連載小説
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ゆきめの家にたどり着いた幸之助がまず驚いたのは立派な門だった。
”住まい”とは聞いていたが、本当に立派なそれこそ、屋敷と言う他無いレベルの家だった。
門をくぐって玄関先で女中らしき女性が青年を見て目を丸くさせながら
女中「お、お帰りなさいませ!奥様!奥様〜!」
と大慌てで奥へ走っていった。
しばらく二人で玄関先で待っていると向こうから小走りに、それでいながら上品に歩いてくる衣擦れの音が聞こえて来た。
雪女が男を連れてくると言う事は半ば伴侶を連れてくると言うことでもあり、結婚の許しを請う為の挨拶のような気まずさがあり幸之助は少し緊張し、下を向いていた。
ゆきめの母「お待たせいたしました。どうぞいらっしゃいませ…ゆきめの母の『ゆき』と申します。」
と言われ顔を上げてみると初めてゆきめにあった以上の衝撃を受けた。
ゆきめ以上の美しさを持つゆきめの母
彼女の母を見るとゆきめはまだあどけない少女と言うことを改めて思い知らされた。完成された大人の美しさの母に見とれてしまったのだ。
幸之助「は、はい!よ、よろしくおねがいします!」
上品な笑顔の奥底で幸之助を男として見る、母の女としての顔をゆきめはフと感じた気がして不快感が走る。
それは一種の違和感のようなカンだったが
ゆき「そう緊張なさらずに…ね?それにこの吹雪は長く…そう…当分は続きそうですから…」
『吹雪が当分続く』雪女がそう言うという事は逆にいえば当分は雪を止ませる気が無いと言う事
幸之助は気付いていなかったが、その一言でゆきめのカンは確証へと変わった…


幸之助が部屋に通される中、特に目に付いたのが暖房器具の多さと種類だ。
見た事も無いような渡来の暖房器具まであると言う徹底ぶりで、どういう仕組みか屋敷内部は火鉢や炬燵などの暖房器具を使わなくとも十分暖かかった。
それなのにこの暖房器具の数の多さは彼女達の温もりに対しての病的とも言える憧れを現しているようだった。
幸之助が部屋に案内されると早速女中が部屋にあった複数の火鉢に火を付けようとするので慌てて止めさせた
幸之助「十分に暖かいので火鉢は結構ですよ?」
女中「いえ…これは決まりなので使わずとも置いてくださいな、換気は定期的に私共が致しますのでご迷惑はお掛けしません、それではごゆるりと…」
幸之助「はぁ…(これだけ火鉢をつけられると暑くなってしまいそうだ…)」
凍えて連れられて来たと言う話が通っているのだろうか?と思い気に留めることは無かった。
荷解きをしてゆっくり体を休めていると
女中「幸之助様、お風呂のご用意が出来ました。お部屋に外の空気を取り入れますのでどうぞお入りくださいませ」
幸之助「ありがとうございます。それではお先に頂きます。」
女中「お風呂をお上がりになりますとお食事になります。本日は奥様が自己紹介がてら、ゆきめ様とご一緒にお食事をされたいと申しておりますが宜しいでしょうか?」
幸之助「こちらこそ是非ともお願いいたします。」
と言って風呂に向う幸之助
風呂は大きく檜の香りが心地よかった。
表面上は回復されたと思っていた体だったが、体の芯から暖められる感覚にようやく本当の意味で凍えから開放された。
幸之助「ふぅ…(色んな事があった気がするが、何日も前の気もするし数時間前の出来事だったような気もする…)」
回想しながら初めて生きていると実感する幸之助だった…

一方ゆきの部屋では親子の間で緊張感が張り詰めていた
ゆきめ「幸之助様を伴侶として迎え入れたいと思います。」
ゆき「まだ貴方には早いですよ、せめて子を成す体になってから言いなさい」
ゆきめ「私だっていつお赤飯が来てもおかしく無い年頃です。幸之助様とご一緒させていただければ、しばらくもすれば初孫をお見せすることも出来ましょう」
ゆき「ならばその間だけでも辛抱なさい」
ゆきめ「直入に申し上げます。お母様も幸之助様を好いてらっしゃる様ですがあの方は私と約束を交わした方。恥ずべき行為はなさいません様お願いいたします。」
ゆき「恥ずべき行為?それはあなたと幸之助様が正式に結ばれ子を成して初めてそうなると言う事でしょう?結果次第でどうにでもなりましょう…それこそあなたが義父と繋がると言うことにもなりかねますよ?」
ゆきめ「…!?…わ、私は既に幸之助様と結ばれました…(声が震える…)」
ゆき「ふふ…生娘のウソが通じると?ましてや我が娘、判らぬ程抜けてはおりませんよ?それに結ばれたからと言ってどうにでもなるものでもありません、一人の男と女ならありえることでしょう」
ゆきめ「うぅ…」
さすがに口では人生経験豊富な母には到底敵わないと見たのか口を閉ざすゆきめ
もうそこは親子の団欒はなく女同士の戦いの修羅場と化していた。

幸之助「失礼します。幸之助です」
その一言で緊張の糸がプツリと切れ気まずい雰囲気は散会した。
ゆき「はい、どうぞお入りくださいな」
サッと立ち上がり本当に嬉しそうに襖を開けて迎え入れるゆき
しまった!と感じたゆきめだったが遅かった。
自然に、さも他意の無いように幸之助の腕に抱きつき胸を押し当てながら自分の近くに誘導する母
幸之助はアクセクと焦りながらも母の言いなりになりながら横に座らされる
ゆきめは必死に不愉快さをひた隠そうとするがどうしても顔に出てしまう。
綺麗な顔立ちなだけによく表情が現れてしまうのだろう。
幸之助「この度はこんな私を助けてくれてありがとうございます。」
本当は私だけに掛けられる言葉を気軽に母にも…幸之助の一挙手一投足ごとに母への憎しみが募った。
女と男の嫉妬は違う、男は浮気をした女を怨むが女は男を誘惑した相手の女を怨む
それが母への憎しみへ繋がっているのだ。
幸之助「つきましてはその…御礼には到底及びませんが、小間使いとして働きたいのですが…如何でしょうか?」
ゆき「それには及びませんよ、お客様として毅然としていただければ宜しいんです」
幸之助「しかしそれでは…私も何かお役に立ちたいのです。」
ゆき「問題ありません、幸之助様にはもっと重要な役割がありますので、後ほど改めてお話させて…」
ゆきめ「失礼致します!」
自分を除け者にして幸之助と秘密話をしようとする母に対しての不愉快さが限界を超え母の会話を断ち切るかのように出て行くゆきめ
幸之助「え!?あ…」突然のことであたふたとする幸之助
ゆき「あらあら…少し虫の居所が悪かったようですね、仕方の無い子でして…フフフ」
上品な笑いの中に一種邪悪な笑みも混じっていたことに気が付かない幸之助
幸之助「あ、はい…それで役割?ですか…(ゆきの旦那としての役割と言うことか?)」
ゆき「あの子も去ったことですし、この家に殿方を受け入れる儀式のようなモノです。代々の決まりになっているので是非ご参加をお願いしたいのです。」
幸之助「そうでしたか…その程度なら喜んでお受けします。」
ゆき「それはありがたい、今日は疲れもありましょうから明日の亥の刻(午後10時頃)には始めましょう。」
神棚に手を合わせるくらいだろうと考えていた幸之助だったが後に大きな間違いであることを知る
10/04/27 17:40更新 / ごんべえ
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