第二十六話 死神対死神
――ガキン
剣撃。
お互いに得物は短剣。
そして、同じ技。
「ハァ…ハァ…。埒があきませんね…」
「お互いに同じ技です。手の内は見え透いている。ニアさん。諦めてください」
クレアさんは両手に逆手に持ったナイフを構えて言った。
しかし
「諦めると思っているのですか?あなたが逆の立場で、処刑されようとしているのがルキウス様なら貴女はあきらめないでしょ?」
「ふふ…。あの方ならそもそもこんな状態にはなりません」
「それは答えになっていませんよ」
「…そうですね。もし、そうなったならば、私は命を懸けてルキウス様を救出するでしょうね。諦めようなどとは、考えない。すみません。意味の無い問いかけでした」
「なら、そこを退いてください」
「それはできかねます」
クレアさんはナイフを手に踏み込む。
左手か右手か…。
僕の目前で左足を踏み込む。
左っ!
――ガキィン
一撃を防ぐ、しかし次の瞬間にはクレアさんの身体は僕の右側面へ回り込むだろう。
僕はそれを先読みし、
――ズパっ
「えっ!?」
僕の左腕に切り傷が刻まれる。
「ふふ…。どうして左に?でしょうか」
「…今、僕の動きを」
僕がクレアさんの動きに反応する事を読んでの動き。
いや、そんなレベルではない。
こちらの動きが彼女には見えている?
「何の不思議もありません。あなたに特殊な変装術がある様に、私には特異な魔力察知能力がある。私と同じ死神である貴方ならわかるはずです」
「僕の魔力泳動を察知して僕の動きを先読みしている…」
魔力泳動。
魔物たちが人間と同じ、いや、それ以上に華奢な身体でいながらに、人間を遥かに超える身体能力を持つ理由。
それは体内に内包する魔力を無意識に四肢に送り身体を強化しているからだ。
これは運動神経と連動して起こり、魔物の場合、それは無意識に自然的に行われる。
それによって魔物は内包魔力の量に応じて華奢な身体であっても莫大な力を発揮できる。
また、それらは防御に置いても発揮され、体内に内包する魔力を一時的に体表に回すことで魔法や物理的な攻撃から身を守ることができる。
だが、彼女はその体内に流れる魔力の動きから僕の行動を常に先読みできる。
それは経験や勘に頼って相手の動きを先読みするのとはわけが違う。
常にリアルタイムで相手の動きを察知し、その先手を打つことができる。
最早それは未来予知に等しい。
そして、防御に回す魔力の薄い個所に的確に攻撃を咥えれば、小さな力でも着実にダメージを与えられる。
「なるほど…。それで先ほどから一度もあなたを捕えることができないというわけですか…」
「どれほど速く、どれほど強くても、私はその動きの逆を突き、正確に弱点を攻撃できます。あなたに勝ち目はありませんよ」
彼女の言うとおり。
こちらの動きをすべて読まれてしまうとなれば、こちらに勝ち目はない。
「しかし、その技にも弱点は存在します。魔物たちは魔力泳動を無意識に行っているため、その流れを止める事は非常に難しい。しかし、僕ら人間はそれを鍛錬によって会得する。そのため、魔力で身体を強化しようとしなければ、貴方も僕の動きを先読みできないはずです」
「ふふ。身体強化無しで私の動きに対応できますか?」
そう。
普通に考えれば、身体強化をしなければ、身体強化を常に行っている一部の人間や魔物相手ではまともに戦う事もできはしない。
でも、その思い込みこそが、彼女の最大の弱点だ。
僕は全身に行き渡らせていた魔力を抑え、身体強化を完全に停止する。
「ふふ。その状態では貴方はただの少年です。この勝負、私の勝ちですね」
