愛などではないのよ? @
『人生とは驚きの連続である』
そんな言葉を、随分と前に聞いた事がある。
もうずっと昔の事だし、今思い返せば『あっち』の世界が夢だったのかもしれないが。
けれど、それを夢だと未だに思えない。いいや、思いたくないんだ。
『鉄の塊』が空を飛ぶ。大勢の人を乗せて。国から国へと。果ては、宇宙まで。
小さな機械の『板』に大量の情報が詰め込まれている。離れた場所で、離れた人と会話だってできる。
その他にも色々な道具や『機械』があって、便利で、平和で、それで。
「……何が驚きの連続だ。ふざけてんのか…」
一人、困惑する。
本当にあの世界は夢だったのか? それともやはり妄想なのか。
俺の生まれた世界。国。場所。……名前も。全部、覚えている。
幼少時の思い出。優しかった親と、じっちゃん。少し意地悪な姉が居て、温かい家庭。
世界一幸せな場所だった、と。今になって思う。
いいや、思った。記憶が曖昧だ。けれど、やっぱり、大切な思い出。
だからこれはきっと、夢じゃない。夢なんかじゃない。
そう思う。思わせてくれ。この記憶が夢だなんて、そんなものは嘘なんだと。
あの幸せな時間を、あの温かな世界を。自分を。
全てが、現実だと。そう思わないと。思わないと、俺は
「……スレイ。客だ。身嗜みを整えてから部屋で待っていろ」
俺は、壊れてしまう。
※
「……久し振りね、スレイ。元気にしていたかしら」
声がする。聞き慣れた、ひどく綺麗で、心地好い声だ。
『こちら』に来てから、彼女に会うのは。否。彼女に買われるのは、何度目だろうか。
毎月、最低でも一度は顔を出す。変わり者で、意地悪で、高慢的に見える女性。
けれどその本質は、寂しがり屋で、構ってちゃんなただの少女だった。
いいや。ただの少女、というのは間違いか。
『ヴァンパイア』と、いうらしい。
俺が居た世界では、それは架空の存在。
小説だか、映画だかで作られたモンスター。
人の生き血を啜り、命を奪う。そうして襲われた者もまた、ヴァンパイアへと変貌する。
何かに感染するのか。それとも作り替えるのか。それはわからないが。
ただ、あくまでもそれは俺の世界での話だ。
この世界のヴァンパイアは、どうやらそうではないらしい。
似通った部分も沢山あるが、そのどれもが微妙に違うのだと、俺は本人にきいた事がある。
「馬鹿にしないで!」と、激しく怒らせてしまったのは良い思い出……なのか?
まあ兎も角。それ以降は、『彼女はヴァンパイア』と。それ以外は考えない事にした。
……何が逆鱗に触れるかはわからないからな。
「……返事は? へ・ん・じ・は!?」
……と、この様に。
「久し振りです。シャルロット様」
たいへん短気なのだ。彼女……シャルロット・カーネリアン。
……自分が世界一の貴族なのだと豪語する割には。
「……よろしい。私は心がとても広いから、だから許してあげる。感謝しなさいな」
※
「……さて。スレイ。私が貴方を買った理由、もう言わなくても理解しているでしょう」
……と。唐突に、彼女は告げる。
それは『始まり』の合図で、もう幾度となく行われてきた行為の為の宣言だった。
『吸血』。
ヴァンパイアと言えばこれだ、と。誰しもが口を揃えて言うであろう代名詞。
それを、彼女も行う。
ただこの吸血で、俺自身がヴァンパイアになってしまう事は、たぶんない。
彼女に訊いた時ははぐらかされてしまったが、後々「そんなにすぐ変わったら苦労しないんだから」と言われている。
つまり吸血するだけではすぐには変わらない、という事なのだろう。
実際俺は何度も吸われては居るが、何かが変わった、という事はない。
だからきっと、この先もそういう事にはならないだろう、と思う。
少し不安はあるが、でもきっと、大丈夫だ。
もし変わってしまっても、その時はその時だ、と思うようにはしているし。
「……シャルロット様。どうぞ」
……だから。だから、大丈夫だ。
そう心で強く想いながら、少し固いベッドへと腰掛けた。
