あることないこと
「らゔ、ぅあんど、ンぴぃぃぃぃすぅっ!!!!!!」
あるサキュバスが発した愛の叫びが、世界を変えた瞬間だった。
それは絶叫であった。
鋭く天地を劈きながら心を抉るように魔物達の肉の中に突き立てられた。
前魔王が勇者に倒されて、それからまた一人の新たな魔王を生み出す為に、食うのではなく、生きるのではなく、その何千何万倍もの命を殺して行く。そんな不毛な戦いに疲れた魔物たちの、獣と呼ばれるその中にそれでも獣では無い境界線として存在する僅かなその心が響いた。
そして皆涙したのである。
時に魔王歴マイナス1年大晦日、新魔王誕生の瞬間である。
除夜の鐘。
「マジかよ」
「マジ」
「あれでも、あれって初めからみんな協力したんじゃなかったんだっけ?」
「そうだっけ?」
「嘘だろ」
「嘘よ」
「えー、つまんなーい」
「いや、それ本当よ」
「どっちだよ!」
そんなやり取りが、今日も魔界のあちこちで聞こえて来る。
人間に限らず、魔物娘も下世話な話は好きである。大好きである。
それが事、自分たちのメンタリティの源流でもある魔王の事ともなれば、好奇心の熱狂の度合いは計り知れなくなる。
それはその魔王本人の娘達ですら例外ではない。
つまり、大好物である。
「お母様とお父様って、どんな出会いだったのかしらね」
「そういえば聞いた事が無いわね」
魔王城の一番の奥からは、男女の喘ぎ声"しか"聞こえて来ない。
その娘は諦める事にした。
「そうね、こんな感じなのかしら……」
魔王「私の部下になれ! そうすればこの私をくれてやるぞ?」
勇者「違う、違うな! お前が俺の嫁になるんだ!」
「……と返して地上最強のバカップル誕生、じゃないかしら?」
「ないわー」
「そうよ、お母様が有無を言わさず押し倒して」
「でも、そういうのもイイかも」
「まぁ、でも、ううん」
「……うん、よかった」
「ああ、そういう事か」
言った姉妹を他の姉妹達が見た。
バッカプルの実例がそこにあった。
魔王夫妻の動向はそれを理想とする魔物達の耳目の的である。
茶化しているのか、次数付きで魔王夫妻の夫婦喧嘩すらを報じる新聞すらある。
夫婦喧嘩で世界がヤバい。突撃となりのキューバ危機である。
その出所はこのような類の如何わしい新聞のカタチをした情報源であるが、その段階で既に尾ひれがついており、胸びれ背びれもついており、そしてそれを読者が翼まで付けるのである。
「出会い様にお母様が押し倒してぇっ! お父様の童貞毟り取ってぇっ! こう! いや、こう?」
「いや、そこまで言ってないって」
「これにはそんなふうに書いてある」
「あー、それはー」
「んー、どうなのかしらー」
「でもお父様って、童貞だったってのは本当らしい……」
魔王「魔王なんかになるんじゃなかった……」
魔王「魔王なんかになっておちおちハンティング(性的な意味で)できないし、周りは自分のせいで魔物娘ばっかりだし。男が、男がいない! 私サキュバスなのよ、なのに男が居ない、おとこーっ! 男、オ・ト・コーーーっ!!!」
勇者「貴様が魔王か?!」
魔王「おとこ……」
勇者「俺はお前を倒して故郷の◯◯ちゃんと、××するんだ!」
魔王「……どーてい」
勇者「っ、ど、どどど、童貞ちゃうわ! 新しい魔王を倒せって急に呼び出されて捨てる暇も無かっただけだわ!」
勇者「て、なんでヨダレ垂らしてんの魔王? 狂犬病か?」
魔王「おいしそうねぇ、ちぇりぃぃぽぉぉぉい」
勇者「え?」
魔王「じゅるり」
勇者「ぎぃやぁぁっ、魔物に俺の純潔が奪われる!」
魔王「良いではないか、良いではないか(はぁと)」
勇者「お、俺には、◯◯ちゃんという想い人が」
魔王「コクってもいない想い人なんて他人も同然よ! 一緒になれてもドッペルゲンガーよ」
魔王「さぁ、(私の中に)入れるわよ/////」
勇者「ママーッ」
