朝、目が覚めて
真っ先に思い浮かぶ

『ふふふ…。大丈夫だ。いずれ苦しいのも気持ちよくなるらしいぞ？』

あの悪魔の顔…

「あうぅ…腹筋が……」

私はお腹からくるチクチクとした痛みに耐えかね、ゴロンとうつ伏せになり起き上がった

「シェルクめぇ〜〜〜！」

湧き上がる怒り

『ふふ。また悪いことしたら、いつでもやってあげるからね♪おねぇちゃん♪』

と恐怖

――ガクガクブルブル

「ま、まぁ、今回はこれぐらいで許してあげるわ」

誰にともなく言う

「何をじゃ？」

と、隣でバフォメットがむくりと起き上がった　　　　　　　…ブッ！

「ぎゃぁははははははは〜〜〜いててあ〜〜〜はは痛い痛いあははあぁぁぁ！！」
「……なんじゃ？笑うのか痛がるのかどちらかにするのじゃ」
「だ、だってぶふっ！痛〜い！うぅ…」

私は笑いながら腹筋の痛みに苦しみ、それでも笑った
だって、だってこんなの…ブフッ！

「なんなのじゃ！？いったいどうしたというのじゃ！？」
「ぎゃはははは！あっぁぁぁ！いたたたっ！ひ、ひぃ〜〜〜。わ、笑いながら怒るバフォメット。ひ、ひぃぃ〜〜」
「ん？」
「か、鏡。鏡を見てきて。ブフッ！だめぇ〜。こっち向かないでぇ〜〜。あはははは〜」
「ん〜？いったい何がどうしたと……なんじゃこりゃぁぁぁぁああ！？」

鏡の前で叫ぶバフォメット
叫びながらもバフォメットの顔は満面の笑みを浮かべていた



「まったくもう。まったくもう。まったくもうだよまったくもう！なのじゃ！シェルクのせいなのじゃ！」
「ギャハハハ！だから笑いながら怒らないでよ！ひ、ひぃぃ〜〜」
「お主も笑いながら苦しむでないのじゃ」

私の腹筋、そして、バフォメットの顔に起きた異変の原因は昨夜の「お仕置き」だった
世にも恐ろしいそのお仕置き…
その名も

“くすぐり地獄”

あの恐ろしい行為はバフォメットが過呼吸で倒れるまでの間続いた…
笑顔のまま気絶したバフォメット
腹筋が崩壊した私
2人の犠牲者を残し、シェルクは満足そうに去って行った
人間って、なんて恐ろしい生き物なの！？
ガクガクブルブル

「あやつのせいなのじゃ！顔の筋肉が笑ったまま固まっておるのじゃ！」
「ブハハハハ！だから笑いながらおこ…いたたたた！！」
「儂は怒っておるのじゃ！」
「笑ってるじゃん！あはははは！いたたたた！！」
「むきぃぃぃぃぃぃ！！！絶対に許さんのじゃ！！！」
「ぎゃはははは！あ゛ぁ〜〜〜っ！」








「はぁ〜。いたたた〜。朝からえらい目にあったわ…」

私はぐったりと項垂れ、おなかを摩りながら歩いていた
朝からとんだ不意打ちだわ
まさか笑いながら怒るバｆ…

「ぶふっ！あぎゃあ！いたたたたっ！」

私は思い出し笑いで悶える

「あれ？どうされました！？お加減がよろしくないのですか？」

と、駆け寄ってきたのは一人の魔女だった
ニーソ、ミニスカ、大きなとんがり帽子
その下から覗くプラチナブロンドの髪とマリンブルーの瞳

「か、かわいぃ…」
「え？」
「はぁはぁ…」

私の息が荒くなる
発作だ
そう。あの日、シェルクを魔物へと生まれ変わらせたあの日
あの日以来芽生えてしまった感情
それがまるで発作のように私の身に襲いかかる
ろり〜んろり〜ん　はぁはぁ
なに？このかわいい生き物！？
なに！？この全ての人から愛されるために生まれてきましたみたいな小さくてかわいい身体？
なに！？この可愛がってもらうことが当たり前みたいなかわいい顔？

「もう辛抱たまらぁ〜ん！」
「え？わぎゃぁぁっ！？」

私は身体の命じるまま、幼女を押し倒していた

「はぁはぁ…。お、お嬢ちゃん…お、おパンツ…じゃなかった。お名前、なんていうの？ハァハァ」
「あ、ちょ！やめてください！クリステア様！？」
「ハァハァ…」
「ぎゃぁぁぁ！目、目が怖い！！なんか肉食獣の目になってますよ！？ハンターの目になってる！！」
「そうよ。私は恋のハンター。貴女という幼女を狩りとって食い尽くす愛の肉食獣…」
「なんか言ってることおかしい、この人！！！？」