怖くない、と言えば嘘になる。
彼女の人となりも、性格も、よく知っていると言えるけれど。でも、この行為は。
正直に言って、『何もわからなく』なってしまうから。
自分がどうなっているのか。どうしているのか。何をしているのか。
自分の想いも。意思も。きっと、感覚さえも。
それが全部、意識から抜け落ちる。
でもそれが、とても熱くて、蕩けてしまいそうで。
……とても、恐ろしい。
「……頭、少しだけ傾けなさい」
声がする。優しい声だ。知っている声。だから、大丈夫。
彼女は、ベッドに腰掛けた俺の膝の上に指を這わす。
くすぐったいような。焦れったいような。そんな、感覚。
これもいつもの事だ。
そしてこのままじわじわと指を這わせて、身体を寄せて。
温かい感覚が、身体を覆っていく。
「……もう。何度やっていても、貴方はかわらないわね。震えてるわよ」
……でも、大丈夫よ。大丈夫。
優しい声。優しい手付き。そっと抱き寄せられて、透き通った紅の瞳が迫ってくる。
目を離せない。引き寄せられるように、宝石のようなその瞳に飲み込まれて。それで。
「…ん…ん。ちゅ……大丈夫。好きよ。好き…」
何度も何度も、唇を吸われる。
柔らかくて。温かくて。甘い、触れるだけのキス。
何度も愛を囁いて。何度も、何度も。たとえそれが偽りでも、安心する。
客と、男娼。その関係は変わらない。
けれど、今だけは。今だけは全て忘れて、彼女に全部預けてしまおう。
そう思うと、擦りきれた心が埋まっていくような気がして。
もたれかかる彼女の熱を感じる。体重を感じる。吐息を感じる。
それがとても心地好い。気持ち良い。
「ん。よろしい。落ちついたわね。ふふ…それじゃあ…」
ちゅ、と。小さく首筋に口付けされる。
ただそれだけなのに、背筋を快感が駆けていく。
ゾクゾク、ゾクゾクと。何度も、幾度も、数えきれない程のキス。
優しく、ゆっくりと。じわじわと。
まだ、その牙を突き立てる事はない。
いつもそうだ。彼女はきっと、この行為を楽しんでいる。
意地悪して、悪戯して、そうして。
「……シャル、ロット……さま……」
声が漏れる。懇願するような。すがるような。甘えるような。
男のプライドなんて感じられない、そんな声。
こうなった俺を、彼女は嗜虐的な笑みを浮かべながら更に責めたてる。
ぴちゃぴちゃとわざとらしい水音を立てながら、首筋に舌を這わせていく。
えもいわれぬ快感と、時折吸い付いてくる唇と。頭の中が真っ白になって、溶けていって。
「……もう。すぐ忘れるのだから。本当に馬鹿ね。今はシャル、と呼びなさいな」
彼女が何を言っているのかが、わからない。
熱くて、気持ちよくて、それがずっと止むことなく吸い付いてくる。
温かい。
柔らかい。
気持ちいい。
心地好い。
きもちいい。
あたたかい。
やわらかい。
きもちいい。
ああ、ああ
「……聞いてないの? ナマイキ。ほんと、『ソージ』はばか…ね……ん、ちゅ……♥」
総司。懐かしい名前。この世界で、彼女しか知らない俺の本当の名前。
ああ、なんで覚えているんだろう。信じてないとばかり、思っていた。
『異世界』だの『日本』だの。『山本総司』という俺の名前も、覚えていてくれて。
俺はただの男娼で。道具で。奴隷、なのに。
それがたまらなく嬉しくて。なんだか認められた様で。
「……あぁ……シャル……シャル……!」
情けない、と。笑われてもいい。ただ、今は。
この想いを、この感情を。
どうにか彼女に伝えなくては。
これが何なのかはわからないけれど、この温かい気持ちを、どうか。
「……ん、そうよ。シャル、と呼んで。もっと、もっと。求めなさい。そうしたら、私は…」
けれど。
その言葉を口に出すよりも先に、彼女の牙が突き立てられて。
頭の中が真っ白になって、身体が震えて、どこか異次元のような快楽が身体を駆け巡る。
何も考えられなくなって、荒い吐息と、汗の匂いと、体温と、快感だけが全てになっていく。
ああ。嗚呼、俺、は 。
そんな言葉を、随分と前に聞いた事がある。
