第九章 未来を仰ぐ者二人:天の柱H〜ドラゴニア城A
―1―
そして、当然ながら、いまのおれたちは飛ぶことができない。
「あ、ぐほっ!?」
二階分に相当する高さから落下。受け身も取れずおれたちはワンバウンドして転がって、倒れる。真横に呈。少し離れた位置にモエニア。
おれは身体を引きずって呈を抱き起す。
「いたた……ぼくたち、勝ったんだよね……?」
「ふぅ……ああ」
「えへへ、お疲れ様」
「呈もな」
じんわりと胸の内が熱くなる。あれだけどうにもならなかったモエニアを下した。呈と一緒に。おれたちどっちがいなくても成し得なかった勝利だ。二人で勝った。そのことが純粋に嬉しい。
この高揚感のまま、おれは呈へと吸い寄せられた。呈の顔へ、その紅く熟れた唇へと。
そして触れるその刹那。
うつ伏せに寝転がったモエニアが顔だけこちらに向けていることに気づいた。
目をキラキラと輝かせて、心底楽しそうに。
「何故やめる。ほらそこだ、行け! ぶちゅっといってしまえ!」
「「……」」
あれだけ呈の炎を注ぎ込まれたのに何でぴんぴんしているんですかね?
「おい、何故やめる。今更恥ずかしがることないだろう。情事は全てドラゴニア国民全員に見られていたのだ」
「それでもモエニアには見られたくないんだよな」
「ぼくも」
真顔で言ってやった。悲しそうに眦を下げるが、全然可哀想には思わない。
「くっ、敗者に情けはないというのか」
「逆に情けなんてかけられたくないもんじゃないの?」
ええい、とモエニアがジタバタと暴れる。もう魔力も枯渇しているためか力も弱いし、白炎も出ないが。
「さっさと行くがいい! お前たちは私を下した。ドラグリンデ様もお前たちが十分に成長した姿を見届けられて満足だろうさ! 私の役目は終わったんだ! とっととケジメをつけてこい!」
「はいはい。まるで子供みたいだ……ん、あれ?」
呈と一緒に立ち上がりながら、おれは言葉の引っ掛かりを覚えた。
いまモエニアはなんて言った?
「ドラグリンデ様も満足? これドラグリンデ様も見てたの?」
モエニアがきょとんとする。おれの言葉の意味が理解できていない風だった。
「いやそれはもちろん御覧になっているはずだが? 実際、ここに来る前は一緒に見ていたし」
「一緒に? え? お亡くなりになってたんじゃあ……」
「何を言っているんだお前らは!? 不敬だぞ!?」
呈の質問に激昂するモエニア。あ、これ本気で怒ってる。
「え、でもだって、モエニアさん、ドラグリンデ様のこと話したがらなかったし」
「はぁ? 何を言ってるんだ、私はドラグリンデ様が亡くなったなどと一言も」
「でも……ドラグリンデ様のことを尋ねたとき怒ってたし……それで聞かれたくないことだったのかなって。だから亡くなっていたものかと」
呈がモエニアとドラグリンデ様のことについて話してたときのことを言うと、モエニアはしばし熟考した。俯せで寝転んだ状態で。
そして、顔から滝のような汗を流しながら、宣誓するように右手を上げる。
「誤解だそれは。ドラグリンデ様はいまも夫であるユリウス様と仲睦まじくおられる」
「え、そうなんですか?」
モエニアは説明をとつとつと説明を始めた。
「えっと、だ。あの日の何日も前から竜の墓場のドラゴンゾンビたちが暴走して町に集団で押しかけようとしていたんだ。ドラグリンデ様はな、竜の墓場の管理者でな。混沌とした事態に陥らないよう、事態の収拾鎮静化、ドラゴンゾンビたちの慰めなどに務めて忙しい日が続いてしまっていたんだ」
「ふむふむ」
「その間、ドラグリンデ様はしばらくユリウス様とまともに二人きりで過ごせていなかったものでな。用事や用件などをドラグリンデ様に持って行きたくはなかったのだ」
つまり、モエニアはドラグリンデ様が夫と二人きりでゆっくり休めるよう気を遣っていたというわけか。そのせいで呈への態度が少し固くなり、呈も勘違いしてしまったと。
「なんだそりゃ……」
ば、馬鹿馬鹿しすぎる。
「よ、良かった……ドラグリンデ様は生きているんですね。いまも幼馴染の王様と一緒に」
「無論だ。ドラゲイ時代に命を奪ってしまった竜たちへの贖罪のため、いまも彷徨うドラゴンゾンビたちを良き方向へ導こうとするユリウス様に寄り添い、いまも仲睦まじく過ごしておられる」
「……」
本当に主人想いなんだな、モエニアは。寝転んでいる状態だからすごく締まらないけど。
「さて、わかったらさっさと行け。もうお前たちの行く手を遮る者は誰一人としていない」
さすがにこれ以上の刺客的な何かは勘弁だ。呈と誰にも見られずいっぱいエッチなことしたいし、早く終わらせよう。
そう思ったけど。
「モエニアさんは置いて行って大丈夫なんですか?」
呈はどうやらこのままモエニアを置いていくことが心配らしい。ドラゴンだし、たとえ魔力が枯渇していても大丈夫だとは思うけど。
「敗者に情けなどかけるな」
「さっきと言ってること違くない?」
「ふん、さっさと」
「大丈夫大丈夫。あとは俺がやっとくから二人は上へ行くといいよ」
不意に背中から声を掛けられ、廊下の影から現れたのは、燕尾服を着た青年だった。モエニアと一緒の白髪で柔和に笑んでいる。
「お、おお、お前なんでここに!? 二人がいなくなるまで来るなと言っていただろうッ!?」
モエニアがすごく慌てふためいている。同時にいままで平静だったはずの肌の色が赤みを帯びていき、発情したように真っ赤、蕩けた息遣いをし始めた。
「いやね。こんなになっても頑張って外面を保とうとしているモエニアを見たら、悪戯したくなっちゃって」
「き、貴様は〜!」
えーっと多分、おそらくいや確実にこの人はモエニアの夫さん?
おれたちの横を通り抜けて、彼はモエニアの前でしゃがむ。
「もう我慢できないんだろ? ほら、好きにしなよ」
「うぅぅ……うわああああああああああ!! ランパートぉ〜!!」
「「!!??」」
突如、まるでダムが決壊したかのようにモエニアが涙を溢れさせると、いままでの気品高い声音とはまるで違う、幼子が泣きじゃくるような声とともにランパートと呼ばれた青年へと飛び掛かった。
馬乗りになって、彼の胸に顔を埋めるモエニア。さらに。
「ううう! ひどいんだよ、酷いんだよ、あの子二人ともッ! まるで親の仇みたいな怖い形相でさ! 私をすっごく睨みつけてくるんだよ!? あの怖い形した刃物で遠慮なくグサグサしてくるし、すっごく怖いんだよ!? 首とか狙われたとき、魔界銀だってわかってても怖かったんだからねッ!?」
まるで子供というか、本当に子供のような甲高い声で涙ながらに訴えるモエニア。それをうんうんと後頭部を撫でながら聞くランパートさん。
「敵役だったから仕方ないけど、あんなに暴言吐いたりしなくてもいいよね!? ふざけろとか! 首を刈れそうだとか! 私だって頑張って演じたんだよ!? それに絶対ドラゴニアの皆に私幻滅されたよ! 嫌われたよ! 街歩けないよ! 後ろ指刺されまくって鬼畜ドラゴン、子供にも容赦ない卑怯なドラゴンだって罵られちゃうんだよ!? ていうか水球からいっぱい聞こえてたもん!! うわぁああああん!! 私、二人のために悪役になったのにこんなのってないよぉおお!! もうドラゴニアで生きてけないよおおおおお!!」
うっわー……うっっわー。
塔全体に響くくらいの大声でわんわんと泣く大人ドラゴンの図。
いつもの気高いモエニアがドラゴンとして在るのだとしたら、いまのモエニアは多分、ドラゴンとなる前の人間としてのモエニアなんだろう。メンタル弱ぇ……。
こんな姿を見せられては、さすがのおれも呈も「自分のことを棚に上げて」とはとても口にできなかった。
正直、戦っているときのモエニアはおれの記憶の中で断トツで怖かった。
「嫌われたぁ! ドラグリンデ様にも嫌われたぁ! うわあああああああああああああん!! ランパートォォ!」
「慰めるよ。今日のこと全部忘れるくらいじっくりとね」
「ぐすっ……じっくりじっくりしてね」
「はいはい。その翼もすぐに治してあげるから」
そうして、二人は密着したまま早速交尾をし始める。前戯もなく、すぐに挿入して、でも激しく動くことはなくゆっくりと擦るように身体を上下させるという動き。
モエニアの泣き顔もたちまち悦楽に支配された表情へと爛れ堕ちていく。これもまた、いつもの気高い彼女とは違った表情だった。
「んっ……ふぅ、はぁああ。ランパートのぉ、精がぁ、魔力のなくなった私の身体にぃ、沁み込むぅ」
「くっ、いつもより激しく吸ってくるね……これは癖になりそうだ」
全然動いているようには見えないけど、二人とも耐えがたい快楽を味わっているようだった。おれたち二人がいても全く気にした様子なく、情事に耽っている。
「……行こうか」
「だ、だね」
このまま見ていたらおれたちもこの場で一戦交えたくなってしまいそうだった。それくらい、目に見えてピンク色の炎が迸っている。白炎竜というか桃炎竜だ。ジャバウォックじゃないんだからさ。
「ああ、そうだ、スワロー君」
そうしてこの場を後にしようとしたとき、情事真っ最中で息遣いの荒いランパートさんに声をかけられる。
投げかけられた言葉は、おれの肝に刃物を突き付けたかのように冷たかった。
「今回は許すけど、次、俺の妻に中指立てて見せたら」
剣に見立てた手で、首をトントンと数度叩いた。
その意味が理解できないほどおれも愚かじゃなかった。
「……肝に銘じます」
感情が昂っててもやっていいことと悪いことがある。
そのことをおれは今日学んだ。
「っとと。だいぶボロボロになっちまったな」
「あれだけ大暴れしたもんね」
地震にも似た揺れにおれは躓きそうになる。もう体力はすっからかんなので呈に支えてもらうという形だ。なんとも格好がつかないけど今更か。
モエニアと初遭遇した王座の間も越えて、天井から風の吹く音が殊更リアルに感じられる。もうすぐ頂上が近いことを意味していた。
やっと。昨日からの、いやおれが生まれてから三年の苦労が実を結ぶ。呈がいたからこそ成し遂げられた結末がそこにある。
だが。
「……というか、揺れ大きくなってないか!?」
モエニアたちの下から離れてから、小刻みに何度か襲っていた塔の揺れだったが今回は収まらずにさらにその強さを増していった。壁や床にぴしぴしと亀裂が走り、まるで崩落直前のような空恐ろしさを伝えてくる。
「や、やばい!」
「うっ、も、もう走れないよっ」
せめてどこか崩れない足場に。逃げ場所を求めて視線を彷徨わせると。
ちょうど、外へ通ずる穴から彼女の姿が見えた。
小さな、とても小さな体躯。おれや呈よりも小柄で、しかし積み重ねてきた経験はおれの内なる記憶を合わせても到底及ばない、魔道を極めし魔なる幼女。
彼女は、真横に白髪の老人を寄り添わせ、何もない宙に直立不動で浮いていた。
バフォメット・ファリア。ミクスの付き人である彼女。
鎌と杖の二重の役割を担う、身の丈の倍はあろうかというサイズロッドを片手で持ち、前身に掲げている。彼女と隣の老人の全身からは桃色の魔力粒子が溢れ出し、それが奇々怪々な非幾何学模様を形成し、立体魔法陣がファリアさんたちを中心に形作られていく。
魔法陣の形成が終わると、彼女は素早く何かを口ずさんでいた。それが詠唱だと気づいたのはすぐ。
そして、おれたちのいるこの天の柱自体が桃色に明滅し始めたのもすぐだった。
「な、なんだこれっ!?」
「ス、スワロー! これ見てッ!」
呈が指さしたのは亀裂が入っていた壁や床たち。それが見る見るうちに、まるで時間が巻き戻るかのように修復されていった。それだけじゃない。揺れによって宙を浮いていた塔の一部であるチリまでもが何かに吸い寄せられるように、壁や天井へと昇っていく。
階下で先ほどまでの揺れとはまるで違う振動が響いてきた。おれは穴から顔を出して下方を見下ろす。
「うっそだろ……!?」
「わぁああああー!」
