第二十七話 最終決戦
――ニアがクレアと交戦しているころ
「クヒ。クヒヒヒヒヒヒ。どぉ〜したのかなぁ?今は戦闘中だよ?そんなところで寝そべってちゃ危ないよぉ?」
ぐっ…。
痛い。
手足の色々なところから激痛を感じる。
私の隣でバフォメットも血を流して蹲っていた。
強い。
シェルクの姿をしたそいつは相変わらずシェルクと似つかわない歪んだ笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。
一瞬だった。
距離は剣撃の届く範囲から十分に離れていたはずだ。
なのに、あいつが剣を抜いた瞬間、私の手足には痛みが走った。
刀身も何も見えなかった。
本当に一瞬の事。
あいつは痛みを堪える私たちをその場から一歩も動かずニヤニヤと見下ろしていた。
「あれれぇ〜?どぉ〜したの?シェルクを救うんじゃなかったの?だめだよぉ?そんな事じゃいつまでたってもシェルクは救えないよぉ?ああ。そうか。そうやってボクが処刑されるのを待ってるんだね。うんうん。いい作戦だね。そしてすべてが終わった後でボクとシェルクの死体を持って帰って好きにするといいよ。かわいい可愛いシェルクの身体を舐め回して頬ずりして楽しむといいよ。心の済むまでシェルクの死体を可愛がってあげてね。クヒヒ」
「まったく…。かわいげの無いガキなのじゃ」
「もう。酷いこと言うなぁ。ボクはかわいいかわいいシェルクちゃんだぜ?そんなこと言われると、泣いちゃう…なぁあっ!」
また、
あいつが剣を抜いた瞬間、ずっと離れているはずのバフォメットが傷を負う。
どうして?
これがあいつの魔法なの?
それとも、あいつの持ってる剣が…。
「ほぅ…ほぅ…。なるほどのぅ。お主のその玩具、良く出来ておるではないか」
「へぇ。まだ立ち上がるんだ。どうしたの?やっとこの“無月”の正体でもわかった?」
「無月、というのか。その剣、いや、魔力線射出機は誰が作ったものじゃ?」
「クヒヒ。すごいね。そこまでばれちゃったら仕方ないか。はいはい。ご名答ぉ〜。おめでとぉ。この刀はね、無月って言って、開発したのは聖教府の技術部だよぉ。でも、聖教府の無能な連中じゃとうとう完成はできなかったんだよね。それで、ルキウスに言って作って貰ったのさ。お金もいっぱいかかっちゃったけど、僕等が死んじゃった後、ガラテアを好きにしたらいいよって言ったら許してくれたよ」
「ふん。そのような玩具のために国を売るとは…。見下げ果てた王様じゃのう」
「いいじゃん。どうせいつかはボクの物でもシェルクの物でもなくなるんだし。それに、きっとルキウスはあの国を悪いようにはしないはずさ。あいつがどんだけ冷静で冷血な奴だとしても、魔物との不戦協定は重要だし、それに、シェルクが一生懸命作りあげてきた国をあいつがそう簡単に壊すとは思えないしね。っと、ああ。話がそれちゃったね。この刀は“無月”。シェルクの聖剣として開発されたけれど、とうとう聖剣にはなれなかった出来損ないさ。居合の速さを追い求めた聖剣“紫電”とは別のコンセプトで開発された、魔剣だよ。いや、妖刀かなぁ?まぁいいや。その正体はさっきお婆ちゃんが言った通り、ボクの魔力を喰って魔力線を射出する装置さ。ここまで小型化するのってすっごく大変だったんだってさ。でも、おかげで魔力をつぎ込めばどこまでもその刀身を伸ばせる、刀身の無い刀になったってわけ。こいつの魔力線の収束能力は大したもので、ボクが全力で魔力を注げばその最大射程は100メートル近くにもなる。つまり、ボクはこの場から動くことなく、この場にいるほとんどの奴を切り殺すことだってできるんだぜ?」
「目に見えず、そしてどこまでも伸びる刀、か。なるほどのぅ。じゃが、その正体が魔力線ならば…」
バフォメットはそう言って大鎌を振り上げてそいつに突進する。
