているに違いない。
っていうか、今リスティアって言った?
この人がガラテアと魔王軍の不戦協定を結んだ人だっていうのか…。
私はこんな魔物を相手に戦っていたのか…。
よかった…。攻めてきたのがクリスで本当によかった…。
などと胸をなでおろしていると
「あら、バフォちゃん。 …あれ?バフォちゃんが二人!?」
リスティア姫は謎の驚愕を浮かべた。
「いや、そっちのバフォメットはシェルクなのじゃ」
「いや、そっちのバフォメットはナキアなのじゃ」
私は「そっちのバフォメット」扱いされたことが何となく嫌だったのでバフォ様をいじって遊ぶことにした。
「なぁ!?真似するななのじゃ!」
「そっちこそ真似するななのじゃ!」
「『バフォメット』と言えば図鑑にも乗っておる儂の事なのじゃ!お主は図鑑に載ってない一般バフォメットなのじゃ!」
「図鑑って言うのは一般的な標本を載せるものなのじゃ。つまりそっちが一般バフォメットで、私が有名バフォメットなのじゃ!」
「有名バフォメットってなんなのじゃ!?勝手な枠組みを作るでないのじゃ!儂こそが“くいーん おぶ ばふぉめっと”なのじゃ!」
「なんか横文字使ってカッコ良さそうに言うななのじゃ!他の作者のバフォメットの女王はもっと小洒落てるのじゃ。お主みたいな地味な女王バフォメットが居るかなのじゃ!」
「ぐぬぬぬぬぬ!!儂の気にしていることを!!!」
「ババアが茹で上がってしまったのじゃ。これは大変じゃ。みんな逃げるのじゃ」
「待てぇぇぇぇ!!なのじゃ〜〜!!」
「わぁ〜ん。ツバキえもーん。助けてぇ〜。ダッシュババアが追いかけてくるよぉ〜」
「むきぃぃぃぃぃ!!!!もう今日という今日は許さないのじゃぁぁぁ!!!」
私はバフォ様をからかって逃げ回った。
ああ。プンスコ怒って追いかけるバフォ様もかわいいなぁ…。
―キミって、どんどん性格悪くなってるよね。
「ハァ…ハァ…」
「ハァ…ハァ…。今日は引き分けにしといてやるぜ」
「ふん。次はとっ捕まえてお尻ペンペンしてやるのじゃ」
「ああ、待ってるぜ」
こうして私とバフォ様の間に戦友と書いて“とも”と読む関係が生まれた。
様な気がした。
「で、いったいどうしたのじゃ?」
息を整えたバフォ様(羊さんパジャマ)が訊ねた。
「バフォちゃん聞いて!クリスちゃんったら、またお城を抜け出して人間の国へ行こうとしてたのよ!?」
「もう!お姉様!私はもっと人間の事が知りたいの!もう私も大人なんだから、いつまでも子ども扱いしないでよ!」
「と、言うわけなのよ。バフォ様」
私は分かりやすく状況を説明した。フリをした。
「おぉ…またか…」
どうやら、今回のは“また”起こった事らしい。
「リスティア。お主、いい加減妹離れをするのじゃ」
「クリスちゃんと…離…れる?……。いやぁぁぁぁぁぁぁああ!!クリスちゃん!お姉ちゃんを置いて行かないでぇぇぇ!お姉ちゃんは一人じゃ寂しくて死んじゃうぅぅ!!」
――がしっ!
――ブォンブォン!
「あわわわわっ!お、お姉様!離して!もげる。私のアイデンティティがもげる!!」
クリスの首をスリーパーホールドしたリスティア様がグルグルと回り、それによってクリスは強烈な遠心力で振り回されることとなった。
「リスティア様!ちょ、ストップ!一旦ストップ!やばいって!そのままじゃクリスがもげちゃう!!」
私は竜巻の様な姉妹を全力で押さえた。
「うぅ…クリスちゃん…」
どうにか動きを止めたリスティア様は床に這いつくばって、物の数秒で涙の水たまりを作った。
―この人に妹離れしろって言葉は逆効果だね。
「うん。私もそう思う」
「…。こやつのコレはもう病気じゃな…」
リスティア様の様子を見て私たちは言葉を失った。
「ちょ、ちょっと!私はどうなるのよ!?」
諦めムードを醸し出す私とバフォ様にクリスはたまらず声を上げた。
でも、ねぇ?…
「姉妹の中がいいのは大事なことだな。うん」
「そ、そうじゃの。うむうむ。いい話じゃ」
姉妹の強い絆に触れた私とバフォ様は揃って秘書室を出るのだった。
そして逃げ出した!
