連載小説
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選定
━━ニトラム教国随一の勇者として名を馳せた“蒼穹の天騎士・アシュトン”。
勇者として覚醒する以前の彼は、ごくごく普通の青年だった。
貧しい農村に住む農家の長男として生まれ、それなりに家族と仲良く、それなりに健康的な肉体を備え、それなりに主神を信仰し、それなりに善良で……
特筆する物は何一つない、平凡を絵に描いたような若者であった彼の人生は、教国に降臨した戦乙女“ウルールウィン”との出会いによって、大きく変わっていく事となる。

    ◇

突如村を訪れた王都からの使者である騎士の
命令によって、広場に集められた村民たちは、みんな一様に不安そうな表情をしていた。
張り詰めた静寂の中、時折吹く乾いた風が、騎士の青いマントと村民たちの粗末な服を揺らしている。
━━無理もない。
こんな辺鄙な村に王都からの使者が来る事なんて初めてだったし、ましてその使者が武装した騎士とあれば、争い事には無縁な村民の心中に、不安が渦巻くのも当然であろう。
そんな村民たちの中にアシュトンもいた。
幼い妹と手を繋いで、不安そうな顔をする両親に「きっと大丈夫だよ」と、何の根拠もない慰めと励ましの言葉をかけながら、彼もまた不安に苛まれていた。

(なんで、この村に王都の騎士が……?
しかも、あの馬車の幌についてる青い剣と盾……
あれは、聖騎士団の紋章だ)

教国の精鋭にして、威光の象徴━━
幼い頃、両親に連れられ訪れた王都の凱旋式で見た光景が脳裏に蘇る。
一糸乱れぬ行進、輝く鎧、そして誇らしげに掲げられたあの旗印。
平凡な農夫として生きてきたアシュトンの記憶にも、その憧れは色褪せることなく焼き付いていた。
不安から様々な憶測を小声で囁き合う村民たちの前で、騎士が兜のバイザーを上げて、列の最前にいる村長に声をかける。

「これで全員ですか、村長?」

毅然とした声だった。
まだ若さの残る幼い顔つきながらも、表情に実直さが表れており、彼が誠実かつ厳格な人柄の持ち主である事を感じさせた。

「は、はい、騎士様……
命じられた通り、全ての村民を広場に集めました……」

年老い、杖をついた村長が、か細い声で騎士に返答する。
完全に騎士に萎縮してしまっている態度だったが、騎士はそんな村長に労いの言葉をかける。

「ご苦労様でした。
急なお話にも関わらず、こうして皆様を集めてくれた事に感謝を。
……皆様、どうかご静粛に!」

よく通る声で、不安にざわつく村人達を静めた騎士は一歩前に踏み出し、踵を揃え敬礼。
一連の動作は非常に洗練されており、本来身分の違う平民にこの騎士が敬意を示す事は、彼が村民達に敵意や害意を持たない事を端的に示していた。

「本日、皆様にこうしてお集まりいただいた理由をご説明させていただきます。
……ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、昨今魔物達の侵略が活発化した事によって、数々の教団圏国家が彼奴らの手に落ちています。
当然、我が国も他人事ではいられません。
今こうして話している瞬間にも、魔物達が大挙して押し寄せてくるかもしれない……
ですが、ご安心ください皆様。
この国難に際して、天に在します我らが主は、慈悲の手を差し伸べてくださいました。
先日、王都に伝説の戦乙女様が降臨なされ、神託を下されました。
“この村に、勇者となる器の持ち主が居る”と……!」

「勇者、だって……⁉︎ こんな小さな村に……?」

「戦乙女って、あの伝説の……⁉︎」

ざわつく村民達。
アシュトンも彼らと同じく、訝しげな顔をして『伝説』を思い出していた。

(戦乙女と勇者って、アレって御伽話じゃ……
いやもし伝説が真実だというなら、“天騎士”って本当に居たのか……?)