「わぁ!?魔力バリア?クヒッ。でも、無駄だよぉ〜。朔夜紫電流―縊斬り撫子―」
「ぐあぁっ!!」
バフォメットが胸から血を吹きだして倒れ込む。
「身体を覆う程に魔力バリアを広げちゃうとけっこう薄っぺらいんだぜ?無月の出力、いや、この場合僕の魔力量か。そんなの、いくらでも強く出来ちゃうんだからさ、全面バリアなんて無駄だよぉ〜」
そいつが嗤いながら再度刀を構える。
私はバフォメットの前に術式を収束させて。
「だから無駄だって!朔夜紫電流―縊斬り撫子―!」
しかし
バフォメットにその刃が届くことはなかった。
「あれぇ?おかしいなぁ」
私がバフォメットの前方に発生させた魔術は魔力の屈折と湾曲を行うバリアだ。
普通のバリアが貫通されるならまげて反らせてしまえばいい。
「ふん。カラクリが分かっちゃえばそんな玩具怖くないわよ!」
「ふぉふぉ。助けられてしまったのう」
バフォメットが治癒魔法を掛けながら立ち上がった。
「へぇ。あの短時間でそんな複雑な術式を…。そっか。シェルクと戦った時も、すっごい魔法使ってたもんね。さぁ〜っすが、お姫様。だね」
「ふん。どういたしまして。バフォメット、あいつはあの刀さえなければ私の魔法で拘束できるわ」
「ふぉっふぉ。そう言えばあの小娘は刀以外は使っておらんかったのぅ」
「ゲ…。まぁ、確かにさ、ボクもシェルクも魔法は苦手だけどさ…。でも、そんな簡単にはいかないっての!朔夜紫電流―圧し切り神楽―」
「そんな物っ!また曲げてやるわよ!」
私は自分の前方に魔力を湾曲するフィールドを展開する。が
――ガシャン
ガラスが割れるような音がして、魔法がかき消された。
「朔夜紫電流―狂楽歌舞伎―」
「え!?」
一瞬
身体の中を風が吹き抜けたように感じた。
――ブシュっ!
目の前に赤い飛沫が上がる。
膝に力が入らなくなって視界がどんどん上に…。
気づいたら、空を見上げて倒れる私をそいつが見下ろしていた。
「クヒっ。圧し切り神楽は魔術式そのものを断ち切る技だよ?残念だったね。まぁ、少し眠っててよ。また後で遊んであげるからさ」
私の視界からそいつが姿を消した。
体中に刻まれた傷の痛みで手足がマヒして力が入らない。
1つ1つの傷は大して深くない。でも、身体を起こすことができない。
うそ…また…。
「また…このパターン…な…の?…」※
――ガク
※第六話 参照
「ふぅ。さて、負け姫様は倒しちゃったよ。どうする?狂楽神楽は神経にダメージを与えて動きを封じる技。あの頑丈なお姫様でもしばらくは動けないよ?お婆ちゃん」
「……シリアス展開じゃなかったのか?…ま、まぁ良いのじゃ。しかしお主、クリスに止めを刺さぬとも良いのか?」
「そんなことしてたらどこかの卑怯なお婆ちゃんが後ろからいじめに来ちゃうでしょ。それに、そんなことしてせっかく仲良くなった魔王軍を敵に回したくはないしね」
「ふぉっふぉ。甘いのぅ。そんな事では王も英雄も程遠いのじゃ」
「いいんだよ。だってボクはただのシェルクの影だ。シェルクが王として、英雄と死んでくれれば、それだけでボクは満足なんだからさぁ!」
――ヒュ
奴の手から斬撃が飛んでくる。
しかし、慣れてしまえばこんなもの…。
「へぇ、うまく避けるじゃん」
「ふん。貴様の抜刀時の手の角度に注意すればいくら見えない刀身とて避けることぐらいはできるのじゃ!」
「でもでもぉ?避けてばっかで全然間合いを詰められないんじゃないのぉ?ねぇっ!」
――ビュッ
風切り音と共に微かに儂の頬に血が滲む。
流石にあの小娘の影を自称するだけはある。
その斬撃のキレ、速さはあの娘と同じ、いや。
あの娘と違い攻撃に何のためらいもない分だけ鋭く速い。
じゃが、付け入る隙はある。
確かにあの見えない伸縮自在の刀身は厄介じゃが、前回の聖剣に比べ抜刀の速度自体は遅い。
「え?あれぇ?」