「って、コラぁ!!逃がさないわよ!!」
しかし回り込まれた。
「くっ!このツインテール、速い」
「万事窮すかのぅ…」
「あんたら、どんだけ真剣に私たちから逃げようとしてるのよ!!?」
「あはは。じょ、冗談に決まっているではないか。魔物としての私の生みの親でもあるクリスの頼みだぞ?いくら面倒臭いからってエスケープしたりするはずがないだろ?」
「本音が漏れてるわよ!」
―シェルク。ボクはもう眠いよ。適当に身代わり立てて逃げちゃいなよ。
私の中から悪魔のささやきが聞こえる。
ふむ…。
しかし、落ち着いて考えてみよう。
ツバキは本来、私の主人格であるはずだ。
私がツバキの中から切り離されてできた人格だとしたら、つまりはツバキこそが私の本心に他ならないだろう。
そうか、つまりこれは私の本心の本音という事か。
うんうん。
そうと分かってしまっては仕方ない。
いやぁ、まったくもって私自身はこれっぽっちもそんな悪い事は考えてもいないのだが、私の深層心理ともいえる本心がそう言うのだから言い逃れもできないだろう。
もうそうなってしまっては例え上司であろうと犠牲になってもらう他ないよな。
だって、この場をどうにかしないと下手をすれば人間の街が滅ぼされる危機すらあるわけだし。
いわば私がこれから行おうとする行為は人類を救うための正義の行いなのだ。
―だからボクは悪くない(ニヤリ)
「リスティア様。いい考えがあります」
「ふぇ…。いい、考え? ぐす…」
「はい。要するにリスティア様は、クリスが居なくなって独りぼっちになってしまうのが寂しい訳なんですよね?」
「うん…。うぐ…」
「なら、クリスが旅をしている間、クリスの代役を立ててはどうでしょうか?」
「代役?」
「はい。ほら、ちょうどここに抱き心地の良さそうなロリも転がっている事ですし。クリスと比べると少しばかり可愛さは劣るかもしれませんが。すっぽりと腕に収まるこのサイズ。プニプニと触り心地のいいほっぺ、ふわりと香る加齢…幼女特有の甘い香り。ヒーリング効果はばっちりですよ」
そう言って私は隣にいたバフォ様を抱き上げてリスティア様に差し出した。
「え?なっ!?何を勝手に儂を差し出しておるのじゃ!?お主それでも儂の秘書か!?」
「ほら、ツッコミ機能も標準装備です。もうこんなチャンスはありませんよ。さぁ」
「ん〜〜。でも確かに、バフォちゃんなら…」
「なぁっ!?リスティア!騙されるでないのじゃ!ほ、ほれ見ろ!こやつもバフォメットなのじゃ!別に儂でなくともよいはずなのじゃ!」
「いやいや。私の様な一般バフォメットではクリス姫の代わりは務まりませんよ。ささ。リスティア姫。まずは抱き心地をお確かめください」
「む〜。そうねぇ〜。試してみようかしら」
――ぎゅむっ
「わぁ〜。軽〜い」
「はい。それでいてこの多機能。クリスが旅に出ている間は是非ご利用くださいませ」
「そうねぇ〜。気に入ったわ。おひとついただける?」
「はい。今なら初回サービスで、お値段据え置き、300ゴールドです」
「まぁ!?安〜い!」
「はい。毎度ありがとうございます」
「いい買い物したわ」
「いえいえ。今後とも当店をご贔屓に」
「ありがとぉ。またお願いするわねぇ〜」
「え!?あ、ちょ…。あれ?儂の意志は!?ちょ、こら!シェルク!」