もうずっと昔の事だし、今思い返せば『あっち』の世界が夢だったのかもしれないが。
けれど、それを夢だと未だに思えない。いいや、思いたくないんだ。
『鉄の塊』が空を飛ぶ。大勢の人を乗せて。国から国へと。果ては、宇宙まで。
小さな機械の『板』に大量の情報が詰め込まれている。離れた場所で、離れた人と会話だってできる。
その他にも色々な道具や『機械』があって、便利で、平和で、それで。
「……何が驚きの連続だ。ふざけてんのか…」
一人、困惑する。
本当にあの世界は夢だったのか? それともやはり妄想なのか。
俺の生まれた世界。国。場所。……名前も。全部、覚えている。
幼少時の思い出。優しかった親と、じっちゃん。少し意地悪な姉が居て、温かい家庭。
世界一幸せな場所だった、と。今になって思う。
いいや、思った。記憶が曖昧だ。けれど、やっぱり、大切な思い出。
だからこれはきっと、夢じゃない。夢なんかじゃない。
そう思う。思わせてくれ。この記憶が夢だなんて、そんなものは嘘なんだと。
あの幸せな時間を、あの温かな世界を。自分を。
全てが、現実だと。そう思わないと。思わないと、俺は
「……スレイ。客だ。身嗜みを整えてから部屋で待っていろ」
※
「……久し振りね、スレイ。元気にしていたかしら」
声がする。聞き慣れた、ひどく綺麗で、心地好い声だ。
『こちら』に来てから、彼女に会うのは。否。彼女に買われるのは、何度目だろうか。
毎月、最低でも一度は顔を出す。変わり者で、意地悪で、高慢的に見える女性。
けれどその本質は、寂しがり屋で、構ってちゃんなただの少女だった。
いいや。ただの少女、というのは間違いか。
『ヴァンパイア』と、いうらしい。
俺が居た世界では、それは架空の存在。
小説だか、映画だかで作られたモンスター。
人の生き血を啜り、命を奪う。そうして襲われた者もまた、ヴァンパイアへと変貌する。
何かに感染するのか。それとも作り替えるのか。それはわからないが。
ただ、あくまでもそれは俺の世界での話だ。
この世界のヴァンパイアは、どうやらそうではないらしい。
似通った部分も沢山あるが、そのどれもが微妙に違うのだと、俺は本人にきいた事がある。
「馬鹿にしないで!」と、激しく怒らせてしまったのは良い思い出……なのか?
まあ兎も角。それ以降は、『彼女はヴァンパイア』と。それ以外は考えない事にした。
……何が逆鱗に触れるかはわからないからな。
「……返事は? へ・ん・じ・は!?」
……と、この様に。
「久し振りです。シャルロット様」
たいへん短気なのだ。彼女……シャルロット・カーネリアン。
……自分が世界一の貴族なのだと豪語する割には。
「……よろしい。私は心がとても広いから、だから許してあげる。感謝しなさいな」
※
「……さて。スレイ。私が貴方を買った理由、もう言わなくても理解しているでしょう」
……と。唐突に、彼女は告げる。
それは『始まり』の合図で、もう幾度となく行われてきた行為の為の宣言だった。
『吸血』。
ヴァンパイアと言えばこれだ、と。誰しもが口を揃えて言うであろう代名詞。
それを、彼女も行う。
ただこの吸血で、俺自身がヴァンパイアになってしまう事は、たぶんない。
彼女に訊いた時ははぐらかされてしまったが、後々「そんなにすぐ変わったら苦労しないんだから」と言われている。
つまり吸血するだけではすぐには変わらない、という事なのだろう。
実際俺は何度も吸われては居るが、何かが変わった、という事はない。
だからきっと、この先もそういう事にはならないだろう、と思う。
少し不安はあるが、でもきっと、大丈夫だ。
もし変わってしまっても、その時はその時だ、と思うようにはしているし。
「……シャルロット様。どうぞ」
……だから。だから、大丈夫だ。
そう心で強く想いながら、少し固いベッドへと腰掛けた。
怖くない、と言えば嘘になる。
彼女の人となりも、性格も、よく知っていると言えるけれど。でも、この行為は。
