WクリスマスのDエンジェル
家出少女というのは、私のようなダークエンジェルを指していうのだろう。
いや、逆か。ダークエンジェルが家出少女なのか。
私らは他人様に言わせれば、堕落している。墜落と書き間違える奴もいるが、あながちそちらの方が正しいのかもしれない。
愛しの男に射抜かれて、私たちはその足元に墜落するのだ。狩人に仕留められた鴨のように。そしてその晩、たべられてしまうわけだ。
男にたべられちゃった私らは、エンジェルではなくなって、家を出て、二度と戻らない。
私らは、家出少女だ。
「あ、天使さんだぁ」
小さな子供が、大きなもみの樹を飾り付けたクリスマスツリーの、そのてっぺん近くで引っかかっている私を見つけ、指差していた。
手を振ってやったら、その子は驚いていた。飾りかなにかと、勘違いしていたのかもしれない。そして、嬉しそうに手を振り返してくれた。
今夜はクリスマス・イブ。
七面鳥や鶏にとっての災悪の日。
ケーキ屋の、長く続いた徹夜の日々が終わりを告げる日だ。
ざらすとラブホが繁盛する日でもある。
彼氏といちゃいちゃして、場合によっては子供ができちゃったりする日だ。そして男が慌てる原因となる日でもある。ざまぁない。
そんな、ふたりでいれば喜劇的に楽しい夜に、私はひとりでいる。
彼氏がいないわけじゃあない。
私にも、大事な彼がいる。
男に墜落したダークエンジェルだもの。
しかし、そんな私がそんな彼をほっといて、私はひとりでいる。
彼もわかってくれている。
「今日は、帰らない」
「そっか…」
少し寂しそうにするけれど、そう言っていつも送り出してくれる。
いや、本当は私も、引き止めてほしいのかもしれない。いちゃいちゃしたいと思っているのかもしれない。いや、思っている。
でも今日は、私なりの特別な日なんだ。
それは、かつての私にとって、大事な人の誕生日であったような気がする。
だけどそんな由来は、この日をちゃんと私が覚えておく目印でしかない。物覚えの悪い私が、覚えていられる日にしたら、この日になったんだ。
国中のカップルがいちゃいちゃする日に、私というものがいて女日照りでもないのに、私によって女日照りの刑に処される彼には悪いと思っている。物覚えの悪い、ついでに言えば物分かりも悪い、そんな彼女に惚れたのだと、あきらめてくれ。
私はこの日ひとりになって、ずっと昔に飛び出してきた、かつての家の事を考える。
想っている、と言ったほうが正しいのかな。
真っ白だった頃の自分も、思い出したりもする。
人間の男なんぞに、たべられちゃった私。とうさんだか、かあさんだかは怒り狂って、私のケツをひっぱたいて家から追い出した。私も、こんな分からず屋な親と、分からず屋の言葉を鵜呑みにする馬鹿姉妹どもに愛想を尽かして出ていってやったのさ。
そうさ、でも……。
でも、だけどさ。だけどね。
赦してくれとは言わないけれど、赦して欲しいと思うときもたまにはあるさ。
そんなふうに思うときがあるから、こんな特別な日ってのが、私には必要なんだ。
なにせこのクリスマスって日は、なんとなく、家族が近くに感じられる日だから。
漆黒の夜空から、白い雪が舞い降りてくる。
天気予報は当たったらしい。今晩はホワイトクリスマスとか言っていたから。
ただ天気予報を信奉しない無宗教の私としては、傘はもっていない。
いいさ。私は自分に雪が積もるままにして、そしてすっかり白くなった。
クリスマスという日は、愛の日というものらしい。
だからプレゼントを贈って、その愛を表す。
これは私への、天からのプレゼントなんだろうか。
私に降り積もった雪の結晶がきらきら光って、私はエンジェルだったかつてのような姿になっていた。
天から舞い降りたものたちで、天から墜落した私が白くなる。
それで私は、自分が赦されたような、そんな気持ちになっていた。
帰っても、いいのかな?