儂は奴の斬撃を掻い潜り、懐まで攻め入る。
「ふぉふぉ。その剣の強みは圧倒的な間合いと重さの無い刀身を利用した高速の斬撃。しかし、こうして間合いを詰めてしまえばただの剣を相手にするのと何ら変わらぬ。避ける事だけに集中すれば、ほれ、この通り」
そう。通常、獲物は長くなればその分重く、切っ先の動きは遅くなる。
しかし、この剣は刀身に重さがない故にどれほど長くしようとも剣速が落ちることはない。
故に剣速自体を上げずとも間合いを開けば開くほど切っ先の速度は増し、相手はそれを避けることが困難となる。
だが、逆に言えばこうして間合いさえ詰めてしまえば剣速自体は普通の剣と何ら変わり無いのじゃ。
「くそっ!ババアの癖に!」
「ふぉっふぉ。老獪というものじゃ」
「くそ、くそぉ!」
追い詰められ、やみくもに斬撃を繰り出す娘。
しかし、まだ鈍いのじゃ。
「ガフッ!?…う…が…」
大鎌の柄で鳩尾に突きを入れてやる。
奴は呻き声を上げながら処刑台の下へと吹き飛ぶ。
「う…ぐぅ…」
「ふぉっふぉ。無理はするな。内臓に衝撃を与えた」
「う、うるさい。なんだよ。チクショウ。高いところから見下ろしやがってさぁ」
「お主は確かに強い。よくもまぁ魔物になったばかりでそこまでやったものじゃ。それに朔夜紫電流、じゃったか?お主の持つ多彩な技は並の魔物では歯が立たぬじゃろう(リリムの筈の娘が並の魔物レベルっていうのもアレじゃが…)」
「うるせぇ!少しさぁ、黙ってよ。…なんで…。なんでお前は…。おかしいだろ!お前は人間だったシェルクにさえ負けた。なのに、なのに何で同じバフォメットの身体になったボクがお前に勝てない!!?」
「ふん。あれは虚を突かれただけの事じゃ。それに、儂はあやつの攻撃を避けぬと約束した。じゃから避けずに受けてやった。じゃが、今回はお主の攻撃を避けぬ理由はないからのぅ」
「うるさい。うるさい…。畜生。魔物の癖に。畜生モドキの分際で…ボクの邪魔をするなぁぁぁ!!!」
突如、大声を上げる娘。
それに呼応して、一気に奴の魔力が膨れ上がる。
悪くない魔力じゃ。
人間程度では相手にもならぬじゃろう。
力だけならば今の儂と同等。
よくぞまぁ、元人間の身でこれほどの力を…。
じゃが。
「すまぬのぅ。儂は決めたのじゃ。お主の中にいるその娘、そやつを救うと。な」
儂は大鎌を地面に突き立てる。
「救いを拒むのはお主の勝手じゃ。しかし、儂とてサバトを束ねる主。その一員となる大事な娘をお主に殺されるのを指をくわえてみておるほど馬鹿じゃないのじゃ」
己の内にある力に語りかける。
そこに結んだ枷を、1つ、解いた。
――ゴゥ
内から力が溢れる。
処刑場の中にいたものが儂に気付いて動きを止める。
儂の魔力が上昇気流を生み、空で雲が渦巻く。
「な…ぁ……」
目下で小さなバフォメットが震える。
「どうしたのじゃ?震えておるぞ?」
「お、お前…なん…だよ。その力…」
「ふぉっふぉ。儂の力は少しばかり大きくてのぅ。抑え込んでおらねばそれだけで儂の居る場所を魔界へと変貌させてしまう。故に、普段は己の内に封印を施しておるのじゃ」
「こんな…嘘…だろ…」
「ああ。嘘かもしれぬ。のぅ」
「か、敵うわけ…ない?…」
「ふぉっふぉ。そうかもしれんのぅ」
「や、やだ。ぼ、ボクは認めない。ボクは、ボクは勇者シェルクだ!人間の希望に、英雄に…」
「お主はシェルクではない、じゃなかったかの?」
「うるさい!ボクが、ボクがシェルクを作って、シェルクに成ったんだ。ボクは完璧だ!だから…だから…」
そやつは、ふるえる膝を抑えながら、1歩、こちらへ向かってくる。
「お前さえ、お前さえ倒せばボクは!!」
「ふぉっふぉ。この力の差を見て尚、儂に立ち向かうか。その勇気、褒めてやるのじゃ」