私の身体の下で暴れる幼女
ふふふふふふふ

「かわいいわ〜。食べちゃいたい……。そうだ、ロリ犯そう」
「そんな『そうだ、京都行こう』みたいな感じで言わないでぇぇ！！？」
「ふふふ。無駄よ。貴女はもはや、まな板な上にロリ！」
「あ、ちょ、だめぇぇ！スカートめくらないでぇぇぇ！！！」

あぁ
恥じらいに涙を浮かべる幼女
ハァハァ

あれ？
私っていつからこんな変態に…？
で、でも……

「あぅぅ…。や、やめてください…」

羞恥で顔を真っ赤にして涙を浮かべる幼女
うん
そうだよね
可愛いって正義よね
つまり私の行動に何の矛盾もないわ
そうときまれば…

「いっただっきま〜す♪」
「ぎゃぁぁぁぁぁ！！」

「まてまて…」

――ガシ

「え？」

――ぷらーん

気が付けば、私は後ろ襟を掴まれて持ち上げられていた

「あれ？私、魔力を封じられてるはずなのに、飛んでる？」

私は地に足のつかない心地で後ろを振り返った

「おい、クリス。それは私のものなのだが、何をしていたのだ？」

と、そこには見知った顔の大人の女性がいた

「ケッ。なんだ、ババアか。放して。私は今から幼女を戴くのよ」

――プチン

目の前の女からそんな音が聞こえた気がした

「いいかげんに……しろぉぁぁぁ！！」

――ゴチーン！

「あぎゃぁぁぁぁ！」

強烈な衝撃が私の頭に走った
と、その瞬間私は正気に戻った

「いた〜い。…あれ？私は何をして…？？？」
「ふぅ…。やっと正気に戻ったか…」
「あれ？シェルク？人間に戻ってる？」

私は立ち上がってシェルクを見上げた
目の前にいたのはかわいいバフォメットではなく
凛々しい人間の女性の姿をしたシェルクだった

「いや、これは化けているだけだ。ほら、こうすれば…」

――ポン

そんな音がして、目の前の女性が消える
代わりに現れたのは、見目麗しい幼女だった

「ほらな。ふふ…ニアから変装の魔法を教わってな。こうして化けて……ん？クリス？なんだ？その目は？」
「はぁはぁ…。幼女…ハァハァ…」
「……正気に戻れっ！！」

――ゴチーン

「あふぅっ！？」

目の前の幼女が少し飛び上がり、もふもふの手で私の頭を殴ってきた

「ハッ！？私は何を！？」
「……お前は私以上の病気だな…」

可愛いバフォメットは、じと…　と私を見てきた

「あ、あははは…。かわいいものを見ると、つい…」
「…まぁ、気持ちはわからんでもないがな…チラ」

ジパングのユカタに身を包んだバフォメットが先ほどの可愛い魔女の方を見た

「こうして見ると…ｺﾞｸﾘ　はぁはぁ…ほんとうにかわいいなぁ…ハァハァ」
「お前もかいっ！」

――ゴチーン

「あうっ！？いったっ！な、何するのよ！？」
「え？」
「あ…。ゴホン。すまない。私もつい病気が…」

今、シェルクの声音と口調が少し変わったような…？

「ところでこの魔女は誰？魔物たちはみんな砦に帰ったんじゃなかったの？」
「ん？あぁ…。ほほぉ〜。魔界の姫すらも騙せるとは…流石はニア。見事な変装術だ」
「え！？ニア！？」

私は驚いて魔女を凝視した
すると、私の視線が恥ずかしいのか、少し頬を赤くしてもじもじとする魔女
か、かわいぃ…
ハッ！
じゃなかった…

「う〜ん。どこからどう見ても魔女よ？魔力だってちゃんと魔物のだし…」
「ふふ。魔力もそう見えるように魔法で変えておるのだ」
「あ、えっと…。今、魔法を解きますね…」

――すぅ…

魔女から感じる魔力が、突然人間の
それも男性の精の匂いの混じったものに変わる
そして、その姿も

――ぐぐ

少しだけ身長が伸び
ふっくらと柔らかそうだった幼い肌が、ほんのちょっぴり引き締まる

「でも格好はそのままなのね…」
「あ、あんまりみないでください…///」
「ふふ…。女装したショタ、もといニア…ハァハァ」
「ちょっと、よだれ、垂れてるわよ？」
「おっと、いかんいかん」

シェルクは鼻の下の伸びたダレきった表情から一瞬で戻ると、よだれをすすった

「どうだ？ニアの変装術は？なかなかにすごいものだろう？」
「すごいなんてもんじゃないわ。私だって見抜けなかったわよ。これで砦に入り込んでいたのね…。そりゃ気づかないわけだわ…」
「そうだろうそうだろ！？なんたって私のニアだからな！」