「バフォ様、たっぷりとかわいがってもらってくださいねぇ〜」
「むきぃぃぃぃぃいい!!お主…覚えておれよぉぉぉ!!!」
そう言ってリスティア姫は満足げにバフォ様を持ち帰った。
バフォ様の断末魔が遠ざかり、やっと私は解放された。
「ふぅ…。やっと帰れる」
「あんたね…」
こうして、300ゴールドで上司を売り渡した私にじと目を向けるクリスと共に秘書室を出たのだった。
「のわぁぁぁぁ!!もう!分かっておるのじゃ。鬼秘書め!次から次へと仕事を入れおって!!少しは主を労わるのじゃ!!」
「いえ。バフォメット様には今後もサバトの発展のために尽力してもらわねばいけませんから(笑)」
「むきぃぃぃ!!口元が笑っておるのじゃ!もう嫌じゃ!こんな秘書嫌なのじゃ!」
拗ねたバフォ様…かわゆす。
「おい。何をにやけておるのじゃ?」
「いえ。私のバフォ様は今日もかわいいなぁ〜と」
「お主は歪んでおるのじゃ!性格も根性も愛情も何もかも歪みまくってるのじゃ!」
私は、勇者シェルクとして死んだあと、魔物シェルクとして、バフォメット様の下で秘書をやっていた。
初めは元勇者の私が魔物としてやっていけるのかと不安だったが。
そんな不安は数日のうちに霧散していった。
と、言うのも…
「お姉様。今日もお疲れ様です」
可愛い妹達の一人、カシアが私にお茶を持ってきてくれた。
キラキラとした大きな瞳で見つめられ、プルンとした果実のような小さな唇が少し恥ずかしそうに俯く。
私は照れて薄桃色に染まったそのぷにぷにのほっぺに、
「いつもありがとね」
――チュ
キスをした。
「はひゅ〜。お、お姉様。わ、わたし、頑張りまひゅ!」
嬉しそうにとことこと部屋を出て行くカシア。
フリフリの魔女っ子ドレスがたまらない。
もう、サバトの中ときたら、右を見ても左を見てもロリロリロリロリとてもロリ!
正直、たまりません(悦)。
私は今の仕事を天職だと感じていた。
―はぁ〜。まったく。いったいいつからボクのシェルクはこんな変態になっちゃったのかなぁ?
私の中から私の心の声が聞こえた。
そう。私の中に住むもうひとりの私、ツバキだ。
ツバキはあれからしばらくの間ずっとすねているみたいだったが、最近ではもう諦めもついたのか、こうして話しかけてくれるようになっていた。
っていうか、
何を言うか。私は変態じゃないぞ?
例え変態だとしてもそれは変態という名の淑女だ。
―いや、もう、そんな事を胸を張って言える時点で十分普通じゃないからね?
えぇ!!?
そ、そんな…。じゃあ今までの私の人生って…。
―どんだけ馬鹿な人生を送って来たのさ!?嘘でしょ!?ボクのシェルクはこんな変態じゃないはずだよ!?
いや、もうプロローグの段階からこのキャラだったしなぁ…。
―プロローグから!?!?ボク、まだ影も形もない時から!?
いや、一応設定はあったらしいよ。なんか、最初は私が仮面剥がれて出てくるあのキャラがお前になる予定だったんだけど、気づいたらどうやってもラスボスに持ってくの無理出てきたから、分かりやすくボクっ子辛辣キャラにしたらしいよ。うん。
―なんでどことなく説明口調なのさ!?それきっと騙されてるよ。後付けのいいわけだよ?
いやいや、マジマジ。うんマジよ。
―もう言い訳するのすら面倒臭くなってるじゃないか!
