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第三章 流し合い、絡み合い、暖め合い:リース家

―1―

 ドラゴニアは新魔物領の中でも特に観光に力を入れている国だ。広く観光客誘致している。名所は両手両足では足りないし、それらを案内するガイドやプランも幅広く行っている。ドラゴニアまでの移動手段も陸海空様々あり、遠方からでも来やすい。当初往復予定だったのが帰りはキャンセルするというのはザラだ。そのまま現地のガイドと結婚したり、新居をドラゴニアに構えることが多いからである。観光同様、国民を増やすことにも力を入れているということ。国民登録も中立国などからしたら考えられないほど簡単なものになっている。
 つまり何が言いたいかというと。観光客向けの宿はいっぱいあるから問題ないという話だった。
 そして、だからと言ってこのまま呈を一人宿に泊まらせるのも考えものだった。
「ぼ、ぼくは大丈夫……明日も案内してくれるんだよね?」
 慎ましく、おそらくおれに迷惑をかけないために呈は宿で泊まると言うけれど、おれと同じくらいの歳の少女をこのまま放置するのは忍びない。街を出ない限り万が一があるはずないけれど、せっかく観光に来ているのにここで放り出すのはガイド失格というものだ。
 なにより、おれ個人の思いとしてやっぱり呈を一人にしたくない。
「……」
 ここの相手のいないガイドさんは、自分の家に案内するんだったか。
 とやかく言われるのは避けられないだろうけど、そのためにわざわざ宿で二人分のお金を払って泊まる必要もない。
「よし」
 決心したおれが呈を案内した場所。つまるところおれの住まいだ。
 おれの住まいはドラゴニア城と竜翼通りがある山の東にある山にある。尾根の左右の端が高く、真ん中が下方に深く湾曲していて、竜の口を連想させることから「竜口山(たつくちやま)」とも呼ばれている。そしてその山の中にある洞窟をそのまま利用さらに改修した、洞窟型住居がおれの家のある場所。
 そこへ続く洞窟の坑道を歩いていく。ここの洞窟は幾つかの区画で分かれて回廊仕様となっており、それぞれの内側への道がドアで仕切られ、個々人の家となっている。洞窟は発光する魔界銀や魔宝石、ドラゴニウムの灯りでやんわりと明るく、閉塞感はあまり感じさせない。
「外は寒いけど中は暖かいんだね」
 呈の声が洞窟に響く。防音設備はそれぞれの家にされているのでよっぽど大声や振動を起こさない限りは問題ない。行為時の嬌声は外まで響かせるのを推奨しているらしいけど。
「一年を通して洞窟内はほとんど気温が変わらないんだよ。だから年中過ごしやすい」
「へぇ。いいなぁ。ジパングは四季っていうのがあってね、一年のうちに寒かったり暑かったりするんだ」
 きょろきょろと洞窟の造りを物珍しそうに見回しながら呈が羨ましそうに話してくれる。
「寒かったりするの苦手?」
 蛇的に。魔物娘がそれに適応されるのかは知らないけど。
「んー、冷たいって程度なら大丈夫かな。でも雪までになると無理。冬は家族揃ってこたつで暖をとってるんだ。みかん食べたり、おせんべい食べたりして。冬はお正月を過ぎたら参拝客も少ないしね」
「ほう、コターツ」
「こたつ」
 KOTATU。
「噂に聞いたことがある。確か、獲物を捕まえて足から食べて離さないとか。その暖かさに誘われるがまま寝てしまうと、風邪をひいてしまう恐ろしいものだと聞いたぞ」
「人間の言う風邪にはぼくたちはならないけど……でもよく知ってるね」
 苦笑いする呈。友人から聞いた話は眉唾物ではなかったか。
「気になるなら作ってみようか?」
「で、できんの!?」
 マジで!?
「テーブルとテーブルに乗せる板。それと放熱効果のある魔宝石があれば簡単に作れるよ」
「なん、だと。そんなに容易く作れるものだったのか」
 楽しみだが怖くもある。逃れられない睡魔とやらが如何程のものなのか。
 なんてやり取りしつつ表札に「リース家」と書かれた木板のドアの前へ。その隣には木枠の窓もあり、明かりが確認できる。二人とも仕事から帰っているらしい。
「……」
 呈に視線をやると口を真一文字に閉じていた。動きがぎこちなく、目つきが鋭い。そんなに人の家に来るのは緊張するものか?