正直に言って、『何もわからなく』なってしまうから。
自分がどうなっているのか。どうしているのか。何をしているのか。
自分の想いも。意思も。きっと、感覚さえも。
それが全部、意識から抜け落ちる。
でもそれが、とても熱くて、蕩けてしまいそうで。
……とても、恐ろしい。
「……頭、少しだけ傾けなさい」
声がする。優しい声だ。知っている声。だから、大丈夫。
彼女は、ベッドに腰掛けた俺の膝の上に指を這わす。
くすぐったいような。焦れったいような。そんな、感覚。
これもいつもの事だ。
そしてこのままじわじわと指を這わせて、身体を寄せて。
温かい感覚が、身体を覆っていく。
「……もう。何度やっていても、貴方はかわらないわね。震えてるわよ」
……でも、大丈夫よ。大丈夫。
優しい声。優しい手付き。そっと抱き寄せられて、透き通った紅の瞳が迫ってくる。
目を離せない。引き寄せられるように、宝石のようなその瞳に飲み込まれて。それで。
「…ん…ん。ちゅ……大丈夫。好きよ。好き…」
何度も何度も、唇を吸われる。
柔らかくて。温かくて。甘い、触れるだけのキス。
何度も愛を囁いて。何度も、何度も。たとえそれが偽りでも、安心する。
客と、男娼。その関係は変わらない。
けれど、今だけは。今だけは全て忘れて、彼女に全部預けてしまおう。
そう思うと、擦りきれた心が埋まっていくような気がして。
もたれかかる彼女の熱を感じる。体重を感じる。吐息を感じる。
それがとても心地好い。気持ち良い。
「ん。よろしい。落ちついたわね。ふふ…それじゃあ…」
ちゅ、と。小さく首筋に口付けされる。
ただそれだけなのに、背筋を快感が駆けていく。
ゾクゾク、ゾクゾクと。何度も、幾度も、数えきれない程のキス。
優しく、ゆっくりと。じわじわと。
まだ、その牙を突き立てる事はない。
いつもそうだ。彼女はきっと、この行為を楽しんでいる。
意地悪して、悪戯して、そうして。
「……シャル、ロット……さま……」
声が漏れる。懇願するような。すがるような。甘えるような。
男のプライドなんて感じられない、そんな声。
こうなった俺を、彼女は嗜虐的な笑みを浮かべながら更に責めたてる。
ぴちゃぴちゃとわざとらしい水音を立てながら、首筋に舌を這わせていく。
えもいわれぬ快感と、時折吸い付いてくる唇と。頭の中が真っ白になって、溶けていって。
「……もう。すぐ忘れるのだから。本当に馬鹿ね。今はシャル、と呼びなさいな」
彼女が何を言っているのかが、わからない。
熱くて、気持ちよくて、それがずっと止むことなく吸い付いてくる。
温かい。
柔らかい。
気持ちいい。
心地好い。
きもちいい。
あたたかい。
やわらかい。
きもちいい。
ああ、ああ
「……聞いてないの? ナマイキ。ほんと、『ソージ』はばか…ね……ん、ちゅ……♥」
総司。懐かしい名前。この世界で、彼女しか知らない俺の本当の名前。
ああ、なんで覚えているんだろう。信じてないとばかり、思っていた。
『異世界』だの『日本』だの。『山本総司』という俺の名前も、覚えていてくれて。
俺はただの男娼で。道具で。奴隷、なのに。
それがたまらなく嬉しくて。なんだか認められた様で。
「……あぁ……シャル……シャル……!」
情けない、と。笑われてもいい。ただ、今は。
この想いを、この感情を。
どうにか彼女に伝えなくては。
これが何なのかはわからないけれど、この温かい気持ちを、どうか。
「……ん、そうよ。シャル、と呼んで。もっと、もっと。求めなさい。そうしたら、私は…」
けれど。
その言葉を口に出すよりも先に、彼女の牙が突き立てられて。
頭の中が真っ白になって、身体が震えて、どこか異次元のような快楽が身体を駆け巡る。
何も考えられなくなって、荒い吐息と、汗の匂いと、体温と、快感だけが全てになっていく。
ああ。嗚呼、俺、は
17/03/31 05:13更新 / Re.nard
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