塔と同じ桃色に明滅した瓦礫群が宙に浮き、独りでに塔へと戻っていっていたのだ。それもあのモエニアがブレスによって灰燼へと変えたあの大穴に。飴細工のように熔けたものまで時を巻き戻すが如く、いや本当に時を巻き戻して修復していた。
「すっげぇ……」
あれだけ損傷が激しかった壁を元通りに直してしまった。しかし、よく見れば、細かな古い亀裂は残っているようにも見える。もしかすると、モエニアとの戦いで起きた損傷だけが直ったのかもしれない。
桃色の発光は次第に収まり、ファリアさんたちを囲っていた立体魔法陣も消失する。
サイズロッドを何もないはずの宙で立て、彼女はおれたちに「さっさと行け」と手を払った。
仕事で来ているためか、特におれたちに言葉をかけるでもなく上方へと昇っていった。まだ何かしらの用事を抱えているのだろう。
お茶目なところもあるが、仕事中はかなり真面目な彼女。しかし、まさかここまで大それたことができるとは思わなかった。
サバトの長、バフォメット。実はかなりやばい方なんじゃあ。
「スワロー、もう大丈夫みたいだし、行こう?」
「お、おう」
呈に手を引かれ、通路を歩いていく。ゆっくりゆっくりと階段を登り、進めば進むほど通路や壁の状態は綺麗なものへと変わっていった。
しかし、歩を進めるのに伴っておれの頭の中で、哄笑とも悲鳴とも似つかない響きが大きくなっていく。近づいている。おれの中のおれじゃない記憶、その最後の記憶たちに。
恐れはあるだろうか。わからない。心臓の鼓動はいつもと変わらない。脈打つ鼓動も、大地を踏みしめる足の強さも変わらない。
だけど、いつものおれでもない。いつものおれは天の柱に登る前に置いてきた。
いまここにいるのは、この天の柱を登ってきた、呈と一緒にここまで辿り着いたおれだ。
「スワロー」
「うん」
呈が強くおれを支えてくれている。心配そうな顔もしていない。ただおれを信じてくれているんだろう。それがとても心強い。
だからこそ、おれはおれでいられる。
そして一際大きな階段。天井はもうなく、蒼い満天の空が広がっている。
階段の時点でもうすでに竜灯花は左右で咲き乱れ、花道を赤く彩っている。
水球の映像でしか見たことのない巨大な二対のグランドベル。夫婦の結びをより強固なものへとする、竜の咆哮を響かせる鐘――番い鐘が花道の奥、小さな階段の先に見えた。
番い鐘のその全貌が露になり、階段を登り切ったその刹那。
「来た……呈」
いつかミクスが言った、新しい道に進むための取り戻すべき記憶の道標。
その全てがいまここに。
「うん。行ってらっしゃい」
呈の信頼の言葉を最後に、おれの意識は反転した。
何もない場所だった。
白い光で覆われた場所。何もなく、どこにも繋がっていない閉塞した空間。
そこにおれと、無数のおれじゃないおれらがいた。
男。女。子供。老人。和服を着た人、洋服を着た人、迷彩柄の服を着た人、剣を持つ人、銃を持つ人、鍬を持つ人、病人服、学生服、裸体の人。
老若男女。時代と場所の垣根なく、数えきれない人がいた。
その誰もが、負の感情を抱いていた。無念の想いを。怨嗟の想いを。憎悪の想いを。
コエが響く。コエはおれに彼らの記憶を押し付ける。脳髄に刻んでいく。膨大な情報の渦がおれの記憶を埋め尽くしてしまおうとうねりを上げる。おれの存在を喰いつくしてしまおうと悪辣な牙をおれに立てていた。
それでも、おれはただ立ってその記憶の全てを受け取めた。受け止められた。
呈がいた。呈の蒼い炎の記憶が、おれの脳のみならず全身で燃えていた。それは常人ならば精神を消滅させてしまいかねないほどの膨大な記憶情報でも消えない。決して絶えない。
怨嗟の声が響く。身体を返せと。もう一度あの場所に戻ると。
恨みつらみに彩られた場所に戻り、その因果を覆すと。
おれはそのための器。おれの正体は、彼ら全員のそれぞれの記憶からわずかに欠け落ちた記憶が結合し、生命を得た存在。
つまり彼らの記憶の集合であり、それ以上でもそれ以下でもない。
誰でもあり、誰でもない記憶。彼らにとっては単なる彼ら自身を宿す器にしかならない。
「だけど、ごめんな。おれは“お前たち”になるつもりはない」
憎悪の声を響かせる彼らに、おれははっきりと告げる。
「おれは“お前たち”から生まれたんだとしても、“お前たち”とは違う。おれは、スワロー・リース。ワイバーンの母と竜騎士の父を親に持ち、蛇竜である呈を恋人に持つドラゴニアの雄竜だ」
彼らがおれに群がる。顔を掴み、腕をひねり、脚を持ち上げ、胴を抱き込み、全身を彼らが呑み込もうとする。身体がもみくちゃにされても、おれは全て受け止めた。
「ごめんな。辛いよな、そんな気持ちばっかりで。全部吐き出して、終わらせて、決着つけないと進めないんだよな。わかるよ。おれもそうだったし、“お前たち”だったんだから」
彼らの腕が顔が脚が胸が、おれの身体を穿ち、体内へと入り込んでいく。
だから、おれは受け入れる。彼らにおれのことを知ってもらうために。
それ以上に知って欲しいこともある。
「でもな、おれは変われたよ。色んな人に助けられて、支えてもらって、温かく守ってもらって、時には厳しくされて。それらが全部、おれの糧になった。お前たちじゃない、『おれ』を形成してくれたんだ。この世界で、ドラゴニアで。おれはお前たちが手にできなかったもの、手からこぼれ落ちてしまったものを手にできたんだ」
嫉妬を煽るための言葉じゃない。
だから。
「こっちに来いよ、お前らも。ここにはある。お前たちが本当に欲しかったものが、全部受け止めてくれる誰かが、ここには必ずいる」
おれの身体の中に呑まれていく彼らに、おれが得たものを見せる。
おれの拠り所となってくれた蒼い炎を全身から迸らせる。
「だから来いよ、お前たちも! 良いところだぞ! ドラゴニアは!!」
蒼い炎はおれを、おれではなくなった彼らを呑み込んだ。
彼らがどう思ってくれたか、それはわからない。
だけど、おれは呈の下へと帰れる。彼らはそれを邪魔しようとはしなかった。
それが答えなのだと、おれは思うことにした。
「観測しているかい?」
「当然じゃ。でなくては三年近い計画がパァじゃからの」
天の柱の頂上よりも遥か上の場所にいたファリアとその夫であるご老公の下へミクスは訪れた。空気は薄く暴風が渦巻いているが、彼女たちはそれを特に気にした様子はない。
ファリアの前には幾重にも重なった魔法陣の数々と、そこに沿うようにルーン文字が浮かび上がっては消えを無数に何度も繰り返している。
時魔法の行使に特化したファリアはいま眼前で起きている事象をつぶさに観測し、計測記録を行っていた。データとして魔法陣の中へ、そして脳内へと刻んでいっているのである。
「あちらの世界で無念の想いで死に絶えた数多のまつろわぬ魂たち。澱み、停滞した場所でその魂たちは集積し、ドス黒い怨念とも呼べるべきものへと変貌していった。巨大になったそれは一層他の非業の死を遂げた者たちの魂を取り込み、成長していく」
ミクスはファリアが向かう先を見上げる。そこはちょうど天の柱の直上。スワローがいる場所の遥か真上だった。
蒼い空の狭間。蒼と黒が交錯する場所。そこが不自然に歪んで映っていた。
「でも僕たちの世界はそれを見つけた。この天の柱。このドラゴニアに住まう全ての竜たちの魔力がやがて行き着く場所。魔力の雲を作るほどに濃密な魔力だからこそ、次元すらこじ開けて彼らの魂を掴んだ。こちらに呼び寄せたんだ」
この世界の魔王の想いは次元の壁すら越えた。
「しかし、どうしてだろうね。よく言えば魂の浄化、悪く言えば魔力の汚染は彼らに対して行われていなかった。だから僕は考えたよ。そして疑問に思った。何故、魔力のない魂がこちらの世界に来れたのかって」
いま現在確立されている手段で向こうの世界に渡れるのは、魔力が極めて高い者に限られている。それこそリリムやバフォメットなど特別優れた種族などを除けば、どこでも誰でもいけるわけではない。
それなのに、魔力の侵食がなされていない魂はこちら側へとやってきた。
「だから思った。彼らを観測し続ければ、あちらの世界へ誰でも行ける手段が見つかるはずだってね」
そのキーとなるのがスワロー。集積したまつろわぬ魂より抽出された、微かな善性が受肉した少年。
彼との接触は最初から決まっていた。たまたま訪れていたドラゴニアで彼が受肉したその瞬間から。とはいえ、彼の不調によってリムが医者を探し回ったため、予定よりもずっと早い直接接触になってしまったが。
しかし、おかげでずっと早くこの段階まで事を運ぶことができた。
「どうだい、ファリア? 善性と悪性。それらが混ざり合う刹那の状態は」
「うむ。魔力に匹敵する……いや、もはや魔力と同質のエネルギーが観測できておるな。どちらも意思を持つエネルギーじゃからの。此方と彼方の境界線を極めて安全に捻じ曲げて、繋げとるぞ」
「いいね。再現性はあるかい?」
「安心せい、魔力と同質エネルギーじゃからな。それをどう利用すれば良いかも観測できておる。ミクス、時代が変わるぞ? ようやくあちらの世界へ誰でも自由に行き来する目途が立つわ」
ファリアのお墨付きを受けて、ミクスは口をプルプルと震わせて堪えるような笑みを浮かべた。
叫びたい衝動をぐっと堪えて、眦に涙をたたえながら、ミクスは宇宙を仰ぐ。
ドラゴニアの優しき竜と民たち、そして彼の良き伴侶となってくれた呈。
この舞台に上がってくれていた全ての者に、ミクスは言葉なく感謝する。
「そしてありがとう、スワロー。君のおかげで、向こうの世界で未だ惑う者たちと、夫を得られず寂しく暮らす娘たちを結び付けてあげられそうだ」
スワローがここドラゴニアで得た優しさを彼らへと響かせ、染み渡らせていく光景を感じ取りながら、ミクスは目を瞑る。
優しき闇が世界を覆うことを夢見て、現実になることを確信して、喜びの涙を彼女は一筋流した。
―2―
おれは立ったまま意識を失っていたらしい。何時間もあの空間にいたような気がしたが、実際は数分程度しか経っていなかったようだ。
「おかえり、スワロー」
呈がおれの両手を握ったまま、笑顔で迎えてくれた。蒼い炎の残滓が空へと消える。
呈がいる。おれには呈がいる。だから、おれはおれだ。
誰でもない。スワローだ。
「ただいま、呈」
「うん。行こう」
右手を呈の左手と繋いで一緒に竜灯花の赤い花道を歩く。
「あ」
と思い出したのはこのときだ。リュックの奥底にアレを沈めたままだった。
「スワロー?」
「ちょ、ちょっと待っててくれ。すぐ戻るから」
おれは反転し、階下へ。呈がこっちを見ていないことを確認して、それを外套の下に潜り込ませた。しまったしまった。これを渡せなければここに来た意味がない。
きょとんとしている呈の下へ戻り、おれは再び呈と花道を歩く。
一歩一歩踏みしめる。困難を越えてここまで来た。まだおれは生まれて三年しか経たない未熟者だけど、こんなに素晴らしい女性と出会えて、あれだけの苦難を越えて花道を歩けている。それを思うと一層、地を踏みしめる度に心臓が破裂しそうなほど高鳴り、歓喜の情で胸が占められていく。
そして、二対の巨大な鐘「番い鐘」が目の前に。
二つの鐘は合わせると、旧魔王時代のドラゴンに匹敵するほどの大きさだった。左右それぞれの複雑な機械仕掛けの機構からロープが伸びている。これを引くことで永遠の愛を誓い合える。
おれは番い鐘の前で呈と向かいあった。心臓がバクバクする。喉の奥が緊張で震える。
ああもう、おれ、何度瞬きするんだ。呈の顔がよく見れないだろう……!
言え、言って渡せ、おれ! 幾度となく好きって言って、セックスだってしただろ! いまさら日和るな!
「「あ、あの」」
被った。
呈も何か言おうとしてたらしい。顔が赤い。ああもう、呈にまで緊張させちまってるじゃないか。気を引き締めろ。ここで伝えなきゃおれじゃない。モエニアも越えて、自分の記憶も乗り越えただろ!
「「そ、そっちから」」
また被ったァァ!
