連載小説
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第十三話 王を思う心

私はバラガス、カロリーヌ、ニアを前に私の自室で今後の事について話し合っていた
会議室で正式な会議を行えないのは魔物になってしまった私の姿を隠すためだった
表向きには私は魔物たちから受けた傷で体調を崩したということになっている
とは言っても、あの後城に入ってきたこの3人を含め、一部の兵と幹部たちには伝わっている話だったが…

「同盟締結は順調に済みそうか?」

私の質問にニアが答える

「えっと、それが、フリーギア側は今回の勝利は我々の力によるところが多いと、当初の契約よりも多くの利権を欲しがって契約文書のサインを出し渋っています」
「はぁ…。全く、あの国の元老院のジジイどもが何かをたくらんでいるようだな…。わかった。そちらの方は私から王に直接談義を申し込む」

私は前王の私を見下したような笑みを思い出していた
あいつはその後病気で亡くなったと聞いていたが、奴の残した負の遺産が未だにあの国にはごっそりと残っているに違いない

「不戦協定の方はどうなっているのだ?」
「あ、はいぃ〜。えっとぉ、魔王軍の将軍であるリスティア姫がぁ、『するする!どんな協定でも結ぶから!早く私のクリスちゃんを返してぇぇぇぇぇぇぇ!!びえぇぇぇぇぇん!』とのことでぇ。案外順調に取り結べそうですねぇ〜」

相変わらず眠そうな目の下にうっすらとクマを作り、それでも笑顔でカロリーヌが報告する

「ふふ。やはり誰からもかわいがられるのだな。クリス姫は」
「そうですねぇ〜。私も見ましたけど。リリムってぇ、もっと怖い魔物かと思ってたらぁ、あんなにかわいい女の子なんですねぇ〜。いがぁ〜いでしたぁ」

クリスの話を目を輝かせてしてくれるカロリーヌ
クリスが褒められるのはまるで自分の母親を褒められるようで、少しくすぐったくて嬉しい

「でも、あの野郎がシェルクをこんな姿にしやがったんだぞ!」

と、そこで怒声を挟んだのはバラガスだった

「なんだ?バラガスは私のこの姿が気に入らないのか?ふふ。私はとても感謝しているぐらいだぞ…」
「あぁ!?何呑気なこと言ってんだよ!魔物だぞ魔物!?これが聖教府の連中に知れたらどうするつもりだ!?民にはどう説明するんだ!?」
「ふふ。堂々とこの姿で民の前に出て行って「すまん。私はロリ魔物にされてしまった」とでも言ってやればいい」

私はいつもの調子で微笑んでみせる

「くっそ!こんな事ならやっぱりあの時お前に従うべきじゃなかった!」
「だが、お前たちが私を信じてくれたからこそ、こうして私の夢がかなったのだ。お前たちが叶えてくれたのだ。感謝している」
「……はぁ。まったく、お前は勝手だ!」

少しため息交じりにバラガスは言った

「お前は王なんだぞ。俺たちの王だ。そして勇者なんだ。人間たちの希望だ。それが魔物に堕ちちまうってのがどれだけ大変な事か…」
「夢半ばで魔物に魅入られてしまった勇者は数多くいる。その中で私は夢を果たし、倒れたのだ。その夢を叶えるために私は人間を手放した。それにこの夢が叶ったのはお前たちの協力の賜物だ。ありがとう」

私は興奮するバラガスを落ち着けるようにゆっくりと言った
しかし、バラガスは私の思惑とは反対に拳を震えるほどに握りしめ

「全部俺たちに内緒で夢叶えといて、終わった後に「ありがとう」だなんて抜かしてんじゃねぇよ!俺はお前が「策があるから信じてくれ」って言ったから信じて戦ったんだ!!それが終わってみたらどうだ!?なんだこの有様は!?なんでお前は頭から角生やして、手足から毛ぇ生やして、尻尾振って縮んでんだ!?いい加減にしやがれ!お前は俺たちをなんだと思ってやがる!俺らはお前の仲間なんだぞ!お前を信じてこれまで戦ってきた仲間なんだぞ!不戦協定だか同盟協定だか知らねぇけどよぉ。それはそんなに大事なもんなのか!?そんな事よりも俺はお前に人間として戦って魔王をぶった切ってもらった方が何千倍も嬉しいね!」

頭に冷水を浴びせかけられたような気分だった
これまで溜まりに溜まっていたバラガスの不満が爆発した
私は頭の中が真っ白になっていた
そんなことは初めてだ
こんな事を言われたのも初めてだ
私は…

――パァン!!