家が、恋しく無いと言えば、嘘になる。
夜が明け、東の空が白みはじめていた。
たぶんあそこに、かつての私の家がある。
明星の輝くその先に。
でも……、
でも、ね。
私は、彼のこと愛してるんだ。
帰れないよ。
だから私は、自分に積もった雪をしっかりと払うと、またすっかりダークエンジェルに戻る。
さぁ、帰ろうか。
彼が、待っててくれている。
コンビニで安くなったケーキと、売れ残りのシャンメリーでもおみやげに買って。
クリスマスに、おみや付きの朝帰りをする愛しの女を、彼はただの一言で迎えてくれる。
「どうだった?」
彼は、ただそれだけ聞いて来た。
「うん、まぁまぁかな」
私はそれだけ答えて、彼に受け入れられた。
コタツに入ると、熱かった。一晩中、遠赤外線で暖め続けたって感じだ。もしかしたら、嫉妬のようなものも混じっていたのかもしれない。彼に魔力の素養は無いはずだが。
たぶん彼は今年のイブもまんじりともせず、このコタツで夜を明かしたのだろう。
私を待って。
「嬉しいよ」
彼は不意な私の言葉に首を傾げかけたけど、それでもなんとなく意味はわかってくれたようだ。私をそっと抱いてくれる。
「さむかったろう? あっためてやるよ」
「このスケベやろう……そっちのほうはあとでな」
私は、じゃーん、とか言って、おみやげのケーキとシャンメリーが入った袋をひらけて見せた。
「いっしょにたべよう」
あんな分からず屋な親も、馬鹿な姉妹どもも、私には今の彼ほど愛おしい。彼ほど愛おしいというのに、なんで親や姉妹たちは、彼を愛してくれないのだろうか。
そして、彼を愛する私を、愛さなくなってしまったのだろうか。
それでも、忘れられるわけがない。だからそんなことを、今夜は考える日だった。一年間溜め込んでいた、かつての家族への数多を、はきだす日。
少なくとも、私にとっては。
彼を嫌いになれば、私はエンジェルに戻れるのだろうか?
分からず屋な親も、馬鹿な姉妹どもも、私の親や姉妹に戻ってくれるのだろうか。
でも、そんなくらいならば。
私は彼の体温を、背中とそこから生える黒い翼で感じながら思う。
私は黒いままでいい。
白いのは、雪だけでいい。
そんな有象無象の想いをはきだして、そしてその中に混じってしまっている彼への想いを洗い出す。彼だけを想って、明ける朝を迎える為に。
エンジェルでいるのは、雪のように冷たい。
地上に降臨し我が肉を受けても、その肉が求めてくるところの、あたたかく包み込んで抱いていてくれる者など、いなかった。
並ぶか重なるかしてコタツに脚つっこんで、アルバイターがノルマで見よう見まねでつくった甘いだけのケーキを一緒に頬張って、アルコールも入っていないシャンメリーかっくらって、それだけで幸せに酔いしれれる。それがどこが悪い。
高尚な理論はどうでもいい。
雪の中、身勝手に突っ立って勝手にこごえる私を、なにも言わずにあっためてくれて、そのためだけに一晩中待っててくれて、そして男としてやること忘れて、というか睡魔の前に一歩及ばず討ち果たされ、私の腕の横でコタツの天板につっぷして、幸せそうだがだらしない顔でよだれをたらして居眠りする男を、愛おしく思うことは、
私が間抜けであることは甘受するが、
そんな彼を悪く言うことは赦せない。穢らわしいのだと言う奴らは、私を怒り狂わせたいのか。
私の彼への想いを、なによりそれを受け止めてくれる彼を、その心を穢すかのような言動は赦せない。例え親であろうと、姉妹であろうと。
喉の渇きを覚える。
それが間違っても、あのクソ家族どもに対する渇きでないことを証明したいかのように、私はシャンメリーをコップに満たして煽った。
冷や水のように、無為に猛る心を鎮めた。
ブドウ風味の微炭酸が、喉越しに心地良い。
ああもう、よそう。
考えるのはおしまい。もうあの夜は明けた。
今日はクリスマス。
どうやら、愛の日ということらしいのだから。
なら、私を愛しく思ってくれているこの男に、この日は捧げるべきだ。
それにもう私には、彼しか家族がいないのだから。
昨夜から続く乱痴気騒ぎの輪に、彼が目覚めれば私たちも一晩分おくれで加わることになる。
