元人間の___
わしの部屋に戻ってから、アレックスは椅子に座りながら青冷めた表情でうわごとを言っている。
彼女がこうなってしまった原因がエヴェルと言う勇者らしい。そいつが誰で彼女に何をやったのかは解らないが、間違いなく勇者に相応しい人間ではないじゃろう。
虚ろな目で虚空を見詰めるアレックスを見ていると、どうにか励ましたくなるが、事情を詳しく知らないわしには何も出来ない。
今は、そっとしておいた方が良いのか......?
___いや、駄目じゃ!
アレックスの前に移動し、彼女の目を見てわしは考えるのでなく、心が命ずるままに言葉を告げる。
「アレックス!わしを殴れ!」
「......へ?」
混乱と困惑の感情を含めながらも、今だに顔色が悪いアレックスがわしを見た。
「わしにお主の事は解らない。じゃが、お主が憎しみを抱えている事だけは解る」
「......バフォ様?」
何かを言いたげなアレックスを無視してわしは続けた。
「その憎しみは、いつか暴走してしまう。感情のまま人間達を襲った所で、怪我をしている今のお主では万に一つの勝ち目も無い」
わしのこの言葉で彼女を救えるとは思わない。だが、それでもわしはアレックスの笑顔を取り戻したい。
偽善?自己満足?何とでも言えば良い。それでもわしはわしの思う様にやる。
「それならわしを殴れば良い。 その憎悪も、切り落とされた右腕の恨みも、絶望も全て、わしにぶつければ良い」
これでもそこらへんの魔物娘より体は頑丈じゃからな。
「なんで......アンタは」
次第に顔に生気が戻り、涙を浮かべ始めた彼女は唖然としている。
「まっすぐに生きるんじゃろ?ならばお主の好きにすれば良い」
すると、アレックスはその拳を振り上げ___弱々しく叩きつけた。
泣きながら、何度も何度もわしを叩いた。
これで良い。わし等では精々憎しみの捌け口にしかなれないが、それでも彼女の心が少しでも安らぐなら、わしは喜んでその役目を引き受けよう。
それから、落ち着きを取り戻したアレックスはようやく、全てを話してくれた。その内容は、わしが彼女の過去を知った時に聞こうとした事と、ほとんど同じだった。
「やっぱり、俺は裏切り者なのかな......?」
「お主は優しいだけじゃよ、だから自分を責めないでくれ」
わしの言葉を聞いたアレックスは一瞬口籠ったが、
「えっと「バフォ様!」
誰じゃ!?今良い所なのに!
突然部屋に入って来た魔女に思わず冷たい視線を送った。
「なんの用じゃ」
「それが、勇者がこちらに向かっているらしくバフォ様に出撃命令が出ているんです」
勇者......恐らくアイツじゃろう。まったく、町の事といい本当に空気の読めないヤツじゃな。
「取り込み中なら、別の方に「いや、行こう」
「バフォ様!?」
「と言う訳で、ちょっと留守番してくれるか?」
「......解った」
アレックスが「いかないで」と言いたいのはその顔をみれば解る。じゃが奴を野放しにしていたら、いずれ彼女が不幸になってしまう。
いつも使っている大鎌ではなく部屋にあった一本の剣を取り、アレックスに「行ってくる」と告げて廊下に出た。
さて、少々やんちゃをしすぎた子供に『おしおき』をしてやるか。
勇者___エヴェルがいたのは、初めてアレックスと出会った森だった。
癖のある赤毛に、少し高めの身長の整った顔立ちの青年だった。
「ん?なんだ、魔物か」
エヴェルはわしの姿を見た瞬間、がっかりした様に顔でそう告げた。
「まったく王都のヤツら、アレックスごときが死んだ位で騒ぎやがって」
......どうゆう意味だ?アレックスの話では国の人々は彼女の事を裏切り者と罵っていたらしいが。
「形見を持ってこいって......なんであんな奴がこんなに慕われているんだ?」
慕われて___?まさか、この男......。
「一つ、聞いて良いか?」
「なんだよ?」
胸の内から沸々と沸き上がる感情を抑えながら、わしはエヴェルに聞いた。