眼前のクレアさんの姿が消える。
魔力強化していない今の僕の動体視力ではその動きを見る事も出来ない。
――グサッ
鈍い感触。
刃物によって肉が貫かれる感覚。
「え?」
クレアさんは太腿から血を流し、その場に崩れ落ちた。
「その足ではもう僕を止めることはできないでしょう。この勝負、僕の勝ちです」
「な、どうして?私は確かに貴方を…」
クレアさんは苦痛に顔を歪めながら、足を抑えて尋ねる。
「あなたは勘違いをしていました。僕の特技は変装などではありませんよ。これは、僕の持つ技の中では初歩の初歩です」
「じゃあ…いったい…」
「僕の特技は内包魔力の属性変換です。変装はそれを使って魔力組成や外見を変えているだけです。そして、それを応用すれば、こんな事もできる」
僕は僕の身体をその場に残したまま、クレアさんの背後に移動する。
いや、正確には、内包魔力の残片をその場に残し、僕自身はクレアさんの背後に回り込んだのだ。
「そんな…これはまるで」
「分身です。それもちゃんと魔力の一部はその場に残存している。魔力察知能力の極端に高いあなたには“実体のある残像”の様に映るでしょう」
「そんな…それほどの力を」
「あなたの魔力察知、探査能力も見事です。でも、1対1なら僕の方に分があった。それだけの事です。…お休みなさい」
「ぐっ!……」
僕はクレアさんの首筋に手刀を入れ、クレアさんを気絶させた。
そして、処刑台の上で戦いを広げるシェルク様とクリスさんの場所へ向かって走り出した。
「クレア。すまなかったね。苦手な戦闘をさせてしまったようだ。まぁ、彼女の我侭に付き合うのもこれが最後だ。大丈夫。事後の処理はもう済ませてあるよ。私たちは、お茶でも飲みながら事の顛末を観察しようじゃないか」
ルキウスは自分の羽織っていたマントの裾を千切ると未だに痛々しく血を流すクレアの脚を縛り、優しくその身体を抱き上げた。
『ボクの邪魔をするなぁぁぁ!!!』
少し離れた所からツバキの声と、大きな戦闘音。
そして、処刑場の各所から魔女たちと人間の争いの声が響く。
「ここは少し騒がしいね。静かな場所に移動しよう。目が覚めたら、またお茶を入れてくれたまえ」
ルキウスはクレアを抱きかかえたまま、処刑場から姿を消した。
剣撃。
お互いに得物は短剣。
そして、同じ技。
「ハァ…ハァ…。埒があきませんね…」
「お互いに同じ技です。手の内は見え透いている。ニアさん。諦めてください」
クレアさんは両手に逆手に持ったナイフを構えて言った。
しかし
「諦めると思っているのですか?あなたが逆の立場で、処刑されようとしているのがルキウス様なら貴女はあきらめないでしょ?」
「ふふ…。あの方ならそもそもこんな状態にはなりません」
「それは答えになっていませんよ」
「…そうですね。もし、そうなったならば、私は命を懸けてルキウス様を救出するでしょうね。諦めようなどとは、考えない。すみません。意味の無い問いかけでした」
「なら、そこを退いてください」
「それはできかねます」
クレアさんはナイフを手に踏み込む。
左手か右手か…。
僕の目前で左足を踏み込む。
左っ!
――ガキィン
一撃を防ぐ、しかし次の瞬間にはクレアさんの身体は僕の右側面へ回り込むだろう。
僕はそれを先読みし、
――ズパっ
「えっ!?」
僕の左腕に切り傷が刻まれる。
「ふふ…。どうして左に?でしょうか」
「…今、僕の動きを」
僕がクレアさんの動きに反応する事を読んでの動き。
いや、そんなレベルではない。
こちらの動きが彼女には見えている?