「クヒ。クヒヒヒヒヒヒ。どぉ〜したのかなぁ?今は戦闘中だよ?そんなところで寝そべってちゃ危ないよぉ?」
ぐっ…。
痛い。
手足の色々なところから激痛を感じる。
私の隣でバフォメットも血を流して蹲っていた。
強い。
シェルクの姿をしたそいつは相変わらずシェルクと似つかわない歪んだ笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。
一瞬だった。
距離は剣撃の届く範囲から十分に離れていたはずだ。
なのに、あいつが剣を抜いた瞬間、私の手足には痛みが走った。
刀身も何も見えなかった。
本当に一瞬の事。
あいつは痛みを堪える私たちをその場から一歩も動かずニヤニヤと見下ろしていた。
「あれれぇ〜?どぉ〜したの?シェルクを救うんじゃなかったの?だめだよぉ?そんな事じゃいつまでたってもシェルクは救えないよぉ?ああ。そうか。そうやってボクが処刑されるのを待ってるんだね。うんうん。いい作戦だね。そしてすべてが終わった後でボクとシェルクの死体を持って帰って好きにするといいよ。かわいい可愛いシェルクの身体を舐め回して頬ずりして楽しむといいよ。心の済むまでシェルクの死体を可愛がってあげてね。クヒヒ」
「まったく…。かわいげの無いガキなのじゃ」
「もう。酷いこと言うなぁ。ボクはかわいいかわいいシェルクちゃんだぜ?そんなこと言われると、泣いちゃう…なぁあっ!」
また、
あいつが剣を抜いた瞬間、ずっと離れているはずのバフォメットが傷を負う。
どうして?
これがあいつの魔法なの?
それとも、あいつの持ってる剣が…。
「ほぅ…ほぅ…。なるほどのぅ。お主のその玩具、良く出来ておるではないか」
「へぇ。まだ立ち上がるんだ。どうしたの?やっとこの“無月”の正体でもわかった?」
「無月、というのか。その剣、いや、魔力線射出機は誰が作ったものじゃ?」
「クヒヒ。すごいね。そこまでばれちゃったら仕方ないか。はいはい。ご名答ぉ〜。おめでとぉ。この刀はね、無月って言って、開発したのは聖教府の技術部だよぉ。でも、聖教府の無能な連中じゃとうとう完成はできなかったんだよね。それで、ルキウスに言って作って貰ったのさ。お金もいっぱいかかっちゃったけど、僕等が死んじゃった後、ガラテアを好きにしたらいいよって言ったら許してくれたよ」
「ふん。そのような玩具のために国を売るとは…。見下げ果てた王様じゃのう」
「いいじゃん。どうせいつかはボクの物でもシェルクの物でもなくなるんだし。それに、きっとルキウスはあの国を悪いようにはしないはずさ。あいつがどんだけ冷静で冷血な奴だとしても、魔物との不戦協定は重要だし、それに、シェルクが一生懸命作りあげてきた国をあいつがそう簡単に壊すとは思えないしね。っと、ああ。話がそれちゃったね。この刀は“無月”。シェルクの聖剣として開発されたけれど、とうとう聖剣にはなれなかった出来損ないさ。居合の速さを追い求めた聖剣“紫電”とは別のコンセプトで開発された、魔剣だよ。いや、妖刀かなぁ?まぁいいや。その正体はさっきお婆ちゃんが言った通り、ボクの魔力を喰って魔力線を射出する装置さ。ここまで小型化するのってすっごく大変だったんだってさ。でも、おかげで魔力をつぎ込めばどこまでもその刀身を伸ばせる、刀身の無い刀になったってわけ。こいつの魔力線の収束能力は大したもので、ボクが全力で魔力を注げばその最大射程は100メートル近くにもなる。つまり、ボクはこの場から動くことなく、この場にいるほとんどの奴を切り殺すことだってできるんだぜ?」
「目に見えず、そしてどこまでも伸びる刀、か。なるほどのぅ。じゃが、その正体が魔力線ならば…」
バフォメットはそう言って大鎌を振り上げてそいつに突進する。
「わぁ!?魔力バリア?クヒッ。でも、無駄だよぉ〜。朔夜紫電流―縊斬り撫子―」
「ぐあぁっ!!」
