勇者(と書いて、メドゥーサの"元"旦那と読む)
ある所に、メドゥーサの嫁と別れた男がいた。
「勇者ですね」
「うん、勇者だな」
「まったくもって、勇者だ」
皆が口々に褒め讃える。
要約するとこんな感じ。
「よくもまぁ、生きてますね、絞め殺されずに」
だから彼は、勇者だった。
実際には彼女から縁を切られた、と白状すると、
「それでも勇者ですね」
「ああ、勇者だな」
「とんでもねぇ勇者だな」
皆がまた、口々に彼を褒め讃えた。
詳細を示すとこんな感じ。
「よく後腐れが無いように始末されませんでしたね、締め上げられて」
そんな訳で、やっぱり彼は勇者だった。
「みんな好き勝手言っているけど、正直、塹壕の中でコーヒー啜りながらする様な話じゃあ無いと思うんだがね」
部下から散々話のネタにされている彼等の隊長は、ブリキのカップで適当に入れたコーヒーを啜りながら、そのコーヒーよりも苦みばしった顔をしてみせた。
相手方の魔力の砲撃を避けるために掘られた塹壕に籠って、もうどれくらい経っただろうか。
「どうやら敵に、強力な魔物がいるようですな」
「強力な魔物、というより、執念深いってだけなんじゃあないのかな?」
「は?」
「そろそろ、か」
彼は16tほどありそうな重い腰を上げて言った。
「みんな、すまないが、もっともらしく慌ててみせて、適当に反撃してくれ」
「すまない?」
「もっともらしく慌てて?」
「それに、そろそろ、て、なんですか?」
部下達は互いの顔を見合わせた。
「反撃が適当で良いんですか?」
隊長は、無言のうちに頷いた。
そんな訳で、もっともらしく慌てふためき、適当に反撃した結果、彼等の部隊はやっぱり敵に包囲された。
彼等を取っ捕まええる為に敵が、ズリズリとやって来た。
「あ、」
彼以外の誰もが間抜け面で、相手を指差していた。
隊長の、元奥さんだった。
「捕虜は尋問しなくちゃねぇ。
……い、言っておくけど! 貴男に巻き付いているのは、締め上げているのよ! これは拷問なのよ! さぁ、さっさと白状なさい!」
……て、何を白状しろと?
「……ち、違うわよ、絶対に、決して、貴男が好きだから巻き付いているんじゃあないんだからね! て、敵方の将校の貴男となんか、恋になんかおちたりなんかしないわよ、しないんだから! 恋に落ちて、命をかけて貴男を逃がして助けようなんて思ってないんだからぁ!」
「………また妙な遊びを思いついて」
「貴男がイケナイんじゃない!」
彼女は強く壁を叩いていた。
「そうよ、貴男よ、貴男がイケナイのよ! 貴男が従順で、気配りができて、私の事をよく解っていてくれて、優しくて、温かくて、誰よりも強くて、心から愛してくれて、何も無い時は定時で帰って来て、家事も手伝ってくれて、料理も上手くて、それでいて"私の方が美味しい"て言ってくれて、寝る前に本を呼んでくれるし、夜も私がイクまで待っててくれるし、物足りない時は何度でもがんばってくれるし、腕マクラしてくれるし、それでいて私より早起きで朝も優しく起こしてくれるし、他には………」
「良い事じゃないか」
「駄目よ! 私がツンツンできないじゃない!?」
「………ハイ?」
「貴男が何気にハイスペックで何でもできるから私が、"もう、しょうがないわね!"って言えないじゃないの。私が、介在できないじゃないの。貴男にしてあげる事が無いじゃないの。ツンツンするくらい貴男にぶつけるものが無い私の存在価値って何!? 私はだらしなく貴男にデレデレしてばかりいる、はしたない女なのよぉ!」
彼女は泣き始めた。
頭の蛇達も泣き始めた。
もう、本気で泣き始めた。
「君はそんなにも、僕を想ってくれているんだね」
「そ、そんな事無いわよ。あんたなんか!」
そこまで言って、彼女はそこで、大事な何かを見つけたのようであった。表情に喜色が差して、彼を見ていた。