「国の人間がアレックスの事を裏切り者と言ったのは......本当か?」
それを聞いたエヴェルは、わしの事を馬鹿にした様な目でみながら___
「そんなの、嘘に決まってんだろ?俺が勇者になるにはアイツは邪魔だったからな」
そうか、そういう事なのか。
わしの中で、燃え上がる炎ではなく、その炎すらも凍らせる冷気の様な怒りが生まれた。
初めは少々灸を据える筈じゃったが......予定変更じゃな。
「なんだその目は?最近の魔物は人間に殺気を向けない筈だが」
相手はわしを見た目相応と見て、見下した視線を送る。じゃが、そんな事はどうでも良い。
「そうじゃな。魔物娘のわしなら大目みる」
「ほらな、つー訳でさっさと帰れ。殺すぞ?」
「......だから、私は貴方を『人間』として許さない」
剣を静かに抜きながら、私は___数百年振りに、名を名乗った。
「魔王軍最高幹部バフォメット......否、我が名は元・王国近衛騎士団長ノヴァ・フリューゲル」
怪訝な顔をしながら私を見るエヴェルに剣の先を向ける。
「貴方に決闘を申し込む。......掛かって来い、勇者の恥さらし」
アレックス視点
初めは大人しく部屋で待っていた俺だったが、何故か妙な予感がしたので、ついバフォ様が向かった森に来てしまう。
そして、そこで聞いたのは、俺の想像を遥かに越える言葉だった。
バフォ様が、英雄ノヴァ?嘘......じゃないよな。今来たばかりだから、詳しい状況は解らないが、こんな時に嘘なんて付いても意味がない。
子供の外見のノヴァ......バフォ様に恥さらしと馬鹿にされたエヴェルは、怒りのまま彼女に襲い掛かった。
だが、エヴェルの剣がバフォ様を切り裂く事は無かった。
一瞬の内にエヴェルの剣を折ったバフォ様は反撃をしようとするエヴェルを真っ二つに切り裂く。と言う感じのフェイントをして奴が怯んだ隙を狙い、鳩尾に拳を叩き込んだ。
容赦の無い一撃に膝から崩れ落ちるエヴェル。
言っておくが、アイツは決して弱くない。ただ、バフォ様が余りにも強すぎるだけなんだ。
「......殺しはしない。生きて償え」
「黙れ...!何故俺が!勇者であるこの俺が!」
エヴェルが勇者と言った瞬間、また右腕の傷が疼いた。
勇者か......。俺は別に、そんなのには興味は無かったんだけどな。
「......!」
木の影から様子を見ていた俺だったが、エヴェルに気付かれてしまった。
「...そうだ...せめて、魔物一匹でも」
『あの時』の様な顔をしてこちらに近付いてくる。
「ま、待て!」
バフォ様が青冷めた表情でエヴェルを止めようとする。それは多分、俺の事を心配しているのではない。
「駄目だ!こっちに来るな!」
次第に走る速度を上げるエヴェルはそれに気付いていない。
俺は思わず声を張り上げる。
「ひゃはははっ!死ねええぇぇぇ!!!!」
「馬鹿! 止まれ!止まれぇぇ!!」
俺と二人のいる場所の間に、夜の闇と木々に隠れて見え難い、大きな坂がある事に。
「え___」
不快な音を響かせながら、坂を転がり落ちて行く。それを追って俺達が下まで降りた時には、既にエヴェルは死んでいた。
首や、腕を有り得ない方向に曲げながら、先程の表情のままで息絶えている彼を見て、複雑な気分になった。
自分を殺そうとした相手が死んで嬉しいのか?それともかつて友だった男が死んで悲しいのか?......答えはでなかった。
「バフォ様......」
「解っておる。___じゃが、これはこの男の自業自得じゃよ」
エヴェルを森に埋葬した俺はバフォ様に色々と聞きたい事があったけど、それを抑えながら城に帰った。
彼女がこうなってしまった原因がエヴェルと言う勇者らしい。そいつが誰で彼女に何をやったのかは解らないが、間違いなく勇者に相応しい人間ではないじゃろう。
虚ろな目で虚空を見詰めるアレックスを見ていると、どうにか励ましたくなるが、事情を詳しく知らないわしには何も出来ない。
今は、そっとしておいた方が良いのか......?