バフォメットが胸から血を吹きだして倒れ込む。
「身体を覆う程に魔力バリアを広げちゃうとけっこう薄っぺらいんだぜ?無月の出力、いや、この場合僕の魔力量か。そんなの、いくらでも強く出来ちゃうんだからさ、全面バリアなんて無駄だよぉ〜」
そいつが嗤いながら再度刀を構える。
私はバフォメットの前に術式を収束させて。
「だから無駄だって!朔夜紫電流―縊斬り撫子―!」
しかし
バフォメットにその刃が届くことはなかった。
「あれぇ?おかしいなぁ」
私がバフォメットの前方に発生させた魔術は魔力の屈折と湾曲を行うバリアだ。
普通のバリアが貫通されるならまげて反らせてしまえばいい。
「ふん。カラクリが分かっちゃえばそんな玩具怖くないわよ!」
「ふぉふぉ。助けられてしまったのう」
バフォメットが治癒魔法を掛けながら立ち上がった。
「へぇ。あの短時間でそんな複雑な術式を…。そっか。シェルクと戦った時も、すっごい魔法使ってたもんね。さぁ〜っすが、お姫様。だね」
「ふん。どういたしまして。バフォメット、あいつはあの刀さえなければ私の魔法で拘束できるわ」
「ふぉっふぉ。そう言えばあの小娘は刀以外は使っておらんかったのぅ」
「ゲ…。まぁ、確かにさ、ボクもシェルクも魔法は苦手だけどさ…。でも、そんな簡単にはいかないっての!朔夜紫電流―圧し切り神楽―」
「そんな物っ!また曲げてやるわよ!」
私は自分の前方に魔力を湾曲するフィールドを展開する。が
――ガシャン
ガラスが割れるような音がして、魔法がかき消された。
「朔夜紫電流―狂楽歌舞伎―」
「え!?」
一瞬
身体の中を風が吹き抜けたように感じた。
――ブシュっ!
目の前に赤い飛沫が上がる。
膝に力が入らなくなって視界がどんどん上に…。
気づいたら、空を見上げて倒れる私をそいつが見下ろしていた。
「クヒっ。圧し切り神楽は魔術式そのものを断ち切る技だよ?残念だったね。まぁ、少し眠っててよ。また後で遊んであげるからさ」
私の視界からそいつが姿を消した。
体中に刻まれた傷の痛みで手足がマヒして力が入らない。
1つ1つの傷は大して深くない。でも、身体を起こすことができない。
うそ…また…。
「また…このパターン…な…の?…」※
――ガク
※第六話 参照
「ふぅ。さて、負け姫様は倒しちゃったよ。どうする?狂楽神楽は神経にダメージを与えて動きを封じる技。あの頑丈なお姫様でもしばらくは動けないよ?お婆ちゃん」
「……シリアス展開じゃなかったのか?…ま、まぁ良いのじゃ。しかしお主、クリスに止めを刺さぬとも良いのか?」
「そんなことしてたらどこかの卑怯なお婆ちゃんが後ろからいじめに来ちゃうでしょ。それに、そんなことしてせっかく仲良くなった魔王軍を敵に回したくはないしね」
「ふぉっふぉ。甘いのぅ。そんな事では王も英雄も程遠いのじゃ」
「いいんだよ。だってボクはただのシェルクの影だ。シェルクが王として、英雄と死んでくれれば、それだけでボクは満足なんだからさぁ!」
――ヒュ
奴の手から斬撃が飛んでくる。
しかし、慣れてしまえばこんなもの…。
「へぇ、うまく避けるじゃん」
「ふん。貴様の抜刀時の手の角度に注意すればいくら見えない刀身とて避けることぐらいはできるのじゃ!」
「でもでもぉ?避けてばっかで全然間合いを詰められないんじゃないのぉ?ねぇっ!」
――ビュッ
風切り音と共に微かに儂の頬に血が滲む。
流石にあの小娘の影を自称するだけはある。
その斬撃のキレ、速さはあの娘と同じ、いや。
あの娘と違い攻撃に何のためらいもない分だけ鋭く速い。
じゃが、付け入る隙はある。
確かにあの見えない伸縮自在の刀身は厄介じゃが、前回の聖剣に比べ抜刀の速度自体は遅い。
「え?あれぇ?」
儂は奴の斬撃を掻い潜り、懐まで攻め入る。