「あえっと、スワローからで、いいよ?」
「お、あ、う、うん」
もはや余裕のないおれに呈に順番を譲るという頭はなかった。
落ち着け。深呼吸。すーはーすーはー、ひっひっふー。はい、ド定番。
拳を握る。開く。握る。開く。呈の紅い瞳を見据える。可愛い。綺麗だ。緊張からか真っ赤に顔を染めて、そわそわしている様子も最高に可愛い。いま、ドラゴニアの皆がこれを見ているのか。どうだ。可愛いだろう。おれはいまからこの娘に。この娘を。おれの……。
「ふぅ……呈」
「は、はい」
呈をおれの嫁にする。それをはっきりと意識した瞬間、おれは淀みなく動いていた。
懐から、両掌にすっぽりと収まる白いケースを取り出す。
「絶対に幸せにする。これから先、どんなことがあっても絶対に呈を幸せにする。だから」
それを開けて、おれは呈にその中を見せた。
「……!!」
呈が口を両手で押さえ、目を見開いて驚愕する。
「おれと結婚してください」
ケースの中には柔らかい布に支えられた結婚首輪が収まっていた。
呈の炎と同じ、深い蒼と淡い蒼が入り混じり炎を描く革のベルト。この革は真白さんが用意してくれたもので、何の動物かは知らない。それでもおれは迷うことなくこれがいいと思った。その蒼炎のベルトには白蛇の鱗のように銀色の魔界銀が散りばめられている。
ベルトの留め具は魔界銀を銀色加工したもので、竜の意匠が精緻に刻まれ、竜が抱く中心には真紅に染まる宝珠が埋め込まれている。
これはおれの魔力を込めたもの。呈の瞳に似た、白と蒼に映える真紅に輝く魔宝石だ。
「……」
呈は口を押さえたまま深呼吸するように肩を上げて瞼を閉じ、そして、ゆっくりと開く。
その瞳はジワリと滲んでいて、両手を下ろすとその口元には笑みが宿っていた。
「やっぱりぼくとスワローは似た者同士で、お似合いだね」
「え?」
返事が来なかったことに驚く間もなく、呈も背中に隠していた手から、長細い蒼のケースをそっと出した。
それをゆっくりと開く。
「ッ!?」
心臓が止まるかと思った。
あまりの喜びに。
番いの首飾り。
揺らめく蒼い炎に彩られた首飾りがそこにはあった。
幾本かの銀糸が重なる紐に通るその首飾り。通常は魔界銀などと一緒に加工された竜の爪が通るはずだけど、そこには竜の爪の形を象った蒼炎色の革が通っていた。
綺麗な艶が出るように加工されたそれは、光の加減で炎が揺らめいているようにも見え、本当の爪のような質感を持っていた。炎の波に沿うように描かれたルーンが妖しくも美しい輝きを放ち、おれの目を奪う。
そして、爪の根本には本当に蒼く揺らめく炎を宿す魔法石が埋め込まれていた。確信する。これは呈の魔力が込められた魔宝石だ。
ああ、本当に似た者同士だよ、おれたちは。
「真白さんもやってくれるよ……この爪と首輪のベルト、同じのだよな?」
「うん。この革、ぼくの、なんだ」
恥ずかしそうに呈は頷く。
呈が脱皮したときに脱げた皮。それを加工したものがこれ。母さん二人がキサラギとこそこそ何かしていると思ったら、こういうことだったのか。
でも、気の利く母さん二人に、おれはいま感謝の気持ちしかない。
こんなにも呈とおれは通じ合えていることを確認できたのだから。
最高だ。
「スワローも言ってくれた。だから、ぼくも言うね」
呈が深呼吸する。喜びに顔を綻ばせて、花を咲かせるようにおれに最高の気持ちをぶつけてくれた。
「ぼくと結婚してください」
視線が交じり合う。どちらからでもなく、言葉は重なった。
「「はい、喜んで」」
歓喜が雄叫びを上げ、おれたちは手に持ったものを落とさないように抱き合った。
苦労した甲斐があった。ここまで諦めなくて良かった。一歩でも引き返していれば、おれたちはきっとこの喜びを手にできなかった。この塔に潜んでいた苦難、それを乗り越えられたからこそ、呈と一緒にここに到達できたからこそ得られた喜びだ。
そして、その喜びはこれだけでは済まなかった。
「……?」
音が聞こえた。
「これって……」
どこかで聞いたことのある音。音色。雄々しく、朗らかな、感情を揺さぶる音色。
それが次第に近づいてくる。
「ファンファーレ?」
気づいた瞬間、おれたちの頭上を数多の影が通り抜けた。
影の正体はワイバーンやドラゴンたち。軍服に似た鼓笛隊衣装に身を包んだ竜と竜騎士たちだった。
ドラゴニア音楽隊。番いの儀を華やかに彩る彼らがファンファーレとともに現れ、アップテンポな演奏をおれたちへと降り注ぐ。
それだけじゃない。魔女ら、サバトの魔物娘が満天の青い空を七色の光の粒子で彩った。
おれたちを祝福するかのように、笑顔で空を舞う彼女たち。それはまるで番いの儀の光景だった。
「さて、主役がいつまでもそんな格好じゃ駄目じゃの!」
「えっ? うわっ!?」
「な、なにこれっ!?」
いきなりおれたちの身体が桃色の粒子に包まれたかと思うと、宙に浮いた。
光粒子の元にはファリアさんがいて、サイズロッドを振るう。
するとおれたちの身体は空を舞い、しかし風圧に潰されるような感覚はなく、自然な状態のまま巨大な水球に突っ込まれる。身体中の倦怠感や痛みが瞬時に消え、目立っていた汚れも消え去った。そして、数瞬もないうちにおれたちは水球から放り出され、頂上の階下へと運ばれてしまう。
「お着替えの時間じゃぞ!」
おれと呈はそれぞれ別の場所へと移され、小部屋へと放り込まれた。
汚れに汚れた服まで脱がされたかと思うと、上から下まで別の新しい服がおれの腕や脚を通っていった。
「ふふ、最後は私たちが」
「これをね」
背中の声に振り返る。母さんと父さんが、柔和な笑みでおれを見下ろしていた。
その手には白いジャケット。おれの腕にその服の袖を通していく。
「えっ、えっ、えっ」
困惑している間に着せられ、ネクタイも締められ、胸ポケットに竜灯花を一輪挿される。
姿見の前に立たされたおれは自分の姿を見て、目を見張る。結婚式のときに着るもの。
白い光沢を放つタキシードがおれを飾っていた。
「うん、似合ってる。かっこいいよ、スワロー」
「と、父さん、これって」
「スワローが考えている通りだよ。父さんたちからのサプライズだ」
頭にぽんと手を乗せられる。温かい大きな手。おれが挫けて帰って来たとき優しく迎えてくれた父さん。
背中から両肩が竜翼に包まれる。包容力のある大きな翼。どんなにいじけたことを言っても優しく抱きしめてくれた母さん。
「登頂おめでとう。お前は僕たちの誇りだよ」
「こんなに立派になって、寂しくもあるし、でもやっぱり嬉しいわ」
「なんで、いつの間にこんな」
困惑が止まらない。この状況、どこをどう考えたって番いの儀のそれだ。
おれはそんなのを計画した覚えはない。結婚首輪を用意しただけだ。呈だって驚いていた。おれたちにとっては完全なサプライズだ。
「そりゃあ、呈ちゃんと二人で天の柱を登るって聞いたときからさ」
「じゃあ、登頂したタイミングで番いの儀もしちゃいましょうってね。真白さんたちと相談して準備したのよ。ちなみにタキシードもウェディングドレスも私と真白さんが編んだものよ、アラクネさん指導の下ね。出来上がりはちょっと前」
一週間ほどしかなかったのに、こんな。
「おれらが登り切れるなんて保証なかったのに」
「そこは心配してなかったかな」
「ええ。だって私たちの自慢の息子だもん」
臆面もなく、さも当然のように言う二人におれはじんわりと目の奥が熱くなった。それでも男的に意識して抑え込んでしまう。泣きたいけど泣きたくなかった。
「さ、あっちもすぐに着替えは終わるわ。髪も整えて……ふふ、相変わらず硬いわね。よしっと。さぁ、行きましょうか」
右側を父さん、左側を母さんがそれぞれおれと腕を組み、部屋の外へとおれを連れ出す。
「あの日、お前をこの場所で見つけてから、こんな日が訪れるなんて夢にも思わなかったな」
「そうね。息子にすることすら夢にも思わなかったもの」
あの日。おれがこの世界に転生を果たした日。父さんと母さんの下へ産まれた日。
「ありがとう、スワロー。僕たちの下へ来てくれて。お前の存在は僕たちにとって最高のプレゼントだったよ」
「あなたにしてあげられたことは少ないけれど、それでも言わせてね。おめでとう。呈ちゃんと一緒に幸せになってね」
限界だった。足が止まる。足先から頭の頂点まで、痺れが駆け抜け、目の奥にあった抑えが完全に決壊してしまった。前が滲んで、見えない。喉がひくつき、顔を上げられない。
何もなかったおれに、居場所と温かい感情と、そして、おれらが無くしていた誰かを愛する心。それを教えてくれた母さんと父さん。望まれずまつろわぬ魂でいたおれたちを温かく迎えて育ててくれた二人。
感謝するのはおれの方だ。してあげられたこと少ない? 違う。おれは一番大切で、一番欲しかったものをもらっていた。
「おれ、母さんと父さんの息子になれて幸せだったよ」
顔をあげて、二人の顔を見る。おれを正しく導いてくれた二人を。
「三年間、お世話になりました……!」
両脇から、おれは二人に抱きしめられた。嗚咽を漏らしておれは小さく泣く。二人に見せる最後の涙をおれは晒した。二人の子供として。
「まっ、お前が結婚しても、僕たちはいつまでもお前の親だよ。そこはずっと変わらない」
「結婚がゴールじゃないもの。これからもどんどん私たちに世話になりなさい」
お茶目に言う二人に、おれは涙に上擦りながらも笑った。そうだ。ずっとずっとおれは二人の子供だ。どうあっても変わらない。変えられない。
「ほら、お嫁さんと対面するんだ。いつまでも泣いてちゃ駄目だぞ」
父さんに顔の涙を拭ってもらい、おれは息を整える。そして歩き出す。
前を向く。廊下を曲がった先、階段のある方、呈が飛ばされた方角からドアの開閉音が聞こえた。耳に、鮮明な衣擦れの音が届く。
ああ。いる。わかる。この角を曲がった先に彼女がいる。
おれの愛しの相手が。白蛇が。蒼き白蛇龍となった最愛の呈が。
角を曲がる。ちょうど反対側。同じタイミングで白い影が廊下の角から現れた。
瞬きをする。何度もする。一歩一歩近づいて、その姿が大きくなるにつれて、激しく何度も瞼を瞬かせた。
「……ぁぁ」
父さんと母さんの手が、おれを押し出すようにゆっくりと手を離す。振り返らずおれは最後の道を一人で歩いた。大階段の下に立つ。ゆっくりと彼女はおれの前へ来る。
「スワロー」
鈴が鳴るような美しい声。
上階から差し込む光の中へ彼女はやってきた。白光の天使がそこにいた。
「呈」
彼女が着ているのは、白無垢とウェディングドレスが掛け合わされたような和風ドレス。
幾重にも折り重なるようになったスカートは彼女の尾の半分ほどまで覆うほど大きい。刺繍されている五枚の花弁を持つ白の魔灯花がスカートに美しく咲き乱れていた。
腰から胸にかけてはジパングの着物のようになっていて、白蛇の模様が刺繍された大きな帯が腰に結ばれている。変わっているのが襟。両肩は完全に露出していて、脇下と胸から襟が締まる魅力的な着方。白無垢ドレスに映える、呈の白い肌と、鎖骨から降りる僅かな胸の膨らみに、心臓がこれでもかと脈動してしまう。
そして、頭には魔灯花のかんざしが呈の髪を押さえている。血管が浮き出るほど白い首筋と蒼い耳が露出して、おれの視線を釘付けにした。
薄く化粧され、妖艶な紅に染まった花弁が笑みを象る。慈愛に細まる紅い瞳を持つ彼女はまさに天使。いいや、本当の天使すら及ばないくらい、白の美そのものが顕現した姿がいまの呈だ。
「ぁぁ……綺麗だ」
感嘆の息を漏らしてやっと出た言葉がそれだけだった。
この娘がおれの妻になる。おれがこの娘の夫になる。幸せすぎてどうにかなりそうだった。
でも緊張なんてしていられない。おれたちは一緒に歩むんだから。
「手を」
差し出す。頬を朱に染めて、呈はおれに手を乗せる。
「もっとぼくのことを見てね」
「え?」
その瞬間、呈は蒼炎を迸らせた。
おれと繋がることで成れる龍の姿。だけど、変わったのは呈自身だけじゃない。
彼女が着る白無垢ドレスもゆっくりと変化を遂げた。蒼炎を呑むように、染み渡らせるように、ドレスを彩っていた魔灯花と白蛇の刺繍が蒼く染め上げられていく。そして、それらは蒼い輝きを放つ魔灯花と蒼炎の龍へとその姿を変えた。
頭の魔灯花のかんざしはまるで蒼の竜灯花のように蒼い炎の輝きを放っている。
「……呈はどこまでおれを幸せにすれば気が済むんだ?」
「満足させない、でも飽きさせない。いつまでも離れられない。それが理想の奥さんなんだよ」
「だとしたら、呈はもうすでにおれの理想の奥さんだ。もっと呈に溺れてもいいか?」
「もちろんだよ。それがぼくにとって理想の夫なんだから」
呈の右腕と腕を組む。頂上へと、鐘の下へと一歩踏み出した。
「スワローもとってもかっこいいよ。思わず見惚れちゃって、声が出なかったんだ」
「呈に褒められると天にも昇りそうな気分になるよ」
「ふふ、駄目だよ。どんどんぼくの中に沈んでいかなくちゃ」
なんて、二人で幸せを噛み締め合いながらおれたちは頂上へ。竜灯花のヴァージンロードを歩き、再び番い鐘の前に立った。
そこへ、ふわりと宙に浮く結婚首輪と番いの首飾りがおれと呈の手元にそれぞれ訪れる。
「……」
「……」
頷き合い、おれたちは互いに向き直った。
おれは結婚首輪のベルトを緩め、留め具を外す。呈も首飾りのホックを外した。
腕を交差させながら、一緒におれたちは互いの首へ腕を回す。
唇が触れ合うくらい近づいて、呈の甘い匂いがおれの鼻腔をくすぐる。唇を奪ってしまいたい衝動をぐっと堪え、手探りでベルトを通していく。
呈の方が早くホックを留められたようで、ゆっくりと手を下ろし、おれがベルトを締めやすいように顎を差し出した。シミ一つない真っ白な呈の首筋。そこに結婚首輪が収まっていく。幸せそうに眦を蕩けさせて、ベルトが締まっていく度に嬉しそうな声を漏らした。
きゅっとベルトを締め、穴に金具を通した。呈の細い真っ白な首に巻かれた蒼炎の首輪の中心で、紅玉が輝きを放った。
「やっとスワローの雌竜になれた」
「おれもやっと呈の雄竜になれたよ」
お互いに交換した首輪と首飾りを右手で撫で、空いた左手で頬を撫であった。
ついに訪れたこの最高の喜びを、おれたちは番い鐘へと向ける。
半身を寄せ合い、番い鐘から伸びたロープを握る。視線を絡めて頷き合い、おれたちは一緒にロープを引いた。
竜の咆哮。
甲高く、しかし雄々しく。塔全体、ドラゴニア全土にすら届くほどの勇猛な鐘の音が轟く。
おれと呈、竜となり、そして番いとなったおれたちの竜の咆哮。おれたちは、その喜びをどこまでも届けるため、強く鐘を鳴らし続けた。
そして。
響く音楽の快音。轟く竜の咆哮。彩る魔力の粒子。
番いの儀を交わしたおれたちを祝福する音楽が奏でられた。
ドラゲイ帝国時代で唯一残る文化。「竜騎士団の凱旋パレード」。
その主役はもちろん、おれたちだ。
―3―
満天の空から降り注ぐ音楽の慈雨の中、ぼくたちは竜騎士さんたちに竜車へとエスコートされた。乗る直前に、真っ赤な竜灯花で作られたブーケを手渡された。ここドラゴニアの番いの儀ではこれを花嫁が持つんだって。とっても綺麗。
竜車はまるで一等客室のような上質で気品ある内装。赤い絨毯はふわふわで這い心地は抜群。座席もまるでぼくたちのためにこしらえたかのようにぴったりだった。以前の番いの儀でいつかぼくも、と思っていた場所にぼくはいる。スワローと一緒に。
竜車が音もなく、天の柱から飛び立つ。塔の頂上を中心に旋回。ぼくたちを祝ってくれた番い鐘を見送って、竜車は天の柱を後にした。
窓からの眺めは最高の一言。ドラゴニアの美しい山嶺が豊かな緑に飾られ、空の深い青と調和していた。山にかかる雲海を越え、車内は一度ぼくの蒼炎の色だけになる。稲光が窓から差し込む。
スワローがぼくの手をぎゅっと握ってくれた。ぼくも微笑んで握り返す。うん、大丈夫。もうぼくたちは乗り越えているんだから。
困難の象徴とされた雷鳴轟く雲海を抜ける。
そのすぐあと、割れんばかりの歓声が窓を響かせた。
「わぁあ……!」
思わず声が漏れちゃう。
竜。人。竜。竜。人。人。いっぱいの魔物娘と人たちで埋め尽くされた大地。空を舞い踊る竜の群れ。竜騎士団さんたち、音楽隊さんたち、サバトの皆さん、ドラゴニアの人たち。皆がぼくたちを見上げてくれていた。
「すごいな」
「うん。ぼくたちを、祝ってくれてるんだよね」
大地に竜車が近づくと皆の顔が良く見える。笑ってくれている。まるで自分のことのように、ぼくたちを見上げる皆が喜んでくれている。
嬉しい。そのことがすごく嬉しい。
そして、竜車の天井が開かれ、左右の竜翼と一体化する。オープンになったことでより一層近く歓声を聞くことができた。
おめでとう。頑張った。すごかった。感動した。お幸せに。
そんな声にじわりと目の奥が熱くなる。
「呈、見ろよ」
促されて、竜車の先を見ると、サバトさんたちの光のアートがあった。竜騎士さんたちに先行して、空を舞う巨大な光のドラゴン。それが光の線でできた虹色のハートを潜っていく。ぼくたちもそれを潜ると、ハートは炎のような輝きを放って、周囲に雨のように光粒子を降り注いだ。
「綺麗だね」
「ああ。呈には負けるけどな」
「もうっ、ふふ」
スワローの腕に、自分の腕を絡ませて肩に頭を預ける。スワローもぼくの頭を嬉しそうに預かってくれた。
もっと見て貰おう、ぼくたちがいま幸せなことを。このドラゴニアの皆に。ぼくがこの番いの儀に憧れたように、ぼくたちを見てくれる誰かに次は貴女がここに座るんだと、一生の最愛の人と一緒に座るんだと伝えよう。
ぼくは幸せだよ。すごくすっごく幸せ。だから皆もね。いつかここに座ってね。そのときはぼくもいっぱいいっぱい祝福するから。だからいっぱいの幸せ受け取って。
蒼い炎を迸らせ、サバトさんたちが降らせる光の雨と一緒にここの人たちにぼくの魔力を贈った。愛する人がもういる人はもっと深い愛を、まだいない人はいまからでも見つけて。ここは愛する人と出会って、幸せに暮らすための場所なんだから!
