異世界勇者は土下座勇者
「始まる・・・・はずかったんだけど・・・・」
俺は、また机の上に突っ伏していた。
同じ場所で、というわけではない。今自分は酒場のテーブルの上で突っ伏している状態だ。
・・・言っとくけどもう世界も別だ。転移に失敗した、とかそんなオチではないぞ!!
前の時のように部屋の中に一人、ということもなく周りは客であふれ、喧噪で満ち溢れている。そんな中一人突っ伏してる俺は間違いなく異様に見えるだろう。なのでやはり、店員が声をかけてきた。
「お客様?御気分が悪いのですか?」
その声に応じるように顔を上げる。そして目の前には一人の女性の姿があった。
間違いなく美人に分類される顔立ちだ。目から強い意志を感じ取れるがそれがきつい印象をあたえることも無く、むしろ彼女の魅力の一つとして華を添えている。髪は腰までのびているが、乱れのようなものは一切見えず、触ればさらさらな手触りを返してくれるであろうことが見ただけでわかる。
そして視点をさらに下に向けていくと・・・
鱗に包まれた長細い胴体があった
「魔物」だった。
別に彼女だけではない。見回せば他にもいっぱいいる。向かいのテーブルには二人の女性が仲よさそうに酒を飲んでるが、こちらから顔が見えるほうの女性の顔には目が一つしかない。頭に一本の角が生え、肌が青いことを見るに人間ではないのだろう。
こちらに背を向けている女性のほうは肌の色こそ普通だが、頭に二対の角が生え、下半身は毛に覆われ、そのさきは蹄っぽくなっている。何の魔物かはわからないが「人間」ではないのだろう。
窓際には互いに剣を持った男女がなにやら話し込んでいるのが見える。男のほうは普通に見えるが、女のほうは手足が鱗に包まれ、長い尻尾も生えていた。
ぱたぱたという音が耳に入り、そちらの方を見ると腕が羽、足が鳥の足になった女の子が店員に郵便物らしきものを届けているところだった。サインを受け取り、朗らかな笑顔とともに一礼し、どこかへと飛び去っていく。
そう、ここは「魔物と人間が仲良く暮らしている世界」だった・・・
店員の魔物(おそらくラミア)に「なんでもないです。大丈夫です」と告げ、再びテーブルに突っ伏す。心配そうにしながらも自分のもとを離れて小さくなっていく彼女の気配を感じながら、俺はちいさく独り言を言った。
「・・・確かに『別の魔物のいる世界』とは言ったけど・・・人を襲わない魔物もいるなんて発想、出てくるわけないじゃねえかあ・・・」
俺がこの世界に降り立って最初に遭遇した魔物はスライムだった。
気が付くと、野原の中の小道に立っていた俺は、とりあえずその小道に沿って歩いていた。
すると遠方になにやら液状の青い物体がうごめいているのが見えた。スライムかと当たりをつけた俺は剣を抜いて近づいて行った。
自分の世界では、スライムは近づくものを関係なく取り込んでそのまま消化してしまう完全な危険生物だった。一般人からすれば脅威だが、動きは遅く動きも単調で対処さえできればそんなに危険ではない、というのが自分の世界でのスライムに対する見解だった。
それでこの世界のスライムはどんなか、こいつを通じてこの世界の魔物の強さが計れるか、と思い剣に魔力をこめて切りかかろうとしたわけだが・・・
近づくにつれそのスライムは人の、しかも女の子の形をしていることが分かり、そしてそのスライムはこちらを確認するとおびえた表情で後ずさって・・・・・・・
俺の体は剣を振り上げたまま硬直した。
理由は単に女の子の姿をしていたから、だけではない。自分の世界ではたとえどんなに弱い魔物でも人間を見ると本能的に襲ってきていたので、怯えている相手を斬る、なんて経験全くなかったのだ。
そのまま硬直していると、どう見ても普通の女の子が「ライムちゃんをいじめちゃダメぇ〜〜!!」と俺とスライムのあいだに割って入ってきて・・・
これで剣を振り下ろせる奴がいたらそいつに人の血は流れていない。
俺は結局そのポーズのまま動けず、剣は手の中から抜け落ちて背後の地面に刺さり、頭上に手を振り上げたままのヘンテコなポーズで固まり続け、不審に思い出したスライムと女の子が俺の体をつんつんとつつき始め・・・
数分後、スライムと女の子に全力で土下座している男の姿があった
「魔王相手にも『お前らに絶対頭など下げない!!』と啖呵きってた奴がスライムに土下座しましたぁ〜〜あはははは、はぁ」
テーブルに突っ伏したままそのことを思い出していた俺は力なくひとりごちる。また思い出したくないことが増えてしまったようだ・・・今までと違う意味で。せめてあの時の光景を第三者に見られていないことを切に願う。
そして俺はその女の子から、この世界について大まかに教わることになってしまった。どうやら彼女の親は先生をやっているらしく、その真似事感覚だったらしい。そんなのに教わる大の大人・・・あーもう、深く考えないどこう。
彼女から教わったことを整理すれば、この世界の魔物は昔は自分の世界の魔物のように人を襲っていたらしい。しかしある時魔物の長である魔王が女の魔物に代替わりし、その影響で魔物達はみな女性に近い姿になったのだという。
それを境に魔物達は人を襲うのはやめ、人とともに歩む道を歩み始めたとのこと。
女性に近い、との話だが、自分の感覚からいえばほとんど女性、といったかんじだ。普通に言葉も通じ、感情も人間と違うようにはみえない。この町で人とともに暮らしている姿を見ると魔物というよりはちょっと異形交じりの人間、という印象しか受けない。
もちろん彼女たちにむけて剣を振ろう、なんて考えはおきない。それじゃただの殺戮者だ。
つまり、この世界に勇者の必要などない、俺は完全に場違いな存在だ。
・・・と、このときは思っていた。
これから俺はどうするべきだろうか、例の魔方陣の紙はこちらの世界に来てもちゃんと手元にあった。魔力をそそぎこめば帰りのゲートが開くだろうが、元の世界からおめおめと逃げてきて、いまさらどんな顔で帰れというのか・・・
また別の世界へのゲートが開かないかといろいろといじくっても見たが、完全にゲートは一本道で固定されてしまってるらしい。この世界と自分の世界にしかいけなくなってしまっていた。
どうすればいいのかさっぱりわからず、テーブルに突っ伏し続ける俺の耳に違った種類の喧騒が飛び込んできた。なにかを必死に訴えているような・・・
顔を上げる。見るとバーのカウンター状のテーブルの中にいる、この店の主人とおぼしき人に、人間となにやらウサミミの生えた魔物がお願いをしているようだった。だがその主人の顔を見るに事態はあまりよくないらしい。
することも思い浮かばない俺は立ち上がり、彼らのもとに近づいていく。ただ何の話をしているのかを聞くために・・・
よく考えてみれば子供に教わったぐらいでこの世界の事が完全に分かるはずないのだ。このことがきっかけに、俺の新しい『物語』は始まっていくことになる・・・。
14/07/03 13:34更新 / popopo
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