「何の不思議もありません。あなたに特殊な変装術がある様に、私には特異な魔力察知能力がある。私と同じ死神である貴方ならわかるはずです」
「僕の魔力泳動を察知して僕の動きを先読みしている…」
魔力泳動。
魔物たちが人間と同じ、いや、それ以上に華奢な身体でいながらに、人間を遥かに超える身体能力を持つ理由。
それは体内に内包する魔力を無意識に四肢に送り身体を強化しているからだ。
これは運動神経と連動して起こり、魔物の場合、それは無意識に自然的に行われる。
それによって魔物は内包魔力の量に応じて華奢な身体であっても莫大な力を発揮できる。
また、それらは防御に置いても発揮され、体内に内包する魔力を一時的に体表に回すことで魔法や物理的な攻撃から身を守ることができる。
だが、彼女はその体内に流れる魔力の動きから僕の行動を常に先読みできる。
それは経験や勘に頼って相手の動きを先読みするのとはわけが違う。
常にリアルタイムで相手の動きを察知し、その先手を打つことができる。
最早それは未来予知に等しい。
そして、防御に回す魔力の薄い個所に的確に攻撃を咥えれば、小さな力でも着実にダメージを与えられる。
「なるほど…。それで先ほどから一度もあなたを捕えることができないというわけですか…」
「どれほど速く、どれほど強くても、私はその動きの逆を突き、正確に弱点を攻撃できます。あなたに勝ち目はありませんよ」
彼女の言うとおり。
こちらの動きをすべて読まれてしまうとなれば、こちらに勝ち目はない。
「しかし、その技にも弱点は存在します。魔物たちは魔力泳動を無意識に行っているため、その流れを止める事は非常に難しい。しかし、僕ら人間はそれを鍛錬によって会得する。そのため、魔力で身体を強化しようとしなければ、貴方も僕の動きを先読みできないはずです」
「ふふ。身体強化無しで私の動きに対応できますか?」
そう。
普通に考えれば、身体強化をしなければ、身体強化を常に行っている一部の人間や魔物相手ではまともに戦う事もできはしない。
でも、その思い込みこそが、彼女の最大の弱点だ。
僕は全身に行き渡らせていた魔力を抑え、身体強化を完全に停止する。
「ふふ。その状態では貴方はただの少年です。この勝負、私の勝ちですね」
眼前のクレアさんの姿が消える。
魔力強化していない今の僕の動体視力ではその動きを見る事も出来ない。
――グサッ
鈍い感触。
刃物によって肉が貫かれる感覚。
「え?」
クレアさんは太腿から血を流し、その場に崩れ落ちた。
「その足ではもう僕を止めることはできないでしょう。この勝負、僕の勝ちです」
「な、どうして?私は確かに貴方を…」
クレアさんは苦痛に顔を歪めながら、足を抑えて尋ねる。
「あなたは勘違いをしていました。僕の特技は変装などではありませんよ。これは、僕の持つ技の中では初歩の初歩です」
「じゃあ…いったい…」
「僕の特技は内包魔力の属性変換です。変装はそれを使って魔力組成や外見を変えているだけです。そして、それを応用すれば、こんな事もできる」
僕は僕の身体をその場に残したまま、クレアさんの背後に移動する。
いや、正確には、内包魔力の残片をその場に残し、僕自身はクレアさんの背後に回り込んだのだ。
「そんな…これはまるで」
「分身です。それもちゃんと魔力の一部はその場に残存している。魔力察知能力の極端に高いあなたには“実体のある残像”の様に映るでしょう」
「そんな…それほどの力を」
「あなたの魔力察知、探査能力も見事です。でも、1対1なら僕の方に分があった。それだけの事です。…お休みなさい」
「ぐっ!……」
僕はクレアさんの首筋に手刀を入れ、クレアさんを気絶させた。
そして、処刑台の上で戦いを広げるシェルク様とクリスさんの場所へ向かって走り出した。
「クレア。すまなかったね。苦手な戦闘をさせてしまったようだ。まぁ、彼女の我侭に付き合うのもこれが最後だ。大丈夫。事後の処理はもう済ませてあるよ。私たちは、お茶でも飲みながら事の顛末を観察しようじゃないか」
ルキウスは自分の羽織っていたマントの裾を千切ると未だに痛々しく血を流すクレアの脚を縛り、優しくその身体を抱き上げた。
『ボクの邪魔をするなぁぁぁ!!!』
少し離れた所からツバキの声と、大きな戦闘音。
そして、処刑場の各所から魔女たちと人間の争いの声が響く。
「ここは少し騒がしいね。静かな場所に移動しよう。目が覚めたら、またお茶を入れてくれたまえ」
ルキウスはクレアを抱きかかえたまま、処刑場から姿を消した。
14/04/20 00:41更新 / ひつじ
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