椿がぽとり。
「まさか、まさか」
「待ってよ、それ私たちのお父様なのよ」
「らしい」
「らしい、か」
「らしい、わよね」
「やっぱりそうよね、そんなの私のダーリンだけで充分よ」
「あんたんとこのかい」
「うふふ、可愛いわよ」
この話の主であるとある男の第二夫人は、悪戯っぽく笑ってみせた。
報告を受けると、
「そうか」とだけ魔王は応えた。
「お前たちは下がっておれ」
我が怨敵。我はあの男の怨敵なり。
三たび会敵する歓喜に口の端が歪んでつり上がった。
自分たちがそう言う存在であるという証明である様に、相対するだけで強い感情を心の中に否応も喚起させる存在。
苛立つほどほどに心を掻き乱し、同時に相対してみせる事で、その掻き乱された感情を満たしてくれる存在。
それに執着し、焦がれるのが分かる。その捩じれた感情が顔の肉にまで癒着しているのが分かる。その想いの人に向かって今どんな顔をしているか。
魔王の前に立った勇者も、同じ顔をしている。
「よう」
「ああ」
魔王と勇者が出会って、やる事は一つだ。
その事に二人は歓喜した。
剣と魔法。
だがそんな間接的なものではもう、この二人は我慢が出来なくなっていた。
剣など鋼を通してではなく、魔力などと言ういかがわしくも曖昧なものではなく、直に、この手で、自分の肉の指で相手の肉を掴み、そこから引き千切り奪う様にしても、それでもまだ足りない。もう満たされない。
それでも満たし切れない感情で、キスをした。
唇を貪り合っていた。
惹かれ合う度合いを越して、求められる正しいとされる手段では満足できない。
憎悪であれ愛情であれ、感情を強く揺さぶる者が前に居た。
二人にとってそれだけで充分であった。
憎しみも恋い焦がれるのも、感情の炎に身を窶すのには変わりない。
戦うにせよ 肉を交えるにせよ それは些細な手法の違いでしかなくなっていた。
勇者は魔王をその玉座のままで犯していた。魔王は玉座のまま勇者の肉体をとりこんでその聖体を魔力で侵していった。
だらだらと、漆黒の玉座を溢れ出た白く彩る精液。
やがて魔王はその胎内に、新たな命を宿していた。
もちろん、言葉にはしなかったが勇者はその事に戸惑っていた。
消し様の無い、それ。
魔王は立ち去ろうとした。
去れば、少なくともこの男からはそれは消せるのだ。
「責任、とか言うもの、かしら」
自分を一度は止めた意図を女は反芻する。
「そんなもので愛してくれなくても良いわ」
言ってその身を空へと翻す。
男はその手首を掴む。
「いいの?」
引き止めた男は答えない。
ただその華奢な手首を離さなかった。
その手には、人間世界の命運が握られていた筈なのに、
なのに男はそんな物よりも、か細い女の手首を握ったまま、ずっとそうしていた。
「俺は、お前と子の為に、お前の世界を、護る……」
それは強い言葉ではなく、想い囁きでもなく、心の淵に沈むような無責任な言葉だった。
彼から離れようと、相手への高揚を殺して支えるものを失って心の淵に沈んで、その底で冷たくなっている私を、抱き温めてくれる言葉だった。
だから女は、世界を作ろうと思った。
「……たぶん、うちの旦那でもそう言うわ」
「貴女の旦那様"なら"そう言うんでしょ?」
「そうなのかしらね」
話の創作主は自分のお腹を撫でる。
その言葉を貰った日の事を思い出す。
もう何ヶ月も前なのに、今でも話し聞かせる程に鮮明に思い出せる。
臨月を迎えた夫との間にもうけた新しい命、小さな新しい世界がそのお腹の中である。外の広い世界に出て来る日を待っている。
今、彼女らの母親である魔王が作っている、この新しい世界へと産まれようとしている。
「ふふふふ」
魔物の姉妹達は笑った。
「もうすぐよねー」
「もうすぐだねー」
お腹のその中の子に話しかけるように、リリムたちが微笑みかけていた。
「早くこの世界に出ておいでー」