ぼくの蒼い魔力をいっぱい降らせながら竜翼通りを凱旋する。そんなときだった。
「くそぅ、なんて幸せそうなんだ。ようやく近くで見れたっていうのに全然満足できねぇ」
その男性の声はぼくの記憶をほんの少し揺さぶった。なんだか聞き覚えがあるような、いやないけど、なんとなく既視感のようなものを覚える。このあと続くのは確か。
「なら私と番いの儀を行えばいい。近いうちにでも行おう。こ、これは別に、やましい理由とかこの娘らが羨ましくなったからとかじゃないからな! 私たちは好き合う仲なのだ! 番いの儀を行うのは必然なのだぞ!」
左を向くと、気の強そうなワイバーンさんの背に乗る冒険者の風体の男性がいた。
思い出した。以前の番いの儀で見事にカップルとなっていた人たちだ!
ぼくはスワローと顔を見合わせ、思わず声を出して笑い合う。そして合唱。番いの儀すごい。
そうして、ドラゴニアの皆に祝福され、歓声を浴びながらぼくたちはドラゴニア城へと凱旋した。
「よくぞ来たな。スワロー。呈」
絢爛豪華。天の柱の魔力雲よりも濃密で、しかし優しい竜の魔力に満たされた、荘厳な雰囲気を放つ玉座の前。ドラゴニア城城主、女王デオノーラ様はぼくたちを柔和な笑みとともに迎えてくれた。
ぼくたちの後ろには参列客の皆が座っていて、ぼくとスワローのお母さんお父さん、ぼくがここで知り合った人たち、多分スワローのお知り合い、それにとても高貴な雰囲気を放つ水神様やワームさん、ドラゴンさんがいた。
その中でも気になったのがどことなくデオノーラ様と似た雰囲気を放つ、セミショートの紅いドラゴンさんだった。隣に青年を伴ったそのドラゴンさんがぼくらに向ける優しい瞳は、どこかモエニアさんとも似ている気がした。
「全て見させてもらったぞ。お前たちの歩み、艱難辛苦に立ち向かう心の強さ、そして何より互いを想い合う炎の如く熱い愛を」
「えっと、やっぱり交わってたときも……?」
「無論だ。お前たちの熱き交わり、しかと目に焼き付けさせてもらった」
うう、恥ずかしい。
「二人とも、おめでとう。お前たちは紛れもなく理不尽を打ち破り、困難な壁を乗り越え、この場所に立った。どちらかが欠けるでもなく、二人で、共に。お前たちのその姿はまさしくこの国に在る竜そのものだ。私、ドラゴニア女王デオノーラはお前たち二人を心より祝福する。そして、問おう!」
デオノーラ様の金色の瞳が見開かれ、ぼくたちを見据えた。
険しくも凛々しい、竜の女王たる凛然とした表情でデオノーラ様は問うてくる。
「お前たちがこれから歩む道の先、健やかなるときも淫らなるときも、いかなる幸福も悦楽も、愛欲に塗れた日々も淫蕩に満ちた日常も、その全てをお前たちは二人で歩む。お前たち二人で分かち合う。お前たち自身がその日々を築き、守り、味わっていく。二人でだ」
ぎゅっとスワローの手を強く握る。固く握り返してくれた。ぼくたちの気持ちは一緒だ。
「その覚悟はあるか?」
だから一緒に答える。
「「はい」」
一点の淀みなく、スワローとぼくの言葉は重なった。
デオノーラ様は優しい、まるで慈母のような笑みを浮かべると深く頷いた。
「ならば誓いの口づけを。未来永劫燃え続ける、永久(とこしえ)の愛を誓う口づけを」
ぼくたちは見つめ合う。皆に見られているなんてもう気にならなかった。
ここにいるのはぼくたちだけ。ぼくたちだけの世界。
「呈、愛している。ずっと一緒だ」
「ぼくも愛しているよ、スワロー。絶対に離さない、離れないから」
そして、スワローの顔が近づく。その瞬間は短く、でも唇に柔らかい感触が沈んだ瞬間、ぼくたちの時間は止まった。
触れ合うだけの優しいキス。それでもこのキスは特別で、ぼくを想ってくれるスワローの気持ちが沁み込むように伝わってくる。ぼくの心を満たすのに充分すぎるほど幸せなキスだった。
好き。好き。大好き。スワロー。ずっとずっと一緒だよ。
「ん、はぁ」
「これでぼくたちは夫婦だね」
「ああ。これからもよろしくな、おれの可愛い奥さん」
ぼくたちを祝福する歓声と竜魔笛の音色がドラゴニア城の玉座全体を響かせるハーモニーを轟かせた。振り返り、弾けるような拍手をぼくたちに贈ってくる皆に、溢れんばかりの笑顔を贈る。
ぼくはいま、幸せだよ。
そして玉座のヴァージンロードを歩き、スワローとともに城外へ。城前を埋め尽くすのはここまで駆け付けてくれたドラゴニアの皆さん。とっても熱い交わりを始めている方もいる。嬉しいな、ぼくたちの結婚式を見て興奮してくれたんだもの。
ぼくたちの幸せ。そのお裾分け。
手に持つブーケをぼくは思い切り放った。高く登った花束はすっぽりとそれが当然のように、ある緋色の女性の手元に収まる。
「メッダーさん! メッダーさんの番いの儀、楽しみにしてますね!」
緋色のワームのメッダーさん。ぼくの蒼い炎でも繋ぐことはできなかったけど、でも必ずいつか出会いは訪れる。きっと、絶対に。
「……! て、呈! ああ、絶対うちも結婚してやるさ! ありがとなっ!」
高くブーケを掲げて微笑むメッダーさんに、ぼくもスワローも周りの参列客の皆さんもいっぱいの拍手を贈った。
番いの儀は最高潮を迎え、皆が皆、愛しい人とセックスしたり談笑を交えたりしている。
「どうした? お前たちはセックスしないのか?」
デオノーラ様がぼくたちにフランクに尋ねてくるけど、ぼくもスワローも頭を横にいっぱい振った。
「恥ずかしすぎてできるわけないですって」
「そ、そうですよっ!」
「なんだ。もう散々、天の柱で見られただろう。いまさら恥ずかしがることもあるまい」
腕を組んで、呆れたように肩を竦めるデオノーラ様。さっきの玉座での雰囲気とはまるで違う。お隣に住んでるお姉さんのような感じ。とても失礼かもしれないけど。
「いやいや。見られているのを意識してするのとじゃあ天と地の差ほどありますから」
「そうか? ふふ、まぁいい。実は一つ、スワローに聞いておきたいことがあってな。このような席でする話でもないのだが、この機会を逃せば遠のきそうなのでな。構わないか?」
「別に大丈夫ですけど」
「ありがとう。じゃあ聞かせてもらおう。君は、竜騎士になるのか? なる気はあるか?」
ドキッとした。スワローが竜騎士になる。なれる? でも。
「呈のことなら心配はいらない。呈、君はもうこの国の一員、私の可愛い民であり娘の一人だ。騎竜となるのに何の不足もない。これは例え、龍の力を得ても得ていなくとも変わらないことだ」
この国の女王様のお墨付き。嬉しい。ぼくはスワローの騎竜になれるんだ。スワローを乗せて竜として大空を泳げるんだ。
「あ、いや、おれ、竜騎士になるつもりはないです」
「……んんっ?」
ぼくの喉から濁った変な声が漏れ出た。んんっー? 何かの効き間違いかな?
じっくりと言葉を咀嚼して、頭の中で泳がせて、それでも聞き間違いじゃないとわかってぼくはスワローに詰め寄った。
「なんでっ!?」
もう襟を掴みかねないほどの勢いで。
スワローはぼくを危険動物か何かのように「どぅどぅ」と両手で抑え込む。耳と喉を撫でられたらもう敵わない。へにゃってスワローにしなだれかかるしかなかった。
「ふむ、どうしてだ? 天の柱では竜騎士もいいかもしれないと言っていただろう? 君の父も竜騎士団で分隊長として頑張っている。さすがに天の柱を踏破したからとは言え、いますぐ彼同様隊を率いることは不可能だが、それでもいつかは竜騎士の、ドラゴニアに住まう雄竜の模範として隊を率いてもらいたかったのだが」
「すっごい、光栄です。デオノーラ様にそんなお言葉を頂けるなんて、呈のことを除けば一番に思えるくらい嬉しい」
「ならば何故だ?」
スワローは恥ずかしそうに笑ったあと、ある方角を見上げた。ぼくたちがあらゆる困難を乗り越えた場所。天の柱を。
「ずっと考えてました。おれはどうなりたいんだろうって。答えはずっと出ませんでした。今日、天の柱を踏破するまでは」
拳を握り、それをスワローは胸元に寄せる。熱い想いを感じた。ぼくに対するものとはまた別の昂る情熱のようなものを。
「踏破しても消えませんでした。天の柱への思いは。それどころか一層強くなったように思うんです。おれの始まりの地で、おれを育ててくれて、困難の壁となってくれて、そしておれたちを祝ってくれた番い鐘のある場所――天の柱への思いが」
ぼくをスワローが抱き寄せる。
「呈と一生付き合っていく中で、おれは天の柱とも付き合っていきたいんです。もちろん、呈の背に乗って。だからおれは竜騎士にはならないです」
合点が行ったようにデオノーラ様は頷いた。
「なるほど。竜工師になりたいわけか」
スワローも返事の代わりに大きく頷き返す。
竜工師。確か、ドラゴニアにおける建築屋さん。ここドラゴニアの建物はほとんど全て彼らによって建てられたもの。そして、天の柱も昔のドラゴニアの彼らが建てたものらしい。四年に一度の天の柱の大規模修繕は彼らと竜騎士団の協力の下行われるのだとか。
スワローはそれになって、天の柱と一生付き合っていきたいのだ。ぼくと一緒に。
明確な夢。その中にぼくもいる。竜騎士でも騎竜じゃなくても、すごく嬉しかった。
「決意は固いようだな。竜騎士となってもらえなかったのは残念だが、有望な竜工師が増えるというのは私も嬉しい。いいだろう、厳しいが飛び切り腕の立つ竜頭長の下で働けるよう推薦状を用意しよう」
「い、いいんですか?」
「話に付き合ってくれた礼だ。それとこれを」
ぼくに竜のキーホルダーがついた大きな鍵を、デオノーラ様は渡してきた。あれ? この竜さん、ドラグリンデ様の竜のデザインに似ているような。
「この城の最上級スイートルームの鍵だ。もう二人とも早く交わりたくて仕方ないのだろう? 今日はそこで思う存分交わるといい。あそこのメイドドラゴンが案内してくれる」
い、至れり尽くせり!
「あ、ありがとうございます」
「何から何まで本当」
「ご祝儀のようなものだ。本当に感謝しているのならば、思う存分愛し合え。お前たちの喜びは私の喜びでもあるのだからな」
「はいっ!」
ぼくたちは参列してくれた皆に短く挨拶したあと、城内へと戻る。
最後に、デオノーラ様がぼくたちに声をかけてきた。
「ああ、それと推薦状を書く代わりと言っては何だがお前やっぱり竜騎士団にも入れ」
「はいっ!?」
「竜頭長になるにはこの地のことを深く知らねばならん。つまり竜騎士団の隊長にな。兼業は大変だろうが、気合入れろ。呈と共にドラゴニア中で交わり、この地のことをもっと学べ。お前たちならできる。それだけ大きな壁をすでに乗り越えたのだからな」
期待してくれているのだと、ぼくはわかった。スワローも同じで、深呼吸してから一呼吸置いて、まっすぐデオノーラ様を見据える。その瞳に迷いなんてない。
「わかりました」
デオノーラ様に見送られ、ぼくたちはドラゴニア城へと入城した。
「いつか人前でもエッチできるようにならないといけないかもな。ドラゴニアのことを知るには、ドラゴニアの至る場所でセックスするのが一番、って前聞いた覚えがあるし」
「関係あるのかよくわかんないけど、スワローと一緒ならぼくは大丈夫だよ。……でも、今日だけは」
艶美にぼくは笑って、スワローの手を引いた。
新婚初夜の邪魔は誰にもさせない。
そして、当然ながら、いまのおれたちは飛ぶことができない。
「あ、ぐほっ!?」
二階分に相当する高さから落下。受け身も取れずおれたちはワンバウンドして転がって、倒れる。真横に呈。少し離れた位置にモエニア。
おれは身体を引きずって呈を抱き起す。
「いたた……ぼくたち、勝ったんだよね……?」
「ふぅ……ああ」
「えへへ、お疲れ様」
「呈もな」
じんわりと胸の内が熱くなる。あれだけどうにもならなかったモエニアを下した。呈と一緒に。おれたちどっちがいなくても成し得なかった勝利だ。二人で勝った。そのことが純粋に嬉しい。
この高揚感のまま、おれは呈へと吸い寄せられた。呈の顔へ、その紅く熟れた唇へと。
そして触れるその刹那。
うつ伏せに寝転がったモエニアが顔だけこちらに向けていることに気づいた。
目をキラキラと輝かせて、心底楽しそうに。
「何故やめる。ほらそこだ、行け! ぶちゅっといってしまえ!」
「「……」」
あれだけ呈の炎を注ぎ込まれたのに何でぴんぴんしているんですかね?