「静粛に……!
皆様、色々と思うところがあるでしょうが、今は国家存亡の危機……
早速ですが、今ここで“勇者”を見出したいと思います!
ああ、皆様は何もしなくても大丈夫です。
選定は、戦乙女様自らが行いますので……!」

騎士は後方に置いてある馬車に歩み寄ると、後方出入り口にある階段のそばで恭しく跪く。
馬車の中から出てきて、階段を降りるその女性を見た瞬間━━その場に居た全員が、息を呑んだ。
いや、その存在感に呑まれたというべきか。
神々しい。
その一言に、尽きた。
高い身長に、均整の取れたプロポーション。
長くてキラキラと輝くブロンドの髪。
神が創りたもうた完璧な造形美とも言える、その肢体を覆う青い甲冑が神々しさと厳格さを醸し出し、左右それぞれの側頭部から生えている3本の白羽根・正面からは見えないが恐らくは腰から生えているであろう二対の白い羽根が、彼女が人ならざる「天使」である事を示していた。
そして、兜の下から覗く顔立ちは、まるで名匠が最高級の白磁から創り出した芸術作品のような、そんなある種の「触れてはいけない物」としての美しさを備えていた。
怜悧な目つきと真一文字に結ばれた唇が、彼女の内面の頑なさと強い意志を象徴しており、容易に近づきがたい雰囲気を出してるのも手伝って、皆が畏敬の眼差しでその天使の一挙手一投足を見つめていた。

「初めまして、皆さま。
私の名前は“ウルールウィン”……勇者育成の任を天界から拝受し、このニトラム教国に遣わされた戦乙女(ヴァルキリー)です」

姿勢も、表情も動かさず、ただ社交辞令である挨拶と事実だけを提示した、淡々とした自己紹介。
彼女の存在感に圧倒されていた村民たちは、その言葉に何も返せずに立ち尽くすしかできなかった。
アシュトンもその中の1人だったが、彼だけは違うモノを見ていた。

(なんて綺麗な女性なんだ……
だけど、彼女の周りにまとわりつくような、あの湯気の様な物は一体……?)

アシュトンの目には、ウルールウィンと名乗った戦乙女の全身から放たれる「オーラ」の様な物が見えていた。
不規則にユラユラと揺れ、時に大きく膨れ上がるその様は、まるで「これが見えるのなら見つけてみろ」とアピールしている様に見えて━━そんな風に訝しんでいると、ふと彼女と目が合う。
ドキリ、と。
心臓を鷲掴みされたかの様な感覚に、アシュトンの全身は硬直する。
真っ直ぐに自分の方を見つめるその視線に圧倒されていると、ウルールウィンはタンと地を蹴り、こちらに向かって飛翔する。
その光景が、まるでコマ送りのようにアシュトンの脳裏に焼きつく。
翼から光の粒子を散らしながら、迫りくる彼女の姿は何故か。
年相応の少女が、ようやく見つけた待ち合わせ相手に駆け寄るかのように、映るのであった。

━━かくして、蒼穹の天騎士と戦乙女の物語は、幕を開ける。
その先に待ち受けるのが、果てしなく甘美で、どうしようもなく淫らな、堕落への巡礼になるという事を。
今の彼らは知る由も無いのであった。

    ◇

これより彼らの体感時間で、835,585日後━━
時の流れが「止まった」異界、万魔殿(パンデモニウム)にて。
二筋の「黒い光」が、淀んだ空を流星のように横切る。
その速さたるや、全力を出して飛ぶワイバーンにも匹敵するかの如く。
その光を見上げる黒い甲冑を着た騎士が、いつぞや何処かで見た敬礼をした後、バイザーを上げて独りごちる。

「相変わらずお早いお帰りで。
いや、ここでは時間の流れは無意味でしたね……
まぁお二人の気持ちは分かりますとも。
堕落神様からの勅命とは言え、夫婦の時間を中断して“外”での任務に駆り出された訳ですし、一刻も早く我が家に帰って伴侶と睦み合いたい……それこそが、我々堕落の信徒のあるべき姿ですからね。
私もそろそろ帰りますか……家で妻が手ぐすね引いて待ち構えているでしょうし、ね」

最後に再び空に向かって敬礼をした騎士は、背を向けて家路につく。
その背後、天の上では黒い二筋の光が上昇しながら激しくまぐわい始める。
家に帰るまで待てぬとばかりに、お互いの欲望をぶつけ合う「天刻の魔界勇者・アシュトン」と「天堕の戦乙女・ウルールウィン」を祝福するかの様に、何処かで鐘の音が響く。
彼らの堕落への祈りは、まだまだ続く。
この天の果て、どこまでも高みに堕ちていくのが、2人で選んだ巡礼の道なのだ。
26/01/11 21:38更新 / doM
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■作者メッセージ
初の本格的な連載、頑張ります。

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