私とツバキがメタフィクショナルな自分会議をしていると、
「シェルクーー!!助けてぇぇぇ!!」
「ぎゃふっ!?」
私の膨らみかけの胸板にツインテールが飛び込んできた。
「いったたたた。なんだ?何事だ?いったいどこの回し者だ?どこの回しツンテールだ!?」
「ツンテールっていうな!っていうか、もう最後の方、ツンデレキャラですらなくなってたよ私!」
二重の意味でツッコミを入れたのはクリスだった。
「で、どうしたのだ?そんなに慌てて」
「追われてるのよ!!」
「え?」
「とにかく隠れさせてもらうわよ。あ、そうだ、朔夜紫電流で私の周りに結界とか貼っといてよ。お願い!」
そう言ってクリスは秘書室の掃除用具ロッカーに駆けこんだ。
「なんか、朔夜紫電流を便利道具かなんかと勘違いしてないか?あの姫さまは…」
―いや、できるよ。
「できるの!?」
―うん。ちょっと身体代わって。
「あ、ああ」
―これでいいか?
「うん。おっけ。朔夜紫電流―荊ノ朔城―」
ツバキは私と身体の支配権を入れ替わると、腰に差した2振りの刀の内、聖剣紫電を抜いて、ロッカーの周囲の空間を切った。
―へぇ…。
「気配、魔力を完全に断ち切って、その内の空間を一種の結界にする技だね。効果は場所によるけど、魔力的な力が強い魔界だと10分ももたないかも。これも影技だから、シェルクは知らないでしょ?」
―いよいよもって何でもアリだな…朔夜紫電流
「隠密するならこういう技は必須だよ。人間の国の屋内とかなら何時間かは気配隠せるよ」
―今度、教えてよ、ツバキ。いや、師匠!
「勝手に師匠にしないでよね。ほら、身体返すよ」
「うぉっと!ふむ。しかし、私自身も案外何でもありな感じになって来たなぁ…」
上着を貸し借りする感覚で人格の切り替えをしている自分に我ながら違和感を覚えた、
などと思ってると、
「クリスちゃーん!!」
「え?…ぇ?…ぇ?…」(エコー)」
――ボイーンっ!
「ぐっふ…ぐっふ…ぐっふ…」(エコー)
――どんがらがっしゃーん!
私は突如目前に現れた高反発物質に数メートルも吹っ飛ばされた。
「あら?何か当たったかしら?」
「あ…う…」
―ぎゃああああ!シェルクが!リリムとバフォメットの猛攻すら退けたシェルクが乳に殺された!?!?
「い、いや…死んで…ない……から(ガク)」
―シェルク!応答しろ!シェぇぇぇぇぇぇぇぇルクぅ!!
ストレングス 完
―神は言っている。ここで死ぬ定めではないと。
―シェルク。そんな装備で大丈夫か?
「一番いいのを頼む」
あれ?私はいったい…。
何か私の身に不吉なことがあった気もするが…。
まぁいい。
とにかく、クリスはいったい何から逃げているのだ?
などと思ってると、
「クリスちゃーん!!」
『!』(デュリーン)
―ハッ!シェルクっ!!
「ハッ…ハッ…ハッ…」(エコー)
――ブォン
私はツバキの声のおかげで寸手の所まで迫った大きな塊を回避する事に成功した。
私の先ほどまで立っていた場所には真っ白なふわふわウェーブヘアの美少女が立っていた。
透ける様な白銀の髪、黒曜石の様な角、そして、ルビーのように紅い瞳。
間違いなくクリス、っていうか、魔王様の関係者だろう。
ああ、そっか。もう私サバトの一因だし、クリスの事もクリス様って呼ばなきゃいけないのかな?
なんて考えていると、
「ちょっと、そこのバフォちゃん!」
その人物は私をびしっと指差して涙を溜めた瞳で私の事を呼んだ。
「はい。どうされました?」
「ここにクリスちゃんは来なかったかしら!!」
ああ、この人から逃げていたのか。
私はそう理解して、
「クリスさん?ですか。それはどのような人ですか?」
「世界一可愛い私の妹よ!!」
「えっと…」
どう答えていい物だろうか。
確かにクリスは美少女だ。
100人の男が居たならブス専とデブ専などの特殊な趣味を除く全員が美少女と答える程度には美少女だ。
しかし、もし本当に私がクリスの事を知らなかったならば、果たしてこの説明でクリスの特徴を捉えられるだろうか。いや、捉えることはできない。
「えっと、もうちょっと具体的な特徴などは…」
「えっとね、えっと…頑張り屋さんで、素直で可愛い女の子で、とっても“きゅーと”なのよ!!」
うん。何一つ情報が追加されてないな。
でも、この説明で分かった。
この人は天然なんだろう。
「そ、そのクリスさんが何かしたのですか?」
「クリスちゃんがね、クリスちゃんがね!またお城を抜け出して、人間の国へ行こうとしてたのよ!もうお姉ちゃんは心配なの!心配で心配で朝ケーキも1ホールしか喉を通らないくらいなの」
朝ケーキ!?