「おい、何故やめる。今更恥ずかしがることないだろう。情事は全てドラゴニア国民全員に見られていたのだ」
「それでもモエニアには見られたくないんだよな」
「ぼくも」
真顔で言ってやった。悲しそうに眦を下げるが、全然可哀想には思わない。
「くっ、敗者に情けはないというのか」
「逆に情けなんてかけられたくないもんじゃないの?」
ええい、とモエニアがジタバタと暴れる。もう魔力も枯渇しているためか力も弱いし、白炎も出ないが。
「さっさと行くがいい! お前たちは私を下した。ドラグリンデ様もお前たちが十分に成長した姿を見届けられて満足だろうさ! 私の役目は終わったんだ! とっととケジメをつけてこい!」
「はいはい。まるで子供みたいだ……ん、あれ?」
呈と一緒に立ち上がりながら、おれは言葉の引っ掛かりを覚えた。
いまモエニアはなんて言った?
「ドラグリンデ様も満足? これドラグリンデ様も見てたの?」
モエニアがきょとんとする。おれの言葉の意味が理解できていない風だった。
「いやそれはもちろん御覧になっているはずだが? 実際、ここに来る前は一緒に見ていたし」
「一緒に? え? お亡くなりになってたんじゃあ……」
「何を言っているんだお前らは!? 不敬だぞ!?」
呈の質問に激昂するモエニア。あ、これ本気で怒ってる。
「え、でもだって、モエニアさん、ドラグリンデ様のこと話したがらなかったし」
「はぁ? 何を言ってるんだ、私はドラグリンデ様が亡くなったなどと一言も」
「でも……ドラグリンデ様のことを尋ねたとき怒ってたし……それで聞かれたくないことだったのかなって。だから亡くなっていたものかと」
呈がモエニアとドラグリンデ様のことについて話してたときのことを言うと、モエニアはしばし熟考した。俯せで寝転んだ状態で。
そして、顔から滝のような汗を流しながら、宣誓するように右手を上げる。
「誤解だそれは。ドラグリンデ様はいまも夫であるユリウス様と仲睦まじくおられる」
「え、そうなんですか?」
モエニアは説明をとつとつと説明を始めた。
「えっと、だ。あの日の何日も前から竜の墓場のドラゴンゾンビたちが暴走して町に集団で押しかけようとしていたんだ。ドラグリンデ様はな、竜の墓場の管理者でな。混沌とした事態に陥らないよう、事態の収拾鎮静化、ドラゴンゾンビたちの慰めなどに務めて忙しい日が続いてしまっていたんだ」
「ふむふむ」
「その間、ドラグリンデ様はしばらくユリウス様とまともに二人きりで過ごせていなかったものでな。用事や用件などをドラグリンデ様に持って行きたくはなかったのだ」
つまり、モエニアはドラグリンデ様が夫と二人きりでゆっくり休めるよう気を遣っていたというわけか。そのせいで呈への態度が少し固くなり、呈も勘違いしてしまったと。
「なんだそりゃ……」
ば、馬鹿馬鹿しすぎる。
「よ、良かった……ドラグリンデ様は生きているんですね。いまも幼馴染の王様と一緒に」
「無論だ。ドラゲイ時代に命を奪ってしまった竜たちへの贖罪のため、いまも彷徨うドラゴンゾンビたちを良き方向へ導こうとするユリウス様に寄り添い、いまも仲睦まじく過ごしておられる」
「……」
本当に主人想いなんだな、モエニアは。寝転んでいる状態だからすごく締まらないけど。
「さて、わかったらさっさと行け。もうお前たちの行く手を遮る者は誰一人としていない」
さすがにこれ以上の刺客的な何かは勘弁だ。呈と誰にも見られずいっぱいエッチなことしたいし、早く終わらせよう。
そう思ったけど。
「モエニアさんは置いて行って大丈夫なんですか?」
呈はどうやらこのままモエニアを置いていくことが心配らしい。ドラゴンだし、たとえ魔力が枯渇していても大丈夫だとは思うけど。
「敗者に情けなどかけるな」
「さっきと言ってること違くない?」
「ふん、さっさと」
「大丈夫大丈夫。あとは俺がやっとくから二人は上へ行くといいよ」
不意に背中から声を掛けられ、廊下の影から現れたのは、燕尾服を着た青年だった。モエニアと一緒の白髪で柔和に笑んでいる。
「お、おお、お前なんでここに!? 二人がいなくなるまで来るなと言っていただろうッ!?」
モエニアがすごく慌てふためいている。同時にいままで平静だったはずの肌の色が赤みを帯びていき、発情したように真っ赤、蕩けた息遣いをし始めた。
「いやね。こんなになっても頑張って外面を保とうとしているモエニアを見たら、悪戯したくなっちゃって」
「き、貴様は〜!」
えーっと多分、おそらくいや確実にこの人はモエニアの夫さん?
おれたちの横を通り抜けて、彼はモエニアの前でしゃがむ。
「もう我慢できないんだろ? ほら、好きにしなよ」
「うぅぅ……うわああああああああああ!! ランパートぉ〜!!」
「「!!??」」
突如、まるでダムが決壊したかのようにモエニアが涙を溢れさせると、いままでの気品高い声音とはまるで違う、幼子が泣きじゃくるような声とともにランパートと呼ばれた青年へと飛び掛かった。
馬乗りになって、彼の胸に顔を埋めるモエニア。さらに。
「ううう! ひどいんだよ、酷いんだよ、あの子二人ともッ! まるで親の仇みたいな怖い形相でさ! 私をすっごく睨みつけてくるんだよ!? あの怖い形した刃物で遠慮なくグサグサしてくるし、すっごく怖いんだよ!? 首とか狙われたとき、魔界銀だってわかってても怖かったんだからねッ!?」
まるで子供というか、本当に子供のような甲高い声で涙ながらに訴えるモエニア。それをうんうんと後頭部を撫でながら聞くランパートさん。
「敵役だったから仕方ないけど、あんなに暴言吐いたりしなくてもいいよね!? ふざけろとか! 首を刈れそうだとか! 私だって頑張って演じたんだよ!? それに絶対ドラゴニアの皆に私幻滅されたよ! 嫌われたよ! 街歩けないよ! 後ろ指刺されまくって鬼畜ドラゴン、子供にも容赦ない卑怯なドラゴンだって罵られちゃうんだよ!? ていうか水球からいっぱい聞こえてたもん!! うわぁああああん!! 私、二人のために悪役になったのにこんなのってないよぉおお!! もうドラゴニアで生きてけないよおおおおお!!」
うっわー……うっっわー。
塔全体に響くくらいの大声でわんわんと泣く大人ドラゴンの図。
いつもの気高いモエニアがドラゴンとして在るのだとしたら、いまのモエニアは多分、ドラゴンとなる前の人間としてのモエニアなんだろう。メンタル弱ぇ……。
こんな姿を見せられては、さすがのおれも呈も「自分のことを棚に上げて」とはとても口にできなかった。
正直、戦っているときのモエニアはおれの記憶の中で断トツで怖かった。
「嫌われたぁ! ドラグリンデ様にも嫌われたぁ! うわあああああああああああああん!! ランパートォォ!」
「慰めるよ。今日のこと全部忘れるくらいじっくりとね」
「ぐすっ……じっくりじっくりしてね」
「はいはい。その翼もすぐに治してあげるから」
そうして、二人は密着したまま早速交尾をし始める。前戯もなく、すぐに挿入して、でも激しく動くことはなくゆっくりと擦るように身体を上下させるという動き。
モエニアの泣き顔もたちまち悦楽に支配された表情へと爛れ堕ちていく。これもまた、いつもの気高い彼女とは違った表情だった。
「んっ……ふぅ、はぁああ。ランパートのぉ、精がぁ、魔力のなくなった私の身体にぃ、沁み込むぅ」
「くっ、いつもより激しく吸ってくるね……これは癖になりそうだ」
全然動いているようには見えないけど、二人とも耐えがたい快楽を味わっているようだった。おれたち二人がいても全く気にした様子なく、情事に耽っている。
「……行こうか」
「だ、だね」
このまま見ていたらおれたちもこの場で一戦交えたくなってしまいそうだった。それくらい、目に見えてピンク色の炎が迸っている。白炎竜というか桃炎竜だ。ジャバウォックじゃないんだからさ。
「ああ、そうだ、スワロー君」
そうしてこの場を後にしようとしたとき、情事真っ最中で息遣いの荒いランパートさんに声をかけられる。
投げかけられた言葉は、おれの肝に刃物を突き付けたかのように冷たかった。
「今回は許すけど、次、俺の妻に中指立てて見せたら」
剣に見立てた手で、首をトントンと数度叩いた。
その意味が理解できないほどおれも愚かじゃなかった。
「……肝に銘じます」
感情が昂っててもやっていいことと悪いことがある。
そのことをおれは今日学んだ。
「っとと。だいぶボロボロになっちまったな」
「あれだけ大暴れしたもんね」
地震にも似た揺れにおれは躓きそうになる。もう体力はすっからかんなので呈に支えてもらうという形だ。なんとも格好がつかないけど今更か。
モエニアと初遭遇した王座の間も越えて、天井から風の吹く音が殊更リアルに感じられる。もうすぐ頂上が近いことを意味していた。
やっと。昨日からの、いやおれが生まれてから三年の苦労が実を結ぶ。呈がいたからこそ成し遂げられた結末がそこにある。
だが。
「……というか、揺れ大きくなってないか!?」
モエニアたちの下から離れてから、小刻みに何度か襲っていた塔の揺れだったが今回は収まらずにさらにその強さを増していった。壁や床にぴしぴしと亀裂が走り、まるで崩落直前のような空恐ろしさを伝えてくる。
「や、やばい!」
「うっ、も、もう走れないよっ」
せめてどこか崩れない足場に。逃げ場所を求めて視線を彷徨わせると。
ちょうど、外へ通ずる穴から彼女の姿が見えた。
小さな、とても小さな体躯。おれや呈よりも小柄で、しかし積み重ねてきた経験はおれの内なる記憶を合わせても到底及ばない、魔道を極めし魔なる幼女。
彼女は、真横に白髪の老人を寄り添わせ、何もない宙に直立不動で浮いていた。
バフォメット・ファリア。ミクスの付き人である彼女。
鎌と杖の二重の役割を担う、身の丈の倍はあろうかというサイズロッドを片手で持ち、前身に掲げている。彼女と隣の老人の全身からは桃色の魔力粒子が溢れ出し、それが奇々怪々な非幾何学模様を形成し、立体魔法陣がファリアさんたちを中心に形作られていく。
魔法陣の形成が終わると、彼女は素早く何かを口ずさんでいた。それが詠唱だと気づいたのはすぐ。
そして、おれたちのいるこの天の柱自体が桃色に明滅し始めたのもすぐだった。
「な、なんだこれっ!?」
「ス、スワロー! これ見てッ!」
呈が指さしたのは亀裂が入っていた壁や床たち。それが見る見るうちに、まるで時間が巻き戻るかのように修復されていった。それだけじゃない。揺れによって宙を浮いていた塔の一部であるチリまでもが何かに吸い寄せられるように、壁や天井へと昇っていく。
階下で先ほどまでの揺れとはまるで違う振動が響いてきた。おれは穴から顔を出して下方を見下ろす。
「うっそだろ……!?」
「わぁああああー!」
塔と同じ桃色に明滅した瓦礫群が宙に浮き、独りでに塔へと戻っていっていたのだ。それもあのモエニアがブレスによって灰燼へと変えたあの大穴に。飴細工のように熔けたものまで時を巻き戻すが如く、いや本当に時を巻き戻して修復していた。
「すっげぇ……」
あれだけ損傷が激しかった壁を元通りに直してしまった。しかし、よく見れば、細かな古い亀裂は残っているようにも見える。もしかすると、モエニアとの戦いで起きた損傷だけが直ったのかもしれない。
桃色の発光は次第に収まり、ファリアさんたちを囲っていた立体魔法陣も消失する。
