連載小説
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母娘の愛憎
ザッ…ザッ…ザッ…
猛吹雪の山の中を商人の一行が誰一人声を出さず寒さと吹雪に耐えるように顔を覆い隠し山越えをしていた。
「ハァハァ!…グッ!…」ドサッ
また一人落伍した音が聞こえる…しかし誰一人として後ろを振り向こうとはせず、誰一人声をかけようともせずその男をかわして行く

掟:雪山で仲間が倒れても決して振り向くな、そして決して声をかけるな

掟と言う免罪符が罪の意識を軽くする。誰もが限界なのだ、倒れた男も過去に多くの仲間を見殺しにしてきたのだろう。
そう思いながら歩みを進めるがその経験不足の青年もまた既に限界を通り越していた。
口が渇き喉が張り付く、高所のために酸素が薄くいくら呼吸をしても苦しい…到底立っていられない苦しさだった。
「ゼーハーゼーハー…グッ!…ハァハァ!…」
一瞬倒れそうになりながらも何とか立て直すがそれも時間の問題だった…


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自分はまだ若いから何とかなる…目にした事も無い高給と3食ボーナス付の条件の良さにはそれなりの理由がある…その厳しさも理解しているつもりだった。
完全前払いでボーナスは各地での支払い
その言葉に偽りは無かった、当分は生活に苦労しないだけの報酬の全てを貧しい親兄妹に渡して商人の一行に加わった。
村から村へ移る度にそれなりに遊ばしてもらえるボーナス、最高の条件は最高に危険な仕事への報酬なのだ。
「明日は一番の難所だ…みんなシッカリ休んでくれ、それと掟を忘れないようにな…」大将が言った。
宿屋の宴会場で普段は大騒ぎな一行が今日に限ってはまるで通夜のようだった。
先輩「あそこに座ってるあの爺様な…今年は無理だろうな…掟にもあるが誰が倒れようとも振り向いたり声を掛けたりするんでねぇぞ?えぇな?」
青年「そんなに厳しい山なんですか?」
先輩「厳しい?毎年、俺達の中でも何人も死人が出ちょるよ…特に年寄りと経験の浅いお前さんみたいな新人だ」
ギョッと面食らった
青年「ど、どうしたら生き残れますか?」震えながら聞いた
先輩「俺が知りたいよ」そう言って早々に宴会を切り上げ床についた。
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口を開けて息をするなと強く言われていたが苦しくてそれどころではない、鼻と口の両方で息をしてもそれでも足りない
しかしそれは失策だった。
乾燥した空気が喉を干上がらせ喉が張り付く、その上に激しい呼吸により血中酸素がどんどん薄くなり気が遠くなる…完全に悪循環に陥っていた。
「ハァ〜ハァ〜!カハッ!」ドサッ!
倒れた青年の横をなるべく見ないようにしながら一行が去っていく…自分が先ほど見殺しにしたように…
しばらくの間倒れていたが最後尾の男性の背中が見えたとき青年は死の恐怖に駆られて思わず叫んだ。
「行ってしまうのか!待ってくれ!死にたくない!」
少し休んだ青年の呼吸は元に戻っていたが、限界を超えた状態で一度休めてしまった体は動かそうにもそう簡単に動くことはない
最後尾の男はまるで聞こえなかったように肩をすくめて歩みを進め、数メートルも離れると吹雪にかき消され見えなくなってしまった。
青年「(聞こえなかったハズは無い…何より肩をすくめた事が何よりの証拠だ…誰か助けて…)」
一人になり絶望で一気に気が抜け目の前が暗くなっていくのを感じた。

パチパチ…
火の爆ぜる音が聞こえその圧倒的な暖かさに目を覚ます青年
助かったと理解するよりも先に暖かいと言う感動と安堵感が一気に押し寄せて火を見ながらしばらくまどろんだ
しばらくして足音が聞こえハッ!と色々な記憶が蘇りようやく自分が助かったことに気付いた。
?「気が付かれましたか?」
青年「う…うぁ…」
寒さで体が強張って声がまだ上手く出せないらしくうめき声にしかならず、まだ視力もボンヤリとしていた。
?「ゆっくり体を暖めて下さい…お連れさんの人は皆さんダメなようでした…残念です」
?「暖かい物をお持ちしますからじっくり温まってください…」
しばらくして持ってきた飲み物は味こそ判らなかったものの喉を通り胃のあたりまでゆっくり落ちて体全体を解きほぐすような暖かさが広がる飲み物だった。
青年がその飲み物を飲み干す頃には声が出せるようになっていた。
青年「あ、ありがとうございます。貴方は命の恩人です。しかしお礼と言っても何もありません…なので私に出来ることであればなんでも致します」
?「そうですか、では今は体をゆっくりと養生してください…まだ体は辛いでしょうから…」
言葉通り視力もまだ回復しておらず体も思うように動かない…今の自分が何も出来ないのは青年本人が一番良くわかっていた。
青年「本当に…助けていただいてありがとうございます、私は幸之助と申します」
無理に起きようとする幸之助をなだめながら
?「ゆきめと言います。今はとにかく養生して動けるようになってください…」
幸之助「それではお言葉に…甘えて…」
手短な自己紹介を済ませ気絶するように眠った