 鍵は空いている。ドアノブをひねりを中へと押し込んで開いた。洞窟回廊よりも暖かい空気がおれたちを出迎えてくれる。そして。
「おかえりなさい、スワロー!」
 ぐわしとおれの上半身を包み込む竜翼。竜翼を備えた手がおれの後頭部を掴み、その豊満な胸に顔を押し付けてくる。苦しい、けど逃げたり、逃げようとすると捕まえるまで追いかけられた挙句、時間が延びるので為すがままなのが正解。
 顔は見えないけど後ろで呈が茫然としているのは手に取るようにわかる。
「いつもより帰りが遅いから心配したじゃない。ん〜、怪我はないみたいね。良かった」
「母さん、そろそろ。苦しい」
「だーめ。こんな夜遅くに帰ってくる不良には私の抱っこを拒否する権限はないの」
「リム、そのくらいにしてあげなよ。どうやらお客さんがいるみたいだ」
「え?」
 リム――母さんの後ろから父さんの援護射撃が放たれて、ようやく母さんがおれをその翼から開放した。助かった。
そしておれの背後にいる呈のことに、母さんが気づく。赤栗色の腰まである長い髪が驚きに揺れた。驚天動地に苛まれたのか、新緑色の竜翼を頭以上に高く跳ね上げる。
「ス、スワローが女の子連れてきたァー!?」
 ドアはまだ開け放たれているのに、近所迷惑を全く考えない大声量の驚愕の声。竜翼と同じ新緑の鱗に覆われた尻尾がぶんぶんと壁にぶつかって洞窟内に振動を引き起こす。
「母さん、近所迷惑だから。呈、中入って」
「う、うん。お、お邪魔します……」
 呈が入って、おれはドアを締めて施錠。これでひとまず近所迷惑にはならないだろう。
「おかえり、スワロー。それにいらっしゃい。呈ちゃん、と言ったかな。初めまして。僕の名前はウェント・リース。スワローの父だ」
 母さんの隣に立った、母さんよりも長身の男性。アッシュグレーの長い髪が癖っ毛のように乱雑に頬を隠すくらい伸びていて、顔が小さく見える。母さんほど驚いていないらしく、柔和に微笑んでおれたちを出迎えてくれた。
「は、初めまして。呈です」
「うん。ほら、リムも挨拶しなよ」
「なんでウェントはいつもどおりなのかなぁ。ん。私の名前はリム・リース。よろしくね、呈ちゃん」
「は、はい。よろしくお願いします」
 驚き顔だった母さんもようやく落ち着いたのか、いつもどおりおっとりとタレ目な表情に戻り、ふわりと呈に微笑む。父さんと母さんは似たもの同士。本当はおっとりとしている。やや母さんの方が激しいけど。
「呈、いつまでも玄関に突っ立ってないでこっちこっち」
「う、うん」
 玄関に靴を脱ぐ。呈はポシェットから手ぬぐいを取り出して尾を拭いていた。
地面には木板が敷き詰められていて、その上に絨毯を敷いている。内装は岩肌に色々な家具を埋め込んだり、飾り付けを行ったりして無骨な雰囲気をほとんど感じさせない暖かい造りとなっている。フリフリとしたリボンの飾り付けや、淡い緑や白などの家具が多いのは母さんの趣味だ。
「くつろいでくれていいから」
 玄関傍の居間に呈を案内する。外に長い間いたから、うがいと手洗いを二人一緒に済ませて、テーブルを挟んで四つのソファの内の一つに座らせた。呈は冬眠寸前の蛇かメドゥーサの尾のようにカチカチに固まっていて、背筋をピンと伸ばしている。おれはその隣に座って、向かいのソファに父さん。母さんはお茶を淹れるからと、父さんの後ろの台所にいる。
「ねぇねぇ、呈ちゃん」
「ひゃ、ひゃいっ!」
 台所から母さん。突然の呼びかけに呈が伸びきった背筋を反るくらいに伸ばして返事する。もう完全に上がってるなぁ。くつろいでくれていいのに。
「スワローとはどこで出会ったの?」
「え、えと。て、天の柱で。ぼ、ぼくが落ちそうになってたのをスワロー、スワローくんが助けてくれたんです」
「スワローでいいよ」
「へぇ、なるほどねぇ……。ふふ、それは運命的な出会いね」
 どこか意味深な口ぶり。聞いただけで何かわかったのだろうか。母さんはおっとりとしていてもどこか鋭いから。
「でも母さんの魔宝石がなかったらちょっと危なかったけどなー。あ、そうだ。また同じの作ってもらっていい? 無理に力加えたから、母さんの魔宝石砕けた」
 胸ポケットから、縦に幾本か亀裂が入り光を失った新緑の魔宝石を取り出す。母さんの魔力により、風の力を持った風魔石。発動すると風を纏って重力を抑制することができる。呈を助けるときに砕けてしまったのだ。
「あ、あのときの……ご、ごめんなさい。ぼくのせいで。え、えっと弁償は」
「気にしないで。これのおかげで呈ちゃんを助けることができて、こうして私たちの家に来てくれたのなら、それだけで充分なお返しだもの」
 お盆に四つのティーカップを載せた母さんがやってくる。それぞれおれたちの前にティーカップを置いて、テーブルの真ん中にお菓子を置いた。