サイズロッドを何もないはずの宙で立て、彼女はおれたちに「さっさと行け」と手を払った。
仕事で来ているためか、特におれたちに言葉をかけるでもなく上方へと昇っていった。まだ何かしらの用事を抱えているのだろう。
お茶目なところもあるが、仕事中はかなり真面目な彼女。しかし、まさかここまで大それたことができるとは思わなかった。
サバトの長、バフォメット。実はかなりやばい方なんじゃあ。
「スワロー、もう大丈夫みたいだし、行こう?」
「お、おう」
呈に手を引かれ、通路を歩いていく。ゆっくりゆっくりと階段を登り、進めば進むほど通路や壁の状態は綺麗なものへと変わっていった。
しかし、歩を進めるのに伴っておれの頭の中で、哄笑とも悲鳴とも似つかない響きが大きくなっていく。近づいている。おれの中のおれじゃない記憶、その最後の記憶たちに。
恐れはあるだろうか。わからない。心臓の鼓動はいつもと変わらない。脈打つ鼓動も、大地を踏みしめる足の強さも変わらない。
だけど、いつものおれでもない。いつものおれは天の柱に登る前に置いてきた。
いまここにいるのは、この天の柱を登ってきた、呈と一緒にここまで辿り着いたおれだ。
「スワロー」
「うん」
呈が強くおれを支えてくれている。心配そうな顔もしていない。ただおれを信じてくれているんだろう。それがとても心強い。
だからこそ、おれはおれでいられる。
そして一際大きな階段。天井はもうなく、蒼い満天の空が広がっている。
階段の時点でもうすでに竜灯花は左右で咲き乱れ、花道を赤く彩っている。
水球の映像でしか見たことのない巨大な二対のグランドベル。夫婦の結びをより強固なものへとする、竜の咆哮を響かせる鐘――番い鐘が花道の奥、小さな階段の先に見えた。
番い鐘のその全貌が露になり、階段を登り切ったその刹那。
「来た……呈」
いつかミクスが言った、新しい道に進むための取り戻すべき記憶の道標。
その全てがいまここに。
「うん。行ってらっしゃい」
呈の信頼の言葉を最後に、おれの意識は反転した。
何もない場所だった。
白い光で覆われた場所。何もなく、どこにも繋がっていない閉塞した空間。
そこにおれと、無数のおれじゃないおれらがいた。
男。女。子供。老人。和服を着た人、洋服を着た人、迷彩柄の服を着た人、剣を持つ人、銃を持つ人、鍬を持つ人、病人服、学生服、裸体の人。
老若男女。時代と場所の垣根なく、数えきれない人がいた。
その誰もが、負の感情を抱いていた。無念の想いを。怨嗟の想いを。憎悪の想いを。
コエが響く。コエはおれに彼らの記憶を押し付ける。脳髄に刻んでいく。膨大な情報の渦がおれの記憶を埋め尽くしてしまおうとうねりを上げる。おれの存在を喰いつくしてしまおうと悪辣な牙をおれに立てていた。
それでも、おれはただ立ってその記憶の全てを受け取めた。受け止められた。
呈がいた。呈の蒼い炎の記憶が、おれの脳のみならず全身で燃えていた。それは常人ならば精神を消滅させてしまいかねないほどの膨大な記憶情報でも消えない。決して絶えない。
怨嗟の声が響く。身体を返せと。もう一度あの場所に戻ると。
恨みつらみに彩られた場所に戻り、その因果を覆すと。
おれはそのための器。おれの正体は、彼ら全員のそれぞれの記憶からわずかに欠け落ちた記憶が結合し、生命を得た存在。
つまり彼らの記憶の集合であり、それ以上でもそれ以下でもない。
誰でもあり、誰でもない記憶。彼らにとっては単なる彼ら自身を宿す器にしかならない。
「だけど、ごめんな。おれは“お前たち”になるつもりはない」
憎悪の声を響かせる彼らに、おれははっきりと告げる。
「おれは“お前たち”から生まれたんだとしても、“お前たち”とは違う。おれは、スワロー・リース。ワイバーンの母と竜騎士の父を親に持ち、蛇竜である呈を恋人に持つドラゴニアの雄竜だ」
彼らがおれに群がる。顔を掴み、腕をひねり、脚を持ち上げ、胴を抱き込み、全身を彼らが呑み込もうとする。身体がもみくちゃにされても、おれは全て受け止めた。
「ごめんな。辛いよな、そんな気持ちばっかりで。全部吐き出して、終わらせて、決着つけないと進めないんだよな。わかるよ。おれもそうだったし、“お前たち”だったんだから」
彼らの腕が顔が脚が胸が、おれの身体を穿ち、体内へと入り込んでいく。
だから、おれは受け入れる。彼らにおれのことを知ってもらうために。
それ以上に知って欲しいこともある。
「でもな、おれは変われたよ。色んな人に助けられて、支えてもらって、温かく守ってもらって、時には厳しくされて。それらが全部、おれの糧になった。お前たちじゃない、『おれ』を形成してくれたんだ。この世界で、ドラゴニアで。おれはお前たちが手にできなかったもの、手からこぼれ落ちてしまったものを手にできたんだ」
嫉妬を煽るための言葉じゃない。
だから。
「こっちに来いよ、お前らも。ここにはある。お前たちが本当に欲しかったものが、全部受け止めてくれる誰かが、ここには必ずいる」
おれの身体の中に呑まれていく彼らに、おれが得たものを見せる。
おれの拠り所となってくれた蒼い炎を全身から迸らせる。
「だから来いよ、お前たちも! 良いところだぞ! ドラゴニアは!!」
蒼い炎はおれを、おれではなくなった彼らを呑み込んだ。
彼らがどう思ってくれたか、それはわからない。
だけど、おれは呈の下へと帰れる。彼らはそれを邪魔しようとはしなかった。
それが答えなのだと、おれは思うことにした。
「観測しているかい?」
「当然じゃ。でなくては三年近い計画がパァじゃからの」
天の柱の頂上よりも遥か上の場所にいたファリアとその夫であるご老公の下へミクスは訪れた。空気は薄く暴風が渦巻いているが、彼女たちはそれを特に気にした様子はない。
ファリアの前には幾重にも重なった魔法陣の数々と、そこに沿うようにルーン文字が浮かび上がっては消えを無数に何度も繰り返している。
時魔法の行使に特化したファリアはいま眼前で起きている事象をつぶさに観測し、計測記録を行っていた。データとして魔法陣の中へ、そして脳内へと刻んでいっているのである。
「あちらの世界で無念の想いで死に絶えた数多のまつろわぬ魂たち。澱み、停滞した場所でその魂たちは集積し、ドス黒い怨念とも呼べるべきものへと変貌していった。巨大になったそれは一層他の非業の死を遂げた者たちの魂を取り込み、成長していく」
ミクスはファリアが向かう先を見上げる。そこはちょうど天の柱の直上。スワローがいる場所の遥か真上だった。
蒼い空の狭間。蒼と黒が交錯する場所。そこが不自然に歪んで映っていた。
「でも僕たちの世界はそれを見つけた。この天の柱。このドラゴニアに住まう全ての竜たちの魔力がやがて行き着く場所。魔力の雲を作るほどに濃密な魔力だからこそ、次元すらこじ開けて彼らの魂を掴んだ。こちらに呼び寄せたんだ」
この世界の魔王の想いは次元の壁すら越えた。
「しかし、どうしてだろうね。よく言えば魂の浄化、悪く言えば魔力の汚染は彼らに対して行われていなかった。だから僕は考えたよ。そして疑問に思った。何故、魔力のない魂がこちらの世界に来れたのかって」
いま現在確立されている手段で向こうの世界に渡れるのは、魔力が極めて高い者に限られている。それこそリリムやバフォメットなど特別優れた種族などを除けば、どこでも誰でもいけるわけではない。
それなのに、魔力の侵食がなされていない魂はこちら側へとやってきた。
「だから思った。彼らを観測し続ければ、あちらの世界へ誰でも行ける手段が見つかるはずだってね」
そのキーとなるのがスワロー。集積したまつろわぬ魂より抽出された、微かな善性が受肉した少年。
彼との接触は最初から決まっていた。たまたま訪れていたドラゴニアで彼が受肉したその瞬間から。とはいえ、彼の不調によってリムが医者を探し回ったため、予定よりもずっと早い直接接触になってしまったが。
しかし、おかげでずっと早くこの段階まで事を運ぶことができた。
「どうだい、ファリア? 善性と悪性。それらが混ざり合う刹那の状態は」
「うむ。魔力に匹敵する……いや、もはや魔力と同質のエネルギーが観測できておるな。どちらも意思を持つエネルギーじゃからの。此方と彼方の境界線を極めて安全に捻じ曲げて、繋げとるぞ」
「いいね。再現性はあるかい?」
「安心せい、魔力と同質エネルギーじゃからな。それをどう利用すれば良いかも観測できておる。ミクス、時代が変わるぞ? ようやくあちらの世界へ誰でも自由に行き来する目途が立つわ」
ファリアのお墨付きを受けて、ミクスは口をプルプルと震わせて堪えるような笑みを浮かべた。
叫びたい衝動をぐっと堪えて、眦に涙をたたえながら、ミクスは宇宙を仰ぐ。
ドラゴニアの優しき竜と民たち、そして彼の良き伴侶となってくれた呈。
この舞台に上がってくれていた全ての者に、ミクスは言葉なく感謝する。
「そしてありがとう、スワロー。君のおかげで、向こうの世界で未だ惑う者たちと、夫を得られず寂しく暮らす娘たちを結び付けてあげられそうだ」
スワローがここドラゴニアで得た優しさを彼らへと響かせ、染み渡らせていく光景を感じ取りながら、ミクスは目を瞑る。
優しき闇が世界を覆うことを夢見て、現実になることを確信して、喜びの涙を彼女は一筋流した。
―2―
おれは立ったまま意識を失っていたらしい。何時間もあの空間にいたような気がしたが、実際は数分程度しか経っていなかったようだ。
「おかえり、スワロー」
呈がおれの両手を握ったまま、笑顔で迎えてくれた。蒼い炎の残滓が空へと消える。
呈がいる。おれには呈がいる。だから、おれはおれだ。
誰でもない。スワローだ。
「ただいま、呈」
「うん。行こう」
右手を呈の左手と繋いで一緒に竜灯花の赤い花道を歩く。
「あ」
と思い出したのはこのときだ。リュックの奥底にアレを沈めたままだった。
「スワロー?」
「ちょ、ちょっと待っててくれ。すぐ戻るから」
おれは反転し、階下へ。呈がこっちを見ていないことを確認して、それを外套の下に潜り込ませた。しまったしまった。これを渡せなければここに来た意味がない。
きょとんとしている呈の下へ戻り、おれは再び呈と花道を歩く。
一歩一歩踏みしめる。困難を越えてここまで来た。まだおれは生まれて三年しか経たない未熟者だけど、こんなに素晴らしい女性と出会えて、あれだけの苦難を越えて花道を歩けている。それを思うと一層、地を踏みしめる度に心臓が破裂しそうなほど高鳴り、歓喜の情で胸が占められていく。
そして、二対の巨大な鐘「番い鐘」が目の前に。
二つの鐘は合わせると、旧魔王時代のドラゴンに匹敵するほどの大きさだった。左右それぞれの複雑な機械仕掛けの機構からロープが伸びている。これを引くことで永遠の愛を誓い合える。
おれは番い鐘の前で呈と向かいあった。心臓がバクバクする。喉の奥が緊張で震える。
ああもう、おれ、何度瞬きするんだ。呈の顔がよく見れないだろう……!
言え、言って渡せ、おれ! 幾度となく好きって言って、セックスだってしただろ! いまさら日和るな!
「「あ、あの」」
被った。
呈も何か言おうとしてたらしい。顔が赤い。ああもう、呈にまで緊張させちまってるじゃないか。気を引き締めろ。ここで伝えなきゃおれじゃない。モエニアも越えて、自分の記憶も乗り越えただろ!
「「そ、そっちから」」
また被ったァァ!