___いや、駄目じゃ!
アレックスの前に移動し、彼女の目を見てわしは考えるのでなく、心が命ずるままに言葉を告げる。
「アレックス!わしを殴れ!」
「......へ?」
混乱と困惑の感情を含めながらも、今だに顔色が悪いアレックスがわしを見た。
「わしにお主の事は解らない。じゃが、お主が憎しみを抱えている事だけは解る」
「......バフォ様?」
何かを言いたげなアレックスを無視してわしは続けた。
「その憎しみは、いつか暴走してしまう。感情のまま人間達を襲った所で、怪我をしている今のお主では万に一つの勝ち目も無い」
わしのこの言葉で彼女を救えるとは思わない。だが、それでもわしはアレックスの笑顔を取り戻したい。
偽善?自己満足?何とでも言えば良い。それでもわしはわしの思う様にやる。
「それならわしを殴れば良い。 その憎悪も、切り落とされた右腕の恨みも、絶望も全て、わしにぶつければ良い」
これでもそこらへんの魔物娘より体は頑丈じゃからな。
「なんで......アンタは」
次第に顔に生気が戻り、涙を浮かべ始めた彼女は唖然としている。
「まっすぐに生きるんじゃろ?ならばお主の好きにすれば良い」
すると、アレックスはその拳を振り上げ___弱々しく叩きつけた。
泣きながら、何度も何度もわしを叩いた。
これで良い。わし等では精々憎しみの捌け口にしかなれないが、それでも彼女の心が少しでも安らぐなら、わしは喜んでその役目を引き受けよう。
それから、落ち着きを取り戻したアレックスはようやく、全てを話してくれた。その内容は、わしが彼女の過去を知った時に聞こうとした事と、ほとんど同じだった。
「やっぱり、俺は裏切り者なのかな......?」
「お主は優しいだけじゃよ、だから自分を責めないでくれ」
わしの言葉を聞いたアレックスは一瞬口籠ったが、
「えっと「バフォ様!」
誰じゃ!?今良い所なのに!
突然部屋に入って来た魔女に思わず冷たい視線を送った。
「なんの用じゃ」
「それが、勇者がこちらに向かっているらしくバフォ様に出撃命令が出ているんです」
勇者......恐らくアイツじゃろう。まったく、町の事といい本当に空気の読めないヤツじゃな。
「取り込み中なら、別の方に「いや、行こう」
「バフォ様!?」
「と言う訳で、ちょっと留守番してくれるか?」
「......解った」
アレックスが「いかないで」と言いたいのはその顔をみれば解る。じゃが奴を野放しにしていたら、いずれ彼女が不幸になってしまう。
いつも使っている大鎌ではなく部屋にあった一本の剣を取り、アレックスに「行ってくる」と告げて廊下に出た。
さて、少々やんちゃをしすぎた子供に『おしおき』をしてやるか。
勇者___エヴェルがいたのは、初めてアレックスと出会った森だった。
癖のある赤毛に、少し高めの身長の整った顔立ちの青年だった。
「ん?なんだ、魔物か」
エヴェルはわしの姿を見た瞬間、がっかりした様に顔でそう告げた。
「まったく王都のヤツら、アレックスごときが死んだ位で騒ぎやがって」
......どうゆう意味だ?アレックスの話では国の人々は彼女の事を裏切り者と罵っていたらしいが。
「形見を持ってこいって......なんであんな奴がこんなに慕われているんだ?」
慕われて___?まさか、この男......。
「一つ、聞いて良いか?」
「なんだよ?」
胸の内から沸々と沸き上がる感情を抑えながら、わしはエヴェルに聞いた。
「国の人間がアレックスの事を裏切り者と言ったのは......本当か?」
それを聞いたエヴェルは、わしの事を馬鹿にした様な目でみながら___