気が付いたらバラガスの頬をこの小さな手でもって打っていた

「何しやがる!」
「なんでわかってくれないんだ!私は民の為を想い、国の為を想いこれだけの物を投げ出して戦ってきたんだ!なのに何故一番長く一緒にいてくれるお前がわかってくれないのだ!」
「長くいるからこそ分からねぇよ!王になってからのお前は変だ!魔物の資料ばかりを読み漁って、らしくもなく机に向かって勉強ばかり!俺たちの事なんかちっとも見てねぇじゃねぇか!その上に俺たちを騙して「囮役を演じる」だぁ!?完全に喰われてるじゃねぇか!しかもその上で「すべてうまくいった」だと!?初めからお前はそうなるつもりで俺たちを騙してやがったんじゃねぇか!もう勝手に王でも魔王でもやってろよ!俺はもうお前の事なんか知らねぇよ!!」

城中に響き渡るほどの声でバラガスが吠え、部屋を出て行った

「あわわ。わ、私ぃ!バラちゃんを追いかけますねぇ〜!」

――バタン

それを見て慌てたカロリーヌもまた部屋を出て行く
部屋には私とニアだけが残された

――ホロ…

気が付いたら涙がこぼれていた
そして、それに気づいてしまったとたん
真っ白だった頭の中が悲しみで満たされてしまう

「う、うぅうわぁぁぁぁぁぁぁん!」
「シェルク様……」

私はどうしようもなくなって声を出して泣いてしまった
ひどく悲しかった
ひどく寂しかった
何がかは分からない
バラガスが私の言っていることを理解してくれなかったことなのか
バラガスが私に「騙された」と言ったことなのか
今までずっと私と共にあってくれた彼が私の前から去ってしまったことなのか
もうわからない
感情が渦巻いていく
その濁流に私はなす術もなく流され
とめどなく涙を溢れさせて大声を上げて泣き叫ぶしかなかった

「どうして、どうじてなんだぁぁ!なんで喜んでぐれないんだぁぁ!わだじが、わだじがごんなにがんばっだのにぃぃぃ!!」

自分でも何を言っているのかわからなかった
まるで子供のようではないか
でも何を言おうとしても出てくるのはばかげた子供のような言葉ばかりだった

「うわぁぁぁぁぁん。わだじは…わだじはぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!いやだぁぁぁぁぁわだじをひどりにしないでぇぇぇぇぇ!!」

感情が流しても流してもそれ以上の速さであふれ出てくる
これも魔物化の影響なのだろうか
私はただただ泣き叫んでどうすることもできない

――ギュ

「シェルク様。大丈夫ですよ」
「ふぇ?……」

私の涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔が暖かな胸に抱きしめられた

「バラガスさんは誰よりも“貴女”を思っているからこそああ言ったんです…」
「ぐす…うぅ……。にあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

私は面目も恥もなくニアに縋り付いた
そうしないと足元から転げ落ちそうだった

「もっと自分を大切にしてください。王と言っても、貴女もこの国の民なんですから。貴女はもっと自分を護ってあげないと…」

ニアの言葉が胸に深く突き刺さる

「大丈夫ですよ。安心してください。今はバラガスさんも怒っていますけど、きっとこの2つの協定が締結されて、この国が平和になれば一緒に喜んでくれますよ」
「う…にぁ…」
「ほら、大丈夫ですよ。僕はいつでもあなたの傍にいますから」
「ニア…ぐす…」
「シェルク様。落ち着かれましたか?」
「…うん…。ありがとうな。ニア」
「い、いえ…。あ、あの」
「なんだ?」
「ぼ、僕は…、いいえ。バラガスさんも、カロリーヌさんも、この国のみんながシェルク様の味方です」
「……ああ。そうだな…」
「だから…その。寂しいなんて、思わないでください」
「………あぁ…」
「寂しかったら、その時は、いつでも僕を呼んでください。だから…もう。一人で戦おうなんて、思わないでください」
「………ああ。ああ。ありがとう。ニア」