「あえっと、スワローからで、いいよ?」
「お、あ、う、うん」
もはや余裕のないおれに呈に順番を譲るという頭はなかった。
落ち着け。深呼吸。すーはーすーはー、ひっひっふー。はい、ド定番。
拳を握る。開く。握る。開く。呈の紅い瞳を見据える。可愛い。綺麗だ。緊張からか真っ赤に顔を染めて、そわそわしている様子も最高に可愛い。いま、ドラゴニアの皆がこれを見ているのか。どうだ。可愛いだろう。おれはいまからこの娘に。この娘を。おれの……。
「ふぅ……呈」
「は、はい」
呈をおれの嫁にする。それをはっきりと意識した瞬間、おれは淀みなく動いていた。
懐から、両掌にすっぽりと収まる白いケースを取り出す。
「絶対に幸せにする。これから先、どんなことがあっても絶対に呈を幸せにする。だから」
それを開けて、おれは呈にその中を見せた。
「……!!」
呈が口を両手で押さえ、目を見開いて驚愕する。
「おれと結婚してください」
ケースの中には柔らかい布に支えられた結婚首輪が収まっていた。
呈の炎と同じ、深い蒼と淡い蒼が入り混じり炎を描く革のベルト。この革は真白さんが用意してくれたもので、何の動物かは知らない。それでもおれは迷うことなくこれがいいと思った。その蒼炎のベルトには白蛇の鱗のように銀色の魔界銀が散りばめられている。
ベルトの留め具は魔界銀を銀色加工したもので、竜の意匠が精緻に刻まれ、竜が抱く中心には真紅に染まる宝珠が埋め込まれている。
これはおれの魔力を込めたもの。呈の瞳に似た、白と蒼に映える真紅に輝く魔宝石だ。
「……」
呈は口を押さえたまま深呼吸するように肩を上げて瞼を閉じ、そして、ゆっくりと開く。
その瞳はジワリと滲んでいて、両手を下ろすとその口元には笑みが宿っていた。
「やっぱりぼくとスワローは似た者同士で、お似合いだね」
「え?」
返事が来なかったことに驚く間もなく、呈も背中に隠していた手から、長細い蒼のケースをそっと出した。
それをゆっくりと開く。
「ッ!?」
心臓が止まるかと思った。
あまりの喜びに。
番いの首飾り。
揺らめく蒼い炎に彩られた首飾りがそこにはあった。
幾本かの銀糸が重なる紐に通るその首飾り。通常は魔界銀などと一緒に加工された竜の爪が通るはずだけど、そこには竜の爪の形を象った蒼炎色の革が通っていた。
綺麗な艶が出るように加工されたそれは、光の加減で炎が揺らめいているようにも見え、本当の爪のような質感を持っていた。炎の波に沿うように描かれたルーンが妖しくも美しい輝きを放ち、おれの目を奪う。
そして、爪の根本には本当に蒼く揺らめく炎を宿す魔法石が埋め込まれていた。確信する。これは呈の魔力が込められた魔宝石だ。
ああ、本当に似た者同士だよ、おれたちは。
「真白さんもやってくれるよ……この爪と首輪のベルト、同じのだよな?」
「うん。この革、ぼくの、なんだ」
恥ずかしそうに呈は頷く。
呈が脱皮したときに脱げた皮。それを加工したものがこれ。母さん二人がキサラギとこそこそ何かしていると思ったら、こういうことだったのか。
でも、気の利く母さん二人に、おれはいま感謝の気持ちしかない。
こんなにも呈とおれは通じ合えていることを確認できたのだから。
最高だ。
「スワローも言ってくれた。だから、ぼくも言うね」
呈が深呼吸する。喜びに顔を綻ばせて、花を咲かせるようにおれに最高の気持ちをぶつけてくれた。
「ぼくと結婚してください」
視線が交じり合う。どちらからでもなく、言葉は重なった。
「「はい、喜んで」」
歓喜が雄叫びを上げ、おれたちは手に持ったものを落とさないように抱き合った。
苦労した甲斐があった。ここまで諦めなくて良かった。一歩でも引き返していれば、おれたちはきっとこの喜びを手にできなかった。この塔に潜んでいた苦難、それを乗り越えられたからこそ、呈と一緒にここに到達できたからこそ得られた喜びだ。
そして、その喜びはこれだけでは済まなかった。
「……?」
音が聞こえた。
「これって……」
どこかで聞いたことのある音。音色。雄々しく、朗らかな、感情を揺さぶる音色。
それが次第に近づいてくる。
「ファンファーレ?」
気づいた瞬間、おれたちの頭上を数多の影が通り抜けた。
影の正体はワイバーンやドラゴンたち。軍服に似た鼓笛隊衣装に身を包んだ竜と竜騎士たちだった。
ドラゴニア音楽隊。番いの儀を華やかに彩る彼らがファンファーレとともに現れ、アップテンポな演奏をおれたちへと降り注ぐ。
それだけじゃない。魔女ら、サバトの魔物娘が満天の青い空を七色の光の粒子で彩った。
おれたちを祝福するかのように、笑顔で空を舞う彼女たち。それはまるで番いの儀の光景だった。
「さて、主役がいつまでもそんな格好じゃ駄目じゃの!」
「えっ? うわっ!?」
「な、なにこれっ!?」
いきなりおれたちの身体が桃色の粒子に包まれたかと思うと、宙に浮いた。
光粒子の元にはファリアさんがいて、サイズロッドを振るう。
するとおれたちの身体は空を舞い、しかし風圧に潰されるような感覚はなく、自然な状態のまま巨大な水球に突っ込まれる。身体中の倦怠感や痛みが瞬時に消え、目立っていた汚れも消え去った。そして、数瞬もないうちにおれたちは水球から放り出され、頂上の階下へと運ばれてしまう。
「お着替えの時間じゃぞ!」
おれと呈はそれぞれ別の場所へと移され、小部屋へと放り込まれた。
汚れに汚れた服まで脱がされたかと思うと、上から下まで別の新しい服がおれの腕や脚を通っていった。
「ふふ、最後は私たちが」
「これをね」
背中の声に振り返る。母さんと父さんが、柔和な笑みでおれを見下ろしていた。
その手には白いジャケット。おれの腕にその服の袖を通していく。
「えっ、えっ、えっ」
困惑している間に着せられ、ネクタイも締められ、胸ポケットに竜灯花を一輪挿される。
姿見の前に立たされたおれは自分の姿を見て、目を見張る。結婚式のときに着るもの。
白い光沢を放つタキシードがおれを飾っていた。
「うん、似合ってる。かっこいいよ、スワロー」
「と、父さん、これって」
「スワローが考えている通りだよ。父さんたちからのサプライズだ」
頭にぽんと手を乗せられる。温かい大きな手。おれが挫けて帰って来たとき優しく迎えてくれた父さん。
背中から両肩が竜翼に包まれる。包容力のある大きな翼。どんなにいじけたことを言っても優しく抱きしめてくれた母さん。
「登頂おめでとう。お前は僕たちの誇りだよ」
「こんなに立派になって、寂しくもあるし、でもやっぱり嬉しいわ」
「なんで、いつの間にこんな」
困惑が止まらない。この状況、どこをどう考えたって番いの儀のそれだ。
おれはそんなのを計画した覚えはない。結婚首輪を用意しただけだ。呈だって驚いていた。おれたちにとっては完全なサプライズだ。
「そりゃあ、呈ちゃんと二人で天の柱を登るって聞いたときからさ」
「じゃあ、登頂したタイミングで番いの儀もしちゃいましょうってね。真白さんたちと相談して準備したのよ。ちなみにタキシードもウェディングドレスも私と真白さんが編んだものよ、アラクネさん指導の下ね。出来上がりはちょっと前」
一週間ほどしかなかったのに、こんな。
「おれらが登り切れるなんて保証なかったのに」
「そこは心配してなかったかな」
「ええ。だって私たちの自慢の息子だもん」
臆面もなく、さも当然のように言う二人におれはじんわりと目の奥が熱くなった。それでも男的に意識して抑え込んでしまう。泣きたいけど泣きたくなかった。
「さ、あっちもすぐに着替えは終わるわ。髪も整えて……ふふ、相変わらず硬いわね。よしっと。さぁ、行きましょうか」
右側を父さん、左側を母さんがそれぞれおれと腕を組み、部屋の外へとおれを連れ出す。
「あの日、お前をこの場所で見つけてから、こんな日が訪れるなんて夢にも思わなかったな」
「そうね。息子にすることすら夢にも思わなかったもの」
あの日。おれがこの世界に転生を果たした日。父さんと母さんの下へ産まれた日。
「ありがとう、スワロー。僕たちの下へ来てくれて。お前の存在は僕たちにとって最高のプレゼントだったよ」
「あなたにしてあげられたことは少ないけれど、それでも言わせてね。おめでとう。呈ちゃんと一緒に幸せになってね」
限界だった。足が止まる。足先から頭の頂点まで、痺れが駆け抜け、目の奥にあった抑えが完全に決壊してしまった。前が滲んで、見えない。喉がひくつき、顔を上げられない。
何もなかったおれに、居場所と温かい感情と、そして、おれらが無くしていた誰かを愛する心。それを教えてくれた母さんと父さん。望まれずまつろわぬ魂でいたおれたちを温かく迎えて育ててくれた二人。
感謝するのはおれの方だ。してあげられたこと少ない? 違う。おれは一番大切で、一番欲しかったものをもらっていた。
「おれ、母さんと父さんの息子になれて幸せだったよ」
顔をあげて、二人の顔を見る。おれを正しく導いてくれた二人を。
「三年間、お世話になりました……!」
両脇から、おれは二人に抱きしめられた。嗚咽を漏らしておれは小さく泣く。二人に見せる最後の涙をおれは晒した。二人の子供として。
「まっ、お前が結婚しても、僕たちはいつまでもお前の親だよ。そこはずっと変わらない」
「結婚がゴールじゃないもの。これからもどんどん私たちに世話になりなさい」
お茶目に言う二人に、おれは涙に上擦りながらも笑った。そうだ。ずっとずっとおれは二人の子供だ。どうあっても変わらない。変えられない。
「ほら、お嫁さんと対面するんだ。いつまでも泣いてちゃ駄目だぞ」
父さんに顔の涙を拭ってもらい、おれは息を整える。そして歩き出す。
前を向く。廊下を曲がった先、階段のある方、呈が飛ばされた方角からドアの開閉音が聞こえた。耳に、鮮明な衣擦れの音が届く。
ああ。いる。わかる。この角を曲がった先に彼女がいる。
おれの愛しの相手が。白蛇が。蒼き白蛇龍となった最愛の呈が。
角を曲がる。ちょうど反対側。同じタイミングで白い影が廊下の角から現れた。
瞬きをする。何度もする。一歩一歩近づいて、その姿が大きくなるにつれて、激しく何度も瞼を瞬かせた。
「……ぁぁ」
父さんと母さんの手が、おれを押し出すようにゆっくりと手を離す。振り返らずおれは最後の道を一人で歩いた。大階段の下に立つ。ゆっくりと彼女はおれの前へ来る。
「スワロー」
鈴が鳴るような美しい声。
上階から差し込む光の中へ彼女はやってきた。白光の天使がそこにいた。
「呈」
彼女が着ているのは、白無垢とウェディングドレスが掛け合わされたような和風ドレス。
幾重にも折り重なるようになったスカートは彼女の尾の半分ほどまで覆うほど大きい。刺繍されている五枚の花弁を持つ白の魔灯花がスカートに美しく咲き乱れていた。
腰から胸にかけてはジパングの着物のようになっていて、白蛇の模様が刺繍された大きな帯が腰に結ばれている。変わっているのが襟。両肩は完全に露出していて、脇下と胸から襟が締まる魅力的な着方。白無垢ドレスに映える、呈の白い肌と、鎖骨から降りる僅かな胸の膨らみに、心臓がこれでもかと脈動してしまう。
そして、頭には魔灯花のかんざしが呈の髪を押さえている。血管が浮き出るほど白い首筋と蒼い耳が露出して、おれの視線を釘付けにした。
薄く化粧され、妖艶な紅に染まった花弁が笑みを象る。慈愛に細まる紅い瞳を持つ彼女はまさに天使。いいや、本当の天使すら及ばないくらい、白の美そのものが顕現した姿がいまの呈だ。
「ぁぁ……綺麗だ」
感嘆の息を漏らしてやっと出た言葉がそれだけだった。
この娘がおれの妻になる。おれがこの娘の夫になる。幸せすぎてどうにかなりそうだった。
でも緊張なんてしていられない。おれたちは一緒に歩むんだから。
「手を」
差し出す。頬を朱に染めて、呈はおれに手を乗せる。
「もっとぼくのことを見てね」
「え?」
その瞬間、呈は蒼炎を迸らせた。
おれと繋がることで成れる龍の姿。だけど、変わったのは呈自身だけじゃない。
彼女が着る白無垢ドレスもゆっくりと変化を遂げた。蒼炎を呑むように、染み渡らせるように、ドレスを彩っていた魔灯花と白蛇の刺繍が蒼く染め上げられていく。そして、それらは蒼い輝きを放つ魔灯花と蒼炎の龍へとその姿を変えた。
頭の魔灯花のかんざしはまるで蒼の竜灯花のように蒼い炎の輝きを放っている。
「……呈はどこまでおれを幸せにすれば気が済むんだ?」
「満足させない、でも飽きさせない。いつまでも離れられない。それが理想の奥さんなんだよ」
「だとしたら、呈はもうすでにおれの理想の奥さんだ。もっと呈に溺れてもいいか?」
「もちろんだよ。それがぼくにとって理想の夫なんだから」
呈の右腕と腕を組む。頂上へと、鐘の下へと一歩踏み出した。
「スワローもとってもかっこいいよ。思わず見惚れちゃって、声が出なかったんだ」
「呈に褒められると天にも昇りそうな気分になるよ」
「ふふ、駄目だよ。どんどんぼくの中に沈んでいかなくちゃ」
なんて、二人で幸せを噛み締め合いながらおれたちは頂上へ。竜灯花のヴァージンロードを歩き、再び番い鐘の前に立った。
そこへ、ふわりと宙に浮く結婚首輪と番いの首飾りがおれと呈の手元にそれぞれ訪れる。
「……」
「……」
頷き合い、おれたちは互いに向き直った。
おれは結婚首輪のベルトを緩め、留め具を外す。呈も首飾りのホックを外した。
腕を交差させながら、一緒におれたちは互いの首へ腕を回す。
唇が触れ合うくらい近づいて、呈の甘い匂いがおれの鼻腔をくすぐる。唇を奪ってしまいたい衝動をぐっと堪え、手探りでベルトを通していく。
呈の方が早くホックを留められたようで、ゆっくりと手を下ろし、おれがベルトを締めやすいように顎を差し出した。シミ一つない真っ白な呈の首筋。そこに結婚首輪が収まっていく。幸せそうに眦を蕩けさせて、ベルトが締まっていく度に嬉しそうな声を漏らした。
きゅっとベルトを締め、穴に金具を通した。呈の細い真っ白な首に巻かれた蒼炎の首輪の中心で、紅玉が輝きを放った。
「やっとスワローの雌竜になれた」
「おれもやっと呈の雄竜になれたよ」
お互いに交換した首輪と首飾りを右手で撫で、空いた左手で頬を撫であった。
ついに訪れたこの最高の喜びを、おれたちは番い鐘へと向ける。
半身を寄せ合い、番い鐘から伸びたロープを握る。視線を絡めて頷き合い、おれたちは一緒にロープを引いた。
竜の咆哮。
甲高く、しかし雄々しく。塔全体、ドラゴニア全土にすら届くほどの勇猛な鐘の音が轟く。
おれと呈、竜となり、そして番いとなったおれたちの竜の咆哮。おれたちは、その喜びをどこまでも届けるため、強く鐘を鳴らし続けた。
そして。
響く音楽の快音。轟く竜の咆哮。彩る魔力の粒子。
番いの儀を交わしたおれたちを祝福する音楽が奏でられた。
ドラゲイ帝国時代で唯一残る文化。「竜騎士団の凱旋パレード」。
その主役はもちろん、おれたちだ。
―3―
満天の空から降り注ぐ音楽の慈雨の中、ぼくたちは竜騎士さんたちに竜車へとエスコートされた。乗る直前に、真っ赤な竜灯花で作られたブーケを手渡された。ここドラゴニアの番いの儀ではこれを花嫁が持つんだって。とっても綺麗。
竜車はまるで一等客室のような上質で気品ある内装。赤い絨毯はふわふわで這い心地は抜群。座席もまるでぼくたちのためにこしらえたかのようにぴったりだった。以前の番いの儀でいつかぼくも、と思っていた場所にぼくはいる。スワローと一緒に。
竜車が音もなく、天の柱から飛び立つ。塔の頂上を中心に旋回。ぼくたちを祝ってくれた番い鐘を見送って、竜車は天の柱を後にした。
窓からの眺めは最高の一言。ドラゴニアの美しい山嶺が豊かな緑に飾られ、空の深い青と調和していた。山にかかる雲海を越え、車内は一度ぼくの蒼炎の色だけになる。稲光が窓から差し込む。
スワローがぼくの手をぎゅっと握ってくれた。ぼくも微笑んで握り返す。うん、大丈夫。もうぼくたちは乗り越えているんだから。
困難の象徴とされた雷鳴轟く雲海を抜ける。
そのすぐあと、割れんばかりの歓声が窓を響かせた。
「わぁあ……!」
思わず声が漏れちゃう。
竜。人。竜。竜。人。人。いっぱいの魔物娘と人たちで埋め尽くされた大地。空を舞い踊る竜の群れ。竜騎士団さんたち、音楽隊さんたち、サバトの皆さん、ドラゴニアの人たち。皆がぼくたちを見上げてくれていた。
「すごいな」
「うん。ぼくたちを、祝ってくれてるんだよね」
大地に竜車が近づくと皆の顔が良く見える。笑ってくれている。まるで自分のことのように、ぼくたちを見上げる皆が喜んでくれている。
嬉しい。そのことがすごく嬉しい。
そして、竜車の天井が開かれ、左右の竜翼と一体化する。オープンになったことでより一層近く歓声を聞くことができた。
おめでとう。頑張った。すごかった。感動した。お幸せに。
そんな声にじわりと目の奥が熱くなる。
「呈、見ろよ」
促されて、竜車の先を見ると、サバトさんたちの光のアートがあった。竜騎士さんたちに先行して、空を舞う巨大な光のドラゴン。それが光の線でできた虹色のハートを潜っていく。ぼくたちもそれを潜ると、ハートは炎のような輝きを放って、周囲に雨のように光粒子を降り注いだ。
「綺麗だね」
「ああ。呈には負けるけどな」
「もうっ、ふふ」
スワローの腕に、自分の腕を絡ませて肩に頭を預ける。スワローもぼくの頭を嬉しそうに預かってくれた。
もっと見て貰おう、ぼくたちがいま幸せなことを。このドラゴニアの皆に。ぼくがこの番いの儀に憧れたように、ぼくたちを見てくれる誰かに次は貴女がここに座るんだと、一生の最愛の人と一緒に座るんだと伝えよう。
ぼくは幸せだよ。すごくすっごく幸せ。だから皆もね。いつかここに座ってね。そのときはぼくもいっぱいいっぱい祝福するから。だからいっぱいの幸せ受け取って。
蒼い炎を迸らせ、サバトさんたちが降らせる光の雨と一緒にここの人たちにぼくの魔力を贈った。愛する人がもういる人はもっと深い愛を、まだいない人はいまからでも見つけて。ここは愛する人と出会って、幸せに暮らすための場所なんだから!