彼は頷きながら言った。
「君は持っているじゃないか。いつも僕にそれを向けてくれているじゃないか。しょうがないって言いながらね」
彼は彼女に巻き付かれている事を忘れていた。
死ぬ程、締め上げられた。
メドューサのツンデレ気質や嫉妬深さってのは、自分に対する夫の、あるいはその逆すら、その愛情を信じられなくなる脆さから来ているのではないだろうか。平穏かつ幸せな日常の中で埋没しがちなそれを見失って、寂しがって泣き始めてしまう種族なのではないだろうか。ちょっとの寂しさも我慢できない、寂しがり屋なのではないだろうか。
相手の愛情を、いつも確かめられずにはいられない。確かめる為に、彼女らはあんな一見気難しく、しかし情愛に満ちた行動をとるのではないか。
彼は簀巻きにされて何もできないので、とりあえず、そんな考察をしてみたり。
「と、とにかく、敵に寝返った貴男を、尋問するんだからね!」
「寝返ったのは君だろう? 聞いちゃいないよ」
もし彼女が、自分との愛なり、その証なりを一人寂しく探しているのなら、夫としてすべき事は決まっているだろう。
まぁ、法的には離婚されてんだけれども。(届けたら、役所始まって以来の珍事とか言われたり、慣例で死亡届も同時制作され、法的に死んだ事にされそうになったり)
彼は部下達に首だけ向けると、本当に申し訳なさそうに言った。
「ああ、すまないね、みんな。どうやら私はこれから尋問のようだ。先に失礼させてもらうよ」
「……いえ、おかまいなく」
部下一同の声が力無くハモる中、彼等の隊長はメドゥーサの蛇の胴に簀巻きにされたまま、ズリズリと連行されていった。どこに連行されていったかは、推して知るべし。
彼はやっぱり(と言うか、なんと言うか)勇者だった。
いや、なんとなくそう思うだけだけど。
「勇者ですね」
「うん、勇者だな」
「まったくもって、勇者だ」
皆が口々に褒め讃える。
要約するとこんな感じ。
「よくもまぁ、生きてますね、絞め殺されずに」
だから彼は、勇者だった。
実際には彼女から縁を切られた、と白状すると、
「それでも勇者ですね」
「ああ、勇者だな」
「とんでもねぇ勇者だな」
皆がまた、口々に彼を褒め讃えた。
詳細を示すとこんな感じ。
「よく後腐れが無いように始末されませんでしたね、締め上げられて」
そんな訳で、やっぱり彼は勇者だった。
「みんな好き勝手言っているけど、正直、塹壕の中でコーヒー啜りながらする様な話じゃあ無いと思うんだがね」
部下から散々話のネタにされている彼等の隊長は、ブリキのカップで適当に入れたコーヒーを啜りながら、そのコーヒーよりも苦みばしった顔をしてみせた。
相手方の魔力の砲撃を避けるために掘られた塹壕に籠って、もうどれくらい経っただろうか。
「どうやら敵に、強力な魔物がいるようですな」
「強力な魔物、というより、執念深いってだけなんじゃあないのかな?」
「は?」
「そろそろ、か」
彼は16tほどありそうな重い腰を上げて言った。
「みんな、すまないが、もっともらしく慌ててみせて、適当に反撃してくれ」
「すまない?」
「もっともらしく慌てて?」
「それに、そろそろ、て、なんですか?」
部下達は互いの顔を見合わせた。
「反撃が適当で良いんですか?」
隊長は、無言のうちに頷いた。
そんな訳で、もっともらしく慌てふためき、適当に反撃した結果、彼等の部隊はやっぱり敵に包囲された。
彼等を取っ捕まええる為に敵が、ズリズリとやって来た。
「あ、」
彼以外の誰もが間抜け面で、相手を指差していた。
隊長の、元奥さんだった。
「捕虜は尋問しなくちゃねぇ。
……い、言っておくけど! 貴男に巻き付いているのは、締め上げているのよ! これは拷問なのよ! さぁ、さっさと白状なさい!」
……て、何を白状しろと?