「はい、一口飲んでみて。緊張が和らぐから」
「は、はい、ありがとうございます…………あ、美味しい。すごく美味しいです」
 ティーカップに口をつけて、呈の喉がこくりと上下した。途端、仄かに頬を染めて、緊張の糸が解けたように強ばった表情も緩む。ぱちくりと瞼を何度も閉じ開きして、薄紫のミルクを見下ろしていた。
「ドラベリーを丁寧に潰して濾して、温めたホルスタウロスミルクに溶かしたものよ。ちょっぴり酸味が効いて甘いでしょ。私のオススメなの」
 おれは真ん中のお菓子を摘んで食べる。ドラベリーを練りこんだ一口サイズのラスクだ。サクサクとした触感に甘酸っぱい味が口いっぱいに広がって美味しい。ドラベリーミルク同様、母さんの手作りお菓子だ。
 しゅるしゅるとこっそりと足首に呈の白い尾先が絡まる。母さんはそれに気づいているみたいでにっこりと微笑んだ。呈の緊張が幾分かほぐれたことを察してくれたみたいだ。
「二人ともずいぶんと仲良くなっているみたいだね」
 父さんの言葉に恥ずかしそうに呈が顔を俯けるけど、おれの足を離そうとはしない。
「そうかな」
「ああ。呈ちゃんはドラゴニアの外から来たのかい?」
 おれと呈は簡単に経緯を説明する。呈はジパングから親と一緒に観光に来て、その親の頼みでガイドとして一緒にドラゴニアを回ったこと。ご飯食べたり、キサラギのところに行ったり。泊まるところが決まっていなかったので折角だし、家に案内したということを説明した。
 まだ許可を得ていなかったけど、当然のように父さんと母さんは呈を泊めることを快諾してくれた。二人とも優しいからこのことは特に心配していなかった。でもまだ呈には緊張が残っているみたいだ。ドラベリーミルクのおかげでだいぶマシにはなったようだけど。
「それにしてもスワローが友達――いや、彼女を連れてくるなんてね」
「その流れキサラギにもされたから」
「恥ずかしがるなよ、スワロー。これでも親として心配してたんだ。彼女どころか自分の友達一人も連れてこないんだからな」
 ドラベリーミルクを一口含んで、父さんは息をつく。
 確かに誰かを連れてきたのはこれが初めてだけども。天の柱登るので忙しかったから、何をするにも外で済ませてたし。
「ていうか、別に恥ずかしがってない」
「はは、息子に嘘つかれたよ、リム。反抗期かな」
「年頃だもの。仕方ないんじゃない?」
 柔和に笑ってるけど、絶対この二人この状況楽しんでるだろ。くそう。
「そうだね。それとも、呈ちゃんのことはどうとも思ってないって言いたいのかな、スワローは?」
 見透かすように目を細めて、父さんはおれを見据える。別に答えを求めていないのだろう。ただ、おれの反応を見ている。
 が。呈はそうでもないらしい。おれのことをじっと見つめている。呈だけはおれの答えを待っているらしい。
 そうか。父さんの目的はこっちか。おれが呈の視線に気づいたときどう反応するか、それを楽しんでいるのか……!
 しかし、おれが回答に窮しているのを察したのか、呈がちょっと困ったように笑い俯いた。おれの口から細い息が漏れる。背を冷たい風が抜ける。呈にこんな表情をさせてしまうことに、言い難い不快と悔恨の情が自身へと向いた。
 確かに父さんの言うとおり恥ずかしい。けどそれは負の感情から来るわけじゃない。呈のことをソウ思っている、普段とは違う自分を見られるのが恥ずかしい。さらけ出している本心を見られるのが恥ずかしいのだ。
 だから呈のことを想っていること自体が恥ずかしいわけじゃ、ない。
「どうとも想ってないんだったら、家に連れてくるわけ、ないだろ」
「……!」
 そっぽ向いておれは答える。ほとんど解答を言っているようなものだったけど、おれが口に出して本心を吐露できる限界がこれだった。
 くっそ父さんと母さんめ。そんな優しい目で見るな。
 ああ、もう呈の顔が見れない。横で幾許かの反応はあったような気がしたけども。
「そうだ、リム。夕食の前に新たな家族との親睦をさらに深めることにしないかい?」
「そうね、あそこに行こうっか」
 変な空気を散らすかのように、父さんが立ち上がってそんな提案をする。母さんも察しているのか乗り気らしかった。
「「あそこ?」」
 おれと呈、二人の疑問符に父さんと母さんは笑って答えた。
「「竜泉郷」」
17/01/04 19:30更新 / ヤンデレラ
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■作者メッセージ
あけましておめでとうございます。今年もなるだけ投稿できるよう頑張ります。

次回、裸回。

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