異世界勇者は嘘つき勇者
『・・・・・・・・・・・・・』
何ともいえない沈黙が発生した。
・・・まあそうだよな。こんな変なこと書いたらどう反応すればいいか分からないよな・・・。
その沈黙を破るように酒場の主人がゆっくりと口を開く。
「えっと、あんた勇者なのかい?」
ん?自称じゃなくて勇者のほうに反応された?とりあえずこの世界に勇者という概念はちゃんと存在していたのは分かった・・・『勇者って何?』という反応もあるんじゃないかと危惧してたんだが。
「いえ、書いてある通りただ名乗ってるだけです。」
自分で言ってて『変人だなあ』と感じてしまうが、もう貫き通すしかない。
「はあ、なんでまた」
「まあ、話すとちょっと長くなるんですけど・・・」
頭の中で必死に嘘話を組み立てていく。こういうのは不慣れなのだが・・・
「自分が住んでいた所はかなりの僻地でして、外部からの情報もほとんど入ってこないほどなんです。で、ある時かなりの規模の盗賊団に目をつけられましてね。隠しアジトの建設場所にちょうどいいと。」
内心ドキドキしながら嘘話を紡いでいく。
「皆が恐れおののく中、俺だけが立ちあがって奮闘しましてね。必死に戦っているうちに周りから勇者と呼ばれ始めて、最初は自分もこそばゆかったんですけど次第にこの名に思い入れができちゃいましてね。自分から勇者と名乗るようになっちゃって・・・」
「はあ・・・それで『自称勇者』と・・・」
「まあ自分でも変なのは自覚してますよ。でもこの名を背負いながら数々の戦いを乗り越えてきたのでね。今更捨てられなくて・・・」
・・・ちゃんと嘘つけただろうか。仲間からは「勇者殿は嘘が苦手」とか言われてたのだが・・・でも自分でも驚くぐらいまとまった嘘がつけたような気がする。
「じゃあ本物の勇者じゃないんだね?」
「・・・?ええ、まあ、はい」
「でもこんな職業名じゃさすがに契約できないよ・・・あんた剣使えるんだよね?持ってるんだし」
「ええ、もちろん」
「じゃあ『戦士』でいいよね」
ああっ・・・『自称勇者』が二本線で消されてその上に『戦士』と・・・思い返せばこんなとこで勇者のこだわり見せる必要なかったのだが・・・でもやっぱりなんか寂しかった・・・・・・。
「とりあえず仕事の話に移っていいかな。」
「え、あ、はいっっ!!」
なぜか戸惑っている様子を見せていたウサギの魔物がハッとした後、仕事内容を話し始める。
「仕事内容は・・・護衛です。私もダーリンも全く戦えないので・・・」
ああ、護衛ね。それなら経験がある。しかしこの世界じゃ魔物といっても必ず戦えるわけじゃないんだよな・・・ってん?今なんか変なワードが・・・
今度は男のほうが語り始める。
「自分達には可愛い娘がいるんですけど、このあいだ旅に出ましてね。魔物が親元から独立するのは当たり前なので涙を呑んで見送ったんですけど」
・・・む、娘!?このウサギの子自分より年下だと思ってたけど子供いるの!?というか結婚してる!?この世界の人間と魔物は仲良しってあの子から教わったけど、け、けけけ、結婚っ!!??
「・・・どうしました?キリクさん」
「あ、ああいえいえ、なんでもないです。」
お、落ち着け、おそらくこの世界では常識なんだ。こんなことで驚いたら確実に怪しまれる。
そういえば町にはえらく男と対で歩く魔物が多かった。彼女らもそういうことなんだろうか。よく考えてみれば魔物は皆女性で、男性がいない。ならば人間相手に結婚するのは当たり前といえば当たり前だろう。
だが内心動揺が収まらない。自分の世界とこの世界の魔物は全然別物、と頭では理解してるつもりなのだが・・・。
「・・・?でも時々娘とは手紙のやり取りしてたんです。だけど・・・」
「その手紙から、娘が今あのダレイアスにいることが分かって・・・」
「・・・ダレイアスか・・・厳しいね。元々中立だったけどキョウダンからの圧力でハン魔物領になりはじめてるところだよね・・・」
・・・なんかまたよく分からない単語が出てき始めた・・・。
キョウダン・・・話っぷりからまともなとこじゃなさそうだし・・・狂団?さすがに違うかな・・・
それにハン魔物領・・・半魔物?・・・いや、やっぱ『反』魔物だろう・・・しかしこの世界で魔物と敵対する理由が分からない。やはりキョウダンとやらは狂団なのだろうか。
それにこの世界でも争い事が皆無、というわけではないらしい。勝手に平和な世界、と思い込んでいたが・・・ちょっとショックを受ける。
「つまり娘を迎えに行きたいから護衛を頼みたいと」
「はい・・・」
「厳しい依頼だね。キョウダンの連中から狙われる確率が実に高い。護衛ともなればかなりの実力者が必要となりそうだが」
皆の視線が集中する。自分の実力が気になるのだろう・・・たしかにさっき話した内容では自分は片田舎でならしていただけの自称勇者男ととられても仕方がない。なんとかして実力を見せる必要があるか・・・。
「ならば」
凛とした声が聞こえてきた。
「私が実力を確かめてやろう」
そう言って歩いてきたのは
窓際にいたリザードマンだった。
「おやフィルネさん。あなたが」
「すまんな。話を盗み聞きしていた。しかし聞いた限りではかなり難易度の高い依頼のようだな。そこの自称男に務まるかどうか」
「あ、あのフィ、フィルネさん、そんなこと」
「いいよ。本当の事だから」
失礼な言い方に憤慨しようとしたウサギの少zy・・・女性をたしなめる俺。
そうしてる間にも彼女、フィルネの話は続く。