しかも1ホール!?
十分すぎる。
というか、朝ケーキなどというくらいなのだから、昼と夜もあるのだろうか。
あれ?リリムの主食ってケーキなの?
リリムってサキュバス系じゃなかったの!?
「ま、まぁ、お姉様の気持ちもわかりますが、魔物なら人間の男性と出会うために人間の国に行くというのも悪くない事かと…」
「ダメなのぉぉ!!!だってクリスちゃんなのよ!?あんなかわいい子がそんな危ない場所に一人で行くなんて想像しただけで…あ、…あぁ…。ダメ、お姉ちゃん許さないわ!そうよ!クリスちゃんが危ない目に合わないように人間の国なんか滅ぼしちゃいましょう。そうだわ。そうしなくっちゃ!」
ヤバい。
とてつもなくくだらない理由で人間が滅ぼされてしまう。
魔物の私としては問題ないのかもしれないが、元勇者としてこれは止めなければ…。
ってか、そんな理由で滅ぼされても、人間側も納得いかないに決まってる。
「ちょ、ちょっとお姉さーん!?押さえて!落ち着いて!」
「これが落ち着いていられると思ってるの!?だってクリスちゃんのかわいらしさは数字で表すなら無限大なの!もうそれはそれは大変な可愛さなのよ!傾国の美女よ!もう国なんか3つも4つも簡単に傾いちゃうんだから!」
もうこの人の中でクリスの人物像が理解不能な域に達していた。
ついでに説得不能である気もしてきた。
私はこの人物を無事に説得させることができるだろうか?
そもそも説得を試みた所で、もし失敗してしまっては人間の国が亡びる。
そんなリスク過大な決断を軽い気持ちでやってしまっていいものなのか?
いや、そんな軽い気持ちで決断していいはずがない。
今や私は王ではなく、いち魔物でしかないのだから。そんな私が人間の存亡を軽々しく背負うことなど出来るはずもない。
うんうん。なら仕方ない。これは必要な犠牲だ…。
「クリスさんはそこのロッカーに隠れてますよ」
「えぇぇぇぇぇぇ!!?ちょっと、シェルク!!???」
私の裏切りに溜まらずクリスが飛び出してきた。
「いや、だって、この人クリス出さないと人間の国滅ぼすって言ってるし…。(何より面倒臭いし)」
「ちょっと!そんな簡単に私を売らないでよ!」
「いや、人類の存亡とクリスの命。悲しいけど比べるまでもないよね」
「私の命かかってたの!?私死ぬの!?」
「クリスちゃーーーん!!」
「わぎゃああ!!」
ツッコミを入れていたクリスは獲物を狩るネコ科の哺乳類の様な俊敏さで飛んできたおっぱいに押しつぶされた。
と、そこへ。
「いったい何の騒ぎじゃ?騒がしくて寝る事も…。って、ゲッ!?リスティア!?」
パジャマ姿(三角帽子着用)のバフォ様が入ってきた。
このバフォ様の反応。 (『ゲッ!?』って言った…)
きっとバフォ様もこの人にはいろいろ迷惑を掛けられているに違いない。
っていうか、今リスティアって言った?
