鎧の金具が擦れ合う音や力強い軍馬の蹄の音などを聞きながら
俺とモンスター嫁九人は、傍目には侵略にしか見えない新婚旅行を続行していた。

『ここまで来ておいて戻るのももったいない、かといって
旅行を続ければ、もしかすると本格的な戦争が幕を開くかもしれない』

などと、俺は貴重な肥料と危険なトラブルを秤にかけてたというか
単に煮え切らない態度を取っていたら嫁達が満場一致でＧＯサインを出したため
やむなく当初の目的地へと進んでいるのである。
「…ねえ。なんか…軍勢が増えてない？」
馬車の外に顔を出していたプリメーラが首をかしげた。
「ああ。どうやら夫が欲しい魔物たちが続々加わってきてるそうだぜ。
数日前に捕虜の大盤振る舞いをしたろ？そのことを知って
未婚の連中が寄ってきてるんだとよ」
旅行当初から付き従ってくれていた護衛たちと
今後の打ち合わせをしてきた教官が、プリメーラの疑問に答えてくれた。
さっき、俺も外を見てみたが、確かに軍勢を構成している魔物たちは
俺たちと援軍の合流時よりも数を増していた。
人間のようなもの、小さいもの、獣のようなもの、虫のようなもの、
不定形のもの、死者のようなものといった様々な人外娘が、群れを成して
俺たちの乗っている馬車を何重にも囲んでいた。
「どいつもこいつも現金なもんだ」と教官は言って、馬車の床に
鱗で覆われた長い下半身でとぐろを巻くと、俺の膝に頭を乗せて甘えてきた。
「たまにはこういうのもいいなぁ…………んっふっふ」
頬擦りまでしてくる。珍しいこともあるものだ。
「あらあら、先を越されてしまいましたね」
「うにゅううぅ…」
フランツィスカ様が穏やかな口調で悔しがり、マリナが顔をしかめた。
「ほんならウチはこっちをもらうわ」
もう一方の膝に今宵がしなだれかかってきた。
「ぬうう」
今度は低く呻くマリナだった。


入れ替わり立ち代りで嫁達が俺の膝の領有権を主張したり
時には強引に奪い合ったりするという、なごやかな波乱はあったものの
これといった襲撃も無く旅は続き、やがて夜となった。
「襲われなかったねーー」「ねーー」
ロリ僧侶二人がつまらなそうに呟いた。
偏った倫理観で脳が凝り固まってるとはいえ、騎士団の連中も馬鹿ではない。
これだけの数の魔物の群れにおいそれと仕掛けてくる訳が無い。
しかし、偵察部隊くらいは派遣してくると思われるので、
夜間に活動的になる魔物を率いてプリメーラが嬉々として狩りに出かけていた。


……数時間後。
成果は上々だったらしく、縄で縛られた軽装の男女が俺たちの野営地へと連れられてきた。
これから何をされるのかという不安で、こいつらの心中は
埋め尽くされているだろう。喰われるとでも思っているのかもしれん。
いまだに世間ではそういう認識がごく一般的だしな。
「ようこそ、我々の世界へ」
堕落神の敬虔な使徒モードに入ったサーシャ姉が
怯えるそいつらに近づき、妖しくも優しげな笑みを浮かべ、手を差し伸べた。
――彼女がその場を離れた後、理性をほどよく蕩かされた虜囚たちと
看守たる魔物らによる乱交が始まったのは言うまでもないだろう。
「えっへん！一人残らず捕まえてきたよ！」
ほめてほめて、と言わんばかりにエルフ狼が尻尾を振って
俺のそばへと駆けつけてきたので、褒美に牛の骨でもやってみたら腕を噛まれた。
「ただの軽いジョークなのに」
「ぐがが」
いつまで噛み付いてるつもりなんだよお前。
「狩りをしたんでテンション高くなって野生が刺激されてるみたいね。
目が血走ってるし。魔物としての本能が滾ってるのかな？」
「なるほどな。それでマリナ、こういう場合はどうしたら元に戻るんだ？」
「さあ？」
お手上げのポーズをとるマリナ。
「さあ、って…」
「だってワーウルフの生態なんて知らないもの。魔物学者じゃあるまいし。
時間の経過にまかせるしかないんじゃない？それが嫌なら魔法で沈静させるとか」