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どれほど時間が経ったのか幸之助はゆっくりと目を開けた。
まだ焦点が定まらなかったが焚き火を見続けるとようやく焦点が定まり岩の壁が目に止まった
幸之助「(洞窟…か?)」
ゆきめ「幸之助さん?気が付かれましたか?」
幸之助「はい…ただ今…!!!」
優しい声の主を見てあまりの美しさに驚いた…が同時にその服装や雰囲気に強烈な違和感を感じた。
こんな猛吹雪の雪山に着物姿の美少女が一人、しかも装備らしい装備も持たずにだ
その明らかに人らしからぬ姿にピンと来た。
幸之助「つかぬ事をお伺いします。もしや雪女さんではありませんか?」
ゆきめ「この名前にこの姿ですものね…そうです。恐ろしいでしょ?」
幸之助「いえ、ただ初めてだったので驚いただけで…それに…その…美しくて…」
ゆきめ「フフ…嬉しいことを仰る、でもこれは雪女の悲しい習性の一つですよ…」
悲しそうに言うゆきめを見て気まずくなり話題を変える事にする幸之助
幸之助「ココは?洞窟のようですが…」
ゆきめ「えぇ…私の住まいは近くにありますが…そこまで連れて行くともう帰す事ができなくなりますから…」
幸之助「帰れない?…あ!」
幸之助は気付いた、一度雪女が人の温もりを知るとその温もりを忘れる事が出来ず、男を二度と帰すことは無い
美しい姿も献身的な性格も全ては人の温もりを得るがタメの悲しい習性だがその盲目的とも言える愛の深さ故に人は恐れ離れていく…
幸之助はその悲しげなゆきめに心から同情し感動した。そして決心をする。
幸之助「もしよろしければお邪魔させてもらっても構いませんか?」
ゆきめは絶句し、誘惑に負けそうになる自分を押し留め理性を振り絞って
ゆきめ「一度雪女の住処に入るともう山を降りることは出来ません…逃げるなら今の内です」
幸之助「嫌と仰るなら無理強いは致しませんが”出来る事はなんでもする”とお約束しました、お礼に下男としてお手伝いさせていただきたいのです」
ゆきめ「下男?幸之助様は勘違いをしてらっしゃるようですが、貴方様のように雪女に見初められた男性が屋敷に一度でも足を踏み入れると言うことは私に抱かれ続けると言うことです。貴方が思っている以上に私達の中の夜叉は嫉妬深く恐ろしいですよ…」
幸之助「見初める…ありがとうございます。謹んでお受けします。」
少しひるみながらもさらに反論する
ゆきめ「雪女の肌は冷たく、温もりも無ければ一度嫉妬に狂えば何をしでかすかも判らない物の怪です。それでもあなたは…」
幸之助「凍え死ぬハズの私を看病し温もりをくれたのはあなたでした。ですので今度は私があなたに温もりを伝える番です…」
幸之助がグッと距離を縮めて半ば強引とも言えるキスをする
最初こそ一瞬戸惑ったゆきめだったが、次の瞬間にはその温もり貪欲に取り入れようと幸之助以上に積極的に舌を絡ませ、唾液を吸い上げコクコクと喉を鳴らし飲む
ゆきめ「はぁ…暖かい…」
そう言いながら愛しくてたまらないと言う風に自分の頬を幸之助の頬に擦りつけながら抱き合う
幸之助は強く抱きつかれた際に彼女の小ささを感じた。
美しさと落ち着きのある振る舞いに隠れていたが、よく見ればまだまだ幼く少女と言った感じを拭いきれない印象を受けた
ゆきめは気持ちが高ぶり裸で抱き合いたい、温もりが欲しいと言う欲求に狩られたがヒヤリとした雪女特有の冷たさが幸之助の弱りきった体に鞭を打った

幸之助「うぅ…」
寒さで震える幸之助の声を聞いてハッとしたゆきめ
自分の欲望の為に早速、幸之助を殺してしまう所だったという罪悪感と浅はかさ、自分の魔物としての醜さに思わず涙を流し許しを請う
ゆきめ「ゴ、ゴメンなさい…私は…あなたを殺してしまう所でした…」
自分ではどうしようもない魔物の本能としての行動にゆきめは戸惑う。
幸之助は今にも逃げ出してしまいそうなゆきめを見て腕を引き込み抱き合う二人
幸之助「少し…安心しました。あなたの中の夜叉は怖いと言いましたが、その夜叉ですらこうして私の為に泣いてくれる…あなたは本当に優しい人(雪女)なんですね…」
その優しさに更に涙が溢れた…
10/04/27 17:40

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