胸を張って本物のバフォメットのように威張るシェルク
その姿がなんだかかわいい

「ところで、なんで二人とも変装を？」
「ん？ああ。私は公務があったのでな。私のこの姿を知る者はまだ少ない。だから、混乱を避けるために変化の術を使って前の姿を装っていたのだ」
「僕はこれからカロリーヌさんと魔界へ戦後協定の取り纏めに」
「へぇ〜。それでシェルクは人間に、ニアくんはルティちゃんに化けてたのね」
「うぇうぇ…ルティちゃんかわいいよ、ルティちゃん」

また鼻の下が伸びてどろっどろの腑抜けた表情に変わるシェルク

「か、からかわないでくださいよ！」

それにぷりぷり怒るショタ

――ｼﾞｭﾙﾘ

しょ、ショタもいいわね…
ハッ！？
私は危うくまた新たな扉を開いてしまうところだったわ！
ニア…恐ろしい子！

「あ、そうだ。クリステア様」
「ん？なぁに？クリスでいいわよ？」
「じゃ、じゃあ…えっと。クリスさん…」

――シャキン(｀・ω・´)　　　　　　　　　※クリスが新たな扉を開いた

「あの、バフォメット様はどちらに？」
「ああ。かわいくない方のバフォちゃんなら、部屋でぐぅたれてるわ」
「ん？ニア？本当にバフォを連れて行くのか？」
「はい。その方が何かと都合がいいので。クリスて…く、クリスさんのお姉様との交渉にも顔が利くそうですし」

『クリスさん』をぎこちなく言うニアきゅん
か、かわいい
あ、あれ、魔物にしちゃダメかな？
きっとかわいいアルプに…ハァハァ

「……ニアを魔物に変えようなどと思うなよ？あれをインキュバスにするのは私だ」

――ゾク

ふいに背後から耳打ちが入る
幼女とは思えない低く恐ろしい声音と殺気
そして、背後から立ち上がってくる黒く禍々しい魔力の霧

「ア、アハハハ…ソ、ソンナコト思ッテマセンヨ？」

私は恐怖のあまり口が回らなかった

「うむ。ならばよろしい」

――ふぅ

不意に喉元まで迫っていた魔力が消えた

――へた…

私は足から力が抜けてへたり込んだ
どっと汗が噴き出る

「どうされました！？」

慌てて寄ってくるニアく…ニアさん

「ああ。きっと昨日の私のお仕置きで疲れたのだろう。案ずるな。私の部屋へ連れて行き、休ませよう。お前はきっちりと仕事を頑張れ。お前とカロリーヌには平和への架け橋をかけてもらわねばならんのだ」
「はい！」
「うむ。留守の間は心配するな。しっかりと協定を結んでくるのだぞ」
「はい。行ってきます！」

そう言ってニアさんは廊下をむこう側へと歩いて行った

「ふふ。どうした？クリス？立てんのなら肩を貸してやろうか？」
「ひぃっ！？だ、大丈夫…です！」

私は慌てて立ち上がった

「いや。すまない。そこまで脅す気はなかったのだ」

にこりと
いつもの優しい微笑を浮かべるシェルク

「私も魔物になってしまった。ニアの事を、愛する者の事を考えるとどうしても理性の働きが鈍ってしまってな。奴の為ならば世界を捨てても構わないと思えるほどにな」

――ぞわ…

「ひ…」

再びシェルクの身体から黒い魔力が湧き上がる

――ふぅ

しかし、次はすぐにその魔力は消えてしまった
私はほっとした

「なんてな。今の私はまだ人間の王だ。今はまだその時ではない」
「今は？」
「ふふ。私もこんな体だ。いつまでも王をやってはおれんさ」
「王様を辞めちゃうの？」
「ああ。私が国を任せられる人物が現れたなら、その時にな」
「ふ〜ん。そうしたらシェルクはどうするの？」
「ふふ。さあな。しかし、きっと私は自分のために生きるだろう。魔物として、私のために私の愛するニアのために、全てを捧げたい。そう思っている」
「ふふ。そっかぁ」

まるで将来の夢を語る少女のようなシェルク
それが少しおかしくて、私は笑った

「そんな第二の人生…いや、魔物としての生をくれたお前には、感謝してるよ」
「…でも、私のせいで王様を辞めちゃうんじゃないの？」

言って
そして不意に不安に思った
そうだ
シェルクが王様をやめなくちゃいけない原因を作ってしまったのは私だ
もしかして…
シェルクは私に怒ってるのかな…

「ふふ。心配するな。今回の事でつくづく思い知った。私は王の器ではない」
「でも！シェルクほど立派な王様は見たことないわ」
「なにせ私は優秀だからな。ははは。しかしな、クリス。人には生まれ持った運命というものがある」
「運命？」
「ああ。それは自分の努力である程度は変えられるが、しかし、それは川の流れを変えるほどに難しいことだ。私は勇者としては優秀な人間だったと自負している。しかし、王となるにはあまりにも器が足りなさすぎた。他人を信じられぬ王はいずれ自分のために国を犠牲にしてしまう」