「あなた達の依頼を受けられない代わりに、だ。私の経験からいえば護衛というものは半端な奴を連れて行くのは、誰も連れて行かないよりかえって危険。そいつの実力を測っておくのは必須だ。そうだろう?マスター」
「まあそうだが・・・」
「かまいませんよ。マスター」
「ほう?腰抜けではないようだな。先ほどいきなりトイレに向かったのは土壇場で怖気突いたのかと思ったものだが」
ああ・・・やっぱそう見えたよねあれ・・・
「これでも数々の戦いを経験してきてるんです。少なくともあっさり負けることはありませんよ」
「ほう、少しは自信もあるようだな。よかろう、表に出ろ!!」
酒場の表の通り、そこで俺はリザードマンの女性と剣を抜いて向かい合い、その様を酒場の客達や通行人が見物している・・・なんか予想以上の大騒ぎになってしまったような・・・。
「お主、戦士としての心構えは出来ているのか?緊張感を感じぬぞ?」
「あはは・・・こんな状況で戦うの初めてですし」
見物人付きで戦う、確かにこれも初めてだがもっと大きい原因があった。
女性と闘うのも初めてなのである。正確には魔物だが、自分の中ではほとんど人間の女性と認定してしまっている。
正面から見るとますます、といった感じ。たしかに手足はトカゲだし尻尾もあり、頭の左右にはヒレっぽい物もついている。だがそれ以外の部分は全部人間である。自分の世界の人たちが彼女を見ても、トカゲの扮装をした女性としか認識できないと思う。
「何を考え事している?くらえっ!!」
「おととっ」
おっと、いきなり始まったか。
やはり女の姿をしていても魔物といったところか。かなり鋭い斬撃が飛んできた。
自分の剣で受け止めるが、かなり重い!女性の細めの腕からは想像できない力だ!
「だけどっ!!」
なめてもらっては困る!自分よりはるかに大きい相手の攻撃を受け止めたことだってあるのだ。この位で力負けしない!
「ぬっ・・ほう、少しはやるようだな」
剣を押し返され、彼女の顔に驚きの色が浮かぶ。
「だが・・・まだまだだっ!」
激しい剣戟が始まった・・・!!
自分の世界ではリザードマンは前にも言った通り二足歩行しているトカゲだった。武器を使うことができたが基本槍のような長物で、剣を使っているところは見たことがない。しかも移動時はほとんど四足歩行に近い前傾姿勢。攻撃時は獣のように飛び掛かって来ることが多いなど、とても人間、ましてや剣士などとてもイメージできるものではなかった。
目の前のリザードマンの剣裁きには全然獣臭さを感じない。しっかりと鍛錬された攻撃を人間離れした身体能力でうってくる。これは自分の世界のリザードマンより強いかもしれない。
「ふんっ、剣ばかりに気をとられているとなっ!」
「おっとっと・・・」
「ぬっ!かわした!?」
だがその獣に近いリザードマンとの戦いの経験も役に立つ。リザードマンの中でも上位に近いと思われたものは得物だけでなく尻尾も攻撃に利用してきた。そのことが頭にあったので彼女の尻尾による奇襲も余裕をもって対応できた。
・・・自分の世界のリザードマンは噛みつきも使ってきてたけど・・・さすがにそれはしないだろう、うん。
それとどうも気になることがあった。殺気を感じないのだ。試合なんだから当たり前ではあるのだが何か違う。根本的に無いというか・・・
「はぁっ、はぁっ・・・くそっ」
とにかく目の前の戦いを終わらせよう、しかし息が上がり始めている女性を目の前にするとどうも躊躇する心が湧き上がってしまう。元の世界では殺し合いばっかりだったので勢い余って殺してしまう可能性も無きにしも非ず・・・どうしよ。
「それまでだ!!」
大きな声が響いた。そして酒場側の野次馬から一人の男が歩いてくる。
たしかあれは、彼女と一緒に話していた・・・。
「ラ、ラルト!」
「もういいだろう。十分実力は計れたはずだ」
「で、でも・・・」
「君の攻撃を受けてここまで無傷。それだけで十分だ」
「・・・・ああ、そうだな。認めよう」
「・・・まあ本音は彼に君を獲られるんじゃないかと不安になったからだけどな」
「な、何を///こんな所で/////」
・・・なんか最後言ってることはよく分からなかったけど、終わったのか?
その空気が伝わったのか、周りが歓声に包まれ始める。
そんな中、ラルトと呼ばれた男がこちらに近づいてきた。
「いやあ、君強いねえ」
「はは、どうも」
「ありがとね、手加減してくれてたんでしょ」
「え、い、いや」
まあ躊躇ってたせいもあり、こちらからは一度も攻めなかった。一応手加減に入るのだろうかこれ。
「全くどこが自称なの。本当に勇者なんじゃない?」
ギクッ・・・
「いやだなあ、そんなことあるわけないじゃないですか」
「はは、まあ本当にそうならこんなとこにいるわけないしね」
「ははは・・・」
笑って誤魔化しつつ、野次馬の中の依頼人のほうに目を向ける。ホッとしたような泣き笑いの表情でこちらに手を振っていた。とりあえず今日の所は問題は終了したと見ていいのかな・・・
俺はまだ気づいていなかった。
マスターの「本物の勇者じゃないんだね?」という問いかけの意味。
ラルトの「こんなとこにいるわけない」という言葉の真意。
そして契約書に「自称勇者」と書いた時、依頼人、特にウサギの女性からの視線に恐怖が混じっていたことも・・・。
俺は、この世界における「勇者」の在り方が、いまだに分かっていなかったのだ。
14/07/11 14:27更新 / popopo
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