連載小説
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異世界勇者は『自称』勇者



「お願いします!誰かいないんですか!!」

「そうはいってもねえ・・・事前に依頼してくれたらなんとかなったかもしれないけど、こんな急な依頼じゃねえ・・・」


酒場のバーで、主人と思わしき男と、その向かいにいる男が言い合い、そのわきでウサギのような魔物が涙を浮かべている。
『依頼』という単語が出てきた。というとここは酒場だけではなく、依頼を請け負い、達成したものに報酬を渡す『ギルド』も経営していたのか。そういう施設は自分の世界にもあり、費用稼ぎに時々自分も世話になっていた記憶がある。
そういえばこの酒場壁に張り紙がしてあった。これが依頼書かなにかだろうか。おもむろに近くにあった張り紙に目を向け・・・


あ、そういやこのままじゃ読めないんだった・・・。





自分の世界には『言語の分裂』という謎の現象が起きていた。地方によって使っている言語も文字もバラバラになっているのである。どうしてこのような状況になってしまったのかは未だにわかっていない。人間達の連携を切り崩すための魔王の策略、なんていうトンデモ仮説まであったほどである。
だが人間は便利な物を作り出していた。『翻訳魔法』唱えればしばらくの間相手の言葉が自分の使っている言葉に聞こえ、自分の言葉が自然と相手の使う言葉になる、というものだ。高度なものになれば文字、読み書きにまで作用させることができる。
なので異世界にわたる際、言語の問題はこの魔法でどうにかなるだろうと思っていた。だがこの世界に来た瞬間、自分の言語中枢はこの世界の物に置き換わっていた。どうやらゲートを通る際、翻訳魔法に近いものがかけられていたらしい。しかも効果は永久的。これは便利、と思ったものだ。
だがその効果は文字にまで作用していなかった。そのためいちいち文字を読む際に魔法を使わなければならない。前述のとおり文字に対する翻訳魔法は高度で発動まで結構時間がかかる。しかもこの世界には言語の分裂のような現象は起きていないらしい。つまり文字を読む際にいちいち魔法を使っているのを見られたら・・・・・・確実に怪しまれる。


まさに今その状況だった。店内には結構人がいて、しかもバーで起きてる騒動に気付きほとんどの目がそちらに向けられている。すでにその騒動の近くにいるこの状況で魔法を使ったら間違いなく目立つ。
なので仕方なしにそのまま張り紙を読んでみた・・・もちろん分かるわけなし。しかし一番下に並んでいる文字が数字であることはなんとなくわかった。おそらく賞金額であろう・・・賞金・・・お金・・・。

異世界の文字は別の物だったが、もちろん通貨も違った。自分の世界の通貨が使えるわけがなく、本来なら経済的に苦しい状況になってるはずである。しかし俺はその問題もほぼ解決していた。
実はこの世界に来る前に質に入れやすそうな宝石等を持ってきてたのである。なんか精神的に不安定だったくせにえらくちゃっかりしてるな、と言われそうであるが・・・
実をいうと冒険の途中、魔方陣の紙を手に入れた後仲間達でもし異世界に行ったら、という雑談をしており、その際仲間の僧侶が『自分達の世界の通貨は使えないと思われるので質に入れやすそうな物を持っていくのが望ましい』と発言し、それを覚えていただけだったりする。
もちろん大した準備はできなかったのでそんなに持ってきてはいないが、この世界ではあまり見かけない宝石だったためか自分の世界より高く売れて・・・ぶっちゃけると前の冒険のときより懐に余裕があった。
そのため依頼を受ける必要は全くない。下手すれば変に怪しまれる可能性もある以上受けない方が・・・