昨晩かけて洗いだされて、彼だけの想いばかりなっている今の私の心は、滾っている。制御棒とかいう奴をすっかり引き抜いて、さっさと臨界に達してしまっているぞ。
彼への想いを理由に、それをプレゼントと称して、私は彼にそれを押し付けるつもりであった。
ただひとりの家族のために。
私はぺろりと、唇を舐めた。
いや、逆か。ダークエンジェルが家出少女なのか。
私らは他人様に言わせれば、堕落している。墜落と書き間違える奴もいるが、あながちそちらの方が正しいのかもしれない。
愛しの男に射抜かれて、私たちはその足元に墜落するのだ。狩人に仕留められた鴨のように。そしてその晩、たべられてしまうわけだ。
男にたべられちゃった私らは、エンジェルではなくなって、家を出て、二度と戻らない。
私らは、家出少女だ。
「あ、天使さんだぁ」
小さな子供が、大きなもみの樹を飾り付けたクリスマスツリーの、そのてっぺん近くで引っかかっている私を見つけ、指差していた。
手を振ってやったら、その子は驚いていた。飾りかなにかと、勘違いしていたのかもしれない。そして、嬉しそうに手を振り返してくれた。
今夜はクリスマス・イブ。
七面鳥や鶏にとっての災悪の日。
ケーキ屋の、長く続いた徹夜の日々が終わりを告げる日だ。
ざらすとラブホが繁盛する日でもある。
彼氏といちゃいちゃして、場合によっては子供ができちゃったりする日だ。そして男が慌てる原因となる日でもある。ざまぁない。
そんな、ふたりでいれば喜劇的に楽しい夜に、私はひとりでいる。
彼氏がいないわけじゃあない。
私にも、大事な彼がいる。
男に墜落したダークエンジェルだもの。
しかし、そんな私がそんな彼をほっといて、私はひとりでいる。
彼もわかってくれている。
「今日は、帰らない」
「そっか…」
少し寂しそうにするけれど、そう言っていつも送り出してくれる。
いや、本当は私も、引き止めてほしいのかもしれない。いちゃいちゃしたいと思っているのかもしれない。いや、思っている。
でも今日は、私なりの特別な日なんだ。
それは、かつての私にとって、大事な人の誕生日であったような気がする。
だけどそんな由来は、この日をちゃんと私が覚えておく目印でしかない。物覚えの悪い私が、覚えていられる日にしたら、この日になったんだ。
国中のカップルがいちゃいちゃする日に、私というものがいて女日照りでもないのに、私によって女日照りの刑に処される彼には悪いと思っている。物覚えの悪い、ついでに言えば物分かりも悪い、そんな彼女に惚れたのだと、あきらめてくれ。
私はこの日ひとりになって、ずっと昔に飛び出してきた、かつての家の事を考える。
想っている、と言ったほうが正しいのかな。
真っ白だった頃の自分も、思い出したりもする。
人間の男なんぞに、たべられちゃった私。とうさんだか、かあさんだかは怒り狂って、私のケツをひっぱたいて家から追い出した。私も、こんな分からず屋な親と、分からず屋の言葉を鵜呑みにする馬鹿姉妹どもに愛想を尽かして出ていってやったのさ。
そうさ、でも……。
でも、だけどさ。だけどね。
赦してくれとは言わないけれど、赦して欲しいと思うときもたまにはあるさ。
そんなふうに思うときがあるから、こんな特別な日ってのが、私には必要なんだ。
なにせこのクリスマスって日は、なんとなく、家族が近くに感じられる日だから。
漆黒の夜空から、白い雪が舞い降りてくる。
天気予報は当たったらしい。今晩はホワイトクリスマスとか言っていたから。
ただ天気予報を信奉しない無宗教の私としては、傘はもっていない。
いいさ。私は自分に雪が積もるままにして、そしてすっかり白くなった。
クリスマスという日は、愛の日というものらしい。
だからプレゼントを贈って、その愛を表す。
これは私への、天からのプレゼントなんだろうか。
私に降り積もった雪の結晶がきらきら光って、私はエンジェルだったかつてのような姿になっていた。
天から舞い降りたものたちで、天から墜落した私が白くなる。
それで私は、自分が赦されたような、そんな気持ちになっていた。
帰っても、いいのかな?
