連載小説
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そのじゅうきゅう
これまでのあらすじ
〜〜デルエラの放った気円斬を受けの美学で喰らったら
上下真っ二つにされたが気合と魔力とご飯粒でどうにかくっつけた〜〜


――という、嫁達が聞いたら即座に反乱を起こしそうな確率が
150パーセントに達しかねない経緯は俺達三人の胸に封印することにした。
(割合はデルエラに刃を向ける確率が100で残り50が魔王へのとばっちり)
元はといえば俺の小さな悪意と大きな茶目っ気が原因なので
そこまでキレないとは思うが、あいつらおかしいから。
特にマリナがおかしい。
どのくらいおかしいかというと俺のパンツを自分の顔におしつけて
全力で臭いをかいではオレンジジュースを飲んでいたことがあったというくらい
ヤバイ方向にぶっ飛んでおかしい。
なお、その光景を偶然にも目撃したプリメーラが俺のところに来て
真顔で告げた第一声が「良家のお嬢様って男の下着をつまみにするの?」だった。

「どうですか、体の具合は」
レスカティエにはすぐ戻らず、俺の胴が無事にくっつくまで
腰をすえることにした温泉街の豪華な一部屋で、俺はミリュスに
かいがいしく看護してもらっていた。なぜこいつがナース姿なのかは追求しないでおこう。
「酒漏れもしなくなったし、地に足が着いてない感覚がなくなったから
ほぼ完治したといってもいいだろうな」
「それでも病み上がりなんですから気をつけて下さいね」
「むしろあっちが深刻だろ」
俺はどんよりとしたオーラが漂っている一角を指差した。
「…ああ…母様と父様の顔と理想に泥を塗ってしまった……
魔物娘の夫を殺しかけるなんて………やりすぎにも程があるわ……うう…
愛と快楽をもたらすのがリリムである私の使命であり
ライフワークなのに………なんて駄目なリリムなのかしら私は……」
床に文字を描くように尻尾をいじいじ動かしながら
デルエラが部屋の隅っこで体育座りしていた。
「四六時中あんな雰囲気だとこっちまで陰鬱になるわ」
「元気づけたらどうですか?」
何が悲しくて二つにぶった斬られた本人が犯人を元気づけなきゃならんのだ。
「お前がやれよ」
「もうとっくに数回しましたけど効果ゼロでした。あしからず」
本当にしたのか?なんか胡散臭いな。
「…まあいい。あれはこの際ほっといて温泉いこうぜ温泉。
湯に浸かりながら一杯やりたい」
「そうですね。僕らにできることはないみたいですから。
アニーさん、問題はないと思いますけど、念のためデルエラ様の様子を見てて下さい」
「わかったわ」
すっかり従順になった元魔狩人(廃業)を残し、元下級兵士(失業)である俺と
元ショタ勇者(引退)は、疲労や傷によく効くと評判になっている
この宿の自慢に浸かりにいくことにした。
「ううぅ…………このままじゃ姉妹達に投石されちゃうかも……」
魔界の姫(現役)の唸りは止まらない――


………………


それから半日後。

「過去はしょせん過去、過ぎ去った出来事にすぎないのよ。
私はそんな過去の罪もバネにして前に進むわ。それこそが未来に繋がるのだから」

デルエラは立ち直った、というより開き直った。
くそ重苦しい空気が流れてこなくなったのはよかったのだが、あのいつもの
半笑いドヤ顔が復活したのはなんかイラっとくる。
「それで、これからどうするの?
君主様の怪我はほぼ治ったわけだし、レスカティエ教国に戻るんでしょ?
私も……この子の正妻さんに挨拶したいし」
ショタインキュバスの新妻――アニーが物騒なことを口走った。
語尾に強いものがある。これはあれだ、挨拶という名の宣戦布告っぽいな。
「これから大変だぞお前」
俺はミリュスの肩に手を置き、そう言ってやった。
「あなたほど苦労しないと思いますが」
……そうだった、帰ったら精と快楽に飢えた嫁九人に
ごちそうしないとならんのだよな。
「さあボヤボヤしてないで帰国よ帰国!」
装飾過多なリリムがうっとおしいほど元気な声をあげた。