「……ち、違うわよ、絶対に、決して、貴男が好きだから巻き付いているんじゃあないんだからね! て、敵方の将校の貴男となんか、恋になんかおちたりなんかしないわよ、しないんだから! 恋に落ちて、命をかけて貴男を逃がして助けようなんて思ってないんだからぁ!」
「………また妙な遊びを思いついて」
「貴男がイケナイんじゃない!」
彼女は強く壁を叩いていた。
「そうよ、貴男よ、貴男がイケナイのよ! 貴男が従順で、気配りができて、私の事をよく解っていてくれて、優しくて、温かくて、誰よりも強くて、心から愛してくれて、何も無い時は定時で帰って来て、家事も手伝ってくれて、料理も上手くて、それでいて"私の方が美味しい"て言ってくれて、寝る前に本を呼んでくれるし、夜も私がイクまで待っててくれるし、物足りない時は何度でもがんばってくれるし、腕マクラしてくれるし、それでいて私より早起きで朝も優しく起こしてくれるし、他には………」
「良い事じゃないか」
「駄目よ! 私がツンツンできないじゃない!?」
「………ハイ?」
「貴男が何気にハイスペックで何でもできるから私が、"もう、しょうがないわね!"って言えないじゃないの。私が、介在できないじゃないの。貴男にしてあげる事が無いじゃないの。ツンツンするくらい貴男にぶつけるものが無い私の存在価値って何!? 私はだらしなく貴男にデレデレしてばかりいる、はしたない女なのよぉ!」
彼女は泣き始めた。
頭の蛇達も泣き始めた。
もう、本気で泣き始めた。
「君はそんなにも、僕を想ってくれているんだね」
「そ、そんな事無いわよ。あんたなんか!」
そこまで言って、彼女はそこで、大事な何かを見つけたのようであった。表情に喜色が差して、彼を見ていた。
彼は頷きながら言った。
「君は持っているじゃないか。いつも僕にそれを向けてくれているじゃないか。しょうがないって言いながらね」
彼は彼女に巻き付かれている事を忘れていた。
死ぬ程、締め上げられた。
メドューサのツンデレ気質や嫉妬深さってのは、自分に対する夫の、あるいはその逆すら、その愛情を信じられなくなる脆さから来ているのではないだろうか。平穏かつ幸せな日常の中で埋没しがちなそれを見失って、寂しがって泣き始めてしまう種族なのではないだろうか。ちょっとの寂しさも我慢できない、寂しがり屋なのではないだろうか。
相手の愛情を、いつも確かめられずにはいられない。確かめる為に、彼女らはあんな一見気難しく、しかし情愛に満ちた行動をとるのではないか。
彼は簀巻きにされて何もできないので、とりあえず、そんな考察をしてみたり。
「と、とにかく、敵に寝返った貴男を、尋問するんだからね!」
「寝返ったのは君だろう? 聞いちゃいないよ」
もし彼女が、自分との愛なり、その証なりを一人寂しく探しているのなら、夫としてすべき事は決まっているだろう。
まぁ、法的には離婚されてんだけれども。(届けたら、役所始まって以来の珍事とか言われたり、慣例で死亡届も同時制作され、法的に死んだ事にされそうになったり)
彼は部下達に首だけ向けると、本当に申し訳なさそうに言った。
「ああ、すまないね、みんな。どうやら私はこれから尋問のようだ。先に失礼させてもらうよ」
「……いえ、おかまいなく」
部下一同の声が力無くハモる中、彼等の隊長はメドゥーサの蛇の胴に簀巻きにされたまま、ズリズリと連行されていった。どこに連行されていったかは、推して知るべし。
彼はやっぱり(と言うか、なんと言うか)勇者だった。
いや、なんとなくそう思うだけだけど。
10/12/03 18:14更新 / 雑食ハイエナ