私はいっそう強く、ニアを抱きしめた
そうしないと
また泣き出してしまいそうだったから

「シェルク様…」

ニアの少し困ったような顔を見上げ
もっと、“近づきたい”と思った

.                                                    「これでは姫の出番も無しかもしれんのう…くく」
.                                             ぬ!?まずいのじゃ…このままでは儂がただのモブなのじゃ…
.                                                             ふむ、クリスの方を見てくるかのう…

.                                                         ――バフォメットさんがログアウトされました

「ニアぁ…」
「なんですか?シェルク様」
「…シェルクって、呼んで」
「?…どうされたのですか?」
「いいから。今は…ニアにくっつきたいんだ。もっと…」

私が甘えてみせると
ニアは少し頬を赤くしながら

「シェルク様、かわいいです」

その笑顔は私を恋に落とすには十分だった

――ドクン

私の胸のちいさな心臓が飛び跳ねる

「あ…。あぁ……」

身体が一気に熱を持つ
おへその奥がキュゥゥゥっと締め付けられて

「ニア、ニアぁ…」


今、自分の身体から無意識に誘惑の魔力が放たれているのがわかる
そうか、やっぱり私はもう魔物なのだ
でも、だからこそ
この気持ちは抑えられない

「シェルク様、とっても温かいです」
「シェルク。 そう呼んでよ…」
「は、はい。えっと…シェルク…」

恥ずかしそうに
ニア
目が逃げてる
ふふ
可愛い
好き

――ぎゅぅぅぅ…

もっと強くニアにしがみつく
ニアと触れ合ってる肌がとっても熱くなって
さっきまでざわついていた心が
静かに 落ち着いて
ニアに包まれた心がとっても幸せ
ずっとこうしていたい
ずっとずっと
死ぬまでニアとくっついていたい
でも
もっともっとニアが欲しい
ニアの全部が欲しい

――ドクン、ドクン
――ドクドクドク

静かになった心
今度は別の振動が加速する
私の心が躍りだす

「ニア。ごめんなさい。私…もう我慢できない…」
「しぇ、シェルク様?いったい何を?」
「もう!シェルクって呼んで!」

――パリパリ

私の身体が放電するみたいに
魅了の魔力がニアに流れ込んでいく

「シェルクさ…ま……。いけません……魔物に…とらわれては…」

ニア、流石だね
頭もいいけど魔力もすごいもんね
きっとうんと鍛錬すれば私と同じくらい強くなれる
でも、今は抗わないで…
私を…受け入れて…

「大丈夫だ、ニア。今だけだから。許して。そして安心して…私は。心まで変わってしまいはしないから」

欲望に支配されてることはわかってる
でも、心が変わってしまうんじゃない
それは何故か分かってしまう
これが魔物になるってことなんだ

「シェルクさま……。わかりました…今だけ……ですよ?」

ふぅっと
ニアの魔力の抵抗が消える
嬉しい
ニアが私を受け入れてくれた
12/07/10 05:48更新 / ひつじ
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■作者メッセージ
優れた人というのは時に他人からは理解されないものです
それでも人の上に立つのなら、常に隣を見て共に歩いてくれる人間を見ていなくてはならないのかもしれません
だって人は一人でできることなんかこれっぽっちもないんですから
魔物になり、心が敏感になってしまったシェルクさんには堪えたことでしょう
おや?ニアルディさんの様子が?

少し展開を急ぎ過ぎた気もします
でも大丈夫
どうせ次の話で違和感飛ぶから
シェルクさん流石です

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