少しうつむいたシェルク
しかし、その言葉は私にも少なからず突き刺さった

「しかしな、クリス。私は、お前には才があると思うよ」
「え？」

突然の話だった

「あの日。お前が私の心を受け止めて、魔物へと変えてくれたあの時。私は感じた。お前の中には、何十、何百。いや、何万、何億という人を包み込めるだけの器があった」
「そんなこと…。あるはずない」
「どうしてだ？」

だって
私は
わがままで
自分勝手で
いつも失敗ばっかり
お姫さまだからって、姉さまや侍女に甘えてばかりで…
そんな私が…

「………」
「ふふ。確かに今のお前の器は、まだ口を細く開けたばかりだ」

シェルクが私の頬を両手で持ち上げて、顔を覗きこんできた
シェルクの肉球から伝わる温かさ
それが、言葉と一緒に胸の中へ流れ込んできて

「しかしな、クリス。王に必要なのは大きな懐と、自分の素直な心を伝えるための口と、皆の声を聴く耳と、皆の心を読み取る目だ。お前の中には私をすっぽりと覆い包む大きな器と、私の中にまで響いてきた声と、そして私の本心を聞いてくれた耳と、そして、その大きな瞳がある。お前は私がどれほど望んでも手に入れられない物を産まれ持っているんだよ。だから、お前はその耳と目を磨け。そしてその口で皆を導き、その大きな器で皆を護ってやればいいの。クリスならそれができるよ。いつかきっと」

私の事全てを見通すようなシェルクの瞳が揺れていた
まるで夢を見る少女のような濁りひとつない綺麗な瞳

「ずるいわ…」

私の口から洩れたのはそんな言葉だった

「どうして？」
「だって、シェルクからそんなこと言われたら…。私、そうなるしかないじゃない」
「ふふ。そうね。そうなって。そして私を、私たちを護って」

――きゅ

シェルクが私の胸に抱き着いてきた
小さな腕が私にまわされて

「うん。頑張ってみる。いつか、きっと」

私もシェルクの頭を抱きしめた



「さて、いい事も言ったことだし、クリス。私は午後まで暇があるのだ」
「え？何よ？急に」
「ふふ。これから数日、もしかしたら一週間もニアと会えぬかもしれない」

――じり…

シェルクが突然悪い顔で近づいてきた
頭の中で警報が鳴る
身の危険

「ふふ。この身体は軽くて動きやすいし、魔力も豊富でいいのだが、疼いて仕方なくてな…」
「あ、ちょっと私急用があるのを思い出したわ」

――ガシ

しかし回り込まれた

「クリスぅ〜。私が男を抱いてしまえばニアへの浮気になってしまうしぃ〜。だからお前しかいないんだよぉ〜」
「甘えた声を出してもだめ！ちょ、なんか魔力が私の身体に入ってきてる！？」
「ふふ。誘惑の魔力だ。魔物は大変だな。無意識にこんなものが出てしまうのだ」
「絶対わざとだ！」
「おねがい♪おねぇちゃん♪」

――キュン

胸が一瞬ときめいた
しかし、負けるな私！
こんな腹黒幼女に…

「えへへぇ〜。おねぇ〜ちゃ〜ん」

――すりすり

「（ごくり）」

身体が少しずつ火照ってくる
あ、私の身体から無意識に魔力が放たれる

「はぁ…はぁ…」
「おねえちゃんの魔力、暖かくて優しいねぇ〜。さ、私の部屋はあっちだよ〜」

…………
クリス、行っきま〜す




そうして私は幼女に引っ張られるまま夢の世界へ旅立った…


.　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　――第一部　完――

■作者メッセージ
シェルクさんの表と裏が行ったり来たり
男を食べて浮気になるんだったら
女を食べればそれはデザートだよね！
という謎理論の下、クリスさんは犠牲となったのだ

しかしニアきゅんかわいいなぁ…
ロリコンばっかのヒロイン達を見てると彼こそが真のヒロインな気さえしてくるぜ…ｺﾞｸﾘ…
ショタを食べたとしても、それはスイーツだよね！

ちょっとキリがついて、ストックもなくなったので、しばらく書きためるために更新が一時止まります。
冗談で「第一部　完」と書きましたが、もう２，３部終わってますw
ぼちぼち終わりが見えてきました
別に驚きの展開もバッドエンドもありませんが、ほのぼの見ていてください
あったとしても最後の二転三転ぐらいです