家が、恋しく無いと言えば、嘘になる。
夜が明け、東の空が白みはじめていた。
たぶんあそこに、かつての私の家がある。
明星の輝くその先に。
でも……、
でも、ね。
私は、彼のこと愛してるんだ。
帰れないよ。
だから私は、自分に積もった雪をしっかりと払うと、またすっかりダークエンジェルに戻る。
さぁ、帰ろうか。
彼が、待っててくれている。
コンビニで安くなったケーキと、売れ残りのシャンメリーでもおみやげに買って。
クリスマスに、おみや付きの朝帰りをする愛しの女を、彼はただの一言で迎えてくれる。
「どうだった?」
彼は、ただそれだけ聞いて来た。
「うん、まぁまぁかな」
私はそれだけ答えて、彼に受け入れられた。
コタツに入ると、熱かった。一晩中、遠赤外線で暖め続けたって感じだ。もしかしたら、嫉妬のようなものも混じっていたのかもしれない。彼に魔力の素養は無いはずだが。
たぶん彼は今年のイブもまんじりともせず、このコタツで夜を明かしたのだろう。
私を待って。
「嬉しいよ」
彼は不意な私の言葉に首を傾げかけたけど、それでもなんとなく意味はわかってくれたようだ。私をそっと抱いてくれる。
「さむかったろう? あっためてやるよ」
「このスケベやろう……そっちのほうはあとでな」
私は、じゃーん、とか言って、おみやげのケーキとシャンメリーが入った袋をひらけて見せた。
「いっしょにたべよう」
あんな分からず屋な親も、馬鹿な姉妹どもも、私には今の彼ほど愛おしい。彼ほど愛おしいというのに、なんで親や姉妹たちは、彼を愛してくれないのだろうか。
そして、彼を愛する私を、愛さなくなってしまったのだろうか。
それでも、忘れられるわけがない。だからそんなことを、今夜は考える日だった。一年間溜め込んでいた、かつての家族への数多を、はきだす日。
少なくとも、私にとっては。
彼を嫌いになれば、私はエンジェルに戻れるのだろうか?
分からず屋な親も、馬鹿な姉妹どもも、私の親や姉妹に戻ってくれるのだろうか。
でも、そんなくらいならば。
私は彼の体温を、背中とそこから生える黒い翼で感じながら思う。
私は黒いままでいい。
白いのは、雪だけでいい。
そんな有象無象の想いをはきだして、そしてその中に混じってしまっている彼への想いを洗い出す。彼だけを想って、明ける朝を迎える為に。
エンジェルでいるのは、雪のように冷たい。
地上に降臨し我が肉を受けても、その肉が求めてくるところの、あたたかく包み込んで抱いていてくれる者など、いなかった。
並ぶか重なるかしてコタツに脚つっこんで、アルバイターがノルマで見よう見まねでつくった甘いだけのケーキを一緒に頬張って、アルコールも入っていないシャンメリーかっくらって、それだけで幸せに酔いしれれる。それがどこが悪い。
高尚な理論はどうでもいい。
雪の中、身勝手に突っ立って勝手にこごえる私を、なにも言わずにあっためてくれて、そのためだけに一晩中待っててくれて、そして男としてやること忘れて、というか睡魔の前に一歩及ばず討ち果たされ、私の腕の横でコタツの天板につっぷして、幸せそうだがだらしない顔でよだれをたらして居眠りする男を、愛おしく思うことは、
私が間抜けであることは甘受するが、
そんな彼を悪く言うことは赦せない。穢らわしいのだと言う奴らは、私を怒り狂わせたいのか。
私の彼への想いを、なによりそれを受け止めてくれる彼を、その心を穢すかのような言動は赦せない。例え親であろうと、姉妹であろうと。
喉の渇きを覚える。
それが間違っても、あのクソ家族どもに対する渇きでないことを証明したいかのように、私はシャンメリーをコップに満たして煽った。
冷や水のように、無為に猛る心を鎮めた。
ブドウ風味の微炭酸が、喉越しに心地良い。
ああもう、よそう。
考えるのはおしまい。もうあの夜は明けた。
今日はクリスマス。
どうやら、愛の日ということらしいのだから。
なら、私を愛しく思ってくれているこの男に、この日は捧げるべきだ。
それにもう私には、彼しか家族がいないのだから。
昨夜から続く乱痴気騒ぎの輪に、彼が目覚めれば私たちも一晩分おくれで加わることになる。
昨晩かけて洗いだされて、彼だけの想いばかりなっている今の私の心は、滾っている。制御棒とかいう奴をすっかり引き抜いて、さっさと臨界に達してしまっているぞ。
彼への想いを理由に、それをプレゼントと称して、私は彼にそれを押し付けるつもりであった。
ただひとりの家族のために。
私はぺろりと、唇を舐めた。
10/12/24 18:15更新 / 雑食ハイエナ