「そんなの、嘘に決まってんだろ?俺が勇者になるにはアイツは邪魔だったからな」
そうか、そういう事なのか。
わしの中で、燃え上がる炎ではなく、その炎すらも凍らせる冷気の様な怒りが生まれた。
初めは少々灸を据える筈じゃったが......予定変更じゃな。
「なんだその目は?最近の魔物は人間に殺気を向けない筈だが」
相手はわしを見た目相応と見て、見下した視線を送る。じゃが、そんな事はどうでも良い。
「そうじゃな。魔物娘のわしなら大目みる」
「ほらな、つー訳でさっさと帰れ。殺すぞ?」
「......だから、私は貴方を『人間』として許さない」
剣を静かに抜きながら、私は___数百年振りに、名を名乗った。
「魔王軍最高幹部バフォメット......否、我が名は元・王国近衛騎士団長ノヴァ・フリューゲル」
怪訝な顔をしながら私を見るエヴェルに剣の先を向ける。
「貴方に決闘を申し込む。......掛かって来い、勇者の恥さらし」
アレックス視点
初めは大人しく部屋で待っていた俺だったが、何故か妙な予感がしたので、ついバフォ様が向かった森に来てしまう。
そして、そこで聞いたのは、俺の想像を遥かに越える言葉だった。
バフォ様が、英雄ノヴァ?嘘......じゃないよな。今来たばかりだから、詳しい状況は解らないが、こんな時に嘘なんて付いても意味がない。
子供の外見のノヴァ......バフォ様に恥さらしと馬鹿にされたエヴェルは、怒りのまま彼女に襲い掛かった。
だが、エヴェルの剣がバフォ様を切り裂く事は無かった。
一瞬の内にエヴェルの剣を折ったバフォ様は反撃をしようとするエヴェルを真っ二つに切り裂く。と言う感じのフェイントをして奴が怯んだ隙を狙い、鳩尾に拳を叩き込んだ。
容赦の無い一撃に膝から崩れ落ちるエヴェル。
言っておくが、アイツは決して弱くない。ただ、バフォ様が余りにも強すぎるだけなんだ。
「......殺しはしない。生きて償え」
「黙れ...!何故俺が!勇者であるこの俺が!」
エヴェルが勇者と言った瞬間、また右腕の傷が疼いた。
勇者か......。俺は別に、そんなのには興味は無かったんだけどな。
「......!」
木の影から様子を見ていた俺だったが、エヴェルに気付かれてしまった。
「...そうだ...せめて、魔物一匹でも」
『あの時』の様な顔をしてこちらに近付いてくる。
「ま、待て!」
バフォ様が青冷めた表情でエヴェルを止めようとする。それは多分、俺の事を心配しているのではない。
「駄目だ!こっちに来るな!」
次第に走る速度を上げるエヴェルはそれに気付いていない。
俺は思わず声を張り上げる。
「ひゃはははっ!死ねええぇぇぇ!!!!」
「馬鹿! 止まれ!止まれぇぇ!!」
俺と二人のいる場所の間に、夜の闇と木々に隠れて見え難い、大きな坂がある事に。
「え___」
不快な音を響かせながら、坂を転がり落ちて行く。それを追って俺達が下まで降りた時には、既にエヴェルは死んでいた。
首や、腕を有り得ない方向に曲げながら、先程の表情のままで息絶えている彼を見て、複雑な気分になった。
自分を殺そうとした相手が死んで嬉しいのか?それともかつて友だった男が死んで悲しいのか?......答えはでなかった。
「バフォ様......」
「解っておる。___じゃが、これはこの男の自業自得じゃよ」
エヴェルを森に埋葬した俺はバフォ様に色々と聞きたい事があったけど、それを抑えながら城に帰った。
14/08/09 10:24更新 / 水まんじゅう
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