「すみません!!そこのリザードマンの方お願い・・」

「・・・いや、すまない。これから別の依頼を彼と一緒に遂行する予定でな・・・」

リザードマン?あ、あの窓際にいたシッポの生えた女性リザードマンだったのか・・・俺の世界じゃ文字通り二足歩行してるだけのトカゲだったのに。

「そ、それじゃそこのミノタウロスの方・・・」

「・・・あー、すまん。あたいも同じ。この酒飲んだらこれから行くところで」

わお、あの向かいに座ってたのミノタウロスだったの。筋骨隆々の牛頭巨人とはえらい違いだな。

「え、えっとそれじゃ・・・」

「・・・・・ごめん、鍛冶は得意だけど戦闘は・・・・」

ありゃ、あの魔物が何なのか聞けなかった。一つ目であることを考えると・・・サイクロプス?・・・うーん、巨人じゃないけど・・・


・・・ってあれ?みんなの目がこっちに集中して・・・・え、ま、まさか・・・・

恐る恐る振り返る・・・・

「あ、あのっ、お、お願いっぐすっ・・・」

こちらを涙目で見上げるウサミミの少女が・・・





うん、考え事してる場合じゃなかったデス。





「いや、駄目だよ。彼はギルドに登録していないただのお客さんだよ。」

バーの主人からの言葉が聞こえる。

「ギ、ギルドとか関係なくお願いを聞いてもらうとかは・・・あ、あのお金ならお支払いしますので!!」

わらをも掴むようにウサギの少女がお願いしてくる。

「いや、いくらなんでも無関係な人に頼むのは・・・」

付き添ってる男がたしなめてくるが、その顔は悲壮に包まれている。



そういえばこの光景はよく見た光景だ。自分の世界で勇者として旅をしているとき、村人や町民からの必死の懇願をよく受けていた。勇者として無下に断ることなどできないとその頼みをなるべく引き受けてきていた・・・。

目の前の二人、片方は人間ではないが、そんなことは関係ない。二人の姿がかつての村人達とダブっていき・・・


「分かったよ」

その言葉が口から出ていた。

「・・・引き受ける」

正直後悔が無かったわけではない。でも二人の顔が驚きの後歓喜に包まれていくのを見ると、その後悔もどうでもよくなった。
・・・曲がりなりにも自分は『勇者』なんだから・・・




「あー、じゃあお客さん。ただの客に仕事をやらせたとなったらこちらの面目が立たないんでギルド契約してもらいます?仮契約、という形でいいんで」


主人がそういって契約書らしき紙を取り出してきた・・・ってえ?ということは読み書きが必要に・・・・・


「あ、その、ちょっとその前にトイレいってきていいですか?」

「ええっ!!!!」

ああっ・・・少女の叫ぶ声には明らかに絶望の色が・・・

「いや、行くふりして逃げるとかじゃないから!ちゃんと帰ってくるからね!!」

・・・・うう、急いで翻訳魔法使わなきゃ・・・・どのくらいかかるかなあ・・・前の時はほとんど仲間にまかせてたからなあこういうの・・・






「『キリク=アーランド』っと・・・」

その後、どうにか契約書に名前を書くところまでこぎつけることができた。仮契約の為か書くことも少なかったのも助かった。もし他にいろいろ書く必要があったら身元不明の俺はどうなっていた事か・・・。

だがある項目の所で俺の筆は止まった。

『職業』・・・・

たしかに何ができるのか把握するため、この項目は必須だろう。


・・・・・俺は『勇者』だ。元の世界から逃げてきておいてなんだが、この称号には誇りを持っている。なにせ勇者になる試練の場で俺は十年近くの修行を行ったのだ。その場は時間の流れが特殊だったらしく、勇者になって外に出てみると一か月ほどしかたってなかったが・・・
それにこの勇者の称号を得る際も相当の覚悟を決めたほどだ。勇者になったからと言って無敵になるわけではない。魔王に命を狙われる側になるわけだし、何もできずあっけなく死ぬ可能性だってある。それを覚悟の上俺は勇者になったのだ・・・問題は魔王を倒した後までの覚悟ができてなかったことだろうか・・・。

そのためどんなに落ちぶれようとこの名を捨てる気にはならない。とはいえこの世界で勇者なんて名乗っても酔狂な男と思われるのが関の山なのではないだろうか・・・でもこの名は捨てたくないし・・・うむむ・・・



次の瞬間



俺の頭に一つの単語が浮かんできた





思い返してみるとこの単語はとてもベストとは言えなかった。ベター、否、限りなくバッドに近い物だったのかもしれない。


でも俺は謎の衝動に突き動かされるままその単語を書き記していた。








「『自称』勇者」・・・・
14/07/07 23:48更新 / popopo
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■作者メッセージ
どうみてもBADです。本当にありがとうございました。

ようやくタイトルワードが出てきました。いやはや・・・
ついでに私の作品で登場人物の名前が出てきたのも初・・・いやはや、なんなんでしょうね・・・名前考えるの二の次にする私の悪い癖が・・・

ふう・・・やっぱ連載物って大変だけど、できるだけ頑張っていきますか・・・

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