あるサキュバスが発した愛の叫びが、世界を変えた瞬間だった。
それは絶叫であった。
鋭く天地を劈きながら心を抉るように魔物達の肉の中に突き立てられた。
前魔王が勇者に倒されて、それからまた一人の新たな魔王を生み出す為に、食うのではなく、生きるのではなく、その何千何万倍もの命を殺して行く。そんな不毛な戦いに疲れた魔物たちの、獣と呼ばれるその中にそれでも獣では無い境界線として存在する僅かなその心が響いた。
そして皆涙したのである。
時に魔王歴マイナス1年大晦日、新魔王誕生の瞬間である。
除夜の鐘。
「マジかよ」
「マジ」
「あれでも、あれって初めからみんな協力したんじゃなかったんだっけ?」
「そうだっけ?」
「嘘だろ」
「嘘よ」
「えー、つまんなーい」
「いや、それ本当よ」
「どっちだよ!」
そんなやり取りが、今日も魔界のあちこちで聞こえて来る。
人間に限らず、魔物娘も下世話な話は好きである。大好きである。
それが事、自分たちのメンタリティの源流でもある魔王の事ともなれば、好奇心の熱狂の度合いは計り知れなくなる。
それはその魔王本人の娘達ですら例外ではない。
つまり、大好物である。
「お母様とお父様って、どんな出会いだったのかしらね」
「そういえば聞いた事が無いわね」
魔王城の一番の奥からは、男女の喘ぎ声"しか"聞こえて来ない。
その娘は諦める事にした。
「そうね、こんな感じなのかしら……」
魔王「私の部下になれ! そうすればこの私をくれてやるぞ?」
勇者「違う、違うな! お前が俺の嫁になるんだ!」
「……と返して地上最強のバカップル誕生、じゃないかしら?」
「ないわー」
「そうよ、お母様が有無を言わさず押し倒して」
「でも、そういうのもイイかも」
「まぁ、でも、ううん」
「……うん、よかった」
「ああ、そういう事か」
言った姉妹を他の姉妹達が見た。
バッカプルの実例がそこにあった。
魔王夫妻の動向はそれを理想とする魔物達の耳目の的である。
茶化しているのか、次数付きで魔王夫妻の夫婦喧嘩すらを報じる新聞すらある。
夫婦喧嘩で世界がヤバい。突撃となりのキューバ危機である。
その出所はこのような類の如何わしい新聞のカタチをした情報源であるが、その段階で既に尾ひれがついており、胸びれ背びれもついており、そしてそれを読者が翼まで付けるのである。
「出会い様にお母様が押し倒してぇっ! お父様の童貞毟り取ってぇっ! こう! いや、こう?」
「いや、そこまで言ってないって」
「これにはそんなふうに書いてある」
「あー、それはー」
「んー、どうなのかしらー」
「でもお父様って、童貞だったってのは本当らしい……」
魔王「魔王なんかになるんじゃなかった……」
魔王「魔王なんかになっておちおちハンティング(性的な意味で)できないし、周りは自分のせいで魔物娘ばっかりだし。男が、男がいない! 私サキュバスなのよ、なのに男が居ない、おとこーっ! 男、オ・ト・コーーーっ!!!」
勇者「貴様が魔王か?!」
魔王「おとこ……」
勇者「俺はお前を倒して故郷の◯◯ちゃんと、××するんだ!」
魔王「……どーてい」
勇者「っ、ど、どどど、童貞ちゃうわ! 新しい魔王を倒せって急に呼び出されて捨てる暇も無かっただけだわ!」
勇者「て、なんでヨダレ垂らしてんの魔王? 狂犬病か?」
魔王「おいしそうねぇ、ちぇりぃぃぽぉぉぉい」
勇者「え?」
魔王「じゅるり」
勇者「ぎぃやぁぁっ、魔物に俺の純潔が奪われる!」
魔王「良いではないか、良いではないか(はぁと)」
勇者「お、俺には、◯◯ちゃんという想い人が」
魔王「コクってもいない想い人なんて他人も同然よ! 一緒になれてもドッペルゲンガーよ」
魔王「さぁ、(私の中に)入れるわよ/////」
勇者「ママーッ」
椿がぽとり。
「まさか、まさか」
「待ってよ、それ私たちのお父様なのよ」