ぼくの蒼い魔力をいっぱい降らせながら竜翼通りを凱旋する。そんなときだった。
「くそぅ、なんて幸せそうなんだ。ようやく近くで見れたっていうのに全然満足できねぇ」
その男性の声はぼくの記憶をほんの少し揺さぶった。なんだか聞き覚えがあるような、いやないけど、なんとなく既視感のようなものを覚える。このあと続くのは確か。
「なら私と番いの儀を行えばいい。近いうちにでも行おう。こ、これは別に、やましい理由とかこの娘らが羨ましくなったからとかじゃないからな! 私たちは好き合う仲なのだ! 番いの儀を行うのは必然なのだぞ!」
左を向くと、気の強そうなワイバーンさんの背に乗る冒険者の風体の男性がいた。
思い出した。以前の番いの儀で見事にカップルとなっていた人たちだ!
ぼくはスワローと顔を見合わせ、思わず声を出して笑い合う。そして合唱。番いの儀すごい。
そうして、ドラゴニアの皆に祝福され、歓声を浴びながらぼくたちはドラゴニア城へと凱旋した。
「よくぞ来たな。スワロー。呈」
絢爛豪華。天の柱の魔力雲よりも濃密で、しかし優しい竜の魔力に満たされた、荘厳な雰囲気を放つ玉座の前。ドラゴニア城城主、女王デオノーラ様はぼくたちを柔和な笑みとともに迎えてくれた。
ぼくたちの後ろには参列客の皆が座っていて、ぼくとスワローのお母さんお父さん、ぼくがここで知り合った人たち、多分スワローのお知り合い、それにとても高貴な雰囲気を放つ水神様やワームさん、ドラゴンさんがいた。
その中でも気になったのがどことなくデオノーラ様と似た雰囲気を放つ、セミショートの紅いドラゴンさんだった。隣に青年を伴ったそのドラゴンさんがぼくらに向ける優しい瞳は、どこかモエニアさんとも似ている気がした。
「全て見させてもらったぞ。お前たちの歩み、艱難辛苦に立ち向かう心の強さ、そして何より互いを想い合う炎の如く熱い愛を」
「えっと、やっぱり交わってたときも……?」
「無論だ。お前たちの熱き交わり、しかと目に焼き付けさせてもらった」
うう、恥ずかしい。
「二人とも、おめでとう。お前たちは紛れもなく理不尽を打ち破り、困難な壁を乗り越え、この場所に立った。どちらかが欠けるでもなく、二人で、共に。お前たちのその姿はまさしくこの国に在る竜そのものだ。私、ドラゴニア女王デオノーラはお前たち二人を心より祝福する。そして、問おう!」
デオノーラ様の金色の瞳が見開かれ、ぼくたちを見据えた。
険しくも凛々しい、竜の女王たる凛然とした表情でデオノーラ様は問うてくる。
「お前たちがこれから歩む道の先、健やかなるときも淫らなるときも、いかなる幸福も悦楽も、愛欲に塗れた日々も淫蕩に満ちた日常も、その全てをお前たちは二人で歩む。お前たち二人で分かち合う。お前たち自身がその日々を築き、守り、味わっていく。二人でだ」
ぎゅっとスワローの手を強く握る。固く握り返してくれた。ぼくたちの気持ちは一緒だ。
「その覚悟はあるか?」
だから一緒に答える。
「「はい」」
一点の淀みなく、スワローとぼくの言葉は重なった。
デオノーラ様は優しい、まるで慈母のような笑みを浮かべると深く頷いた。
「ならば誓いの口づけを。未来永劫燃え続ける、永久(とこしえ)の愛を誓う口づけを」
ぼくたちは見つめ合う。皆に見られているなんてもう気にならなかった。
ここにいるのはぼくたちだけ。ぼくたちだけの世界。
「呈、愛している。ずっと一緒だ」
「ぼくも愛しているよ、スワロー。絶対に離さない、離れないから」
そして、スワローの顔が近づく。その瞬間は短く、でも唇に柔らかい感触が沈んだ瞬間、ぼくたちの時間は止まった。
触れ合うだけの優しいキス。それでもこのキスは特別で、ぼくを想ってくれるスワローの気持ちが沁み込むように伝わってくる。ぼくの心を満たすのに充分すぎるほど幸せなキスだった。
好き。好き。大好き。スワロー。ずっとずっと一緒だよ。
「ん、はぁ」
「これでぼくたちは夫婦だね」
「ああ。これからもよろしくな、おれの可愛い奥さん」
ぼくたちを祝福する歓声と竜魔笛の音色がドラゴニア城の玉座全体を響かせるハーモニーを轟かせた。振り返り、弾けるような拍手をぼくたちに贈ってくる皆に、溢れんばかりの笑顔を贈る。
ぼくはいま、幸せだよ。
そして玉座のヴァージンロードを歩き、スワローとともに城外へ。城前を埋め尽くすのはここまで駆け付けてくれたドラゴニアの皆さん。とっても熱い交わりを始めている方もいる。嬉しいな、ぼくたちの結婚式を見て興奮してくれたんだもの。
ぼくたちの幸せ。そのお裾分け。
手に持つブーケをぼくは思い切り放った。高く登った花束はすっぽりとそれが当然のように、ある緋色の女性の手元に収まる。
「メッダーさん! メッダーさんの番いの儀、楽しみにしてますね!」
緋色のワームのメッダーさん。ぼくの蒼い炎でも繋ぐことはできなかったけど、でも必ずいつか出会いは訪れる。きっと、絶対に。
「……! て、呈! ああ、絶対うちも結婚してやるさ! ありがとなっ!」
高くブーケを掲げて微笑むメッダーさんに、ぼくもスワローも周りの参列客の皆さんもいっぱいの拍手を贈った。
番いの儀は最高潮を迎え、皆が皆、愛しい人とセックスしたり談笑を交えたりしている。
「どうした? お前たちはセックスしないのか?」
デオノーラ様がぼくたちにフランクに尋ねてくるけど、ぼくもスワローも頭を横にいっぱい振った。
「恥ずかしすぎてできるわけないですって」
「そ、そうですよっ!」
「なんだ。もう散々、天の柱で見られただろう。いまさら恥ずかしがることもあるまい」
腕を組んで、呆れたように肩を竦めるデオノーラ様。さっきの玉座での雰囲気とはまるで違う。お隣に住んでるお姉さんのような感じ。とても失礼かもしれないけど。
「いやいや。見られているのを意識してするのとじゃあ天と地の差ほどありますから」
「そうか? ふふ、まぁいい。実は一つ、スワローに聞いておきたいことがあってな。このような席でする話でもないのだが、この機会を逃せば遠のきそうなのでな。構わないか?」
「別に大丈夫ですけど」
「ありがとう。じゃあ聞かせてもらおう。君は、竜騎士になるのか? なる気はあるか?」
ドキッとした。スワローが竜騎士になる。なれる? でも。
「呈のことなら心配はいらない。呈、君はもうこの国の一員、私の可愛い民であり娘の一人だ。騎竜となるのに何の不足もない。これは例え、龍の力を得ても得ていなくとも変わらないことだ」
この国の女王様のお墨付き。嬉しい。ぼくはスワローの騎竜になれるんだ。スワローを乗せて竜として大空を泳げるんだ。
「あ、いや、おれ、竜騎士になるつもりはないです」
「……んんっ?」
ぼくの喉から濁った変な声が漏れ出た。んんっー? 何かの効き間違いかな?
じっくりと言葉を咀嚼して、頭の中で泳がせて、それでも聞き間違いじゃないとわかってぼくはスワローに詰め寄った。
「なんでっ!?」
もう襟を掴みかねないほどの勢いで。
スワローはぼくを危険動物か何かのように「どぅどぅ」と両手で抑え込む。耳と喉を撫でられたらもう敵わない。へにゃってスワローにしなだれかかるしかなかった。
「ふむ、どうしてだ? 天の柱では竜騎士もいいかもしれないと言っていただろう? 君の父も竜騎士団で分隊長として頑張っている。さすがに天の柱を踏破したからとは言え、いますぐ彼同様隊を率いることは不可能だが、それでもいつかは竜騎士の、ドラゴニアに住まう雄竜の模範として隊を率いてもらいたかったのだが」
「すっごい、光栄です。デオノーラ様にそんなお言葉を頂けるなんて、呈のことを除けば一番に思えるくらい嬉しい」
「ならば何故だ?」
スワローは恥ずかしそうに笑ったあと、ある方角を見上げた。ぼくたちがあらゆる困難を乗り越えた場所。天の柱を。
「ずっと考えてました。おれはどうなりたいんだろうって。答えはずっと出ませんでした。今日、天の柱を踏破するまでは」
拳を握り、それをスワローは胸元に寄せる。熱い想いを感じた。ぼくに対するものとはまた別の昂る情熱のようなものを。
「踏破しても消えませんでした。天の柱への思いは。それどころか一層強くなったように思うんです。おれの始まりの地で、おれを育ててくれて、困難の壁となってくれて、そしておれたちを祝ってくれた番い鐘のある場所――天の柱への思いが」
ぼくをスワローが抱き寄せる。
「呈と一生付き合っていく中で、おれは天の柱とも付き合っていきたいんです。もちろん、呈の背に乗って。だからおれは竜騎士にはならないです」
合点が行ったようにデオノーラ様は頷いた。
「なるほど。竜工師になりたいわけか」
スワローも返事の代わりに大きく頷き返す。
竜工師。確か、ドラゴニアにおける建築屋さん。ここドラゴニアの建物はほとんど全て彼らによって建てられたもの。そして、天の柱も昔のドラゴニアの彼らが建てたものらしい。四年に一度の天の柱の大規模修繕は彼らと竜騎士団の協力の下行われるのだとか。
スワローはそれになって、天の柱と一生付き合っていきたいのだ。ぼくと一緒に。
明確な夢。その中にぼくもいる。竜騎士でも騎竜じゃなくても、すごく嬉しかった。
「決意は固いようだな。竜騎士となってもらえなかったのは残念だが、有望な竜工師が増えるというのは私も嬉しい。いいだろう、厳しいが飛び切り腕の立つ竜頭長の下で働けるよう推薦状を用意しよう」
「い、いいんですか?」
「話に付き合ってくれた礼だ。それとこれを」
ぼくに竜のキーホルダーがついた大きな鍵を、デオノーラ様は渡してきた。あれ? この竜さん、ドラグリンデ様の竜のデザインに似ているような。
「この城の最上級スイートルームの鍵だ。もう二人とも早く交わりたくて仕方ないのだろう? 今日はそこで思う存分交わるといい。あそこのメイドドラゴンが案内してくれる」
い、至れり尽くせり!
「あ、ありがとうございます」
「何から何まで本当」
「ご祝儀のようなものだ。本当に感謝しているのならば、思う存分愛し合え。お前たちの喜びは私の喜びでもあるのだからな」
「はいっ!」
ぼくたちは参列してくれた皆に短く挨拶したあと、城内へと戻る。
最後に、デオノーラ様がぼくたちに声をかけてきた。
「ああ、それと推薦状を書く代わりと言っては何だがお前やっぱり竜騎士団にも入れ」
「はいっ!?」
「竜頭長になるにはこの地のことを深く知らねばならん。つまり竜騎士団の隊長にな。兼業は大変だろうが、気合入れろ。呈と共にドラゴニア中で交わり、この地のことをもっと学べ。お前たちならできる。それだけ大きな壁をすでに乗り越えたのだからな」
期待してくれているのだと、ぼくはわかった。スワローも同じで、深呼吸してから一呼吸置いて、まっすぐデオノーラ様を見据える。その瞳に迷いなんてない。
「わかりました」
デオノーラ様に見送られ、ぼくたちはドラゴニア城へと入城した。
「いつか人前でもエッチできるようにならないといけないかもな。ドラゴニアのことを知るには、ドラゴニアの至る場所でセックスするのが一番、って前聞いた覚えがあるし」
「関係あるのかよくわかんないけど、スワローと一緒ならぼくは大丈夫だよ。……でも、今日だけは」
艶美にぼくは笑って、スワローの手を引いた。
新婚初夜の邪魔は誰にもさせない。
17/11/19 17:58更新 / ヤンデレラ
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