この人がガラテアと魔王軍の不戦協定を結んだ人だっていうのか…。
私はこんな魔物を相手に戦っていたのか…。
よかった…。攻めてきたのがクリスで本当によかった…。
などと胸をなでおろしていると
「あら、バフォちゃん。 …あれ?バフォちゃんが二人!?」
リスティア姫は謎の驚愕を浮かべた。
「いや、そっちのバフォメットはシェルクなのじゃ」
「いや、そっちのバフォメットはナキアなのじゃ」
私は「そっちのバフォメット」扱いされたことが何となく嫌だったのでバフォ様をいじって遊ぶことにした。
「なぁ!?真似するななのじゃ!」
「そっちこそ真似するななのじゃ!」
「『バフォメット』と言えば図鑑にも乗っておる儂の事なのじゃ!お主は図鑑に載ってない一般バフォメットなのじゃ!」
「図鑑って言うのは一般的な標本を載せるものなのじゃ。つまりそっちが一般バフォメットで、私が有名バフォメットなのじゃ!」
「有名バフォメットってなんなのじゃ!?勝手な枠組みを作るでないのじゃ!儂こそが“くいーん おぶ ばふぉめっと”なのじゃ!」
「なんか横文字使ってカッコ良さそうに言うななのじゃ!他の作者のバフォメットの女王はもっと小洒落てるのじゃ。お主みたいな地味な女王バフォメットが居るかなのじゃ!」
「ぐぬぬぬぬぬ!!儂の気にしていることを!!!」
「ババアが茹で上がってしまったのじゃ。これは大変じゃ。みんな逃げるのじゃ」
「待てぇぇぇぇ!!なのじゃ〜〜!!」
「わぁ〜ん。ツバキえもーん。助けてぇ〜。ダッシュババアが追いかけてくるよぉ〜」
「むきぃぃぃぃぃ!!!!もう今日という今日は許さないのじゃぁぁぁ!!!」
私はバフォ様をからかって逃げ回った。
ああ。プンスコ怒って追いかけるバフォ様もかわいいなぁ…。
―キミって、どんどん性格悪くなってるよね。
「ハァ…ハァ…」
「ハァ…ハァ…。今日は引き分けにしといてやるぜ」
「ふん。次はとっ捕まえてお尻ペンペンしてやるのじゃ」
「ああ、待ってるぜ」
こうして私とバフォ様の間に戦友と書いて“とも”と読む関係が生まれた。
様な気がした。
「で、いったいどうしたのじゃ?」
息を整えたバフォ様(羊さんパジャマ)が訊ねた。
「バフォちゃん聞いて!クリスちゃんったら、またお城を抜け出して人間の国へ行こうとしてたのよ!?」
「もう!お姉様!私はもっと人間の事が知りたいの!もう私も大人なんだから、いつまでも子ども扱いしないでよ!」
「と、言うわけなのよ。バフォ様」
私は分かりやすく状況を説明した。フリをした。
「おぉ…またか…」
どうやら、今回のは“また”起こった事らしい。
「リスティア。お主、いい加減妹離れをするのじゃ」
「クリスちゃんと…離…れる?……。いやぁぁぁぁぁぁぁああ!!クリスちゃん!お姉ちゃんを置いて行かないでぇぇぇ!お姉ちゃんは一人じゃ寂しくて死んじゃうぅぅ!!」
――がしっ!
――ブォンブォン!
「あわわわわっ!お、お姉様!離して!もげる。私のアイデンティティがもげる!!」
クリスの首をスリーパーホールドしたリスティア様がグルグルと回り、それによってクリスは強烈な遠心力で振り回されることとなった。
「リスティア様!ちょ、ストップ!一旦ストップ!やばいって!そのままじゃクリスがもげちゃう!!」
私は竜巻の様な姉妹を全力で押さえた。
「うぅ…クリスちゃん…」
どうにか動きを止めたリスティア様は床に這いつくばって、物の数秒で涙の水たまりを作った。
―この人に妹離れしろって言葉は逆効果だね。
「うん。私もそう思う」
「…。こやつのコレはもう病気じゃな…」
リスティア様の様子を見て私たちは言葉を失った。
「ちょ、ちょっと!私はどうなるのよ!?」
諦めムードを醸し出す私とバフォ様にクリスはたまらず声を上げた。
でも、ねぇ?…
「姉妹の中がいいのは大事なことだな。うん」
「そ、そうじゃの。うむうむ。いい話じゃ」
姉妹の強い絆に触れた私とバフォ様は揃って秘書室を出るのだった。
そして逃げ出した!