「……わうぅ………アタシは駄目なバカ犬ですううぅ…………」
沈静魔法が効きすぎたのか、それとも俺が魔力の加減を
うっかりしくじったのか、プリメーラは馬車内の隅でうずくまってしまった。
「アタシはエルフでもなければ
人間でも魔物でもない、宙ぶらりんな半端者なのよぉ…」
細やかな刺繍の入った絨毯に、指で『の』の字を描きながら
さらに自分の内面へと落ち込んでいっている。
「また魔法でも使うか」
まるで料理下手な輩が適当に味付けを修正するような状況だな。
「おとなしく時間の経過にまかせはったらええんやないですか？
…それに、こないになっとるプリメーラさんも、
これはこれで新鮮で面白い……いや何でもあらへん」
語尾をごにょごにょと濁し、今宵がひどい一面を見せた。
「面白いのは否定できませんけどね」
フランツィスカ様まで乗ってきた。

俺もこれは珍しいと思ったのでプリメーラの精神的ケアは
時の流れに全面的に依頼することにした。

「アイツはひとまず置いといて、今後の旅行ルートについて話そうぜ」
たしかにそのほうが建設的で前向きだ。すまんプリメーラ。
「教官、なんか問題でも出てきたんですか？」
「問題というほどのことじゃないさ。ただ、このままだと
だだっ広い平野を横切るルートになるんでね」
それは騎士団が仕掛けてくるにもってこいの場所だな。馬の機動力もフルに生かせるし。
「あはは、もしかしたら総力戦になるかもね〜」
やめてくれ。
「それでしたら、こんな方法はいかがかしら？」
「なにか名案でも？」
戦術や駆け引きといったものとほとんど縁の無いフランツィスカ様の意見に
マリナが不思議そうな顔をしながら具体的な内容を聞いてきた。
「名案というほどでもないですけれどね」
フランツィスカ様が可愛らしくウインクした。
「色々混じりすぎて、何がなんだかわからない、そんな生き物が
アタシなんですよおおぉ………きゃふうううぅ…」
…………プリメーラは長引きそうだな。


翌日の昼。

「うわあああああああ！！」「な、何とかしてアレを落とせ！！」
「どうやって落とせっていうんですかああぁっ！？」
怒声や悲鳴を耳にしながら俺は、何対もの翼を生やした
巨大な魔力塊に座して、騎士団や傭兵団のはるか頭上をゆっくりと飛んでいた。
俺は眼下に広がる悲惨な光景を眺めつつ、その光景をさらに深刻なものにするために
高濃度の魔力を圧縮した塊を作っては、せっせと投下していた。
前日の夜から朝にかけて俺と嫁達が交わって発散した、えげつないほどに淫らな魔の力。
そんな洒落にならない廃棄物を材料にしたものを作り出しているのである。
やってることは自我や意識の無いダークマターを後先考えずに
ポイポイ産み落としてるに近い。
「デルエラのことをどうこう言えなくなってきたな」
教団の優先討伐ランキングだけでなく、極めて危険な魔物ランキングでも
一位になりかねんぞ。そんな二冠マジで勘弁してほしいわ。

ぼふんっ

弾みのある音を立てて魔力塊が、また一個、地に降りた。
「早く浄化するんだっ！」「は、はいっ！」
しかし遅い。

プシュウウウウウウウ…………

まるでつぼみが花開くように魔力塊はその形を変え、己を構成している魔力を
周囲に撒き散らしていく。
勇者でもなければ歴戦の強者でもない、魔法に長けた術者でもない、そんな
一山いくらの兵隊どもでは、とうてい耐え切れるものではない。
魔力塊ひとつでだいたい百人程度が無力化されていく。
あえなく失神したもの、意識はあるが動けないもの、性欲を抑えきれず
夢中で腰を振っているもの、保身のために逃げ出すもの、
倒れた仲間を叱咤したり肩を貸したりしているもの…
中には俺のほうに魔法や矢を飛ばすものもいるが、いかんぜん距離が距離なので、
当たったところでチーズをぶつけられたような優しい衝撃しかない。