で、急かされてレスカティエに戻ったんだけど、困ったことに
ミリュスがうっかり口を滑らせ、悲劇の俺分離事件がマリナ達にばれた。
…ばれたのだが。

『伴侶を傷つけられるなど魔物娘として絶対に見過ごせないことですが
彼の自業自得でもありますので今回はプラマイゼロで。彼もピンピンしてますし』

そんな冷たい結論になったので、それはあまりにあまりだと思った俺は
禁忌の書物に手を出して嫁達に見せびらかすことにした。
「やだ、そういうの本当に勘弁して、ちょっと!」
マリナが両手を前につきだして顔をそむけ、拒絶の構えを取った。
人間の女性には魅力的な娯楽のひとつである不倫小説なのだが
魔物娘にとってはホラー小説にしか思えないらしい。
(ユニコーンでなければ)ハーレム系なら許容もできるが、男が寝取られる話など
想像するだけで冷や汗が止まらないのだとか。
「国中からかき集めてまとめて広場で燃やしたいくらいだぜ」
教官が心底から嫌そうに顔を歪めた。
「吐きそうだよね」「まじかんべん」
ロリ二名も泣く泣くピーマン食った時のような顔をしている。
「…え〜と…………あいつとはもう、終わってるんだ。
形式上は夫婦というだけの、からっぽな関係さ。今の俺が愛してるのはお前だよ」
棒読みにならない程度に感情を込めて男の台詞を読んでみた。
「いやあああ!」「朗読やめて心に刺さるからぁ!」「聞きたくない聞きたくない!」
すごい効き目だな。
「形式上とかなんなんそれ、夫婦は夫婦やないの。
どこをどないしたらそないなアホな考えに至るんや……ウチ、わけがわからん…」
「残された者のことはどうでもいいとか間違ってるだろぉ……」
玉座の間に敷かれた赤絨毯にへたり込み、自分の尻尾を体に巻きつけて
今宵が震え、その隣で教官が似たような感じになっている。毛玉と蛇玉のツーショットだ。
「なんでなの、私はこんなにあなたのことを愛してるのに!
一方的に勝手に無慈悲に強制的に淡々と終わらせないでよぉぉぉ!」
「あ、あの、マリナさん?感情移入しすぎではないかしら?」
フランツィスカ様がおろおろしながら心配そうに
錯乱するマリナに声をかけるがあの様子だと耳に入ってないだろう。というか
うちの女王様は意外とタフだな。刑罰のように不自由な人生を送ってたから
このくらいでは精神的にビクともしないのかもしれん。
サーシャ姉もロリっ子達とそろって夢中で神に祈ってるし、すごいぞ不倫小説。
教団の切り札になりそうなほど劇的な効能だ。

一方、プリメーラとミミルは耳を塞いでいた。
野生のカンと優れた頭脳、恐るべし。


「お前らのほうが病み上がりみたいだな」
「……誰のせいだと思ってるの?」
厨房で俺とフランツィスカ様とミミルが共同で作った、薬草入りの暖かいスープを
ゆっくり飲みながら、マリナが目を細めてこっちを睨んできた。
「はあ……すさんだ心にまでじんわり染みるなぁ……」
「メルセさん、よろしければ、もう一杯いかがですか?」
「ああ、ありがたく頂くよ」
なんだか路上生活者への炊き出しみたいな光景だな。
「ふー、ふー」
少し猫舌なサーシャ姉はしきりにカップに息を吹きかけている。
「ふっ」
似合わないその仕草につい笑ってしまった。いつ見てもこれは我慢できない。
「な、なんですか?」
「いや、可愛らしいなと思ってさ」
「も、もう……」
とまどいながら真っ赤になるサーシャ姉であった。
「あったかいね」「ぽかぽかするね」
「おかわりならまだまだあるよ」
プリメーラがお玉で教官の二杯目をよそいながらそう言うと、

「くれくれ」「冷たいのをくれ」「よろしく頼む」

いつの間に這い出てきたのか、旧ガーデニングを根城にしている
不気味な住人たちがお裾分けを要求してきた。
「ひいっ!?」
驚愕して飛び上がったわんこ娘の手から投擲された教官の二杯目が
スローモーションで、おお、ゆっくりと宙を舞い、今宵に命中…………!?
「あっあぢぢぢぢぃーーーーーー!!?」
「これはいかん、タオルだタオル!」
俺は拳闘で負けを宣言するセコンドのごとくタオルを連呼しながら
慌てて魔力塊で柔らかな布的なものを作り出し、もがく今宵の頭を拭いてやった。


「これでいいのか?」
使われなくなった古い鍋にスープと氷をいっぱいぶち込んで
そいつらの前に置いてやると、湯船につかるように次々と入っていった。
「いつもすまないねえ」「感謝感謝」
植物の世話したかっただけなのに、どうしてこうなったんだろうな。
俺は強い酒をぐいっとあおり、天を見上げて
ため息をつくのだった。
12/10/04 21:05更新 / だれか
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■作者メッセージ
自分で書いててなんですが、わけがわからない。

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