「ふぉふぉ。その剣の強みは圧倒的な間合いと重さの無い刀身を利用した高速の斬撃。しかし、こうして間合いを詰めてしまえばただの剣を相手にするのと何ら変わらぬ。避ける事だけに集中すれば、ほれ、この通り」
そう。通常、獲物は長くなればその分重く、切っ先の動きは遅くなる。
しかし、この剣は刀身に重さがない故にどれほど長くしようとも剣速が落ちることはない。
故に剣速自体を上げずとも間合いを開けば開くほど切っ先の速度は増し、相手はそれを避けることが困難となる。
だが、逆に言えばこうして間合いさえ詰めてしまえば剣速自体は普通の剣と何ら変わり無いのじゃ。
「くそっ!ババアの癖に!」
「ふぉっふぉ。老獪というものじゃ」
「くそ、くそぉ!」
追い詰められ、やみくもに斬撃を繰り出す娘。
しかし、まだ鈍いのじゃ。
「ガフッ!?…う…が…」
大鎌の柄で鳩尾に突きを入れてやる。
奴は呻き声を上げながら処刑台の下へと吹き飛ぶ。
「う…ぐぅ…」
「ふぉっふぉ。無理はするな。内臓に衝撃を与えた」
「う、うるさい。なんだよ。チクショウ。高いところから見下ろしやがってさぁ」
「お主は確かに強い。よくもまぁ魔物になったばかりでそこまでやったものじゃ。それに朔夜紫電流、じゃったか?お主の持つ多彩な技は並の魔物では歯が立たぬじゃろう(リリムの筈の娘が並の魔物レベルっていうのもアレじゃが…)」
「うるせぇ!少しさぁ、黙ってよ。…なんで…。なんでお前は…。おかしいだろ!お前は人間だったシェルクにさえ負けた。なのに、なのに何で同じバフォメットの身体になったボクがお前に勝てない!!?」
「ふん。あれは虚を突かれただけの事じゃ。それに、儂はあやつの攻撃を避けぬと約束した。じゃから避けずに受けてやった。じゃが、今回はお主の攻撃を避けぬ理由はないからのぅ」
「うるさい。うるさい…。畜生。魔物の癖に。畜生モドキの分際で…ボクの邪魔をするなぁぁぁ!!!」
突如、大声を上げる娘。
それに呼応して、一気に奴の魔力が膨れ上がる。
悪くない魔力じゃ。
人間程度では相手にもならぬじゃろう。
力だけならば今の儂と同等。
よくぞまぁ、元人間の身でこれほどの力を…。
じゃが。
「すまぬのぅ。儂は決めたのじゃ。お主の中にいるその娘、そやつを救うと。な」
儂は大鎌を地面に突き立てる。
「救いを拒むのはお主の勝手じゃ。しかし、儂とてサバトを束ねる主。その一員となる大事な娘をお主に殺されるのを指をくわえてみておるほど馬鹿じゃないのじゃ」
己の内にある力に語りかける。
そこに結んだ枷を、1つ、解いた。
――ゴゥ
内から力が溢れる。
処刑場の中にいたものが儂に気付いて動きを止める。
儂の魔力が上昇気流を生み、空で雲が渦巻く。
「な…ぁ……」
目下で小さなバフォメットが震える。
「どうしたのじゃ?震えておるぞ?」
「お、お前…なん…だよ。その力…」
「ふぉっふぉ。儂の力は少しばかり大きくてのぅ。抑え込んでおらねばそれだけで儂の居る場所を魔界へと変貌させてしまう。故に、普段は己の内に封印を施しておるのじゃ」
「こんな…嘘…だろ…」
「ああ。嘘かもしれぬ。のぅ」
「か、敵うわけ…ない?…」
「ふぉっふぉ。そうかもしれんのぅ」
「や、やだ。ぼ、ボクは認めない。ボクは、ボクは勇者シェルクだ!人間の希望に、英雄に…」
「お主はシェルクではない、じゃなかったかの?」
「うるさい!ボクが、ボクがシェルクを作って、シェルクに成ったんだ。ボクは完璧だ!だから…だから…」
そやつは、ふるえる膝を抑えながら、1歩、こちらへ向かってくる。
「お前さえ、お前さえ倒せばボクは!!」
「ふぉっふぉ。この力の差を見て尚、儂に立ち向かうか。その勇気、褒めてやるのじゃ」
14/04/20 00:41更新 / ひつじ
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