「って、コラぁ!!逃がさないわよ!!」
しかし回り込まれた。
「くっ!このツインテール、速い」
「万事窮すかのぅ…」
「あんたら、どんだけ真剣に私たちから逃げようとしてるのよ!!?」
「あはは。じょ、冗談に決まっているではないか。魔物としての私の生みの親でもあるクリスの頼みだぞ?いくら面倒臭いからってエスケープしたりするはずがないだろ?」
「本音が漏れてるわよ!」
―シェルク。ボクはもう眠いよ。適当に身代わり立てて逃げちゃいなよ。
私の中から悪魔のささやきが聞こえる。
ふむ…。
しかし、落ち着いて考えてみよう。
ツバキは本来、私の主人格であるはずだ。
私がツバキの中から切り離されてできた人格だとしたら、つまりはツバキこそが私の本心に他ならないだろう。
そうか、つまりこれは私の本心の本音という事か。
うんうん。
そうと分かってしまっては仕方ない。
いやぁ、まったくもって私自身はこれっぽっちもそんな悪い事は考えてもいないのだが、私の深層心理ともいえる本心がそう言うのだから言い逃れもできないだろう。
もうそうなってしまっては例え上司であろうと犠牲になってもらう他ないよな。
だって、この場をどうにかしないと下手をすれば人間の街が滅ぼされる危機すらあるわけだし。
いわば私がこれから行おうとする行為は人類を救うための正義の行いなのだ。
―だからボクは悪くない(ニヤリ)
「リスティア様。いい考えがあります」
「ふぇ…。いい、考え? ぐす…」
「はい。要するにリスティア様は、クリスが居なくなって独りぼっちになってしまうのが寂しい訳なんですよね?」
「うん…。うぐ…」
「なら、クリスが旅をしている間、クリスの代役を立ててはどうでしょうか?」
「代役?」
「はい。ほら、ちょうどここに抱き心地の良さそうなロリも転がっている事ですし。クリスと比べると少しばかり可愛さは劣るかもしれませんが。すっぽりと腕に収まるこのサイズ。プニプニと触り心地のいいほっぺ、ふわりと香る
そう言って私は隣にいたバフォ様を抱き上げてリスティア様に差し出した。
「え?なっ!?何を勝手に儂を差し出しておるのじゃ!?お主それでも儂の秘書か!?」
「ほら、ツッコミ機能も標準装備です。もうこんなチャンスはありませんよ。さぁ」
「ん〜〜。でも確かに、バフォちゃんなら…」
「なぁっ!?リスティア!騙されるでないのじゃ!ほ、ほれ見ろ!こやつもバフォメットなのじゃ!別に儂でなくともよいはずなのじゃ!」
「いやいや。私の様な一般バフォメットではクリス姫の代わりは務まりませんよ。ささ。リスティア姫。まずは抱き心地をお確かめください」
「む〜。そうねぇ〜。試してみようかしら」
――ぎゅむっ
「わぁ〜。軽〜い」
「はい。それでいてこの多機能。クリスが旅に出ている間は是非ご利用くださいませ」
「そうねぇ〜。気に入ったわ。おひとついただける?」
「はい。今なら初回サービスで、お値段据え置き、300ゴールドです」
「まぁ!?安〜い!」
「はい。毎度ありがとうございます」
「いい買い物したわ」
「いえいえ。今後とも当店をご贔屓に」
「ありがとぉ。またお願いするわねぇ〜」
「え!?あ、ちょ…。あれ?儂の意志は!?ちょ、こら!シェルク!」
「バフォ様、たっぷりとかわいがってもらってくださいねぇ〜」
「むきぃぃぃぃぃいい!!お主…覚えておれよぉぉぉ!!!」
そう言ってリスティア姫は満足げにバフォ様を持ち帰った。
バフォ様の断末魔が遠ざかり、やっと私は解放された。
「ふぅ…。やっと帰れる」
「あんたね…」
こうして、300ゴールドで上司を売り渡した私にじと目を向けるクリスと共に秘書室を出たのだった。
14/04/21 23:51更新 / ひつじ
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