「らしい」
「らしい、か」
「らしい、わよね」
「やっぱりそうよね、そんなの私のダーリンだけで充分よ」
「あんたんとこのかい」
「うふふ、可愛いわよ」
この話の主であるとある男の第二夫人は、悪戯っぽく笑ってみせた。
報告を受けると、
「そうか」とだけ魔王は応えた。
「お前たちは下がっておれ」
我が怨敵。我はあの男の怨敵なり。
三たび会敵する歓喜に口の端が歪んでつり上がった。
自分たちがそう言う存在であるという証明である様に、相対するだけで強い感情を心の中に否応も喚起させる存在。
苛立つほどほどに心を掻き乱し、同時に相対してみせる事で、その掻き乱された感情を満たしてくれる存在。
それに執着し、焦がれるのが分かる。その捩じれた感情が顔の肉にまで癒着しているのが分かる。その想いの人に向かって今どんな顔をしているか。
魔王の前に立った勇者も、同じ顔をしている。
「よう」
「ああ」
魔王と勇者が出会って、やる事は一つだ。
その事に二人は歓喜した。
剣と魔法。
だがそんな間接的なものではもう、この二人は我慢が出来なくなっていた。
剣など鋼を通してではなく、魔力などと言ういかがわしくも曖昧なものではなく、直に、この手で、自分の肉の指で相手の肉を掴み、そこから引き千切り奪う様にしても、それでもまだ足りない。もう満たされない。
それでも満たし切れない感情で、キスをした。
唇を貪り合っていた。
惹かれ合う度合いを越して、求められる正しいとされる手段では満足できない。
憎悪であれ愛情であれ、感情を強く揺さぶる者が前に居た。
二人にとってそれだけで充分であった。
憎しみも恋い焦がれるのも、感情の炎に身を窶すのには変わりない。
戦うにせよ 肉を交えるにせよ それは些細な手法の違いでしかなくなっていた。
勇者は魔王をその玉座のままで犯していた。魔王は玉座のまま勇者の肉体をとりこんでその聖体を魔力で侵していった。
だらだらと、漆黒の玉座を溢れ出た白く彩る精液。
やがて魔王はその胎内に、新たな命を宿していた。
もちろん、言葉にはしなかったが勇者はその事に戸惑っていた。
消し様の無い、それ。
魔王は立ち去ろうとした。
去れば、少なくともこの男からはそれは消せるのだ。
「責任、とか言うもの、かしら」
自分を一度は止めた意図を女は反芻する。
「そんなもので愛してくれなくても良いわ」
言ってその身を空へと翻す。
男はその手首を掴む。
「いいの?」
引き止めた男は答えない。
ただその華奢な手首を離さなかった。
その手には、人間世界の命運が握られていた筈なのに、
なのに男はそんな物よりも、か細い女の手首を握ったまま、ずっとそうしていた。
「俺は、お前と子の為に、お前の世界を、護る……」
それは強い言葉ではなく、想い囁きでもなく、心の淵に沈むような無責任な言葉だった。
彼から離れようと、相手への高揚を殺して支えるものを失って心の淵に沈んで、その底で冷たくなっている私を、抱き温めてくれる言葉だった。
だから女は、世界を作ろうと思った。
「……たぶん、うちの旦那でもそう言うわ」
「貴女の旦那様"なら"そう言うんでしょ?」
「そうなのかしらね」
話の創作主は自分のお腹を撫でる。
その言葉を貰った日の事を思い出す。
もう何ヶ月も前なのに、今でも話し聞かせる程に鮮明に思い出せる。
臨月を迎えた夫との間にもうけた新しい命、小さな新しい世界がそのお腹の中である。外の広い世界に出て来る日を待っている。
今、彼女らの母親である魔王が作っている、この新しい世界へと産まれようとしている。
「ふふふふ」
魔物の姉妹達は笑った。
「もうすぐよねー」
「もうすぐだねー」
お腹のその中の子に話しかけるように、リリムたちが微笑みかけていた。
「早くこの世界に出ておいでー」
15/01/13 21:31更新 / 雑食ハイエナ