「そろそろいいか」
抵抗がほぼなくなったのを見計らって、俺は地面へと降り立った。
「…お、おのれっ……怪物めっ…」
剣を支えにかろうじて立っていた兵士――声からしてたぶん女性――が
ふらつきながらこっちへと向かってきた。
「せめて、一太刀っ……！」

ピシ

魔法で止めるほどの一撃でもないし、よけるのも面倒だし、そのまま喰らうのも
服が破れるから嫌なので、右手の人差し指と中指で挟んでキャッチした。
「そういう無駄なことやめてくれないか？」
そう言って俺は右腕を振り、女性兵士の手から力ずくで剣を奪い取った。
「あうっ！」
「安物だな。これじゃ、俺の薄皮一枚斬れないぞ。
まあ下っ端に上質な武器を支給するはずもないけどさ」
……そういえば、昔は俺もこんなしょっぱい剣を使ってたなぁ。懐かしいぜ。
剣をもてあそびながらそんな回想をしていると、やがて足元から地響きが伝わってきた。
「来たか」
事前に、俺が降り立つのを合図にしていた護衛軍が
こちらへと猛スピードで向かってきているのだ。
「ん、あれは………………もしかして」
砂煙を巻き上げ叫びながらやって来る軍勢の上空から、鳥のような何かが
俺の元へと一直線に飛んできて、
「おつかれさまっ」
優美に舞い降りた。
「わざわざ来なくてもよかったぞ、マリナ。見ての通りこいつらは壊滅してるし」
「だって心配だったんだもん」
跳ねるような動きで抱きついてきた。
「あれ、その剣どうしたの？」
俺が事情を説明すると（説明するというほどの中身はないが）、マリナは
ネズミを見つけた猫のような目つきで女性兵士を睨み、淫魔らしい『行為』を
人目をはばからずにやり始め…？え、ちょ、おい……

「ほら、わかる…？
男の人のはね、こうやって舐めるのよ………れろっ、れろれろっ、れりょおおぉ…」
「こ、こう、ですかぁ……？れろっ、ぴちゃ、ちゅぴちゅぴっ……」
「初めてにしては上手よ。おしゃぶりの素質があるみたいね」
「そ、そうですか…れろれろれろっ、ぴちゅちゅ、ちゅるううっ。
ああっ、な、生臭いですぅ。とても臭くて頭がクラクラしそうっ…けどおいしいぃ……」
「こうやって、先っぽの穴に舌をねじ込むのも、喜ばれるのよ………れるんっ。
んむ、子種袋を、ちゅうちゅう吸ったり、口に含んで転がすのもね…はぷっ」
「はむうっ、あむっ、んっぷんっぷっ………ぷあっ。
こ、ここからも、おいしい匂いが凄いですぅっ」
「当たり前よ。ここが私たちの生きる糧を作る、素晴らしい器官なんですもの…
……さあ、練習はここまで。後はそこにいる意中の彼にしてあげなさい。喜ぶわよ」

その意中の彼は、喜ぶというか、縛られてろくに動けない身体を
必死に揺すってこの場から逃げようとしてるんだが。……俺もこんな時期があったなぁ。
まあ、見世物状態でダブルフェラされるのが終わってくれるなら何でもいいや。
「ここから先は、私が頂くんだしね」
……やっぱそうなりますかぁ。

と思っていたら他の嫁達がストップかけて中止となった。抜け駆け禁止とのことである。
まあ、マリナは、これまで何度もこっそりしてたからなあ。


――ということで、さしたる脅威でもなかった、か弱い敵たちはほぼ消え去り、
俺たちはその二日後に『医の楽園』へ辿り着いたのであった。

■作者メッセージ
帰りは帰りで荒れそうな予感しかしませんね。